音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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リータ・スキーターの特ダネ

 

 

 

 僕の予想に反して、残りの冬休みは穏やかに過ぎていった。ユール・ボールで元気を出し切った子供たちは少々ぐったりしながら宿題に精を出している。僕もまた不穏な影に怯えながらも、表立って何かが起こるわけでもないので漫然と日々を過ごしていた。

 

 一つ気がかりだったロンとハーマイオニーの仲は、幸いなことに目に見えて険悪になることはなかった。ロンが臍を曲げてしまうことも覚悟していたので、これはありがたかった。側から見たら彼は横恋慕男にしか見えないことに気づいたのだろうか? とっとと告白でも何でもして上手いところに収まるのが最上だが、今の二人が付き合い始めて長続きするとは思えないし、破局すれば目も当てられない。僕はこの件に関しては静観を決め込んだ。

 それにしても、今年のホグワーツは平和だ。二年目と三年目が物騒すぎたのかも知れないが、それにしたって穏やかすぎる。恒例のハリーが危ないイベントとしてはハロウィーンの選考会に十一月の第一の課題と、一応例年通りと言える。けれど、これまでのクィディッチ第一試合は制御不能な状況下でことが起こっていたのに対し、ドラゴンは安全対策が取られていた。潜伏しているだろう人間もハリーを代表選手にして以来全く動きを見せていないし、何だか拍子抜けしてしまった。

 

 しかし、魔法界全体で見れば不気味な雰囲気が僅かに漂っているのも事実だった。もう数ヶ月前からクィディッチ・ワールドカップの失態や、魔法省に勤めるバーサ・ジョーキンズの失踪が、主にリータ・スキーターの手で取り沙汰されている。クラウチ氏が体調を崩しているのも、「物語」を意識すれば何かあるように思える。僕はファッジ大臣に手紙で探りを入れていたが、彼は「臭い物には蓋」をそのでっぷりとした肝に刻み込んでいるようで、大した情報を持っていなかった。

 それでもなんとか仕入れた情報の中に、一つとても気になるものがあった。バーサ・ジョーキンズはアルバニアで消息を絶ったというのだ。二年前、ダンブルドアは闇の帝王はアルバニアに潜伏していると言っていた。これは明らかに偶然ではない。しかし、彼女に手を出した理由が全く分からない。わざわざダンブルドアの目に留まる危険を冒してまで、魔法省の人間に手を出した理由とは何なのだろうか? 彼女はバグマンの部下らしいし、ワールドカップや三大魔法学校対抗試合の情報はそこで仕入れたのだろうか?

 相変わらず状況は不透明だが、ひょっとしたら学校の外で既に事態は動いてしまっているのかも知れない。この場に縛られている僕は、ダンブルドアが何か手を打ってくれていることを祈ることしかできなかった。

 

 

 そうこうする内に新学期の初日を迎えた。大広間の席には休みが終わってしまい、グロッキーになっている子供たちの顔が並んでいる。僕はいつものようにクラッブとゴイルと朝食をとりながらざっと新聞に目を通し──驚愕のあまり、手を止めた。

 そこには「ダンブルドアの『巨大』な過ち」という見出しと、悪意を感じるほど写りの悪いハグリッドの顔がデカデカと載っていた。記事を読み進めると、案の定それはリータ・スキーターによって書かれたものだった。

 記事の内容はひどいものだった。

 ────マッド‐アイ・ムーディでさえ、ダンブルドアが「魔法生物飼育学」の教師に任命した半ヒトに比べれば、まだ責任感のあるやさしい人に見える。

 ────ハグリッドは、純血の魔法使い──そのふりをしてきたが──ではなかった。しかも、純粋のヒトですらない。母親は、本紙のみがつかんだところによれば、なんと、女巨人のフリドウルファで、その所在は、いま現在不明である。────

 ────フリドウルファの息子は、母親の狂暴な性質を受け継いでいると言える。────

 ────アルバス・ダンブルドアは、ハリー・ポッター、ならびにそのほかの生徒たちに、半巨人と交わることの危険性について警告する義務があることは明白だ。────

 

 彼女は授業の面ではハグリッドを貶めることができなかったのだろう。そこには触れず、ハグリッドの巨人の血筋に関して、悍ましい差別意識を剥き出しにしながら、聞くに値しない偏見を書き連ねていた。いや、確かに一昨年までの彼であればスキーターの見解はゾウリムシの毛ほどには聞くに値したかも知れない。しかし、今ようやく過去の汚名を雪ぎ、一人の教師として立派に職責を全うしているハグリッドに対してのこの仕打ちの下劣さは、僕の許容量を遥かに超えていた。

 

 怒りの余り、逆に自分の血の気が引いていくのを感じる。異変に気づいたゴイルが横から新聞を覗き込み、目を丸くする。彼はそのまま僕におずおずと話しかけた。

 「マルフォイ……自分が目をかけていた教師が半巨人なんかだったからって、余り落ち込まないで。むしろ、そいつの授業を改善できたんだからすごいじゃないか」

 彼のおそらく100%善意で発された言葉に、僕は泣き出しそうになってしまった。幼い頃から一緒にいても「こう」だ。魔法界にこびりついた差別意識は深く、優しさの文脈ですら簡単に口に出される。

 「二度と僕の前で『半巨人なんか』って言わないで。授業を受けてハグリッドがどんな人か少しは知っているだろう」

 何とか穏やかな声を取り繕ったが、流石にゴイルは言葉の裏を感じ取ったようだ。彼は眉を下げて俯いてしまった。いつもなら彼が気に病まないよう、やんわり諭すところだが、今の僕にその余裕はなかった。

 

 リータ・スキーター。偏見を振り撒き、人の弱みに嘴を突っ込んで悲嘆を吸い取る蚊のような女。この狼藉、どう始末をつけてあげるのがふさわしいだろうか。

 僕は自分の中に残忍な気持ちが湧き上がってくるのを止めようとも思わなかった。彼女にも何か理由があったのかも知れないと、僕の良心の部分がささやいていたが、この害悪を野に放つことこそ人道に対する罪だという思いにその微かな声はかき消された。

 

 

 僕は次の授業を休むとクラッブに告げ、朝食もそのままに校庭へと駆け出した。とにかく、ハグリッドが心配だ。スキーターがどうやって彼の事情を知ったのかも気になるし、話を聞く必要があるだろう。しかし、僕はその手段にあらかた見当がつけられていた。

 奴は十二月に入ったあたりでホグワーツに侵入禁止になっている。僕はダンブルドアの目をくぐり抜けて城に入り込む手を「動物もどき」しか知らない。それに、ハリーの言葉が思い出された。「虫くらいのもの」……この真冬にはいささか違和感のある比喩だ。もしこの予想が当たっているのなら、奴は違法なアニメーガスで、しかも虫になって情報をかぎ回っている。報いを受けさせるには最高の条件だった。

 

 雪がチラチラと舞う中、僕は息を切らしてハグリッドの小屋に辿りついた。窓からは室内の暖炉の灯りが見える。念の為あたりに虫がいないか確認して防音呪文をかけ、僕は戸を叩いた。

 「おはよう、ハグリッド。ちょっといいかな?」

 しかし、返事は何も返ってこなかった。中から何やら物音がしたし、小屋にはいるはずだ。僕は諦めきれずに何度も声をかけたが、それでもハグリッドは出てきてくれなかった。

 「ねえ、せめて返事をしてよ。あなたが何か言ってくれるまで、ここを動くつもりはないよ」

 それでもハグリッドは何も答えてくれない。僕は不貞腐れて、扉に背を向けてその場に座り込んだ。どうせ次の時間はサボるつもりだったし、二限は彼の授業だ。それまでここで待ってもいいだろう。

 朝食の席の格好そのままで出てきてしまい、僕はそれなりに薄着だった。一応玄関を出る時に保温魔法はかけたが、冷たい空気にさらされて顔や手が悴む。それでも僕はポケットに手を突っ込んで寒さに耐えた。

 

 

 それから二、三十分が経ち、数十回目のくしゃみをしたところで、背後から音がした。素早く振り返ると、扉を少し開けてハグリッドが覗いているのが見える。彼は僕が顔を向けたのを見て、素早く中に引っ込もうとした。

 慌てて彼が閉めようとしたドアに僕は手を滑り込ませたが、即座にそれを後悔した。彼の力に耐えられるように僕の手はできていなかった。指の骨全てが折れたような音がその場に響き渡る。手のひらが千切れることはなかったのでハグリッドはこれでも加減したのだろうが、それでも痛いものは痛い。思わず呻き声を上げる僕に、驚いたハグリッドは悲痛な顔をして扉を開け、僕の下にしゃがみ込んだ。

 生徒の手のひらをへし折ってしまい恐慌状態に陥る彼に、僕は痛みのあまり朦朧としながらも何とか宥めようと話す。

 「大丈夫だよ、ハグリッド、本当に大丈夫……」

 正直全然大丈夫じゃない。声にもそれは表れてしまったようで、ハグリッドは顔をさらに蒼白にした。彼は泣きながら僕を抱えると、猛スピードで城に向かって走り出す。道すがら彼はまるで独り言のように途切れ途切れに声をかけてきた。

 「すまねえ……俺はいつもこうだ……すぐ医務室に連れていくから……」

 ハグリッドの歩く振動に揺さぶられながら、なんとか僕は彼の肩を怪我していない方の手で撫でたが、「動いちゃなんねえ」という彼の啜り泣きに手を止めざるを得なかった。

 

 

 マダム・ポンフリーは僕の手の惨状に目を吊り上げた。彼女はなぜこんなことになったのか疑いの目を向けていたが、しょぼしょぼと泣きながら事情を説明しようとするハグリッドを制して「事故です」と冷や汗を垂らしながら言い張る僕に、なんとか説得されてくれた。杖で簡単に血を止めて痛みを和らげてくれた後、彼女はこちらをジロリと見る。

 「骨折程度であればすぐ治りますが、午前中はここにいなさい。いいですね?」

 そう言ってマダム・ポンフリーは薬を取りに行った。その場には僕ら二人だけが残される。ハグリッドは彼女が見えなくなると、そろそろと後退りを始めた。帰ってしまうつもりなのだろう。僕はそのまま立ち去ろうとする彼の腕にしがみつき、何とか彼を止めた。

 「ねえ、悪いと思ってるんだったら少しは僕と話して行ってよ。どうせ次の授業までまだ時間はあるじゃないか」

 この言葉にハグリッドはただでさえくしゃくしゃな顔をさらに歪めた。

 「いいや、次の授業は俺がやるんじゃねえ。ダンブルドア先生に頼んで、別の先生にお願いしてもらった」

 「なんで? まさか魔法生物飼育学の先生を辞めるつもりじゃないよね?」

 思わず厳しい目つきになる僕に、ハグリッドは眉を下げて顔を背けた。いよいよ彼はこの場を後にしようとしていたが、痛みもマシになって意識がはっきりした僕は彼の腕を離さなかった。

 ハグリッドはついに根負けしたのか、呻くように言った。

 「お前には分からん……」

 それはそうだろう。僕は自分の立場以外の人間の心情を完璧に想像することなどできない。それでも、それは理解を放棄する理由には全くならなかった。

 「そうかもしれない。だから、話して。教えて。絶対笑ったり、分からないって放り出したりしないから」

 ハグリッドは真っ赤になってしまった目を僕に向け、諦めたように肩を落としてその場にあった椅子を大きく軋ませながら座った。

 

 

 ハグリッドは僕の足元あたりに目を向けながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

 「お前は……俺が半巨人だって聞いて……怖くならなかったのか」

 やはりそこを負い目に思っていたのか。僕は傷ついた手に触れないよう腕を組んで真剣な顔を作った。

 「あのね、正直うっすらと気付いてはいたよ。それでも、ハグリッドはいい先生になれると思ったから僕は色々手伝わせてもらったんだ」

 この台詞は半分ほど嘘だ。ダンブルドアに告げられなかったら事情を察せていたかは分からないし、危機管理マニュアルがあっても彼の授業がここまでいい物になるとは予想していなかった。それでも、嘘をついてでも今のハグリッドに僕のことを信じて欲しかった。

 僕の言葉に、ハグリッドはぼたぼたと涙をこぼす。しかし、それは嬉しさというより悲しみによるもののようだった。彼はしゃくり上げながら話を続ける。

 「俺は初め、お前のマニュアルっちゅうやつは、つまらんと思ってた。みんなもっと面白え授業が好きなんだと……でも、少しずつ分かってきた。

 俺は……こんなんで特別に体が頑丈だが、他の奴らはそうじゃねえ。もちろん知ってはいたが……身に染みて感じたんだ。だから、お前のマニュアルが要るんだと。そんなことも分からずに俺は……」

 そこまでハグリッドが自省しているとは想像していなかった。内心驚きながらも僕は反論する。

 「今、マニュアルで安全にやれているなら大丈夫だよ。良くないと思ったところは、気づけたなら治せるんだから。これは進歩でしかないじゃないか」

 彼は象が水を飲んでいるような音を上げて鼻を啜り、大きく首を振った。

 「いんや……子どもにとって俺は危険だ。今回みたいに加減が利かねえこともある。そんなやつが先生をやるべきじゃねえ。どうせ、明日になりゃあ辞めさせろっちゅう手紙が山ほど届くだろう」

 彼の危険性は馬鹿力ではなく危険生物愛好家なところと口が軽いところにあるのだが……しかし、それでもこの一年彼は授業で大きな怪我人を出していない。僕は彼の言葉に眉を顰め、真っ赤になってしまった黒い目をじっと見つめた。

 「でも、今は何が子どもにとって危ないのかちゃんと分かってるでしょう? 僕らのクラスでは最初の一回以来医務室に行かなきゃならないような怪我をした子はいないよ。

 それに、ハグリッドの頑丈な体は正しく使えば誰かを守ることだってできるんだ。実際、そのおかげで生徒は安全に危険な動物を見ることができているんだから」

 ハグリッドの目にどっと涙が溢れた。もこもこのオーバーコートで目を拭うが、雫は髭を伝って胸元をぐっしょりと濡らす。このまま僕の言葉を信じて、元気を取り戻してほしい。僕は自分の椅子から立ち上がり、彼としっかり視線を合わせた。

 「それに、ハグリッドの授業は本当に面白いよ。せっかく尻尾爆発スクリュートもあんなに大きくなってきたのに、ここで打ち切りになっちゃったらみんなガッカリするんじゃないかな」

 実際、はじめの気色悪さの壁を乗り越えると、子どもたちにとってスクリュートの観察はたまにくる娯楽になっていた。あの100%危険生物を安全なところから眺めるのはそれなりに趣深いものだ。

 

 ハグリッドはそれでも納得できないようだった。彼は濡れた胸元をいじりながら視線を床に移す。

 「……でも、俺には凶暴なところがある。カッとなると手がつけられんかもしれん。そんな──半巨人が──先生なんか──」

 その言葉に、本当に、本当に悲しくなってしまった。スキーターの記事は秘密の暴露だけでなく、その中傷によってハグリッドの心を傷つけていた。彼自身ですら半巨人であることを恥じるほどに。スキーターへの憤怒や、彼にこんなことを言わせてしまっている悲しみで、僕は自分の目に涙が滲むのを感じた。僕は彼の膝にしゃがみ込んで、下を覗き込む顔を見る。ハグリッドは僕の顔を見て、目を丸くした。彼の前では僕は泣いてばかりだ。それでも僕は震える声で何とか言葉を紡いだ。

 「ねえ、自分のことをそんなひどい風に言わないでよ。僕の友達のことを悪く言わないで。それとも、友達だと思っていたのは僕だけだった? 僕の言うことはあの記事に書かれていることより軽いの? 僕はハグリッドのことが大好きなのに、本当にいい先生になったと思っているのに、あんな何も知らない人間の書くことの方を信じるの?」

 しかし、ハグリッドは顔を歪めて項垂れた。

 「最初……出会った頃、俺はお前のことをよく知らんでひどい扱いをした。お前にそんなふうに言ってもらう資格なんてねえんだ」

 ハグリッドは心底自分のことが嫌いになってしまったようだ。悔しさで胸が締め付けられる。涙が頬を伝うのにも構わず、僕は彼の大きな手を傷ついてない方の手でしっかり握った。

 「そんなこと関係ない。ハグリッドが後ろめたく思っても、知るもんか。僕が勝手に優しいあなたを友達だと思うのはやめさせられないんだから」

 ハグリッドは少し顔をあげ、僕の目に再び視線を戻した。病棟は静まりかえっていて、彼の鼻を啜る音だけが時折響いた。

 

 しばらくして、彼は恐る恐る口を開いた。

 「俺は……学もねえし、やることなすこと全部大雑把だ。それでも、良い先生になれたんだろうか」

 「それは一昨年からずっとハグリッドの授業を受けてきた僕が保証する。だから、戻ってきてよ」

 僕はできる限り力強い鼻声で言った。僕の言葉に、ハグリッドは目から滝のような涙を溢れさせた。

 ハグリッドはオンオンと泣きながら、僕を力加減を間違えず抱きしめる。手は背中に全く届かないものの、僕も彼に腕を回した。ボタボタと大粒の涙が僕の頭を打つのを感じたが、僕はしばらく何も言わなかった。

 しばらく僕らはそうしていたが、ふと気がつくと僕の隣にはマダム・ポンフリーが立っていた。そういえば彼女が姿を消してから薬を取りに行くにはかなりの時間が経っている気がする。僕らの話が終わるのを待ってくれていたのだろうか。

 彼女は口をへの字にしながらベリッとハグリッドから僕を引き剥がし、椅子に座らせた。すごい力だ。そのまま厳しい顔つきで、彼女は口を開いた。

 「もうおしゃべりはおしまいです。マルフォイ、手をもう一度見せなさい。

 ハグリッド! あなたは今すぐ小屋に戻って次の授業の支度をなさい。今からなら間に合うでしょう」

 

 ハグリッドはまだズビズビと鼻を鳴らしながらも、小さく手を振って医務室を出ていった。きっともう教師を辞めようとは思わないだろう。そう信じたい。

 

 

 

 マダム・ポンフリーは治療をして薬を飲ませると、動いたら縛り付けると脅した上で僕をベッドに寝かせた。朝食の席そのままの格好で来てしまい読み物もなく、途端に暇になってしまう。

 これから起こるハグリッドに関する中傷を止める方法と、あの羽虫にどう報いを受けさせるか考えながらベッドでウトウトしていると、不意にカーテンの外に誰かの影が見えた。

 カーテンの間から姿を現したのはアルバス・ダンブルドアだった。彼がこの件を放置しているとは思っていなかったが、まさかここにやってくるとは思わなかった。ダンブルドアはやはりみんなの前で見せる微笑みを顔に宿しておらず、その目は僕の手に巻かれた包帯を見て悲しげだった。居住まいを正す僕をダンブルドアは手で制して、枕に背をつけさせた。

 

 ……ここに彼が来て大丈夫なのだろうか? ハグリッド関連で怪我をした生徒の尻拭いということにはできるだろうが、誰にも感づかれたくない状況だ。僕の表情を見て、ダンブルドアは懸念を悟ったようだった。彼は挨拶なしに口を開いた。

 「人目がないか確認はしておる。このカーテンの中のことは他には漏れぬ」

 彼が言うならそうだと信じたいが……僕は一つの気がかりを尋ねた。

 「この周りに、虫はいませんでしたか?」

 「……リータかね」

 黙って頷く僕に、彼は首を横に振った。ダンブルドアも気づいていたのだろう。

 「始末は僕に付けさせて貰ってもいいですか?」

 僕の問いに、ダンブルドアは静かな口調の質問で返した。

 「君に頼んでしまっても良いのかね」

 今の段階でスキーターをぶちのめすことに対するやる気は、かつてないほどにみなぎっていた。僕はうっすら笑みを浮かべて頷く。

 「言われずとも。……お忙しいのでしょう? 校内のこともそうですし、アルバニアの件とかで」

 ダンブルドアは否定しなかった。彼なりに足跡を辿っているのだろうが、決定的なところには至れていないのだろう。彼はただ僕の目をじっと見て、やっぱり悲しげに口を開いた。

 「ありがとう」

 何を気に病んでこんな葬式のような雰囲気を醸し出しているのだろう。僕は内心首を傾げながら彼に話しかけた。

 「あの……あんまりお気になさらないでくださいね? この手は完全な事故ですから」

 ダンブルドアは少し微笑み、それでもどこか暗さを纏ったままその場を後にした。

 

 ダンブルドアが深刻そうな顔をしていると、こちらも不安になってきてしまう。少なくともスキーターは早々にどうにかして彼の負担を減らしたいものだ。僕は再び一人ベッドの上で今後の策を練った。

 

 

 

 昼休みになって、マダム・ポンフリーは昼食を下でとる許可を出してくれた。大広間に入ると、グリフィンドールのテーブルにスリザリン生を含めたいつもの面子が固まっていた。僕を見つけたクラッブがこちらに手を振る。席に着くとどこに行っていたのか質問攻めにあったが、なんとかやり過ごして僕は先ほどまで彼らが受けていたであろう「魔法生物飼育学」について教えて貰った。

 「ハグリッドは……泣きはらしたんだろうな。結構ボロボロだった。

 グラブリー-プランクっていう人がハグリッドの代わりをお願いされていたらしいんだけど、ハグリッドは自分で授業をやったんだ。いつも通り、面白かったよ」

 ハリーは嬉しそうに話す。ロンも頷き、話を続けた。

 「正直、あの女の先生はハグリッドが来て嬉しそうじゃなかったな……でも、スクリュートを僕らと一緒に見て不満は吹っ飛んだみたいだ。魔法生物好きってあんな感じばっかりなのかな?」

 あれを初見で気にいるとは、剛のものだ。ロンの言葉に周囲に明るい雰囲気が戻るが、クラッブは顰めっ面だった。

 「でも、これからどうなるかは分からない。発言力は授業を受けている僕らじゃなくて、外の大人にあるんだから」

 周囲の子供たちは空気を叩き切るクラッブの発言に眉を顰めたが、僕は彼を諌める気にはなれなかった。実際、そこだよなあ。僕の父をはじめとして、半巨人に偏見を持つ人間は彼を叩き出そうとするだろう。少なくともファッジ大臣と父は「僕の授業改革の成果を潰さないでほしい」という観点から言いくるめられるとは思うが……考え込む僕の顔を見て、ゴイルがそろそろと口を開いた。

 「……ハグリッドの授業は面白いし、彼は力が強いからスクリュートにヘッドロックをかけられるんだ。僕、やめてほしくないな」

 ゴイルの言葉に僕は目を見開いた。朝きつい言い方をしてしまったから、この子が反感をもってもしょうがないと思っていたのだ。それでもゴイルは落ち着いて状況を俯瞰すれば、持ち前の優しさをハグリッドにも向けることができたのだった。

 

 さっきから使われっぱなしの涙腺が再び緩みそうになるのをなんとか抑え、僕はゴイルに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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