音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
ユール・ボールの相手も決まり、事情を知る女の子には追いかけ回されなくなったハリーには時間の余裕ができた。彼はこの冬休みを利用して、まだ二ヶ月は先の第二の課題に着手しようと考えたようだ。ご執心の相手であるチョウ・チャンを、セドリックが先んじてパートナーにしてしまったことが課題へのやる気につながったらしい。第一の課題でハンガリー・ホーンテールから掠め取った金の卵が次のヒントになっており、手始めにその解読に取り掛かったとハリーは僕に告げた。
「……それで僕に頼るのは上手い策ではないんじゃない?」
僕の言葉に、ハリーは少しだけ恥ずかしそうな顔をした。
休暇に入り、一日城の中にいる僕を、またもやハリーは透明マントを使って空き教室に連行した。流石に以前のような手荒な真似はしなくなったが、それにしても見えない相手に突然肩をつつかれるのには慣れない。
彼の様子を見るに、ハーマイオニーから僕が彼自身に考える力をつけて欲しいと考えていることは聞いたのだろう。それでもハリーは譲る気はないようだった。
「全部頼りたいわけじゃないよ……ただ、卵の謎を考えるにしても、一人だと考えがまとまらないんだ」
その考えをまとめるのも手伝いに含まれているような気がするが、そこはいいのだろうか。それに、彼一人で僕のところに来た。いつも一緒の二人をおいてきていることにも、違和感を感じる。
「ロンやハーマイオニーには相談相手になってもらった?」
僕の言葉にハリーは肩をすくめて首を振った。
「ロンは隙あらばハーマイオニーのパートナーを聞き出そうとしているよ。君は知らない?」
「知っててもハーマイオニー本人が言わないなら教えないよ」
僕の言葉にハリーはため息をついた。
「だろうね。それでハーマイオニーはロンを鬱陶しがってるし……
それに、彼女、まるで僕が何にも考えてないとでも言わんばかりに小言を言ってくるんだもの」
相変わらず三人組は変なところで噛み合わないことがある。ハーマイオニーは純然たる善意で忠告をしているつもりだろう。けれど、このところハリーも自立心が出て来たし、一方的に諫言をするという態度だと反発を喰らいやすい。ロンはいつも通り身近なところに目が行きやすく、ユール・ボールに心を奪われてしまっているようだし……
それで僕のところに来たと。これからのことを考えるならば、自分一人で答えを見つけて欲しいと思いもした。けれど、望まずこの危険な対抗試合に出る羽目になってるハリーを前にして、僕に断るという選択肢はなかった。「忠義者」たちの件もあるし、彼に対応力をつけておいてもらって悪い事など何もない。
「……しょうがないな。でも、君が考える手伝いをするだけだ。いいね?」
内心を隠した僕の了承に、ハリーはパッと顔を輝かせ嬉しそうに礼を言った。
僕は居住いを正し、ハリーに問いかけを始めた。
「今、君は何を問題だと考えているの?」
前回とは違い、ハリーは最初から真剣に質問の答えを考えている。
「……卵の謎をどうやって解いたらいいか分からないこと?」
僕は首肯し、少しだけ道筋を示す。
「なら、その『卵の謎』を解くために最初に考えるべきことは何だろう? 前回はドラゴンの分析から対策を始めたよね」
ハリーは腕組みして目の前の机に置かれた卵をじっと見た。
「……この卵はどういう特徴があるかってことかな?」
僕は再び頷く。それに少しだけ表情を明るくしたハリーは、卵を手に取って検分し始めた。
「この卵は……外側は特にヒントになりそうなところはない。でも、僕の知らない呪文で何かが分かるようになっていたらお手上げだよ」
確かにそれはそうだ。この魔法界には無数に呪文があり、「知らない魔法でどうにかなる可能性」を排除するのは極めて難しい。
しかし、前回のドラゴンと同様、そのような重箱の隅をつつくような課題であるともまた考えづらかった。ダンブルドアを始めとした課題の作成者が、適切に代表選手を試したりイベントを盛り上げたいのであれば、試すのは知識量ではなく機転だろう。運の要素は試練の公平性を損ねかねない。
ただ、この推測をハリーに伝えるのは彼自身も喜ばないだろう。僕は「知らない呪文」の可能性を排除しないまでも、別の観点を先に試すよう話を進めた。
「そうだね。まあ、この金属に反応する何かを当たるというのも悪くないけど……全体の特徴を把握してからの方が効率的だね。
まだ何か気になるところはあるかな? 他にもっと重大そうなことがあれば、そちらを先に考えるべきだろう」
ハリーは僕の言葉を聞いて、卵の上についている留め具のようなものに触った。
「この卵は開けられるようになってるんだ。それで開けたらすごく大きな音がする。聞いてみる? 指で耳に栓をした方がいいと思うけど」
「……やってみて」
ハリーは自分の片耳に指を突っ込んでから、片手で器用に卵を開けた。途端にあたりに金切声のような爆音が響き渡る。これは……すごい音だ。この音の大きさはなんだか馴染み深くすら感じる。思わずしげしげと卵を見る僕をよそに、耐えきれなくなったハリーが卵を閉じた。
「ちょっと、君の耳大丈夫? 何かしておいた方がいいよ」
ハリーは訝しげに僕を見ている。確かに、そう何度も食らいたい音量ではないだろう。僕はポケットに入っていた飴をスポンジ製の耳栓四つに変え、ハリーに半分渡した。
「ここまで派手な特徴なんだし、やっぱりこの音から手始めに考えていくべきだろうね」
幸いこの音があたりに響いてもこの空き教室に突入してくる人間はいなかった。ピーブズの仕業とでも思ったのだろうか? ここまで大きい音だと効果があるかわからないが、一応防音魔法をかけ、僕はハリーと卵を置いた机を挟んで座り、再び問答を始めた。
「『音』とは何だろう?」
僕の質問にハリーが首を傾げる。
「叫び声とかの種類ってこと?」
「それもいい着眼点だけど、これが何か特定するための方法が思い浮かばないな。
だから、もっとこう……根本的に物理学に関わる話だよ」
こんなマグルっぽいことを言って変に思われないだろうか? そもそも彼は十一歳までしか非魔法界の教育を受けていないし、知らないかもしれない。それでも、ハリーはきちんと僕の期待に応えてくれた。
「空気が震えて……とかそういうこと?」
彼の言葉に僕は思わず笑顔になった。大きく頷き、話を進める。
「そう。だから、何が震えるかによって当然音色……というか振動は変わる。空気中を移動する音より、鉄パイプなんかを伝わる音の方が早く耳に届いたりするね」
僕の言葉にハリーは再び顎に手を当てて考え始めた。空き教室に静寂が満ちる。僕は彼が再び口を開くのをただまった。
促す言葉をかけるまでもなく、彼は何か思いついたようだ。
「……じゃあ、卵の周りを何かで覆ったり満たしたりして、音がどう変わるか調べてみたら何かわかるかな?」
「いいね。やってみようか」
僕はニッコリ笑って準備を始めた。
それからハリーは色々な案を試した。二人で耳栓をつけ、卵の開閉を僕が、魔法をかけたり道具を使ったりするのは彼が行った。
まずローブで卵を覆ってみて、次に金属製の机の足を使って聞こえ方が変わるか調べた。他にもいくつか試行錯誤し、氷結呪文をやってみたあと、僕に机を桶の形にするよう頼んできた。
「氷結呪文が切れるとき、少し音が変わった気がしたんだ。だから、氷が溶けた水が関係してるんじゃないかって」
ハリーは僕が作った桶に水を張り、卵を浸けて留め具を開けた。途端にあたりに響いたのはさっきまでの恐ろしい叫声ではなく、何か別のくぐもった滑らかな音だった。二人で顔を見合わせる。
「変わった!」
ハリーは喜色満面だった。しかし、音が変わってもそれが何を示しているかはまだ分からない。彼は再び少し考えたあと、出し抜けに片耳を桶につけた。そんなに大きいサイズにしなかったので随分と窮屈そうだ。一、二分して彼は顔についた水を振り飛ばしながら顔を上げた。
「歌みたいな声になっていたよ! 地上じゃ歌えない声を頼りに……奪われたものを探せって。1時間が制限時間だって。
『地上じゃ歌えない声』がこの卵と同じなら、水の中で探し物をしろってことかな?」
彼の言葉に、僕は首肯した。
「その推理に矛盾はないと思う。だから、ここからは水中でどうやって探し物をするかってことだね」
水中ということは、湖で課題は行われるのだろうか? 呼吸を確保するだけなら簡単な「泡頭呪文」でもできたはずだし、やはり機転さえあればそこまで難易度が高い呪文なしにどうにかなる課題だ。もちろん、湖に住む大イカや水中人をはじめとした魔法生物を考慮に入れなければ、という但し書きはつくが……ドラゴンだって管理下に置かれていたのだ。ダンブルドアなら何か策を練っているだろう。
考えを巡らす僕に、ローブの裾で適当に頭を拭ったハリーがちらちらと視線を向けてきた。実際の対策を考えたいのかと思い椅子に座り直したが、彼は予想外の言葉をかけてきた。
「ここから先は、一人で考えてみた方がいいかな……」
思いも寄らない言葉に、つい目を丸くしてしまう。そんな僕の顔を見て、ハリーは恥と負けん気の混ざったような表情をした。
「前回も今回の卵も、四年生でも授業を完璧に覚えていたら一応どうにかなる課題だっただろう? だから、ここから先、実際水の中でどうするかも多分今までの知識か、少なくとも七年生までの教科書をさらってみたらどうにかなるんじゃないかと思って」
「僕もそう思うけど……」
それにしても、ハリーが僕の援助を打ち切らせるとは予想していなかった。少し感慨に耽る僕に、彼はちょっとだけ俯きながら口を開く。
「ここまで頼っておいてって思った?」
僕は少し苦笑し、頷いた。
「そりゃあ、ほんのちょっとはね。でも、前回と今回で君は大いに『考え方』を知ったし、そもそも出たくもない成人用の課題なんだから、恥じたり負い目を感じることはない。君は十二分によくやっているよ」
僕の言葉にハリーは少し眉を顰めながらも微笑んだ。僕も同い年なんだから、こんな上から目線な発言には複雑な心情になってしまうものなのかもしれない。セドリック・ディゴリーと縁ができてから僕は「嫉妬」という感情に少し注意を向けるようになっていた。僕は自分の言葉の選択を少し後悔する。
けれど、ハリーはそれについては特に触れず、少し考え込んでから再び口を開いた。
「……君は課題についてどう考えてるの? 何が言いたいのかっていうと、つまり……僕にできると思う?」
「君ならできる。僕が言うなら間違いないだろう?」
去年と同じ、自意識過剰な僕の台詞に、彼は頬を緩めて頷いた。
その後、以前僕が作った課題対策用の呪文集を使って少しだけ魔法の練習をした後、ハリーはグリフィンドール寮に戻っていった。上級生に教科書を借りて水中で有効なものを探すらしい。泡頭呪文に加えて水中人などを退ける呪文や機動力を確保する手段を見つけられたら万全だろう。
ハリーは筋は全く悪くないし、ここから二ヶ月あればどうにかなるはずだ。僕は期待を込めて彼の背中を見送った。