音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
ムーディ教授に話した推理は中途半端なところで終わってしまった。結局、クラウチ氏が元部下のバーサ・ジョーキンズや息子の死を自分の責任だと捉えた理由はハッキリしない。
やはりアルバニアで消息を絶ったバーサは死んでしまっているようだが、彼女の口からクラウチ氏の何らかの情報が漏れた可能性はあっても、それを彼が負い目に感じるのは筋が通らない。彼女がクラウチ氏の下で働いていたのは彼女がアルバニアを訪れるずっと前だ。自分の下から放り出して魔法ゲーム・スポーツ部に移動させたことが原因かとも思ったが……彼はそんなにも責任感が強い人だったのだろうか? 伝え聞いた限りでは、バーサ・ジョーキンズは有能で上司に愛されるというタイプではなかった。
御子息のことについては……彼が闇側に堕ちる前に何か兆候があったとか? それを見逃したことを自覚したということだろうか。いや、そもそもクラウチ・ジュニアが死んだのは十年以上前のことだ。あの場でそれを引っ張り出してきたことには、それ自体に今回の事件の関わりがあった可能性を示している。
今分かっていることを整理すると……
元部下のバーサからクラウチ氏や対抗試合の情報を仕入れた闇の帝王は、ペティグリューの助けを借りて彼の下に向かい服従の呪文をかけ、ハリーを対抗試合に出場させた。その中でクラウチ氏が知りえたことの中に、息子に対する反省を促すものがあった。……というところだろうか。
だとすれば、今年の校内で「炎のゴブレット」以降なんの不穏な動きもなかったことに説明がついてしまう。そもそもクラウチ氏が退場した時点で、「ゴブレット」事件の犯人は消えていることになるのだから。
たかが囮如きのためにここまで派手なことをダンブルドアの膝下でやってのけたのは不自然だが……ハリーに全く関係ないところで闇の帝王が力を取り戻しつつあるのも、また事実だ。
しかし、そうすると今度は「忠義者」はどこにいったのだという疑問が出てくる。クラウチ氏が浮上してくるまでは暫定的に「炎のゴブレット」事件の第一容疑者だった男。例年に倣えば、彼はまさに今年の事件を導く存在だったはずだ。
「忠義者」こそがクラウチ氏の後悔の原因なのだろうか? かつてクラウチ・ジュニアを闇に引き込み、それなのにのうのうと牢の外で生きてきたが、ワールドカップという場で大きな花火を打ち上げた存在。それを闇の帝王はクラウチ氏を襲撃する前に回収し、一緒に彼の下へ向かった……そういうことだろうか? そして、クラウチ氏はその人物の正体を警告しようとしたと。
そう考えたときに、クラウチ氏を失踪させた人物の正体も大体見当がつく。彼を監禁していた場にいたであろう「忠義者」だ。禁じられた森やクィディッチ・ピッチは城の中より遥かに守りが薄いし、ダンブルドアの目を盗んで彼の下に行こうとしたクラウチ氏を捕獲するのは不可能ではないのかも知れない。
だとしたら、やはり第三の課題は危険だ。課題の舞台はクィディッチ・ピッチに急造された迷路らしいのだから。ダンブルドアは目を光らせているだろうが、クラウチ氏に対する蛮行を許している時点で万全というわけにはいかないだろう。
小説の登場人物としては仕方ないことかも知れないし、おそらく死かもっとひどい目に遭っているのに可哀想だとも思う。しかし、クラウチ氏にはもっと直球な手がかりを残して欲しかった。
あの話し合いの後も、ムーディ教授とはちょくちょく意見の交換をした。アルバニアに闇の帝王が潜んでいたことや、ペティグリューが闇の帝王のそばにいること、「忠義者」に関するメタ視線での推測などは僕の実情を把握されてしまう可能性があるため教える訳にはいかなかったが、まあ、それはダンブルドアが全て知っていることだ。ムーディ教授を通してダンブルドアに僕の意見が伝わればそれでいい。ムーディ教授もこちらの見解を真剣に聞いてくれているし、少しでもダンブルドアが真実に近づく手助けになれば良いのだが。
事件の推理だけがムーディ教授の用事ではなかった。ありがたくも迷惑なことに、彼は闇祓いの勧誘についても諦めていなかったのだ。僕はずっと明言せずに「闇側を離れる気はありませんよ」アピールをしていたので早々に見切りをつけられると考えていたのだが、その予想は大きく外れた。
彼は話し合いをした後、僕に探知呪文や防衛呪文を教えてくれるようになった。考えてみれば、守護霊の呪文や変身術は実践形式で先生方に教えてもらったことがあったが、防衛術を実際に使って個人的に誰かから教えてもらうのは初めてだ。しかも伝説の闇祓いは比類なく防衛術に長けている。
ムーディ教授の意図を顧みると複雑な心境にもなったが、このまたとない機会を僕は有効に活用させてもらった。
尤も、彼から学んだ探知呪文で怪しい人物を見つけられはしなかった。便利なものの中に「こちらを見ている人間がどこにいるか知らせる呪文」と言うのがあった。これのおかげで僕は人目につかずに行動することができるようになったが、その視線の全てが生徒や教師から向けられたものだった。知れたことといえば、アストリア・グリーングラスがものすごい頻度で僕を見ていることや、僕が見ていない時だけセドリック・ディゴリーがこちらを凝視していることぐらいだ。……勘弁してくれ。
アストリアはともかく、セドリックの僕に対する感情はいいものではないだろう。
第二の課題で真っ先にロンを陸に連れ戻した上、フラーの人質すら回収しにいったハリーはホグワーツ内で高い評価を受けるようになった。セドリックよりもだ。彼は泡頭呪文に加えて変身術も使って見せたのだから、泡頭呪文だけを使ったセドリックを上回ったと言う指摘を否定することはできない。特にグリフィンドール生は十一月のハッフルパフ生の態度をよく思っていなかったし、公に言うものまでは出ていないが彼らの態度はハリーの方が優れた代表選手だと告げていた。
スリザリン生の中にもそういう人間はいた。というか、ハリーの友人である四年生のスリザリン生が主にそうだった。彼らは一度「止めろ」と言えば自校の正式な代表選手を馬鹿にするような真似はやめてくれたが……軽率な真似はやめて欲しい。
チョウの件でセドリックに対する隔意を持っていたハリーだったが、この状況に対してはあまりよく思ってなかった。クリスマスから時間が経って頭が冷えていたのもあるし、ハリーには人に助けてもらって課題をクリアしている自覚があった。復讐感情ではなく自分の価値観に基づいて善悪の指針を見出せる彼は、やっぱり真のグリフィンドール生だ。
兎に角、セドリックは彼を今の状況に追い込んだ裏に僕がいると気付いているだろう。僕を嫌いになられるのは仕方ないが、今後のことを考えるならハリーやスリザリン生にまで悪感情を持って欲しくない。彼がハッフルパフのリーダーであり、優れた魔法使いであるのは疑いようがないのだから。折角グリフィンドールとレイブンクローとの仲は改善できたのだし、ここに来て下手したらグリフィンドールより悪から遠いハッフルパフを敵に回したくない。
悶々としながらもセドリックと話す機会などなく、日々は過ぎていった。
しかし、そのときは突然やってきた。
いつものようにムーディ教授の下で防衛術を教えてもらった教室の外で、僕は珍しく一人でいるセドリックと出くわした。ムーディ教授に用があったのだろうか? 夕日に照らされた廊下で、彼は僕を見て目を丸くしていた。
「やあ。こんな遅くに質問? 熱心だね」
いつもの優等生の表情を崩さずに微笑む彼に、僕は内心安堵する。表面的にでもにこやかにして貰えれば、こちらが食いつく隙ができてくれるからだ。
僕も親しげな様子を装い、セドリックに笑いかけた。
「ムーディ教授に、たまに勉強を教えていただいていて……でもやっぱり実践は難しいですね。机の上のことだけではどうにもなりませんから」
「君は実践が苦手なの? 意外だな」
セドリックは僕の言葉に肩をすくめる。ここまでは特に引っ掛かりなく行けている。もう少し……廊下なんかじゃなくて、落ち着いた場所で話をしたいものだ。ついでに、彼に不公平ではない程度に課題の援助もしたい。
僕は内心おっかなびっくりしながらも、セドリックに対して提案を投げかけた。
「あの、よければ……一緒に呪文の練習をしていただけませんか?」
彼は首を傾げ、少し眉根に皺を寄せる。
「……どうして?」
その声色には不可解さがありありと現れていた。
うっ。それはそうだ。全く仲のよくないスリザリン生の自主練に付き合う義理などない。思わず返事に詰まってしまったが、セドリックは少し考えると僕の言葉を待たずに頷いた。
「いや、分かった。いいよ。スプラウト先生に使ってもいい空き教室があるかどうか聞いてみるから」
流石ハッフルパフの優等生だ。元々の彼は誰にでも優しい人物である。僕は内心ガッツポーズを決めながら彼の後について階段を降った。
スプラウト先生に使っていいと言われた教室で、僕らはまず机を脇に退けてスペースを空けた。こちらに向き直り、セドリックは口を開く。
「……まず、決闘形式でやってみてもいい? 君の実力を知っておきたい」
……そんな本格的に練習するつもりはなかったのだが。そもそもいきなり互いに呪文を飛ばし合うなんて、教師が監督してくれている場でもないのに危険すぎるように思う。
「危なくないですか?」
僕の言葉に、セドリックは皮肉げに微笑んだ。
「君が? ……それとも、僕が?」
今のは失言だった。彼はこちらが彼を侮っているのではないかと考えてしまっただろう。
冷や汗をかいて黙り込む僕に対し、セドリックは緩く頭を振った。
「本気でやって欲しい。僕もこの一年間鍛え続けたよ」
なんでライバル対決みたいになっているんだ。呪文の練習という口実でセドリックを連れ出したのは完全に誤りだったかも知れない。僕は内心後悔しながら彼に対して頷いた。
「合図は二人で同時に一、二、三と言って、三で開始ということにしよう。いいかな?」
こちらの頷きを見て、セドリックは教室の反対側に立つ。僕も位置につき、お互いに杖を向けあった。
「一、二───」二人分の声が教室に響く。セドリックの顔には真剣さがありありと見て取れる。
「───三!」
決闘が始まるや否や、セドリックは素早く僕に対して何か呪文を飛ばしてきた。無言呪文だ。間一髪、直前でプロテゴが間に合ったが、彼の猛攻は止まらない。次々と高い威力で呪いを放ってきた。そのほとんどが無言呪文である以上、一発でも喰らうわけにはいかない。僕は防戦一方に追い込まれた。
セドリックの言葉があっても、僕はあまり本気で決闘する気はなかった。ここで彼に恥をかかせて頑なになられたらおしまいだからだ。しかし、その心配は全く無意味だった。────彼は強い。自分に気合を入れ直し、この場から攻勢に転じる策を練る。
少し単調になってきた呪文の一発をかわし、僕はできるだけ素早くポケットの中のいくつかの飴を蜂に変え、セドリックに突撃させた。小さい対象を一気に排除するため、彼は杖先から炎を吹き出させる。予想より簡単に対処されてしまった。それでも変身術のアイデアが尽きたわけではない。
彼が虫に拘っている間に、さらに寄せておいた机の一つをセント・バーナードに変え、セドリックの方へと突進させた。彼は足元に激突した大きな犬に一瞬よろける。その隙をついて、麻痺の呪文を無言で放ったが────セドリックは軽やかにその呪いをかわした。
これも無駄か! 一瞬次の策を練ろうとした隙を、セドリックは見逃さなかった。彼は足元にいた犬を勢いよくこちらに吹き飛ばす。空中で元の机に戻ったそれに向けた盾の呪文は間に合わなかった。机は強かに僕の顔を打ち、その勢いのまま僕は背中を地面に叩きつけられた。
クソ、痛いな……衝撃のせいで少し頭がクラクラする。すぐに起き上がれず呻く僕に、セドリックは慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ごめん! やりすぎた……大丈夫?」
彼は僕の体の上から机をどけながら眉を下げて声をかけてくる。心からこちらのことを心配しているようだった。まあ、決闘なんてしているんだからこの程度の怪我は最初から予想の範囲だろう。なんとか起き上がり、杖で鼻血を止めながら僕は返事を返す。
「だ、大丈夫……です。怪我は顔くらいなんで」
それでもセドリックは心配そうだった。
「本当にごめん、保健室に行こうか」
折角の機会をこの程度で切り上げられてはたまらない。まだ決闘の振り返りもしていないのに。僕はセドリックに対して強く首を振った。
「いや、本当に大丈夫です。
……やっぱり反射神経が段違いですね。シーカーだと特別に訓練したりするんですか?」
僕の言葉に、側にしゃがみ込んでいたセドリックは目を丸くする。
「特別というか、普段からスニッチを目で追っているだけだけど……」
それで反射神経の訓練になるのか? やっぱりシーカーなんてやってる人間はもともと敏速さを身につけているものなのだろうか。
お互い、全力の決闘だと肌で感じたのもあるだろう。教室に入ってきたときより、遥かに僕らの雰囲気はいい。
傍に寄せて置いた椅子に座り、僕は更にセドリックに質問を続けた。
「余裕がなくてプロテゴで弾くことしかできなかったんですが、無言で使ったのはほとんど種類が違う呪文でしたよね。何を使ったんですか?」
セドリックは少し照れた様子を見せながら答える。
「武装解除とか、麻痺とか、妨害とか……つまらないものばかりだよ」
謙遜しいだ。無言呪文を色々なバリエーションで使える時点で凄いのだが。僕は更に問いを重ねる。
「僕、まだステューピファイしかちゃんと無言で打てないんです。どうやって練習したらいいとかって何か……」
そこでようやく、僕はセドリックがなんとも言えない目で僕をじっと見ていることに気づいた。矢継ぎ早に質問しすぎただろうか。口を閉じて彼を見返すと彼はしばらく黙り込み、それからふっと笑った。
「君は……負けても全然悔しそうにしないんだね。人からどう思われるのか……君は気にしていないようだ」
全く予想していなかった言葉に、僕はどう返事すればいいか躊躇う。こちらの心境を知ってか知らずか、セドリックはそのまま話を続けた。
「ユール・ボールのときもそうだった。皆の前で同じ寮の子に断られても、君はがっかりするばかりだった。それで恥ずかしいとか、恥をかかせた女の子にも少しも怒ってなかったね。
その後、君の申し出を受けたパンジー・パーキンソンって子は君をいかにも情けない風に周囲に言いふらしてたけど……君はしょうがないって感じで止めようともしなかった」
こうして羅列されると、少し変わった人間のようにも見えるかも知れない。しかし、同級生の件はともかくパンジーについては事情があった。セドリックに言う訳にはいかないが。
「……そうでしたっけ?」
曖昧に言葉を濁す僕に、やっぱりセドリックは不可解さを目に滲ませて問いかける。
「君は恥をかくことや、人から失望されることが怖くないの?」
今、真剣な決闘を終えて彼は随分こちらに心を開いてくれているようだ。このいい雰囲気を壊したくない。僕は彼の問いに対し、できるだけ心から、誠実に答えを考えた。
「恥ずかしいのは嫌ではありますが……失望はそうですね。仕方ないのかな、と思います」
セドリックはやはり不思議そうに、しかし敵意は全く見せずに話を続ける。
「君は……人の期待に応えたいとは思わないのか?」
「全く思わないわけではないですが……以前もこんな話をしましたね。僕はやっぱり自分の目的を優先してしまう、根本的に自己中心的な人間なんです」
この言葉にセドリックは肩をすくめて少し笑った。和やかな空気の中、彼は再び少し考えて口を開く。
「いつでもそうなの? 例えば……君のお父さんが君に何か期待して、それが君の信条に反するものだった場合はどうするのかな」
胸に突き刺さる質問だった。もちろん、彼はこちらの事情を知らないだろうし、この「お父さん」とは彼の父のことなのだろう。それでも、腹を割って話した雰囲気のせいか、質問自体の鋭さのせいか、その推測を踏まえて話をすることはできなかった。
僕は何とか心を落ち着けようとしながら、口を開いた。
「できれば……父に僕の考えを分かって欲しいと思います。そのためにできることなら何でもするって……そう言えたらいいんですが」
セドリックは少し目を開いてこちらを見た。
「そうしてないの? 正直……思っていたのとはちょっと違うな。君は家族にだって説得を試みるタイプだと思っていた」
「そうですね。……でも、今までずっと決定的に言うことは出来ていないんです。本当は、彼のためを思うなら、彼に嫌がられても言わなきゃいけないことが沢山あったのに。それでも……僕は父に……嫌われたくなくて」
「……意外だな。君だったら、お父さんにだって嫌がられても仕方ないって言うのかと思っていた」
「そうですね……」
何で彼にこんなことを話してしまっているのだろう。全然関係ない人間なのに。
……いや、全然関係ない人間だからだろう。スリザリン生も、ハリーたちにも、ダンブルドアにも、マクゴナガル教授にもこんなことは言えない。彼らは僕を好ましく思ってくれているし、こんな事情を聞けば悲しませてしまうだけだ。それに、自分の弱さを彼らに知られたくなかった。
なんだ、僕も全然失望されるのは平気じゃないじゃないか。思わず自嘲的な笑みが溢れる。
セドリックの顔から視線を下げ、ぼんやりと思考を巡らせる僕に彼は優しく声をかけた。
「……ねえ、一度お父さんにそう言ってみたらどう? 嫌われたくないから言えなかったけど、お父さんのためを思って言ってるんだよって」
彼の無神経に聞こえる言葉に、少し胸が苦しくなる。僕は思わず考えなしに強い口調で返事をした
「あなたのお父さんはそういう人なんですか? 子どもに正しさを諭されて平気でいられる親なんて、ほとんどいないと思いますけど」
セドリックは怒らなかった。彼は少し心配を滲ませた目で、じっとこちらを見ていた。
「……そうかな? もし、君のことを本当に愛している親なんだったら……君のことを心から大事に思ってくれている人なんだったら、言うことを聞いてくれるんじゃないかな」
彼の言葉は人の善性を信じすぎているようにしか聞こえなかった。僕は弱々しさを抑えきれないまま言葉を返す。
「それで、本当に『そうじゃない』って分かったら……辛いじゃないですか」
彼は相変わらず誠実そのものの態度で言葉を返す。
「でも、そうじゃないんだったら辛く思う心も少しは救われるんじゃないかな。お父さんはそういう人だったってわかるんだから」
その言葉は残酷だった。僕は、多分父が「そういう人」だと判明しても彼を愛するのを止められない。その愛情が正しさに、そして父を本当の意味で救うことに何の役にも立たないことは重々分かっているのに。
僕は二年目に父をアズカバンに突っ込めただろう。今年のワールドカップについても、頑張れば証拠を出すことができただろう。それで父は闇側に手を貸さなくてよくなるかも知れないと分かっていながら、僕はそうしなかった。父を牢獄に突っ込む息子だと、彼に思われたくなかった。
心中で彼を残しておけば闇の帝王が戻った時に活かせるとか、純血一族のトップが捕まれば反発が起きて断絶が深まるだけだとか色々言い訳はしていた。しかし、結局はそこだ。父に嫌われたくなかった。心の底から僕の幸せを願っているように見える彼が、救えないほど愚かかも知れない可能性を確定させたくなかった。
遂に下を向いて黙り込んでしまった僕に、セドリックが気遣わしげな視線を投げかけているのを感じる。……ただ、もういいだろう。少なくとも、彼はこちらに隔意を持たなくなってくれたようだし、僕の目的は達成された。セドリックにもう寮に戻ろうと声をかけると、彼は気がかりな様子を見せながらも了承してくれた。
用事があると嘘をついて彼と一緒に地下に向かわなかった僕は、廊下でムーディ教授に捕まった。気がつけば日はすっかり落ちてしまっているし、フラフラ出歩いていたことを怒られるのだろうか。
僕の予想は外れた。彼はフーッとため息をつくと、首を振って口を開いた。
「マルフォイ……ディゴリーと決闘をしていたな? 危険な真似をするなと言ったはずだ」
「危険ですか? 七年生の優しい他寮の先輩に練習に付き合ってもらっただけなのですが……」
僕の言葉に彼はフンと笑う。
「ディゴリーがお前をよく思っていないことなど、側から見ていても分かる。奴がお前を言い逃れ出来ないほど傷付ければ、対抗試合の代表選手から引き摺り下ろされていただろう」
そこまで考えられていなかった。そうか、彼はそう言うことも視野に入れて僕らを監視していてくれたのか。僕は少し恥ずかしくなり、頭を下げた。
「すみません、ムーディ教授が見ていてくださったんですね。危険がないかどうか。だからいいとはなりませんが……ありがとうございます」
僕の言葉に彼は眉間の皺を深めた。呑気なセリフすぎただろうか。
しかし、彼はそれ以上僕を叱ることなく僕を連れてスリザリン寮へと歩き出した。
道すがら、ムーディ教授はこちらを見ないまま、いつもの唸るようなものではない口調で僕に語りかけた。
「……お前は父親に進言出来ていないのか」
彼が『何を』について言及しないでいてくれるのはありがたかった。僕は常のように立場を曖昧にしながら、しかし気持ちを持ち直せないままムーディ教授に答える。
「はい。厄介ですね、親子関係って。不合理だと心底分かっているのに、感情が追いついてくれなくて嫌になります」
「……それは、お前の責任ではない」
彼がそんなことを言うとは意外だった。いつもなら、しゃんとしろと檄を飛ばしてきたところだろう。僕が予想していたよりずっと、ムーディ教授は子供の心情を尊重する人だったようだ。
彼はそれ以上何も聞かないでくれた。寮の近くまで来ると僕の肩を優しく叩いた後、彼は踵を返してきた道を戻って行った。