音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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不死鳥の騎士団
吸魂鬼の襲撃


 

 この夏一番暑い日の夕方、乾ききったプリベット通り四番地の萎びた花壇の上で、痩せた黒髪の少年──ハリー・ポッターは、なお厳しい日差しに耐えながら、仰向けに寝転んでいた。

 

 ハリーは息をひそめ、頭上の窓から流れてくるニュース番組の音に耳をそばだてていた。ホグワーツから帰ってきてから、たびたび居間でテレビを見ようとしたせいで、バーノンおじさんとペチュニアおばさんは居候の存在にすっかり苛立っている。彼らの嫌味な視線や小言を浴びる必要のある室内より、この熱された固い花壇の方が、ハリーにとっては居心地が良かった。

 

 ジリジリと干魃を引き起こす西日が鼻を焼くのを感じながら、それでもハリーは耳を窓枠に向け、じっと耐えていた。涼しい部屋の中で、ペチュニアおばさんとバーノンおじさんがハリーのことについてブツクサと小言を言うのが聞こえる。僕だって帰りたくて帰ってきたわけじゃないのに、まったく──頭の下に敷いた腕に、下の土から乾涸びたアリが這い上がっているのに気づき、ハリーはパッとそれを払い除けた。こんな真似をしてまで、必死でニュースを得ようとしているのはわけがあった。ハリーは、何かが起きている兆候を聞き逃したくなかったのだ。そう、ヴォルデモートが何かを起こしたという兆候が。

 

 

 先の学期末、ハリーはヴォルデモートが復活した場面を一人で目にした。

 

 もちろん、奴が戻ってきたからといって、マグルの世界でそれがすぐに騒ぎになるとは限らない。二年前のシリウスの件だって、とても曖昧な形でしかマグルのニュースでは流れていなかった。しかし、ハリーの知る限り、魔法界の新聞である日刊予言者新聞ですら、まったく何かおかしい──何か奴らの動きの兆候を表すような事件を扱っていなかった。

 

 あの医務室でのファッジとダンブルドアの──いや、ドラコとダンブルドアの舌戦を見るに、ファッジがヴォルデモートの復活をすぐに認めることはないだろうと、何となく予想はついていた。

 けれど、それにしたって、ここまで何も予言者新聞にヴォルデモート絡みのことが載らない、なんてことがありえるのだろうか? まさか襲撃が起きているのに、ファッジがそれを握りつぶして表沙汰にならないようにしているとか? そう考えてしまうほど、予言者新聞はいつも通りの顔をうまく取り繕っていた。無味乾燥でなんの役にも立たない紙面にはうんざりだ。もう四週間も、毎日ハリーは朝早いうちにヘドウィグが届ける新聞を待っては、落胆することを繰り返していた。

 

 おまけに、新聞以外──魔法界から送られてくる手紙からも、ハリーはさっぱり情報を得られていなかった。

 ロンとハーマイオニーから送られてくる手紙は、大事なことをぼかして、そのくせ、何か隠さなければならないことがある、という部分だけは分かるように書かれていた。一体何がそんなに大事なんだろう? ハリーが墓場で見たことより重要なのに、二人が自分より先に知ることのできる情報があるとでもいうのだろうか? おまけに、二人は今一緒にいるらしい。きっと隠れ穴にいるんだろうが──なんで僕は一緒じゃないんだ?

 会ったときに全部話すとは書かれているが、それは一体いつなんだ? 新学期が始まったあと? ホグワーツに戻るまでは、まだ一ヶ月近くある。それまで、この掃き溜めのようなダーズリー家に、何も知らされないまま缶詰になってなきゃならないのか? 二人は同じ場所で魔法界がどうなっているか知っているのに? 名付け親のシリウスからの手紙だって、お笑い種だ……「大人しくしていなさい」……去年、こちらの言うことも聞かず、危険を冒してホグズミードにやってきたのは一体誰だ? 僕が一体、いつ自分から望んで大人しくしていなかったと──

 

 そこでふと、明るい灰青色の瞳を思い出し、ハリーは強く頭を振った。思考が悪い方にばかり逸れてしまっている。こうも感情的になるハリーを見たら、彼は呆れはしないだろうが……感心されもしないだろう。

 最近、しょっちゅう額が痛むことがあるせいか、ハリーは自分が怒りっぽくなっていることを自覚していた。まあ、こんな環境に置かれて、怒るなと言うほうがおかしいとは思うが……おそらく自分以上に危険な家に帰らなければならなかった友人のことを考えると、ハリーは途端に自分からスッと血の気が引いていくのを感じた。

 

 ドラコ・マルフォイの帰省は、この夏一番気がかりなことの一つだった。

 彼の父親のルシウス・マルフォイは死喰い人で、ヴォルデモートが復活したときにその側に戻ってしまった。それなのに、ドラコはその裏にヴォルデモートがいたと知ってか知らずか、三大魔法学校対抗試合でバーテミウス・クラウチ・ジュニアの企みを阻止しようとしていたらしい。つまり、ヴォルデモートの復活を。もしそれが奴に知られるようなことがあれば、ドラコの立場は非常にまずいことになるのではないか? それなのに、ドラコはノコノコと自分の家に帰ってしまったのだ。

 これだけは幸いなことに、クラウチ・ジュニアの件はほとんど新聞に取り上げられていなかった。彼が捕まったときに、ムーディ先生に成り代わっていた不審者が捕まった、と載ったきりだ。死んだはずのクラウチ・ジュニアが生き延びてアズカバンを脱走し、あまつさえ父のバーテミウス・クラウチを殺したことを、魔法省は公にしたくなかったのかもしれない。だから、クラウチとドラコの間に何があったのか大っぴらになることはなかった。

 

 しかし、そもそも去年のことがなくたって、ドラコは色々やらかしてしまっている。彼が知っているかどうかは分からないが、直接ヴォルデモートに出くわしたことすらある。一年生のときに禁じられた森で、ドラコはヴォルデモート付きのクィレルからハリーを身を挺して庇ってしまっていたのだ。それは……どう考えたって、まずいだろう。七月、ドラコに最後に会った際、もし言い訳しなければならない状況になったら、父親に仲良くしろと申しつけられていたことにすると言っていたが……ヴォルデモートがそんな言い逃れを見逃すだろうか? ダンブルドアはヴォルデモートは自分が力を認めていない子供に執着するようなことはないだろうと言っていたが……あくまでも予想だ。絶対じゃない。

 最後に会ったとき、ドラコはハリーから墓場であったことを何もかも聞き出していったのだが、彼自身のことについては大したことを教えてくれなかった。彼の父親のことも、なぜ偽ムーディにトランクに閉じ込められたのかも……せいぜい、クラウチとどういう話をしたのか、ということぐらいだった。ドラコがそれをハリーたちに教えたい、その意図は分かる。でも……自分を拷問した人間にさえ()()をやってしまうドラコがハリーは本気で心配だった。

 

 

 しかし、それはハリーの不安の一部に過ぎない。

 極め付けに最悪なのは、ドラコがハリーに対して色々なことをしてくれていたという事実が、他でもない、ハリーの頭からヴォルデモートに漏れてしまう可能性があることだった。

 

 七月、ダンブルドアにそれを知らされた数日後、すっかり復活したハリーは閉心術を学ぶことを決心していた。初めて提案されたときは心身ともに疲弊しきっていたために少し弱気になっていたかもしれないが、ヴォルデモート相手に何もしないという選択肢はない。むしろ、望むところですらある。ただ、ハリーの返事を聞いてもダンブルドアはどこか緊迫感を漂わせたままだったのが気になった。

 本格的な訓練は九月になってからだが、その予行演習として、一度ダンブルドアに開心術をかけられた。思い出したくないものまで次々と記憶をほじくりかえされるのは、かなり精神的に応えた。

 そのときにダンブルドアは、今のところヴォルデモートはハリーの心に入り込んできてはいないと言っていた。まだ、そのつながりにヴォルデモートが気づいた痕跡がないというのだ。でも……逆に言えば、この事実が気づかれた瞬間に、ヴォルデモートは()()できるのかもしれない。ハリーを操ったり、ハリーの記憶から情報を盗み出す、ということができてしまうのかもしれない。

 

 だから、ダンブルドアはハリーに何も知らせず、この緊張に満ちた四週間を過ごさせているのだろうか。ハリーが閉心術を完璧に習得するまで、何も教えてくれないつもりなのだろうか。ハリーは夏休みの間、自分をホグワーツに残らせて閉心術を教えてほしいと頼み込んだが、それは却下されてしまった。自分の身の安全を守るためにも、一度ダーズリー家に戻らなければならないそうだ。はっきり言って、プリベット通りに帰るくらいだったら、ハリーはどんな危険なことでも大歓迎、という気分だったが……結局、なすすべなくこの家に戻り、惨めに今の窓の下で聞き耳を立てている。

 

 微動だにせず考え込んでいるうちに、日が暮れてあたりは橙色に染まり始めた。セキセイインコのバンジー君が水上スキーを披露したというバカバカしいニュースが聞こえてきたのを最後に、ハリーはテレビ番組に見切りをつけた。この後にもっと重大なニュースが流れることはないだろう。居間にいる叔父叔母夫婦にバレないために、窓から見えないように這いつくばってそろそろと花壇から抜け出す。そのまま家の中に戻る気にもなれず、ハリーは当てどなく通りに足を踏み出した。

 

 道には全く人がいなかった。この夏は例年と比べても一際暑く、プリベット通りの住人たちも室内に逃げ込んでいるのだろう。いつもならピカピカに磨き上げられているであろう表に並ぶ車たちも、渇水のために水の使用を制限され、砂がついてくすんでいた。

 人気のない道路を歩いていると、入り口の閉じた公園が目に入ってきた。ダーズリー家から歩いて数分の公園は、ほとんどの遊具が壊れている。ボクシングにハマったせいで悪ガキからチンピラへと見事な成長を遂げたダドリーが、毎夜仲間と何もかもを破壊し回っているからだ。他の子供たちだってダドリーたちを恐れて近辺には近づこうとしなかったが、ハリーにはかえって好都合だった。それに、ダドリーの脳にはきっちりと魔法の恐ろしさが刻みつけられている。バカな取り巻きの前で、ハリーに手出しできないダドリーを見れば、この苛立ちも少しは紛れるだろう……

 

 もう鍵が閉められている門を飛び越え、ダドリーたちが破壊し損ねたブランコに腰を下ろす。気付けば、あたりには暗闇が落ちていた。近くの土埃に汚れた街灯が、ぼんやりとした灯りを黄ばんだ芝生に投げかけている。あまりの暑さのせいか、虫も少ない妙に静かな夜だった。

 何をするでもなくじっと地面を見つめていると、遠くから下品な笑い声が聞こえてきていた。カラカラと軽い自転車の車輪が回る音がする。たむろして公園の前の道をダラダラと歩いているのは、やっぱりダドリーの一味だった。中には四年前までハリーと同じ学校に通っていた子供もいる。きっと、ハリーを見つけたら真っ先にこちらへやってくるだろう。そこでまごつくダドリーを見るのは愉快だろうが……取り巻きが殴りかかってきたら、どうしようか? いや、今はポケットに杖がある。やれるもんならやってみればいい。後悔させてやる──

 

 再びハリーは大きく頭を振った。休みの間、ホグワーツの外で魔法を使ってはならない。二年前、マージおばさんを膨らましてしまったときは、シリウスの件があったからお目溢しを受けた。でも、今のファッジがそこまでハリーに寛容だなんて甘い予想はしないほうがいい。確か、「条文はあっても不当に緩められた法解釈と縁故が重要」だったか──とにかく、今、自分が不利になるような真似をしてはならないことは分かっていた。

 

 結局、公園の前でダドリー一味は解散していった。バーノンおじさんとペチュニアおばさんはダドリーが帰ってくるまでを門限だと考えているようだし、ハリーも家に帰らなくてはならない。さもなくば、しばらく食事抜きの罰が待っていることだろう。何も知らされない怒りに任せて、誕生日にロンとハーマイオニーから送られてきたチョコレートを捨ててしまったのは、失敗だった。去年はみんなのおかげで随分食事事情が改善されていたが……それでも、苛立ちを押さえつけてまで食べ物を恵んでもらう気にはなれなかった。

 一人いかつい肩をそらして歩くダドリーの後ろにこっそりとついて、ハリーも帰路を歩き出した。ダドリーがふんぞり返って小石を蹴飛ばすたびに、話しかけて喧嘩を売ってやろうかという考えが頭をよぎったが……そうしても、ロンやハーマイオニーがハリーを迎えにきてくれるわけじゃない。ドラコの安否が分かるわけじゃない。

 かわいそうな子供がダドリーに目をつけられたときに助けられるよう、視界にそのがっしりとした背中をおさめながらハリーはとぼとぼと歩き続けた。

 

 

 一際人気もなく、街灯もない狭い路地に入ったところで、ようやくダドリーは後ろにハリーがついてきていることに気がついたようだった。ハリーが立てた足音にパッと振り向き、従兄弟を見とめると、その顔には苦々しさが広がった。

 ダドリーはブスッとした顔で口を開いた。

 「なんだ、お前か。ついてくるなよ」

 ハリーの心中に、奇妙な苛立ちと喜びが湧き起こった。そのまま、勢いに任せて口を開く。

 「残念ながら、帰る場所が同じなんだよ、ビッグD。随分と格好いいあだ名だな? 君のお友達は知らないのか? 家で君が『かわいいちっちゃなダッダーちゃん』って呼ばれてるって」

 ダドリーの顔がたちまち赤く染まる。咄嗟にうまく言い返すことのできないいじめっ子を見て、ハリーは胸がすく思いがした。

 

 このまま、ダドリーをからかいながら帰ろう。そう考え、ダドリーに近づくため足を踏み出したところで──一瞬にしてあたりの空気が変わった。

 乾ききった熱い風が止み、底冷えする冷気が地面から這い上がってくる。頭上の星々の明かりや、遠くに見える街灯の灯りがあっという間に拭い去られたように消え、周囲が真っ暗になった。まるでこの路地だけが重く冷え切った緞帳で世界から切り取られてしまったかのようだ。

 

 ハリーの背に冷たい汗が伝った。この気配は、まさか──そう思う間にも冷気によって、身体が先から震え始める。慌てて手探りでポケットの中の杖を引っ張り出し、()()の気配を探るために耳をそばだてた。異変に気づいたダドリーの怯えた声が、少し離れたところから聞こえる。

 「お前──何をしたんだ」

 「僕じゃない! ちょっと黙っててくれないか、聞いているんだから!」

 

 そこで、ハリーの耳はようやく望んでいなかった音を拾った。スルスルと長い布が空気を撫でる音。そして、ガラガラと何かを吸い上げる息の音──間違いない。ここにいるのは吸魂鬼だ。

 

 凍りついた外気が肺を蝕んでいく。なぜ、どうして吸魂鬼がプリベット通りの近くに? いや、そんなことを考えている暇はない。守護霊を出して、自分の身を守らなければ──

 しかし、ハリーが呪文を唱える前に、白銀に輝く影が暗闇を切り裂いた。光りながら飛ぶ影は辺りを照らし、路地裏を疾走する。その明かりで、ようやくハリーの目にも吸魂鬼が見えた。二体、ダドリーの近くに立ち手を伸ばしていたそれは、輝く動物に突っ込まれて霧の塊のように退却していった。その守護霊──クマのように見える──は少し吸魂鬼を追いかけた後、路地の入り口の主人の元に、ゆっくりと戻っていく。その人物は杖を構えたまま、こちらに素早く駆け寄った。

 

 「ハリー! 大丈夫か!」

 そこにいたのは──去年、共に三大魔法学校対抗試合を戦ったライバル、セドリック・ディゴリーだった。

 




セドリックの守護霊ってなんでしょうね。安直にアナグマにしてしまおうかとも思ったのですが、なんとなく迫力が出なかったのでやめておきました。クマみたいな哺乳類の何かってことになってます。

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