音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
階段を降りると、応接室前に立つ人影が見える。思わず体が強張るが、流石に闇の帝王が棒立ちで待っているわけではなかった。
そこにいたのはスネイプ教授だった。全く、休日に寮生の家庭訪問とはご苦労なことだ。もちろんそのために来たわけではないだろうが。父上が
しかも、この人が僕が来るまでにどの程度まで闇側に報告をしているか分からない。向こうの持つ情報を読めず、こちらが「うっかり」してしまう可能性が上がった。いや、ここはむしろ……「うっかり」することを前提に話をするべきなんだろうな。
内心覚悟を決め、僕は歩みを進めた。
スネイプ教授は最近よく見る感情の読み取れない表情でこちらを一瞥すると、何も言わずに扉を開けて部屋の中へと入っていった。ついてこいということなのだろう。漏れ出そうになったため息を押し殺し、一応ノックをして重い扉を引いた。
居心地のよく整えられているはずの部屋の中はカーテンが閉め切られ、いつもよりずっと薄暗かった。掃除は行き届いているのに、どこか黴臭いような、湿った匂いがする。
しかし、誰がいるかははっきりと分かる明るさだ。火の入った暖炉のそば、こちらを振り返った父上の前にある、この部屋で一番しっかりしたビロード張りの肘掛け椅子。そこに、青白い肌を持つ闇の帝王がゆったりと腰を下ろしていた。
立ち止まったスネイプ教授に促され、暖炉近くに歩み出る。そのまま頭を下げて言葉を待とうとしたところで、頭上からやけに泰然とした声が響いた。
「よい、ドラコ。こちらへ来て座るがいい」
顔を上げると、ヴォルデモート卿はテーブルを挟んだ反対側のスツールを指していた。元の作りからして恐ろしい顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。この寛容さを装うポーズが、かえって彼の意図を霧中に隠していた。
座ってしまえば、こちらのタイミングでは退出できない。まあ、立っていてもこの人相手には無理だろうが……明らかに、何か意図を持って僕と話す状況を作ろうとしている。手掛かりにならないかと一瞬盗み見た父上の顔には、隠しきれない緊張が走っていた。
……落ち着け。意図が読めずとも、基本は同じだ。
侵攻に備えろ。怯えつつも、野心のある、しかし未熟な、年相応な子供になりきれ。
「はい……我が君」
そうできるだけか細く聞こえる声で応え、演技でなく無理やりに口角を上げて腰を下ろした。
「さて、新学期の様子はどうだ」
気味が悪いほど
最も、くだらない現実逃避をしている場合ではない。できる限り素早く、かつ慎重に話の道筋を定め、口を開く。
「……ファッジは相変わらず、ダンブルドアと小競り合いを続けているようです。8月の吸魂鬼事件をダンブルドアは大沙汰にしませんでしたが、ファッジはそれを弱みを握られたと解釈していました」
「それで?」
ヴォルデモート卿の表情は変わらない。話を続けることを許可されていると解釈し、そのまま言葉を紡ぐ。
「……ここでファッジが
そこで、ヴォルデモート卿は目を細めふっと笑った。嫌な予感にどっと心臓が跳ねる。でも、目を逸らしてはならない。僕は何とか頭を上げ続けた。
彼は、右後ろに立つ父上の方に顔を向けた。
「ああ、ルシウス……お前の子は、お前に似て口が回るようだ。あのファッジなら、それはそれは気に入ることだろう……。
しかも、自分の口にしたくないことを口にしないようにする知恵すら似たようだ。
賢いお前の息子は分かっているはずだろう? 俺様が本当に聞きたいのは、ハリー・ポッターのことだと」
胃がズンと落ち込み、四肢の血が凍りつく。守りきれていなかった部分が読まれたのか、それとも話の流れから気づかれたのか。
思考の最も深部を守れているという驕りが、落とし穴になった。
けれども動揺は一周回って、あっという間に落ち着いた。
そうか。やはりあえてのスネイプ教授なのか。彼から情報を得た上で、こちらに話をさせたのは意図的だ。完全にこの場で僕は試されている。しかし、新学期が始まってからの情報に限定するならば、致命的な手札は何一つない。どれを晒したとしても、父の存在もあって、今は僕の命の天秤の皿の方が重くなる公算が強い……そして、この先も闇の帝王と対峙するのならば、この初回の経験を無為に捨てるなどあり得ない。
ここは逆に、僕がどの程度ヴォルデモート卿を欺けるのか、計測する絶好の機会だ。
闇の帝王は一体どこまでこちらを読める?
動揺した様子を装い視線を下に向け、戦略をできるだけ早く組み立てる。
思考を層のようにして、どこまで見破られたか確認しよう。一層目は友人のことを巻き込みたくない臆病な側面。二層目は……そうだな、かつてハリーに期待を持ち、そして愚かな子供同士の揉め事に対し落胆している側面。三層目はそれらを俯瞰した上で利用し、ヴォルデモート卿の懐に潜り込もうとする狡猾な側面。ここまで辿り着かれれば折檻程度は覚悟するしかないが、それゆえに大きな釣り餌になる。
全て少しずつ本当のそれらを切り分け、別のレイヤーにする。こういう思考の剥離は慣れていた。
演技ではない声の震えをそのまま乗せ、少しずつヴォルデモート卿の目を見たまま言葉を紡いだ。
「ハリー・ポッターは……正直に申し上げて、昨年度より感情の制御ができていません。我が君……あなたが戻られたのを目にしたせいか……特に苛立ちを抑えられなくなっているようです。それが原因で、彼の一番の親友であるロン・ウィーズリーとも絶交のような状態になりました」
ヴォルデモート卿は少し首を傾げ、覗き込むようにこちらの瞳を見つめた。今までになく侵食がはっきりと分かる。闇の帝王が、今まさに僕という人間を推し量ろうとしている。叫び出してしまいたいほどの重圧だが、耐える以外の道はない。
「……私が思うに……彼は……家族にコンプレックスがあります。家族に恵まれたウィーズリーと理解しあうことなく、すれ違うのはその部分かと。だから……そこが付け込みうる弱みになりうるやもしれません」
これでスネイプが伝えうるハリー関連のことは攫いつつ、身近な友人としての立場からわかる分析も添えた。さあ、闇の帝王はどこまで僕の本心を見破る?
ヴォルデモート卿の顔に張り付いていた微笑みがすっと消えた。蛇が鎌首をもたげるようにこちらを睨め付け、彼はゆっくりと口を開いた。
「ドラコ、お前は……もう少しポッターが
その言葉尻には嗤笑が滲んでいた。
部屋の空気が一気に冷え込んだように感じた。後ろでスネイプ教授が居住まいを正す音が聞こえ、視界の左端に入る父上は明らかに動揺している。
しかし、これである程度まで分かった。二層目までは読まれた。けれども、三層目までは辿り着いた様子ではない。そうならもっと逆鱗に触れていているはずだ。
怯えの感情を二層目に流し込み、身体にも表す。あたかも心中でチラと考えていたことがバレてしまった、卑小な子供のように。
「ぼ、僕は……ハリー・ポッターが……いえ、ハリー・ポッターに……自分でも気づかないうちに何か……才能があると考えていたのかもしれません……」
もはやヴォルデモート卿は嘲りを全面に出していた。赤い瞳がこちらを睥睨する。
「俺様を凌ぎうる才能がか?」
「いえ、滅相も……滅相もございません……」
ここらでへんで十分だろう。視線を切り、頭を下げる。
そういえば、開心術の解析に気を取られて、話の着地点をよく考えてなかったな。磔の呪い二、三発で済めばいいが……いや、闇の帝王から常人が二、三発食らって大丈夫なものなのだろうか? クラウチ・ジュニアから貰ったアレ基準で考えていたが、考えが甘かったかもしれない。高威力すぎて発狂、なんてオチが一番まずい。
勝手に折檻に備えて歯を食いしばろうとしていたところで、あまり聞きたくなかった声が耳に飛び込んできた。
「申し訳もございません、我が君……息子にそのような考えを吹き込んでしまったのは私です。単に私の浅慮がため……」
「違います!」
思わず反射的に口から言葉が飛び出ていた。ああ、父上! 頼むから今はやめてください……今この段階で殺されることはないはずです……届くはずのない心中で言い募る。くそ、この親バカがどう動くかなんてちゃんと予想してしかるべきだろう。何故それを見逃した?
しかも、考えなしにしゃべってしまった。こんなに感情的になるところを見せて、ヴォルデモート卿のサディズム精神に火をつけてしまったらどうしよう。闇の帝王の考え方が、親子両方、同時に甚振れば二倍どころか二乗に苦しめることができてハッピー、という方向性である可能性はかなり高い。
冷や汗が目に染み込む。今日最大の危機を前に、思考の制御が綻ぶのが自分でも分かった。
しかし、予想は良い方に外れた。ヴォルデモート卿はわずかだけ目を細め、そして再び部屋に入った時と同様の微笑みを浮かべた。その瞳には、先ほどまでの残酷な色はない。むしろ興醒め、といった印象すら受けた。
「まあ、いいだろう。……今回は。次からは俺様が何を求めているか、その頭で考えることができるな? ドラコよ」
「はい、必ずや……」
結局、僕はそのままスネイプ教授に連れられてホグワーツに帰ることになった。この流れで父を残していくことには不安しか感じないが、ここで粘って話をいい方向に向かわせるのは無理だ。出直していい手札を揃えるしかない。
煙突飛行を終えてスネイプ教授の居室の暖炉から出ようとしたところで、足が盛大にもつれて前に倒れ込んでしまった。先ほどまで強張りすぎていた筋肉が緩み、普段通りの動かし方がわからなくなっていたのだ。
床で芋虫のようにうごめく生徒に、教授は険しい顔を向ける。逆に貴方はよくそこまで平静を保てますね。やっぱり歴戦の死喰い人は違う、ということなのだろうか。こっちは緊張から解放されてむしろ頭から血の気が引いてきたし、なんならかなり吐きそうだ。
椅子に縋りつきながらヨロヨロと立つ様子を完全に無視しながら、スネイプ教授は重々しく口を開いた。
「お前の愚かさにこちらを巻き込むな」
苦々しい言葉に、思わず長く息を吐いてしまう。
「……今回は仕方なくないですか? 僕としても、我が君の逆鱗に触れたくて触れてるわけではないのですが」
しがみついている椅子に座りたくて仕方がないけれど、ここに長居するつもりもない。初めて来たが、スネイプ教授の居室なだけあって陰気さが凄まじい部屋だし。
スネイプ教授はさらに眉間の皺を深くした。
「闇の帝王を試すような真似はするなと言っているのだ」
……さて、教授は何を基にして、どこまで読んだのだろうか?
認めるのは癪だが、僕の人格を
「……見られてもいい手札しかない状況でしたし、今後どの程度、どのように動くべきかの指針は必須でしたから」
こちらの言葉を遮るように舌打ちが響く。見るからにご立腹の様子だ。
「思い上がるな。お前はお前自身がどの手札を握りしめているか、今の状況がどうなっているか、まるで読めていない」
思わず笑みが溢れる。ああ、そうさ。一理あるよ。
「僕もそう思います。だから、読めるようにならないといけませんね? そんな必要のない世界になればそれが一番いいんですが」
でも、僕も、そしてスネイプ教授もこの世界を一気に変えることなんてできっこない。
言外の意図をスネイプ教授は正しく読み取ったようだった。さらに眉が顰められる。
「今はやれることを、やるしかないんですよ」
こうして僕は新学期一週目を終えた。
前回付けたアンケートに予想以上にたくさんの方が答えてくださって嬉しい限りです。本当にありがとうございます。少し改行を増やしてみました。(少し過ぎたかもしれません。)
https://forms.gle/6aXcuL3AZA1XDKgh8