繁栄を極め、栄華の限りを尽くす帝都。大陸で最も栄えるこの国の、さらに中心。石造りの建物の一室に向かい合った男女の姿があった。血に染まった器具が至るところに散らばり、その部屋自体が禍々しい雰囲気を作り出している。女性の方は椅子に座り、男性の方は正座である。この時点で対等で無いと判る。それを何よりも表し、特に異彩を放っているのが、中央で鎮座するパンツ一丁の姿である。
「あの……何て言うか……申し訳ございませんでした~」
しくしくと泣きながら石抱きの拷問を受ける男がそこにいた。ギザギザの床に正座させられ、分厚い石を太股に乗せられている。
「うう……このウェイブ、大変反省しております」
それを見下ろし、冷徹なサディストぶりを発揮しているのは、彼の上官である美しい女性であった。彼女の名はエスデス。帝国最強の呼び声高い将軍である。だが、今回のこれは仕事が理由ではなく――
「逃亡を図ったタツミを追い、戦闘になったのは良いとして。まさか帝具を使って応戦するとはな。あれから丸一日経つが、いまだに目を覚ましていないぞ」
「い、いやあ……ちょっと予想以上に手強くて。よっぽど隊長から逃げたかったんですかねえ。はは……」
乾いた笑いを漏らすウェイブだが、目の前の彼女の発する空気がさらに凍ったのに気付き、その青ざめた表情が固まった。死んだ、とウェイブが拷問の追加を覚悟する。だが、エスデスは呆れたように溜息を吐くだけだった。
「ハア……もういい。この辺にしておくか……。元々、自分の身を守れなかったタツミの弱さが招いたことだしな」
命の危機にあった彼の顔に、安堵の色が浮かぶ。
突如、バタンと音を立てて扉が叩き開けられた。緑の軍服を着た少女が、焦った様子で報告する。
「隊長!タツミの意識が戻りました!」
「本当か!?」
エスデスは目を見開き、喜びの声を上げた。すぐさま立ち上がり、ツカツカと足早に退室する。
「ならば……こんなところで遊んでいる暇はない!」
「えっ、これ遊びだったの?ガチの拷問受けてるんですけど!?」
巨大な石を膝に乗せられ、正座のままウェイブが驚きの声を上げる。そんなツッコミを無視して、一心不乱にエスデスは部屋から飛び出した。拷問中の彼を置き去りにして――
「ちょっ!縄ほどいてから!……おーい。何で皆行っちゃうんだよ……」
それからしばらく、パンツ一丁で無人の拷問室に残されるウェイブの姿があったのだった。
彼女達の向かったのは医務室、いや、とある人物の医務室兼研究室である。後ろに迎えの少女をつき従え、全速力で到着したエスデス。勢い良くドアを開けると、ベッドにはキョトンとした表情で目をしばたたかせる少年の姿があった。
「タツミ!」
恐ろしい勢いでタツミと呼んだ少年に抱きつくエスデス。困惑した様子を無視して、年下と思われる少年の顔に頬ずりし始める。頭を抱えられ、為すがままにスリスリと愛でられる少年。
「まったく、心配を掛けおって。このこのぉ~」
「えーと、あの……」
緩みきった表情でスキンシップを図るエスデスに対し、少年は言いづらそうに口を開いた。それは衝撃の一言だった。
「……すみません。アナタ、誰ですか?」
室内の空気が凍った。が、すぐに気を取り直してタツミの肩を叩く。
「おいおい、ウェイブの奴が追い回したのを怒ってるのか?安心しろ、あとでヤツにはキツイ拷問をしておくから」
「隊長、ちょっといいかしら?」
「……何だ、Drスタイリッシュ」
Drスタイリッシュと呼ばれた白衣の男が、中年オヤジには似合わない艶かしいポーズで答える。
「アタシの診察の結果なんだけど。どうもこの子、昨日までの記憶失っちゃってるみたいなのよね」
「なん……だと…?」
「えっ?そんな……」
エスデスと、彼女を呼びに来たセリュー、2人の表情が驚愕に固まった。ゼンマイの切れた人形のように、ぎこちなく少年の方に首を回す。予想外の事態に、エスデスでさえ動揺を隠せない。
「ええと、オレとどういった関係の方なんでしょうか?」
「恋人だ」
迷い無く答えるエスデスに、周りの2人が噴き出した。この辺りの切り替えはさすがである。
「えっ!こんな美人とオレが!?すげえ、マジかよ!」
「そうだぞ。ラブラブカップルだったんだ」
おいおい、無理矢理拉致ってきた市民だろと言いたげな、複雑な表情を浮かべる2人。だが、もちろんタツミは信じきったようで、天にも昇るような心持だったろう。性格さえ除けば完璧な美女である。悪魔染みた残虐な性格さえ除けば。
「Drスタイリッシュ、タツミの身体の調子はどうなんだ?治療が終わったなら連れて行くが」
「ええ。構わないわよ。元々、怪我の方は大したことなかったもの」
「そうか。ならよかった」
少年の手を引いて、ベッドから立ち上がらせる。手を握ったことで、お互いに緊張したらしい。わずかに頬が紅潮し、視線を合わせられない初々しい雰囲気である。エスデスはそれを隠すように声を掛けた。
「タツミ、そろそろ帰るぞ」
「帰るってどこに……」
「決まっているだろう?私の部屋だ」
「ええっ!?同棲していたんですか!」
衝撃の事実に、タツミの絶叫が医務室中に響き渡る。
「恋人同士なのだから当然だろう。昨日も同じベッドで寝た仲じゃないか」
タツミの記憶が無いのをいいことに、完全に既成事実化されている。本当にただベッドで寝ただけだというのに。エスデスの中では、すでに恋仲なので矛盾は生じないのだが。興奮で顔を真っ赤にしたタツミの手を引いて、彼女は自室へと向かうのだった。
翌日、朝食を取るためにエスデスとタツミが食堂に現れる。そこには6人の男女がおり、彼らは2人の姿を確認した途端に不気味そうに顔を歪めるのだった。なぜなら、初々しく頬を染め、手を繋いで2人は姿を現したからだ。
うわあ。コイツ記憶がないのをいいことに、やりやがった……
全員が同じことを思った。そして、口に出した馬鹿がひとり。
「隊長、何やってんですか!?タツミが記憶なくしたからって、好き放題吹き込んでんじゃ……」
「ウェイブ、あとで拷問室に来い。昨日のお遊びとは別物を試してやる」
「す、すいません。調子乗りました」
絶対零度の視線を受けた彼は、青ざめた表情で冷や汗を流す。
「それで隊長。彼の体調の方はいかがですか?」
「ああ。一晩経ったが、特に問題は無いそうだ」
助け舟を出すように、横から口を挟んだのは美形の青年だった。そのまま柔和な笑みを浮かべてタツミに声を掛ける。
「そうですか。よかったです。おっと、紹介が遅れました。私はランと申します」
「思い出せなくて悪いな。知ってるみたいだけど、タツミだ。よろしく」
ランと名乗った青年は、礼儀正しく挨拶をした。伸ばされた手をタツミが握る。
「あっ、そうか。忘れちゃってるんですよね」
ポニーテイルの少女が近寄ってきて、タツミに笑いかける。昨日、エスデスと共に医務室に現れた少女であり、犬(?)のような生物を両腕で抱えていた。
「私はセリュー・ユビキタス、正義の味方です。そして、この子はコロ」
「あ、ああ……。迷惑を掛けるかもしれないが、頼むよ」
奇妙な生物もそうだが、タツミの眼を引いたのは両腕の金属製の義手であった。昨晩、エスデスから彼自身が特殊警察の一員であると説明があったが、その過酷さが現れているようでゴクリと唾を飲んだ。
「よお。身体の方は大丈夫か?俺はウェイブだ」
「どこも調子は悪くないみたいだ。心配してくれてありがとう」
「いやあ、なんつーか。俺のせいで記憶なくしちまったみたいで、マジで悪かったな。何かあったらすぐに言えよ。必ず手伝うからよ」
バツの悪そうに頭をかくのは、ランとは対照的な野生的な雰囲気の男だった。タツミとしては記憶喪失の原因と言われても、覚えの無いことなので特に恨みは無い。頼りになりそうな兄貴分といった印象だった。
「さっきからチラチラ見てるようだが……。ボルス、自己紹介をしてやれ」
エスデスが声を掛けたのは、奇人変人の揃った室内でも一際異彩を放つ人間だった。頭部を覆うガスマスクを被り、筋肉をこれでもかと見せ付ける巨体の男。はっきり言って拷問官そのものよりも本物らしい、恐ろしい威圧感である。エスデスに連れられて室内に入った瞬間に、自身の目を疑ったくらいだった。
「あっ、いや。スイマセン」
「ううん。気になるよね。私はボルス。料理も担当してるから、食べたいものがあったら言ってね」
このナリで料理かよ、という驚愕を隠すのは大変だった。乾いた笑い声が漏れるのを抑えきれない。そうして、残りは黒いセーラー服の少女のみ。机の上には袋に入った大量のお菓子が。我関せずで黙々とそれらを食べていたが(これから食事では?)、顔だけをタツミの方へ向けて淡々と告げた。
「……クロメ」
ぷいっとそれだけ言って顔を戻してしまう。お菓子の方が大事という食欲旺盛さに、やはりこの娘も普通じゃない、と納得するタツミだった。
これが帝国将軍エスデスの組織する特殊警察――帝都の治安を維持するための精鋭部隊。
「さて、全員の自己紹介は終わったな」
これで全てのメンバーが揃った、と彼女は満足気な笑みを浮かべた。隊員の一人ひとりに視線を向け、鋭い声音で宣言する。
「隊長は私、エスデス。隊員としてセリュー、ウェイブ、ボルス、ラン、クロメ、Drスタイリッシュ、――そしてタツミ」
名を呼ばれるごとに、ある者は正義感に溢れた、ある者は使命感に燃えた、ある者は決意の篭った、ある者は野心を隠した、ある者は平静そのものの、ある者は好奇心に満ちた、ある者は期待と不安に揺れる表情で、笑った。
「我々は独自の機動性を持ち、凶悪な賊の群れを容赦なく狩る組織――」
エスデスは一拍置いて、堂々と言い放つ。隊員達の瞳はギラギラと鋭く輝いている。
「――特殊警察『イェーガーズ』」