音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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パートナー探し

 

 

 

 十二月に入り、ホグワーツは雪と霜に覆われた。

 

 僕は第一の課題が終わったので、しばらく平穏が続くかとのんびり構えていたのだが、早速気になる問題が浮上し始めていた。

 リータ・スキーターがハグリッドの周囲をかぎまわり始めたのである。どうやら、ハリーがスキーターに対してつれない態度でインタビューを断ったために、その報復としてハリーの醜聞を身近な人間から引っ張り出そうとしているらしい。

 僕としては、ハリーはスキーターに一方的に餌を提供できる立場にいるのだから、もう少し上手く丸め込んでくれればよかったのに……と、つい思ってしまう。しかし、十四歳の少年が自分の発言を捏造して新聞に書き立てる人間を懐柔しようと考えるのは無理があるだろうし、そもそもスキーターとかいう厚顔無恥の下劣記者が悪い。

 ハグリッドは彼自身が半巨人であるというだけでなく、一年目のドラゴン騒動に二年目のアクロマンチュラ飼育の発覚と、叩けば埃が出てしまう人間の筆頭だ。今でこそ人気教師の一角であるとはいえ、それらの事実が公に引っ張り出されれば、何が起こるか分からない。

 僕は、スキーターがハグリッドの身辺を調査する中で禁じられた森に鼻を突っ込み、アクロマンチュラのおやつになる可能性に思い当たっても、特に防護策を施そうとは考えなかった。

 

 

 

 僕のスキーターに関する心配をよそに、学校内にはうわついた空気が流れ始めた。ユール・ボールの開催が告知されたのである。皆パーティに出るためのパートナーを見つける必要があるため、あちらこちらで気になっている子に声をかけようと必死な生徒が見られるようになった。

 

 一方、僕はと言えば────初動を完全に失敗した。

 

 

 告知があった日の夜、いつものように大広間で夕食をスリザリン生たちと食べる中、当然パーティーの話になった。僕らは家の問題で誘える人間が限られるし、スリザリン内で大体が完結するだろう。僕も体裁を考えればフケるという選択肢はない。

 そして、僕は「当然」一番近くにいた純血の女子であるパンジーに声をかけた。

 「パンジー、他に誰か行きたい人がいないなら、僕と行かない?」

 僕らの周囲が一瞬にして静まり返った。これは──こんな人前でお願いすべきではなかったかもしれない。自分の迂闊な行動を後悔している僕に対し、パンジーは驚愕と嫌悪を顔に滲ませて答えた。

 「え、絶対にイヤだけど」

 パンジーの声は冷え切っていた。断られることを予想していなかった訳ではないが……考えていたより、遥かに拒絶が前面に出た返事だった。そうか、そんなに嫌か。反抗期?

 内心傷つきつつ、僕はその隣のミリセントに視線を移す。

 「……ミリセント、君はどうかな?」

 ミリセントは自分の皿から一切視線を逸らさず口を開いた。

 「私、もうパートナーがいるの」

 彼女もいつもと全く違う硬い口調だ。えっ、そんな、早すぎる。一体誰だ? 周囲を軽く見渡すと、ゴイルがちょっと照れた様子でミリセントを見ている。……そうか、仲がいいのはいいことだ……しかし、これは……

 パンジーもミリセントも普段からは考えられないほど冷淡な態度だ。二人とも僕の一番親しい女の子なのに……

 僕はいよいよ普段のグループの外にいるスリザリンの女の子に声をかけようとした。

 「ダフネ────」

 彼女は僕の視線に気づくや否や、サッと食事を切り上げ、席を立って大広間を出て行った。信じられない。申し込む前に拒絶されてしまった。

 ようやくあたりのおしゃべりは徐々に復活してきたが、僕の心には冷たい風が吹いていた。クラッブに慰めてもらおうと横を見ると、彼まで何やら固い顔をしていた。

 いや……確かに軽率だったかもしれない。スリザリンの談話室でパートナーを募った方が、まだマシだっただろう。でも、そんなつれない態度を取ることないじゃないか。僕は内心涙を流していた。これで、僕らの学年の聖28族の女子全員に僕は断られたことになってしまった。

 

 こうして、「同学年のスリザリン生の適当な純血の名家の女の子にパートナーになってもらおう」作戦は早々に破綻した。

 

 

 

 「流石に傷つくな」

 トーストにバターを塗りながら僕は肩を落とす。

 「……100%、自業自得ね」

 次の日の朝、地下の厨房のテーブルで僕と二人で朝食をとったハーマイオニーは深々とため息をついた。

 彼女はフレッドとジョージから厨房への入り方を教えてもらい、屋敷しもべ妖精の実態調査のために度々ここを訪れている。僕もハーマイオニーが何をしているのか気になったので、たまに朝食をハリーとロンとも一緒にここで食べるようになっていた。今日は土曜日のため、二人ともまだ朝寝を決め込んでいるらしい。

 

 ハーマイオニーの言葉に僕はさらにがっくりきてしまった。そんなに……嫌われるようなことをしたつもりはないのだが……やっぱり、風紀委員のような真似をしていると、内心よく思われないのだろうか?

 落ち込む僕を、ハーマイオニーはとても面白そうに眺めている。君、そんな人の不幸を喜ぶ子じゃないだろう。

 半目で彼女を睨む僕に、それでもハーマイオニーは愉快そうな口調を隠さず口を開いた。

 「あのね……別にあなたが嫌われているわけじゃないのよ? むしろ逆ね。同じ学年の子で、あなたが良い人だって知らない子はいないんじゃないかしら?

 でも、それがダメなのよ」

 なぜそれがいけないというのだ。訝しみながらも口にトーストを入れてしまい返事ができず首を傾げるしかできない僕に、ハーマイオニーは話を続ける。

 「だって、あなたは誰にでも優しいでしょう? 最初はあなたの態度でくらっと来ちゃったとしても、徐々に自分はそう言う相手だと見られてないんだなって分かっちゃうのよ」

 

 「でも、それだったら友達としてパートナーになってくれればいいじゃないか」

 ようやくしゃべれるようになって反論する僕に、ハーマイオニーは少し呆れを滲ませた。

 「分かってないわね。せっかくこんな機会なんだから、自分のことを恋愛面で好きになってくれそうな相手と一緒に行きたいに決まってるじゃない」

 ……そうか、恋愛ごとのイベントなんだな、ユール・ボールは。ようやく僕は、自分が家での社交場のノリをそのまま引きずって、体面さえしっかりできていればそれで良いと考えていたことに気づいた。

 

 「そういうものか……」

 しみじみと言う僕に、ハーマイオニーはやれやれ、と言った様子で肩をすくませた。

 「そういうものよ。

 ……あなた、もともと自分が他人にどう思われているかよく分かっていないところがあったけど、その上恋愛について疎すぎるわね」

 僕の立場が相手からどう思われるかは細やかに分析しているつもりなのだが……この状況を読みきれなかった時点で、僕はハーマイオニーの意見に異を唱える自信を失ってしまった。

 思わず肩を落としながら、僕は皿の上の焼きトマトを突き刺す。

 「パートナー、どうしようかな。年が同じ以上の純血のスリザリン生と一緒に行きたかったんだけど。こんなところで、角を立てるような真似したくないし」

 ハーマイオニーは呆れを通り越して眉に皺を寄せた。

 「その台詞は女の敵すぎるわね。安心しなさい。どうせ嫌ってほど申し込みが来るわ」

 「……さっき言ってたことと矛盾してない?」

 首を傾げる僕に、ハーマイオニーはフンと鼻で笑った。

 「だから『徐々に』って言ったでしょう? まだあなたの人柄全部を分かっていない子で、あなたに優しくされたことがある女の子が山ほどいるわ。特に下級生なんか、すごいでしょうね。

 だから、パンジーやミリセントはあなたに冷たく返事したのよ。その子達に目の敵にされたらたまったものじゃないでしょう?」

 「……そういうもの?」

 「そういうものよ」

 それはそれで面倒な……人の好意を無碍にするような真似はしたくないのだが。どうやって断るのか色々と考えなくてはならない可能性に、僕は憂鬱な気分を抑えられなかった。

 もっと機械的にペアリングすればそれでいいと思っていたんだが。

 

 「こういう恋情が絡むイベントって予想以上に面倒なものなんだな……じゃあ、パートナーが見つからない子に斡旋事業、みたいなことも軽率にしない方がいいのかな」

 なんの気なしに言った言葉に、ハーマイオニーはいよいよ怖い顔をして僕を睨んだ。

 「そんなことしようとしていたの? やめなさい。変な恨みを買いかねないわよ」

 すごい迫力だ。僕は思わず視線を横にずらし、言い訳を紡いだ。

 「でも、僕みたいに恋愛に興味ないけど、世間体があってパーティーに行かざるを得ない人間には便利だと思うんだよ。それこそ、ハリーやロンとかも自分から積極的にパートナーを誘いに行けるタイプじゃないだろう?」

 返事はすぐ返ってこなかった。ハーマイオニーの方に目をやると、彼女は俯いて自分の皿の上のビーンズを見つめていた。

 「……ええ、そうね」

 ようやくハーマイオニーは返事をしたが、さっきまでと雰囲気が全然違う。この空気の意味を察かねている僕に、先に彼女の方が沈黙を破った。

 「ねえ、あなた……ハリーとロンが誰を誘おうと思っているか知ってる?」

 随分真剣な口調だ。

 「いや、全然知らないけど。君なら、本人たちに直接聞けば……」

 そこで流石の僕も黙った。俯いても見えている彼女の耳が見る間に赤くなったのだ。これは……そういうことなのか? 思わず僕はカトラリーを置いて居住まいを正した。

 「……どっちのことが知りたいの?」

 おずおずと聞いた僕の肩に、ハーマイオニーの手が飛んだ。最近彼女は結構容赦がない。

 「ごめん、ごめんって!」

 慌てて謝った僕に、ハーマイオニーは目を釣り上げながらも自分の椅子に座り直してくれた。

 

 また、しばらく沈黙が続いた後、ハーマイオニーが口を開く。

 「ハリーはチョウのことをずっと目で追ってるわ。レイブンクローのシーカーのチョウ・チャン」

 つまり、ハリーではないと。ということは……ロン!?

 思わず僕は目を見開いてハーマイオニーを見る。彼女は再び視線を下に戻してしまっていた。

 正直、ハーマイオニーが好きになる相手として、なかなか考えられない人選のように思えてしまう。去年の大喧嘩もそうだが、彼女とロンは小さな小競り合いが多い。ロンはハーマイオニーの優秀さを認めたくないのか、彼女を小馬鹿にするような発言をしょっちゅうしていたし、ハーマイオニーだってそれには反発していたはずだ。その上、ロンは嫉妬により命の危機に瀕している親友を無視するという、あまりにも大きな欠点を晒したばかりだった。

 

 驚きのあまり言葉を失っている僕を見て、ハーマイオニーは眉を顰めて取り繕うように言葉を発した。

 「あなたも知ってると思うけど……悪いところばかりじゃないわ」

 「いや、それはそうなんだけど……」

 なんとも言い難い心情が顔に現れているだろう僕を見て、ハーマイオニーはボソボソと喋りだす。

 「……私ってあんまり人に好かれないでしょう?

 いいわ、別に慰めようとしなくて。成績が良ければ妬まれるし、ルールを守らせようとすれば規則の大切さを分かっていない人たちに疎まれるのは当然だもの」

 口を開こうとした僕を、ハーマイオニーは視線で制する。

 「でも、ロンってそういう人たちの中にいて、私をその輪の中に入れてくれるのよ。彼自身明るいし、面白いし……そういうとき、とっても救われた気持ちになるのって、当たり前じゃない?」

 だからそのロンが好きだと。なるほど……理屈は理解できる。

 「まあ……分かるよ。僕らみたいな人から『真面目タイプ』だと思われがちな人間にとって、彼みたいな、いるだけでその場を明るくしてくれる人間は正反対だからこそ貴重だよね」

 ハーマイオニーは頬を染めて頷いた。

 

 「じゃあ、ロンに気になっている人がいるか聞いてみようか?」

 僕が今度こそ親切心で言った言葉に、やはりハーマイオニーは眉を吊り上げて首を振った。

 「あなたは何もしないで。あなたが恋愛感情に対する理解がなさすぎることは、今回の件で嫌というほど分かったから」

 そんなにか。しょぼくれる僕を見て、ようやく彼女は少し微笑み、朝食の続きを食べ始めた。

 

 

 

 ハーマイオニーの言っていたことは当たった。

 その日の午前中のうちから、スリザリンだけでなく一度か二度話したことがある程度の女の子たちが、ひっきりなしに僕のところにやってきてた。大抵の場合グループで僕を捕まえ、ユール・ボールのパートナーは決まっているか聞くのだ。

 幸い、多くの子がストレートに「一緒にパーティーに行ってください」とは言わなかった。なので、僕と同じか年上のスリザリン生と行くつもりだと話すことで、ほとんどの申し出を切り抜けられた。

 

 その中にはジニー・ウィーズリーまでいた。彼女は同い年のグリフィンドール生と徒党を組んでやって来て、その内の一人が僕に声をかけるのを友達とキャアキャア言いながら見ていた。

 流石に耐えかねて、僕は去り際に彼女に「頼むから僕に声をかけても無駄だと同い年の子に言ってくれ」と頼んだ。

 ジニーは面白そうに「でも、あなた本当にみんなに親切だから、四年生以上がパートナーになってくれないとパーティーに出られない子にとっては頼みやすいのよ」と笑っていた。どうやら僕は下級生にとってはうってつけの「ユール・ボール行きチケット」になってしまったらしかった。

 

 

 

 スリザリンの下級生にも僕がユール・ボールの相手をどうするつもりなのか聞いてくる子はいた。ほとんどは決定的に僕に申し込む前に、相手が事情を察して去ってくれたのだが、そうではない場合もあった。ダフネの妹のアストリア・グリーングラスがその一人だ。

 彼女は去年入学してきたところの二年生だ。体が弱いらしかったので、確かに色々と世話をすることはあった。しかし、その時点の僕にとっては、「庇護すべきスリザリンの後輩の一人」としての認識しかなかった。

 

 流石に追いかけ回されるのにうんざりして、僕は「目眩し呪文」をかけて校内を一人で歩くことが多くなっていたのだが、それをアストリアは待ち構え、寮に入るところを捕まえたのである。突然自分の腕を掴んだ年下の女の子に驚く僕をよそに、彼女は人目につかない寮の廊下に僕を引っ張っていく。少し歩いて振り返ったアストリアの後ろの壁際には、心配そうな顔をしたダフネがいた。

 

 アストリアは行動の大胆さに反して、ちょっと緊張したように口を開く。

 「あの……私……あなたとユール・ボールのパーティに行ってあげてもいいわ」

 ……は?

 今までの子達とは全く方向性の違う言葉に僕は思わず言葉を失った。控えめな態度と話している言葉が乖離している。視線をずらすと、アストリアの背後のダフネは顔を覆ってしまっている。

 「えっと……それは……どういう……」

 状況を飲み込めず、頭に疑問符を浮かべている僕に気づいていないのか、彼女は頬を染めながら話し続ける。

 「あなた、私に色々してくれたでしょう? 医務室に連れて行ってくれたり、寒くないようにって保温魔法をかけてくれたり。だから……お礼に、パートナーになってあげてもいいわ」

 なん……何? 目の前の現実についていけない。後ろのダフネも、床に崩れ落ちそうになっているのが見える。

 何故か僕に対しパートナーになる許可を出すアストリア。そもそもアストリアにパートナーになってほしいと思っていない僕。おそらく事情を理解してしまっているダフネ。すごい状況だ。

 

 なんとかアストリアに恥をかかさずにこの場を切り抜ける方法を、僕は頭を高速で回して考えた。

 「あの……ありがとう。でも、見返りが欲しくてそういうことをしていた訳じゃないから」

 アストリアは怪訝な顔をして首を傾げる。

 「違うの? 私のことが気になるから、そういうことをしていたんじゃないの?」

 違うが? もし僕に全く関係のない話だったら、笑ってしまっていたかもしれない。しかし、この不幸な勘違いをした後輩の女の子を傷つけるのは、なんとしてでも避けたかった。

 僕は神妙な顔を崩さず返事をする。

 「いや……うん。そういう訳ではないんだ。でも、気を遣ってくれてありがとうね。僕はスリザリンの上級生の誰かと行こうと思ってるから。いや、申し出は本当にありがとう。それじゃあ」

 居た堪れなくなり、僕はアストリアを残して素早くその場を後にした。彼女は追ってこなかったが、ダフネは僕が男子寮に逃げ込む前に追いついてきた。

 

 

 ダフネは笑いたいようなホッとしたような複雑な顔をしている。彼女は妹がこちらにきていないことを振り返って確認し、口を開いた。

 「あの……うまく断ってくれて、ありがとう。びっくりしたでしょう?」

 流石に否定はできない。僕は頷いてダフネに言葉を返す。

 「……どうしてあんなことになったの?」

 僕の質問に彼女はため息をついて答えた。

 「あの子、体が弱くて、それにとっても可愛い顔をしてるでしょう? 親はそりゃあ可愛がるわよね。それで、あんな感じになっちゃったのよ。

 私、言ったのよ? ドラコは誰にでもあんな感じで、あなたが可愛いから親切にしているんじゃないのよって。でも、聞く耳持たないのよ」

 なるほど? その割には、少し親切にしてもらっただけで人のことを好きになっている。案外、自己肯定感が低いんじゃないか?

 僕は内心の考えを表に出さず、ダフネに対して口を開いた。

 「まあ……自分に自信があるのはいいんじゃない? それに、僕は自己主張できる子の方が付き合いやすくて好きだよ」

 ダフネは先程までの雰囲気を顔から拭い去り、目を吊り上げた。

 「いい加減にして! そういうことを言ってるからこうなるのよ!」

 ここ最近、僕は同級生の女の子に叱られてばかりだ。

 肩を落とす僕を残し、ダフネは談話室の方に早足で去って行ってしまった。

 

 

 

 アストリアの一件を経て、僕はさっさとパートナーを決めた方がいいんじゃないかと考えを改めた。最初は、ユール・ボールの前日にまだパートナーが決まっていない適当なスリザリン生を誘おうと思っていたが、この状況が余計な憶測を招いている事実はもはや無視できない。

 しかし、今度は誰を誘うかが問題になる。次誘ってきたスリザリンの上級生にしようと心を決めたもの、悲しいかな、僕の正体が割れているのか、なかなかお誘いは来なかった。

 

 そんなこんなで僕は下級生から隠れる毎日を過ごす羽目になった。もう断るのも面倒なのだ。もともと得意な呪文ではあったのだが、ここ数日で僕の「目眩し呪文」はエキスパートの域に近づきつつあった。

 

 その日の午後、最後の授業が終わり、僕はクラッブとゴイルに断って姿を消す。足音を呪文で消すのは面倒なので、遠回りして人通りの少ない廊下をそろそろと歩く。そこに、二人分の足音がやってきてしまった。

 思わず足を止めて、近くにあった鎧の陰に隠れる。うまく周囲の風景と同化できているとは思うが、物陰にいた方がばれづらいだろう。

 

 しかし、そこにやって来たのは下級生ではなく、パンジーとフレッドだった。思わず息を吐いて二人に声をかけようとしたが、その前に話し出したパンジーの雰囲気に、僕は固まった。

 パンジーはひどく悲しそうな顔をしていた。

 「──ごめんなさい。やっぱり、無理そうだわ。

 パパはあたしがスリザリンの純血以外と行くなんて、考えたくないって」

 彼女の言葉に、僕はこの空気の意味を察した。

 フレッドは優しく、パンジーに気を遣わせないように肩をすくめた。

 「まあ、分かってたさ。気にするなよ? 俺だって他に当てがない訳じゃないんだから」

 彼の軽い、しかし温かい言葉にパンジーは俯く。

 「ええ、そうね……」

 そのまま黙ってしまったパンジーを見て、フレッドは軽く彼女の肩を叩き微笑んだ。

 「マジで気にするなよ? ……しょうがないさ、学生のうちは……」

 

 しばらくして、フレッドがグリフィンドール寮へと階段を登って行ったところで、ようやく僕は「目眩し呪文」を解いた。鎧の影から突然姿を現した人間に、パンジーは驚いて飛び退く。

 潜んでいた不届きものが僕だと気づき、彼女は思いっきり顔を顰めた。

 「聞いてたの?」

 パンジーの厳しい口調に、僕は思わず一歩下がる。

 「……ごめん、でも僕がいたところに君たちが来たんだ」

 「でも、盗み聞きしたんでしょう?」

 彼女の眼光は鋭い。確かに、その場に彼らがやって来たところで術を解けばよかったかもしれない……僕はうなだれることしかできなかった。

 「……ごめんなさい」

 

 パンジーはしばらく顰めっ面で腕を組んでいたが、深くため息をつくと口を開く。

 「……誰にも言わないで」

 「言わないよ」

 僕の言葉に、パンジーは少し俯いた。

 「……そうでしょうね。あなたが言わないって、分かってるわ」

 幸いなことに、僕はそのあたりの信頼はちゃんとパンジーの中で築くことができているようだった。彼女はようやく雰囲気を少しだけ柔らかくした。

 

 再び廊下に沈黙が落ちる。僕はパンジーになんと声をかけたらいいかわからないでいた。

 パーキンソン家は聖28族だし、「血を裏切るもの」のウィーズリー家と仲良くしてるのは普段だってよく思われていなかったのかもしれない。ユール・ボールのパートナーにフレッドを選んだ日には、親の厳しさによっては勘当されてしまうだろう。自分が今は仕方がないと従っている因習で苦しむ女の子を前にして、僕はいうべき言葉を見つけられなかった。

 黙り込む僕をちらりと見てパンジーは口を開く。

 「……何も聞かないのね」

 「言いたくないんだったら、聞かないよ」

 僕の言葉に、パンジーは再び俯いた。

 

 気まずい沈黙が落ちる。それでも、僕はなんとかパンジーにいつものような元気さを取り戻して欲しかった。

 「ねえ、パンジー、もしよければ僕とユール・ボールに行ってくれない? ……嫌じゃなければだけど。

 それで……僕は途中でダンスは飽きちゃうかもしれない。そのあと、君が誰と踊っても……あんまり皆気にしないんじゃないかな?」

 根本的な解決ではない。けれど、正式なパートナーでないなら、親からの追及を避けることもできるだろう。これが今の僕にできる精一杯だった。

 パンジーは目を見開いて僕の顔を見る。少しして、彼女は大きく息を吐いたあと微笑んだ。

 「……いいわよ。どうせ、一番行きたい人は断っちゃったもの。

 あーあ、あたしって優しいわね。あなたみたいな爆弾と一緒にダンスしてあげるっていうんだから」

 すごい言い様だ。それでも、僕はにっこり笑って彼女にお礼を言った。

 

 

 


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