音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
ハロウィーンを過ぎてから、僕はクラッブ、ゴイルと離れて一人で図書館に詰めることが多くなった。二人も本は嫌いではないが、僕に付き合って長時間図書館にいるほどではない。勉強で利用している体を装ったために彼らは僕のガリ勉な様子に少し呆れていたが、深く突っ込むこともなくそれぞれで有益な時間を過ごしてくれているようだった。
調べもののために他に割く時間が多く取れなくなっても、同級生に愛想良くしよう作戦は根強く続けていた。幸いなことに、僕は成績優秀で真面目な人間だと周囲に認知されてきているらしい。図書館通いの理由を問いただされることもなく、スリザリン生達とは良好な関係を築き始められていた……多分。
ホグワーツの図書館は歴史にふさわしく立派なものだった。禁書の棚に配架されていて読めないものもあるが、そういった子どもに見せたくないような書物は我が家系の専売特許だ。ここで手に入らなくても、後でどうにかする手段はあるだろう。それにしても、知識を広く仕入れるに越したことはないが、新聞のバックナンバーのような資料系が豊富にあるのが何よりもありがたかった。
十一月に入り、雨に雪が混ざり始めて来た頃にクィディッチの初戦はあった。対戦カードはグリフィンドール対スリザリン。この日に向けてただでさえ仲が良くない両方の生徒達は廊下で小競り合いを頻繁に起こしている。
正直クィディッチには全く興味がないが、それを声高に言ってまた変わり者のレッテルを貼られるのは避けなければならない。気が進まないのを隠し、同級生と連れ立ってスコットランドの寒空の中、僕はスリザリン対グリフィンドールの試合へと向かった。
元々スポーツ好きではないことを加味しても、僕にとってクィディッチは楽しめる競技ではなかった。ルールもそうだが、あんなイカれた高さで球を飛ばし合うスポーツが市民権を得ているなんて魔法界は狂っていると言いたくもなる。それでも大して(大して!)死人は出ないのだ。魔法族は心身ともに丈夫すぎる。
それにしたってマグルの世界には球技だけでも数限りなくあるというのに、魔法界の娯楽は貧相なものだ。この人口の少なさ、文化圏の狭さが一番大きな理由なのだろうが、頼むから非魔法界から文化を輸入してほしい。サッカーとかの方が子どもの健康にも良さそうなのに。実際に自分の身体を動かす体育の授業がなくても健康に大きな影響がないところを見るに、やっぱり魔法族はマグルよりも丈夫なのだろうか。
試合へ身が入らないまま、僕は観客席で縮み上がる子どもたちに持ってきたマントを被せ、観戦の姿勢をとった。
空中で繰り広げられる攻防には今一つ集中できなかったが(飛び回る速度が早過ぎて誰が誰だかだ)、聞こえてくる実況は面白いものだった。グリフィンドールのリー・ジョーダンがスリザリンのプレイに口汚く罵りそうになるたびに制止するマクゴナガル教授の言葉が聞こえてくると、ハリーがシーカーになった時から積もっていた不信感が少しだけ溶けたような気がした。
けれど、あの時抱えた懸念までもが消えたわけではない。「物語」という観点から考えるならば、この試合、スリザリンが負けそうだ。主人公を最年少シーカーにしてまで初戦で負けさせる意味はないだろう。そして、マクゴナガル教授の贔屓によってチームに入ったハリーが勝ってしまったならば、スリザリンはグリフィンドールに敵愾心を抱くことが容易に想像できる。もうこのあたりは、今の僕にはどうすることもできない。せめてスリザリンが自分達のせいだと思えるような負け方をするよう祈るしかなかった。
そうしてぼんやりと試合を眺めていると、ふと周囲がざわめき出す。何かあったのだろうか?
原因を見つけられないまま辺りを見回していると、隣に座っていたクラッブに脇を小突かれた。彼が指を指す方を見ると、そこには想像もしていなかった光景が存在した。他のチームメイトから少し高い位置にいる、一際小柄なグリフィンドール選手の箒が暴れ馬のように踊り狂っている。遠目からでも分かる。間違いなくそれはハリー・ポッターだった。
嘘だろう? この大人の魔法使いが大量にいる場で、出場選手にちょっかいを出す愚か者がいるのか?
その上、飛んでいる競技用箒そのものに作用する魔法をかけるのは至難の技だ、よほどの熟練した魔法使いが全く非合理的な場面でハリーに危害を加えようとしている事実に一瞬脳みそが回転を止める。
我に返って慌ててクラッブから双眼鏡を借り、僕は客席を見渡した。
呪文の主らしき人は────二人いた。やはり、例の容疑者たち、スネイプ教授とクィレル教授だ。どちらがこの公衆の面前でアホすぎる暗殺をやらかした愚か者なのかここからでは判別できない。けれど、同じようにハリーの箒を見つめ呪文を唱えていると言うことは、片方が反対呪文である可能性は消せなかった。迂闊にこちらから手を出してハズレを引けば、ハリーはたちまち地面に叩きつけられるだろう。
勿論他の先生がクッション呪文を掛けてくれるだろうが──本当に大丈夫なのか? それでも僕が干渉すれば何が起こるか予想できない。焦る気持ちばかり募って双眼鏡で他の先生方を見つめるが、何か有効な対策をとっているようにも見えない。何をしているんだ? 頼むからしっかりしてくれ!
こちらもそろそろ緊張に耐えきれなくなったところ、観客席の方に変化が起きた。双眼鏡の向こうのクィレル教授が誰かに薙ぎ倒され、スネイプ教授のローブの裾から火の手が上がったのだ。すぐにハリーの箒はコントロールを取り戻し、彼は再び試合に戻っていった。観客席も落ち着きを取り戻したようだ。試合を止めようという動きもない。犯人探しはいいのだろうか?
……それにしても、やっぱり僕が何もしなくても物語は上手く進むものなんだな……。
安堵で椅子から滑り落ちそうになったところをゴイルに支えてもらいながら、僕は深く息を吐いた。
しかし、なぜ犯人はクィディッチピッチで呪いをかけたのだろう? あの観衆の面前で、どう見ても合理的じゃないのに。
ハリーがスニッチを吐き出すのを見ながら、この事態に説明がつく理由を検討する。なぜ城内で不意打ちしなかったのかに思考を移し、ようやく思い当たるものがあった。
そうか、クィディッチピッチは城壁の外だ。城の建設当初は当然存在しなかったはずだし、ホグワーツの守りの範疇に入っていなくてもおかしくはない。禁じられた森やホグズミードにまで呪文がかかっていないことの理由はそれくらいだろう。
であればホグワーツ城内にいる間は主人公は安全だが──いよいよ、ハリーには外をウロウロして欲しくなくなってしまった。試合の後、森番の小屋に向かうハリーを眺めながら、僕は今度は不安で深くため息をついた。
おまけに、寮に戻るとクラッブとゴイルにちょっと……いや、かなり呆れた顔でベッドに座らされた。
クラッブは眉を顰め、への字にしていた口を開く。
「お前、今日すごく目立ってたぞ。ただでさえまともに応援せずに席に座ってるのに、どっちの寮でも選手が落ちたら顔を顰めて。しまいにはハリー・ポッターへの態度だ。お前はハリー・ポッターのママじゃないんだぞ」
彼の指摘は尤もだった。実際、ハリーが箒にしがみついている間、僕は周囲の目など気にせず慌てふためいていた自覚がある。
「……直さないとだよなぁ」
自分の迂闊さに脱力してしまう。折角スリザリンに溶け込もう作戦をやって来ていたのに……そこに、話を聞いていたのか同室のザビニがやって来た。
「もう上級生には諦められているんじゃないか? ジェマ・ファーレイはお前を黙殺することに決めたようだぞ。それに、マルフォイが心配性のママになっちまうのはハリー・ポッターにだけじゃないだろ」
ニヤニヤ笑いながら言われたが、悪意は感じない。クラッブとゴイルは少し憤慨したようだったが、それを見てザビニはまだ楽しそうにお前らを馬鹿にしているわけじゃないと言い訳した。
そこでまた新たな声がかかる。
「目立ちたくないって言うんだったらマントで包む相手に上級生が混じってないことを確認しろよ、マルフォイ」
同様に話を聞いていたらしいノットだ。カーテンを開け、彼は半笑いで僕を見ている。ザビニはそれを聞いて大笑いし、その上級生がどう困惑していたかを真似始めた。
……気づいていなかったわけではない。だが、ここでようやく僕は自分が年上の子まで子供扱いしていたことに思い当たった。途端に僕は恥ずかしくなり、クラッブをどけてベッドのカーテンを締め切る。
カーテンの外では、四人が僕の今までの奇妙な行動をネタに盛り上がり始めた。
内心複雑だが、同室の子達は反感を持ったりしていないようだし、今のところはこれで世渡りをうまくやっていけていることにして欲しい。誰にでもなく言い訳しながら、僕は毛布を頭の上まで引っ張り上げた。