音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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スネイプ教授の叱責

 

 

 

 人気のない廊下に二人分の足音が響く。むっつりと黙り込んだスネイプ教授は、足元のおぼつかない僕の首根っこを掴んだまま、こちらを気にする様子もなく早足で歩いている。吸魂鬼によるショック状態はまだ抜け切っていない。それでも足を緩めるように頼む元気もなく、僕は教授に引きずられるようにして後に続いた。

 夜の闇に染まった廊下に出て、しばらく行ったところで不意にスネイプ教授は脇道に逸れた。どこへ行くのかと問う間もなく押し込まれたのは、ずいぶんと長いこと使われていなさそうな空き教室だ。医務室へ向かうと言っていたはずなのだが。

 

 スネイプ教授は足音を響かせて教室に入ると、僕を投げるように壁際の椅子に座らせた。こちらが口を開く元気を捻出している間にも彼は素早く杖を振って部屋に鍵をかけ、防音を施してしまった。

 何を考えているのか知らないが、言いたいことがあるようだ。……面倒な事になる予感がする。長い一日の終わりにこの人を相手にするとなると、げんなりした気分を抑えられない。体を起こす気もなく、背もたれに脱力してしなだれる僕に対し、スネイプ教授の表情には明らかに怒りが現れていた。

 

 少しの沈黙の後、スネイプ教授は重々しく口を開いた。

 「我輩は去年言ったはずだ。『聖人気取りの愚か者』と。自身を拷問し、箱詰めした人間に対して身を挺して庇うなど、英雄気取りも大概にしろ──この、考えなしの自殺志願者が」

 予想はしていたが、やはり叱られるのか。しかし、この人がクラウチ・ジュニアを庇ったことについて、そこまで怒るものなのだろうか。僕はスネイプ教授に嫌われている。間違いなく。そのことを考えるなら、死んだところで自業自得と笑われるだろうと思っていたのだが。

 去年のルーピン教授の件で、僕はスネイプ教授に感情を込めて話をするのに懲りていた。身も蓋もないが、精神的にも肉体的にも疲れ切っている状態でこの人の相手は億劫だ。もう彼の言うことを誠実に吟味する気力もない。現状をさっさと切り抜けるために、僕は残った気力をかき集めて『反省しています』と言う顔を作った。

 

 できるだけしおらしい雰囲気を出し、しょぼくれた声でスネイプ教授に話しかける。

 「……申し訳ありませんでした。今度から、もっと考えて行動します」

 スネイプ教授はその返事で満足してくれなかった。むしろ、彼はこちらの演技を見抜いてしまったようで、額に青筋を浮かべ、険しい目つきで僕を睨みつけてくる。

 「お前が口だけでこの場をやり過ごそうとしてるなど、見れば分かる。その傲慢な態度を改める気がないのは明白だ」

 彼は激情を抑え込んだような、奇妙に落ち着いた低い声で言い募った。

 ……つまり、彼はこちらの考えを改めさせるために説教しようとしているのだろうか? 

 失礼だが、彼が自分の感情を満足させる以外に──つまり、本当に生徒のためを思って説教をしているように見える場面というのは本当に少ない。しかも、僕は彼から何を批判されても、大して自分の意見を変えられないだろうという自覚がある。もちろんそれを前面に出したらスネイプ教授は怒るだろうから、さっきの謝罪は持ち前の閉心術と演技力を駆使して取り繕った。けれど、それで彼は満足してくれなかった。

 スネイプ教授は「あなたたちが本当に反省するまで許しません」、みたいな自分の心情を生徒に押し付けて、理想の反応が出るか相手に満足できるダメージがいくまで謝罪させるような、遠回りに子どもを虐めるタイプの教師ではないと思っていたが……これは厄介なことになりそうだ。

 

 先ほどの吸魂鬼のキスで、精神的なエネルギーはほとんど持っていかれてしまった。それで脳の色々なネジを緩めてしまったらしい。僕は疲れを隠すこともできず、いつもだったら絶対に言わないほどストレートにスネイプ教授への疑問を口にした。

 「……申し訳ありません、本当によく分かっていないので教えていただきたいのですが、スネイプ教授は、僕の何を、どんな理由で改めさせたいのですか?」

 喧嘩を売っていると思われても仕方のない台詞だと即座に気付いたが、時すでに遅かった。幸いなことに、スネイプ教授は目を見開いただけで、即座に着火することはなかった。ありがたい。

 どこか口と心が切り離されたような心地のまま、僕は頭を上げていることも億劫になって俯き、話を続けた。

 「出来れば『自分で考えろ』と放り出さないで欲しいのです。仰ってくだされば納得できるかも知れませんし……不躾なお願いで申し訳ないのですが。

 あなたのお考えを標準的な人間の心情に基づいて類推することはできますが、あまり自信はありません」

 

 頭上で、スネイプ教授は考え込むように沈黙した。自分の手元しか視界には入ってこないが、なにか雰囲気が変わったのを感じる。少しして、スネイプ教授はやはり何かを抑えた声でこちらに話しかけてきた。

 「……その類推とやらを言ってみろ」

 その言葉に対して、うまい返答はすぐには思いつかなかった。スネイプ教授が何を考えていると思っているか、そのまんま話してしまうのはまずい。僕が彼をどれほど人格的な欠点がある人物だと考えているか、暴露することになる。どうにか内心を隠蔽して話を円滑に進めるためには、彼の行動を良い方に解釈して、かつそれを本当に思っているかのように出力しなければならない。

 あまりの難しさに、心の中で白目を剥きながら、僕はなんとか言葉を絞り出した。

 「えっと……寮監として、生徒が無鉄砲な真似をするのを止めさせたい、とお考えなのでは? 今回僕は明らかに無茶な真似をしてしまった訳ですし……」

 「仮にそうだとして、お前は全くそれを改めようとしていない。何故だ」

 彼は頑なに質問を続ける。生徒の事情を聞く態度を見せてくれるのは嬉しいが、こんな状況でないところでが良かった。

 ここで、「そんなことないです、本当にご迷惑をかけて申し訳ないと思っています」なんて言っても無駄なのだろう。

 

 僕は彼の顔を見ないまま、適切そうな言葉を口に出していく。

 「……自分でこんなことを言うのは何なのですが……スネイプ教授が寮監として生徒を守る責務があっても、僕みたいな人間にそれを適用しなくてもいいのでは?

 僕がムーディ教授……じゃなくてバーテミウス・クラウチ・ジュニアに拷問されたのも、吸魂鬼にキスされそうになったのも……ついでに、ルーピン教授にボコボコにされたのも、あなたが関知する部分はないのですから。

 もしあなたが僕について父や、他の誰かに責められるようなことがあれば、僕はちゃんと事情を説明しますよ……ご迷惑をかけてしまい、申し訳ないとは思いますが」

 九割本気、一割、もう見放して欲しいという思いを込めて、僕はこの台詞を吐いた。

 

 再び部屋は静かになった。もう、医務室に行かせて欲しい。これからのことを考えるにしても、ここまで疲弊しては頭が上手く働かない。……ひょっとして、スネイプ教授は僕が弱ってる今が好機とでも思っているのだろうか?

 力を振り絞って頭を上げると、スネイプ教授はまだ怒りを顔に滲ませながらも、何か思案しているような表情になっていた。

 「……お前は何故あんな真似をした。分かるように説明しろ」

 心の底から意外なことに、スネイプ教授は僕の考えを聞いた上で、説教をしようと考えているようだった。普段の彼よりはるかに真っ当な手段であることは間違いないが、今やらないで欲しい。しかし、僕が本当に腹を割って話さないことには、彼は納得しないだろう。

 あんな真似、とは吸魂鬼からクラウチ・ジュニアを庇ったことだろうか? さっきの件については、ほとんど何も考えずに飛び出してしまったのだが……今再びあの状況に置かれても、同じことをするだろう。それを踏まえて、僕は自分の思考を整理した。

 

 しばらく考え、口を開く。

 「……それが一番いい方法だから、ですかね?」

 スネイプ教授が口を挟む前に、僕は頭に浮かぶまま自分の考えを口に出した。

 「そうですね……たかが生徒一人より、バーテミウス・クラウチ・ジュニアの方が重要ではないですか? 彼を今失えばダンブルドアは闇の帝王が復活したという証人を一人失いますし……ポートキーによって連れ去られたハリーの証言だけでは、世間を納得させられないかも知れない。

 もちろん、クラウチ・ジュニアだって決定的な証拠にはならないでしょうが、クラウチ氏の事件と合わせて考えれば、事態のおかしさに気づく人間はいるはずです。その選択肢を今失う選択なんて、ありえない」

 「……ルーピンについてはどうだ。囮になったのは百歩譲っていい。その後、お前は何故奴を庇った。奴をそんなに気に入ったのか?」

 スネイプ教授は本当にルーピン教授の件について拘っているらしい。僕はこの教室に入ってから数度目の面倒臭いな、という感情を何とか押し殺し、彼の言葉を咀嚼した。

 「それが全くないとは言いませんが……ルーピン教授のことだって、好きだからというだけで庇ったわけでは……多分ないです。彼は教師として、軽蔑に値することをした。

 ……でも、彼は運が良かったじゃないですか。折角だから、その幸運を掴ませたいと考えるのは普通ではないですか? 彼らのためではなく、狼人間全員や闇側に誘われる者達のために」

 「……何が幸運だったと言うつもりだ」

 スネイプ教授の質問には今までの詰問する調子ではなく、不可解さが漂っていた。何に引っかかったのだろうか。これから先の展開を円滑にするには見当をつけておくべきところだが、そんな余裕、今はない。

 僕はただ問われるままに、自分の意見を口にする。

 「……被害者が僕だったことですかね? 僕は罪を償うため、彼に何か失って欲しいとは全く思いませんから」

 

 「……何故そう思わない」

 スネイプ教授はいよいよ理解不能という感じで問う。別に理解してもらえるとも思っていないが、それゆえに彼に説明するのは億劫だ。

 僕は少し頭を上げて、真面目な口調で話を続けた。

 「だってそれは……あんまり意味がないじゃないですか。

 勿論、復讐感情は尊重されるべきものです。それがどれだけ未来に繋がらないと分かっていても、人々は仇を憎むのを止められないし、それらを制度に盛り込んでいくことは、説得的な法を作る上で必須のプロセスですから。

 でも……だったら、秩序を回復させようという試み以外の復讐は、感情面以外ではあまり得る物がない。それ以外については……被害者が求めないなら、罰は無意味になるのでは?」

 「……お前は、我輩は選択を誤っていると言いたいのか? クラウチやルーピンに対する我輩の態度は誤りだと、そう考えているのか」

 再びスネイプ教授の口調には怒りが滲み始めた。勘弁してくれ。だいぶ長いこと気絶させられていた気もするが、もう眠らせてほしい。

 僕は彼の気が済むことを願いながら口を開いた。

 「いいえ、あなたのお考えも一理あると思います。野放しになった狼人間は排除されるべきだと考えるのも、生徒を拷問した死喰い人は罰されるべきだと思うのも、自然です。ただ、僕はその道以外があると思うだけで。

 その事件での加害者は、幸いなことに被害者から赦しを得ることができます。他の件についてはそれぞれの場で償ってもらうしかないですが、少なくとも僕を相手にして行った件について、彼らは反省さえすれば問題ありません。

 ……そんなにおかしな考え方でしょうか?」

 

 「反省? いいや、お前は奴ら相手に一度も責めはしなかった。ただ知ったような顔で同情心を向けて、まるで『あなたは悪くない』とでも言わんがばかりに奴らの話を無批判に聞くばかりだった」

 スネイプ教授の声色には、もう不可解さはなかった。代わりに今まで通り怒りと──何か読み取れない感情を滲ませて、彼は僕に語りかける。

 「いいか、もしお前は今ここで我輩に危害を加えられたとしても、それをダンブルドアや自分の父──我輩を破滅させられそうな人間に言わないだろう。どうせ、『自分が生意気な口をきいたのが悪い』とでも考え、挑発したのは自分だと言って譲らないだろう。

 ……お前のその他人を心底見下し切った態度は心底反吐が出るが……問題はそこではない」

 彼の指摘は図星だった。僕はスネイプ教授のために、教育的指導で言い訳ができる範囲だったら、なんでも黙秘するだろう。しかし、それを指摘して、彼は何を言いたいんだ?

 

 彼は囁くように、僕に決定的な言葉を突きつけた。

 「お前は、自分が害された事実に安心している。

 お前は、誰かが罪を犯すのが耐えられないから──しかも、それを奴らにさせたのが自分である事実にはもっと耐えられないから──被害者が自分だと安堵するのだ。責任は全て自分にあると、だから本当は『悪い人』などいなかったのだと、自分を騙すことが出来るから、お前は自分を傷つける人間こそを懐に入れ、愛するのだ」

 心臓に冷たい刃が滑り込んだような心地がした。思わず頭を上げ、スネイプ教授の顔を見つめる。彼はこちらの反応を見て片方の唇を上げた。しかし、台詞の割に、彼の表情には勝ち誇った色がなかった。

 今の僕に彼が何を考え、感じているのか読み取る気力は無い。ただ彼の言葉を否定したいという思いに従って、僕は口を開いた。

 「……違います。僕は相手の罪を無かったことにしたいわけでは……」

 自分でも驚くほどに情けない声だった。それを聞き、スネイプ教授もさらに眉間に皺を寄せる。

 「お前は嘘が下手だ。自分を騙せなくなれば、すぐにボロが出る」

 「僕は自分を騙していません!」

 思わず声をあげ、僕は我に返った。これではスネイプ教授の考えを肯定しているようなものだ。

 なんとか自身の考えを整理しようと、そして彼の視線から逃れようと、僕は彼から目を逸らして俯いた。その様子を見て、彼は全く嬉しくなさそうに鼻を鳴らして笑う。

 「いいや、騙している。

 お前が目を逸らしてきたことを教えてやろう。ルーピンは自分の身の上を教訓として活かせない、保身に走った無責任な愚か者だったし、クラウチ・ジュニアは闇の帝王の復活のため、自分を慕う子供に磔の呪文をかけた、中途半端な見下げ果てたクズだ。それが現実だ」

 その言葉には我慢がならなかった。僕は勢いよく顔を上げ、スネイプ教授に怒鳴りつけた。

 「それは彼らの一面でしかない! そこだけ見ても何の解決にもならないし、誰も救われない……あなたの他罰感情を僕に押し付けないでください!」

 僕はこの言葉で彼が怒ってくれるだろうと思っていた。しかし、彼は相変わらず静かに、しかし何かに我慢がならないと言った様子で喋るだけだった。僕はそれが本当に嫌だった。まるで──まるで、彼が正しいことを、相手のために、我慢して言っているようじゃないか。

 

 スネイプ教授は逃げるのは許さないとばかりに、僕の座る椅子の背もたれを掴んだ。

 「お前が救いたいのはお前自身だ」

 ……だからなんだ? そんなの、当たり前じゃないか。僕は反抗心のまま顔を上げ、彼を睨み口を開く。

 「それ以上、そこを責めても無駄ですよ。僕は元々自分のために何もかもしているのですから……僕は自分のしたことが将来自分のためになると信じていますし、行動を改める気はありません」

 スネイプ教授は嫌いな生徒を責め立てているというのに、全く笑っていなかった。彼は僕から目を逸らさず、刻みつけるように言葉を紡いだ。

 「クラウチはアズカバンに送られるだろうが……闇の帝王は吸魂鬼を味方につけ、あいつを含む忠実な部下を脱獄させるだろう。

 クラウチが闇の帝王の元に戻り、他の人間を傷つけてもなお、お前は自分の正しさを信じられるのか?」

 僕が見ようとしていなかった、見たくなかったところを突かれてしまった。思わず怯み、視線を逸らすがスネイプ教授はこちらに全く構わずに言葉を続ける。

 「いいか、お前は罪悪感から逃げるために、自分の命を危険に晒した。先のことを考えず、ただ自分の感情が耐えられないからと言う理由で。そんな短慮で。

 ……そのせいでこれから人が死ぬかもしれない。お前のせいで──」

 彼の言葉に息が詰まる。クラウチ・ジュニアがダンブルドアに語った話を聞いて湧いた後悔が再び胸を切り刻む。クラウチ・ジュニアが死ねば良かったとは思わない。しかし、僕が今回の結末に、闇の帝王の復活に何の妨害もできなかったのは事実だった。

 

 

 顔を覆ってしまいたくなるが、そうする前にスネイプ教授の言葉を、聞き慣れた静かな声が遮った。

 「そこまでじゃ、セブルス」

 教室の入り口にはダンブルドアが立っていた。

 スネイプ教授は彼を見て動きを止めた。しばらく沈黙したのち、僕から離れてダンブルドアに向き直り、忌々しげに言葉を放つ。

 「……必要な指導でした」

 「そうかもしれぬ。けれど、行きすぎておる」

 スネイプ教授は何も反論せず、こちらをちらりと見た。彼の表情には怒りは滲んでいない。僕が見た中で初めて、ダンブルドアに食ってかかることなくその言葉を受け止めていたようだった。

 ダンブルドアは僕の座っている椅子のそばに歩み寄り、僕の肩に手を置いて話しかける。

 「さあ、君はもう休まねばならぬ。今後のために語るべきことはあるが……それは後のことにしよう」

 疲れ切った僕はただ、その言葉に頷くことしかできなかった。

 

 

 

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