音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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墓穴

 

 

 

 相変わらず推理に大した進捗もないまま、貴重な学期末の時間は飛ぶように過ぎていった。

 あれからハリーは一度闇の帝王に関する頭痛を伴う夢を見たらしい。占い学の授業で居眠りしたとき、それが原因で倒れてしまったそうだ。ハリーはシリウスの指示に従って、その直後にダンブルドアの元へ報告に向かった。前々から頼んでいたこともあり、僕にもその日の夜にその件について教えてくれた。

 夢の内容は、ペティグリューが何かヘマを犯し、それを闇の帝王が罰しながらナギニ──彼の愛蛇の餌にしてやろうかと脅すが、結局そうはせずにハリーが代わりに贄になるだろうと告げる、というものだった。

 

 闇の帝王がハリーを殺すのを諦めていないと分かったのは、彼の動向を予測する上で大きな収穫だ。しかし、その言いぶりは学期末の第三の課題と直接関係があるのか、それとも比喩的な話で、復活すれば真っ先にハリーを殺しに来るつもりだということなのか、決定打に欠けていた。僕にできるのは校内で手を回すことぐらいなので、結局ハリーの周辺を警戒するしかない……というのが結論だ。

 ハリーへの殺意以外のことについては、今までの推測に裏付けができた程度で、依然として「忠義者」の正体は判然としない。少なくとも、第三の課題に対して未だ気を抜けないのは変わらないことだが……何か起きそうな時間と場所は分かっているのに、そこで何が起きるのかはさっぱり分からないと言うのは歯痒いものだ。

 

 

 気がかりなのは第三の課題のことだけではなかった。

 クラウチ氏の失踪は予期せぬところで波紋を呼んでいた。部下が失踪したということで、ファッジ大臣がホグワーツに呼び出されたのだ。そこでダンブルドアと一悶着あったらしい。ファッジ大臣はこの件でハグリッドやマダム・マクシームといった半人間の可能性がある者たちに疑いの目を向け始め、当然ダンブルドアはそれに反発したそうだ。

 ファッジ大臣は悪意を持って人を害する人間ではない。しかし、標準的な純血の魔法使いたちと同様に根強い差別意識を脳味噌にこびりつかせているし、彼が「人」として扱うものの範囲は決して広くない。ハグリッドの出身が割れた後も全く解雇しようとする様子を見せなかったダンブルドアに対し、ファッジ大臣は心中で反感を募らせていたようだ。ダンブルドアは差別に対しては頑として反対の姿勢を示し、意見を聞く姿勢を見せないため、両者の立場は平行線を辿っていた。

 

 この経緯はファッジ大臣自身から知らされたことだ。ここ最近の彼からの手紙には、ダンブルドアに対する憤りがありありと表れていた。彼は来年試験運用が始まる「闇の魔術に対する防衛術」の学習指導要領を必須に押し上げようとしたのだが、それをダンブルドアがあくまで参考に留めたのも気に食わなかったらしい。僕は自分が彼に接近した理由である「反ダンブルドア」の立場を捨てられず、彼がダンブルドアをこき下ろすのを黙って見ていることしかできなかった。

 このまま闇の帝王が復活すれば、間違いなくファッジ大臣はダンブルドアの言うことに素直に耳を貸さないだろう。去年ダンブルドアが告げた予想が予言のように現実に現れつつあるのを見て、ファッジ大臣に失望を感じずにはいられない。しかし、彼の機嫌を損ねず諫言できる段階はとうに過ぎてしまったようだった。

 

 

 今年ほど自分の手の届く範囲の狭さを痛感したことはない。それでも、闇の帝王の意図を少しでも邪魔することが彼の復活を遠ざけると信じて手を尽くすしかないのだ。

 そのためにも、第三の課題の中に妙な穴がないかなんとしてでも調べたかったのだが、努力のほとんどが無駄足に終わった。先生方は皆今までにないくらい機密を徹底して守り、ハグリッドさえも僕の質問にぎゅっと口をつぐむ始末だった。そりゃあ、不正があったらいけないが……だったら第一の課題はなんであんなにガバガバだったんだ。ドラゴンの輸送に人手がかかりすぎたからか? 何にせよ、魔法界の情報規制はどうかしている。

 

 

 僕ががむしゃらに事に当たっている間、肝心のハリーは順調に準備を進められているようだった。出来栄えは見せてもらえはしなかったが、今までの中で一番自信があるようだ。課題と課題の間は今までで一番長く空いていたし、彼も真面目に訓練をしていた……らしい。やれるだけのことはやった、という感じなのだろう。

 もう一人のホグワーツ代表選手であるセドリックも、心なしかずっと落ち着いた様子で日々を過ごしている。二人で決闘、もとい訓練をしたあの日、大したことを僕は言えなかった。それでも、彼は彼なりに何か考えてくれたのかも知れない。代表選手に相応しい力量を持っているのは間違い無いのだから、是非頑張って課題に取り組んで、ついでに余裕があったらハリーを助けて欲しいものだ。

 

 僕自身もまた、学期末試験を受けなくてはいけなかった。しかし、この闇の帝王が復活しそうなときに他に割いている余裕などない。そもそも去年より遥かに暇で日常での勉強はしっかりと出来ていたし、試験前にバタバタしているようでは手遅れだ。空いた時間のほとんどは校外の様子を調べることに費やした。それでもなお、なんの手がかりも見つけられないまま、ついに六月二十四日はやって来た。

 

 

 

 数日に渡った試験も終わった放課後、僕はファッジ大臣に挨拶するべく玄関で彼を待っていた。失踪したクラウチ氏の代わりにファッジ大臣が審査員として訪れることになったのだ。先生方は無理でも、僕に甘い彼なら、何か課題について口を滑らせてくれるのではないかという目論みの下の行いだ。

 

 晴れ渡った六月の夕暮れ時の風は心地よい。ハリーも家族枠で来校されたウィーズリー夫人と長男のビル・ウィーズリーと一緒に散歩をしていた。こんなに良い季節なのに、毎年一番面倒な事件が待っているのだから、僕はすっかりこの時期を憂鬱なものと考えるようになっていた。

 

 

 夕食の時間ごろになって、ようやく二つの人影が校門の辺りに現れた。ファッジ大臣の隣には同じく魔法省からの審査員であるバグマン氏もいる。待ちくたびれていた心情を隠し、僕はいかにも偶然この場に居合わせたと言う顔をして柱の陰から姿を表した。……生徒はほとんど大広間に行ってしまっているだろうし、明らかに変かも知れないがそれを気にしていては始まらない。親しげな表情を取り繕い、ファッジ大臣に声を掛ける。

 

 「こんばんは、バグマンさん、ファッジ大臣。いい試合日和ですね?」

 「おお! やあ、ドラコ。元気かね」

 こちらを見て、ファッジ大臣はいつものように、彼が子供に好かれるものと考えているだろう笑みを浮かべて手を振った。幸いなことに妙だとは思われなかったようだ。しかし、彼の顔には少し不愉快さが滲み出ている。僕が何かしてしまっただろうか? ここで機嫌を損ねては厄介だ。恐々としながら僕は彼におとなしく尋ねる。

 「ごめんなさい、お邪魔でしたか?」

 僕の作った少し落ち込んだ表情に、ファッジ大臣は慌てて首を振った。

 「いや、いや! 違うとも。ダンブルドアとちょっとね……

 バーテミウスのことがあったばかりだからね。護衛に吸魂鬼を入れたいと言ったのだが……ダンブルドアは頭が固い。自分が校長であるうちは、もう学校の敷居を吸魂鬼にはまたがせんと言い張りよった。仕方なく、連れて来たものは学校の敷地の外に待たせているよ」

 それは……ダンブルドアも怒るよ。流石に内心で苦笑してしまった。去年あれだけ言い争ったのに、というか去年あれだけ言い争ったせいで、ファッジ大臣は吸魂鬼のことに関しては特に、ダンブルドアに反抗的だった。それにしても、昨年の校内での吸魂鬼の暴れっぷりを考えれば全然嬉しくない情報だ。妙な伏線とかでなければいいのだが。

 僕は懸念事項が増えたことにうんざりしながらも、表情を作りファッジ大臣から情報を絞り出すべく挑戦を始めた。

 「でも、競技の間は安全なのでしょう? つまり──監視の目は行き届いているのでしょう?」

 ファッジ大臣は肩をすくめて少し皮肉げに笑った。さも僕の指摘は見当外れだとでも言いたげだ。

 「まあ、選手たちはね……先生方が巡回するし、ダンブルドアが見ていると言っておった。が、そもそも誰が子どもを狙う? バーティの後に……

 すまないね、これからダンブルドアのところに行かなければ。また、第三の課題のときにでも会おう」

 それだけ言うと彼は手を振って、さっさと玄関ホールに入って行ってしまった。後には僕とバグマン氏だけが残される。ああ、碌なことを聞けなかった。肩を落とす僕の側で、なぜかバグマン氏はファッジ大臣について行かず、妙に神妙にこちらを見ていた。

 

 何かで僕に用事でもあるのだろうか? 彼とはまともに話したこともないが……いや、今は情報が取れれば誰でもいい。僕は標的を素早く変更してバグマン氏に笑いかけた。

 「バグマンさんも、いよいよ今日が最後ですね」

 彼は話を聞いているのかいないのか、何か曖昧な微笑みを浮かべている。何だか値踏みをされているかのようだった。怪訝に思っていると、バグマン氏はどこか言葉を選んでいる様子で口を開いた。

 「ああ。君は代表選手のことを気にかけているんだね……ハリーは大丈夫かな? 君は同級生だろう」

 バグマン氏が何故か対抗試合でハリーのことを応援しているのは、ハリー自身からも聞いていた。しかし、まさか僕にまでその話を振るとは。正直不審だが、こんな誰が見ているか分からないところでペラペラ話題に出している時点で闇側の人間ではないと信じたい。もう課題までは時間がないのだ。僕は彼の示した餌に食いついた。

 「ええ、仲良くさせてもらっています。今回の課題も、彼がちゃんと無事に帰って来れるかどうか心配で……何か手伝えればいいのですが。……いけないことかもしれませんが」

 「なるほど、そうか……いや何、私もちょっと心配というか、ハリーは一人だけ未成年だし、道中には色々な危険があるからね。我々も準備にえらく手間がかかった。──ここだけの話、スフィンクスを輸入するのはとても大変だったよ──」

 その言葉を皮切りに、バグマン氏は次々と話の流れに沿って、課題の中身について僕に話し出した。ぽろっと口を滑らすと言うレベルではない。この人……僕伝いでハリーに競技の内容を伝えようとしているとしか考えられない。なんでそんなことを? 彼が競技で活躍すれば何かいいことでもあるのだろうか? どうやらギャンブル中毒のようだし、ハリーに一点賭けでもしているとか?

 

 子どもを賭博の対象にしているならば見下げ果てた人間だが、今はそれが好都合だ。彼が語る内容の中に異変がないか、適当に相槌を打ちながら慎重に探る。しかし、課題の障害物にそこまで大きな難関のようなものは見当たらなかった。いや、スフィンクスや尻尾爆発スクリュートの相手をしなければならないのは、そりゃあ危険だろうが──闇の帝王がハリーを自分のペットの餌にできるような仕掛けではない。

 

 内心焦り、収穫がないことに落胆する僕にバグマン氏は全く気づいていない。しかし、彼は最後に爆弾を落としていった。

 彼は真剣に話を聞く僕に何か期待を募らせながら話を続ける。

 「最後にゴールにたどり着いたものがポートキーで──まあ、そんなところだ。後は試合を楽しみにしていたまえ」

 

 その言葉で、僕はようやくこの課題に仕組まれた罠の可能性に思い当たった。

 ──ポートキーだ。

 移動の魔法がかけられていても、それを一番しっかり管理しているダンブルドアさえ騙すことができれば、行き先を変えることができる。きっと、今年一年潜伏してのけた「誰か」ならそれができる。

 ポートキーを時限式ではなく、触れられたかどうかで感知するようにしておけば、一番にたどり着いた者をそのままどこかへ──闇の帝王のもとへ送ることができる。どうやって順位を確定させるつもりなのか知らないが、これを仕組んだ人間はハリーを優勝させることで主人のもとに彼を送り届けるつもりだ。……それ以外、今までの情報に合う穴は見つけられない。

 まだ確定しきれるほど根拠があるわけではない。それでも、これが唯一残った監視の穴だ。

 

 突然黙り込んだ僕にバグマン氏は訝しげな目を向けているが、彼を気にかけている余裕は全くない。大急ぎで彼に別れの挨拶をして、僕は踵を返して階段を駆け上がり校長室に向かった。

 

 

 

 走りながら考える。誰だ? ポートキーのことまで僕に話していなかったらバグマン氏は一番怪しい人物だっただろう。他に──ハリーを一位にしようとしていて、ポートキーに細工をすることが出来る人物──誰だ? この厳戒態勢の中──

 

 思考に熱中し、前をちゃんと見ていなかった。踊り場を横に曲がったとき、僕は上から降りて来た人物に勢いよくぶつかってしまう。よろけて後ろに倒れそうになるところを、その人は腕をがっしりと掴んで支えてくれた。

 そこにいたのは、いつものように口をへの字に曲げたムーディ教授だった。彼は肩で息をする僕に怪訝そうな目を向けている。

 「マルフォイ、そんなに急いでどこに行くつもりだ。今は夕食の時間だぞ」

 自分で言うのもなんだが、僕は滅多に表に出して慌てない。この状況を見て緊急事態を察してくれないムーディ教授にもどかしい思いを抱えながら、僕はなんとか喋れる程度に息を整えて口を開いた。

 「教授──ダンブルドア校長は今校長室にいらっしゃいますか?」

 「……多分な。どうしてだ?」

 今日の彼は妙に反応が悪い。何故だ? かすかに不信感を感じながらも、僕は事情を伝えることを優先させてしまった。

 「第三の課題の最後に、優勝者を運ぶためにポートキーが使われるそうなんです。確証はないのですが、それに何か細工されているかも知れません。何か──何かがあるとしたらそれしかないんです」

 「細工? 誰が、一体なんの目的でそんなことをすると思っているんだ」

 今の僕の予想はこの状況が学年末のクライマックスにあると知ってのことだ。それを告げるわけにもいかず、僕は言葉を詰まらせた。

 「それは──分かりませんが──でも、そうかも知れないってダンブルドアに報告するのは良いですよね」

 しかし、返事は返ってこなかった。ムーディ教授は今まで見たことがないほど眉根に皺を寄せ、こちらを黙って見ている。その姿に、僕の脳裏にはある可能性がよぎった。

 でも、そんな、まさか──ありえない──彼が「そう」なら、間違いなくダンブルドアが気づいたはずだ。

 驚愕に震える声を隠せないまま、うめき声に似た言葉が口から溢れる。

 「……いつも、あなたは仰っているじゃありませんか、『油断大敵』って」

 

 僕はもう気づいてしまっていた。ハリーが課題を順調に進められるよう援助し、ポートキーに細工できるほどダンブルドアから信頼されていて、しかも、今夜の課題で監視員の一人になっている人物。それにもっとも当てはまる存在は、今、僕の目の前に立っていた。

 

 ムーディ教授は顔から一切の表情を拭い去り、押し殺したような声で言葉を絞り出す。

 「ああ、そうだ。……だから、お前はもっと気をつけるべきだった」

 彼が言葉を言い切る前にポケットの中で握りしめた杖を取り出したが、彼の方がずっと素早かった。こちらが呪文を口に出すより遥かに早く、彼が無言で唱えた呪いが効果を発揮した。

 夢を見るような陶酔感に、たちまち思考がぼやけ始める。それでも閉心術の感覚を呼び覚ましなんとか意識を保つが、彼の「服従の呪文」は授業でかけられたものよりも遥かに強力だった。

 たまに体の制御を取り戻し足を踏ん張ろうとするが、抵抗虚しく僕は彼の研究室に自分から入っていくのを止められなかった。

 

 

 部屋の鍵を閉め、ムーディ教授は僕の杖を取り上げると何か部屋に呪文をかけ始める。その中で再び身体の制御を取り戻した僕は、杖なしでも使える方法──彼の手を噛みちぎられる姿に身を変えようとしたが、肌に少しでも毛が生える前に彼はこちらへ無言で何か呪文を放った。

 それが何か、受けたことがなくても一発で分かった。磔の呪文だ──

 想像を絶する痛みだった。体の神経全てに焼きごてを当てられているような、骨から無数の棘が生え肉を切り裂いているような、耐え難い苦しみだった。その場に崩れ落ちる衝撃すら、骨身を蝕む。この世界に生まれてから上げたことのないような叫び声が自分の口から響くのが聞こえてくる。その音でさえ耳を焼き切ってしまうようで、今の僕には耐えられなかった。

 失神しそうになったとき、ようやくそれは去った。彼は満足したのだろうか? 自分の悪事を嗅ぎ回った子供を痛めつけて、そして──殺すのだろうか? 僕はなんとか頭を上げ、頭上のムーディ教授の顔を窺った。

 

 僕に「磔の呪文」をかけた彼は、予想に反して勝ち誇っていなかった。むしろ彼の表情には悲しみが滲み、杖先はわずかに震えていた。

 まだだ──まだ、チャンスはある。何故こんな真似をしているのか分からないが、ムーディ教授は心から僕を苦しめたいわけではないようだ。なんとか説得のために声を出そうとして、先ほどの悲鳴のために僕は大きく咳き込んだ。

 こちらをじっと見ながらムーディ教授は口を開く。

 「落ち着け。いいか、闇の帝王はお前を悪く思っていない……ペティグリューはお前によって救われたし、ダンブルドアに対抗してみせるスリザリン生をあの方は買っておられる……」

 ペティグリューとまで繋がっているのか? じゃあ、ムーディ教授は服従の呪文か脅迫で最近闇側についたわけではないのか?

 彼は僕を見ているのか見ていないのかよく分からない視線で話を続ける。

 「俺も戻ればあの方に言おう。お前は優秀で、見どころのある……しかし死喰い人には向いていない子どもだと」

 彼が僕を非常に気にかけてくれているのは伝わってくるが、だったらそもそもこんな真似をしないで欲しい。「磔の呪文」なんてかける意味なんてあったか? 

 ようやく少し喋れるようになって、僕はありったけの力を込めて口を開いた。

 「ダメです……早まってはいけない……まだ間に合います……」

 

 ムーディ教授は僕の言葉に耳を貸さなかった。彼は眉間に皺をさらに強く寄せ、もはや悲痛とも言える表情で再び僕に杖を向けた。

 「クルーシオ!」

 無言ではない呪文はさらに威力が高かった。こんな苦痛、耐え切ることなど到底できない。死んだほうがましだろう──それでも、僕はこの状況を覆すのを諦めるくらいなら、「磔の呪文」をくらったほうがましだった。

 再び呪文が終わり荒い息を漏らして蹲る僕に、ムーディ教授は優しげに語りかける。

 「闇の帝王に逆らえばこれよりもっと恐ろしい目に遭うだろう。だから、もう大人しくここで待つんだ」

 もうあまりの痛みで意識はぼんやりとしているが、それでも思考の中にその選択肢は存在しない。僕はなんとか彼に寄り添うように、しかしいつもより遥かに精細さを欠いた言葉を紡いだ。

 「あなたも……闇の帝王にこう……されたんですか? だから、同じことをすれば……僕が屈服するとお思いに……なるのですか?」

 彼は一瞬目を見開き、その後押し殺した声で返事を返した。

 「……もういい。あとで、どちらが正しいか分かる」

 これは殺されたな。絶望が心に染み渡るのを振り切って最後に変身しようとしたが、やはりそれは叶わなかった。

 彼がこちらに杖を向けたのを見たことを最後に、僕の意識は真っ直ぐに沈んでいった。

 

 

 

 目を覚ますと、目の前にいたのはダンブルドアだった。場所は変わらずムーディ教授の部屋だ。彼はブルーの瞳を悲壮に揺らしながら、僕のそばにしゃがみ込んでいる。僕は気絶させられていただけなのだろうか。だとしたらなんと手ぬるいことだろうか。

 起きあがろうとする僕の肩をダンブルドアの手が支える。

 「ドラコ……」

 彼の声はひどく弱々しかった。胃に氷が落ちたような心地がする。──もう手遅れなのか?

 しゃがれきった声で、僕はダンブルドアに問いかけた。

 「……ダンブルドア……ポートキーが……ハリーは、大丈夫ですか……」

 ダンブルドアはしゃがみ込んだ姿勢のまま顔を上げる。そこには、ボロボロで疲れ切った様子のハリーがいた。心が安堵で満たされるが、ダンブルドアの次の言葉はその気分を一瞬で拭い去った。

 「彼は戻った」

 その「彼」がハリーでないことは、ダンブルドアの声色で分かってしまった。ああ、間に合わなかったのだ。

 「申し訳ありません……ダンブルドア……」

 僕の言葉に、ダンブルドアはただただ悲しげに首を振った。

 

 

 

 


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