音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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コガネムシの墜落

 

 

 幸いなことに、ハグリッドが教職を辞させられることはなかった。父とファッジ大臣への根回しはうまく行ったのだ。彼らは僕が心血を注いで「改善してやった半人間」という功績を放棄するデメリットを認識してくれた。不愉快な価値観である。それに、今彼の授業を受けている生徒や森番時代の彼を知る大人たちはハグリッドの辞職を望まなかった。それでもかなりの量のヘイトメールがハグリッドの元へ届いたが、僕はその全ての送り主の名前を見せて貰い、脳にしっかりと焼きつけた。見ていろ、今にお前らが大手を振ってこんな真似ができないような世界にしてやる。僕は心中で強く決意した。

 

 

 そして、待ちかねた機会はやってきた。

 一月の中旬、ホグズミード行きの許可が降りた時のことだ。僕は来学期に向けての調整のためファッジ大臣と会う予定があったので、彼と二人で「三本の箒」に居た。パブは混み合っており、遠くのテーブルには三人組やハグリッドも見える。明らかに話し合いに向いた環境ではなかったが、ファッジ大臣はここがお気に入りだった。大案がまとまり、そろそろ話を切り上げて別れようか、ということになった。

 そこに、あのリータ・スキーターが腹の出たカメラマンを連れてやって来たのだ。たちまち入り口側にいた四人と口論になる。スキーターは居座る気満々のようだったが、奴が罵詈雑言を書き連ねたハグリッドを前にして、カメラマンが彼女を店から引っ張り出した。このチャンスを逃してなるものか。僕はファッジ大臣に口早に別れを告げると、奴を追って三本の箒を後にした。

 

 

 別の河岸に行く途中なのだろうか? 僕は人気のない道に入るのを見計らって、スキーターに丁寧な口調で声をかけた。

 「こんにちは、リータ・スキーター。初めまして」

 振り返った奴は突然の声がけに訝しげな顔をし、値踏みするような目でこちらをジロジロと見回した。下品な人間だ。僕は内心の不快感を抑え、できるだけ穏やかそうな微笑みを浮かべた。

 「マルフォイの坊ちゃんざんすね。何か用かしら? さっきまでファッジと一緒にいたようざんすけど──」

 僕は彼女にその先を言わせなかった。まずは味方と認識してもらう必要がある。僕は媚を込めて言葉を紡いだ。

 「この間の……ルビウス・ハグリッドについての記事は残念でしたね? それなりに世間を動かすべき内容だと、僕は思ったのですが。やはりダンブルドアの威光は重たいところがありますか」

 僕の発言に、スキーターの目に少し興味が宿った。案の定、記事が出た後の凪は彼女の気に食わないものだったようだ。僕は手応えを感じ、そのまま話を続ける。

 「僕なら……あなたの筆致がより生かされる方法をご提供できると思うのですが。つまり──あなたがその『正義』をより効果的に知らしめられるような何かをお教えすることができる。ご関心はありませんか?」

 スキーターはいよいよ舌なめずりをするかのような顔になった。彼女の趣味の悪いマニキュアが塗られた手はこれまた趣味の悪いクラッチバッグの留め具をいじっている。今ここで羽ペンを取り出したいとばかりの態度だ。僕は内心軽蔑で中指を立てた。

 奴は勿体ぶるようにこちらをチラチラと見ながらしなを作った。

 「……フゥン、いいざんしょ。インタビュー場所はそこのホッグズ・ヘッドでどうかしら? 埃っぽくてばっちいところざんすけど、まあ、悪くないでしょう。ほら、ボゾ、さっさとおし──」

  他の人間を連れて来られては困る。僕は素早くスキーターの言葉に口を挟んだ。

 「おや、あなたは折角の秘められた鉱脈を人に教えるのを良しとする人間なのですか? それは残念です……野心のない人間に、この話はちょっと重いと思いますが」

 スキーターは僕の意図を図るような顔をしたが、それほどこちらが持つネタは良いものだと判断したようだ。彼女はカメラマンの方へ向き直った。

 「……いいざんしょ。ボゾ! あんたは先に帰りな!」

 そうしてスキーターはカメラマンをその場に残し、僕を引き連れて歩き出した。

 

 

 

 ホッグズ・ヘッドは閑散としていた。それでも、人が全くいないわけではない。ここで盗み聞きされて、計画がお釈迦になってはたまらない。僕は席につくや否や辺りに防音呪文をかけた。スキーターはそれを見て、さらに期待感で目を輝かせた。

 僕らは席につき、飲み物を頼む。僕は瓶のバタービールのふちを拭いながら口を開いた。

 「そうですね……まずはお約束していただきたいことがあります。

 これから話すことを記事にするのはきっちりタイミングを図って出してほしいのです。折角のネタを簡単に浪費されては堪りませんから」

 スキーターはその言葉に目を輝かせたが、勿体ぶるように顎を突き出した。

 「タイミング? そんなのはそっちの気にすることかしら。情報は新鮮さが命なのよ?」

 その程度の反論は予想の内だ。僕は落ち着き払ってその言葉に答えた。

 「ええ、そうですね。でも、第二の課題が来月末にあるじゃないですか。その結果が知りたくて読者の視線は新聞に集まりますよ。

 一番大きなものはそちらに焦点を合わせて頂きたいのです。他については記事が書け次第、順次ということでも構いませんよ」

 自分の都合が通ったと考えたスキーターはにんまりと笑った。思慮の足りない蒙昧め。僕が心の中で蔑み果てているのにも気づかず、奴はゴテゴテとしたバッグを開け、筆記用具を取り出した。

 

 「……それで、何を話してくれるんざんす? ここまで期待を持たせるような真似をしたんだから、とびきりいいものじゃないと……」

 図々しい馬鹿だ。

 「実は本当に色々あるのです。僕がさっきファッジ大臣と話し合いをしていたのはご覧になっていたでしょう? 卑小の身ではありますが……僕がハグリッドの授業改革に大きく寄与していたことはご存知ですか? その過程でダンブルドアとは随分衝突しました」

 スキーターは笑みを深める。僕はこの愚昧を完膚なく叩き潰すためなら、一切の罪悪感を封殺できた。

 「それに……ご存知かも知れませんが僕はハリー・ポッターととても親しい。あなたの望むような事実をほじくり出すことなど、造作もないと思いますよ」

 やはりスキーターはその辺りは嗅ぎつけられていたようだ。いよいよ目を輝かせながらも、眉を下げて唇を尖らせた。悍ましい。

 「あら、でもいいの? お友達のことでしょう?」

 「僕はルシウス・マルフォイの息子ですよ? それで十分でしょう」

 スキーターはいよいよ歯を剥き出して笑った。掴みは抜群、勝負はここからだ。

 

 

 僕は少しずつ、決定的に言質を取られないようにスキーターにネタをチラつかせた。奴は非常にもどかしそうにしているが、食いつきそうなところに隙はできる。僕はいよいよ本題、というときになって不安そうな顔を作った。

 「でも、少し心配ですね。ひょっとしたらこのようなダンブルドアやハリー・ポッターに対する暴露記事、差し止めを食らってしまうかも知れない……今までだってダンブルドアを致命的に追い詰めるような内容は載せられていないのでしょう?」

 スキーターは少し顔を歪めた。たとえ彼女であろうと、触れられたくない部分というのはあったのだろう。その反応を確認して僕はさらに言葉を続ける。

 「あなたのような忌憚なく人の暗部を暴ける人間が『日刊預言者新聞』の編集長だったら、なんの憚りもなく情報を出せるのですが……」

 「……ええ、そうざんすね。今の編集長は弱腰でいけないわ」

 彼女の態度には忌々しさが滲み出ていた。いい調子だ。僕は自分の演技力を最大限に使って悲しげに言う。

 「ああ、それはなんと嘆かわしいことでしょう。幸い、僕は父やファッジ大臣といった心強い方々に助けをいただいています。もしあなたが何か……今の編集長の落ち度を弾劾できるようなネタを握っているならどうにかすることもできたと思うのですが……」

 スキーターの目に先ほどまでとは違う色が宿った。それは野心だった。やはり、僕の受けた印象は間違いではなかった。この身の程知らずは自分の正義を確信しており、それが広く世間に影響をもたらすことを望んでいる。僕のプランAは完璧な効果を期待できた。

 「……どうにかするって?」

 彼女はこちらを慎重に窺っている。しかし、その欲望はもはや周囲に溢れ出していた。

 「もちろん、あなたが次の編集長となってこの魔法界に真実を知らしめる役割を担うということですよ、リータ」

 

 スキーターは居住まいを正し、笑みを抑えながらつんとして口を開いた。

 「でも、坊ちゃんにあたしが掴んだネタを話す訳にはいきませんよ。これは今だって大事なツールなんだから」

 編集長を脅迫でもしているのだろうか。正直、それを知ることができたら色々便利なところはあるが、本題では全くないし、あの卑劣な記事を看過している編集長に過分な慈悲をかけてやる気もない。一応残念そうな顔をして彼女の自尊心を満足させながら、僕は首を振った。

 「そうですか……でも、別に僕に話していただく必要はありません……剣とは振るうものの手にあって初めて輝くのですから。ですが、機を図らねばなりませんね。

 こういうのはどうでしょうか? 第二の課題の日に、貴女は編集長の暴露記事を紙面に載せる。その日の夕、試合の結果を踏まえて記事を完成させ、あなたはそれを紙面に載せる。父とファッジ大臣の後援を受け、次期編集長の玉座に就いて」

 スキーターは勿体ぶって、それでも欲望を隠しきれずに頷いた。

 「……いいざんしょ。お互いwin-winの良い関係ね。

 でも、ここからの一ヶ月以上なーんにもなしじゃあつまらないわ? 他に何かないのかしら?」

 浅ましいハイエナめ。しかし、これもまた予想通りだった。僕はシナリオに沿って言葉を紡ぐ。

 「そうですね。手始めにギルデロイ・ロックハートのネタなんていかがです? ダンブルドアが『誤って』雇用した詐欺師。彼は今でもアズカバンにいますよね。僕はその内情を誰より知っている自信がある。

 それとも、シリウス・ブラック? 現在も逃亡中の稀代の脱獄囚。彼は僕の親戚ですし、ペティグリューの件も合わせて色々読者の望む情報をお教えできると思いますよ」

 スキーターは目を輝かせてこちらに身を乗り出した。最後に、最も大事なところだ。僕はできるだけ聡明に聞こえるように彼女に語りかけた。

 「でも、こちらの意図をダンブルドアに察されても厄介です。記事は掲載する前に確認させてください。迂遠でも確実に彼にダメージを与えなくてはなりませんから。もし、約束を守っていただけないならこの話は残念ですが……」

 スキーターはやはり嬉しい顔はしなかった。しかし、次期編集長の座の魅力には抗えなかったのだろう。彼女は渋々頷いた。

 「……しょうがないざんすね。いいでしょう。その話、乗ってあげましょう」

 この場面はほとんど計画通りだ。僕はニッコリ笑って彼女に手を差し出した。

 

 

 

 その後、一ヶ月の間に小出しでリータは色々な記事を書いた。彼女は僕のチェックに不平不満をこぼしたが、それでも僕の記事による未来の影響のプレゼンテーションと「次期編集長」の座の魅力によって、その醜い虚栄心を抑えてくれた。しかも、彼女は僕の話の裏を取るためにブンブンと飛び回ってくれ、記事は予想より遥かにしっかりしたものとなった。

 ロックハートの最初の授業の悲惨さと、魔法界の教育制度が抱える欠陥。

 ブラックとペティグリューの友情が抱えた不均衡や、当時の光側の慈悲の限界。

 かつて冤罪によってアズカバンに収監されたハグリッドの「更生」と、それに寄与した安全管理マニュアルの存在。

 一歩進んで考えればダンブルドア批判に容易に結びついてしまう内容だ。リータは普段の直接的な揶揄を抑え、それなりに立派なものを書き上げてくれた。ペティグリューの件なんかは、僕らが知っていたこと以上にいろいろなことを探り当ててくれた。シリウスとペティグリューの学生時代の様子や、シリウスが自身を「秘密の守人」だと喧伝していた不自然さなど。こちらも意図的に一部の情報を伏せて色々伝えていたのだが、彼女は確かに勘は鋭かったようだ。

 

 ハリーのゴシップについて、僕は第二の課題まではと言って頑として教えなかったが、むしろこれは好都合に働いた。痺れを切らした愚かな黄金虫が小煩くハリーの周りを飛び回っているのをしっかりと目視する機会を何度も頂けたのだ。結局、第二の課題後の記事にするためにスキーターに対していくつか口を割らざるを得なかったが……ホグワーツで聴き込みをすればすぐバレるようなものばかりだ。僕は罪悪感を抱えながらも、二月末をじっと待った。

 

 父とファッジ大臣にもしっかり話は通しておいた。スキーターという記者がダンブルドアに関する記事を載せたがっているらしいので、第二の課題の前後の記事は通すようにしておいて欲しいと。もちろん本当にそれが出ることはないが、スキーターに探りを入れられてはたまったものではない。表向き僕は平静を装って彼らにお願いした。

 

 僕が忙しなくしている間に、ハリーも自分で色々と頑張っていた。

 彼は結局セドリックの教えてくれた監督生の浴室を使って呪文を練習したらしい。五年生の教科書から発見した泡頭呪文と、マクゴナガル教授にお願いしてスパルタで習得した手足の指の間に膜を張る変身術も習得していた。……元に戻せるかどうかは半々の確率らしかったが。「普通に変身術を教えてもらうだけだからセーフだよね?」と彼は心配そうだったが、マクゴナガル教授はとても嬉しそうにしていたし、問題ないだろう。その際にこっそり「第二の課題の日に急用ができるので煙突飛行ネットワークを研究室で使わせて欲しい」とお願いしたところ、凄まじい追及にあったがなんとか許可を得ることができた。

 ハリーの準備も万端になり、第二の課題の日はやってきた。

 

 

 

 その日の朝、僕はスリザリン寮でこのために早く運ばせた新聞を手に入れた。紙面をざっと流し見し、無事に「日刊預言者新聞」に編集長の不倫、収賄、贈賄、その他を書き連ねた記事が掲載されていることを確認する。すぐさま二階のマクゴナガル教授の研究室に向かい扉を叩いた。朝早かったのだが、彼女はぴっしりと衣服を整えて僕を迎えてくれた。こちらを測りかねると言った様子で見る教授をよそに、僕はフルー・パウダーを暖炉に放り込み、「日刊予言者新聞」の編集部へとつなげて頭だけを暖炉に突っ込んだ。

 編集部は雑然としていた。誰もいないのかと思ったが、暖炉が輝くのに気づいたのだろうか。奥から憔悴し切った顔の男性がそろそろと出てきた。

 「おはようございます。編集長に『スキーターがなぜあんな記事を出せたのか知っている者』だとお伝え下さい」

 男性は僕を訝しげな目で見た。

 「……この早朝に出勤しているものは編集長の私だけだ。……全く、スキーターといい……なんなんだ、君は誰だ」

 幸いなことに、オフィスにはこの記事を見て飛び上がってきた編集長しかいなかったらしい。幸先のいいスタートだ。僕は男性を安心させる口調を作り、ゆっくりと語りかけた。

 「僕はドラコ・マルフォイと申します。スキーターの件で話があって、ここに来ました」

 

 彼はヨロヨロと椅子を引っ張ってきて、暖炉の前に座った。こちらは急ぐ身だ。彼が話し出すのを待たずに僕は口を開いた。

 「ここ一ヶ月ほど、スキーターはどんな手を使ったか知りませんが、僕の身の回りを嗅ぎまわっていたようです。あの記事は間接的に僕に関係する者たちについてでした。彼女はダンブルドアをターゲットにすることで、ファッジ大臣たちからの支持を集めていました」

 僕の矢継ぎ早な言葉に、編集長は目を白黒させている。今回は時間をかけている余裕はないし、ここでいちいち事実を確認されては厄介だ。僕は言葉を挟ませず、彼の最大の関心ごとに話題を移した。

 「スキーターのデスクを確認していただけませんか? 彼女があなたに関してさらに何か残していたら大変だ」

 編集長はビクッと肩を揺らしたが、椅子から立とうとはしなかった。彼はそのまま項垂れる。

 「しかし、私には止められん。ファッジ大臣はここ数日の記事は全部そのまま新聞に載せるようにと言っている」

 随分と気弱だ。でも、それは僕が望んでいた態度だった。僕は切り札を出した。

 「僕はルシウス・マルフォイの息子です。その辺り、どうとでもして差し上げましょう。それに、スキーターを野放しにしてあなたに待ち受けるのは破滅だけですよ」

 僕にそんな力はないかもしれない。それでも今だけは自信たっぷりに言い切った。幸いなことにこの小胆な男は押し切られてくれた。彼は椅子から立ち上がると、わきのほうに置いてあるデスクを調べ始めた。

 

 しばらくして、彼は暖炉の前に戻ってきた。顔色は先ほどまでより悪く、弱々しく首を振る。

 「何もなかった。あの女、いつも他人に横取りされるんじゃないかって原稿は抱えていたし、私に捨てられかねん場所には置いておかないだろう」

 これで後顧の憂いは断てた。思わず出そうになる満面の笑みを抑え、神妙さを装って僕は編集長に優しげに声を掛ける。

 「そうですか。それでは、そのままいつも通りの業務に戻ってください。スキーターから送られてきた記事は全て止めて。父にもファッジ大臣にも言っておきますから。大丈夫ですか?」

 編集長はおずおずと頷いた。彼を残し、僕は暖炉から顔を引き抜く。服についた灰を杖で吸い取っていると、そばに立っていたマクゴナガル教授が眉を顰めて口を開いた。

 「……一体、何をするつもりなのですか?」

 僕はニッコリ笑って彼女に答える。

 「機会があればご説明させて頂きます! きっと悪いようにはなりませんから!」

 それだけ言って、挨拶もそこそこに研究室を飛び出した。そのまま梟小屋に行き、父とファッジ大臣に「スキーターが二人のゴシップを嗅ぎ回っているらしい。今すぐ編集長に権限を戻すように」と書いておいた手紙を一番速い梟で送る。ウィルトシャーやロンドンに着くには時間がかかるだろうが、明日の朝刊作成に間に合えばいい。

 

 時刻は八時近くになっていた。課題は九時半からだ。僕は湖に向かい、一時間半をたっぷり使い、ちっちゃな黄金虫を見つけるために出来うる限りの探知呪文をかけた。これで奴がハリーのネタを嗅ぎ回れば僕に伝わる。他の虫まで反応して伝わってきてしまうのが厄介だったが、この寒い二月に動き回る元気のある羽虫はほとんどいなかった。

 

 そうこうしている内に観客が場内に入り始めた。ハリーに次いでスキーターのターゲットにされていたハーマイオニーのそばにいたかったのだが、彼女だけでなくロンまでいない。……これは、ひょっとして課題で「奪われたもの」とは友人なのだろうか? 二人も水底から引っ張り上げるのは大変そうだ……と考えたところで、僕はハーマイオニーがクラムのパートナーだったことを思い出した。それでか。正直少し悪趣味な気もするが、課題の外面の地味さを補う程度にはドラマティックではあるかもしれない。

 八時半が近づき、僕は審査員席に続く道でハリーを待った。しばらくして彼が緊張した面持ちでやってくる。彼は僕を見て少し目を釣り上げた。

 「君、どこにいたの? ロンとハーマイオニーもいないし……」

 やっぱりそうか。この関係者がぞろぞろいる場面で「課題の景品で連れて行かれたんじゃないかな」と言うわけにもいかず、僕は曖昧に微笑んだ。

 「放っておいてごめんね。急用が入ってしまって。調子はどう?」

 ハリーは相変わらず眉根に皺を寄せながらも頷く。

 「……悪くはないと思う」

 ハリーに言葉を返そうとしたところで、選手に呼び声がかかった。それと同時に、僕の魔法に引っかかっている虫の中で不自然にハリーに一直線に飛んでくるものを感じる。僕は意識をそちらに割かれながらも、ハリーの背を押した。

 「君ならできる。大丈夫だよ」

 ハリーは硬く微笑み、その場を後にした。

 

 僕は辺りの人が審査員席の方に視線をやっているのを見計らって自身に目眩し呪文をかけ、そろそろと探知魔法の示すところへ近づいた。

 ────やはり、いた。あの趣味の悪い眼鏡にソックリな模様を持つ黄金虫が。虫は通路に拵えられた柱にしがみつき、不自然なほど微動だにせず審査員席の方に目を向けている。いよいよ最後の関門だ。僕はできるだけ音を立てないように背後から近づき、このためだけに練習した無言の失神呪文をかけた。虫はあっけなくコテンとその場から墜落した。やった。やったぞ!

 僕は素早く懐から用意しておいた瓶を取り出し、その中に虫を掬い入れた。この中に入って仕舞えば元の姿に戻ることはできないし、外を伺ったり物音を聞いたりすることもできない。一応空気と餌は補充されるようになっているから死ぬことはないだろう。スキーターは誰にも知られないまま僕お手製の監獄に閉じ込められた。

 

 その後、僕は観客席に向かいスリザリン生たちと観戦を楽しんだ。正直見るべきものはほとんどなかったのだが。なんとハリーは順調に課題をクリアし、一番にロンを引き連れて帰ってきた。しかし、彼はロンを人に託すとそのまま陸に上がらず再び水中へと戻った。途中で脱落したフラー、ハーマイオニーを連れたクラム、チョウを抱えたセドリックが戻ってきてから、ハリーはフラーの人質だったらしい妹を連れて現れた。後から聞いたところによると、「大丈夫だろうとは思ったんだけど、心配だった」そうだ。彼はその功績を讃えられ、満点で課題を終えた。

 

 

 

 課題が終わった週末、許可をもらって僕はロンドンの「予言者新聞」を訪れた。なぜか失踪したスキーターに関して、編集長は訝しげにこちらを見ていたが、適当に想像してもらえるよう煙に巻いて話した。彼はそれで畏怖の視線をこちらに向けてくれるようになった、これは便利だ。「スキーターのような悪徳記者をのさばらせておくと厄介事は増え続ける。この際、あの女の悪事を調べ上げて徹底的に潰すべきだ」という意見に編集長は快く頷き、特集の計画を立て始めた。

 別れ際、僕は編集長と握手をしながら微笑み、言葉を紡いだ。

 「スキーターだけが今回の事件の原因ではありません。彼女に勝手を許した構造自体に問題がある。そうは思いませんか?

 スキーターだってこの前のロックハートやブラックの記事は悪くありませんでしたが、それは中傷を目的としていなかったからではないですか? 『予言者新聞』が正しい報道のあり方というものを今一度示してくれることを期待します。あなたなら、きっとそれができる。スキーターなんかに負けないでください」

 編集長は目に涙を浮かべて頷いた。チョロいな……この人を編集のトップに据えたままで大丈夫なんだろうか。今回は編集部の内紛で片付いてしまったが、いずれは新聞社全体をどうにかしたいものである。

 

 

 

 「……それで、この黄金虫、どうしたらいいと思います? 少なくとも第三の課題が終わるまでは瓶の中で暮らしてもらいたいんですが。この虫は僕の姿を見ていませんし、僕との悪巧みが何者かによって潰されたと考えてくれるでしょう」

 僕は出してもらった紅茶をのんびり飲みながら、マクゴナガル教授に問いかけた。彼女は目の前に置かれた広口瓶と、スキーターの数えきれない被害者たちのインタビューが掲載された記事を半目で眺めていた。

 「……放すときは私に教えなさい。アズカバンに行ってもらうのが一番穏当でしょう」

 彼女は深々とため息を吐きながらも、少し微笑んでそう告げた。

 

 

 

 


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