音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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対策:第一の課題

 

 

 あれから四人組は僕がお願いした通り、普通の「○○を応援しよう」と書いてある真っ当なバッジや、各選手の望んだグッズを売り出し始めていた。法律的に色々大丈夫なんだろうかと思っていたが、フレッドとジョージはその辺りしっかりしている、というのはパンジーとザビニの談だ。ロイヤリティについても交渉ができたらしいし、彼らは商才があるようだ。

 

 しかし、ハリーのグッズについては何とも作りづらい状況ができてしまった。あのインチキ記者のリータ・スキーターが、信じられないくらい捏造に満ちた記事を「日刊予言者新聞」に載せたのだ。

 スキーターは読者の悍ましい好奇心を醜悪な手段で掻き立て、それを貪る悪魔のような人間だった。おまけに自分の興味の外にいる人間に対し、信じられないほど無神経でもあった。その日の新聞でハリーについて、四面に渡って書き綴られたスキーターの妄想とは対照的に、他の代表選手は──なんとクラムまでも──それぞれ一行のみしか名前は出てこず、セドリックに至っては触れられすらしなかった。

 当然それを良く思わない人間は出てくるし、スキーターに便乗してハリーをこき下ろすような真似は、ハリーも僕も許さない。結果、ジョークとしてのハリー関連のグッズは慎重に扱わざるを得なくなった。

 

 それにしても、スキーターという人間はなんと不愉快な存在なのだろう。

 十四歳の初対面の少年の言葉をでっち上げ、世間にばら撒く厚顔無恥な記者に対して、僕は慈悲の心を持つ気に全くなれなかった。それに、スキーターのような短絡的で、他人からそこまで重要視されない益──今回であれば、軽蔑すべき「ジャーナリスト精神」──のために、敵を作るのに全く抵抗がない人間というのは厄介だ。利益を提示して抱き込むにしても長期的に味方に繋ぎ止めておくことが難しい。それこそ脅迫でも何でもしたくなってしまう。

 

 しかし、この女が跋扈できてしまう魔法使いのメディア界自体も問題だ。

 人口が少ないせいで主要紙が「日刊予言者新聞」だけなのに、それすらこの程度の倫理観でデタラメ記事を垂れ流すことに全く躊躇していないのだから。全くもって許し難い。報道という行為自体が、適切に制御されなければ野次馬精神と紙一重なのは分かる。しかし、それにしてもジャーナリズム倫理の概念が希薄すぎる。

 メディアの力を考えれば、是非とも自分の勢力下に置いておきたいとは思う。しかし、愚かで悪辣な報道従事者というのは、ゴシップ趣味を「ジャーナリズム」という大義名分でコーティングし、その場その場で自分に都合の良い正義を作り出す。

 相手の理論に基づいて説得を試みることを基本方針とする僕にとって、こういった一貫性のない人間を相手にするのは最も苦手とすることだった。それこそ万策尽きたら暴力や脅迫の出番、ということになってしまう。しかし、こういう後先考えない動物的な人間には、それが一番効果的な場合がままあるのもまた事実だった。

 

 

 第一の課題が近づき、学校で見られる応援の勢いもいよいよ熱を帯びてきた。

 何が乗り越えるべきものとして用意されているかは当日になってみないと分からない。僕とハーマイオニーはできるだけ応用が利きやすく、簡単に習得できる呪文をハリーに覚えさせようとしていたが、ハリーは緊張のせいか呪文学の授業で扱っている「呼び寄せ呪文」で手一杯になってしまっていた。

 ……僕自身忘れがちであるのだが、普通はそんなにポンポン呪文を習得できない。ハーマイオニーは天才だし、僕は周囲より精神年齢のアドバンテージがあるので修練の時間をそこまで苦にしない。しかし、ハリーは「守護霊の呪文」という例外を除けば「同級生の中では良い方」の枠を出ていなかった。おまけに課題が何なのか分からないため、どうしても山を張って対策を練ることになる。僕が真っ先に覚えさせた「盾の呪文」だって、ハリーの習熟度でどこまで通用するのかはかなり怪しいところだ。

 せめて何と対峙することになるかさえ分かっていれば小手先でできることもあるだろうに。

 

 

 

 課題を二日後に控えた日曜日の朝、僕はハーマイオニーと共に、ハリーによって校庭に引っ張り出された。ここ数日ずっと彼は落ち着かない様子だったのだが、今日は表情にさらに深刻さを増した。

 盗み聞きされないように散歩しながら話を聞いたところによると、昨夜ハリーはハグリッドに連れ出されて秘密の森で次の課題に使うものを見せられたらしい。────暴れ狂うドラゴンを。

 その後シリウスと暖炉を使って話し、元死喰い人のカルカロフについて忠告されたらしい。

 

 シリウスの懸念はもっともだが、彼らは表立ってダンブルドアによって城に入る許可を得ている。

 「……今回の三大魔法学校対抗試合の関係者に、死喰い人に関係する人間が数人いるのは事実だ。ただ、ダンブルドアはそれを見越して彼らを招いているはずではあるんだ」

 「でも、ダンブルドアはクィレルやロックハートだって城に招き入れたよ」ハリーは眉を下げて答える。

 それはその通りなんだが……まさかダンブルドアは知っていて呼んだんだよ、なんて言えない。僕は曖昧に笑うしかなかった。

 

 

 「それにしてもドラゴンか」

 のんびりと言うと、ハリーは目を剥いて僕を見た。

 「何でそんなに平然としてるの? ハグリッドがドラゴンを隠してるって知ったときはすぐさまマクゴナガル先生に告げ口しにいってたじゃないか」

 まあ、確かに「魔法使い殺し」の超危険生物ではあるのだが、それにしたってダンブルドアが学生用の課題に使ってもいいと判断したものだ。僕はできるだけハリーを落ち着かせようと口を開いた。

 「だって、四頭もここに引き連れてこられるほど万全の対策なんだろ? 君の話でもすぐに取り押さえられるよう、何人ものドラゴン使いが控えているってことだったし。だったら、代表選手が八つ裂きにされる前に取り押さえるよう手配されているさ」

 ハリーは僕の言葉に眉を顰める。見かねたのか、ハーマイオニーが横から口を挟んだ。

 「ドラコ、あなた感覚がズレすぎよ。安全そうだからってハリーを放り出すなんて無責任だわ」

 別に放り出したつもりではないのだが……まあ、「横槍」の存在を考えるに、ハリーがドラゴンをいなせるようになった方が良いのは事実だ。それでも僕は一応二人に釘を刺した。

 「そもそも先に課題を知ってる時点で不正だし、その知識でさらに助言を求めるのはズルじゃない?」

 二人は黙ってしまった。ハリーは出たくて出ているわけではないんだから、という言い訳が利きそうなものだが、二人とも根が真面目だ。少し可哀想に思い、僕はわずかに微笑んで言葉を続けた。

 「……仕方ない。助言はしないよ。君が自分で考えるんだ」

 

 

 湖のそばに腰を下ろしたところで、僕は再び口を開いた。

 「まず、大まかに行こうか。ドラゴンにどう対策する?」

 ハリーは怪訝な顔で答える。

 「それが思いつかないから聞いているんじゃないか」

 「なぜ思いつかない」僕はさらに質問を重ねる。

 「なぜって……」

 「たとえば、火蟹の赤ちゃんに対して策を練りなさい、だったら君にもできるよね。なぜドラゴンはできないんだ」

 ハリーは僕の意図を図りかねると言った様子で首をふった。

 「だって、ドラゴンはとても強いじゃないか」

 「どう強い? なぜ対策ができないほど強いと考えるんだ?」僕はそれでも質問を続ける。

 しかし、それに答えたのはハーマイオニーだった。

 「ドラゴンの皮膚はほとんどの呪文を弾くわ。大人の魔法使いでも何人も一斉に呪いをかけないと──」

 僕はハーマイオニーに厳しい目で人差し指を向ける。ハーマイオニーはパッと口をつぐんだ。

 「先にハリーに考えさせなさい。──それで、他には?」

 

 向き直った僕に、ハリーは腕組みして考える。

 「ドラゴンは──とっても大きいし、力も強そうだった。火を吐くし、棘がいっぱいついているやつもいた」

 僕はハリーに頷く。

 「なるほどね。じゃあ、その『強い部分』の弱点を考えていこう。最初は皮膚についてだな。ほとんどの呪文を弾いてしまう。その通りだ」

 「じゃあ、もう打つ手がないじゃないか」僕の言葉に、ハリーは肩を落とした。

 僕は笑って首を振る。

 「本当に? ドラゴンは肌に呪文を当ててもあまり意味がない。しかし、それは本当にドラゴンにあらゆる呪文が効かないことを意味するのだろうか?」

 それでも僕がどんな返事を求めているか今ひとつピンときていないハリーに、僕は質問を変えた。

 「ハリー、もし君の肌が全ての呪いを弾いたとして、それで君は無敵かな?」

 ハリーは顎に手を当てて考え込み、しばらくしてから口を開いた。

 「……肌じゃないところは無敵じゃないかな? 目とか、耳とか鼻の穴? あと口もかな」

 少し不安そうなハリーに、僕は笑顔で頷く。ハリーの顔がパッと明るくなった。

 「じゃあ、そのうちどれを狙ったらいいと思う?」僕は更にハリーの考えを深めさせる。

 「……目かな? ドラゴンの目が見えなくなったら、だいぶ有利そうだし」

 「いい選択だと思う。他の部位を痛めつけるのにも、それなりにメリットはあるけどね」

 ある程度役に立つだろう答えが出たが、ハリーはそれでも不安そうだ。彼の知っている呪いの中に、目にピンポイントに効果があるものはないのかもしれない。

 

 僕は更に彼の対応策を増やすため、質問を続ける。

 「しかし、それだけで他の『大きい』『力が強い』『火を吐く』『棘』といったドラゴンの武器を抑え込めるわけではない。ドラゴン相手に何をやらされるかは分かっている?」

 ハリーは首を振った。

 「ううん。ただ、戦うんじゃなくて出し抜かせるんじゃないかってチャーリーが」

 「じゃあ、単に目を封じる以外の策も練っておくべきだろう」

 話を進めようとする僕に、ハリーは首を傾げる。

 「でも、他のところはどうしようもなさそうじゃない? だって、それこそ呪文を使わないと、縮ませたりはできないよね?」

 「相手を変えることができないなら、他のところに変えられる部分がないか探すんだ。たとえば周囲や自分。今回はどんなステージで課題をやらされるか分からないから、自分に何ができるかを先に考えた方がいいかもね」

 そう言い、僕は杖で自分の腕を叩き、翼に変えてみせた。実は身体の一部の動物変身は動物もどきより難易度が低い。

 

 ハリーは半目で僕を見る。

 「……僕にできないって分かって言ってるよね?」

 「変身術は無理だろうね。だから、他のやり方を考えなくちゃ」僕は笑って答えた。

 「あっ!」

 ハーマイオニーが突然声をあげる。彼女は何か気づいたようだ。一体どの手を思いついたんだろう? 僕の視線を受けて彼女は口を手で塞いだが、ハリーはハーマイオニーに声をかける。

 「ハーマイオニー、何か思いついたの?」

 ハーマイオニーはためらいながらも、なんとか直接の答えにならない言葉を探していた。

 「ハリー、あれよ。あなたの一番得意なこと!」

 「えっ……クィディッチ? でも、箒は持ち込めないよ! 僕らは杖だけしか持っていっちゃいけないんだ」

 なるほど、箒か。確かにハリーにはバッチリだし、うってつけの呪文を僕らはたった今授業で学んでいるところだった。結論をハリーに導き出させるために、僕も口をひらく。

 「ハリー、考えるんだ。君にも今から頑張れば絶対にできる解決法。その答えはすぐそこにある」

 

 ハリーは下を向いて考えを口に出しながら推理し始めた。

 「杖で箒を出せれば……いや、違う。今から頑張れば覚えられる呪文、『呼び寄せ呪文』だ! それでファイアボルトを呼べばいいんだ!」

 僕とハーマイオニーはにっこり笑って頷いた。

 

 

 

 翌日の昼休み、大広間にはハリーはいなかった。一人で昼食にやってきたハーマイオニーが周囲を気にしながら僕に耳打ちした。

 「今、ハリーは呼び寄せ呪文を練習しているわ。もう殆ど問題なく『呼び寄せ』できるようになったの!

 本当は『結膜炎の呪い』も覚えておいた方がいいかと思ったんだけど、普通の四年生は勉強していないし、課題を知っていると思われちゃ良くないでしょ? だから、とりあえずアクシオを完璧にしておくことにしたのよ」

 上々だ。僕は満足して頷く。

 「いい選択だ。欲張ってどちらも実戦レベルになりませんでした、じゃ本末転倒だからね」

 

 ハーマイオニーは僕の隣の席に座ってトマトをフォークに突き刺しながら、小さな声で囁く。

 「でも、あんな回りくどいやり方しなくっても、すぐ教えてあげたらよかったのに!」

 僕は肩をすくめた。

 「これからハリーは他の課題にも立ち向かっていかなければならないんだ。自分で考える癖をつけないと苦労することになるよ。

 もちろん君は手伝うつもりなんだろうけど、いつでも僕らが役に立つかは分からないからね」

 不意に会話が途切れた。見てみると、ハーマイオニーは顔の前にフォークを持ってきたまま、口をへの字にしている。僕が首を傾げると、彼女は眉を顰め、しかし笑みを浮かべて口を開いた。

 「……あなたは全く悪くないんだけど、あなたを見ていると、とっても惨めな気分になるわ!」

 「去年も似たようなこと言ってなかった?」僕はニヤッと笑って答える。

 「もう!」ハーマイオニーは空いていた手で僕の背中をパチンと叩いた。

 

 

 その日の夕方、ハリーは晴れ晴れと、と言わないまでも少し嬉しそうな様子で玄関ホールにやってきた。グリフィンドールのテーブルで彼の激励が行われるそうなので、今日の夕食は別々だ。

 ハリーは僕を見つけると駆け寄り、周囲を見渡した後練習の進捗を教えてくれた。先ほど校庭で寮から教科書を呼び寄せられるか試したらしい。結果は成功だったそうだ。明日もきっと大丈夫だろう。

 ひとしきり訓練の成果を聞いたところで、ふと彼は思い出したように口を開いた。

 「今日の朝ムーディ先生に、セドリックに課題はドラゴンだって伝えていたところを見つかっちゃったんだ。怒られなかったけど、僕が何をするつもりなのか聞き出されたよ」

 ムーディ教授は、こういう人を出し抜く行為をよしとするタイプなのか……結構意外だ。僕はハリーに問いかける。

 「まさか、僕とハーマイオニーが色々口出ししたことは言ってないよね?」

 「当たり前じゃないか! 自分で考えましたって言ったよ。それに、ドラコは本当にそうしたんだし。つまり……僕に自分で考えさせたよね?」ハリーは確認するように僕に聞く。

 「そうだけど……」

 そこに、話題の人物、ムーディ教授がやってきた。彼は僕らの前に来ると、いつもより遥かに小さい声で、「マルフォイ、夕食後、わしの研究室に来い」と告げた。──明らかに、僕がハリーの課題に関与したのがバレている。僕は自分の血の気が引いていくのを感じた。

 ハリーが僕を庇おうと何か言う前に、ムーディ教授は大広間へと入って行ってしまった。

 僕らは顔を見合わせる。

 「多分……怒るんじゃないと思うけど。僕も叱られなかったし」

 「だといいんだけどね……」

 僕が知らない間に彼の逆鱗に触れてしまったのだろうか? いや、そもそも死喰い人の息子が「生き残った男の子」に取り入るため、特別仲良くしようとしていると捉えられている可能性だってある。僕は流石に堪えきれず、ため息をついた。

 

 

 

 しかし、ムーディ教授は僕を絞めるために呼び出したわけではなかったようだ。研究室を訪れた僕に対し、彼はわずかに口の端をあげて出迎えた。

 しかし、それでも椅子に座らされ、尋問の態勢がとられる。

 彼は軽く腰を折り、僕の顔を覗き込んだ。

 「お前がポッターにアドバイスしたんだな? え?」

 「ドラゴンについてどうしたらいいのか聞かれはしましたが、直接どうしろと言ったわけではないです」

 僕の言葉にムーディー教授は少し皮肉っぽく笑う。

 「ポッターはセドリックにドラゴンの攻略法についてベラベラと喋っておったぞ。自分もドラコ・マルフォイ、お前に考えさせられたと言ってな」

 ハリー……どうして周囲に十分注意してからセドリックに話してくれなかったんだ……いや、この熟練の闇祓いに身を隠されては僕でも気づけないかも知れない。……しかし、ハリー自身が不利になる情報を、誰が見ているとも知れない場所で話さないようキツく言おう。僕は内心決意した。

 しかも親切にセドリックに僕のことを色々言ってしまったのか。また変なことになってないといいのだが。

 

 僕の沈黙をムーディ教授の威圧感によるものだと思ったのか、彼は態度を更に和らげ口をひらく。

 「お前が他の生徒のためにあちこち駆けずり回っているのは知っている。今回もその一環だったのだろう?」

 ……これは、僕が何か企んでハリーに近づいているわけではないと認識してくれているのだろうか? 僕は内心図りかねながら頷いた。

 ムーディ教授は少し忌々しそうに視線を僕から外した。

 「どうせカルカロフやマクシームはこちらを出し抜こうとするのだ。連中がドラゴンを見にいったことはお前も知っているだろう? ダンブルドアは高潔だが……現実が見えておらん。『油断大敵』!」

 「では……ムーディ教授、あなたは僕にハリー・ポッターのサポートをするようにとおっしゃるのですか?」

 僕の言葉にムーディ教授はハッと笑った。

 「お前は言われずともそうせざるを得ない気質の人間に見えるが? お前の同級生のバッジのことでずいぶんあちこちに頭を下げたそうじゃないか」

 この短期間でずいぶんと高い評価をいただいたらしい。同じホグワーツの代表選手なのであれば、セドリックにも目をかけてあげて欲しいものなのだが。しかし、彼は正当な代表選手だし、僕程度がわざわざ口を出さずとも一人で課題をこなせそうだ。

 

 結局、ムーディ教授は暗にハリーの手伝いをしろと告げるだけ告げて僕を寮に返した。まあ、ダンブルドアが今年わざわざ呼んだ人でもある。学校内の懸念事項に対して色々気を回すように言われていると考えれば、筋の通った行動ではあるかも知れない。

 

 

 

 翌日の第一の課題、ハリーは見事に箒を呼び寄せてハンガリー・ホーンテイルを手玉にとって見せた。ドラゴンから「金の卵」を奪うと言う課題で、彼は四人の代表選手の中で一番素早くドラゴンの懐から卵を掻っ攫った。

 城に戻る道すがら、僕はグリフィンドール生に囲まれている彼を遠巻きに眺める。こちらに気づいたハリーはとびきりの笑顔で手を振った。久々に、目に眩しい主人公の顔だ。

 

 不正に選ばれた代表選手をよく思っていなかった人間も、彼の活躍を見て態度を改めたものが多いようだ。僕としてはそれとこれとは別だろうと思うのだが。

 

 僕の予想していた通り、代表選手は四人全員大した怪我もなく無事に課題を終えた。しかし、これは安全対策が上手くいったというよりは彼らの実力によるものだろう。

 

 一つ嬉しいこととして、ロンがハリーに謝ったことがあった。あの課題を見て、ロンにどのような心境の変化があったのか分からない。危険な課題に親友が放り込まれているのを見て、自分の幼稚な態度が恥ずかしくなったのだろうか? それとも、喝采を浴びる親友を見て、嫉妬で離れるより近くにいた方が得だと考えたのだろうか?

 できれば前者であって欲しい。ロンが友情以外の考えでハリーのそばにいようと思うなら、これからも軋轢が生じるのは目に見えているのだから。

 基本的に損得勘定で人間関係を捉えている自分を棚にあげ、僕はそう思った。

 

 次の課題は三ヶ月後の二月二十四日だ。例年クリスマスには何か今後に関連するイベントが起こるとはいえ、しばらく気を抜くことができると言えるだろう。

 しかし、一つどうしても引っかかることがあった。第一の課題中、ハリーの周りで何か起きる気配が全くなかったのである。僕はそれこそ例年のクィディッチ第一試合のような展開を予想していた。真っ当な競技に横槍が入り、ハリーは危うく難を逃れるというパターンだ。

 今回はドラゴンそれ自体が極めて危険であるという点に目を瞑れば、何も起きなかったと言ってしまって過言ではない。僕は「忠義者」たちの明確な手がかりを得ることができなかったのだ。

 何もしなかったこと自体が手がかりだと考えることもできる。つまり、今回の潜伏者はハリーを第一の課題で害する気はなかったという見方だ。しかし、結局は彼を代表選手にさせることで何かをしたいのだという事実は残る。強いていうなら、犯人は今までの三年間の潜伏者より慎重に動いているらしい、ということなら考えられるかもしれない。

 

 なんにせよ、やっぱり僕はこの時点で推理を前進させることはできなかった。

 

 

 試合の翌日、僕は一人でいるところをセドリックに捕まえられた。人気のない3階の廊下で、意図しているかどうか知らないが壁を背にさせられ、僕は逃げるに逃げられない状況に置かれた。セドリックは人当たりの良い笑みを浮かべている。こういう頑張って優等生をやっているタイプは、何を考えているか読み取りづらくて苦手だ。

 彼は微笑みを崩さないまま口を開いた。

 「ハリーから君がくれたらしいアドバイスを色々聞いてね。お礼を言いたくて」

 口調は丁寧だが、絶対ありがたいと思っていないだろう。怖いよ。

 僕はなんとか表情を取り繕ってセドリックに笑いかけた。

 「……それを言うならハリーにですよ。あなたは相手がドラゴンだとわかればそれで十分だったのでは? そもそも僕はハリーに具体的な対策を助言したわけではないですし」

 「そうかな? ドラゴンの攻略法をどう考えたらいいか、君が教えてくれたってハリーは言っていたけど」

 ハリー・ポッター……裏表なく、人の手柄を自分のものにすることを厭う男の子よ……今は彼のそのまっすぐさが恨めしかった。セドリックは本当に善良な代表選手の態度を崩していなかったが、わざわざこんな話をしにきた時点で何かあるのは見えている。

 返事をしかねている僕を無視して、セドリックは言葉を続けた。

 「君だったら、あのドラゴンにどう対処していたかな? 参考までに教えて欲しいんだ」

 なんの参考だよ。もう戦わんだろ。

 正直、「何にも思いつきませーん」とでも言ってその場を後にしたかったのだが、彼は僕の前に立って行く手を塞ぎ、慇懃に答えを待っている。僕はため息を押し殺し、ハリーとハーマイオニーの会話を思い出しながら返事をした。

 「……一番パッと思いつくのは『結膜炎の呪い』ですよね。魔法の効きにくい表皮を持つ魔法生物には定番の策ですし」

 「他には?」

 まだ聞くか。勘弁してくれ。

 「ドラゴンは口内が高温になる都合上嗅覚が弱いので、目眩し呪文も使えたかもしれませんね。あとは変身術とか……」

 「変身術をどう使うつもりだったの?」もはや質問攻めである。それなのに外面は全く変わっていないのだから、こちらは怖気付くしかない。

 「それこそ飛べるような身体変身や、ローブを元にして鳥の囮を大量に作るとかですかね。競技場に何があるか分からないので、その場のものを使う策は……」

 そこまで言って、僕はセドリックがどうやってドラゴンを出し抜いたか思い出し、口をつぐんだ。彼はその場にある岩を犬に変えたのだ。今の僕のセリフは「お前は考えなしだった」と指摘しているように受け取られてしまっても仕方ない。

 彼はいまだに笑みを浮かべたままだが──心なしか、本当に心なしか酷薄な雰囲気を醸し出し始めた気がする。ああ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです。しかし、ここで謝った方が彼のプライドを傷つけるだろう。

 

 僕はなんとかその場を取り繕おうと口を開く。

 「……でも、もしもの話でしかないですよ。実際あの場に引っ張り出されたら、うまくやれるとは思えません」

 セドリックはわずかに身を引き、肩をすくめた。

 「……君は謙虚だね」

 こんな机上の空論を真剣に取らないでほしい。できれば、下級生がイキってんな、くらいの余裕を持って欲しい。それでも、今不当な代表選手であるハリーが一位の成績で課題を通過し、正当な選手として追い詰められてしまっているだろうセドリックを、そのまま放置しておくのは気が引けた。

 嘘はつきたくない。彼を慰めるための嘘だったと知られれば、自尊心を決定的に折ることになるだろう。

 

 僕は今度こそ言葉を慎重に選びながら口を開く。

 「僕は単に弱いだけですよ。あなたみたいに多くの人間の期待を背負おうと思えるほど、強い心を持っていない」

 セドリックは少し目を細め、首をわずかに傾けた。

 「それは……『人の目を気にしてしまう』というだけじゃないのかな?」

 僕は首を振って微笑んだ。

 「気にできるのも才能だと思います。僕は自己中心的なので……自分が良ければいいんですから」

 セドリックは今度こそ微笑みを消した。しかし、彼はそれ以上何かを追及してくることはなかった。その隙をついて、僕は彼を残しその場を後にする。

 

 ハーマイオニーは僕に甘えがあるから深刻なことにならないが、年上で僕に対抗心を持つ人間は扱いに困る。セドリックが今の話で僕を見限ってくれることを切に願いながら、僕はスリザリン寮へと帰った。

 

 


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