音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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バーテミウス・クラウチ

 

 

 

 毎年のことではあるが、三月から五月はあまり大きなイベントが起きない。この空いた期間こそ学期末に向けて情報を収集して真相を探るべきだが……やはり例年通り、推理のための手がかりは不足していた。

 

 

 ホグズミードでシリウスに会ったハリー達は、帰ってきていろいろなことを話してくれた。あいにく、シリウスが三人組に語ったことの多くは既知のものだった。けれど、一つ引っかかる論点がある。シリウスはバーテミウス・クラウチがクィディッチ・ワールドカップの観戦に来なかったり、三大魔法学校対抗試合に出て来なくなったことを不審に思っているらしい。

 

 これは僕がクラウチ氏に対して抱いた印象とは、少し違っていた。ファッジ大臣やバグマン、あと僕の父といった、ここ十数年のクラウチ氏を知っている人間も、確かにここ最近の彼の不在について違和感を覚えていた。しかし、ワールドカップの観戦については誰も気にかけた様子がない。彼はずっと仕事で忙しくしていたようだし、知人たちの理解も概ねそれで一致していたように見えた。

 もしシリウスの違和感が実際に事件を嗅ぎつけているなら、あの時を機にクラウチ氏は何かに巻き込まれ始めた、ないし彼自身が事件を起こし始めた可能性がある。だが、その後も彼は体調を崩しながらも人前に──ダンブルドアの前に姿を現している。十一月の第一の課題にも来ていたし、そこまではまともに仕事をしていた。いよいよ彼が人前に出なくなったのは十二月からだ。

 始めは彼を病気にして、その後連絡が取れないようにする理由とは何だろう。当初は利用できていたが、徐々にそうではなくなったとか? その場合、制御不能に陥った理由として、服従の呪文の使用が考えられる。……けれど、クラウチ氏なんてとても目立ち、魔法使いとしても優れている人間にそれを行う理由に見当がつかない。ワールドカップや対抗試合に何かを仕込みたいのであれば、それこそバグマンの方が操りやすい人物だっただろう。

 裏では何か、この非合理を説明する出来事が起きていたのかも知れない。しかし、それを推測するに足る情報はなかった。

 

 強いて言うならウィンキーを解雇したことによって家のことに手が回らなくなった……というのが常識的な推測だ。だが、この疑惑が物語の根幹に関わっているのなら、間違いなくそんな牧歌的な理由ではない。懸念がある一方で、本当にクラウチ氏が事の真相にかかわる人間なのか、確証が得られていないのが辛いところだ。

 

 今年ホグワーツに新たにやってきた人間は、子どもを除けばマダム・マクシーム、カルカロフ、クラウチ氏、バグマン氏、ムーディ教授だ。

 マダム・マクシームは半巨人であることを隠している点以外は問題なし。カルカロフは復活しつつある闇の帝王に怯えている、で説明がついてしまう。バグマンは妙にコソコソしているので、本当に影で何かやっているのかと思った。探りを入れてみたところ、どうやら双子以外からも借金を抱えているらしく、それで取り立てにあっている、と言う話だった。ムーディ教授は生徒に闇の魔法に対抗する手段を過激に叩き込もうとする以外は何もしていない。彼はハリーに「「闇祓い」に向いている」というアドバイスまでしたらしいし、そもそもこの人に異常があればダンブルドアがすぐ気付くだろう。

 

 誰がハリーを代表選手に仕立て上げたのか。その目的は何か。闇の帝王は徐々に力を取り戻しているらしいが、それはこのままホグワーツに関係なく進行するのか。そして、それらに不審な動きを見せるクラウチ氏がどう関わっているのか、いないのか。

 この四年間の中で最も推理の進歩がないまま、僕は五月も末を迎えようとしていた。

 

 第三の課題に向けて、ハリーはいろいろな呪文を練習しているらしい。らしいという伝聞調なのは、僕が直接彼を指導しなくなり、口で状況を聞くだけになったからだ。主にロンとハーマイオニー、たまにスリザリン生も加わって、空いた時間で変身術の教室を貸してもらい訓練を行っているようだった。彼曰く、「最後くらい自分一人でやってみたい」らしい。反抗心ではなく、成長したところを見せたいという意図らしいが……僕以外は良いのは何でなんだ。

 それに、本当に大丈夫なんだろうか。一応僕が手を回せない時のために指導法や練習法について以前には教えたが……六月末にある課題は、今までのことを考えてみれば間違いなく危険なものになる。今回はホグワーツの外に本題がある可能性は捨てきれないが、それでハリーの守りを強化しなくて良いことにはならない。彼が自力で色々しようとしているのは喜ばしいことだったが、心中の懸念は募っていった。

 

 

 

 そんな中、事件は僕の目の届かないところで起きてしまった。金曜日の放課後、僕は三人組によって空き教室に連れ出され、そこで昨夜ハリーが遭遇した事件について教えられた。クラウチ氏が禁じられた森に心神喪失状態で現れて、ダンブルドアをハリーが呼びに行っている間に、失神したクラムを残して何処かへと消えたというのだ。僕が確証を得られずダラダラしている間に、決定的な出来事が起きてしまった。シリウスの勘は正しかった。やはり、クラウチ氏は何か鍵を握っていたのだ。

 

 僕はハリーからクラウチ氏の様子をできるだけ詳細に聞き出した。

 彼は浮浪者のような風体で、髪や髭は伸びっぱなし。顔も傷だらけで服もボロボロだったらしい。おまけに話している内容もおかしかった。幻想の中で日常を送る状態と悔悟に喘ぐ状態とを目まぐるしく切り替えた。日常ではパーシー・ウィーズリー──クラウチ氏はウェーザビーと呼んでいたらしいが──に対抗試合の留学生たちのことについて語りかけたり、その十年以上前に死んだ息子の成績を同僚に自慢していたりしたそうだ。

 もう一方では、ダンブルドアに何かを警告しようとしていた。逃げてきたと語り、バーサ・ジョーキンズと息子が死んだのは自分のせいだと嘆き、最後に闇の帝王がより強くなってきたと告げた。

 ハリーがダンブルドアを連れてきたときには彼は影も形もなく、気絶したクラムだけが地面に倒れていた。

 

 僕は座っていた席から身を乗り出し、更にハリーにいろいろなことを聞こうとした。今までみたいにノロノロしていて情報を取り逃がしてなるものか。

 「クラウチ氏の髪や髭はどのくらい伸びていた? 服はどれくらいボロボロだった?」

 ハリーは僕の必死さに目を丸くしながらも、記憶を掘り返し始めた。

 「髪は……なんて言ったら良いかな、首あたりの毛が首の根本ぐらいまで垂れてた気がする。服はすっごく汚れてて……膝に穴が空いてたな。でもなんで?」

 彼に返事しながら、僕は自分の思考をまとめ始める。

 「髪や髭は彼がどれだけの間自分の身の周りのことができなかったか表している。服は、彼がどれだけ外を放浪していたかだね。頭髪から考えればクラウチ氏はそれこそクリスマスのあたりぐらいから自分の髭も整えられない環境にいたと見て良いだろう。その割に服は形をしっかり残している。魔法を使えるような状態でもなさそうなのに。これは彼がそれなりに最近その状況から脱したことを示している。そこから逃げてきた……杖もなく。

 しかも、彼は少なくとも書面でその状況を悟らせなかった。パーシー・ウィーズリーは筆跡もクラウチ氏のものだと言っていたんだろう? しかも彼の精神状態は────」

 僕が続きを話そうとしたところで、閉めたはずのドアが突然音を立てて開いた。

 「お前たち、ここで何をしている」

 そこに仁王立ちして、こちらを眉を顰めて見ていたのはムーディ教授だった。なるほど、彼の目でこの教室を見抜いたのか。いや、そもそも話を聞くのに必死なあまり、防音呪文を掛け忘れていた。僕は自分の迂闊さに内心冷や汗を垂らす。闇の帝王が復活しつつある状況で、それを嗅ぎ回る存在はどちらの陣営からしても怪しい。致命的な事態に陥らないためにも、今後は本当に気をつけよう。

 ムーディ教授はいつものように足を引きずりながら教室に踏み入り、僕らの顔をジロリと見渡した。

 「ポッター、お前は犯人探しではなく、第三の課題に集中しろと言ったはずだ。魔法省の手に任せるのが最善だ。

 ……マルフォイ、お前は『闇の魔術に対する防衛術』の教室に来い。指導要領について話したいことがある」

 元闇祓いの彼は昨夜の事件について捜索に加わったのだろう。そこでハリーに危ない真似をするなと釘を刺していたらしい。

 指導要領はもう完成して僕の手を離れているし、明らかに別の用事であることを彼は暗に示していた。ムーディ教授の突然の襲来に驚く三人組を残し、僕は空き教室を後にした。

 

 

 

 授業後の教室はガランとしていた。教授は僕を椅子に座らせ、自分もその前に椅子を置いて話し合いの姿勢を取る。案の定彼はなんの書類も出そうとはしなかった。

 単刀直入に彼は話し始めた。

 「さっきポッターにペラペラと推理を話していたな」

 やはりそこを怒られるのだろう。尤も、ハリーが猪のように向かっていく先を示しかねないような推測はまだ立っていなかったのだが。弁明する気にはなれず、僕は真面目に教授に対して答えた。

 「はい。……彼が危険なことに首を突っ込みやすいタイプだと忘れていました」

 ムーディ教授は頷くと、椅子にしっかりと座り直した。

 「そうだな。……で?」

 それで言いたいことは終わりなのだが。僕はムーディ教授の意図を読めず、目を瞬かせた。

 「……何でしょうか?」

 少しの沈黙を破っておずおずと問いを返した僕に、彼はフンと笑って口を開いた。

 「推理の続きを話してみろ。……お前は洞察力が優れている。子どもにしてはだがな。闇祓いとして見どころがあるかも知れん」

 死喰い人の息子が? ほんの一瞬、笑い出しそうになってしまった。確かに彼とは指導要領作成を通してそれなりに親しくなっていたが、そこまで考えられていたとは思わなかった。この人は常に不機嫌そうなので、感情の起伏が読みづらいのだ。

 そりゃあ信用してもらえているのは嬉しいが……僕の立場を利用して、中途半端に光側に知られる形でスパイのような真似をやらされてはたまらない。もちろん、ダンブルドアだけが知る形なら全くやぶさかではない。しかし、拷問されても閉心術をきっちりできるとは限らない不特定多数に、内情を明らかにするのは論外だ。僕は闇側で信用を持っておく必要がある。ムーディ教授に光側だと悟られ過ぎれば、引き込まれる可能性があったようだ。これは思わぬ落とし穴だ。

 僕は適度に好感度調整をするべく、注意して口を開いた。

 「分かりました。僕程度の考えが助けになるかは分かりませんが……」

 「謙遜はいい。で、お前は何を考えていたんだ」

 

 静かな教室の中、僕は先ほどのハリーの発言を思い出しながら思考をまとめた。

 「確か……クラウチ氏の精神状態は時系列の混同した日常と、恐慌状態に陥った現実とに分かれているように思います。そこに十二月以降も彼が『書面では』自らの通常のパーソナリティを演じることができたという事実を加味して考えれば……

 彼は強力な『服従の呪文』によって精神を縛られている状態にあった。その呪文はかけられた当初、彼を表舞台に立たせていても問題ないレベルに強く屈服させていた。しかし、おそらく十二月頃からそうではなくなった。……どうでしょう? そう考えられませんか?」

 僕の言葉に、ムーディ教授は深く頷いた。

 「そうだろうな。精神の混濁は強力な『服従の呪文』の後遺症だろう。それで?」

 まだ話させるか。ムーディ教授は僕の推理全てを聞くまで話を終わらせるつもりはないようだった。正直少し怖いが、こちらとしてもダンブルドアの代わりにこの人に考えを聞いておいてもらうのは悪くない。

 

 僕はそのまま考えを巡らせた。

 「それでも術者は彼を殺さなかった……発覚を恐れたのでしょうか。でも、口封じは彼を殺してしまってもできますよね。それこそ制御不能になった段階で。

 彼が死んで、不在が隠せなくなったら困ること……様々な外交関係が考えられますが、一番大きいのはやはり対抗試合ですかね。クラウチ氏が今最も大きく関与しているイベントでしょう。その主催の一人が本当に行方不明になってしまうことは避けたかった。今の状況を見ると、それで対抗試合が打ち切られていたようにも思えませんが」

 「闇の帝王が姿を消した後、連中はできるだけことを荒立てないように動いておる。クィディッチ・ワールドカップの件はあったが……お前なら内情は分かっているのだろう? あそこで火遊びをする愚か者どもが、こんな計画に関わっているとは考えられん」

 彼の言葉に僕は思わず苦笑を返す。そうだ。あれは父をはじめとした裏切り者たちの独断専行で、父は二年目のように事態を派手にすることに躊躇いがない。もとより権力を持っているから、ここまで迂遠な手も必要ない。もちろん「忠義者」の件は解決していないが、闇の帝王自身はダンブルドアを恐れ潜んでいるのが常だろう。

 

 ムーディ教授に促され、僕は更に話を続けた。

 「そして恐慌状態の時には……ダンブルドアに何か警告しようとしていた。『服従の呪文』の術者の正体はその中の一つでしょうね。そして……失踪したバーサ・ジョーキンズはすでに死んでおり、彼の息子の死と合わせて、それはクラウチ氏自身の責任だと、彼は考えていた……」

 ここにきて、ムーディ教授は初めて引っ掛かりを覚えたようだ。彼は俯き加減の顔をあげ、片眉を上げた。

 「クラウチがそんなことを言ったのか?」全く信じていないとばかりの口調だ。僕は内心怪訝に思いながら、質問を返した。

 「ハリーはそう言ってましたけど……そんなにおかしいことですか?」

 首を傾げる僕に、教授はハッと笑って肩をすくめる。

 「バーサについては推測できる範囲が大きすぎる。部署内でバーサの責任を負っていた部分もあるだろう。しかし、こと息子については、クラウチは責任感を見せるような人間ではなかった」

 「……考えを改めた可能性は残っているのでは?」

 僕の言葉に、ムーディ教授はそれでも納得しかねているようだった。

 

 

 「そうだな、プロファイリングの練習だ。お前から見てバーテミウス・クラウチはどんな人間だ?」

 彼は顎に手を当て、こちらを窺った。だから、闇祓いの道に僕を進ませようとしないで欲しい。僕は困った顔を作って彼に答えた。

 「先ほどお話しした推理が当たっていれば、僕が直接見たクラウチ氏はほとんど服従の呪文下の状態だったのですが……」

 「それでも他のところについて全く知らんわけではないだろう。やってみろ」

 これ以上ムーディ教授に闇祓いを推されたくない。それでも、この辺りの推論はしっかり練っておきたい。僕は後で闇よりのアピールをしようと心に決め、今まで知り得たクラウチ氏の特徴を脳内で整理し始めた。

 

 

 「……まず、世間一般で知られている点、クラウチ氏の能力から考えてみます。

 彼は多くの外国語を習得していたそうです。言語は文法はともかく語彙は膨大な学習量が必要になりますから、記憶に関して才能があったか、並外れた勤勉さを持っていると言えます。

 それは彼の言動にも表れました。クィディッチ・ワールドカップで少し姿をお見かけした際、彼は完璧にマグルの格好を模倣していらっしゃいました。純血一族にあっては珍しいことです。職務に対する忠実さが窺えますし、言うまでもなく彼は規律に厳格です」

 途中までムーディ教授は静かに聞いていたが、最後のあたりで少し首を捻るような素振りを見せる。僕は彼の立場からその理由にすぐ思い当たった。方向を修正し、再び推測を続ける。

 「……いや、この言い方は適当ではないかも知れませんね。クラウチ氏はかつて死喰い人を排除するためには『禁じられた呪い』の使用も許可しました。ルールそのものを徹底的に重んじているとは言い難いでしょう。

 ここから窺えるのは彼の理想に対する執着です。多くの場合『規範』は彼にとって理想であり、それに従うことに価値があると考えてはいたのでしょうが、現実のルールが理想を体現してないと考えれば、彼はそれを曲げることを良しとした……そう考えられるかも知れません」

 教授は今度の仮説にはしっかりと頷いた。

 「そうだな。……わしは死喰い人であろうと、殺さずに済む場合は生かした。奴は違う」

 彼の同意に乗り、僕はさらに言葉を紡いだ。

 「であれば……クラウチ氏はルールではなく、自分の理想に忠実な人間と言えますね。だから、そこから外れる人間に容赦しない傾向があるように見えます」

 

 ムーディ教授は相槌を打って続きを促す。ここから先はかなり想像が入ってしまうのだが……それでも僕は話を続けた。

 「その執心の反動でしょうか、自分の視野の外にいる人間には頓着しない傾向にあります。例えば、パーシー・ウィーズリー。クラウチ氏は彼の父であるアーサー・ウィーズリー氏を間違いなくご存知でしょうが、その息子であるパーシーの苗字は覚えてすらいない。これはおかしいですよね?」

 「ああ。クラウチは魔法省の傍流……マグル贔屓のアーサー・ウィーズリーのことを内心見下しておるだろうし、自分の下に来た部下だって、自分の昇進につながらんのであれば軽んじるだろう」

 やはり長い間彼の部下だっただろう教授から見てもそうなのか。僕は自説の補強を得て、さらに推理を深めた。

 「彼らの関係性を知らないので憶測になりますが……パーシー・ウィーズリーは誰からも無視されるべき無能ではないはずです。彼は虚栄心の強い人間ではありますが、同時に抜きん出て勤勉でもありました。

 クラウチ氏にとって彼は数多くいる部下の一人でしょうが……逆に言えば、彼は同じ部長格の子息であっても、自分に大きな益のない人間の価値を認めていないことになります。外交面で大きく問題を起こした話は聞いていないので、会う人全員にそんな態度だったわけではないでしょう。自分の中の価値で人への態度を大きく変える人間であると言えますね。無価値なものは、彼の中で認識しなくて良い存在。そういう認識を抱えた人物と推測できます」

 僕の話を聞いてムーディ教授は頷き、今度は質問を返してきた。

 「それで、奴の息子についてはどうだ?」

 「どうと言いますと?」

 「奴は息子のことを自分の責任だと言っていたんだろう?」

  曖昧な問いに首を傾げる僕に、彼はさらに質問を重ねた。

 「言葉通りの可能性もあると思いますが……そうですね、まずクラウチ氏と御子息のことについて整理してみてもいいですか?」

 今回の件からは脱線している僕の提案に、ムーディ教授は少し間を置いて頷いた。

 

 

 僕は再び自分の記憶を掘り返した。

 「バーテミウス・クラウチ・ジュニアはとても成績が良い子どもだったそうですね。それをクラウチ氏は他人に自慢していたとハリーは言っていました。パーシーの話と同様、日常の仕事場での彼のあり方はそうだったのでしょう。

 ……では、家の中ではどうだったのでしょう? 外と同じく息子のことを褒めていた? 本当にそうかも知れませんが、僕はもう少し違う像を考えています」

 僕の言葉に、ムーディ教授は頷くこともなくじっとこちらを見つめる。……死喰い人の話だし、こちらの思想を試しているのだろうか? 僕は少し闇寄りに自分の立場を設定し直して話を続けた。

 

 「彼のような有能で、自分と規律を同化させている人間が『自分の息子』という自身が責任を負うべきものに対してどう振る舞うのか。おそらく、彼の要望──そうですね、良好な成績、品行方正な態度を当たり前のものとして求め、それに応えられなければ無価値な人間だと教え込むでしょう。それが子どものためだと思って。

 では、その要望に完璧に応えたらどうなるのか? ……僕は、息子に報いとなるほどの何かを彼が与えたとは思えません。それは『当然』なのですから。最悪、その程度でつけ上がるなとすら言ったかも知れません」

 「……容易に想像できるな」

 やはり部下から見てもそう言うところのある人間だったのか。クラウチ氏の要求する水準は高そうだし、ムーディ教授も苦労したことがあるのかも知れない。

 僕は更に推理を続けた。

 「一方、彼は外ではそんな態度を取らない。あたかも息子が誇りであるように振る舞い、息子は立派だと言う。実際、息子さんが『立派』に成長して、内外にそういう態度になったのかも知れませんね。しかし、それは人格否定によってできた心の穴を完璧に埋めはしない。息子は父親が自分を愛しているのか……いや、父親が自分を無価値だと思っているかどうか確かめる機会なく、大人になった」

 

 一度言葉を切ると、再び黙り込んでいたムーディ教授は視線で先を促した。……意外なほど死喰い人の過去に関する僕の適当な想像を真面目に聞いてくれている。やはり、教授はクラウチ氏より遥かに慈悲深いと言うことなのだろうか。

 僕は彼の求めるままに言葉を紡ぎ続けた。

 「クラウチ・ジュニアが父親の部下であるロングボトム夫妻の襲撃に加わったのは偶然でしょうか? 彼以外は……僕の伯母もいましたね。記憶の限り、会ったことはないですが……つまり、レストレンジ達は彼よりずっと年上の血縁同士でした。その中に、一人年若いバーテミウスが居たのには意味があるように思います。

 あの事件について、裁判記録を見たことがあります。バーテミウスは罪を認めず、泣いて両親に助けを請うたそうです。これは偽証だろうと判断されたのですが……彼が実際手を下していたのだとすれば──彼自身気づいていたかどうか分かりませんが──そのきっかけの一部は父子関係にあったかも知れない。父の部下を害するなんて、息子についてどう思っているのか確かめる絶好のタイミングだとは思いませんか?」

 「……それで、奴はちょっと誘われた程度で気軽にロングボトム達を拷問するのに手を貸したと?」

 ムーディ教授は低い声で唸るように問いかけた。同僚を廃人にされた彼からしたら嬉しい推測ではないだろう。しかし、僕の「闇祓いへの向いてなさ」を示すにはちょうどいいのかも知れない。

 僕は僅かに首を振り、話を続けた。

 「彼が実際どれほど死喰い人と親しくしていたかは知りようがありません。もしかしたら、本当に『やらされた』だけだったかも知れないし、深く闇の帝王を信奉していたかも知れない。

ただ、とにかくクラウチ氏は息子に裁判の場で突き付けたわけです。お前は……無価値だと」

 死喰い人に同情的な言葉に、ムーディ教授は眉根に皺を寄せて黙り込んだ。機嫌の良い兆候ではないが、今の場面においてはこれくらいでちょうど良いだろう。

 僕は話を切り上げるために次の言葉を紡いだ。

 「クラウチ氏が自省する機会を得たのなら、その結論を自ら導いたかも知れません。そうすれば『自分の責任』という言葉は違和感がない。バーサ・ジョーキンズはあまり好かれる魔女ではなかったそうですし、息子同様『無価値』と判断して再び誤った道を選んだと考えた可能性があります」

 

 しばらく間が空き、ムーディ教授は深く息を吐いた。

 「……お前は死喰い人に甘すぎるな」

 そう思っていただけて何よりだ。頼むから闇祓いの勧誘は諦めてくれ。……それに、実際僕は死喰い人に甘い。ムーディ教授のような人間は世界に必要だと思うが、僕と彼の道は交わらないだろう。

 僕は少し微笑み、彼に言葉を返した。

 「そうかも知れませんが……もし僕の推測が当たっていれば、誰かバーテミウス・クラウチ・ジュニアに『お前の父親は親失格のクソ野郎だし、お前は無価値なんかじゃない』って言う人間がいたら、もう少し何か変わったかも知れないと思われませんか? その人間がそばにいなかったのは彼の責任ではない」

 「……お前は奴を無価値じゃないと思うのか? わしの同僚を二度と子供の顔もわからないようにした人間を」

 ムーディ教授は僕の目をじっと見つめていった。彼の目には、珍しく悲しみや痛みのような色が僅かにうかがえた。いつ見ても、善良な人々から向けられる失望の視線は胸にくる。「お前はそこまで分かっていながら、こちらに来ないのだな」と言う視線だ。

 

 それでも、伝説の闇祓いアラスター・ムーディに慈悲の可能性を変わらず残していて欲しい。僕はその祈りを込めて口を開いた。

 「彼の犯した罪は許されるものではありません。ただ、直接会ったわけじゃないですが……十二科目もO.W.L.をパスするくらいですから、勤勉で、父の期待に応える責任感を持った人間だったはずです。

 ……僕なんて、今の段階でもう十科目も授業を取ってないですしね」

 雰囲気に耐えかねて最後の言葉を付け足した僕に、ムーディ教授は再びため息をついた。

 

 

 彼は態度を切り替え、椅子にしっかりと座り直して僕に問いかける。

 「……闇の帝王は力を取り戻しつつあるとクラウチは言っていたらしいな。そうなったとき、お前はどうするんだ。お前はポッターと親しいのだろう。裏切るのか?」

 いつか誰かに聞かれる日が来るだろうと思っていたが、来るべき未来を思い出させる質問は僕の胸を抉った。

 内心を殺し、僕は今の状況にあった言葉を口から吐き出した。

 「……ハリーにはあなたやダンブルドアがついているでしょう? 僕は……クラウチ・ジュニアみたいな子のそばにいようと思います」

 言質とまではならない、取りたいように取れる曖昧な言葉だ。それでも、ムーディ教授はそれ以上追及してくることはなかった。

 

 「……もう夕食の時間になる。さっさと大広間へ行け。それと……もう少し慎重に行動しろ。『油断大敵』だ」

 彼はそう言って椅子から立ち上がり、僕の肩をしっかりと叩いた。

 

 

 

 

 


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