音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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妄執的義務論者

 

 

 「……スキーター、ですか?」

 一瞬、ダンブルドアの言葉の意味がわからなかった。リータ・スキーターの存在は確かに今年の一つのイベントだったかも知れないが、もう過ぎた話だ。彼女と僕の本心とに、一体どのような関係があると言うのだろう。

 間抜けに問いを返した僕に、ダンブルドアは重々しく頷いた。さっきから、この深刻そうな雰囲気は何なんだ。何だか居た堪れない心地になってくる。

 「あの、彼女が僕の今後に関与する余地はないと思うのですが。もう三大魔法学校対抗試合は終わりましたから、適当なところで未登録動物もどきとしてアズカバンに行ってもらってもいいですし。まあ、それでもそんなに長くは放り込んでおけないでしょうが、流石に四ヶ月も瓶詰めにされていたら彼女も少しは慎重になってくれるかと──」

 しかし、言葉は途中で遮られた。

 「分からないなら、いつものように考えないのかね。わしが一体、どのような意図でリータを引き合いに出したのか」

 ダンブルドアには珍しく、不明瞭でこちらに推測を強いる言い回しだった。確かに彼は回りくどい言い方を好むが、それはこちらが話の筋を理解している前提での話だ。思わず眉を寄せて見つめると、彼はこちらが怯えを覚えるほど真剣な顔をしていた。

 

 何と返事をしたらいいか考え込む僕を前に、彼は深く息を吐き、口を開いた。

 「リータの件の解決方法は、浅慮で、残酷で、独断的だったのう。君らしくなく」

 それは、とても冷ややかな口調だった。全く予想もしないまま浴びせかけられた言葉に、一瞬で頭が冷える。まだ意図は分からないが──そうか。なるほど。凍りつく心臓に反して、意識は妙に鮮明になっていく。少し自分の口元が笑うのを感じた。どこか心と体が乖離した心地で、僕は朗らかに返事を返した。

 「……僕らしくないですか? まあ、あなたはそう思われるかもしれませんね。()を一匹捕まえるのが、あまりに簡単だったので。少し、興が乗り過ぎたかもしれません」

 思わず皮肉っぽくなった口調を聞き、ダンブルドアの目に冷たさが宿った。

 「無駄に露悪的な言い方をするのは、罪の意識から逃れたいからなのかね? まだ、リータは君のトランクの中にいるのかな?」

 その言葉は、僕の浮ついた意識をさらに体から引き剥がした。妙に現実味のないまま、ダンブルドアの問いに答える。

 「確かにスキーターのことは哀れだと思っていますが、だから何なのでしょう。四ヶ月前に知ったことを持ち出して、何をなさりたいのですか? あなたが何をおっしゃりたいのか、よく分かりません」

 スラスラと言葉が口をついて出る。ダンブルドアは動じることなく、何かを見逃すまいとでもするかのようにじっと僕を見つめていた。

 

 少しの沈黙ののち、ダンブルドアは感情を感じさせない言葉を放った。

 「そうか。君はあんなにも大きな間違いを犯したのに、まだ分からないか」

 なぜ、ダンブルドアはこんなに僕を試すような、苛立ちを引きずり出すような物言いをするのだろう? 内心の困惑をよそに、返事は澱みなく出てきた。

 「僕はリータ・スキーターを四ヶ月間拉致監禁したことを、間違いだと思っていません」

 言い切った言葉に、ダンブルドアはすっと目を細めた。

 「君はもっと法を尊ぶ心を持っていると思っていたが」

 ダンブルドアと遵法精神について議論した記憶はないが、一体どこから得た印象なのだろうか。シリウスから何か話を聞いたのか? ダンブルドアに失望されたかもしれないことに怯えながらも、僕の口は滑らかに動いた。

 「正確に言えば法による統制を、ですかね。……僕が法による支配を尊ぶのは、それが広く人々に説得力を持たせられるからです。()()範囲で話を済ませられるのなら、つまり誰にも知られることなく事を成せるなら……そして、法の力では問題が解決できないようなら、違法行為にだって簡単に手を染めますよ。この四年間であなたもご存知だと思っていたのですが。失望されましたか?」

 ダンブルドアは、既に僕が法を軽視するところを幾度となく見ているはずだ。そういった意味を込めて挑発するような言葉に乗らず、ダンブルドアは淡々と答えた。

 「それは……ハグリッドやギルデロイのことを言っているのかな? それとも、動物もどきの登録のことか」

 微笑みと共に頷いて肯定を示す僕に、ダンブルドアはかぶりを振った。

 「その二例と、状況は全く異なる。教師の雇用に関する場合、君は第三者に過ぎなかったし、動物もどきの申請を取りやめさせたのはわしじゃ。今回は君が能動的に動いた結果だが、以前のものはそうではない」

 ダンブルドアの視点から見ればそうなのだろう。しかし、僕の認識は違った。

 「今、あなたは責任の所在の話をされているのですか? であれば、僕は不作為を免罪符にできるほど厚顔だと思われているのでしょうか。その場にあった状況と帰結については、適切に理解していたつもりなのですが。

 ハグリッドの件についてはあなたの保証があったからですが……僕はギルデロイ・ロックハートが破滅するだろうことを予期した上で、回避しうる手を打たなかった。僕は動物もどきの未登録が違法行為だと知りながら、届出を出さなかった。僕の罪です。リータ・スキーターの拉致監禁と同様に」

 僕が罪だと指摘した二つの行為は、ダンブルドアが主犯と言えてしまうものだ。暗に指摘されたその事実を聞いて、彼の無表情に僅かに苦々しさが滲んだ。しかし、それでもダンブルドアは首を振って言った。

 「その二件で、君は誰かを望んで害したわけではない」

 「何かがそうなるよう望むことと、そうなると知りながら何もしないことは、突き詰めて考えれば同義です」

 即座に返した返事に、ダンブルドアはさらに額の皺を深めた。

 この思考が、多くの人の目に極端に映ることは分かっている。しかし、ダンブルドアのように、出来うる限り大局を見て手を進めようとする人間は、往々にしてそういった義務感を覚えるはずだ。自分こそがこの場の状況をこの目で見て変えられるという、驕りにも見える信念だけが、僕らを妄執的に最善へと突き動かす。

 

 それを分かっているはずなのに、ダンブルドアは聞き飽きた言葉を投げかけてきた。

 「君は自身の影響力を過大に評価しすぎておる。いや、自身が影響しうる範囲を過大に見積りすぎておる。ギルデロイの件も、動物もどきの件も、責任があるのはわしじゃ。法により罰されるべきはわしであり、君ではない。しかし、スキーターについてはそうではない」

 意図せず軽い笑いが口から溢れる。それでもピクリとも眉を動かさないダンブルドアを前に、滔々と言葉を並べた。

 「実際に僕に何ができただろうか、という『もしも』の話は義務に影響しない。決断するときに、何ができると予測できるかが全てだ。

 それに……そもそも、僕が法を破る行為になることを承知で、スキーターの監禁を行ったのはお分かりですよね? 法により罪と見做されるから悪いことなのだ、という弁論はたとえ正しくとも、この時点で僕を……そうですね、()()させるような説得力を持っていない。僕が何を間違いだと感じるのか決めるのは、僕です。ロックハート教授の件も、動物もどきの件も同様に」

 自分でも、過剰なほどに自己防衛の理論を並べ立てていることが分かる。それでも、この口を止められるほどの罪悪感は胸中になかった。

 ダンブルドアは、再びこちらの目をじっと覗き込んでいる。酷く巧妙ではあるが、流石に気づく。──彼は開心術すら使ってこの議論を進めようとしている。まあ、別に構わない。僕は特に意識して心を閉ざさず、ダンブルドアの瞳を見返した。

 

 「今の君は、すでに許された無関係な例を引用して、現実の論点を誤魔化そうとしているだけだ」

 その言い方では弱すぎる。僕は簡単に返事を口に出せた。

 「そうですか? では、現実の論点とやらを教えていただけるとありがたいのですが。スキーターの拉致監禁という行為はそこまで()()()()手段に思われますか?

 まさか道徳の話がしたいわけではないですよね。スキーターはトランクの片隅の瓶に閉じ込められるより、あの拷問装置に突っ込まれるほうが、人道に則っていますか? 誰よりも吸魂鬼による囚人への虐待を問題視しながら、何もしてこなかったのはあなたでしょうに。あなたがその長い在任期間に、ホグワーツに倫理学の授業を導入していたならば、刑罰に関する議論も多少は生まれていたのではないですか?」

 吸魂鬼の話が出ると、ダンブルドアの目に僅かに恥の色が滲んだ。出来の悪い偽善の抗弁だが、それなりに彼の心には刺さったようだ。

 それでも、ダンブルドアは折れなかった。

 「……君は倫理的に正しいから、アズカバンではなく自らの手による収監を選んだわけではないだろう」

 ずらした論点を元に戻されてしまった。流石にダンブルドアはそこまで感情的にはあってくれないらしい。しかし、僕は笑みを崩さずに答えた。

 「そうですね。僕は僕の目的に適っていたので、彼女を捕らえたわけですから。そこに世間一般の道徳は関係ない」

 「……君の目的とは何だったのじゃ」

 答えは澱みなく口から出た。

 「戦争の間、より差別されることになるだろう人々が──ハグリッドが、ルーピン教授が、無辜の人々が、迫害されることなく生き延びることです」

 まっすぐにダンブルドアの目を見て放たれた言葉に、一瞬、ダンブルドアは怯んだように見えた。

 

 彼は僅かな間視線を逸らし、しかし、再び僕の目を見つめた。

 「……私刑は、すでに存在する法体制を軽んじる行為だ。現行の法に基づくより良い罰だと思える、などという理由で勝手に罰を与える行為が横行すれば、治安は損なわれ、法を軽んずる意識を人々に植え付けてしまう。それは差別を助長することに繋がりかねない。違うかね」

 「そうですね。おっしゃる通りだと思います。この行為について広く知られるならば、ですが。僕とマクゴナガル教授、そしてあなたしか今回の件の顛末については知りえない状況を作ることができた。なら、その懸念は必要ありません。それとも、あなた方は僕に影響されて規範意識を変えてしまう人なのでしょうか?」

 「個別具体的な話ではなく、普遍的なあるべき姿についての話をしているのだ」

 それこそ()()理論だ。今話しているのは普遍的な道徳規則がどうあるべきかという話ではなく、僕が自身の行為を間違いだと認めるかどうかなのだから。

 「僕は、僕の価値観で、普遍的にあるべき社会を目指してスキーターを瓶詰めにしたつもりですが」

 

 抜け抜けと放たれた台詞に、僅かにダンブルドアは怯んだ。彼が次の言葉を見つける前に、僕は自分の言葉を続けた。

 「人間は自身の正義を確信した時に最も残酷になる。今回、僕がスキーターを瓶詰めにするのをためらわなかったように。そうでしょう? 彼女は多くの人に浅薄な()()を与えそうだったので、退去していただきたかったのです。残酷さが魔法界に蔓延しないうちに」

 

 彼女がハグリッドや狼人間に向ける軽薄な悪意は、軽薄だからこそ取り除きづらく、人々の心に軽く、しっかりと降り積もる。

 「闇の帝王が戻った今、これから起こるものは今までの差別や迫害とは一線を画す苛烈なものになるはずです。闇の帝王……というより、それに便乗する蒙昧の輩の思想に歯止めをかけねば、我々は『浄化』の道に進むことになる」

 民族浄化の可能性は、僕が常に懸念していたことだった。広範さでいうならばマグル生まれを危惧するべきなのだろうが……今ですら、半巨人や狼人間はその正体がバレたら排除の矛先を向けられるのだ。この先、僕がファッジ大臣に作らせた人狼法の登録名簿が強制収容所への輸送者リストになっても全くおかしくない。だからこそ、そうなる前に手を打たなければならない。

 

 ダンブルドアは不可解さを隠さずに眉根を寄せた。

 「リータの監禁が、それを止める手段になりうると? たった一人の新聞記者を陥れることがかね?」

 「予防策の一つとしては、そこまで悪くないと思いますが。千里の道も一歩から、ですから。

 メディアを通したプロパガンダは、正義感に基づく不特定多発的なジェノサイドの必要条件です。非魔法界のことですから、あまり興味をお持ちではないかも知れませんが、通信機器が発達してからここ数十年ほど、マスメディアは最も効率的に大衆へ思想を浸透させられるツールとなりました。新聞に限るなら、もっと昔からと言えるでしょうね。

 ダンブルドア先生、あなたはラジオという聴覚メディアが生まれ、普及したとき、どのように感じました? 識字能力のない人間が容易に氾濫する情報に触れられるようになった。いや、そういった人々に()()()()()()()()()()()わけです。特定集団を排除したいと願う勢力にとっては、これほど効果的に虐殺が可能となる環境を整備できるものは他にないでしょう」

 僕の演説じみたセリフを、ダンブルドアは黙って聞いていた。僕はただ、口が動くのに任せて話を続けた。

 

 「スキーターは自身の偏見に基づいて、人々の正義感を煽るのに長けた人物だった。役人の瑕疵をあげつらい、荒々しい森番にある野蛮さの根源を暴露し、不遇な未成年の同情すべき発言を捏造する。まるで自分だけが人々が何を知るべきか弁えているかのように。人の欠点を指摘することでしか心を満たすことができないかのように」

 「その程度の悪性は、今まで君が慈悲を与えてきた人々にも言えることなのではないかね?」

 その問いに、僕はにっこり笑って頷いた。

 「そうかもしれませんね。しかし、僕が見るに、彼女の執筆意欲は権威に阿っているわけでもなく、誰かに対する復讐心でもなく、自身の根源的な欲求に基づいている。誰かを蹴落としたいという欲求に。それゆえに厄介です。

 肥大した『他人が自分の意見に賛同するところが見たい』という虚栄心と、『不当に恵まれた立場にある人間を貶めたい』という嫉妬心………それに事実を際限なく誇張する能力がよく噛み合っている。言ってしまえばそれだけの人間ですが、それこそが問題なのです。その性質ゆえに、かえって制御するのが非常に困難だと、僕は判断しました。

 しかし、未登録の『動物もどき』程度の微罪では、彼女はすぐアズカバンから出てきてしまうかもしれません。収監されない可能性すらあった。なら……彼女が持つ()がどのようなデメリットを持っているのか、心底理解してもらったほうがよいかと思いまして。新聞社の席を奪い、権威を失墜させ、最大の情報収集ツールの使用を躊躇わせる。それで、ようやく僕は満足できました。

 これで、不安の芽を一つ潰すことができた」

 

 スキーターについての僕の内心はこれで全てだ。僕の心を覗いているダンブルドアにも、それは分かったようだ。彼は深くため息をつき、ようやく僕から視線を逸らした。

 「どうでしょう。もちろん、先ほどの論点からスキーターの監禁が糾弾されるべきだというのは分かっていますが……それはこちらの認識とは関係ない。それでもまだ、僕は自分の行為を間違っていた、と考えるべきなのでしょうか」

 張り付いた笑顔で問う僕に、ダンブルドアは顔を向けないまま、ゆっくりと口を開いた。

 「随分と饒舌だ。君がここまで無意味に弁舌を振るうところは初めて見る」

 その言葉は、ここまでの僕の話に対する返事ではなかった。再び、ダンブルドアの意図が読めなくなる。

 「回りくどい言い方はやめていただけますか」

 

 ダンブルドアは額に手をやりながら、再び僕の目を見つめた。

 「虐殺が起こる可能性のために、現在まだその原因となっているわけではないリータを監禁していい理由などない。最も良い策とは、リータ・スキーターを改心させた上で、虐殺の可能性を軽減することだったはずだ」

 その通りだった。あまりにも当然すぎて、それで動じることはなかったが、今までの話の中で一番胃が沈み込んだ。

 「……そうですね。最上を諦め、罪を引き受けてでも、僕は確実性を取った。それは……僕の至らなさでしょうね」

 何とか逸らさずに見たダンブルドアの目には、この言葉を口にした後悔が微かに滲んでいた。それ以上、何も言えない僕を前に、ダンブルドアはこちらにではなく、どこか呟くように言葉を漏らした。

 「そこで、私も未来のために他者に犠牲を強いている、と君は指摘しない。そうだろうとも……」

 

 

 ダンブルドアはかぶりを振り、深く息を吐いた。頭を擡げ、再び僕に向けられた瞳からは、一切の感情が拭い去られていた。内心を全く読み取れない表情で、ダンブルドアはゆっくりと口を開いた。

 「君はリータ・スキーターがもたらすであろう損失を考えてその行動を取った。なるほど、その通りじゃろうとも。しかし、彼女がもたらす利益については考えが及ばなかった。いや、及ぼさなかった」

 心臓が早鐘を打つ。どうしようもなく分かってしまった。ダンブルドアはこの先を僕に伝えるために、先に僕に全てを喋らせたのだ。逃げ場はない。ただ立ち尽くす僕を前にして、ダンブルドアは淡々と言葉を続けた。

 

 

 「──今年、偽物のアラスター・ムーディの正体を看破する方法とは、本当になかったのだろうか?」

 

 

 ドッと胃が落ち込んだ。ああ、確かに──いや、でも、しかし……強烈な焦燥の中、頭だけは勝手に回る。記憶の中から必死に自分を守る欠片を集め、つぎはぎに言葉を作り上げた。

 「バーテミウス・クラウチ・ジュニアは優秀でした……ポリジュース薬ならば、魔法で見抜くことはできない……本物のムーディ教授から情報を抜いていたのもあるでしょうが、あなたすら騙す演技力を備えていた……わずかたりとも本心を悟らせない閉心術、何もかも見通すマッド-アイの義眼で用心深く自分の行動を悟られないようにしていた……見破ることは極めて困難だった。そうでしょう?」

 声に震えは現れていなかったが、ダンブルドアはこちらの動揺を完全に看破していた。

 

 「そうかね。君は本当にそう思っているのかね。他でもない君自身が全てを検証した上で。

 ……君が動くより前に、クラウチはリータを排除しなかった。それで、彼女の隠匿能力はクラウチを出し抜くことができるものだったことが証明されている。そうじゃろう?君が言ったように、正体にさえ気付いてしまえばリータを排除するのはとても容易い。しかし、そうはならなかった。クラウチはリータが虫になれることに思い当たらなかったからのう。違うかね」

 「……単に、スキーターはマッド-アイに興味を持っていなかっただけでは? もう興味がなくなったんだ。だから、クラウチはリータを気にする必要がなくなった──」

 それなりに説得力のありそうな話を作り上げたつもりだったが、ダンブルドアはそれを簡単に遮った。

 「学期の初めに、あんなに大きく取り上げた人物を? 彼を吊し上げれば、容易に他の人間──校長であるわしのことをこき下ろせる相手であっても? そもそもリータの食指が次の人物に向かったからといって、クラウチが彼女を警戒しなくていい理由にはならぬ。クラウチがアラスターと成り代わった日の出来事を嗅ぎつけた人物に、全く注意しないなどということがありえるのかね。

 それに、言い訳として不十分だ。そのときの()()リータを活用できる可能性を見つけられるかが問題なのだから」

 

 徐々に息が上がるのを感じる。それでも、僕の脳はまだ逃げ道を探していた。

 「第二の課題時点では、不審人物がまだホグワーツに潜伏しているかは分からなかった……僕は、リータを何に使えるか分からなかった……」

 「いいや、それは嘘だ。ハリーの名前をゴブレットに入れた人物が校外に既に逃走している可能性は、クラウチ・シニアが失踪するまでは有力ではなかったはずだ。その後であっても、校内の警戒を怠るのは君のやり方だろうか?」

 

 ついに返す言葉を失った僕に、ダンブルドアはふと何か思いついたような眼差しを向けた。

 「そういえば、君はスネイプ先生とハリーについての言及を避けたね。スネイプ先生が毒ツルヘビの皮について私に報告していれば……もしくはハリーが『忍びの地図』について君に話していれば……我々は気づくことができただろう。

 君は……二人を責めたくないのかね? リータのことについて触れたくないように、君は言わないことに隠したい本心が出る。

 君はスキーターを使えば、ホグワーツ内の不審な動きを探ることができた。クラウチの正体を暴き、わしに伝えることができた。──ヴォルデモートの復活を阻止できた」

 

 「そんなに上手くいくはずがない……」

 もはや声の震えは隠しきれなかった。もはや打つ手を失った僕にダンブルドアは、最後の一刀を振り下ろした。

 「『上手くいくはずがない』。その意識だけで、最善を尽くさないことを、君は君に許すのかね。

 それを、君は最善を諦めて、次善の策をとってしまった。そのときは……確かにわしはそれを看過した。わしの責任じゃ。しかし、今になれば、最善へ向かう可能性はあったと言える。

 君は、最もよい選択肢を考えることを放棄した。君は……間違ったのだ」

 

 

 部屋に沈黙が落ちた。使える手札はもう残っていなかった。いや、最初から持っていなかったのだ。ただ「自分がヴォルデモートの復活を止められたかもしれない」という現実に耐えきれず、無様な言い訳を並べ立てただけだ。

 何と言ったらいいか分からなくて、しかし何も言わないこともできなくて、僕は口が動くまま上っ面の言葉をはいた。

 「申し訳ありませんでした。僕が間違っていました。次からは……気をつけます」

 「どうやって気をつけるというのかね」

 字面だけ見れば、どこまでも陳腐な台詞だ。あらゆる学校で性格のよくない教師が口にしていそうなぐらいに。それなのに、ダンブルドアは心の底からその言葉を口にしていた。本気で、僕に自省を促していた。なんと返したらいいか分からず口を噤むと、彼はさらに強く僕の瞳を覗き込んだ。

 「君は何故、今回の選択をしたんだ」

 「……先ほど言ったとおりです」

 「いや、違う。君はなぜ、最善の道を無視してでもリータの排除という手段を選んだんだ。何が君を突き動かしたのか、君は本当に分かっているのか」

 何が僕を動かしたのか? ……そうだ。僕はいつ、スキーターを排除しようと決めたのだっけ? 過去を振り返り、そこでダンブルドアが何を言いたいのか、ようやく見当がついた。

 「……ハグリッドのことですか?」

 「そうだ。ハグリッドへの中傷を見過ごす罪悪感が、リータの有用性を上回った。だから君はリータに慈悲を与えないことに決めた。そうではないかね?」

 あの寒い保健室の中でのことを思い出す。そうだ。確かに、あの日決断をしてから、僕は自分の意志を揺るがすものから目を逸らして監禁を遂行した。

 「……そうかも知れません。でも、だとしたら何なのですか」

 

 ダンブルドアは、やはり強く僕の目を見つめて口を開いた。

 「君は何故そこまでハグリッドを大事に思うのか、自分で考えたことはあるのかね。

 君の怜悧さの最大の源は、自身の好悪とそのものが持つ価値を切り離して考えられるところだ。しかし、それがうまく働かない場合がある。今回のハグリッドのように。その最たる例は──君の父親だ」

 ああ、結局そこに戻ってくるのか。ならば、もういい。僕はダンブルドアから目を逸らそうとして──それは叶わなかった。ダンブルドアは僕の肩を掴み、僕の目をしっかりと見ようとした。思わず怯えを感じ、後ずさる。ダンブルドアの顔には怒りにも似た迫真さが宿っていた。

 「心を閉ざしてはならない! 考え続けなければ。君は、自分でなぜ父親をそこまで重要に感じているのか、分かっていないはずだ!」

 手を振り払いたいが、身がすくんで動けない。それでも反論は口をついて出た。

 「感情なんて、根拠を探せない場合がほとんどでしょう!」

 しかし、逃げるような言葉をダンブルドアは歯牙にも掛けなかった。

 「しかし、今、君は探すべきだ。君は、自分の心を知らなければならない。次に過ちを産まないように」

 

 ダンブルドアは再び言葉を切り、息を深く吸って、吐いた。

 「君は──過去を思い出すべきだ」

 

 得体の知れない激情が腹に渦巻く。感情が溢れるままに、僕はダンブルドアの手を振り払った。

 「過去は必要ない! もう過ぎた話だ……」

 ダンブルドアは僅かに悲しみを滲ませて僕を見た。

 「ハグリッドのために感情に支配され、それゆえさらに彼を窮地に立たせることになったとしてもかね」

 胸を焼く罪悪感が喉元に迫り上がる。それなのに、ダンブルドアに応じることはできない。

 「だって、全部忘れてしまった。もう何も思い出せない……」

 自分ですら、何故ここまで頑なにダンブルドアの言葉を否定しているのか分からない。それでも、ここは譲れないことだけは分かった。ただ頭を振る僕に、ダンブルドアは一段低くなった声で語りかける。

 「本当にそう思っているのか」

 「あなたは僕の心中を全て見たはずだ! 何も残っていないことはお分かりでしょう!」

 それでもなお、ダンブルドアは揺るがなかった。

 「全てではない。君は最初からこの物語に関わるもの以外全ての以前に関わる記憶を閉ざしていた。わしも他のことに気を取られ、最初は見過ごした……しかし、回数を重ねるごとに気づいた。君は自分自身で封じた過去がある。

 かつてはそれでも良いと考えていた。君は、ヴォルデモートに対抗するために必要なものは全て見せてくれていた。それ以外については……容易く踏み入ってよいものではない。君はわしに対しては誠実だった。

 しかし今、君は自身の感情を制御できていない。他の人々に求めることではない。しかし()は、この世の全てを知り、己の目的に最善の道を模索することを欲する君だけは、己の道を左右している存在の正体を確かめねばならぬ! たとえ、それが君自身の心の中にあるとしても!」

 まったく言うとおりだった。ダンブルドアは、今までの会話の中で、随分と僕を説得する方法に長けてしまったらしい。やはり、逃げ道はなかった。僕は、僕を正確に扱わなければならない。自分の目的のために。

 手足が冷えていく。それでも、先に進まなければならない。僅かに頷いた頭を見て、ダンブルドアは深く息を吐いた。

 

 

 一年以上前にしていたように、椅子に腰を下ろしダンブルドアから杖を向けられる。あのときとは全く違った心境で。虚ろにならないよう意識を込めて、何とかダンブルドアに問いかける。

 「……開心術でどうにかなるものなのですか」

 ダンブルドアは杖を向ける手を少しも揺るがせずに答えた。

 「わしは手伝うだけじゃ。君が、自分自身に心を閉ざさず、己を知る勇気を持つのじゃ」

 

 

 「それでは、始めよう。────レジリメンス」

 

 

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