音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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パートナー選び

 

 

 

 翌日、早速パンジーは「僕に跪いて頼まれたので、仕方なくパートナーになった」と学校中に吹聴し始めた。

 確かに、これ以上誘いを受けないという目的を考えれば有り難くはあるのだが……決定的に僕の尊厳が毀損されているように思うのは気のせいだろうか。それでも、ミリセントとダフネが、パンジーに驚愕と畏怖の眼差しを向けた後、「絶対にやめておいた方がいい」と説得を試みているのを見た後では、パンジーの振る舞いに文句を言う気にはならなかった。

 フレッドはパンジーから事情を聞いたらしい。彼からは朝食の席で肩にキツい一撃と「ありがとうな」という囁きをいただいた。僕としても彼のような人気者に恩を売っておくのは悪くない。ニッコリ笑って頷く僕の前髪をぐしゃぐしゃに掻き回して彼はグリフィンドールのテーブルに戻って行った。

 噂は早々に回ってくれたらしく、ホグワーツ生で僕にパートナーがいるかと聞いてくる子はほとんどいなくなった。いたとしても、もうパートナーがいると断れるので気楽なものだ。ここで僕はようやく、他人のことにまで目を配る余裕ができた。

 

 クリスマスまで十日を切り、のんびりパートナーを考えていた子たちもいよいよ尻に火がつき始めたようだ。といっても、スリザリンはやはり他寮より圧倒的に早くペアが決まっていたので、高みの見物を決め込んでいた。

 

 しかし、僕のユール・ボールの苦難はまだ終わらなかった。

 

 水曜日の朝、大広間のスリザリンのテーブルに、珍しくビクトール・クラムがやってきた。他のダームストラング生は、彼らの学校の校風──校長の影響による純血主義──もあって良くスリザリンのテーブルで食事をとっていたのだが、クラムはカルカロフのお気に入りであるせいか、あまり帆船から出ているところを見かけない。一番頻繁に彼を目にしたのは図書館ではないだろうか?

 クラムはいつものむっつりとした顔で僕の隣の席に腰を下ろした。挨拶を交わした後、彼はそのまま目の前にある朝食にも手をつけず黙ったままだ。どうしたのだろう? 少し気になり、僕は声をかけた。

 「こちらにあるポテト、召し上がりますか?」

 彼は首を横に振った。相変わらず愛想のない態度だ。

 話しかけられたくないと判断し、僕は自分の食事を再開したのだが、彼はこちらをチラリと見て口を開いた。

 「あー……君に聞きたいことがあって。君とたまに一緒にいるグリフィンドールの女の子、分かるかな?」

 彼はブルガリア語でこちらに話しかけた。近くにダームストラングの生徒もいないし、周りに聞かれたくないのだろう。この時点で僕は不穏な空気を感じ取っていた、というより、この話がどこに帰着するのか半ば察していたのだが、話を切り上げるわけにもいかなかった。

 「……よく図書館で本を読んでいる、真面目そうな女の子のことですか?」

 僕の言葉にクラムは頷く。……これは……

 「君、彼女と一緒にユール・ボールに行くわけではないんだよね?」

 ……やっぱりそうか。

 「違います。僕はもう別にパートナーがいますよ」

 内心の複雑な思いを隠して、僕はにこやかに答えた。

 クラムとハーマイオニー……接点なんてあったか? と首を傾げたくなったが、そういえば彼は頻繁に図書館に来ていた。卵が先か鶏が先か知らないが、そこで彼女を見て惹かれた、ということなのだろう。

 

 もし事情を全く知らなければ、誘ってみればいいんじゃないですか? とでも平気で言えただろう。生憎僕はハーマイオニーの思いを知ってしまった。しかし、それでも「無理だと思いますよ」なんて、彼女の断りなく言うのも両者に対して失礼だ。

 

 考え込む僕をよそに、クラムはグリフィンドールのテーブルの方を振り返り何かを確認している。

 「あの……彼女と良く一緒にいるハリー・ポッターや、赤毛の男の子は申し込んだりしていないかな?」

 そりゃあ気になるだろうなあ。クラムがホグワーツに来てからハリーとハーマイオニーはずっと二人で対抗試合に向けて色々策を練っていたし、第一の課題が終わってからは仲直りしたロンもそこに加わる。どちらかとユール・ボールに行くことは当然とすら言えるかもしれない。

 しかし、直接三人の誰かが言っていたわけではないのだが、彼らの中の誰にもまだパートナーはいないようだった。ここ数日僕は誰かに隙を見せないために逃げ回っていたし、状況がどうなっているのか知る機会がなかったのである。

 心情的にも、持っている情報的にも、なんとも答えかねる質問に、僕は曖昧な答えを返すしかなかった。

 「さあ……ちゃんと聞いたわけではないですが……まだのような……でも、普段から仲がいいですからね……」

 クラムはいつもより不安げな顔をして僕に礼を言うと、朝食もとらず席を立って行った。

 

 どうなんだろうな、これは。僕としてはロンがハーマイオニーを恋愛対象として見ているようには思えなかったので、二人が友人以外としてペアになるのは難しいのではないかと考えていた。ロンが別の人をパートナーに、と望んでいるのであれば、これは別に忌避する事態でもないのかもしれない。

 

 それにしても……恋愛感情は人の理性を弱めるから厄介だ。普段その人なら絶対しない挙動を平気で誘発する。

 客観的には軽く、主観的には重い問題の煩わしさに、僕は心中で深くため息をついた。

 

 

 

 そして、その日の夜、僕は寮に戻るところでハーマイオニーに捕まった。誰もいない空き教室で、彼女は嬉しいような、恥ずかしいような、怒っているような、複雑な顔をして口を開いた。

 「私──ビクトール・クラムからの誘いを受けたわ」

 なぜ僕に報告する。思わずそう考えてしまったが、ハーマイオニーの事情もクラムの事情も聞いておいて、ほっぽり出すのも何か違うと思い、僕は彼女の話をちゃんと聞くことにした。

 「……なんで? ロンはよかったの?」

 僕の言葉にハーマイオニーは口を引き結ぶ。

 「だって──あの人、私のことなんてまるで目に入ってないのよ? 顔が良ければいいって感じだわ。フラー・デラクールが近くにいるときの顔、見たことある?」

 「そ、そう……」

 ハーマイオニーの剣幕に、僕は思わず気圧されてしまった。

 確かにロンは、容姿の良い女の子にコロッと行くタイプだ。僕はワールドカップでヴィーラの影響を一番受けていた彼の様子を思い出した。この年頃の男子としては普通だと思うが、それでハーマイオニーを雑に扱ったりしているのは良くないと言えるかもしれない。

 

 なんと返事したら良いか測りかねている僕に、ハーマイオニーは何かもじもじとしていたが、意を決したように口を開いた。

 「ねえ、あの……あなた、歯の呪いってかけられる?」

 いきなり話が読めなくなった。

 「何がしたいの?」

 首を傾げて聞く僕に、ハーマイオニーは顔を赤らめながら、ボソボソと言葉を紡いだ。

 「歯の呪いで前歯を伸ばして……それをマダム・ポンフリーに直してもらえば、今より縮めることもできるんじゃないかって……」

 なんと、自分の容姿を気にして、僕に呪いをかけさせてまでそれをどうにかしたいと考えているらしい。

 「そんなことわざわざする必要ある?」

 理解できないという感情を隠さない僕に、ハーマイオニーは赤い顔のまま、ヤケになったように答えた。

 「ユール・ボールみたいなイベントには、できるだけまともな顔で行きたいって思うのって、当たり前じゃない?」

 「でも、今のままでも十分かわいい──」

 ハーマイオニーの手の平が僕の頬を打った。本気で叩かれたわけではないが、それなりの衝撃が顔の側面に走る。あまりに唐突な平手打ちに、僕は思わず少し横によろけた。

 

 なんとか気を取り直して、ハーマイオニーに向き直る。

 「いきなり人を殴るのは良くない!」

 僕の抗議の声をハーマイオニーは冷たい視線で却下した。

 「……それ、父親みたいな心情で言ってるつもり? あなた、本当に刺されないように気をつけることね」

 あまりにも冷え切った声色に、僕は反論を飲み込んでしまった。そんな、「月夜ばかりと思うなよ」みたいな脅迫を喰らうぐらいのことを言ったつもりではなかったんだが。

 それでも、僕はハーマイオニーに呪いをかけるのは気が進まなかった。

 「でも、クラムは別に着飾っていなくても、君のことが気になって誘ったんだろう?」

 ハーマイオニーは音が聞こえるのではないかというくらい鋭い目つきで僕を睨んだ。

 「そういう問題じゃないのよ。つべこべ言わないで。やってくれるの? くれないの?」

 それは、今まで僕が聞いた彼女の言葉の中で、一番凄みのある口調だった。

 

 結局僕は脅迫に負け、僕は医務室の前の廊下までハーマイオニーと一緒に行って彼女の歯に呪いをかけた。

 

 

 

 いよいよクリスマスまで一週間を切った学期末最終日、僕は昼食の席でロンとハリーに捕まえられた。最近、こんなことばっかりだ。彼ら二人は今日中にパートナーを捕まえることを決意したらしい。ハリーはチョウ・チャンに声をかけると決めているらしいが、ロンは誰が良いとすら決まっていないらしかった。

 「一緒に行きたい相手も決めずにパートナー探し?」

 それこそハーマイオニーの良いところなんていっぱい知っているんだから、さっさとそこに気づいて申し込めばこんなことにならなかったのに。特定多数の中からだったら誰でも良いと思っていた自分のことを完全に棚上げして言う僕を、ロンは眉を寄せて睨みつけた。

 「うるさいな。君はパンジーに土下座して頼んだんだろ?」

 噂はしっかりグリフィンドールまで届いているらしかった。まあ……いいさ。それで平穏が買えるなら。僕は心の中で負け惜しみを言った。

 「そんなこと言って、君も誰かの足元にひざまずく羽目になっても知らないぞ」

 

 八つ当たりで言った言葉だったが、それは半分現実のものとなってしまった。

 

 その日の夕方、人の多い玄関ホールでのことだった。たまたま一緒になり、周囲には多くのスリザリン生とグリフィンドール生──そしてボーバトンの生徒がいた。

 その中にはフラー・デラクールとセドリックがいた。二人は代表選手同士仲良く話していて──フラーが自然に髪を靡かせたときだった。突然、隣にいたロンはそちらの方へフラフラと歩いて行き、大きな声で彼女に話しかけた。

 確かにロンはひざまずきはしなかった、しかし、フラーに対して妙に恭しく、天にも昇るような口調でダンスパーティへ一緒に行く申し込みをしたのだった。

 「完全にやらかしたって感じだな」僕の隣にいたクラッブが呆れと愉快さを隠さず僕に耳打ちした。

 

 あまりにも異様な光景に、周囲からの視線が集まる。フラーは突然目の前に現れた闖入者に、蔑みを僅かに滲ませた一瞥を投げかけていた。

 その視線にロンは我に返ったようだ。彼はハッとした顔になって辺りを見渡すと、瞬く間にグリフィンドールの寮へと続く階段へ走っていってしまった。

 

 周囲の視線はもう一人の当事者に集まったが、フラーは何もなかったかのようにセドリックの方へ向き直り会話を続けた。徐々に観衆も興味をなくし、大広間へと向かっていく。

 

 「なんでロンはあんな真似しちゃったのかしら?」

 ミリセントは心配そうにロンが走っていった階段の方を見た。

 「流石お調子者の代名詞、ロン・ウィーズリー。期待を裏切らないよな?」ザビニは心底愉快そうに笑っている。

 僕らスリザリン生の集団はよく知るグリフィンドール生による公に晒された醜態に食いつき、その場でおしゃべりをしだした。それにしても、おそらく自分の意図しないところでこんな真似をしてしまったロンも、ロンによって好奇の視線に晒されることになったフラーも気の毒だ。

 「かわいそうに……当てられちゃったんだろうね。彼女、多分ヴィーラか何かの血筋なんだ」

 僕の同情に同意するスリザリン生はミリセントくらいのものだった。

 

 

 翌日、僕はハリーから彼自身はグリフィンドールのパーバティ・パチルと、ロンはその双子の姉妹のパドマとユール・ボールに行くことになったと教えてもらった。

 それぞれにパートナーが決まり、何もかも一件落着、となればよかったのだが…………ハリーは彼の先を越してチョウをパートナーにしたセドリックに妬いてるし、ロンはハーマイオニーのパートナーに異常な関心を向けている。

 ロンはともかく、ハリーは普段人に敵対心なんて滅多に向けないというのに、チョウのこととなると彼はどうもいつもと様子が変わってしまった。

 

 やはり恋愛というのは、面倒なことこの上ない。

 

 まだ始まってもいないのに各所で軋轢を生んでいるユール・ボールに、僕は閉口するしかなかった。

 

 

 

 

 


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