音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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デタント

 

 

 医務室に大きな足音を響かせながら入ってきたファッジは、唾を飛ばしながらマクゴナガル先生に食ってかかった。

 「だから、不手際は認めると言っているだろう! あなたの批判は越権行為だ! 今後は指示を明確にする。同じことは起きん!」

 医務室中に響き渡る大声にも、マクゴナガル先生は全く怯まなかった。マクゴナガル先生はファッジの勢いを消さんがばかりの迫力で叫んだ。

 「お言葉ですが、それで絶対に再発が防止されるわけではありません! 絶対に、あれを城の中に入れてはならなかったのです! ダンブルドアが知ったらなんとおっしゃるか!」

 まさに鬼気迫る勢いだ。気圧されたファッジは医務室の中を見渡し、近くにいたウィーズリーおばさんを見とめると素早く歩み寄った。

 「ダンブルドアはどこかね?」  

 「こちらにはいらっしゃいませんわ。大臣、ここは病室です。少しお静かに──」

 「何事じゃ。病人たちに迷惑じゃろう?」

 ドアが開き、ダンブルドアがすばやく入ってきた。後ろにはいつもよりさらに機嫌が悪いスネイプと、なぜか襟首を掴むようにして立たせられているドラコもいる。先ほどムーディ先生の部屋で別れたときから、さらに顔色が悪くなり、憔悴しきった様子だ。ダンブルドアはファッジを一瞥し、マクゴナガル先生に向き直った。

 「ミネルバ、あなたらしくもない。バーティ・クラウチを監視するようにお願いしたはずじゃが──」

 「もう闇祓いたちによって連行されました! しかし、ダンブルドア! 大臣は吸魂鬼を──」

 ダンブルドアの後ろを見て、マクゴナガル先生の言葉は途切れた。ぐったりとしたドラコに気付き、目を丸くしたマクゴナガル先生は慌ててそちらに駆け寄った。

 「マルフォイ、あなたはなぜまだ廊下にいるのですか?」

 「……ちょっと、お手洗いに」

 あまりに力のない声を聞いて、マクゴナガル先生は心配そうに眉を下げた。急いで杖を振り、椅子を出してドラコを座らせる。心なしか、隣に立っていたスネイプの眉間の皺までもさらに深くなった。ドラコの世話にかかったマクゴナガル先生に代わり、スネイプがダンブルドアに事態の説明を始めた。

 「校長、あなたのご指示通り、今夜の事件を引き起こした死喰い人を捕らえたと、ファッジ大臣にご報告したのですが。すると、大臣はご自分の身が危険だと思われたらしく、城に入るのに吸魂鬼を一体呼んで自分につき添わせると主張なさったのです。大臣はバーティ・クラウチのいる部屋に、吸魂鬼を連れて入り──」

 スネイプの言葉を聞いて、マクゴナガル先生は再び怒りに火をつけた。

 「去年のことで取り決めがなされていたはずです! ダンブルドア、課題が始まる前にも、私はあなたが許可されないだろうと大臣に申し上げました! ええ、申し上げましたとも。吸魂鬼が一歩たりとも城内に入ることは、あなたがお許しになりませんと。それなのに──」  

 「失礼だが! 事態は変わったのだ! 魔法大臣として、この状況下で護衛を連れていくかどうかは私が決めることだ。尋問する相手が危険性のある者であれば──」

 しかし、マクゴナガル先生の声がファッジの声を圧倒した。

「あの──あの者が部屋に入った瞬間、クラウチに飛びかかって──そして──」

 

 「そして、クラウチが接吻をされることはなかった」

 

 一瞬、誰が口を挟んだのか、誰にも分からなかった。場違いなほど冷静で、優しげな声の主は、紙と同じくらい血の気を失った顔をして椅子にもたれかかっていた。みんなの視線が集まると、ドラコの顔に控えめな微笑みが浮かぶ。言葉を失うマクゴナガル先生に対し、ドラコはさっきまでの足取りが嘘のように、しっかりと立ち上がった。

 「マクゴナガル先生、今はそれでよろしいのでは? 何もそう、お怒りになることはありません。事態は既に終息したのですから」

 「マルフォイ、あなたは何を──これは、あなたの話なのですよ」

 困惑が顔に浮かぶマクゴナガル先生に対し、ドラコはゆったりと首を横に振った。

 「いいえ、僕の話ではありません。そうですよね、ファッジ大臣。あなたは吸魂鬼を伴い、国際魔法協力部部長バーテミウス・クラウチの失踪、並びにハリー・ポッターの拉致に関与した疑いで、バーテミウス・クラウチ・ジュニアと見られる容疑者を逮捕、連行した。それだけです」

 歌うように紡がれた言葉に、マクゴナガル先生は何を返すべきか分からなくなったようだ。わずかな間、沈黙が医務室を支配する。漂い始めた異質な雰囲気を打ち消すように、ダンブルドアがマクゴナガル先生に声をかけた。

 「何があったのじゃ。ミネルバ」

 マクゴナガル先生はドラコから目を逸らせないまま、どうにか気を取り直して、訝しげなダンブルドアに答えた。

「マルフォイは──キスをしようとする吸魂鬼からクラウチを庇ったのです。すんでのところで私の守護霊の呪文が間に合いましたが──ファッジ大臣、あなたは軽率に吸魂鬼を校内に招き入れ、私の生徒の命を危険に晒したのです!」

 ダンブルドアの瞳に燃えるような色が宿った。ファッジもそれに気づいたのか、たじろいで二、三歩後退りをした。しかし、渦中の本人はダンブルドアの様子などまったく意にも介していないようだった。ドラコはダンブルドアとマクゴナガル先生に目を向けることもせず、ファッジの隣にそっと立った。

「ファッジ大臣、気にすることはありません。回復不可能な事故は起きなかったのですから。我々はちゃんと、クラウチ・ジュニアを捕らえることができました。これで、私たちはクラウチ氏の失踪の真相を調査することができます。何一つもあなたが責められることはありません」

 ファッジにもドラコの態度は予想外だったようだ。しかし、自身の不利になることに突っ込む気はないらしい。戸惑いは隠せていなかったが、それでもドラコの言葉にコクコクと頷いた。

「ウ、ウム、そうだ……奴は捕らえられた。吸魂鬼に関しては問題あるまい……しかし、ドラコ……事情聴取と言っても、あいつは支離滅裂だ。ミネルバやセブルスの話では、やつは、すべて『例のあの人』の命令でやったと思い込んでいたらしい──」

 「たしかに、ヴォルデモート卿が命令していたのじゃ、コーネリウス」

 ファッジの目が飛び出さんばかりに見開かれた。縋り付くようにドラコの腕を掴むファッジに、ダンブルドアは追い打ちをかけるように言葉を続ける。

 「何人かが殺されたのは、ヴォルデモートが再び完全に勢力を回復する計画の布石にすぎなかったのじゃ。計画は成功した。ヴォルデモートは肉体を取り戻した」

 「『例のあの人』が……復活した? ばかばかしい。おいおい、ダンブルドア……」

 ファッジはダンブルドアの言葉を聞いて、ドラコの裾を掴み頭を振った。ダンブルドアの話をまるで受け止め切れていない様子だ。ファッジの有様を目にして、初めてドラコの表情に険しさが宿った。ドラコはファッジの肩に手を添えながら、ダンブルドアを横目で見た。

 「ダンブルドア、もう夜も遅いことですし、明日にでも落ち着いてゆっくり話されたほうが──」

 しかし、ダンブルドアはその言葉を遮ってファッジに一歩歩み寄った。

 「ミネルバもセブルスもあなたにお話ししたことと思うが、わしらはバーティ・クラウチの告白を聞いた。真実薬の効き目で、クラウチは、わしらにいろいろ語ってくれたのじゃ。アズカバンからどのようにして隠密に連れ出されたか、ヴォルデモートが──クラウチがまだ生きていることをバーサ・ジョーキンズから聞き出し──クラウチを、どのように父親から解放するにいたったか、そして、ハリーを捕まえるのに、ヴォルデモートがいかにクラウチを利用したかをじゃ。計画はうまくいった。よいか、クラウチはヴォルデモートの復活に力を貸したのじゃ」

 ダンブルドアの口調は滔々と、言い聞かせるようだった。しかし、ファッジはその話を真面目に聞いてはいなかった。

 「いいか、ダンブルドア」

 ファッジはまだ、衝撃に震えていたが、小馬鹿にするような微笑みを無理に顔に浮かべていた。

 「まさか──まさかそんなことを本気にしているのではあるまいね。『例のあの人』が──戻った? まあまあ、落ち着け……まったく。クラウチは『例のあの人』の命令で働いていると思い込んでいるのだろう──しかし、そんな戯言を真に受けるとは、ダンブルドア……」

 「今夜ハリーが優勝杯に触れたとき、まっすぐにヴォルデモートのところに運ばれていったのじゃ。ハリーが、ヴォルデモートが蘇るのを目撃した。わしの部屋まで来てくだされば、一部始終お話しいたしますぞ。今夜はハリーに質問するのを許すわけにはゆかぬ」

 ファッジはベッドに腰掛けるハリーをちらりと見ると、フッと嘲るように笑った。

 「ダンブルドア、あなたは──アー──本件に関して、ハリーの言葉を信じるというわけですな?」

 ダンブルドアはさらに気迫を増して頷く。

 「もちろんじゃ。わしはハリーを信じる。わしはクラウチの告白を聞き、そして優勝杯に触れてからの出来事をハリーから聞いた。二人の話は辻褄が合う。バーサ・ジョーキンズがこの夏に消えてから起こったことの、すべてが説明できる」

 バーサの名前を聞いて一瞬動きを止めたが、ファッジは頑なに軽薄な態度を崩そうとしなかった。

 「あなたは『例のあの人』が帰ってきたことを信じるおつもりらしい。異常な殺人者と、こんな少年の言うことを!」

 「大臣、僕はヴォルデモートが復活するのを見ました」

 ハリーはベッドから立ち上がり、まっすぐファッジを見つめた。

 「錯乱の呪文だろう──クラウチは()()思わせたかったのだ。まだ幼い君を操って──」

 ファッジの頑迷さに、ハリーの堪忍袋の緒が切れた。

 「僕の記憶ははっきりしています! 僕は、あいつのところに集まる死喰い人も見ました! 名前をみんな挙げることだってできる! ルシウス・マルフォイ──」

 そこでハリーはドラコの存在を思い出した。彼の目の前で父親が死喰い人だったと告発してしまった。──しかし、ドラコは先ほどまでとまったく同じ蒼白な顔で、優しげな微笑みを変えなかった。微動だにしないドラコに気づいていないのか、代わりにファッジがハリーに食ってかかった。

 「この子の前でなんということを! マルフォイの潔白は証明ずみだ! 由緒ある家柄だ──いろいろと立派な寄付をしている──」

 しかし、ドラコ自身がファッジの言葉を遮った。

 「いいえ、大臣、これは予想できたことです」

 「予想できた? どういうことだね?」

 ファッジはここにきて、初めてドラコを不可解そうに見た。

 「闇の帝王のところに来たのはそうだな……他には、クラッブ、ゴイル、ノット、エイブリーに……マクネア、ひょっとしたらヤックスリーにカローも……といったところかな?」

 ヤックスリーとカローはいなかったが、あとは当たっている。ドラコはどうやってそれを知ったと言うのだろう? ドラコは思わず口をつぐんだハリーの方を見ず、ファッジに向かって話しかけた。

 「今に始まったことではありません。十三年前から我々のような一族はずっと、疑いの目を向けられてきた。ブラックの脱獄にせよ、去年のクィディッチ・ワールドカップにせよ……十三年前無実だと判断されたはずなのに、何か『例のあの人』に関係しそうな出来事があれば、すぐに痛くもない腹を探られる。そして、その度に我々は潔白を証明してきた──」

 「それはヴォルデモートの周到さと、古い家柄の旧弊な権力の強さによるものにすぎない」

 ついにダンブルドアが厳しい視線をドラコに向けたが、ドラコは柔らかな態度を一切崩さなかった。

「そして、()()を証明する根拠を、あなたはお持ちでない。その段階でそんな指摘をされてはいけません。あなたのことを矢鱈と言いがかりをつける、嘘つきだと考える人が出てしまいますよ?」

 校長に対して、あまりにすぎた言葉にマクゴナガル先生の眉が吊り上がった。しかし、なぜかダンブルドアはふと黙り込み、じっとファッジを見つめた。

 「じゃあ、君は僕が嘘をついてるって言うの?」

 ほんの一瞬、ドラコは応えに詰まった。ハリーの言葉を聞いて、ドラコはようやくハリーの方を向いたが、決してハリーの目を見ようとはしなかった。

 「……さあ? 僕は事実を知らないから。でも、残念ながら、君の証言だけでは我々を法廷に引き摺り出すには、まったく足りないと言っているんだよ」

 ()()。そう言った。ドラコはもう、自分を父親の陣営に含めて話をしている。唖然としたハリーをよそに、ファッジはドラコの言葉に勢いづいた。

 「そうだ、確証はない……君たちは過去の疑いに固執して、気に入らない人々を蹴落とそうとしているんだ。この十三年間、我々が営々として築いてきたものを、すべて覆すような大混乱を引き起こそうという所存だな!」

 ファッジはもはや、ダンブルドアの提言を聞くつもりがあるようには、まったく見えなかった。ドラコの現状を曖昧にする言葉にすがり、自分にとって不都合な可能性を見ないように必死になっている。元々ハリーはファッジが好きではなかったが、こんな迷妄な面がある人だとは考えていなかった。それでもダンブルドアは辛抱強くファッジに語りかけた。

 「ヴォルデモートは帰ってきた。ファッジ、あなたがその事実をすぐさま認め、必要な措置を講じれば、われわれはまだこの状況を救えるかもしれぬ。まず最初に取るべき重要な措置は、アズカバンを吸魂鬼の支配から解き放つことじゃ──」

 

 「現状、それは不可能としか言えませんね。ダンブルドア」

 ファッジの顔がさらに赤くなる前に、ドラコが素早くダンブルドアに反論した。相変わらず死人のような顔色のまま、再び声色を元の調子に戻し、つらつらと言葉を発する。

 「現実的に調査した上のご判断だとは思えません。なぜそのような、愚にもつかないことをお考えになったのですか?」

 ずっとファッジに向けて話をしていたダンブルドアは、初めて真っ直ぐドラコと向かい合った。マクゴナガル先生と違い、その顔には困惑は浮かんでいなかったが、厳しさが宿っていた。

 「ドラコ、君なら分かっているはずじゃ。あの生き物に監視されているのは、ヴォルデモート卿のもっとも危険な支持者たちだ。そしてあの吸魂鬼はヴォルデモートの一声で、たちまち闇の側と手を組むであろう」

 「そして、前の大戦でそんなことは起こらなかった。吸魂鬼たちは、山のように投獄された死喰い人と容疑者を一人たりとも脱獄させることなく、戦争を終えた。だからこそ、吸魂鬼たちは未だあの孤島の鍵を預かっているのですから。吸魂鬼を廃すべきだと考えなしに喚き立てて、一体どれほどの人間が納得するでしょうか? そのような状況では制度の改定にかかるコストは賄えない。残念ながら、あなたの主張は現実が見えていない」

 あまりにも雄弁に語り出したドラコにファッジは目を瞬かせていたが、ダンブルドアが圧されていると見ると話題に飛びついた。

 「そうだ! そんな提案をしようものなら、私は大臣職から蹴り落とされる! 魔法使いの半数が、夜、安眠できるのは、吸魂鬼がアズカバンの警備に当たっていることを知っているからなのだ!」

 「あとの半分は、安眠できるどころではない!」

 ファッジの語調を受けて、ダンブルドアの声色も厳しさを帯びる。けれど、ドラコは相変わらず微笑みをたたえてダンブルドアを見た。

 「しかし、その安眠を妨げる恐怖心こそが、アズカバンを成り立たせているのです。違いますか? 魔法界では懲役とは、すなわちアズカバン行き、すなわち吸魂鬼による影響下の収監なのですから。吸魂鬼という生き物の悍ましさこそが、魔法界の刑罰であり、抑止力であり、治安の基盤なのです」

 「そのあり方自体が間違っているというのじゃ。我々はあまりに多くの過ちを、ここに至るまで看過してきた。今こそ正すべきところは正さねばならぬ」

 「大変結構なお考えですね。確かにその通りです。アズカバンという拷問機械が刑罰として作用していることこそ、魔法界の司法が更生の存在を認めていないことを体現している。それは後進性でしょう。人道に反するでしょう。しかし、たった今吸魂鬼の任を解いて、それでどうするというのでしょうか。吸魂鬼がアズカバンで大人しくしているのは、囚人たちを餌にしているからだ。生贄を奪って奴らを法の楔から解き放ち、市民に被害が及べばどう責任を取ると言うのです?」

 「吸魂鬼を扱い続けることの方が、人々には危険なのじゃ、ドラコ。連中はいつまでも魔法省に忠誠を尽くしたりはしない。ヴォルデモートはやつらに、アズカバンで与えられているよりずっと広範囲な力と楽しみを与えることができる。吸魂鬼を味方につけ、昔の支持者がヴォルデモートの下に帰れば、ヴォルデモートが十三年前のような力を取り戻すのを阻止するのは、至難の業じゃ」

 「ですから、そのような事態が起こりうるかどうか、人々が考えているかが問題なのです。百歩譲って闇の帝王が復活したとしても、先の大戦では彼らは職責を全うしたわけですから。今までのところ、吸魂鬼が十全に責務を果たしていないと市民は考えているでしょうか? そうでなければ──」

 

 「シリウス・ブラック。そして、バーティ・クラウチ・ジュニア」

 ドラコの言葉を遮ったダンブルドアは目を開き、ドラコをじっと見ていた。

 「背景こそそれぞれあれど、彼らはアズカバンを抜け出してみせた。それは、まさしく監視が不十分だったことを証明しておる」

 ダンブルドアの反論に、ドラコは表情こそ変わらないものの、ゆっくりと椅子の背を掴んだ。

「……しかし、それが吸魂鬼の不手際によるものかは決定的ではない。吸魂鬼が魔法省の統制を離れている証拠があるならともかく。……そうだ、ファッジ大臣、ちょうど良くクラウチ・ジュニアは拘束されたのです。彼を尋問すればすぐ、一連の真相は明らかになることでしょう」

 突然話の矛先を向けられたファッジは面食らった顔をした。 

 「ウム……だがね、ドラコ……『例のあの人』が戻ってきたなどと言っているようではクラウチの証言が信用に足りるかどうか……」

 「確かにその通りです。しかし、残念ながら、我々に彼を放置するという選択肢はありません」

 ドラコは少しおぼつかない足取りでファッジに近寄り、ファッジの手をそっと取った。

「それに大臣、むしろ、これはチャンスかもしれません。ダンブルドアの見解を決定的に否定するには、ブラックとクラウチの件の詳細を詳らかにするのが最善手でしょう。ブラックの脱獄という魔法省の汚名を雪ぎ、クラウチ・ジュニアの犯行……そう、まさにダンブルドアの膝下である、ホグワーツで起きたこの事件の真相を明らかにすることができれば……ね? クラウチの話では、ブラックの件に関与していると思しきペティグリューも今回の事件に関わっているようですし……なに、恐れることはありません。本当は何が起きていたのか明らかにするだけですよ」

 「そ、そうかね。いや、そうだな……」

 ほんの十五歳の少年に慰められ、説得されている魔法大臣というのは、側から見れば異様な光景だった。もしハリーが当事者でなかったら、笑ってしまっていたかもしれない。クィディッチ・ワールドカップのときのように。しかし、あのときと違い、ドラコの思惑は不透明だった。何より、吸魂鬼に襲われた後に──その上、その原因になった人間に──寄り添って、何か操ろうとしている姿は、不気味を通り越して恐ろしさすらおぼえた。

 

 ようやくファッジが落ち着こうとしたところで、ダンブルドアが再び口を開いた。 

 「他にも取るべき措置はある。巨人に使者を送ることじゃ。しかも早急に」

 この言葉に、再びファッジの顔は赤く染まった。

 「巨人に使者? 狂気の沙汰だ!」

 「友好の手を差し伸べるのじゃ、いますぐ。手遅れにならぬうちに」

 「論外だ」

 またドラコが口を挟んだが、もう疲れが隠しきれていなかった。彼の顔からはさっきまでの微笑みが消え、疲労感が浮かんでいた。

 「あなたはファッジ大臣を魔法大臣の座から引き摺り下ろしたいのですか? 先の大戦で巨人による被害は甚だしかった。人々の心に植え付けられた恐怖心はそう簡単に消えはしない。魔法省がそんな施策を先導しようとしても、市民の理解は得られない」

 「しかし、さもなくばヴォルデモートが、以前にもやったように、巨人を説得するじゃろう。魔法使いの中で自分だけが、巨人に権利と自由を与えるのだと言うてな」

 「なるほど、そうかも知れませんね。()()()()()()()()()()()()()。百歩譲ったとしても、彼が復活したかどうかも怪しい今、我々は巨人に権利と自由を与える用意は魔法界にないと申し上げているのですよ。人々を安心させたいのであれば、むしろ、巨人に監視でもつけて、妙な輩が接触していないか確認する方が、よっぽど現実的で有意義でしょう」

 ファッジはドラコの肩をがっしりとつかみ、ぶんぶんとかぶりを振った。

 「そうだ──わたしが巨人と連絡を取ろうとしたなどと、魔法界に噂が流れたら──ダンブルドア、みんな巨人を毛嫌いしているのに──わたしの政治生命は終わりだ──」

 ダンブルドアは今や怒りを滲ませながらファッジの方へ一歩踏み出した。

 「コーネリウス、あなたは物事が見えなくなっている。自分の役職に恋々としているからじゃ。あなたはいつでも、いわゆる純血をあまりにも大切に考えてきた。大事なのはどう生まれついたかではなく、どう育ったかなのだということを認めることができなかった」

 皆ダンブルドアの剣幕に息を呑んでいた。ドラコを除いて。ダンブルドアの言葉に、いよいよドラコはうんざりしきった様子で口を開いた。

 「今、ファッジ大臣の純血に対する考え方は関係ないでしょう。人格攻撃ですよ。ついでに言うならば、巨人に拒否反応を示すのが純血に固執する人間だけだとお考えならば、それは大きく間違っていると考えざるを得ませんね。参考程度に今学期、我らの魔法生物飼育学教授の出自について文句をつけてきた家庭の純血の旧家の割合でも確認されてはいかがですか? まさにどう育ったか、なのですよ。ダンブルドア、あなただってお分かりのはずだと思いますが」

 ダンブルドアは険しい顔でドラコを見たが、ドラコはファッジに寄りかかられ、立っていることに全神経を注いでいるようだった。

 「繰り返しますが、また後で、もう少しゆっくり落ち着いて話をされてはいかがでしょうか? これ以上ファッジ大臣の政治家としての資質にケチをつけながら、政治家としての責務を果たせとおっしゃるなら、もうこの話し合いは無駄です」

 ダンブルドアの返事を聞くことなくドラコはファッジに向き直ると、そっと肩に手を置いた。

 「……大臣、今我々がなすべきことは国民を安心させ、信頼を取り戻すことです。ブラックとクラウチの件があった今、どんなに荒唐無稽であろうと、闇の帝王の復活という噂は人々の目を惹きます。そこには不安が、いや、魔法省への不信が生まれてしまう。我々に必要なのは国民の納得できる真実を見つけることです。それに、ダンブルドアの発言には一定の権威が付与されてしまうこともまた事実です。アズカバンや巨人の現状を調査し、改善の姿勢を見せることでしか、我々はダンブルドアの世迷言を真に打ち砕くことはできません」

 「しかし、私は……」

 ファッジはまるで迷子の子供のように頼りない顔をしていた。ドラコはふらつきながらも微笑みを顔に貼り付け、ファッジを安心させようとしていた。

 「大丈夫ですとも。あなたはこの六年間、立派に魔法大臣の職責を担ってきました。ダンブルドアは軽視なさっているようですが、平穏を維持することがどれほど尊いことか。その事実こそがあなたの実力です。さあ、もう、話はここまでにしましょう」

 それでもファッジは納得しきれていないようだったが、二、三度視線をさまよわせたあと、一度フーッと息を吐いて背筋を伸ばした。

 「あ、ああ……では私は役所に戻る。ダンブルドア、今年一年死喰い人をホグワーツで飼い続けた件と、あなたの無茶苦茶な提言については、また明日、改めて連絡させてもらう……あと、これは賞金だ。あなたから優勝者に渡すといい」

 ファッジは投げるようにダンブルドアに金貨の袋を渡すと、一瞬心配そうにドラコを見たあと、素早く医務室から出て行った。

 

 

 

 ファッジが姿を消して少しもしないうちに、ドラコはその場に崩れるように座り込んだ。ダンブルドアがさっと助け起こす。気絶したわけではないようで、弱々しい声が聞こえてきた。先ほどまでのあざけりかとすら思うほど平静な口調ではなく、いつものドラコの声色だった。

 「すみません、校長先生……本当に大丈夫です。ちょっと立ちくらみがしただけで……」

 「ドラコ」

 ハリーは我慢がならなくなり、声をかけた。ベッドのそばに立っていたウィーズリーおばさんやロン、ハーマイオニーが恐々と二人を見る。言いたいことがまとまらないまま、ハリーは言葉を絞り出した。

 「……君の父親は、ヴォルデモートの側についた。でも……まだ、戦争は始まっていない。今なら……今なら、まだ間に合うんじゃないか?」

 ようやくドラコと視線が合った。ダンブルドアに支えられながら、今度こそドラコはハリーの目を見て答えた。

 「いいや。戦争は始まっているんだよ。ずっと前から。それに──父を見捨てるという選択肢は、存在しない」

 弱々しい声色なのに、これ以上なく決意に満ちた口調だった。ハリーはこれ以上どんな言葉も届かないことを悟った。きっと、ドラコはワールドカップのときから、いや、ずっと前から、この日が来ることを予期していたのだろう。 

 「……狂ってる」

 ハリーの隣でロンがぽつりと呟いた。それを聞き、ドラコは視線を下げ、微笑んだ。

 「……そうだね」

 

 

 ドラコはダンブルドアのそばを離れ、スネイプの方に振り返った。

 「スネイプ教授、どうやら医務室は満杯のようですし……僕はスリザリン寮で休ませていただいてもよろしいですか?」

 「……好きにしたまえ」

 「では、失礼します」

 それだけ言うと、ドラコは医務室の扉を開いて出て行った。

 

 

 

 

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