音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
僕の問いに、バーテミウス・クラウチ・ジュニアは俯いたまま静かに、ぽつりぽつりと語り出した。
「……いつからか? よく、分からない……あの時代、誰が闇側の人間で、誰がそうでないのかの明確な線引きは難しかった。特に純血一族の間では……純血を保つことの価値を唱えながら、闇の帝王に対して声高に反旗を翻す人間は僅かだった。
俺の父は、その数少ない例外だった」
そこで、彼はふと少し皮肉っぽさを滲ませて唇の端を上げた。
「ホグワーツで、当然俺は『父の息子』という視線に晒された。闇に迫害されるマグル生まれの人間にとっては、死喰い人やその子どもたちを牽制する存在として。それ以外の人間は、あまりにも苛烈に無実かも知れない人々を含め、敵を屠る処刑人の息子として俺を見た」
彼はわずかに顔を上げて眉を顰め、しかし懐かしむようにどこか遠くへ視線を向ける。
「それでも、俺は周囲に馴染もうとした。幼い俺は、周囲に普通の人間だと思われたかった……
もちろん、父は俺が奴の求めるように……あいつの模造品であるように振る舞うよう求めていた。だから、そうした。当時の俺に父に逆らうという選択肢はなかった。
規則を守る、謹厳実直な人間。それが俺のなるべき姿だった。生まれが純血一族である以上、俺の周囲にもそういう人間が多かったから、俺はそいつらにも同じように接した。誰にでも平等に。それ以外にやり方があるか? 俺が父の怒りに触れず普通に友人を作り、学校という狭い場所で暮らしていくにはそうするしかなかった。……そう思っていた」
少しずつ、彼の顔には憎悪が滲み始めていた。童顔な印象を受ける顔に刻まれた皺が、彼の怒りを表しているかのようだった。
「しかし、あいつはそれでは満足しなかった。あいつは学校で、俺がその『死喰い人の子ども』かも知れない生徒を糾弾せず、あまつさえ仲良くしていると言って、激しく詰った。
俺が、ただの同級生と仲良くしているのが耳に入るたび……まだ闇の側に足の指だって突っ込んでいない人間にさえ、奴は仲良くするなと、蔑むべき人間を甘やかすなと言っていた。父は残忍で浅慮だった」
彼の言葉に強い反応を見せたのは、床に突っ伏していた屋敷しもべ妖精だった。ウィンキーは涙に暮れる中、何か反論のような呻き声を上げたが、クラウチ・ジュニアはそれを無視した。彼は再び少し平静を取り戻し、静かに話を続ける。
「そいつらは大抵俺を軽んじたりしなかった。成績も良く、家柄も良い俺を普通の生徒として扱ってくれる人間もいた……バーテミウス・クラウチの息子としてではなく。俺はあいつらの前では本当の自分になれた気がした……」
それゆえ、彼は闇側の人間へ耐性がなかったのか。単にクラウチ氏の忠実な愛息子であれば、闇側は彼を引き込もうとすることのデメリットを第一に考えただろう。しかし、彼が父に反目していることを知ったなら、その評価は反転する。クラウチ氏を失脚させるため、彼は絶好の標的だっただろう。
胸が押し潰されるような思いを感じながら、僕は先を促した。
「学校にいる間は……『あの人』の接触はなかったのですか? つまり……あなたが闇側に関わるようになったのは、卒業した後ですか?」
クラウチ・ジュニアは僕がそばにしゃがみ込んでいることを忘れていたかのように肩をびくつかせ、それから少し間を開けて口を開いた。──真実薬の効果が切れ始めているらしい。それでも僕は彼の言葉を黙って聞いた。
「ホグワーツを卒業して直ぐの事だ。俺は友人の……レストレンジの家に招かれ、そこで自分の真の主人と初めて出会った」
彼はそこで少し口を閉じ、息を吸い込んで再び口を開いた。その先の言葉には、ダンブルドアに語ったときの陶酔感──闇の帝王に対する崇拝の念が込められていた。
「……我が君は俺を評価なさった。俺は替えの利かぬ存在で、いつか父を追い落とし、あの方がこの世の頂点に君臨するのを手助けする非常に優秀で、大切な臣下であると仰られた。……父とは違って、俺の献身に報いると約束して下さった! 彼こそ、あの愚かな下らない父を祭り上げるこの下らない世界を作り替える存在だと、俺は悟った」
ウィンキーがまた泣き声を大きくする。クラウチ・ジュニアはやはりそれを無視し、淡々と話を続けた。
「……しかし、俺に使命をお与えになる前にあの方の行方が分からなくなった。その後、俺はロングボトム夫妻を拷問し、アズカバンに送られた」
そこで言葉を切ると、彼は深々とため息をついた。部屋の中にはウィンキーの啜り泣きだけが響く。彼はこれで何もかもを語り終えたと思っているようだった。
「……最後の部分は、それだけですか?」
僕の言葉に対し、彼はわずかに不可解そうな仕草をした。傍で聞いていたマクゴナガル教授も訝しげにこちらを見る。
確かに時系列としてはダンブルドアが尋問したところで繋がったかも知れないが、僕は彼の話に大きな欠陥があるように感じていた。
一つ前のものも合わせて、彼の語る話にはいくつか疑念を挟む余地がある。事実は大きく間違っていないのだろう。いや、彼が今考える現実はそういう形をしていた、と言う方が正しいかも知れない。それは彼が今持つ感情で過去の認識を歪曲している可能性を暗示していた。
ダンブルドアに向けられた話の中で一番違和感がわかりやすいのが、事件を起こし、裁判にかけられてから監禁下にあった頃の部分だ。
クラウチ・ジュニア自身は僕に対してはそこについてほとんど詳細を語らなかった。裁判記録によると、彼は自分の無実を主張している。……これは、彼がその時点ではベラトリックスほど熱狂的に闇の帝王に対して心酔していなかったことの表れに思える。
しかし、ダンブルドアに対しては「俺は元気を取り戻したとき、ご主人様を探し出すことしか考えなかった」と言った。……であれば、裁判の時には外面を取り繕ったと考えられるかも知れない。けれど、一つの矛盾が別の可能性を示していた。
そのときクラウチ・ジュニアは「服従の呪文」の下で、まともな思考を働かせられていなかったはずだ。その時の思考を捏造している彼は、そこに何かを隠している。
そして今、ロングボトム夫妻の事件に関する詳細を、彼は意図的に省略した。事実だけ述べ、自分の主観に触れなかった。
ここには彼の心情を構成する上で、今の彼が隠蔽したい何かが潜んでいる。僕にはそう思えてならなかった。
頭の中で尋問の流れを考えていると、スネイプ教授から話を聞いただろうマダム・ポンフリーが入ってきた。
彼女はアラスター・ムーディを運び出す処置をしながら僕に医務室に来るよう告げたが、僕はまだ話が終わったとは思っていない。
幸いなことに本当に傷がないという意味では僕は無傷だったので、それを口実にマダム・ポンフリーとマクゴナガル教授を必死で説得した。結局、僕がまだ何か聞きたいことを残していると分かっているマクゴナガル教授がマダム・ポンフリーに後でそちらへ向かわせると約束してくれたことで、僕は尋問を続ける権利を得た。
再び人が減った部屋で、僕は大きく息を吸い込む。おそらく真実薬の効果はほとんど切れてしまった。だから、ここから先はこちらがどれだけ彼に話をする気にさせられるかという部分が勝負だ。
僕は彼の床に投げ出した足の脇にしゃがみ、視線の高さを合わせて彼の俯いた顔を真っ直ぐ見た。
「申し訳ありません。今から僕は無遠慮なことを言います。
……あなたは、過去の自分の感情を作り替えている。全部ではなくとも、少なくとも一部のご自身の思考を忘れたがっている。違いますか?」
この言葉に、彼は肩を僅かに動かした。
「……どこがそうだと思ったんだ? お前は実際に俺を見てきたわけでもないのに」
返事の声には侮りや、拒絶の色が浮かんでいる。それはそうだろう。でも、その反応は何かあると告げているのと同義だった。
「そうですね。ですから……今まで、あなたから伺ったことから考えています。
……本当に、あなたが心の底から父親をただ愚かで下らないと──どうでもいいと思っているのなら、そもそもあなたを突き動かす激情は存在しなかったでしょう。
もしそうだったら、そして、あなたが本当にご自分を大事に思えていたら、あなたは父親を見限って彼のような束縛を課す存在の影響が届かない場所で生きることができていたでしょう。……違いますか?」
クラウチ・ジュニアはようやく顔を上げた。どこか少年の雰囲気を残した彼の目には、怒りの色が滲んでいた。
「何が言いたい?」
彼の逆鱗に触れるような真似をしているのは分かっている。しかし、これは彼へ考えを伝えるために、最初に確認しておきたい部分だった。
「……回りくどい言い方をして、申し訳ありません。言い換えますね。
あなたは、いつ、自身の父親に対する執着を意識的に封じるようになりましたか?」
彼の顔には明らかな激怒が現れた。声を怒りで震わせ、彼は歯を剥き出して口を開く。
「ふざけるな……お前は俺が奴を……あの悍ましい父親を、本心では愛していたとでも言いたいのか?」
そう取られるのは当たり前だ。しかし、僕は強く首を横に振った。
「それは……違います。人が誰かに対して執着を向けるとき、それは必ずしも愛や好意から来るわけではない。子から親に向ける執着など最たるもので、それが双方にとって良いものでない場合、愛などという綺麗なだけで役に立たない言葉で形容すべきでない。僕はそう思います」
クラウチ・ジュニアの顔には困惑が浮かんだ。僕はそれに構わず、話を続ける。
「……以前申し上げましたよね、『バーテミウス・クラウチ・シニアは親失格のクソ野郎』だって。あなたの話を聞いて、僕は自分の予想は当たっていたと思いましたよ。彼は、子に世界のあるべき形を示すという親の役割を、放棄するどころか極めて歪な形で利用した」
彼は瞳を揺らし、再びこちらから目を逸らそうとする。僕はそれを許さないために、そちらへと体を近づけて彼の顔を真っ直ぐ見つめた。
「クラウチ氏は規律を振り翳しながら、根本的に感情であなたを縛った。そうして、命令に忠実であっても存在を肯定されない欠落感を、致命的なまでにあなたに植え付けた。
あなたはそれを埋めなければならなかった。そうしなくては……自分の存在を肯定できなかった。そう言う意味で、彼はあなたの中で非常に大きな存在感を持っていた。
……そうではないのですか」
彼は顔を歪めた。それは怒りではなく、悲しみや苦しみによるもののように僕には思えた。
「お前には……何もわからない」
クラウチ・ジュニアは顔はこちらに向けたままだったが、もう視線を下に落としてしまっている。それは、彼が僕の言葉をもう聞きたくないと──それほどまでに、心のどこかを動かされていることを表していた。
彼の心に残る傷を抉り出している手応えを感じる。でも──彼にこのままでいて欲しくなかった。僕はもはや聞き出すためではなく、伝えるために、彼に問いを投げかけた。
「あなたは……伝え聞いたお父上の最後の言葉は、どういう意味だとお考えになったのですか?」
僕の言葉が煩わしいものであると言わんばかりに、彼は首を振った。
「知ったことか、あいつの考えることなど……
お前は……父の最後の言葉を、どう思ったんだ? 父はなぜ、俺があいつの責任だと言ったと思うんだ?」
彼の低く、囁くような声は掠れていた。
僕は願いを込めて、声の震えを抑えて彼に語りかける。
「……あなたのお父上は、あなたのことを完全にどうでもいいと思っていたわけではないと思います」
クラウチ・ジュニアは眉を顰め口を開こうとしたが、こちらの方に視線を戻してその言葉を呑み込んだ。……多分、僕も相当ひどい顔をしている。情けない思いにはなったが、それでも息を整え、僕は話を続けた。
「奥方の希望を聞いてあなたを脱獄させるのも、奥方が死んだ後もあなたを『透明マント』と『服従の呪文』まで使って生き延びさせ続けたのも、あなたを危険を冒してまでワールドカップに連れて行ったのも……あなたが本当に無価値だと思っていたなら少し違和感がある行動です。
だから……彼は、あなたにした仕打ちを……自分の中で、完全に肯定できたわけではないと、思いました」
僕は一度目を瞑り、息を吸って言葉を紡いだ。
「……でも、たとえ、クラウチ氏があなたに責任感や愛情のようなものを抱いていたとしても……それはあなたが、過去に傷つけられても良い理由には絶対にならない」
クラウチ・ジュニアは再び顔を歪めた。しかし、それは怒りではなかった。彼の顔は泣き出しそうな子供のように見えた。
どうか、彼にこの言葉が届いて欲しい。僕は祈り、再び口を開いた。
「あなたにとって彼は、矛盾した価値観を『親』という権威の下、自分の子に押し付けた人間であることに変わりはない。あなたが彼の『愛』らしきものをちゃんと受け取れなかったならば、それはあなたにとって呪いでしかない。
だから……あなたがやったことは許されないことかも知れないけれど……お父様の呪いには、もう苦しまないで欲しいんです」
彼は、しばらく何も答えなかった。少し間が空き、喘鳴に似た声色で彼は僕に語りかける。
「俺は、あいつに……呪われてなんかいない」
「……そうかも知れません。だから、これは僕の一方的なわがままです」
それだけ言って、僕は身勝手な言葉を投げた彼の顔を見られずに視線を下げた。
しばらく部屋に沈黙が落ちた。いつの間にか、ウィンキーは啜り泣きを止めて地面に突っ伏してしまっていた。
静寂を裂いたのはクラウチ・ジュニアだった。彼は囁くような、揺らいだ声で僕に語りかけた。
「……君を傷つけたいわけじゃなかったんだ……ただ、君に……分かって欲しかったんだ……」
そこで、僕は彼に何を聞き出そうとしていたのか思い出した。彼が学校を卒業してから、収監されるまで。そこで実際何が起きたのか、僕は彼に問いかけていたのだった。
記憶をたどり、彼の言葉と手がかりに結びつける。
「あなたに……闇の帝王に逆らえば、あのような苦しみが待っていると? 確か、そうおっしゃっていましたよね。
……あの、あなたは闇の帝王に『磔の呪い』をかけられたことがあるのではないですか?」
頭上で彼が視線をこちらに向けたのを感じる。頭を上げて彼の方を見ると、彼の目には涙が光っていた。
「……闇の帝王が姿を消した後、レストレンジ達が俺の元にやってきた……奴らは俺に命令をした。父親のオフィスに忍び込んで、闇祓いの情報を持ってこいと。
俺は躊躇った……それを、奴らは気づいた。ベラトリックス・レストレンジは俺に磔の呪いを掛けて……『やらなければ、ロングボトム夫妻にかける呪文を全てお前にやってやる』と……」
ウィンキーのヒッという引き攣った声が部屋に響く。僕は今まで見せなかった苦悩と悲痛が滲む彼の顔から、視線を外せなかった。
クラウチ・ジュニアは僕の目を見つめて話を続けた。
「僕は……僕は、それを知れば父さんは僕を許すのか知りたかった。許して欲しかった……許すと思っていた……
でも父さんはそうしなかった。父さんは……何も聞かず、僕を形だけの裁判にかけて……アズカバンに送った。
あの人が事件の後、僕にかけた言葉は、『お前は私の息子などではない。私には息子はいない』それだけだった」
彼の目から涙が溢れる。雫は静かに頬を伝い、彼を縛り上げている縄の上に落ちた。
僕もただ黙って彼を見つめることしかできなかった。「あなたは悪くない」とは言えない。それが言える可能性を、彼は自分のためではなく闇の帝王のためにクラウチ氏を手にかけることで、自ら絶った。おそらく彼は、自分の中でその悪事の責任を感じていたからこそ、その行為を肯定する闇の道を邁進した。父が悪い、それに敵対する闇の道は正しいと自分に暗示をかけて。
僕は今、その暗示を解いて彼に心情を吐露させた。彼に、自分が何故この道を歩いてきたのか、変えようのない過去を見つめさせた。
残酷なことだと、自分でも思う。でも、それが彼にとっての救いになると、僕は信じたかった。
父にかけられた呪いを見つめて、そこから再び彼が選ぶ道が彼によって良いものであることを、願いたかった。
遠くから二人分の足音が聞こえてきた。スネイプ教授がファッジ大臣を連れ、戻ってきたのだろうか。僕はファッジ大臣に引き渡すことになるであろう、目の前の男の顔をじっと見た。
しかし、部屋に最初に入ってきたのは彼らではなかった。
彼らの足音より早く、開いた扉から中に滑り込んできたのは、冷気と恐怖の塊──吸魂鬼だった。それは部屋の中を見渡し、こちらを──僕の側に足を投げ出すクラウチ・ジュニアに目を留めると、その裾を翻し、彼の元へ飛び寄った。
僕は即座に悟った。それは、目の前の死喰い人に対し、『キス』を執行しようとしている。
この状況を前にして、何も考えられなかった。ただ、目の前にいるクラウチ・ジュニアのことしか見えていなかった。自分の手に杖がないことにすら思い当たらないまま、僕は彼と吸魂鬼の間に割って入った。
僕の直前で止まった吸魂鬼の頭から垂れる、ひだのようなものが顔を撫でる。体の血が全て抜けていくような感覚を感じる。全てが遠のき、今、自分がどこにいるかも分からなくなる。何も思い出せない。何も──
自分の身体が力を失い、クラウチ・ジュニアの上に背中から崩れ落ちていく中で、僕は何か白く眩く光るものが吸魂鬼の横に突っ込んでいくのを見た。
「ルフォイ──マルフォイ、しっかりなさい!」
肩を揺さぶられ、僕はハッと目を開く。マクゴナガル教授とクラウチ・ジュニアが僕の顔を覗き込んでいた。
なんとか体を起こし、状況を確認する。僕はクラウチ・ジュニアを背中で壁に押しつけるような形で彼の上に倒れ込んでいた。部屋にはもう吸魂鬼はいなくなっていたが、扉の近くにはこちらを心配そうな目で見るファッジ大臣と、眉間に今まで見たこともないくらい深い皺を刻み込んでいるスネイプ教授がいた。
彼らが部屋の入り口に突っ立っている様子を見るに、吸魂鬼の不意打ちを喰らって意識を失ってから一、二分もたっていないようだ。寒さに震える僕らの周りを、白銀に輝く猫がゆっくりと歩いていた。
マクゴナガル教授は僕の無事をひとしきり確認した後、猛烈な勢いでファッジ大臣に食ってかかった。いつも僕は「こんなに怒ったマクゴナガル教授は初めて見た」と思っている気がする。あまりの剣幕と、本当に生徒一人、しかもドラコ・マルフォイを殺しかけた事実に、ファッジ大臣はただタジタジとなることしか出来ていなかった。
体をズルズルと退かし、僕は再びクラウチ・ジュニアの前に座る。彼は目を見開き、眉根を寄せて僕を見ていた。もう彼の目に涙はなかったが、まだ今にも泣き出しそうな雰囲気が残っていた。
ぼんやりと彼の様子を確認していると、突然視界の外から首裏のシャツを掴み上げられる。見れば、怖い顔をしたスネイプ教授が僕の首根っこを捕まえて立ち上がらせていた。確かにうまく力は入っていないのだが、もう少しまともな持ち方をして欲しい。
彼はマクゴナガル教授と激詰めされているファッジ大臣に対し、低い声で言葉をかける。
「マルフォイを医務室に連れて行ってもよろしいですかな? 彼は我輩の寮生ですので」
この人が言わなさそうな台詞ランキングがあったら、それなりに上位に行きそうな言葉だ。吸魂鬼の衝撃でまともに物が考えられていない僕が何か口を挟む前に、マクゴナガル教授はキッとこちらを睨んで荒々しく頷きを返す。
部屋から出ていく前、僕はマクゴナガル教授に対し、恐る恐る声をかける。
「あの……マクゴナガル教授、彼をよろしくお願いします」
流石にこの状況でこの台詞は常軌を逸していると僕にも分かる。……というか、この状況自体が常軌を逸している。嫌な顔をされるのではないかと思ったが、僕と一緒にクラウチ・ジュニアの話を聞いていた彼女は深くため息をついてさらに顔をきつく顰めながらも頷いてくれた。
「……あなたには、後で言いたいことが百はあります。ちゃんと手当を受けて、十二分に回復して、医務室から出る許可を貰ったら真っ先に私のところに来なさい。いいですね」
いつも心労ばかりかけて、本当に申し訳ない。僕は大人しく頷き、スネイプ教授に引きずられるようにして部屋を後にした。僕が部屋から出ていくのを、クラウチ・ジュニアはただ黙ってじっと見つめていた。