音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
浮ついた気分に破裂しそうな子どもたちで溢れかえったホグワーツ城は、いよいよクリスマスの日を迎えた。クリスマスを学校で迎えるのは二年ぶりだが、こんなに賑わっているのは初めて経験する。朝起きて、僕は友人たちと送り合ったクリスマス・プレゼントを開封するのに勤しんだ。
いつもの家族や学校の知人に加え、今年は新たに何人かからも贈り物をもらった。
一人はハグリッドだ。彼は魔法薬に使える禁じられた森で採れる草花や動物の体毛を送ってくれた。魔法薬学が僕の得意科目の一つだと知っていたのだろうか? 僕も最近マダム・マクシームにお熱な彼にどんな剛毛も梳かせる櫛を贈ったが、ハグリッドから何かもらうことは考えていなかった。僕は勝手にハグリッドのことをとても好ましく思っているので、浮き足立って自分の薬学用道具の奥深くに贈り物を丁寧に仕舞った。
もう一人はファッジ大臣だ。彼は子供が好きそうな菓子の詰め合わせを贈ってくれた。雪が降り始めてからも度々手紙のやりとりをしていたが、まさかここまで仲を深めたと考えられているとは考えていなかった。幸いなことにゴマスリ用として、父との連名でファッジ大臣の好む赤スグリのラム酒を贈っていたが、少し心臓に悪いプレゼントだ。
僕は飴だけを取り分け、後は全てスリザリンの談話室のテーブルに置いておいた。無礼かもしれないが、そもそも僕はそんなに甘いものを食べないし、最近はクラッブとゴイルも菓子類は控え気味だ。常備の飴ももっぱら下級生用になっている。今はユール・ボールに参加する生徒しか学校にいないが、それでも傷む前に全てはけてくれるだろう。
そういえば、アストリア・グリーングラスもホグワーツに残っていた。ダフネによると、レイブンクローの五年生から招待を受けたらしい。彼女はおそらく外見だけ見て妹を選んだであろうレイブンクロー生とアストリアの間で問題が起きないか恐々としていた。お姉ちゃんも大変である。
午後になって、支度に時間をかける面々は早々に寮で準備を始めた。僕はのんびり恥ずかしくない程度に体裁を整えるつもりだったが、パンジーに仮面とはいえパートナーとして適当な格好は許さないと早々に談話室へと連れ戻され、衣装や髪型のチェックを受けた。と言っても、もともと黒い詰襟ローブを着る予定だったので、今になっていじれる場所はほとんどない。ポケットチーフだけは彼女のドレスに合わせて珊瑚色に変えておいた。
大広間が開く八時に合わせ、スリザリン生も一斉に上の階へと向かう。玄関ホールは色とりどりの衣装に身を包んだ子どもたちでごった返していた。上へ続く階段のそばにロンとハリーもいる。ハリーはごく普通のドレスローブだったが、ロンは……控えめに言って独創的な格好をしていた。男性用ローブというより、ゴテゴテとした趣味の悪いローブ・モンタントに見える。
思わずパンジーと一緒に二人の方へ行く。彼女はロンのそばにいるフレッドと話したいと思ったのかもしれない。フレッドの隣にはアンジェリーナ・ジョンソンがいた。彼はちゃんと事情を話したのだろうか? 不安が胸によぎった。
そちらへ近づく僕に二人とも気づいた。この後代表選手として人前でダンスをしなければならないハリーは緊張気味で、ロンは自分の衣装にやる気を削がれたのかゲンナリとしている。
「こんばんは。ロン、その襟はどうしたの?」
首周りを見る僕の視線に、ロンはうんざりし切った様子で返事をした。
「元々フリルがついてたんだよ……切り落としたんだ」
これでも装飾を減らした状態らしい。少し苦笑しながら僕は杖を引っ張り出した。
「なるほどね。少しほつれちゃってるよ。ちょっと動かないで」
襟と袖口に杖先を向け、まともな状態をイメージして形を変えていく。ほつれが消えたところで僕は腕を下ろした。
「変身術だからずっとこの形にしておけるわけではないけど、少しはマシになっただろう。他に変えて欲しいところはある?」
ロンは顔を輝かせた。
「全部」
あまりにストレートな言葉に思わず笑ってしまう。それから数分かけてロンのローブは黒く、妙な柄やリボンのついていない男性的なシルエットへ変わった。ロンは心の底から嬉しそうだ。
「ありがとう。最高だよ。僕も変身術、ちゃんと勉強しようかな……」
ロンの言葉に思わず微笑む。真剣に授業に取り組む生徒が増えればマクゴナガル教授はお喜びになるだろう。
「十二時くらいまでは間違いなく持つと思うけど、過信はしないで。心配だったらパーティの途中で僕のところにおいでよ」
僕の言葉に今度はハリーが笑った。
「すごいや。シンデレラみたいだ」
ハリーの台詞に僕は思わず笑い出しそうになった。気を抜いたら吹き出してしまっていたところだが、魔法界にマグルの間で有名な童話は存在しない。マグルの知識があるとバレないように幼い日に培った危機意識で僕は表情筋を引き締めた。
ロンと彼にシンデレラの説明をするハリーの元にパチル姉妹がやって来たところで僕は二人から離れ、パンジーのところに戻った。彼女はやはりフレッドとアンジェリーナとおしゃべりをしている。二人に挨拶をすると、アンジェリーナが僕に顔を近づけ、耳打ちした。
「あなたも大変ね」
「聞いたの?」目を丸くする僕に、アンジェリーナはパチンとウィンクをした。
「ええ。最初から事情を説明されたわ。一発殴ったけど、当然よね?」
さすが、次期グリフィンドールキャプテン、強さがみなぎっている。それでも彼女にメリットがなさすぎるように思う。
「でも、よかったの? ぶん殴った後に断ってもいいぐらいだと思うけど」
僕の言葉に彼女は肩をすくめた。
「まあ、クィディッチ・チームのよしみよ。元々事情は分かってたし、彼と別れた後に当てがないわけじゃないしね」
なんだと。僕が気づいていないだけで、パンジーとフレッドの仲を察している人とは意外と多いのかも知れない。アンジェリーナは「もしかしたら後でお相手をお願いするかも知れないわ!」と言ってフレッドとホールへ階段を降りていった。
いよいよ代表選手とそのパートナーが呼ばれ、それ以外の生徒は先に大広間へと通された。入り口のところでクラムの横にハーマイオニーを見つけ、僕は小さく手を振る。彼女も準備に時間をかけた組のようで、普段ボサボサと広がっている髪は滑らかに束ねられていた。ハリーもその横で目を丸くしており、ロンは……彼女の方を一切向かず、目の前を通り過ぎた。……嫌な予感しかしない。僕はため息をつきそうになった。
一番奥のテーブルにはいつも通り先生方と、今日は審査員もいた。しかし、バーテミウス・クラウチ氏は不在で、何故かパーシー・ウィーズリーが代わりに座っている。ファッジ大臣も最近クラウチ氏は体調を崩していると手紙に書いていたし、今回も代役なのかも知れない。ウィンキーのこともあり、今はあまり表に出たくない時期だということだろうか。
ウィンキーは十二月に入ってからホグワーツの厨房で働き出していた。彼女は「忠義者」についての重要参考人なので話を聞きにいったのだが、解雇の悲嘆にくれアルコール浸りになっている彼女はろくに話すこともできなくなっていた。それでもなんとか情報を聞き出そうとする僕に対し、マルフォイ家の嫡男ということもあって、彼女は一切喋らないことに決めたらしい。別にクラウチ氏の内情を聞き出そうとしているわけでもないのだが、この弱った屋敷しもべ妖精は万事を元の主人に結びつけていた。
選手が入場して席に着くと食事が始まった。こんなに大勢でクリスマスのディナーをするのは初めてだ。僕は年甲斐もなく──と言っても、身体的には十四歳なのだが──はしゃいでスリザリンの面々と夕食を楽しんだ。
皆それなりに満腹になると、ダンブルドアが前に進み出て生徒に立つよう促した。人のいなくなった椅子は消え、テーブルは壁際に独りでに寄る。学校が呼んだ人気バンドの「妖女シスターズ」が演奏を始めると、代表選手が中央の空いた空間にパートナーを連れて歩み出た。……ハリーはパーバティに引っ張られるような感じだが、まあ、及第点だろう。しばらくして、他の生徒たちも踊り出す。僕もパンジーと共にダンスフロアに出た。
何曲か踊り、激しい音楽がかかり出したのを合図に僕らはわきに避けた。フレッドとアンジェリーナを見つけ、二人に近寄る。僕らを見てフレッドは笑顔を向けた、しばらく世間話に花を咲かせた後、パンジーはあたりを見回す。踊りたいのだろう。
「行っておいで」その言葉に、パンジーはおずおずと僕とアンジェリーナを見た。
「ごめんなさいね」
「ドラコ、アンジェリーナ、悪いね」
フレッドに対し、アンジェリーナは悪戯っぽく微笑んだ。
「あら、お礼はちゃんと貰うわ」
アンジェリーナの言葉に思わず僕は彼女に振り返った。何を代償にしたのだろう? 金銭で解決できるものだろうか? 彼らがグッズでそれなりに稼いでいることは知っていた。しかし、これはアンジェリーナなりの気遣いかも知れない。フレッドはニヤッと笑って彼女に頷き、パンジーの手をとってダンスフロアへと出ていった。
僕とアンジェリーナは二人きりになってしまった。こういうとき、相手を一人きりにするものではないだろう。僕は彼女に向き直って少し傅く。
「じゃあ、僕としばらく踊っていただけますか?」
アンジェリーナは差し出された手をまるで危険物のように恐々と見た。
「うわーっ、ちょっと……嫌ね。でもいいわよ」
すごい台詞だ。それでも手を取ってくれた彼女をエスコートしながら、僕は少し肩を落として彼女に囁いた。
「僕でも傷つくんだけどな……」
しょんぼりする僕を見て、アンジェリーナは首を振って笑った。
「悪い意味じゃないのよ。ただ、あなたのパートナーになりたかった子っていっぱいいるじゃない? モテる男は辛いわね。だから、後でできる限りたくさんの女の子と踊ってね」
結局、アンジェリーナは二、三曲踊るとすぐ別の人のところに行ってしまった。僕は今度こそ壁の花にでもなっていようと考え大人しく椅子に座った。しかし腰を下ろして一分もしないうちに、見ず知らずのボーバトンの女子に声をかけられた。国際的な親睦を深める機会だと捉え、それに了承して再びフロアに出た。
「僕のことをご存知だったのですか?」
曲の合間を縫って尋ねる僕に、彼女は微笑んで頷いた。
「あなた、クィディッチ・ワールドカップで小さなフランス人の迷子を助けませんでした? その子は成人じゃないからここに来ていませんが、あなたのことは噂になっていました」
あの時の行為でそんなことになっていたのか。
「あのフラー・デラクールも、あなたをパートナーにしようと考えていました。ホグワーツの生徒に噂を聞いていましたわ。でも、歳が若すぎると思ったのかしら? 先にセドリック・ディゴリーに行って、間に合わなかったようですけど」
彼女は少し蔑みを滲ませて言った。選手の選考から二ヶ月ほどが経っているが、やはりフラーは同校の生徒からあまり人気を集めていない。彼女を崇めることに抵抗のないような人間ならフラーと上手くやっていけるのかも知れない。しかし我こそは代表選手にと考えていた子たちには、なかなかあの高慢な態度は受け入れられないだろう。
数曲踊った後、僕は他のボーバトン生に紹介して欲しいとお願いして再びテーブルの方にはけた。踊り疲れたスリザリン生も合流し、ボーバトンとスリザリンでパートナーを変えながら踊る。これで僕の相手が特別目立つことは無くなっただろう。
しばらくして、流石に僕も疲れてきた。次々ダンスのパートナーを変えるせいで休憩する間がないのだ。ゴイルが飲み物を取りに行っている間僕の相手をしてくれていたミリセントに休むことを告げ、僕はこっそりと玄関ホールに出た。
そこで、僕は誰かとぶつかりそうになった。ギリギリで避けて見ると、相手はアストリアの相手のレイブンクロー生だった。一人でいる様子に目を丸くすると、彼はその視線に肩をすくめて口を開いた。
「マルフォイ……君のところの下級生はもうちょっと大人しいと思っていたよ」
その言葉に僕は事情を察してしまった。案の定、アストリアと何か揉めたのだろう。別に「僕のところ」と言うわけではないが……僕は眉を下げて彼に問いかけた。
「アストリアはどこに?」
「中庭じゃないかな。入り口から出ていったから」
彼はそう言うとさっさと大広間に入っていってしまった。
放っておいた方がいいのかも知れないが、外は雪だ。この寒い中、おそらく薄着の二年生の女の子をほっぽりだすのは気が引けた。僕は足早に外に出た。
アストリアは中庭の回廊にいた。彼女は石造の枠に腰掛け、膝を抱いている。青紫色のドレスは袖が長いがどう見ても防寒性能に欠けていた。なんとも物悲しい姿に、こちらまで寒々しい気持ちになってくる。僕は彼女を驚かせないよう、囁くように声をかけた。
「アストリア?」
僕の声に彼女はビクッと体を揺らしこちらを向いた。僕の顔を認識し、彼女はギッと眉に皺を寄せる。
「何よ。放っておいてくれる?」
やはりいい印象は持ってくれていないだろう。それでも僕はこの状態のアストリアをおいていこうとは思わなかった。
「でも、そのままじゃ風邪をひくよ。せめて温める呪文だけでもかけさせて貰えないかな?」
「別にあなたには関係ないわ」
「そうかもね……でも、君のお姉さんの友達のよしみということにしておいて貰えないかな」
彼女はつんとそっぽを向いたが、その体は寒さにカタカタと震えていた。
僕はそろそろと杖先を向けるが、彼女は振り向かない。小声で呪文を唱えると、彼女の肩に入っていた力が抜けた。唇にも少しずつ色が戻っていく。
僕が隣に腰掛けても、アストリアはその場を去らなかった。雪が降り積り全ての音が吸い取られる中、静寂だけが耳に届く。しばらくして、彼女は沈黙に耐えかねたのか、自分の膝を見つめたまま、堰を切ったように話し始めた。
「私のパートナー、私のドレスがレイブンクローカラーだって言ったの。自分のためにこれを着たのかって。だから、私は違うって言ったの。だって、あの人が私を誘ってきてから一週間も経ってないのに……そんなわけないじゃない?って。そしたらいきなり不機嫌になったのよ。……そもそもこれはブルーじゃないわ。バイオレットよ。私の目の色だわ」
……なるほど。それを発端に喧嘩になったと。この僅かな交流の機会でもアストリアは高飛車なところがあると僕にも分かる。その上、レイブンクローの彼はプライドが高そうだった。二人ともほぼ初対面だっただろうし、性格の不一致が爆発してしまった感じなのだろう。
「……そうだね。いきなりそんなこと言われて驚いたよね。人間は本当のことを告げられても傷つく場合があるから厄介だ」
その言葉に、彼女は僕の方に振り返った後、膝に顔を埋めてしまった。
再び静寂があたりに落ちる。またしばらく待つと、アストリアは顔を伏せたまま少し嗄れた声で話し始めた。
「パートナーになるのを断ったくせに、なんで優しくするの?」
僕が彼女を嫌いだから断ったと思ったのだろうか。この年頃にありがちな極端な思考だ。いや、全年齢でか。人は白と黒に分類できないものを、認識できないほどに厭う。僕はアストリアを宥めるためにできるだけ穏やかな声で返事をした。
「それで縁の全てが切れるわけじゃないだろう? せっかくのお誘いを断ったのは悪かったけど、それでも君が可愛い僕の後輩なことに変わりは無いよ」
「でも、可愛いのにあなたは私のこと振ったじゃない」
彼女の声にさらに涙が滲んだ。そこまで僕は思わせぶりなことをしてしまっていたのだろうか? 悲痛な様子に心が痛くなってくる。それでも、僕は辛抱強く彼女を慰めた。
「別に、パートナーになるだけが人間関係の全てじゃないだろう?」
僕の言葉に少しだけアストリアは膝から顔をあげる。彼女は目に涙を光らせながらも、僕を睨みつけた。
「じゃあ、本命の相手がいるくせに私に手を出したいってこと?」
なぜそうなる。僕は苦笑したいのをグッと堪え、誠実さを取り繕ってアストリアに向き直った。
「違うよ。恋愛だけが人間関係じゃないだろう」
「でも、それ以外の関係じゃ、私の可愛さは意味がないじゃない」
やっぱり、彼女は自分の外見には自信があるのに、他のところには随分自信がないようだった。……まあ、実際初対面からこの性格を全開にしていたらほとんどの子供は彼女を敬遠するだろう。それでこんな感じになってしまったのかも知れない。それでも、今彼女に「君の性格が問題だから直した方がいいよ」なんて言っても何にもならないことは明白だった。
僕は彼女と目を合わせ、できるだけのんびりした何でもなさそうな口調で話す。
「それだけが君のいいところではないだろう? 君のずばっとした喋り方、今回は変な風になっちゃったかも知れないけど、僕は好きだよ。真っ直ぐ喋ってくれる人は珍しいから」
アストリアは目を丸くすると、再び顔を伏せてしまった。
またまたしばらくして、彼女は顔をあげた。もう泣いてはいないが、少しだけ目が赤い。僕は濡れた彼女の膝にテルジオを掛け、目を冷やしながら彼女に話しかける。
「どうする? もう寮に戻ろうか」
アストリアはしばらく僕をじっと見つめると、おずおずと口を開いた。
「……今ダンスの相手がいないなら、私と踊ってくれる?」
僕は微笑み、できるだけ紳士的に彼女に手を差し出した。
「もちろん、喜んで」
玄関の方に行くと、そこに出来た散歩道には先ほどはいなかった何人かの生徒がいた。パーティも半ばを過ぎて、そろそろ抜け出したい子も出てくる頃合いだったのだろう。僕らはその群れに紛れて大広間に戻った。
フロアで踊っていると、近くの椅子に座っているダフネが見えた。彼女は僕の視線に気づき、嬉しそうに手を振った。お姉ちゃんも大変だな。僕は再びしみじみと思った。
結局、「妖女シスターズ」が演奏を終えるまで僕はアストリアと一緒にいた。その間に普段の授業や同級生のことも聞いた。一応彼女が機嫌を損ねない程度に狡猾に、諍いを避けて立ち回るよう促したが……効果はあっただろうか。正直、怪しいものである。
玄関ホールに出るところで、僕は前にロンとハリーを見つけた。
「ロン、服は大丈夫だった?」
僕の問いに彼は頷いたが、随分と機嫌が悪そうだった。彼が元見ていたところには、ハーマイオニーとクラムがいた。案の定、面白く思っていないようである。ロンは僕を荒んだ目で見ると、皮肉っぽい口調で話し始めた。
「ねえ、君知ってたんだろう? アレのこと。ひょっとして君が仲介したんじゃないだろうな──」
「してない! してない!」面倒ごとの予感に、僕は思わず大声を上げた。
わちゃわちゃと騒いでいると、突然後ろから「おーい、ハリー」という呼びかけが聞こえた。そこにいたのは、セドリック・ディゴリーだった。後ろにチョウ・チャンを待たせている。ハリーはチョウのことがあって少し冷たい視線を向けているが、彼はそれに気づいた様子はない。セドリックは僕とロンのあたりに、どうにも邪魔っけな視線を向けた。僕らがいるところでは話したくないことなのだろうか? 僕はロンを連れていこうとしたが、その前にセドリックは囁くような声で話し始めた。
「君にはドラゴンのことを教えてもらった借りがある。あの金の卵だけど、開けたとき、君の卵は咽び泣くか?」
ハリーの頷きに彼は笑みを深める。
「そうか……風呂に入れ、いいか?そして──えーと──卵を持っていけ。そして──とにかくお湯の中でじっくり考えるんだ。そうすれば考える助けになる……信じてくれ。
そうだな、こうしたらいい。監督生の風呂場がある。六階の『ボケのボリス』の像の左側、四つ目のドアだ。合言葉は『パイン・フレッシュ、松の香爽やか』だ」
セドリックの言葉に、ハリーは彼が何を言いたいのか悟ったようだった。それでも彼は自分の状況を何とか口に出さず神妙に頷いていたが、セドリックは尾を踏む真似をしてしまった。
「もう行かなきゃ……おやすみを言いたいからね――」
その「おやすみ」が誰に向けられたのかに、ハリーはカチンと来てしまったようだ。彼は冷え切った口調でセドリックに応えた。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。僕、もう分かったから。水に浸ければいいって。じゃあね」
ハリーはそう言い捨てると僕とロンの腕を引っ掴み、グリフィンドール塔へ向けて階段を登り始めた。どうしてこうなるんだ。思わず頭を抱えたくなる。何とか何も知りませんという顔をする僕を、しかしセドリックはしっかりと見ていた。
三階にたどり着いたところで、ハリーの肩を叩く。
「僕、そっちじゃないんだけど」
「……分かってるよ。でも、聞きたいことがあって」
明らかに気づいていた感じではなかった。それでも、ハリーはあたりを見回し周囲に人がいないことを確認してから僕に耳打ちした。
「ハグリッドが半巨人だって知ってた?」
その爆弾発言に僕は肝を冷やしてしまった。
「いや……多分そうだろうとは思っていたけど……なぜ?」
ハリーとロンの話によると、散歩道でハグリッドがマダム・マクシームに話しているところを聞いたらしい。そんな迂闊な……気安くなんでも喋ってしまうところは彼の最大の短所と言ってしまっても過言ではなかった。他に生徒がいたかも知れない。僕は内心本当に心配になってしまった。
「周りには誰もいなかったよね?」
「多分……虫くらいのものだったと思うよ」
僕の問いにハリーは自信なさげに答える。本当だろうな? 彼らがこれを聞いたということが物語にどう関わってくるのか、僕は今から心配でならなかった。
思わず壁に寄りかかりながら、周囲に防音呪文をかける。ここで話が漏れたりしたら目も当てられない。
「いや、それにしても……ハグリッドのことを考えるなら、僕にだって言っちゃダメだよ」
「でも、君は狼人間だってあんな感じだっただろう?」
ロンの言葉に僕は眉を顰める。だからって……彼らが僕以外には口が固いことを祈るしかない。
その後、ハーマイオニーを除いて他の人には言わないようにと厳しく言いつけ、ついでにセドリックのアドバイスは水中用の呪文を試すのに役立つかも知れないからあんまり無下にしないようにと言い、僕はスリザリン寮へと帰った。
それなりに楽しいユール・ボールだったが、最後に不穏な問題が二つも浮上してきてしまった。
僕は談話室で今日の思い出を語るパンジーを女子寮に突っ込みながら、深々とため息をついた。