音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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今回の投稿時より必須タグにR-15と残酷な描写を追加しています。


最後の課題

 

 時は第三の課題の前まで遡る。

 

 ハリー・ポッターにはやらなければいけないことが山ほどあった。クラウチが消えたことや、再びヴォルデモートの悪夢を見て傷跡が痛んだことといった気がかりは残っていたが、徐々にそれらを考える時間はなくなっていた。もう数週間後に、三大魔法学校対抗試合の最終戦が近づいていたのだ。

 

 今回、ハリーは何としても自力で──少なくとも、今まで幾度となく助言をもらったドラコ・マルフォイからの直接の助けなしで、課題に取り組もうと考えていた。

 第一の課題は攻略法を一緒に考えてもらったし、第二の課題のときは卵の謎を解くのを手伝ってくれた。今回はその二つと違って、事前に具体的な対策を講じられるような情報はほとんどない。ただ、「迷路」の中で待ち受ける障害物を潜り抜ける。それだけだ。

 しかし、だからこそ、ドラコに頼らずとも自分で何とかできるところが多いような気がした。ドラゴンも湖も、かろうじてではあるが学生の知識でどうにかなる相手だった。以前の二回の経験から、全く子供には歯が立たないような課題ではないことは分かっているのだ。

 

 もちろん、他の代表選手に打ち勝つのは簡単ではないだろうが、全く策がないわけではない。実践的な呪文なら、この一年弱でたっぷり練習した。第一の課題の前から、ドラコとハーマイオニーはどんな状況にも対応できるようにと見繕ってくれていたのだ。それに加えて、どう練習したらいいのか、どう覚える呪文の優先順位をつけたらいいのか、問題点をどう整理したらいいのか……そういった考え方も、少しずつ身についていた。他でもないドラコの助けによって。

 

 思い返してみれば、いつだって彼はハリーに知識をただ与えるだけでなく、自分の頭で考えられる人間になること──「狡猾」であることを望んでいたのだ。狡猾さをグリフィンドール生に求めるなんて何だかおかしく思えたが、ドラコを見ているとそれが美徳であることも分かるような気がした。もし、彼のようになれるなら、そうなりたいとも。

 ハリーは二年生のときとは違い、自分がスリザリンの性質を持っていることを、もう気に病んではいなかった。

 

 

 教えられてきたことがちゃんと身になっていると証明できれば、少しはドラコの肩の荷を下ろすこともできるかもしれない。ここ最近、彼は再び何やら忙しなく動いていた。いや、気がついていなかっただけで、いつものことなのかもしれない。彼は常にハリー達の知らないところで、誰かのために、何かをしていた。ハグリッドのことも、ルーピン先生のことも、そしてハリー自身のことにも──彼が何かしてくれていたと気づくのは、いつだって全てが終わった後だった。

 

 ここ最近のことにだって、ハリーには思い当たるものがあった。第二の課題の前後で、あれだけ調子に乗っていたリータ・スキーターの記事がぱったりと日刊予言者新聞に載らなくなったのだ。ハリーはすぐに誰がそれを仕組んだのか悟った。それは多分、いや、間違いなく、ドラコだ。

 

 一月のホグズミード行きの日、「三本の箒」でハリー達三人とハグリッドがスキーターに出くわした後、ドラコはその後を追って店から出て行っていた。その後からスキーターはハリー達に都合の良い部分もある話を何本か書いて、そして唐突に表舞台に姿を見せなくなった。これは単なる偶然では無いはずだ。

 

 

 ロンやハーマイオニー、ハグリッドは、ハリーがスキーターを邪険に扱ったので、第二の課題の後の記事がどんなにひどいものになるだろうかと恐々としていた。その最悪の事態に陥る一歩前のタイミングを狙って問題を解決できる人間を、四人はドラコしか思いつかなかった。だから、何をどうやったのか当然尋ねたのだが、彼は曖昧に笑うだけで頑として答えなかった。

 無理に口を割らせられなかったのは、やはりドラコがどんどん忙しそうになっていたからだ。もちろん、日頃から彼は世話焼きで色々な人に引っ張りだこなのだが、今年に入ってからは特に深刻そうにあちこちを駆けずり回っていた。その理由が何なのか、ハリーたち三人は何となく察していた。きっと、ヴォルデモートのことだ。ハリーが何か情報を掴んでそれをドラコに教える度、それについて何か必死に調べている様子だった。

 

 何を気にしているのか教えてもらいたいと思っても、やはりドラコははぐらかすだけだ。ただ何でもないと、自分がどうにかすべき用事だと言って、三人を遠ざけて一人で何かをしていた。

 

 その態度は、ハリーの中にずっとあった、ある感情を強くさせた。──それは、悔しさだった。

 ドラコはいつも、ハリーを信じていると、ハリーなら大丈夫だと言ってくれる。でも、それはいつだって、こちらがその言葉をかけて欲しいと願っていたときだった。ドラコは決して、必要としていないとき、何か期待をかけるよう事は言わなかった。それはハリーのためなのだろう。かけた言葉が重荷になってはいけないとか、それでハリーが無茶をしたら本末転倒だとか、いつものようにこちらを気遣って、そういう「思慮深い」態度をとっているのだろう。

 

 ドラコはきっと、第一の課題でドラゴンから逃げ出しても、第二の課題で水中で息をする方法を見つけられず無様に溺れてしまっても、少しだってハリーを責めなかっただろう。むしろ、仕方がなかったと慰めすらしただろう。ハリー自身のために。でも、それを想像するたび、ハリーは自分の腹の底から苛立ちのような、寂しさのような感情が湧いてくるのを止められなかった。

 

 この思いはロンとハーマイオニーには分からない感覚らしかった。ロンはそこまでドラコにこだわることに対してあまり理解できないといった感じだったし、ハーマイオニーはここまで世話になっておいて、恩知らずじゃないかと指摘してきた。だからハリーはドラコに対して正面切ってそれを言うことはなかったのだが、それでもハーマイオニーはいい顔をしなかった。彼女は内心も美しくあれるならそうあるべきというタイプだ。それゆえに、ハリーはこの感情をどうにも持て余していた。

 

 

 第二の課題が終わってすぐの頃、スリザリンの席で朝食を食べているときに、ハリーはふとこのことを思い出した。これはクラッブとゴイルなら分かってくれるのではないか、という思いが頭をよぎる。そして、その勢いのまま、その場にいた二人に胸の内を打ち明けた。ハリーはそれほどこの二人と打ち解けてきていた。

 

 その期待は当たっていた。クラッブは馬鹿にしたように少し笑ったが、すぐいつもの仏頂面に戻り、口を開いた。

 「まあ、分からないでもない。僕らの方があいつとは付き合いが長いんだ。あいつが如何に自分以外を子ども扱いしているかなんて、骨身に染みて実感している」

 ゴイルもハリーを全く否定しなかった。ドラコが大広間に入って来ていないことを確認した後、彼は困ったように微笑んだ。

 「別に悪気があるわけじゃないんだよ。僕らを馬鹿にしてるとか……まあ、善意な分もっと厄介なところがあるけどね」

 

 確かにこの二人はドラコとの付き合いが長いから分かってくれるかも知れないという思いはあった。しかし、ここまでこの二人が共感してくれるとハリーは思っていなかった。目を丸くして驚いていると、クラッブは挑戦的に笑う。

 「で、それが気に食わないんだったら、今のお前がやるべきことは一つだ。そうだろう?」

 

 勿論、それが何なのかは分かっていた。深く頷き、ハリーは答える。

 「……ドラコの助けなしでも、課題をやってやれるんだって……僕は守られているだけじゃないって証明する」

 その言葉に、二人はニヤッとスリザリン生らしく笑った。

 「僕たちも手伝うよ。絶対一位になって、ドラコの鼻をあかしてやろう」

 ゴイルは少し茶化して言った。……そうして、クラッブとゴイルはハリーの特訓に付き合ってくれるようになった。

 

 

 

 一緒に呪文を練習する中で、ハリーは今まで気づかなかった二人の性格を知った。

 

 彼らはドラコの幼馴染であるせいか、彼と同じ考え方をしているところが少しあった。クラッブのなんだかんだ懐が深いところや、ゴイルのいつでも気を回して優しいところは、ドラコによく似ている。休憩の合間に、ハリーはポロッとそれを二人に言ってしまった。てっきり妙なことを言うなと怒られるかと思ったが、二人ともそれはそうだろうと頷くだけだった。

 三人で空き教室の床に並んで座りながら、ゴイルは懐かしむ様な顔をして微笑んだ。

 「ドラコは昔からあんな感じだったし、うちの親は、はっきり言って子供の世話に興味がなかったから。昔……七歳くらいの頃かな。それまでは、僕ら本を読んだことすらなかったんだ。そんな子供を見たら、ドラコがどうするかなんて分かるだろう? 本当に、あの手この手で僕らに知識を叩き込もうとしたわけだ。

 そのときは今ほど頻繁に会っていたわけじゃないけど、彼が親というか、先生代わりみたいなものだったよ」

 

 クラッブも頷き、少し皮肉げながらも穏やかな顔で口を開く。

 「あいつも初めに会った頃はもっと……説教臭かったし、うざったかった。ただ、それに反発してもどうしようもないって、長い間一緒にいると分かってしまうんだよな」

 クラッブの言うことはよくわかった。正直、何でドラコに口を出されなきゃならないんだと思ったことは、ハリーだって何度もある。けれど、彼はこちらが納得していないことを察すると、徹底的に話を聞いてくれてしまうのだ。そして、その時は絶対に頭ごなしに否定しない。自分でも言葉にできていなかった本当の望みを掬いあげて、もっと良い方法はないか考えてくれる。……そうされてしまっては、反抗するのも難しかった。

 

 クラッブはハリーが同意するのを見て、少しだけ意外そうな顔をしていた。彼はそのままその場に座り直し、ハリーの方をじっと見つめる。

 「……俺はてっきり、お前らはあいつを利用したいだけの奴らだと思ってた。三年のときなんか、特にな。お前らはあいつに尻拭いをさせるだけさせて、なーんにも恩を返さなかったものな?」

 思わずうっと黙り込んだハリーに向かって、クラッブは微笑んで首を横に振った。

 「でも、今年お前はそれなりにあいつの助けなしに課題をこなしたんだろう? それで、あいつが手を貸さなかったからって怒ったりしなかった。今回は、そもそもあいつの助けを借りたくないとすら考えた。……少し、珍しいことだ」

 

 ハリーはクラッブの真面目な様子に面食らってしまった。それは、そんなに貴重な出来事だろうか。

 「当たり前じゃない? いつも助けてもらいっぱなしで悪いって気持ちぐらいはあるよ」

 けれど、クラッブは肩をすくめて笑った。

 「奴はいつだって完璧に見えるからな。それでいつも、損な役回りを押し付けられる。あいつ自身、それを望んでる。そんなことをしてやる義理は無いのに。心当たりはあるよな?」

 その言葉はハリーの胸に鈍く刺さった。ことヴォルデモートに関して、ハリーはドラコに何でもかんでも相談してしまっている。彼自身が非常に強い関心を示しているからと言うのはあるが……それでも、心労を増やしてしまっていることだろう。

 

 言葉に詰まったハリーを見て、ゴイルは気遣わしげに笑った。

 「君がこうしてドラコに頼り切りにならないって決めたのは、君にとっても彼にとっても良いことだと思う。僕らも、自分で何かを本当にやり遂げたいと思うんだったら、このままではいられないしね」

 ゴイルは何をしたいと思っているのか、ハリーには想像ができなかったが、気持ちは分かった。クラッブもゴイルに対して頷き、ハリーの方を振り返る。

 「お前が思っているより、ドラコ・マルフォイはずっと完璧じゃない。身内贔屓が馬鹿みたいに強いし、その身内の範囲が狂っている。顔に出さないだけでカッとなりやすいし……あと、自分を天秤に乗せた損得勘定がかなり下手だ」

 いきなりドラコの欠点をあげ出されたことに、ハリーは面食らってクラッブをまじまじと見る。それを無視して、クラッブは真剣な表情で言葉を続けた。

 「だから、もしお前があいつに恩を感じてるんだったら、せめてあいつに守られているだけの人間じゃないって証明してやってくれ」

 クラッブの真面目な態度に驚きながらも、ハリーはしっかりと頷いた。

 

 

 

 

 そして、いよいよ六月二十四日がやって来た。起きたそばから昂る気持ちを感じながら、ハリーは何とか心を落ち着けてグリフィンドール寮を出た。

 

 その日の朝、グリフィンドールのテーブルは大賑わいだった。ハリーの周りにはロンとハーマイオニーだけでなく、クラッブやゴイルまでやってきて覚えた呪文の復習と激励をしてくれた。ホグワーツに入ってから、ロンとハーマイオニー以外の同級生からこんなに親しくしてもらったことはないかも知れない。ハリーは再び、二人に絶対一位を取ると誓った。

 

 朝食の後、代表選手は家族が待つ小部屋へと呼び出された。ダーズリー一家が呼び出されたのかとヒヤヒヤしたが、その予想は外れた。小部屋で待っていてくれたのはウィーズリーおばさんとビルだった。昼食までの間、三人はホグワーツを見て回ることに決めた。

 

 二人と一緒に大広間へと部屋を出ようとしたところ、セドリックとエイモス・ディゴリー氏が入口のすぐ横に見えた。ディゴリー氏とは一緒にクィディッチ・ワールドカップに行って以来だ。ハリーはちょっぴりこの人のことが苦手だった。彼は去年、クィディッチでグリフィンドールがハッフルパフを破ったことをよく思っていないらしく、キャンプ場に向かう間にハリーに不満げな視線を向けていた。

 横を通り過ぎるときに二人と目があった。セドリックはハリーを見て微笑みながら口を開いたが、それをディゴリー氏が遮った。

 「よう、よう、いたな」

 それはひどく不躾な声色だった。ディゴリー氏は返事を待たず、ハリーを上から下までじろじろ見た。

 「今回の課題は箒も人質もなしだ。そうそういい気にもなっていられないだろう?」

 皮肉な物言いに、ウィーズリーおばさんとビルの表情がさっと硬くなる。しかし、二人が抗議の声を上げる前に、ディゴリー氏を制したのはセドリックだった。

 「父さん、止めてくれ。ハリーのせいではないのだから。彼を責めてはいけないよ」

 セドリックのきっぱりとした声に、ディゴリーもウィーズリーおばさんも驚いて口を閉じた。ハリーも目を丸くしてセドリックの顔を見る。彼がこんなに強く何か言うところは初めて見た。

 

 目を丸くしている父親をよそに、セドリックはそのままハリーに向き直る。

 「──すまない、ハリー。リータ・スキーターの三大魔法学校対抗試合の記事以来、ずっと腹を立てているんだ。ほら、君がホグワーツでただ一人の代表選手みたいな書き方をしたから。君が悪いんじゃない」

 何と応えたらいいか分からないでいるハリーに、セドリックは言葉を続けた。

 「ハリー、折角応援が来ているのに悪いんだけど──この後、少し時間をもらえないか?」

 その真剣な表情に、ハリーはただ頷くことしかできなかった。

 

 

 

 ディゴリー氏、ウィーズリーおばさん、ビルを残して、ハリーとセドリックは小部屋から出た。廊下はがらんと静まり返っている。他の生徒はみんな、この時間は試験を受けているはずだ。非日常な学校を二人押し黙ったまま歩く。しばらく行ったところで、セドリックはハリーの方を振り返った。彼の手は後ろに回され、唇は真一文字に結ばれている。なぜかは知らないが、随分と緊張しているらしい。

 

 セドリックはしばらく言葉をさまよわせたあと、意を決したように口を開いた。

 「君に、謝らなきゃいけないと思って」

 

 全く予想していなかった台詞だった。一体何のことを言っているんだ? セドリックが何を言おうとしているか分からず、ハリーはぽかんと口を開けた。そんなハリーの様子に構わず、セドリックは言葉を続けた。

 「僕は──第一の課題が終わったときには、もう君が、本当に自分でゴブレットに名前を入れたんじゃないって分かっていた。他の人を出し抜いてまで代表選手になりたい人が、ドラゴンのことを他の選手に教えるわけがないからね。なのに、周りのハッフルパフ生が君の悪口を言うのをちゃんと止めなかったし──いや、本当は分かる前から止めるべきだったんだろう。だけど、そうだね。友達が君を貶すのを黙って見ていた。父さんのことだって、今日顔を合わせるまでは注意したりしなかったんだ。だから──ごめん」

 

 セドリックは顔を赤らめながらも、ハリーから目をそらさずに早口で言い切った。その瞳からは、何か懸命なものが現れていた。

 いよいよハリーは面食らってしまった。セドリックはひどく恥ずかしそうなのに、何とかこの場にいることを耐えているようだ。その様子に、一瞬チョウに関する嫉妬さえも、ハリーの頭からは抜け落ちていた。

 審判を待つように後ろ手を組んで黙りこくっているセドリックに対して、ハリーは何とかかける言葉を探した。

 「いや……僕も……君にあんまり良い態度を取らなかったから。ほら、クリスマスのとき……」

 それを口に出した後、ハリーは自分が口を滑らせてしまったことに気づいた。あの時の言葉が子供っぽい嫌味だったことを明かしてしまったのだ。

 決まりが悪くなって窓の方に目を逸らしたが、セドリックはむしろほっとしたようだ。少し緊張が解けた声で言葉が返ってきた。

 「気にしないでくれ。むしろ、僕は君にドラゴンの借りを返せていないんだから。役に立てなくて悪かったよ。君も代表選手になって、いろいろ大変だっただろう? 寮のみんなの期待とか……辛いこともあっただろう」

 

 その言葉に、ハリーは思わずセドリックの顔を見つめる。今日に至るまで、彼はそんなふうに考えている様子など少しも見せていなかった。

 

 「セドリックも……そういうことを思ったの?」

 

 「ハッフルパフは代表選手の選出のことがあって気が立ってたからね。なんだかんだ僕らの寮は『劣等生がいくところ』みたいに軽んじられがちだったから、そうではないと知らしめる絶好の機会だって、みんな思っていたんだ。なのに代表選手が二人になってしまって。もちろん君のせいじゃない。だけど、やっぱり……そうだね。みんなの期待に応えないと、とは思ったよ」

 「それなのに、僕に第二の課題のヒントをくれたの?」

 目を丸くするハリーに対し、セドリックはぎこちなく肩をすくめた。

 「ああ……だって、君にドラゴンのことを教えてもらっておいて、何にもなしって訳にはいかないだろう? それも今から考えると、『風呂に入れ』だなんて、随分と中途半端なヒントだったしね。……しかも、君には役に立たないものだったみたいだ」

 

 再び恥いる様子を見せるセドリックに、いよいよハリーもバツが悪い心地がした。

 「……いや、僕は卵の謎を解くとき、ドラコに考えを助けてもらってやったんだ。一人だったら、きっと行き詰まっていたよ。だからあんまり気にしないで。クリスマスのときは、せっかく助言をしてもらったのにあんな感じで悪かったよ」

 「いや、僕の方こそ、君や君の周りには八つ当たりみたいな真似をしてしまったから……よく思わないのも当然だ」

 

 セドリックは本当に居た堪れないという様子だ。「八つ当たり」が何のことかはわからないが……お互い謝り続けているこの状況がおかしくなり、ハリーは少し笑ってしまった。それを見て、セドリックもほっとした顔をする。この一年間、お互いに張っていた壁がこの時だけは崩れたのを感じた。

 

 少しだけ間を空け、ハリーは少し気になったことをセドリックに尋ねる。

 「……なんで今、僕に謝ろうと思ったの? ……いや、遅かったとかじゃないんだ。でも……」

 セドリックは少しだけ視線を彷徨わせた後、迷いながらも口を開いた。

 「ある人に……偉そうに色々言ってしまって。僕だって、人の期待に応えたくて、自分がやりたいことを出来ていなかったのに。だから、せめてこれからは自分に正直になろうと思って」

 

 セドリックは窓の外を眺めながら、自分に言い聞かせるように言葉を続けた。

 「お互い、後悔のないように頑張ろう」

 

 

 

 そして、第三の課題が始まった。

 クィディッチピッチに生い茂った迷路の中で、ハリーは想像もしていなかった怪物と遭遇することになった。尻尾爆発スクリュートに真似妖怪、重力を反転させる金色の靄、スフィンクス。全てかろうじて切り抜けられたような障害ばかりだ。

 ──しかし、脅威はそれだけではなかった。

 

 迷路を潜り抜ける中で、クラムがセドリックに「磔の呪い」をかけるところに出くわしたのだ。ハリーは即座に麻痺呪文でクラムを昏倒させることができたが、ショックは大きかった。「磔の呪い」は禁じられた呪いで、たとえ課題だろうと使っていいものではない。すでにクィディッチで名高いクラムがこんな形で法を犯してまで、勝利に固執するとは思えない。どこか様子もおかしかった。あのぼんやりとした表情は──おそらく服従の呪いだ。迷路の外で、誰かが何か目的を持って代表選手を害そうとしているのだ。

 

 ドラコはこういうことを予期して、僕に課題そのものじゃなく、身を守るための呪文を覚えてほしいと考えていたのだろうか?

 

 彼が何か心配していて、その正体が何か話してくれないときは今までに何度かあった。二年のクリスマスにドビーについて話した後や、三年のペティグリューを疑っていた件なんかが最たるものだ。そして、その後にはいつも危険な出来事が待っていた。もしかしたら、今回もそうなのかも知れない。

 セドリックと別れた後も、嫌な雰囲気があたりに漂っていた。一刻も早くこの課題を終えるためにハリーはさらに足を早め、迷路の先へと急いだ。

 

 

 

 優勝杯が輝くのが見える道で、ハリーは後ろを何かが駆ける足音に気がついた。振り向いた先に見えたのは、あちこちに怪我をしたセドリックだった。競争相手が自分の前にいるのに気づいたセドリックは、走ってハリーを追い抜こうとする。ハリーも慌てて優勝杯の方に向かおうとしたが、不意にセドリックの横に何か大きな影がよぎる。それは、熊ほどの大きさがありそうな蜘蛛だった。蜘蛛は猛然とセドリックに突っ込んでいく。

 ハリーはそのまま先に逃げようとして──転んでしまったセドリックの手から杖が離れるのを見た。それを見てしまっては、見捨てることはできなかった。素早く駆け寄り、杖をまっすぐに蜘蛛へと向ける。

 

 蜘蛛の外皮は硬く、放った二、三の呪文はほとんどが効かなかった。しかし、ハリーは焦りながらも大事なことを思い出していた。──呪文を弾いてしまう魔法動物は、そうじゃないところを狙う。

 蜘蛛の突進を逃れて次に放った「結膜炎の呪い」は蜘蛛の目の一つをしっかりと捉え、その巨体は大きく怯んだ。その隙に蜘蛛から逃れて距離を取ったセドリックも自分の杖を拾い、呪文を放つ。二人分の力でかけられた麻痺呪文によって、大蜘蛛はその場に崩れ落ちた。

 

 しばらく息を整え、二人は顔を見合わせた。気づけば、セドリックの方が優勝杯の近くに立っている。セドリックの方がハリーより背が高いし、足も長い。ここから追いつくことはできないだろう。最後の最後で、してやられてしまった。

 絶望的な気持ちになるハリーを見て、セドリックは意を決したように口を開いた。

 「……ハリー、君が優勝杯を取れよ。君が優勝するべきだ。迷路の中で、君は僕を二度も救ってくれた」

 

 この後に及んで格好をつけるセドリックの姿に、ハリーは苛立って首を振った。

 「そういうルールじゃない。優勝杯に先に到着した者が得点するんだ。君だ。僕、ここから走ったんじゃ、君に勝てっこない」

 それでもセドリックは優勝杯から離れ、ハリーの方に歩み寄った。ハリーはセドリックが真っ直ぐ、優勝杯を振り返ることなく自分を見ていることに気がついた。

 「できない。……僕は、勝利より公平さを大事にしたい。それがハッフルパフの精神だ」

 取り繕ったり、我慢したところのないきっぱりとした口調だった。ハリーはこの状況でそんなことを言えるセドリックに、一瞬言葉を失った。

 

 「……本当にいいの? 君だって、みんなの期待に応えたかったんだろう?」

 「そうだね……でも、それで自分の心情を曲げるようなことは、したくない。それに、僕の父さんならきっと分かってくれるさ。……僕は全力でやったんだって」

 

 あまりにも真剣な様子に、ハリーは何と返したらいいか分からなくなった。それでも、こんな形で優勝するのは──胸を張って報告できることじゃない。その気持ちで、ハリーは気を取り直して口を開いた。

 「……いや、じゃあ、競走しよう。さっき蜘蛛の邪魔が入ったところまで戻って、そこから走るんだ。それなら、いいだろう?

 ……全力で走ってよ。僕、人から貰った勝ちなんて欲しくない」

 

 セドリックはまだ何か言いたげだったが、ハリーが譲らないことを悟ったようだ。少し困ったように微笑み、蜘蛛から襲撃を受けたところから明らかに離れた場所に戻っていった。……これが妥協の条件なのだろう。ハリーも、今度は何も言わなかった。

 

 

 

 「じゃあ、一、二の──三!」

 

 ハリーは全力で走った。セドリックがちゃんと走ってくれているか確認する余裕はなかったが、すぐ後ろを付いてくる気配がした。安堵と焦燥が掻き立てられる。足音はぐんぐんと距離を縮めていた。ハリーはただ、死に物狂いで足を動かした。

 

 ──正々堂々、勝つんだ。僕もやってやれるってことを、証明するんだ──

 

 勝負はすぐに決着がついた。青白く輝く優勝杯にハリーの手が僅かに早くかかり──

 その瞬間、ハリーは臍の裏側のあたりがぐいと引っ張られるように感じた。両足が地面を離れた。優勝杯の取っ手から手がはずれない。風の唸り、色の渦の中を、優勝杯はハリーを引っ張っていく。

 

 切り裂かれていく景色の中、すぐ後ろにいたセドリックが大きく目を見開いているのが、視界の端に一瞬映った。

 

 

 

 そして、ハリーは一人で、暗い、草ぼうぼうの墓場に立っていた。

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