音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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ハリーとロンの仲違い

 

 

 

 僕が何か行動を起こす余地なく、ハリーは代表選手に選ばれてしまった。

 

 一応ハリー自身が名前を入れようとしたりしていないか、様子を窺っていたのだが、そんな感じでもない。

 彼は追い込まれると無茶苦茶なことを────学校に遅刻するからと空飛ぶ車で登校したり、詐欺師を小突きながら大量殺人兵器がいる部屋にやってきたり、熊ほどの大きさの犬に拉致された友人を助けも呼ばずに追いかけたり、後見人が危険そうだからといって吸魂鬼の群れに突っ込んで行ったり────するが、普段はまあまあ大人しい。…………思い返してみて、大人しいと形容するのは無理があるように思えて来てしまったが、とにかく、他人に乗せられたり、他人に危険が迫っていたりしなければそれなりに大人しい。言うなれば、受動的無鉄砲である。

 

 しかし、相変わらずほとんどのホグワーツ生はそんなこと、知ったことではないといった様子だ。生徒の多くはハリーは目立ちたがりで、どうにかしてゴブレットに自分の名前を入れたのだと考えているらしい。皆、ダンブルドアを舐め腐りすぎだ。たかが四年生の魔法使い如きが、あの魔法界最強を出し抜けるわけがない。しかし、多くの子どもにとってハリーは蛇語を扱う「生き残った男の子」だった。彼を身近に知る人間以外の認識は仕方ないのかも知れない。

 グリフィンドールは愚かにも、身内から代表選手が出たことを無責任に祝い、ハッフルパフはもう一人の代表選手、セドリック・ディゴリーの名誉を毀損したハリーを蔑んだ。レイブンクローはひどい目立ちたがりの「生き残った男の子」を嘲り、スリザリンは────反応が分かれた。レイブンクローの態度に追従するものも多かったが、四年生以下を中心とした彼の人となりを知る子供たちは僕同様ハリー「如き」がダンブルドアを欺けるわけがない、という意見で一致した。

 

 ハリーをここから辞退させる方法も考えた。常識的な手段を考えるのであれば、父やファッジ大臣にでも訴えかけて外交上の大問題やダンブルドアの不手際として扱わせ、ハリーを代表選手から引き摺り下ろすというのが正攻法だ。しかし、どうやら炎のゴブレットは同時に魔法契約を結ばせるものらしく、一年間試合に拘束されることは決定事項だそうだ。ふざけるな。なぜ魔法族の契約ごとというのは、契約する前の合意の重要性と拘束力を全く釣り合わせようとしないのだろう? せっかく魔法があるのだったら理解と意思決定の重要性ぐらい認識してくれ。

 

 おまけに、競技は一人で挑むものだ。本来は周囲の手を借りてはいけないことになっており、それは準備期間も同様だ。課題中はハリーは孤立無援で危機に挑まないといけない。課題内容はともかく、入るであろう横槍に対しても誰かが助けに行くわけには行かないのだ。

 

 

 さらに、新たな懸念事項が生まれた。ダンブルドアはおそらく誰がハリーを代表選手に選出させたのか、まだ尻尾を掴めていない。────つまり、何かが学校の中に紛れ込んでしまっている。予想はしていたことではあるが、例年ホグワーツは侵入者を許しすぎだ。動物もどきが人間向けの防衛措置を潜り抜けてしまうことは去年分かったが、同じ手をダンブルドアが食うとも思えない。

 そして、その何かの正体は、またしても皆目見当が付かない。まさかペティグリューではないだろうし、今年の今までの流れで考えれば、謎の潜伏能力を見せる「忠義者」の存在があるのだが……確証は持てない。もしここでホグワーツに忍び込む事が初めから決まっていたのだとすれば、益々ワールドカップであんなに目立つ真似をした理由が分からないのだ。

 逆に考えれば、ワールドカップであんな真似をした「から」ホグワーツに来たと考えることもできるが…………ダンブルドアの目を掻い潜るため、世界中の魔法使いが集まる場で大騒ぎをしなければならない事情とは、いったいなんなんだ? 注目を浴びることこそが必要だったのか?

 

 これまた恒例の犯人探しだが、僕は学期末までにこれを解決できた試しがない。今回もやれるだけはやるが…………そもそもこの「物語」はどんでん返しが多すぎるのだ。クィレル教授の後頭部に闇の帝王がこびりついていたり、闇の帝王の日記が人を操ったり、死んだと思われていた人間が動物もどきとして潜伏していたり。それこそ、人気になるのも頷ける面白いストーリーではあったかもしれないが、それを推理させられるこちらとしてはたまったもんじゃない。

 

 

 折角ダンブルドアに確認を取ったのに、結局は後手に回ってしまった。これから僕は競技のルールに引っかからないように、どこに潜んでいるかも分からない「忠義者」を含む敵対者たちに注意しながら、ハリーの支援をやっていかなければならない。僕は久々に頭痛を覚えた。

 

 

 

 代表選手発表の翌日、朝食にハリーは見当たらなかった。彼もいい加減好奇の眼差しには食傷気味というレベルじゃないだろうし、合理的な対応と言えるだろう。

 代わりに、何故かロンがスリザリンのテーブルにやって来た。クラム目当てだろうか? 彼は船の方で朝食をとっているようだが……親友が大変なときに、随分薄情なことだ。内心訝しむ僕をよそに、ロンは一番端に座っていた僕の隣に腰掛けた。

 「おはよう。今日は一人?」僕はいつものように挨拶をする。

 ロンは小さく返事を返すと、むっつりと黙り込んでトーストにバターを塗り始めた。彼の不可解な態度に僕の頭の中にはクエスチョンマークが飛び交う。ロンはなぜこんなに不機嫌なのだろう? 早速いつものように命の危機に晒され始めた親友をよそに、何をしているのだろう?

 事情を測りかね、なんと声をかけていいか分からない僕に、ロンはようやく口を開いた。

 「君……ハリーがどうやってゴブレットに名前を入れたか、知ってる?」

 ここで、僕はようやくロンの単独行動のわけを悟った。そうか、ロンはハリーが彼まで出し抜いて代表選手に選ばれたと思っているのか。そんなわけないだろうと言いたくなるが、スリザリンの一部を除き、愚かなことにホグワーツ生はハリーが自分で名前を入れたと信じ込んでいる。ハリーを一番近くで見て来たであろうロンがそんなことを考えているのは本当に残念だが、この年頃の男子としては別に突出して変わった考え方というわけではないのだ。

 しかし、これは面倒くさい。主人公の親友ポジションとしては人間らしすぎるぞ、ロン・ウィーズリー。

 

 内心で呆れている僕をよそに、呆れを思いっきり外に出す人間がいた。僕の前に座って朝食をとっていたクラッブだ。

 「ウィーズリー、お前がそんなに馬鹿だとは思っていなかったぞ。ハリー・ポッター如きがダンブルドアを出し抜けるわけがないだろう」

 ロンの顔がみるみる赤くなっていく。ああ、なんでそれをそんなに直截な表現で言ってしまうんだ、ビンセント。

 僕は今すぐロンが怒って席を立ってしまうのではないかと思っていたが、彼はそのまま座ってクラッブに反論した。

 「別に────確かにハリーだけだったら無理だろうけど、ドラコなら知ってて、それを教えたかもしれないじゃないか」

 内心この答えは意外だった。じゃあ、ロンはハリーが一人で彼を出し抜いたわけではない可能性は考えているわけだ。

 ロンを観察している僕に代わって、ゴイルがロンの疑惑に答えた。

 「それはないよ。マルフォイはそんなこと相談したら、馬鹿なこと言ってないで変身術の宿題をしろって言うに決まってるじゃないか。

 もし炎のゴブレットの穴を見つけていたとしても、先に先生のところに教えに行っちゃうよ」

 流石に幼馴染だということもあって、ゴイルは完璧に僕の行動を予測できていた。しかし、ロンはなおも食い下がった。

 「でも、じゃあ、マルフォイも知らない方法でハリーがゴブレットに名前を入れた可能性はあるだろう?」

 「ない。ポッターの脳みそなんてお前とほとんど同じだ、ウィーズリー」クラッブはバッサリと言い捨てた。

 僕はいよいよロンがキレることを覚悟した。しかし、何故かロンはクラッブの言葉に気を良くしたようだった。状況を読みきれない僕をよそに、みんな朝食を済ませ、各々日曜の午前中を過ごすために席を立ち始める。ロンはそれでもグリフィンドールに戻ろうとせず、ノットにチェスをしないか誘っていた。それどころか、彼はハリーについて嬉しそうに話すグリフィンドール生が近くを通り過ぎるたびに、面白くなさそうな顔をしていた。

 

 

 ようやくロンの心情が見えてきた。彼はハリーが英雄のように持ち上げられているのが気に食わないのだろう。ハリーの間近で一番彼が普通の男の子だと知っているからこそかも知れない。もともとロンは嫉妬心が強い印象があるし、自分が誰かに注目されるのも大好きだ。去年、グリフィンドール寮でロンがシリウスに襲撃された際の様子を、彼がどれだけ周囲に語りたがっていたのか、僕も実際に体感していた。

 

 なるほど、確かにそれであればロンの行動は納得できる。しかし、いや……面倒な…………

 去年のハーマイオニーとの喧嘩のときは、まだロンの非は薄かった。しかし、今回はハリーに対して明らかにロン側の事情で因縁をつけてしまっている。ロンだって流石にそれを全く自覚していないわけではないだろうし、自分が悪いと分かって、なお突っ張る人間を第三者が懐柔するのは難しい。

 しかも、この性格の問題は根本的に直すのが非常に難しい。大元は自己肯定感が希薄なことに起因するのだろうが、それを育ててハリーと仲直りさせるのにどれだけ時間がかかるのだろう? ロンだって何もかもがダメなわけではない。実際、ハリーと成績は似たり寄ったりだ。ただ、周囲にいる比較対象が悪いのだろう。首席、クィディッチのエース、首席、悪戯名人のビーターという兄に、最年少シーカーの「生き残った男の子」、学年次席の女の子が親友だ。普通な人間が周りにほとんどいない。妹のジニーですら可愛い女の子だと学年では人気らしいし、劣等感が刺激されすぎる環境だ。

 これは、しばらくスリザリン生の中にいた方がかえっていいのかも知れない。うちの子たちも優秀だが、ゴイルやノットは目立つタイプじゃないし、ロンの荒んだ心を宥めて冷静に戻すにはいい環境だろう。頭が冷えてきたら、僕が謝るよう促せばいい。

 

 …………それに、ロンには悪いが今はハリーの方が心配だ。こういう周囲の態度が回り回ってロンの劣等感を刺激するのだと分かりつつも、ノットとロンをその場に残し、僕は人目を避けてハリーを探しに大広間の外へと出た。

 

 

 

 ハリーとハーマイオニーは湖の近くにいた。人目を気にしながら何かしているようだったが、シリウスに事態を知らせるための手紙を書いていたらしい。

 彼らのもとに走り寄る僕を見て、ハリーは眉を顰めた。挨拶をする間もなく、彼は素早く僕に言葉を掛ける。

 「君まで僕が炎のゴブレットに名前を入れたか疑ってるんじゃないよね?」

 ハリーがロンの態度に気づいていないはずはないだろう。いや、むしろ既に口論した後かも知れない。だとすれば、ハリーが周囲に刺々しくなってしまうのも頷ける。僕は安心させようと落ち着いた口調で答えた。

 「君が入れたわけではないのは分かっている。だから、問題はこれからどうやって課題をこなしていくかだ。

 課題そのもので本当に命の危険に晒されることはないだろうが、君を嵌めた人間が何を企んでいるか分からないからね」

 ハリーとハーマイオニーは露骨にホッとした顔をした。しかし、ハリーはすぐにまた苛立ちを顔に滲ませた。

 「ロンはそう思わなかったみたいだ。僕の言うことを聞こうともしないで────」

 ここでロンを庇ってしまえば火に油だろう。僕はとにかくハリーの話を聞いて心を落ち着かせるのに時間を使った。結局、その後ふくろう小屋に行くまで、僕とハーマイオニーはハリーを宥めることになった。

 

 それぞれの寮に戻るときになって、ようやくハリーは不安そうな顔をする。

 「ねえ、課題ってとても危険なんだろう? どうやって切り抜けたらいいのか、僕、見当もつかないよ」

 当然の心配だ。僕としてはそれ以外の介入を気にしたいところだが、ハリーにしてみれば彼が乗り越えなければならないものなのだから、同じことだろう。

 

 

 第一の課題は三週間後の火曜日だ。それまでにハリーに安全策を徹底的に叩き込む必要がある。僕は作っていた「闇の魔術に対する防衛術」の指導要領から実践的に使える呪文をリストアップすることに決めた。

 

 

 


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