「ふわーぁ……」
トレセン寮の一室には朝日が差し込み、窓際に置かれたベッドでは一人のウマ娘が布団を被っていた。
布団の中から漏れ出る声はどこか幼さを感じさせながらも、艶やかさを醸し出している。
カーテン越しに差し込む光が眩しいのか、布団の中の人物は目を擦りながら顔を出す。
鹿毛の髪を持つその人物は寝ぼけ眼のまま時計を見て時刻を確認する。そして大きく欠伸をしながら体を伸ばした。
「ん~っ……あぁ……よく寝た」
伸びをして意識を完全に覚醒させた彼女はそのまま立ち上がって姿見の前に向かう。そこにはいつも通りの自分が映っている。
「まだ…戻ってないのか」
鏡を見ながら自分の頬を引っ張るその姿はとても滑稽に見えるだろう。だが本人は至って真面目である。
「うぅ……痛い……なんでこんなことに……」
鏡に映ったウマ娘の身長は150cm程度だろうか、少し小柄ではあるが、寝間着のボタンが今にも弾け飛びそうなほど張りつめており、窮屈そうにしているのは一目瞭然。そんな豊満な胸を隠すように腕を組んでいるため、余計に強調されているように見える。
「本当にどうしよう……」
トレセン学園に勤務したばかりの新人トレーナーである自分がある日三女神像の前で突然謎の光に包まれたかと思うといつの間にかウマ娘の体になっていた。
原因はいまだ不明であり、元に戻る方法も分からない。しかしいつまでも落ち込んでいる訳にもいかなかった。
(あ…化粧水少なくなってる。買い足さないとな)
洗面台に並ぶ女性用のケア用品、隅に置かれた男性用のヒゲ剃りやクリームには薄っすらとホコリが被っていた。こうして女物の化粧品を使っているのはなんとも言えない気持ちになってしまう。
(あれ…また大きくなってる?)
シャツを着ようとしてボタンに窮屈感を感じる。胸が大きくなっている気がするのだがシャツの張り具合から気のせいではないようだ。
男であった時は中肉中背であったが今では平均的な女子生徒より小柄な体格になっている。ウマ娘の本格化?による影響なのだろうか、とにかく以前よりも成長している様だ。
(もうちょっと小さいと助かったんだけどな……)
最初のうちは下着の付け方も分からず戸惑ったが今はもう手馴れたものだ。しかしこのまま成長していけばいずれ入らなくなってしまうだろう。その時に備えてサイズの合った服をいくつか買っておかなければ。
そんなことを考えながら身支度を整えて学校へと向かった。
「トレーナーさんー!おはようございます!」
朝一番、元気の良い挨拶。今日も元気いっぱいで可愛い笑顔を見せてくれる担当ウマ娘のキタサンブラックだが、最近は一つ困った事がある。
それは……
ギュッ!! 突然背後から抱き着かれて思わず体が固まりそうになる。しかしここで反応してしまうと何か負けてしまう気がする。だから俺はあえて冷静な態度を取る事にした。彼女はそんなトレーナーの反応を楽しむようにクスクスと笑うと耳元に口を近づけると
「今日も可愛ですねぇ〜」
そう囁いて頬擦りしてくる。……これである。
身体が男性だった時と比べて身長が低くなってしまい、頭の位置が彼女より低くなってしまったため彼女はまるで猫のように俺の頭を撫でてくるのだ。
男としての見栄もあり抵抗したいところではあるが彼女の好意を踏み躙ってしまうようで出来ないでいる。
しかしいい加減どうにかしなければ……と思いつつ結局されるがままの状態が続いている。
「あの……キタサン?」
流石に耐えかねて声をかけると彼女はハッとした様子で手を離す。そして少し照れ臭そうな笑みを浮かべた。
「えへへ……すみません。学校に遅れちゃいますよね」
二人で並んで学園への道を歩く。
彼女はトレーナーの小さくなった歩幅に合わせるようにゆっくりと歩いてくれていた。元の体よりも20センチ近く縮んでしまったせいか、足取りがおぼつかない。
それでもどうにかこうにか歩けるのは日々のトレーニングのおかげだろう。
最初は慣れずに何度も転びそうになったものだ。
そんな俺の様子を見てキタサンは心配そうな表情を見せる。
それに気付いたトレーナーは大丈夫だと笑顔を見せた。
すると彼女は安心したように微笑むと手を差し出してきた。その手を掴もうとして、一瞬躊躇する。
この体になってからというもの、彼女の好意に甘えてしまうことが増えてしまった。
このままではいけないと思う反面、少しだけならいいかなという気持ちもある。
彼女はそんな事は気にしていないようで、むしろ積極的にスキンシップを取ろうとしている節がある。
(この子はまだ子供だから……そういう感覚はないんだろうな)
差し出された手に自分の指を絡めて握ると、キタサンブラックは満足げに笑うとそのまま歩き始めた。
「トレーナーさん!来月のレースについて相談があるんですけど……」
午後のトレーニングも終わり夕日が差し込むトレーナー室でキタサンブラックが話しかけてきた。
「来月の……次のレースは…」
ホワイトボードに次のレースに向けての予定を書き込んでいく。
キタサンブラックは真剣な眼差しでその様子を見つめている。
締め切った部屋にはエアコンの音が響くのみで二人は黙々と作業を進めていたが不意にトレーナーの手が止まった。
(届かない……)
元の身体なら難無く届くはずの高さにあるホワイトボードが今はとても遠く感じる。
背伸びをしてようやくといった状態だ。
するとキタサンが席を立ってこちらへと近づいてきた。
「トレーナーさん、失礼しますね」
そう言うと彼女が後ろから抱き締めてきてそのまま持ち上げられた。
急に視点が高くなりバランスを崩しそうになった所を彼女に支えられて事なきを得た。
何が起きたのかと呆気に取られて固まっていたが我に帰ると慌てて抗議の声を上げる。
「ちょっ……キタサン!?いきなり何を……!」
「うふふ……♪トレーナーさんが届きづらそうにしてたので代わりに私がやってあげますよ」
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺を下ろしてくれた。
確かに背丈は小さくなってしまったが別にそこまでしてもらう必要は無いと思うのだが……いや、むしろこんな事をされた方が恥ずかしい。
しかし当の本人は満足げな表情でニコニコと笑っている。
こういう時の彼女は中々引かないから大人しく甘えることにした。
再びペンを握ってスケジュール表に書き込みを続ける。
キタサンはその様子をじっと見つめていて時折手元の資料を確認してはうんうんと首を振っていた。
しばらく作業を続けて一区切りついた所でペンを置く。
振り向くと彼女が満面の笑顔で迎えてくれてドキッとする。
なんというか……いつも以上に可愛く見えてしまう。
「ありがとうキタサン、おかげで助かったよ」
「いえ、お役に立てたみたいで良かったです!」
「そろそろ、降ろしてくれると助かるんだけど……」
彼女の腕の中で身動きが取れないので困り顔で言うと、その体勢のままソファまで運ばれた。
何とか逃れようと身を捩るが余計に強く抱きしめられてしまう。
「もうちょっとだけ……ダメですか?」
「うぅん……分かった、もう少しだけだよ?」
彼女は嬉しそうな表情で俺を膝の上に乗せた。
小柄な体躯とはいえウマ娘、それなりに重量感はあるはずなのだが彼女は苦にした様子も無く俺を抱っこしている。
「トレーナーさん髪の毛大分長くなりましたね」
そう言いながらキタサンは優しく髪を撫でる。首筋を撫でられるとくすぐったくて思わず身体を震わせてしまった。
しかし彼女はそんな様子に構わずに愛おしそに髪に触れ続ける。
「キタサン、あんまり触るとくすぐったいから……あと重いだろ?降りるから…」
「全然重くないですよ、それにトレーナーさんはもっと普段から私を頼ってくれても良いんですよ?」
実際彼女の腕の中にすっぽりと収まっていてかなり心地が良いしこのままでも悪くはないと思っている自分もいる。
腰に回された手に力が込められてぎゅっと密着させられると彼女の鼓動と体温を感じることが出来た。
それが何だか安心できて気がつくと俺は彼女に身体を預けていた。
「トレーナーさんの手ってちっちゃいなぁ……私の手と比べると子供みたいですね」
指を絡めるようにして握られた手を目の前でかざされる。
身長差もさることながら手足の長さも違うのでどうしても大きさで負けてしまうのだ。
キタサンは俺の手を弄ぶようにしながら呟いた。
「小さい……可愛い……」
そう言って彼女は顔を近づけて来て俺の手の甲に口づけをした。
突然の行動に驚いていると彼女はそのまま舌を出してチロリと舐めた。
柔らかい舌先が肌に触れる感覚にゾクッとした刺激を覚えて身体をビクリと跳ねさせてしまった。彼女はそれを見てクスリと笑うと今度は舌先を手首の内側に押し当てる。
唾液で濡れた部分が外気に冷やされて少しだけひんやりする。
そして彼女は更に唇を押し付けるように吸い付いてきた。
チュルリという音と共に強く吸われて痛みが走るがすぐに甘い痺れへと変わっていく。
キタサンはそのまま舌を這わせるようにして肘の方へ進んで行く。
「ひゃっ……あっ……だめ……きたちゃ……あ……っ」
彼女は俺の反応を楽しむかのようにゆっくりと舐め上げる。
やがて辿り着いた首筋に軽く歯を立てると耳元で囁いてきた。
吐息がかかってくすぐったい。
彼女は俺の頬に手を添えて上目遣いで見つめてくる。
その瞳にはどこか熱を帯びているように見えた。
彼女が何をしようとしているのか察して慌てて止めようとするが既に遅く、唇を重ねられていた。
柔らかくて湿った舌の感触を感じて反射的に口を閉じようとしたが間に合わず、舌を絡ませられてしまった。
「ん……ちゅ……ぷは……はむ……ん……」
甘く蕩けるようなキスだった。頭がクラクラする。舌先で上顎や舌の裏をなぞられる度に身体の奥底が疼いて仕方がなかった。腕の中で身体を悶えさせるが逃れることは出来なかった。
いつの間にか彼女を押し退けようとしていたはずの両手は背中を抱きしめる形になっていて、むしろより深く求めてしまっていた。
キタサンは唇を離すと微笑みを浮かべる。
その表情は妖艶でとても美しく見えた。
「トレーナーさん、好き……大好きです♡」
彼女は俺の頭を自分の胸元に引き寄せる。柔らかな膨らみ、心臓の音、優しい香りに包まれて俺は何も考えられなくなっていった……