音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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ファッジ大臣との作戦会議

 

 

 

 スキーターの記事が日刊予言者新聞から消えたことについて、あまりに唐突な出来事に訝しむ人間はぽつぽつと出てきてしまった。しかし、それには編集長の暴露記事がいい説明を与えてくれた。ことの直前に失踪者の身近に出来た敵対者に疑いの目が向くのは自然である。「愚かにもリータ・スキーターは編集長の恥部を公衆の面前に晒すことで彼の失脚を図ったが、逆に報復を受けた」というのが世間での理解となった。

 

 あれから何度か編集長とは手紙のやりとりをした。彼が内情を誰かにペラペラと話して、今回の件に僕が絡んでいると察されては厄介だ。僕はスキーターが学校のことを嗅ぎ回っていたことに気づき、「善意」、もとい、メディアにコネを作るために手を差し伸べてきたただの学生を装った。もはやイギリス魔法界のトップあるあると化していたが、やはり彼も根っからの悪人ではないが権威に阿り臭い物に蓋をするタイプの臆病者だった。スキーターの失踪については暗に父の存在を匂わせておいたので、そっちが始末したと思ってくれることだろう。その上、純血一族の身の回りを嗅ぎ回ることに対する危険性をちゃんと理解しているようだ。魔法界の闇は深い。

 

 ファッジ大臣と父には、編集長が彼らに関する記事をきっちり差し止めてくれたようだと伝えておいた。ついでに、彼は著しい恐慌状態にあったので、もしかしたらスキーターを──何か記事を書けない状態にしてしまったのではないか、と。

 これで父と大臣は編集長が、編集長は父と大臣がスキーターを潰したと考える構図ができた。お互い深掘りしても得がないと思わせることが出来れば、今回の関係者から真相が暴かれることはないし、捜査が始まったとしても疑いの目をこちらから逸らすことができる。……そもそも実証から僕に至ることはほとんど不可能だが。

 僕とスキーターの関係は「予言者新聞」のボゾというカメラマンも知らなかったし、マクゴナガル教授を除いて誰も僕が犯人だと悟ることはなかった。おそらく、スキーター本人ですら。

 彼女は可愛い黄金虫として、僕の検知不可能拡大呪文が掛けられたトランクの奥深くに仕舞い込まれていた。

 

 

 スキーターの蛮行について糾弾する記事は、魔法界のメディアにおいて少なくとも「自浄作用」の第一例となった。

 新聞社の内紛はメディアに対する不信感を世間に与えたかもしれないが、はっきり言って自業自得だ。これを糧として、あるべきジャーナリズム精神について考えてほしかったが、編集長はそのような気骨のある人間には見えなかった。ただ、彼は自らに中指を立てたスキーターの行為に対しては憤りを隠さず、彼女の名声を貶めるために方々に働きかけてくれた。普遍的な正義よりも個人的な敵対心の方が、人間を容易に動かしてくれる。

 

 その一環として、「予言者新聞」社からハグリッドやハリーの元に今までのお詫びと寄稿の依頼の手紙が届いた。こんなことは言いたくないが、「半巨人」に発言権を持たせるなんて今までになかったことだ。彼らは急に手のひらを返した新聞社の態度に眉を顰めていたが、なんとか説得して返信を書いてもらった。出来るだけスキーターをこき下ろすようにアドバイスし、フクロウで送る前に校閲させてもらったおかげで、彼らの手記ほぼそのまま紙面に載ることになった。ハリーやハグリッドのことを直接知らない生徒達はこれに食いつき、校内でそこそこ話題の的になった。

 特にハリーの記事は彼が「出たくもない対抗試合に出場させられた」というところまでしっかり掲載してくれた。二人の印象ができるだけ良くなるように中身をいじらせて貰ったし、スキーターはロマンスに関しては事実無根を書き連ねる人間だったのが良い方向に働いた。そこを暴いた内容は特に生徒たちにとって説得力のある記事になっていただろう。

 ハグリッドの方に関しては生徒からも聞き取りをして彼の人格や授業についてのフォローをしてくれたし、ありがたいことこの上ない。僕もかなり煽ったとはいえ、編集長は復讐に関しては執拗に行ってくれた。

 

 ダンブルドアについて援護することは叶わなかったが、今以上は高望みというものだろう。それを意図したと誰かに気付かれれば、僕の立場は一気に危うくなる。今の僕に出来るのは、教育の改革者として、彼の敵対者を装い手を回すことだけだ。ダンブルドアもそれは了承してくれているらしく、大詰めを迎えた指導要領について彼は反対意見や改善点を差し挟んできていた。ファッジ大臣はこれに憤慨していたが、議論のない改革なんて危険なだけだとは考えないのだろうか。僕とダンブルドアの不仲を喧伝してくれるのはありがたいが、これ以上失望させないで欲しいものだった。

 

 

 今回の件で、闇の帝王が戻ってきた後、半人間のようなマイノリティーに対する差別の加速を抑える土壌が僅かに出来た。スキーターに対する反論自体は多くの読者からは忘れられ、ハグリッドのような個人に対する見解を大きく変えることはないだろう。それでも、新聞社の人間は自らの体制の不完全さを知ったし、メディア自身が本来与えられるべきところまで自らの信頼を大きく損なった。それは、闇の時代の中で、人々が自らに都合の良い安寧を疑うきっかけになるかも知れない。半人間やマグル生まれに対する差別意識の緩和につながるかも知れない。僕はそう信じたかった。

 

 スキーターのような弱い立場にある人間を貶めることに快感を覚える人間は、これからの時代いとも気軽に差別を煽るだろう。それが被害者の尊厳と生命の毀損につながることなど、意にも介さないで。それに便乗してしまった無意識の、そしてもしかしたら無辜の加害者たちは、自分がそんな下劣な人間であるという事実に耐えられない。自分の罪を受け入れるより、相手の方が間違っていると考える方がずっと楽だ。それは自分の非を認めない頑なさや蒙昧さに繋がり、未来を蝕む。そんなことは許せない。

 正直、トランクの中の広口瓶を見るたび、一人の人間を監禁している事実に心が痛んだ。弱気になって自分が初志貫徹できないことを恐れた僕は、その横にハグリッドについて書かれたスキーターの記事を置いた。この悍ましい文章を読み、せめてこれからより良い未来を得るためにできることを考えて暗い気持ちを押し殺した。

 闇の帝王が戻れば、これよりずっとひどいことが幾度となく起こるだろう。僕はそのとき加害者側に立つ事になる。未来により多くを救うと自分を誤魔化しながら、罪のない人を見殺しにしたり傷つけることを厭わなくなるだろう。それでも、できる限り全員を救おうという野心は変えられない。僕や僕の父は「救われるべき人々」の最後尾にいるのだから。

 今の行為で、ハグリッドやハリーの未来が良いものになってほしい。少なくとも、手を下してしまった時点で僕にはそうなるように努力するしかない。僕は広口瓶を開けずに魔法で掃除し、餌を入れる度に決意を新たにした。

 

 

 

 三月に入り、再びホグズミード行きの日がやってきた。ここ最近恒例だが今回も僕はファッジ大臣に会うことになっていた。ハリーによるとシリウスがホグズミードの外で彼と会う約束を取り付けたらしいが、僕は一緒に行こうという誘いを断らざるを得なかった。大臣から、ここ最近魔法界全体で何か怪しげな動きがないか情報を仕入れておきたかったのだ。ここ最近別の件に気を取られていたが、ポツポツと胸中の不穏さは増していた。

 

 学校の中で気掛かりな動きをしていたのはカルカロフだった。彼は魔法薬学の授業中にいきなり教室に入ってきて、スネイプ教授に話したいことがあるとその後ずっと教室の中にいたのだ。ハリーも気になったのかアルマジロの胆汁を盛大にひっくり返して掃除をするふりをして授業後に残っていたので、これ幸いと僕もそれを手伝った。

 息を殺して机の下に潜む僕らに気づかず、二人はヒソヒソと話していた。その中で、カルカロフはローブの左腕を捲り上げ、何かをスネイプ教授に見せつけたのだ。「こんなにはっきりしたのはあれ以来初めてだ」と言って。

 

 確証はなかったが、僕はそれが何かに心当たりがあった。「闇の印」だ。闇の帝王が健在だった時、その配下に刻ませたという刺青。僕はこれの実在を疑っていた。

 そんな分かりやすいマークがあるのなら魔法省が死喰い人全員を──いや、少なくとも省内の死喰い人をしょっぴけなかった理由がわからない。それに、腕捲りをほとんどしないタイプだとはいえ、父の腕にそんなものを見た記憶もなかった。前回の大戦後、死喰い人か怪しい闇の帝王シンパがそれを模した刺青をしていた件で逮捕された事件は知っていたが、逆にそれがただの噂である可能性を高めていた。

 もし、カルカロフの言葉が「闇の印」を指しているのであれば、それは闇の帝王が弱体化すると目に見えないほど薄れ、逆に力を取り戻せば濃くなるものだったということだろう。これは危険な兆候だ。僕の知らないところで、僕の知らない方法で闇の帝王は着実に復活しつつある、その証左なのだから。

 

 もしかしたら、今回のハリーの「炎のゴブレット」事件は囮に過ぎないのかも知れない。今年一年ダンブルドアをハリーから目を離し辛い状況に置くことで、彼の手の届かないところで復活を果たすのが闇の帝王の目的であると否定はできない。だとすれば事態はホグワーツに縛られている人間の手を完璧に離れてしまっている。僕にできることと言えば、ファッジ大臣の機嫌を損ねたり、誰かに闇の帝王に敵対していると悟られないように警戒を促すことくらいだった。

 

 

 

 いつものように「三本の箒」で僕はファッジ大臣と待ち合わせた。もうスキーターを気にする必要は無くなったが、彼と会っていることが不特定多数に知られていることに懸念を感じざるを得ない。大臣もダンブルドアの膝下で生徒を抱き込んでいることに不安を覚えたらしく、今回は上階の個室で話し合いを行うことになった。

 指導要領の修正自体は概ねスムーズに終わった。これが理事会とダンブルドアの承認を得られれば、いよいよ来年は試験的導入の段になる。ファッジ大臣もダンブルドアを小突く手段としてこれを随分気に入ってくれた。これからダンブルドアと大臣の敵対が決定的になることがあっても、むしろ推進派の立場をとってくれるだろう。

 

 作業が終わって雑談が始まる。僕はスキーターのことを足掛かりに、ファッジ大臣に色々吹き込んでおきたいことがあった。

 「編集長は今回の件で大臣に恩を感じているようです。今こそ、教育改革について大々的に記事にしてもらうのも良いかも知れませんね」

 「そうだな。全く、編集長を抱きこむなんて、君は本当にルシウスの息子だ。お父上も鼻が高いだろう」

 「ありがとうございます。今回の件でファッジ大臣、あなたの名声をより高める地盤ができたのは喜ばしいことです」

 大臣は満足げに笑っている。彼の気分を良くしておくことで、ここからの話にできるだけ抵抗感なく耳を傾けて欲しかった。

 

 僕は世間話だという態度を変えず、気軽さを装って彼に声をかけた。

 「大臣、あなたはダンブルドアをこのまま野放しになさるおつもりですか?」

 僕の言葉にファッジ大臣は苦笑し、手に持っていたラム酒を呷りながら指を振った。

 「君、それはあまりにも野心的すぎる言葉かも知れんぞ。彼が偉大だと言われるのにはそれなりの理由があるのだから」

 ここで怖気付いた様子が見えないのはありがたい。僕はそのままの調子で軽く話を続けた。

 「おっしゃる通りです。あの人は無駄に人気がありますから。僕が言いたいのはダンブルドアをホグワーツの校長から退任させるとか、そう言うことではないのです。

 ただ、世間に対してこの魔法界を率いているのはダンブルドアではなく、ファッジ大臣、あなただということを知らしめられればと思いまして」

 悪戯っぽい口調の言葉に、ファッジは興味深さを隠さずにこちらを見る。頼む、このままの雰囲気で行ってくれ。

 

 僕はそのまま、軽薄さと真剣さを丁寧に調整しながら話を続けた。

 「アルバス・ダンブルドアは確かに優れた魔法戦士です。その面で超えようとするのは難しいですし、あまり大きな意味がない。ダンブルドアを本当の意味で上回るために世間に示すべきなのは、あなたの正しさです」

 ファッジ大臣は顎に手を当てて少し考えているようだ。

 「ふうむ……そうかね? やはりグリンデルバルドとの決闘の威光は大きいと思うが」

 大臣の言葉に、僕は朗らかに笑った。

 「そうかも知れませんが、魔法大臣とは決闘が上手いから選ばれる職ではないでしょう? あなたの前任者のミリセント・バグノールドだって、自分の杖で何もかもを解決したわけではないのですから。

 魔法界全体にとってより良い未来を描き、そのために確実に策を講じられる者が真に大臣に相応しい」

 ファッジ大臣は元「魔法事故惨事部」所属で自分が武闘派ではなかったことを気にしている。僕に対し彼は満足げに笑ったが、肩をすくめて口を開いた。

 「そうかも知れんが、多くの魔法使いはそれを過小評価しているよ」

 

 僕はここで困ったような顔を作った。

 「僕から見れば、ファッジ大臣、あなたこそご自分を過小評価していらっしゃいます。

 ダンブルドアはこれ──この学習指導要領の価値を真に理解してくれているようには思えません。もしそうだったら、どうしてホグワーツはここまで旧態依然のままで数十年もの間彼の下にあったのでしょうか。

 でも、あなたは違う。未来ある子ども達にとって何が重要か、それを考えてくださっている。そこを広く知らしめられれば、世間の評価も変わるでしょうに」

 僕は単なるおしゃべりという姿勢を崩さなかったが、ファッジ大臣の顔には欲望と真剣さが現れていた。このまま、こちらの本気を悟られないまま、彼の思考を誘導したい。僕は内心で気合を入れて本題に入った。

 

 軽快な声色で、少しずつ話を進める。

 「指導要領だけじゃなく、他にも色々手はあります。

 例えば──去年、ダンブルドアが狼人間を雇用し、彼を結局一年で解雇したのはご存知ですよね。あれは彼の大きな過ちでした。そこからダンブルドアを上回るためにはどうすれば良いでしょう」

 ファッジ大臣はテーブルに少し体を乗り出し、少し考えて答えた。

 「……それを新聞社に大きく取り上げさせるのかね?」

 僕はニッコリ笑って頷く。もちろんそんな真似をさせるつもりはないが、できるだけ彼の思考に引っかかりを作りたくない。

 「それも良いですね。けれど、今そこまで大きくダンブルドアと敵対を露にするのは怖いですし、せっかくなので『あなたの方が上だ』という印象を作りたいですね。

 昨年草案ができた反人狼法を更に強化するのが一番手っ取り早いですが、最善ではないかも知れません。ダンブルドアの信奉者はそのような世間の爪弾きものが多いですから。彼らすら取り込み、あなたの正しさを知らしめたいところです」

 ファッジ大臣は僕の言葉を聞いて、聞き分けの良い大人が子供の夢を聞いているかのような表情を作った。

 「なるほど……しかし、人狼は人を傷つける。それを我々の中に迎え入れるのは危険すぎやしないかね」

 ムカつく野郎だ。まあ、無自覚の差別主義者なんてこんなものだろう。無批判に偏見を内面化し、迫害を振り撒く。それを根本的に解決しようという苦難に満ちた道より、簡単な排斥を選ぶのは人の世の常だ。

 僕は自分の気持ちを抑え込み、変わらず思いつきを言っているかのような態度を取り繕った。

 「おっしゃる通りですね。じゃあ……満月以外の彼らを利用し、満月になれば牙を抜く。それが最善だとは思われませんか? 僕の報告書をご覧になっていただいたのでお気づきになっているかも知れませんが──彼は教師の能力の面では一流でした」

 ファッジ大臣は記憶を少し遡っていた。今までの話し合いの中で意図的に三年目の授業の優れた点についてプレゼンをしていた──というか、実際彼は三人の教師の中では最も優れた人間だった──彼はそこに思い当たってくれたらしい。少し納得しかねる顔をしながらも、同意するように頷いてくれた。

 「ダンブルドアは中途半端でした。狼人間を制御しようとして、しかし失敗した。もっと良いやり方はいくらでもあったのに」

 「どんな方法を君は考えたのかね?」

 ダンブルドアを貶める言葉に、ファッジ大臣は話の続きを促してくれた。これ幸いと、僕は矢継ぎ早に案を出して行く。

 「例えば、脱狼薬の頒布と服薬の徹底管理。これは根本的に狼人間を救済する措置になりますね。でも、今の民意はそれを受け入れないでしょう。危険生物を抑制するためにお金をかけたい人間などごく一部です。それではあなたの得にならない。

 ですから、管理の面で制度を作るのが一番穏当でしょう。人狼にその病状を登録させ、満月の際は自らを収容する義務を課す。勿論メリットがなければ人狼自身は制度に旨みを感じないでしょうから、代わりに雇用の機会を約束する。今の人狼は食うに困っているものも多いでしょうから」

 ファッジ大臣は後者の意見に引っかかったようだ。相変わらずこちらを侮ったような表情を浮かべ、チッチッと指を振る。

 「しかし、狼人間を雇いたいと思う人間などはおらんよ。やっぱり彼らは危険なのだから」

 事実であっても、僕の逆鱗に触れるような台詞をポンポン吐かないでほしい。こちらが軽薄な態度で喋っているのにも問題はあるだろうが、多くの人間の人生を軽く見ていることには失望せざるをえない。

 それでも僕は自分を卑下し、ファッジを心地よく話を聞くように仕向けることを意識した。

 「ああ、おっしゃる通りですね……僕は視野が狭くていけません。

 そうだな……仕事はダンブルドアに探させてはいかがでしょう? 彼は善人を装っていますから、断ることはできないはずです。それを公にしなければ手柄はそのままあなたのものだ。

 他には、満月の夜規定の場所にいなければ『失神の呪文』がかけられるような道具を作るとかはどうですか? それか、その日の朝のうちに出頭させ、それを守れなければ即アズカバン行きでもいい。これがあれば、狼人間が恐れる身分の公表も避けられると打ち出すことができるかも知れません。守れなければ身分が公表されるという抑止力になるでしょう。

 職については、煙突飛行ネットワークをはじめとして遠隔で仕事ができる方法は色々ありますから、それを活用させてはいかがでしょうか」

 ファッジは先ほどまでの侮った態度を少し無くし、顎に手を当てて考え始めた。手応えを感じ、僕はそのまま話を続ける。

 「人狼にメリットを提供できることこそ、ダンブルドアに対して我々の優位な点です。彼は短絡的に人狼を切り捨てましたが、我々は違う。狼人間の教授のように、有用なものは有用に使うことができます。

 スキーターのペティグリューに関する記事を読まれましたか? ダンブルドアは彼を頼った人間の中でペティグリューを軽んじていたかも知れないと。まさにダンブルドアの限界が現れているようではありませんか。彼は傲慢に自分の正義を信じ、それについていけない寄る辺のない人間を見限ることに躊躇がない。

 あなたは違う。あなたなら、ダンブルドアが切り捨てた人間に手を差し伸べ、支持を得ることができる」

 ファッジ大臣の目には野心が宿り始めていた。しかし彼はまだ踏ん切りがついた様子ではない。予想の範囲だ。ここで彼を説得できるなんて、初めから考えちゃいない。だから僕は、できるだけ後につながるように次の言葉を続けた。

 「尤も、これは現実を知らない一学生の意見に過ぎません。賭けになる部分は大きいですし、現実の運用には問題が多すぎるでしょう。理解者は得られ辛いし、法整備までの根回しだって困難です。

 だから……もし、ダンブルドアに対抗して、彼が切り捨ててきたものに手を差し伸べ正しさを示そうと思うのなら、僕にお声がけください。狼人間の話でなくても、喜んでお手伝いしましょう」

 最後だけ、僕は雑談ではなく、真摯な提案の口調でファッジ大臣に告げた。

 「……そうだな。君の視点は色々と面白い。もしかしたら、また意見をもらうかも知れんな」

 そう言ってファッジ大臣は顔を上げ、ニッコリと僕に笑いかけた。

 

 

 

 僕の語った「新人狼法」がファッジ大臣によって議会に提言されることはなかった。しかし、彼は「登録率の改善」を掲げ、人狼の登録制度に一定の給付金をつける法案を提出した。後に可決された案の給付金の量は微々たるものだったが、今まで存在していた「反人狼法」は「人狼管理法」に名称を変えた。

 名前が変わったところで、実情は今すぐ変化しない。登録名簿は排斥の道具として使われ、人狼は自らの病状と迫害、困窮に苦しめられている。現実を表していないという点で、もっと悍ましい事態を作ってしまったかも知れない。それでも「管理」という大義名分に基づけば人狼の状況を改善できる道筋は見えた。

 

 闇の帝王が復活しつつある今、僕がその道を切り開くことはできないかも知れない。だから、理解され辛い「正義」ではなくダンブルドアを上回れるかも知れない、よりよく管理できれば効率的に人材を運用できるかも知れない、という「得」をファッジ大臣に示した。

 叶うことなら、人狼だけでなく全ての迫害されている人々が闇に誘い込まれるような可能性を断ちたい。しかし、今の僕にできることは少なかった。

 

 

 


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