音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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アルバス・ダンブルドア(4)

 

 

 第三の課題の日から三日経った日曜日の午前中、ようやくスリザリン寮から出られた僕は、マクゴナガル教授の部屋の前で立ち尽くしていた。

 

 あのあと医務室には留まることなく寮に戻ったが、そこで盛大に体調を崩してしまった。二発の磔の呪文のせいか、数時間トランクに箱詰めされたせいか、それとも吸魂鬼のキスのせいか……まあ、全部だろう。とにかく、少し寝たら回復するだろうという予想は裏切られ、僕は二日間自室のベッドに引きこもることになった。あんな別れ方をした後で、ハリーのいる医務室に戻るのは気まずすぎると冷や汗をかいていたのだが、スリザリン寮での療養が許されたのは幸いだ。時計の針がてっぺんをとうに過ぎた頃に戻ったので、クラッブとゴイルにはまた心配をかけてしまった。今回は外傷がなかったのは本当に助かった。単にフラフラしていて風邪をひいただけ……とは流石に思われていないだろうが、弱った理由を説明する気はなかった。

 二人と話すべきことはたくさんあった。でも、クラッブは僕が喋ろうとすると鬼のような顔でベッドに引き戻してきたし、ゴイルは話す隙がないほど甲斐甲斐しく看病をしてくれてしまった。話す内容の峻別も厄介だ。クラウチ・ジュニアとの間にあったことをそのまま話し過ぎては、色々とまずいことになるし……正直なところ、二人と腹を割って話す覚悟が、僕になかったというのもある。死喰い人候補の名前を挙げていったときのハリーの様子を見るに、クラッブとゴイルのお父上も闇の帝王の下に帰った臣下の中にいたのだろう。そのことについて幼馴染たちにかける言葉を探したとき、驚くほど僕に言えることはなかった。結局、体調が元通りになった今朝も、僕らは闇の帝王の復活について話すことはなかった。ただ、第三の課題の翌日、朝食の席でダンブルドアが第三の課題の後でハリーが何を見たのか、生徒に告げたことだけは教えてもらった。死喰い人の名前までは出ていなかったらしいが、憶測によって生まれるスリザリンと他寮との隔たりはどれほどだろうか。僕がしてきたことは、どれくらいスリザリンの孤立を防いでくれるだろうか。きっと、これから僕が子供たちに直接できることは、以前よりずっと少なくなる。ヴォルデモートの復活を周知のものにしたいダンブルドアには申し訳ないが、僕は子供たちが学校では戦争から遠ざかって交流を持ち続けることを願っていた。

 

 言われた通りの医務室からではないが、休養から復帰したなら最初にしなければならないことがあった。マクゴナガル教授を訪ねることだ。これは、心の底から気が進まなかった。

 マクゴナガル教授に何を言われるかなんて、だいたい想像がついている。端的に言ってしまえば、「危ないことはやめろ」だろう。去年も今年もかなり不可抗力なところがあった……という言い訳は彼女には通用しなさそうだ。スネイプ教授に言ったように、「一生徒よりクラウチ・ジュニアの方が有益」論で説得されてくれる人でもない。最悪、彼女は去年、動物擬きの使用にかけた制限の範囲を拡大してしまうだろう。そして、僕にはその制限を守れそうにない。

 だから、僕は彼女のそういった試みを挫く必要がある。言い換えれば、これから彼女に「ドラコ・マルフォイはミネルバ・マクゴナガルが教職をかけて守りたいと思うような価値がある人間ではない」ことを悟ってもらわなければならない。あらゆる弁舌を駆使して。彼女の価値観を否定し、嘲り、彼女の正しさの中にある僅かな矛盾をついて。これがまた、信じられないほどやる気が起きないことだった。ここに至るまで自分でも気がついていなかったが、僕は意外なほど、マクゴナガル教授に良い生徒だと思われていたかったらしい。研究室の扉を前にして、ふとこれから何が起こるか想像し、途方に暮れてしまった。この蛮行をやり遂げる自信はある。しかし……そこまでする必要はあるのか?

 ……いや、ある。マクゴナガル教授のような、生徒のためになんでもできてしまうだろう人の懐に、爆弾を抱え込ませているわけにはいかない。彼女の教師としての価値を正しく認識しているのなら、これからの情勢下において、僕一人のためにこれ以上拘わせるのはありえない。闇の帝王が本当に復活してしまった以上、何が僕の、そして彼女の命取りになるか分からないのだから。リソースに制限がある状況において、その効用は最大化されなければならない。

 

 ようやく覚悟を決め、研究室の扉を叩く。しかし、返事をもらって開いた扉の先にいたのは、厳しい顔をしたマクゴナガル教授ではなかった。朝の日差しを受けて立っていたのは、真っ白な長い顎髭を輝かせたアルバス・ダンブルドアだった。

 思わず足から力が抜ける僕に、ダンブルドアはいつもの笑顔で微笑みかけてくる。最後会ったときの状況からして、その笑顔が作られたものであることは火を見るより明らかだが……想像していた部屋の中の状況よりは、遥かに緊張しなくていい。少しよろめきながらも、僕は一応挨拶をしてからダンブルドアに問いかけた。

 「あの、なぜマクゴナガル教授の研究室にいらっしゃるのですか? いや、なぜ校長先生だけなんですか? 僕は……マクゴナガル教授に叱られることを覚悟して、ここに来たのですが」

 膝に手をつく僕に対し、ダンブルドアはゆっくりと頷いた。

 「そうじゃろうとも。出鼻を挫くような真似をして、すまなかったの。しかし……少し、わしに時間をくれんかのう?」

 僕は一も二もなく頷いた。もちろん僕にも、ダンブルドアと話し合わなければならないことはたくさんある。嫌なことを後回しにしているだけな気もするが、ひとまずダンブルドアと話してみるのはいい案に思えた。しかし、ダンブルドアはなかなか話を切り出さなかった。午前の爽やかな日差しが差し込む部屋に、奇妙な沈黙が落ちる。

 「……あの、何かおっしゃりたいことがあったのでは?」

 ダンブルドアは変わらない表情で微笑む。

 「ああ、もちろんあるとも。だが、少し長い話になりそうなのでの。君の方から、わしに何か告げるべきことがあれば、先に聞いておきたいのじゃ」

 そんなに長くなる話とはなんだろう。ハリーがポートキーで飛ばされた先でのことだろうか? 確かにそれはしかと聞いておきたいことではあるが……区切らずとも、僕らの話の中でどうせ話題に上がるだろうに。違和感を抱えながらも、僕は頷いた。

 

 「そうであれば、伺いたいことがありました。……単刀直入に申し上げますが、ファッジ大臣を説得される気はあったんですか?」

 僕の言葉に、ダンブルドアはわずかに片眉を上げた。

 「あの……あなたは予想されていたでしょう? ファッジ大臣は闇の帝王が復活したとしても、それをすぐ受け止め切れる器がないと。僕もこの一年ほどでそれに深く同意できる程度は、彼の人となりを知りました。ですから、容易に想像できました。突然あの場で、あのような一方的な言い方をして、しかも矢継ぎ早に彼の価値観を破壊するような施策を提案すれば、そりゃあ大臣は()()なる人です。

 ですから……なぜそういったやり方をされたんです? あの医務室に、あなたがファッジに対して弱腰な姿勢を見せるわけにはいかないような人でもいたんですか?」

 ダンブルドアは少し目を瞬かせて、僕をじっと見つめた。

 「その問いには、否と答えられる。あの場にいたのはミネルバ、セブルス、ポピー、モリー、ビル……あとは子供たちとシリウスじゃ。強いていうなら、冤罪を被り続けているシリウスは、コーネリウスに良い思いを抱いておらぬじゃろう。しかし、彼もそこまで強硬ではない」

 これは少し意外だった。てっきり、僕はウィーズリー家の誰かか、シリウス・ブラックがかなり厳つめの反ファッジ派かと思っていたのだが。

 「そうでないなら、ああいった態度で議論に臨むべきではなかったのでは? あなたが自らの陣営の頭目として、面子を保たねばならないことは分かります。しかし……あの場において、今後の魔法界の警戒体制を左右するファッジの説得より、優先されるべきことなどないでしょう」

 ダンブルドアはまじまじとこちらを見た。

 「コーネリウスは目を閉ざしてしまおうとしておった。あの場で明確に現実を伝えねば、延々と逃げ続ける様は容易に想像できた」

 「まあ、それはそうなんですが……そもそもの話、目をこじ開けられる可能性はだいぶ薄かったわけですよね。説得は困難だと分かっている以上、彼には目を瞑っているなりに、マシな方へ歩いていってもらわなければなりませんよね?」

 ダンブルドアはすぐには返事をせず、後ろで組んでいた手を前に組み直した。その目には、わずかに恥のようなものが窺えてしまった。

 ……ファッジをうまく操る方が上策であることなんて、ダンブルドアは僕に言われるまでもなく分かっていただろう。しかし、()()()()()()()()()()()()()()、あの物言いは正しい。提言が受け入れられれば拙速は巧遅に勝るどころか、迅速に、かつ巧みにヴォルデモート対策を取れるのだから。僕は、最初からその目はないと見限っていた。そして、ダンブルドアだってそんなことは分かっていたはずだ。なのに、「ファッジに落ち度がある」という状況に乗じて、自分の中でファッジとの決裂を正当化してしまっていた。そんなところだろう。

 まあ、ここまで積み上げてきたものがある以上、ファッジに対してダンブルドアが取れる策はほとんどなかっただろうが……それにしたって、常にないくらいお粗末だ。そんなにファッジに阿るのは嫌だったのか? この人、そこまであの無能のことが嫌いなんだな。結構意外だ。なんだか反省してしまっているらしい様子のダンブルドアを前にして、少し尻込みをしながらも僕は話を続けた。

 「あの、あなたを責めたり説教したりしてるわけではないんです。元はと言えばファッジのせいですし。ただ……魔法大臣の首をすぐにでもすげ替える術があるならいざ知らず、今のところファッジを引き摺り下ろす目処はついてないですよね?

 お分かりだとは思いますが、ハリーとクラウチの証言だけでは、ファッジと同じように目を覆いたい多くの人々を説得できません。プロパガンダを打っていくにしても、魔法大臣がこちらに攻撃的になると状況は困難なものになります。分断は深まりますし、その後ヴォルデモートの復活が瞭然となっても、一度二分化した勢力を再度統合するのは骨が折れます。意見を変えられず闇にまで足を突っ込む人間の数はそう多くないと願いたいですが……人間は論敵を否定するためだったら、結構どこまででも落ちられますからね」

 結局、説教じみてきた僕の言葉に、ダンブルドアは静かに目を伏せた。それは、彼が反論を持っていないことを如実に語っていた。

 「……ファッジと協調することについて、本当に何も考えていらっしゃらなかったんですか?」

 「……わしはファッジと袂を分たねばならないかも知れぬと思い、あの場で話した。君ほどファッジに対して、深く思慮を持っていなかったことは認めねばならぬのう」

 そんな投げやりな。のちの策も考えておいてくれよ。ダンブルドアの視座でファッジの説得は些事だったというわけでもないだろうに。しかし、僕はダンブルドアの瑕疵を責め立てることに喜びを見出せるほど、無責任じゃない。「そういうところ、グリフィンドールですよね」という喉元まで出てきかけた皮肉をグッと飲み込み、話題を切り替えた。

 

 「……まあ、なんにせよ、『闇の帝王復活説』を後押しする根拠が必要ですね。これから闇の帝王は公には気づかれないように、勢力を拡大していくつもりでしょうか?」

 ダンブルドアは少し表情を和らげて頷いた。

 「おそらくは。もとより支配を好むたちのある人間じゃ。より多くを下につけたいと願うならば、人手が少なくてはどうにもならぬからのう」

 「であれば、どうやって『あの人』の存在を日の下に晒すか考えなければなりませんね。あんまり父のそばにもいてもらいたくありませんから、ファッジには元死喰い人の()()()()()のため監視を強化するように、誘導するつもりではありますが……そこで尻尾を出してくれるほど甘くはないでしょう」

「いかにも。それゆえに、我々は周縁にこそ気を配らねばならないが……そこでも、ヴォルデモート本人が姿を現すとは考えないほうがよいじゃろう」

 「では、一番好機となる可能性が高いのは()()の中のイベントでしょうか? 三年目のこともありますし、ご本人が出張ってくれるかどうかは、正直分かりませんが。次に奴らが起こす騒動の場に、上手いことファッジを呼び出せられれば話はずっと早くなるはずです。……周縁と言えば、吸魂鬼と巨人は布石になりそうですか?」

 「というと?」

 ダンブルドアは少し目を細めてこちらを見る。

 「いや、一応医務室でファッジに仄めかしたつもりなんです。吸魂鬼の統制が乱れ、巨人に接触しようとする人間が出てきたならば、それは闇側の勢力の動きかもしれないと。あなたがあそこまで強くおっしゃるのであれば、ある程度確信があってのことだと思いましたから。

 ファッジはあなたの言うことには耳を貸しませんが、自分で調べたことであれば、ある程度は頑固な頭蓋骨にも染みるでしょう。まあ、それでもせいぜい()()()()()()()()()程度にしかならなそうですが、異変を市民が感じ取れれば情勢はこちらに傾きます」

 ダンブルドアの纏う雰囲気は徐々に真剣なものに変わっていた。いや、そもそもなぜ、ここまで僕相手に朗らかにしていたのかよく分からないが……大して気にも止めず、話を続ける。

「希望的観測にはなりますが、ファッジ自身にしても、近いうちに吸魂鬼が職務を放棄したり巨人と不審者が接触したりしたら、もしかして、と思ってもらえるかもしれません。……僭越ですが、そのときになって、ほれ見たことか、みたいなことはおっしゃらないでくださいね。あの人はあなたからそういうことを言われたらますます意固地になるでしょうから。

 そうですね、そのあたりで、僕にも疑念を持ってもらうのが早いかもしれません。ファッジ自身が打ち出した警戒策を無理やり否定するようなことを言ったら、自尊心を傷つけられて反感を持つでしょう。ファッジが僕が疑わしいと思った後に、あなたが手を差し伸べる。そうすれば色々と収まりがいい」

 意見を聞こうとダンブルドアを窺うと、そこには渋面が浮かんでいた。そんなにファッジが嫌なのか? 頭に疑問符を浮かべる僕に、ダンブルドアは軽くかぶりを振って居住まいを正した。

 

 「そうじゃな。魔法省への対応は、これからコーネリウスの出方を窺いつつやっていくほかあるまい。君の諫言はしかと心に留めておこう。……さて、わしも君に話さねばならないことがある……本題の前に、ひとつ伝えておきたい」

 予想とは異なり、今までの話はダンブルドアの持ってきた議題とは異なっていたようだ。しかも、まだ前置きがあると。ダンブルドアの顔にはいよいよ深刻な色が刻まれていた。視線で先を促す僕に、ダンブルドアは頷いた。

 「これから、ハリーとの接触は控えたほうがいい。いや、正確には、ヴォルデモートの眼前にいると思って、彼に接さなければならない」

 その言葉は、ある懸念をありありと反映してしまっていた。覚悟はしていたが、嫌な汗が背中を伝う。

 「……やはり、彼らの間にある精神的なつながりが、そこまで強くなってきているのですか」

 ダンブルドアは重々しく頷いた。

 「君は驚かぬか」

 「ええ、まあ……ハリーが見た夢が、現実のヴォルデモートの状況を伝えていたと明らかになったわけですから。逆もまた然り、という可能性は考えていました。原因がどうにもはっきりしないのが恐ろしいですが。それで、どうなさるおつもりですか? 閉心術などで対処はできる類のものなのでしょうか」

 「わしの予想が正しければ、そうじゃろう。あの子には、来学期から訓練を受けさせるつもりじゃ」

 ハリーもいよいよ戦いに備えて力をつけるときが来た、ということだろうか。今年一年で、単なる魔法での決闘においては、彼は見違えるほど腕を上げた。しかし、当たり前だが()()闇の帝王とシンプルな魔法合戦での勝ち目は全く見えない。精神での繋がりをアドバンテージにするためにも、閉心術の習得は必須になるだろう。

 それにしても、ホグワーツでの動きは闇の帝王に筒抜けであることを想定しなければならないのか……今までしてきたことの中で、決定的に地雷を踏んでなければよいのだが。

 「学校での振る舞いについて、注意は怠らないようにします。しかし、元より話が流れることはある程度想定してハリーと交流してはいましたが……この夏ウィルトシャーに戻ったら、激怒した闇の帝王とご対面、というのも覚悟しなければなりませんね。父のこともありますし。ハリーの雰囲気だと、父はすぐ罰されることはなかったようですけど。あの日記の件は気づいていないんですかね?」

 ダンブルドアは額にしわを寄せ、頷いた。

 「おそらくは。そのことについては、特に言及もされていなかったようじゃ」

 だとすればひとまず安心だ。だが、バレるのは時間の問題だろう。それまでに、父が殺されないよう策を巡らせなくてはならない。

 「……胃が痛くなってきました。流石にこの状況下でマルフォイ家失踪は耳目を惹きすぎますし、ファッジの手綱を一番しっかり握っているのは父でしょうから、すぐに排除されることはないと思いたいですが……というか、その方向で慈悲を乞うしかないでしょうね。

 僕を捕まえたときの論調からするに、クラウチ・ジュニアはそれなりに僕のことを闇側として気に入ってくれていたようです。それが闇の帝王に伝わっていれば……あと、ペティグリューが余計なことを言ってなければ、僕も即殺処分はないと思いたいです」

 ダンブルドアの顔に苦々しい色が広がる。つい、暗い憶測を語りすぎてしまった。彼にどうすることもできないことを言っても仕方がないだろうに。だが、最悪の想定はしておくべきだろう。僕は再び居住まいを正して話を続けた。

 「あの、縁起でもないことは百も承知なんですが、もし僕が闇の帝王に殺されて、そのとき父があなたの下に付きたいと思っていたら、受け入れてあげてください。純血である腹心の臣下が息子を殺されたとあれば、心変わりする人間も少しは出るはずですし。あなたにとっても、父が頭を下げるなら悪い話ではないはずです。もちろん状況にもよりますが、可能性はそれなりにあると思っています」

 ダンブルドアの眉間の皺がさらに深くなった。あまり嬉しくない想定であることは確かだが、自分が死んだ後のことは先に話しておかねばどうしようもない。彼の苦り切った表情を無視し、返事を促す。ダンブルドアは少し考え、口を開いた。

 「……可能性とは、君がヴォルデモートの手にかかる可能性かね」

 そう取られたか。確かに、かなりありえそうな想定ではあるのだが、流石にそこまで悲観的なことを口走ったつもりはない。慌ててかぶりを振って否定する。

 「ああ、いや、違います。僕が闇の帝王に殺された場合、父が転向する可能性ですよ。あの人は、度がすぎるくらいには親ばかですから。死んだ息子になど価値を見出してくれない、という線も考えられないことはないですけど、保守的な割に直情型なので……僕が死んだ後、頭が冷えていないうちだったら、復讐のためにあなたに下ってくれるでしょう」

 ダンブルドアの顔からすっと表情が消えた。

 「……君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のことを、わしに頼むのか?」

 またもや、いつものダンブルドアらしくない感情的な反応だ。ファッジへの態度を見て、父のことだって好いてはいないだろうから交渉は難航するかもと考えてはいたが、これは厄介だ。実際、父はダンブルドアが救う義理のある人間ではないが、ここで引くわけにもいかない。人情には頼れないので、具体的な利点で押すしかない。

 「それは仕方のないことではないですか。闇の帝王に逆らえばどうなるか、芯から分かってるのが死喰い人でしょうし、我が身かわいいのが人間です。父がどのような人か、というのは要点ではないです。純血主義者の絆に楔を打ち込む良いチャンスになるでしょうから、意固地にならないでください、という話です」

 それでも、ダンブルドアの厳しい眼差しは和らがなかった。返事も返ってこず、部屋に気まずい沈黙が落ちる、もう少し具体的にメリットを提案しなければならないだろうか? この人相手に講釈を垂れるのはまったく気が進まないが……そう悶々と考えていると、ダンブルドアがゆっくりと口を開いた。

 

 「……君の他者の思考に対する予想は常に理路整然として正確なのに、ある一つの要素だけは、いつも見落とされる。だから、それを重視する人間との議論は、いつも論点がずれる。それがなんだか分かるかね?」

 唐突な問いに面食らってしまう。僕はここまで、ダンブルドアに対してそんなにも文脈に乗れていない話をしていただろうか? 慌てて、頭の中で今までの話し合いの筋道を整理する。

 「えっと……死喰い人の陣営の価値観についてですか? やっぱり僕には何か偏見がありますか? ファッジに関してたかを括っていたような──」

 しかし、言葉は途中でダンブルドアの固い声に遮られた。

 「違う。これは死喰い人とも、ヴォルデモートとも……いや、今魔法界が抱えている問題とすら、全く関係のない話だ」

 この答えには、完全に途方に暮れてしまった。魔法界の問題と関係がないのだったら、そもそも問題ですらないじゃないか。ダンブルドアは突然、何にここまで真剣になっているんだ?

 「……すみません。話の筋が見えないのですが」

 「それは、君にその要素が見えていないからだ」

 半月眼鏡の下の瞳は、何か読み取れない鋭さを宿している。あまりにも回りくどい言い回しに、不可解さは徐々に不安へと変わってきた。おそらく、ダンブルドアはその要素とやらを僕に悟らせたいわけではない。これは、僕がそれを見落としていることに対する叱責なのだろう。久々に自分に落ち度がありそうなのに理由には見当もつかないという状況に出くわし、僕は完全に萎縮してしまった。

 

 再び沈黙が場を支配する。それを破ったのは、今度もまたダンブルドアだった。彼は深くため息をつくと、眼鏡を押し上げ、僕を見据えた。

 「ひとつ、君と話し合わねばならないことがある。──これから君がどこに身を置くかだ」

 不安感はあっという間に吹き飛んだ。その話をするなら、僕の態度は決まっている。

 「……それはもうすでに去年、話しましたよね。結論は出ていたはずですが」

 抑えきれずに出た冷ややかな声にも、ダンブルドアは全く動じなかった。

 「いいや、去年のものは()()()()を我々の側に置くことはできないという話だった」

 「それは、僕があなたの側に身を置くことができないことと、まったく同義なのですが」

 それでも、ダンブルドアは引かなかった。彼は一歩こちらに歩み寄り、僕の目をまっすぐに見た。

 「そう言うだろうとは思っておった。だから、これから、本当にそれは同義なのか、わしは確かめなければならない」

 心中に倦怠感が湧き上がる。僕の父に対する考えを、ダンブルドアには理解できないだろうし、してもらいたいとも思わない。

 「確かめる必要がありますか? 心のありようと言うならば、あなたは開心術で散々僕の内心を見ているでしょう」

 ダンブルドアは頷き、言った。

 「ならば、わしが君の内心を知りえないときの話からしよう。リータ・スキーターのことから」

 

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