音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
セドリックと別れた後、僕はスリザリンの談話室でザビニとパンジーを探していた。一応、人前で次はないと釘を刺したが、あの子達が本当に僕の言ったことについて納得しているとは考えていない。気は進まないが再発防止のためにも、一度しっかり話を聞いておいた方がいいだろう。
僕は二人を発見すると、有無を言わさず人通りのない寮の廊下に連れ出した。大広間ではヘラヘラしていた二人だが、僕が珍しく問題を深刻に捉えていると気付いたのか、徐々に顔から笑顔が消えていく。
……正直、人を叱るのは得意ではない。それこそ朝だったら短絡的な怒りの感情でどうにかなったのだが。
それでも、パンジーとザビニは僕から怒られ慣れてしまっている。多少は真面目に捉えてもらうためにも、出来るだけ冷淡な印象を取り繕って僕は話し出した。
「事情があるなら先に言って欲しいな。先に伝えておくと、あの文言は特定の誰かを示したものではないとか、そういうその場しのぎの表面だけを取り繕う言葉に価値はないよ。事態を軽視していたなら、素直にそう言ってほしい」
僕の言葉に、二人はさらに体を緊張させる。先にパンジーが俯きながら口を開いた。
「……ポッターからは先に了承を取ったし、残りの三人もいいと言うと思っていたんだもの」
僕は思わず目を細める。パンジーは首を縮こまらせた。
「他人に了承を取るとき、断りづらい状況に追い込むのはいいだろう。対等な交渉なのであればね。
しかし、その了承が相手に明らかに益がないのに押し通すのは単なる脅迫だし、反感を生む。そのデメリットを計算に入れても、今回の事件を起こすのは得だと考えたのには理由があるの?」
「……買うやつも沢山いたし、実際いい利益がでたよ」ザビニは僕の後ろの壁に目をやりながら答えた。明らかにこちらが欲しい答えではないと分かっている様子だ。
ため息をなんとか堪え、僕は話を続ける。
「百歩譲って配るだけならまだ良かった。いつものように、ふざけていただけという言い訳が利くからね。
しかし、なんで売ってしまったんだ? これは人に対する悪意と金銭を交換する行為だぞ。そこまで考えていなかった? それとも、考えた上でやった?」
いよいよパンジーとザビニは口を閉じた。パンジーは完全に下を向いてしまったし、ザビニが後ろに回した手がモゾモゾと動いているのが見える。……大分厳しい言い方をしてしまっているかも知れない。僕は少しだけ口調を柔らかくして話を続けた。
「僕は君たちを罰したり、痛めつけるためにこんな話をしているんじゃないってことは分かっているよね? 次、クラムやデラクールに限らず、致命的な敵を作りかねない状況を避けたいから、どういう経緯でこうなったのか知りたいだけなんだよ。
言い換えようか。今回こんなことをするきっかけになった事情があるなら、教えてくれ。それで、次はどうしたらいいのか、一緒に考えよう」
しばらく、二人とも黙っていた。
パンジーが少しだけ顔を上げて、わずかに涙の気配を感じる声で小さく言う。
「……お金が必要だったのよ」
なぜ? 君たち、お金に困るような家庭の子じゃないだろう。正直突っ込みを入れたいが、僕はなんとか堪え、頷くことで続きを促した。
パンジーは涙を堪えながら事情を説明し始めた。
「あたしたち、というか、フレッドとジョージが悪戯専門店みたいなことを始めたのは知ってるでしょ? 順調にやってきたけど、フレッドとジョージがあの人たちのお金を全部ギャンブルに使っちゃったの。
負けたわけじゃないわ……ワールドカップであのバグマンって人相手に大勝ちしたんですって。でも、そのお金がレプラコーンの金貨で……分かるでしょ?」
「次の日確認したら消えてたんだね」僕はできるだけ優しい声で返した。
パンジーは手で涙を拭って頷く。少ししゃくり上げているパンジーに代わって、ザビニが後を引き継いだ。
「それで、僕とパンジーはこっちがお金を出すって言ったんだ。でも、二人は下級生に恵んでもらうような真似はしたくないって。
だから、僕とパンジーは三大魔法学校対抗試合に便乗してお金稼ぎをしたらいいんじゃないかって。バッジなら僕たちでも作れるし、元手もフレッドとジョージが嫌がるほどはかからない」
ザビニに代わって、パンジーがなんとか声を絞り出して続きを話す。
「いつもの調子で作ったの。ほら、横断幕とか……ドラコをいじるようなものだと思って。少し工夫したら、代表選手は文句を言えないでしょうし……」
段々話を聞いているこちらの側に罪悪感が湧いてきた。この子たちがやったことに変わりはない。けれど、親しくしている上級生の夢がお金がないということで潰れて欲しくなくて、後先考えずに突っ走ったことが見えてきてしまったのだ。パンジーとザビニはグリフィンドールに感化されすぎだし、スリザリンの同胞愛の中に双子を完璧に入れてしまっていた。
それでも、なんとか体面を取り繕って二人に問う。
「……じゃあ、今はもう何がいけないかは分かっているね?」
二人は少し間を開け、口を開いた。
「今度からは敵を作らないかどうか、ちゃんと考えるよ」
「人を揶揄うときは、相手を考えるわ」
ここで、もう人をからかうようなことはしません、にならないのがスリザリンクオリティだ。けれど、僕としてはなんの問題もない。
僕は二人の言葉に頷いて少し微笑み、口調を普段のものに戻して話しかけた。
「……代表選手たちに、あったら嬉しいグッズのアイデアがないか聞いてみるのはどうかな。君らは何%かマージンを彼らに渡してそのグッズを作る。それを今回の謝罪がわりに受け取ってもらう。
売れるかどうかは知らない。だけど、これからも代表選手をダシにして商売を続けたいんだったら、絶対に彼らを敵に回すべきじゃないってことは分かってるよね?」
パンジーがようやく僕の顔をちゃんと見た。ザビニも少し目を見開いている。
「いいの?」
「うん。その代わり、騙し討ちみたいな形で彼らをからかうバッジを作ったことは、自分の口で謝るんだ。
そんな軽薄な真似はもう二度としないと誓った上で、三大魔法学校対抗試合を盛り上げるために協力してくれないか、ちゃんとお願いしなさい。僕も一緒に行くから。いいね?」
二人は顔を見合わせ、恐る恐る頷いた。
翌朝、僕はパンジーとザビニを連れてダームストラングの帆船を最初に訪れた。周囲のダームストラング生からの視線が刺さりまくる中事情を話し頭を下げる二人に、クラムは少し驚いた顔をしていた。
彼はグッズについては特に要望を出してこなかったが、追加で何かを作ることは了承してくれた。正直、代表選手にとってはほとんどメリットがない提案だと思うのだが、懐が広い。学生のやることだと思ってくれたのだろうか?
お金周りの交渉は僕が口を挟んでもどうしようもないので、悪戯専門店側任せだ。ただ、不和を生まないために全代表選手一律にしろとは言っておいた。クラムがメチャクチャ高くなりそうだが、流石にそこは僕の知ったことではない。
次に訪れたボーバトンの馬車では、フラー・デラクールが少し刺々しく出迎えてくれた。彼女は謝罪にはほとんど興味を示さなかったが、グッズについては「わたーしの髪の色を取り入れるといーいですね。なんなら、顔写真を使いまーすか?」と言っていた。凄まじく強い女である。
僕は今回の件について、一番被害を受けたのはフラー・デラクールだと考えていた。クラム、セドリック、ハリーはそれぞれダームストラング、ハッフルパフ、グリフィンドールというサポーターがいるのに、彼女はそうではないからである。
ボーバトン生はダームストラングと違い、全員代表選手に選ばれるつもりでホグワーツを訪れており、それゆえに彼女は同郷の人間たち全員の支持を得ているわけではなかった。
実際、「ゴブレット誑し」のバッジをボーバトンの女生徒がつけているところを僕はすでに目にしていたし、バッジの揶揄か応援か絶妙な塩梅が彼女の精神を蝕んでいてもおかしくないと考えていたのだ。
しかし、フラー・デラクールは本心か虚勢かまでは分からないものの、完璧にバッジの卑劣さを無視した。僕は内心で拍手をせざるを得なかった。
次の代表選手は、スリザリンのテーブルに朝食に来たハリーだった。
彼はザビニとパンジーが真摯に謝っているところを見て、目を見開いて驚いていた。グッズについては「やめてよ──目立ちたくないのに!」と嫌そうな顔をしたが、フレッドとジョージのためだと言うと、すんなり乗り気になってくれた。相変わらず、スリザリンでもないのに同胞愛の強い子である。
ハリーは出来るだけ自分は巻き込まれたのだということをアピールするフレーズをグッズに書いて欲しいと悪戯専門店組に頼むと、「今のところ、まだ生きている男の子」バッジをカバンに付けて次の授業に出て行った。なんだかんだ豪胆なところがある男だ。
最後はセドリックだった。
彼は昨日の今日で再びスリザリン生に拉致され驚いていたが、謝罪については極めて寛容に受け入れてくれた。グッズについては、「ハッフルパフを押し出してくれると嬉しい」らしい。セドリックは僕のことを聖人みたいと形容したが、彼の方がハッフルパフらしく公明正大だ。
ただ、セドリックにとってあまり気持ちのいいものではない僕が話し合いの場にいて良いことはない。二人がより意見を聞き出そうとした段階で、僕はその場を後にした。
一人大広間に戻るときに、僕は両脇を突然二人の人間に挟み込まれた。フレッドとジョージだった。
フレッドが僕の肩に手を回しながら口を開く。
「昨日のうちにザビニとパンジーからメモが届いたよ。四方に頭下げて回ったんだって?」
ジョージが続く。
「僕らにも責任はあるのに、仲間はずれはひどいぜ。ザビニとパンジーだけが悪いわけじゃないって分かってるよな?」
僕は頷いた。
「今回はうちの子たちが発案だったみたいだからね。でも、人脈を広げるという点では君達にも同行してもらった方が良かったかな?」
フレッドは僕が怒っているわけではないことを悟ったのか、ニヤッと笑った。
「まあ、商談が上手くいけば次もあるだろうさ……で、バグマンとのこと、二人はゲロっちまったんだって?」
そういえば、発端はそもそもそこだった。バグマンとかいうクズが学生から金を巻き上げたのが原因なのだ。
「そもそも隠してたの?」僕は首を傾げる。
ジョージは肩をすくめて返事をした。
「今、俺たちは取り立て中でね。あんま知られても良い顔されないだろ?」
そういうことを気にするタイプだとは思っていなかった。僕は内心意外さを感じながらも返事をする。
「自分のお金で賭けをしているんだし、そもそも不正をしたのはバグマンだからいいんじゃない? まあ、言いふらすのにも言いふらさないのにもメリットはあると思うけど。
だけど、君たちの夢を楽しみにしている下級生もいるって覚えておいてよ」
僕の言葉に、フレッドはにっこり笑った。
「分かっているさ」