音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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ふざけたバッジ

 

 

 

 ホグワーツの日常は、再びハリーにとって居た堪れないものになってしまった。

 ハッフルパフとレイブンクローさえ避けていればいいだろうという僕の考えは甘かった。どうやら彼を無駄に持ち上げるグリフィンドールの居心地もよくないらしい。落ち着ける場所を求めた末に、ハリーまでスリザリン生のところに来るようになった。その結果、スリザリンのテーブルでそれぞれやって来たロンとハリーが顔を合わせて気まずい雰囲気になる、ということが繰り返された。

 ハリーはたまにロンが謝ってこないだろうかと期待する視線を向けるのだが、ロンは頑なだ。流石のハリーも自分から歩み寄る気はないらしく、彼らは顔を合わせれば無視を決め込み、どちらが先にグリフィンドールに戻るのか張り合っているようですらあった。

 

 ロンは主にゴイルとノットのところに、ハリーは僕とクラッブのところに来ることが多かった。この完璧に無関係な諍いに巻き込まれて、クラッブの堪忍袋の緒は切れる直前だ。それでも、最近多少は親しくなったハリーが面倒なことに巻き込まれてしまったことに対し、面倒見の良さを見せてくれるのだから、優しい子である。

 ゴイルは逆にロンを自分たちの輪に快く入れてあげていた。ミリセントやノット、たまにネビルといった落ち着いた子達の中で、ロンも普段より大人しく日々を過ごしているようだ。

 

 ……正直、僕が想像していたより遥かに容易くスリザリン生は二人を受け入れたし、両者共にかなり上手くやれている。しっかり者でなんだかんだ頼り甲斐があるクラッブは、少し世間知らずで呑気なところがあるハリーとは相性がいい。他人の話を最後まで聞ける子であるゴイルは、ロンのちょっと視野の狭いところに対して問題なく付き合える。

 もうこのままでいいのでは?とすら思えてくるが、こんなところで主人公と親友が疎遠になって大丈夫なのだろうか。それに、スリザリン生がいない間二人の間を取り持っているハーマイオニーも可哀想だ。

 一刻も早くロンに謝って欲しいのだが、彼の態度を軟化させる糸口はいまだに全く見えてこなかった。

 

 

 

 さらに、面倒ごとは思わぬところから転がり込んできた。

 代表選手の発表から二週間ほど経ち、少しは事態が落ち着いたかといった日だった。その日の朝、朝食のために大広間に上がると、なぜかグリフィンドールとスリザリンのテーブル両方に人集りができていた。

 人の輪から出てきた子達は何やらバッジのようなものをローブに留めている。スリザリン側からやってきて一番近くを通ったハッフルパフ生の胸に光る赤いバッジをよく見てみると、そこには稲妻のようなマークと、「今のところ、まだ生きている男の子(The boy who still lives for now)」という文字が輝いていた。

 

 僕は犯人を決めつけることを躊躇わなかった。

 「ザビニ! パンジー! 何をしているんだ!」

 声を荒らげながら人混みに割って入ると、案の定、パンジーとザビニがその中心にはいた。彼らの前のテーブルの上には、色とりどりのバッジが並べられている。ダームストラングの制服と同じえんじ色のバッジには「出しゃばりシーカー(The seeker for attention)」、ボーバトンのライトブルーのバッジには「ゴブレット誑し(The flirt with a goblet)」、ハッフルパフの黄色のバッジには「顔だけバブちゃん(The Hot Milksop)」と書いてある。国際問題の四文字が高速で僕の頭の中を流れていった。

 二人は僕が怒鳴り込んでいることは了承済みだったのか、落ち着き払って僕に微笑んだ。そんな──そんな子に育てた覚えはないんだが──

 久々に感情のリミットを外し、僕は大声を上げた。

 「二人とも、何を考えている! 人を貶すバッジを配るなんて言語道断だ」

 怒り心頭の僕に、それでもザビニはニヤッと笑い、バッジ手に取って口を開いた。

 「配ってない。一個2シックルだよ」

 こいつらはいつも僕の想像の斜め下を行く。僕はさらに激昂してザビニに詰め寄った。

 「売っているだと? なお悪いだろう!

 あなたたちは買っているのか? これを?」

 黄色いバッジを掴み振り返った僕に、周りの生徒の多くは縮こまる。しかし、他寮の上級生の一部は平然としたままだった。

 僕の手からバッジをむしり取りながらパンジーが口を挟む。

 「からかってないわ。応援用よ。それに、誰のことだかは書いていないわ」

 パンジーの言葉は火に油を注いだだけだった。僕はさらに口調を強くする。

 「そういう真似が卑劣だと言っているんだ────」

 騒ぎを聞きつけたのか、グリフィンドールのテーブルから双子がやってきた。彼らの抱えている箱にはこの品性下劣なバッジが大量に詰まっている。予想はしていたが、やはりグルか。

 

 フレッドは僕の肩に手を置いて朗らかに笑った。

 「やあドラコ。いい出来だろ?」

 「フレッド、いくらなんでも下品だぞ。しかも、君の寮の下級生を馬鹿にするような文言で」

 フレッドは周囲のざわめきにかき消されるほど小さな声で僕に耳打ちする。

 「ここだけの話、ハリーのフレーズは本人が考えたんだぞ」

 ああ、なんてことを────というか、ハリーは他の代表選手の分まで作られると知って言葉を決めたのか? 違う気がする。どうせこのアホ四人組がからかい始めるんだから、先行して手を打たざるを得なかったとか、そんなところだろう。

 僕からしたら度が過ぎている仕打ちに、思わず二の句が継げなくなる。

 

 そのとき、不意に人混みが割れた。そこに立っていたのは、ビクトール・クラムだった。

 彼は机の上のえんじ色のバッジをしっかり視界に納めてしまった。勘弁してくれ。僕は素早く肩を組んでいたフレッドの後頭部を掴み、一緒に頭を下げさせる。

 「ビクトール、申し訳ありません。我が校の人間が無作法を……」

 しかし、彼は笑顔でこそないものの、全く気を害した様子ではなかった。

 「いいえ、ヴぉくは気にしません。こういった類のもの、よくスタジアム前の露天商は売っています。だから、慣れている。今回も、どうせ他のところが売り出すでしょう」

 そんな、あなたが慣れていても他の選手は良くないでしょうに。僕は再び言葉を失ってしまった。

 

 僕が反論する前に、もう一人の代表選手が僕らの輪に加わってきた。フラー・デラクールだ。周囲の男子生徒の何人かがふらつく中、ミス・デラクールは水色のバッジを手にして堂々と微笑んだ。

 「わたーしも構いませーん。『ゴブレット誑し』? わたーしが代表選手に相応しーいと、次の課題で証明できまーす……」

 二人の言葉に、パンジーは勝ち誇ったように僕に微笑んだ。まさか、これを狙ってバッジの文言を考えたのだろうか? だとしたら、こんなところで狡猾さを使わないでほしい。不名誉にも程があるだろう。

 

 ビクトール・クラムとフラー・デラクールがその場を後にして僕の怒りの勢いが削がれたこともあり、周囲の人混みは徐々にはけていった。

 ジョージが僕に優しげに声を掛ける。

 「後でセドリックにも、このフレーズで大丈夫か聞いといてやるよ」

 僕は思わず大きくため息をつく。

 「すでに売られている上に、選手の3/4が許可している段階で断れるわけがないじゃないか。そのやり方は卑怯だぞ」

 事実上、販売を止める口実を失った僕にフレッドは愉快そうだ。

 「発案者はパンジーだぜ? おかげでいい売り上げになったよ」

 僕は四人に対して疲れきりながらも口を開く。

 「せめて、まともなバッジも作ってくれ。中傷しかホグワーツの人間はできないと思われないようにしなさい」

 僕の譲歩に、フレッドとジョージは喜びが滲み出ている神妙な顔で頷いた。一方、パンジーは口を尖らせる。

 「そんな面白くないもの、絶対大して売れないわよ」

 パンジーの態度に、僕は表情を消した。

 「売れるかどうかじゃないんだよ。いいか、次に親しくもない誰かを貶すような真似をしたら、あらゆる手段でもって君たちの企みを潰すからね」

 今度こそ四人は真面目な顔で頭を縦に振った。

 

 

 その日の午後の魔法薬学の授業でハリーに確認を取ったところ、やはり彼は他の三人のものまで作られているとは知らなかったらしい。たちまち顔色を失って僕に謝ってくる様は可哀想ですらあった。その後ハリーは「杖調べ」のために途中で抜けてしまったので、授業後に話すことは叶わなかった。あまり気にしていないといいのだが。

 

 

 その日の夕食の後、僕はセドリック・ディゴリーを探していた。四人の前でああは言ったものの、やっぱり彼が嫌がっているなら僕がバッジを回収してしまおうと思ったのだ。こんなスリザリンの面汚しな真似を放っておくわけにはいかない。

 

 ハッフルパフの談話室に友人と一緒に戻って行こうとするセドリックを、僕はなんとか捕まえた。こう、ごちゃごちゃまとまられると用件を話すのですら一苦労だ。

 「すみません。今日の『杖調べ』のことで確認事項があるそうなので、スネイプ教授のところに一緒に来ていただけますか?」

 こういうときスネイプ教授は便利だ。僕らの寮監だし、誰も彼のところなんかについて行きたいとは思わないし、「せんせー、昨日なんでセドリック呼んだんすか?」みたいなことを聞かれない人間No.1だ。

 

 セドリックは怪訝な顔をしながらも、僕の後について地下牢に来てくれた。人通りのない廊下まで来たところで、僕は彼に向きなおる。

 「ごめんなさい、スネイプ教授のことは嘘なんです。あなたに聞きたいことがあるんです。あの……バッジの件、聞きました?」

 彼は僕の奇怪な行動の理由が分かり、腑に落ちたような顔になる。僕は彼の表情を肯定と受け止め、話を続けた。

 「もし、断りづらくて許可したなら教えてください。僕がどうにか回収しますので」

 セドリックは苦笑を浮かべて首を横に振った。

 「いや……いいよ。僕も気にしていない」

 まあ、そう言うだろうとは思っていた。彼は七年生だし、代表選手に立候補し、実際に選ばれる人間は三個下にお願いしてまで自分を揶揄うグッズを回収させることには恥を覚えるだろう。「そうですか……」と少し落胆と安堵を滲ませる僕を、彼はじっと見つめ、口を開いた。

 

 「君はハリーが代表選手に選ばれたこと、どう思ってるの?」

 予想外の質問だった。そもそも、僕はセドリック・ディゴリーのことをクィディッチピッチか人伝でしか知らないので、彼の意図を瞬時に察せはしない。ただ、彼が世間話をしたいと思う程度に僕に何らかの興味を抱いているのは意外だった。

 状況を測りかねる中、僕は口を開く。

 「また妙なことに巻き込まれて、かわいそうだな、とは思っていますが……」

 セドリックは少し笑って否定した。

 「いや、そうじゃなくて……スリザリンの七年生は、君が十七歳以上だったら絶対に選ばれただろうって言ってるよ」

 なんだそれは。自分が知らないところで展開されていたらしい身内贔屓全開の言葉に、思わず呆れてしまう。

「意味のない仮定ですし、たとえ成人していたとしても僕は選手になろうとは思いませんよ」

 ため息混じりに答えた言葉に、セドリックは首を傾げる。

 「選手になれない、じゃなくてなろうと思わない、なんだね」

 少し傲慢な言葉だっただろうか? 正直、この学年の中で自分が優れていないと言う方が無理があるとは思っている。ただ、やっぱり対抗試合に僕が向いているとは到底思えなかった。

 自分の言葉を訂正せずに、僕はそのままセドリックに答える。

 「ただでさえコネだなんだで目立つことが多いんです。これ以上不相応な注目を集めていいことなんか何一つないですよ」

 セドリックは先ほどまでの柔和な雰囲気を少し潜ませて、僕に微笑んだ。

 「学年首位で、スリザリンのクィディッチ・チームの次期キャプテンなのに?」

 彼は僕を煽てて何がしたいんだ? 僕は内心疑問符を浮かべながらも、セドリックの問いに答えた。

 「……成績は、『ガリ勉だから』で見逃して貰えます。クィディッチなんてそれこそコネの賜物ですし、そもそも次のキャプテンはモンタギューかウルクハートですよ。

 ……事実であっても立場に乗っかって驕れば、僕をよく思わない人間は必ず今以上に出てくる。そうじゃないですか?」

 セドリックは相変わらず笑顔のまま、言葉を返した。

 「そうかもね。でも、今のような聖人みたいな態度だって、君の周りによく思っていない人はいるんじゃない?」

 その言葉で、僕はようやく彼がどんな考えで今話しているのか、見当がついてきた。

 周りの人がこう思うのではないか、というセリフは大抵の場合その人自身が思っていることを反映している。スリザリン生に持ち上げられていたのがきっかけなのか、セドリックはあまり僕のことをよく思っていないらしい。しかもその理由が「聖人みたいな態度」と来た。

 彼としては、僕にハリーを貶して欲しかったのかもしれない。ドラコ・マルフォイがハリー・ポッターより劣っているわけがないのに、ハリーが選ばれたのは不正だと言って欲しかったのかもしれない。その感情の裏には僕への嫌悪感だけでなく、ハリーへの反感もあったことだろう。

 

 なんとも気の毒なことだ。今回の事態は、勿論ハリーは悪くない。しかし、セドリックだって巻き込まれた側だ。自分の晴れ舞台の場がよく分からん下級生にケチをつけられて、平然としていられる人間は少ないだろう。

 

 セドリックへどう慰めていいか分からないまま、僕はただ彼の言葉に答えるために口を開いた。

 「聖人みたいな態度をとったつもりはないんですが……

 そうであっても、結局は直接接してもらって、僕が聖人でもなんでもない、ただの人間だとわかってもらうしかないんです。名声は強い武器かもしれませんが、僕はもっと小回りのきくやり方の方が好きなんです」

 彼の求める答えではなかったかも知れない。それでもセドリックは相変わらず微笑んでいた。

 「じゃあ、君はハリーが代表に選ばれたこと、なんとも思ってないんだね」

 僕からハリーへの嫉妬を感じ取れなかった残念さと同時に、僕がハリーの実力を認めていないことに対する昏い悦びを感じられる言葉だった。

 ……正直、ハリーに対してそんな風に思われているのは非常に面白くない。しかし、ここで彼の劣等感を突いて得るメリットはゼロだ。

 

 僕は眉を下げて、少し声色を弱々しくしてセドリックに語りかけた。

 「なんとも思っていないというか……心配なんです。やっぱり、他の正式な代表選手とは経験が全然違うでしょう?

 セドリック、あなたのような心技体揃った人と真っ向勝負で戦うのは難しいと思うんです。手加減して欲しいというわけじゃないんですけど、もし余裕があったら、ハリーを気にかけていただけるとありがたいです」

 彼は少し微笑みを消し、僕を見つめた後頷いた。

 「……そうだね。出来れば、そうしてみるよ」

 

 

 こういう人の注目を集める舞台が用意されてしまうと、あらゆるところで劣等感が剥き出しになってしまうものなのかも知れない。

 ハッフルパフ寮に戻っていくセドリックの背中を見ながら僕はぼんやりとそう思った。

 

 

 

 

 

 


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