音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった   作:樫田

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第九話 ハリー・ポッターと賢者の石

 

 

 あのクィディッチの試合の後、何故かグリフィンドールの三人組をよく図書館で見かけるようになった。グレンジャーに感化されて、勉強に精を出すようになったのだろうか? 主人公が賢くなって困ることはないので、僕としては大歓迎だが……どうやらそれだけではないらしい。何度か出くわしたハリー・ポッターが、何故かこちらに声をかけてこようとしていたのだ。未だにダイアゴン横丁での好感が残っているとも思えないし、何か理由があるのだろう。しかも、その度にロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーがすごい形相で止めていた。ハリーにとっては僕に話したくて、グレンジャーとウィーズリーにとっては隠したいことがあるとしか思えないが、賢明な判断だ。彼らがいい友人関係を築けているようで何よりである。

 

 とはいえ、彼らを避けて図書館へ行くのを止めるつもりもなかった。折角新たな手掛かりが降ってきた以上、それを調べない手はない。

 ハリーを箒から叩き落とそうとした呪文の特定のために、僕もさらに図書館へ入り浸っていた。何なら、クリスマスは学校に残ろうかとすら考え始めていた。もちろん、父母が絶対に良い顔をしないと分かっていたので元より夢想に過ぎなかったが、更に絶対に帰省しなければならない用事ができた。

 

 ブラック家のアークタルス大伯父様が亡くなったのだ。

 

 これでブラックの姓を持つ男子は僕の祖父であるシグナスお祖父様と、獄中のシリウス・ブラックだけになってしまった。昨年曽祖父のポルクスお祖父様も亡くなってしまわれたし、ここ数年でブラック家は断絶寸前まで大きく数を減らしてしまった。確かにご高齢の方達ではあるが、享年七、八十歳というのは、魔法使いにしては少々短命にも思えてしまう。魔法界には百歳を超えてなお最強の名を恣にしている化け物や、六百年を超えて生き続ける化け物がいるのだ。彼らの存在を考えるなら夭逝……は言い過ぎでも、とても長生きしたとは言えない。ブラック家は近親で結婚しまくっているのが悪いのだろうか。純血にこだわるが故の結果だとすれば、なかなか因果なものだ。

 

 女性ではカシオペア伯母様が残っているが、彼女も子どもがいない。このまま順調に行くと、ブラック家の血脈は絶えることになるだろう。冷たい言い方になってしまうが、僕のような根っから貴族という訳ではない人間にしてみれば、ブラックという名が消えること自体は仕方がないと受け入れられる。しかし、それによる影響には無視できないものがある。それは、彼らが所有する財産の相続にあった。

 シリウス以外のブラック家の方々がご存命であれば、僕も彼らの蒐集品を扱うことができる。けれど、相続はできない。ブラック家の財産は「ブラックの姓を持つ男子に引き継ぐ権利がある」と魔法契約がなされているのだ。娑婆に生きる三人のブラックが亡くなれば、権利はそれを扱うこともできないシリウスに遺される。

 このままだと家財の大半が無人の家屋で朽ちることになる。ブラック家の方々もそれを恐れ、母のナルシッサに様々な貴重品を生前贈与しているようだが……どうやら全ての所有権を移せる訳ではないらしい。財産そのものに契約の効果が及んでいて、どうしてもブラックを継ぐ人間にしか扱えない場合も多いのだ。このまま貴重な財産が腐り落ちるなんてあまりにも勿体無いが、せいぜい屋敷しもべに死後のことを任せるくらいしか方法がない。日々一族の終末を感じているブラック家の雰囲気は、アークタルス大伯父様が亡くなる前から葬式そのものだった。

 

 僕がもっと小さい頃はブラック家の人々との交流も全く苦ではなかったが、ヴァルブルガ大伯母様が亡くなって以降どんどん重苦しくなる空気にはかなり気が滅入る。それでも、甘やかしてくれた親戚が去ってゆくのは悲しいものだ。彼らが最も近親の子どもである僕に、何か託すような目をするから尚更である。

 こうして、僕は帰った先で待ち受けるものになんとも重たい気持ちを抱く中、幼馴染二人とともに雪舞うホグズミード駅でホグワーツ特急に乗り込んだのだった。

 

 

 

 休暇は葬儀とその関係の付き合いで慌ただしく過ぎたが、そんな中でも少しはホリデーらしいイベントもあった。

 クリスマスプレゼントにクラッブからは双眼鏡(単なるクィディッチ用じゃなく、自分が見たいと思ったものに印をつけてくれる一品だ。これで今回の事件の犯人がわかればいいのに!)、ゴイルからは調べ物用の他人に勝手に読まれない手帳を貰った。全く、得難い友人である。僕は彼らの苦手科目の参考書や防御呪文付きのマフラーを送ったので、普通に嫌がられていることだろう。

 ザビニやノット、パンジー、ミリセントともプレゼントを交換した。ここ一ヶ月ほどで同級生との仲はだいぶ深まったように思う。僕のスリザリンに溶け込もう作戦は、かなり上々な出来なのではないだろうか。

 休暇は家の書物を当ってみる良い機会でもあった。けれども、成果の程は今一つだ。屋敷しもべ妖精に手伝ってもらいながら、呪いについてまた色々と調べたが、逆に候補が多過ぎて絞れなくなってしまった。僕が呪文の正体に見当がつけられなくても対策が講じられると信じたいが、次にグリフィンドールが戦う試合が心配である。

 

 

 ゴタゴタしているうちに、物語についての推理に進歩らしい進歩もないまま、ホグワーツへ戻る日が来てしまった。

 雪の舞う城について早々、休暇中借りていた本を返して新たに調べ物をするため図書館へ向かう。まだ新学期も始まっておらず、館内にほとんど生徒はいなかった。人気のない本棚の間を通り目的の本を探していると、小柄な少年が一人で調べ物をしているのが目に入ってくる。やはり、ハリー・ポッターだ。しかし、今日はいつもそばにいるグレンジャーとウィーズリーが見当たらない。ストッパー二人がいないことに不穏な予感がしたが、それは即座に的中した。彼は本棚の影に潜むように立っていた僕を目ざとく見つけ、真っ直ぐこちらへ向かって来たのだ。すぐさま隠れられるところを探したが、あいにくほぼ無人の図書館にそんな場所はない。最年少シーカーの俊敏さの前に、あは敢えなく降参した。

 彼を見て足を止めた僕に対し、ハリーは控えめに微笑みながら口を開いた。

 「ねえ、ドラコ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……ニコラス・フラメルって知ってる?」

 あまりにも唐突で、全く予想していなかった質問だ。思わず何故そんなことを聞いたのか考えず頷くと、ハリーの顔にみるみる満面の笑みが広がった。

 彼に促され、知っているだけのことを簡単に説明する。

 「錬金術の第一人者だよ。まだご存命だったと思うけど、もうだいぶ長いこと研究発表はされていないようだから、最近はあんまり名前を聞かないかもね。ほら、『命の水』の元になる賢者の石(Pierre philosophale)を発明した────」

 僕はそこで言葉を切った。自分で口に出したのに、妙に「賢者の石」と言う言葉に引っかかったのだ。

 ハリーはこちらの怪訝な様子には気付いていないのか、僕の言葉に目を輝かせている。何やらとても嬉しそうだ。今貸し出されていないニコラス・フラメルについて載ってる本を見繕ってやりながらも、喉に小骨が刺さったような感覚は拭えない。僕は一体何を忘れてしまっているのだろう?

 

 本を抱えて晴れやかな顔をしていたハリーは、礼儀正しく礼を言った。彼はそのまま去ろうとしていたが、突然立ち止まり、少し不安げにこちらを振り返る。

 「ねえ、僕らがニコラス・フラメルのこと調べようとしてたって、スネイプに言わないでいてくれる?」

 これまた予想していないお願いだった。ハリーを止めていた友達二人ならともかく、こんな普通の調べ物をスネイプ教授に隠したい意味とはなんなのだろうか? 僕は正直に疑問を口に出した。

 「別にスネイプ教授と個人的に話すこともないから告げ口する機会もないけど、なんで? フラメルは、授業で気になったこととかじゃないの?」

 ハリーは僕の質問に対し、少し言葉を詰まらせた。

 「えっと、そうだけど……でもスネイプって僕のこと嫌いでしょう? また変な言いがかりをつけられたくないんだ」

 そうしてハリーは再度礼を言い、図書館をさっさと出て行ってしまった。

 ……絶対に嘘である。そんなことがなくてもスネイプ教授はハリーに言いがかりをつける。ニコラス・フラメルは何かスネイプ教授にとって特別なことだったのだろうか?

 そこまで考え、ようやく自分が何に引っかかっていたのか思い当たった。

 

 ──「ハリー・ポッターと賢者の石」

 

 そうだ。この言葉だ。わずかにだが聞いたことがある。何作目かもわからない。しかし、朧げながら存在したような気がするタイトル。今この時にも進んでいる物語がどのように名付けられているのか、僕はようやく気がついたのだった。

 やはり僕の気付かないところで、物語は着々と進んでいたのである。

 

 その日の夕食、大広間で例の三人組はこちらをチラチラと見ながら話し込んでいた。僕がスリザリンだからスネイプ教授に密告して、それをネタにいびられると考えているのだろうか? いや、あの様子だと、彼らもスネイプ教授になんらかの疑いを持っていると言う方が正しいだろう。

 僕と同様、スネイプ教授がトロール事件に関わっているかもしれないという懸念を抱いていたのかも知れない──そこで、前のクィディッチの試合でクィレルを薙ぎ倒したのが、ぼうぼうとした栗毛の背の低い人物だったことを思い出した。彼女ほどの才女なら火を扱う呪文だってお茶の子さいさいだろうし、あれはハーマイオニー・グレンジャーだったのだろう。

 ハリーに考えなしに情報を渡してしまったことで、物語に狂いが生じてしまったかもと少し心配にもなった。けれど、ニコラス・フラメルの名前まで知り、ハーマイオニー・グレンジャーもそばにいるのならば、僕に聞かずともすぐ「賢者の石」にたどり着いていただろう。そもそも図書館のピンス女史に聞けば一発である。

 

 三人組の「スリザリン生がスネイプ教授に密告するかも知れない」という懸念はもっともだったが、僕はスネイプ教授とは本当に一線を引いていた。当たり前だ。彼に迎合していては、僕の本当にやりたいことは出来ない。

 グリフィンドールとスリザリンの合同である魔法薬学で、スネイプ教授は相変わらず隙あらば僕を褒め、言いがかりでしかない理由でハリーをこき下ろしていた。僕も初日以降は学習して、他の人の前で教授を決定的に貶めることは言っていない。しかし、授業中彼が贔屓やこき下ろしで監督責任を疎かにしようとするたび、周囲へのサポートに回っていた。場の雰囲気に敏感な人間は僕が暗にスネイプ教授の態度を問題だと思っていることに気づいていただろう。実際、寮監は僕の妙な扱いづらさに、徐々に態度が硬くなっていた。だが、僕は僕らの見解の相違が隠せなくなるまでは、知らないふりをすると決めていた。スネイプ教授にとっていい生徒でない自覚はあるが、彼がスリザリンの名誉を毀損しているのは事実だ。この状況を放置する気は一切なかった。

 一応、言質を取られないよう、慎重に立ち回っているつもりではある。そのためか、スリザリン内部で僕のスネイプ教授に対する態度は今のところ、問題にはなっていない。ザビニは僕が諦められていると言っていたが、ジェマ・ファーレイを始め立場の弱い上級生も僕に対し以前よりもずっと友好的に接してくれている……そう信じたい。

 

 

 ──それにしても賢者の石である。

 多くの人々が再現を試み叶わなかった錬金術の至宝にして、魔法界で最も貴重な財産の一つ。三人組はなぜこれを調べていたんだろう。まさか手に入れたいわけではないだろうに……いや、そもそもニコラス・フラメルの名前しかハリー・ポッターは知らなかったのだ。ならば、賢者の石は彼らの調べ物の発端ではないのかもしれない。

 しかし、なぜそんな片手落ちな情報しか持っていないのだろうか? 賢者の石が物語の本筋に関係がある……つまり、例のあの人が狙っていたとしても、それだけでは彼らにはなんの関係もない。ニコラス・フラメル氏はフランス在住だったはずだし、イギリスの、ことホグワーツに縁なんて……いや、ダンブルドアは共同研究者なんだったか? それで彼が賢者の石の欠片を持っている可能性に賭け、わざわざ力を失ったらしい闇の帝王がホグワーツにやって来るのはリスクが高すぎるように思うが……いかんせん推理しようにも、情報が足りない。

 ハリーに賢者の石に関する図書館の本はおおかた渡してしまったが、僕も容疑者絞り込みのために情報を得なくてはならない。また新聞で、賢者の石に関連しそうな記事を集めるしかないだろう。

 

 

 新学期が始まり、次のグリフィンドールの試合も近づいてきた。またハリーは災難に遭うのかと身構えていたが、幸いなことに対策は見える形で取られていた。

 なんと、次の試合はスネイプ教授が審判をするというのである。教師を一人、見張りに立たせるというわけだ。この任命にダンブルドアが関わっていないわけがないので、スネイプ教授は容疑者レースでかなり失速したのではないだろうか? まあ、それを言い出したら、そもそも元死喰い人をダンブルドアが自らの下に置いていること自体、なんらかの意味があったと考えるべきだったのだろう。

 僕は自寮が出ないクィディッチの観戦をしていても怪しまれないように、他の全ての試合を見に行っていた。全く好きではないスポーツを長々見るのは苦痛でしかないが、他の生徒との交流の機会にもなる。割り切るしかないだろう。

 冬空の下で応援するのに耐えかね、僕は早々に防寒魔法を覚えた。クラッブはまた揶揄われても知らんぞと呆れていたが、皆この寒さに耐えかねていたようでスリザリンだけでなく他寮の生徒に魔法をかけてやることもあった。

 

 グリフィンドール対ハッフルパフ戦も晴れて寒い日だった。客席につき、クリスマスプレゼントの双眼鏡で観客席のスネイプとクィレルに印をつけていると、観客席に予想していなかった人物が目に入る。ダンブルドアだ! やはり、城壁外でのハリーには目を光らせることにしたのだろうか。

 流石にこの状況でハリーに手を出す奴はいないだろう。手がかりにはならなかったが、主人公が目に見える形で守られているのはありがたい。試合自体も五分ほどで終わってくれた。グリフィンドールが勝ってしまったことに文句を漏らすスリザリンの子どもたちを宥めながら、僕は軽やかな気持ちで城に戻った。

 

 

 


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