タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第15話 ラバックを狩る

「さあ、帝具戦の始まりだ。何人死ぬかなぁ?」

 

小高い山ほどの巨大な体躯をもつ超級危険種、デスタグールの掌の上に腰掛けて、クロメは楽しそうに声を弾ませた。死者を操る彼女の帝具の性能に、誰もが絶句する。超級危険種とは帝具の素材にも使われており、それだけ人智を超えた存在であった。討伐には国を挙げた戦力が必要とされ、それを単独で使役できる存在など彼女のほかにはないだろう。伝承される神話のごとき、ありえざる光景だった。

 

「クロメ!」

 

だが、即座に行動を起こした者がひとり。アカメだった。召喚直後の間隙を突き、巨大な危険種の身体を伝って跳び上がる。狙いは召喚者であるクロメ。数秒のうちに、彼女の正面まで移動する。

 

「……葬る!」

 

上段の構えから、クロメの脳天に振り下ろされる一撃。神速の一閃に、彼女は対応できる状態ではない。かすり傷すら即死とするアカメの帝具「一斬必殺『村雨』」。眼前に迫る刃はしかし――

 

 

――間に割って入ったウェイブによって止められた。

 

 

「クロメ、油断するな!」

 

全身を漆黒の鎧で覆ったウェイブの腕が、村雨の刃を受け止める。その尋常でない硬度にアカメは目を見開いた。必殺の一撃を止められ、空中で無防備な姿を晒す。それを見逃す男ではない。反撃の蹴りがアカメの腹に突き刺さり、地面へと叩きつけられた。

 

「いや、別にナタラがいたから大丈夫だったのに……」

 

不服そうにクロメが口を尖らせる。いつの間にか彼女の隣にはひとりの男が立っていた。アカメとクロメの育った暗殺組織の同期で、名をナタラと言う。ウェイブがいなければ、彼が間に入っただろう。ウェイブががっくりと肩を落とす。

 

「とりあえず、一発大きいのやっちゃおうか。デスタグール、お願い」

 

――圧倒的な轟音と全身を叩く大気の振動

 

大きく力を溜めた超級危険種は直後、口腔から莫大な衝撃波を放出した。反りたった崖や木々などを薙ぎ払う、天災に匹敵する咆哮。山一つ崩す圧倒的な暴力は、地平線まで地形を抉り取ったかのようだった。

 

「やべえ、これが超級危険種かよ。地形が変わってんじゃねえか……」

 

ウェイブが呆然とした表情でつぶやいた。しかし、クロメの方は不満げな様子である。

 

「うーん。さすがは悪名高きナイトレイド。きちんとかわしてきたか」

 

埒外の一撃だったが、誰一人仕留める事ができていない。彼女は白兵戦に向けて指令を送る。猿型の特級危険種エイプマンと異民族の殺し屋ドーヤの2体をマインへと向かわせる。厄介な狙撃手を確実に殺そうと考えたのだ。

 

「あと、ボルスさんはウォールに護衛させて……。ウェイブもそっちに向かって。私にはナタラがいるから」

 

「大丈夫か……?」

 

「言っとくけど、ナタラはデスタグールの次に強いんだよ。ウェイブより頼りになるかも」

 

悪戯な調子で告げるクロメになにおぅ、と食って掛かるウェイブ。とはいえ、近接戦闘に不向きな帝具使いであるボルスの方が、護衛の優先度が高いことのはたしか。クロメが負けた時点で亡者が戦闘不能になるが、ナタラの実力は一目で見て取れたし、危機が迫れば亡者を呼び戻すだろう。そう判断して、漆黒の鎧を纏ってボルスの元へと走り出した。

 

「……へえ、デスタグールとはひとりで戦う気なんだ」

 

邪魔にならないよう、デスタグールの巨体から降りたクロメは少し驚いた風に息を吐いた。棒状の武器を持った男、スサノオが単独で挑んだからだ。殴りつけるデスタグールの巨大な拳を、同等の怪力で弾き返す。想定外の戦闘力に彼女は目を見張った。

 

「デスタグールを抑えるとなると、あっちに余裕ができちゃうか……」

 

周囲を見回して動きを観察する。アカメとレオーネは、すでにボルス達と交戦中。ナジェンダが少し遅れてそこへ参戦しようとしている。それを見てクロメは2体を向かわせる。

 

「たしかあの義手って、ナイトレイドのリーダーだったよね。殺しちゃおう。ヘンター、ロクゴウ、行って」

 

バン族の生き残りの戦士ヘンターと元将軍ロクゴウを、ナジェンダを挟み込むように配置。苛烈に攻め立てる。右腕右目をエスデスに奪われ、帝具持ちでない相手ならば瞬殺できる戦力である。小高い崖の縁に腰を下ろし、クロメは高みの見物としゃれ込んだ。無論、隙を見せるようならば、奇襲を掛けるつもりであるが。

 

「それにしても。タツミ、どうなったかなぁ?新入りのカイザーフロッグにでも探しに行かせとこうっと」

 

袋から取り出したお菓子を口に運びながら、彼女は困ったように首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

一方、戦場は森林の奥深く、糸の張り巡らされた結界内へと移り変わる。木々の枝をフックとして、全体を糸が網羅する彼のテリトリーである。対峙するのはイェーガーズ所属のタツミ。エクスタスを構えて周囲を警戒するも、いまだ敵影すら掴めていなかった。

 

「どうだい、気分は?もう網に囚われたも同然だぜ」

 

軽薄な調子の声がタツミの耳に届く。相手の居場所を見抜く好機。隠れている場所を探そうと耳を澄ますが、その試みは不発に終わる。

 

「無理無理。声の出所なんかわからねえだろ?」

 

森全体に反響しているかのように、声の方向も遠近感もまるで掴めない。

 

「糸電話くらい知ってるだろ?肉声をそのまま届けるほど馬鹿じゃないぜ」

 

糸を経由して、様々な場所から音を伝える。そんな利用法があるのかと、タツミは見積もっていた警戒度をさらに上げた。まさに千変万化の応用力。この手の絡め手はタツミにとっては相性が悪い。直接戦闘、特に近接にのみ特化した彼の不得手な分野であった。

 

「俺を狙って誘い込まれたのか……」

 

苦々しい表情を浮かべるタツミ。「万物両断『エクスタス』」を持つ自分を与し易しと思われたと理解した。帝具の特性を知られているがゆえだと。実際はナイトレイドとしては別の理由だったのだが、それを知る由などあるはずもない。

 

姿を隠した暗殺者に対応する術を、タツミは持ち合わせていない。記憶喪失になって以降の戦闘経験は、ほぼ直接の近接戦闘に限られる。隠れた相手を探す方法や、おびき出す方法、あるいは遠距離からの攻撃の対処についてなど、まだまだ穴があった。

 

「困ってるみたいだな」

 

「え?」

 

不意に、真後ろから声がした。

 

慌てて振り向くとそこにはラバックの姿が。堂々と姿を現すという予想外に、タツミの動きが一瞬だけ止まった。その間隙を突いて、ラバックは手にしたハンマーを横から叩き付けてくる。しかし、それは反射的に盾としたエクスタスに衝突する。

 

「真っ向勝負で後輩に負けるなんざ、格好悪いもんな!」

 

「ぐうっ……!」

 

鈍い金属音と共に、腕に伝わる衝撃。ラバックの手にしたハンマーが無数の糸にほどけていく。帝具の糸を束ねた武器だったのだ。そして、そのハンマーが鋭利な槍へと姿を変える。間合いも攻撃方法も変幻自在。真っ直ぐに突かれた槍を、もう一度エクスタスで受け止める。寸前で反応が間に合った。

 

「真っ向勝負で負けられるかよ!」

 

気合一閃。タツミが最速最短の動作でハサミを走らせる。反撃として放つ両断の刃。ジャキンと死神の両刃が閉じられる。だが、その直前に跳躍したラバックに触れられなかった。

 

「うっお……危ねえ」

 

そのままタツミの背後へと降り立つ。互いに背中を預けあった状態。そこからの振り向き様の一撃を狙う両者。だが、タツミにはハサミを開いてから閉じるという余分な動作がある。ラバックの有利は明白だった。そのはずだったが――

 

「うわああああっ!」

 

 

――振り向いた彼の首に迫る刃

 

 

思わず悲鳴を漏らしながら、全力でラバックは頭を下げる。そのすぐ上をエクスタスの鋭利な刃が通過した。あと一歩反応が遅れていれば首を落とされていた。ラバックの背筋が凍りつく。さらにタツミの攻めは続く。

 

帝具を振り切った体勢から、返す刀でラバックの胴を薙ぎ払う。ここで彼はエクスタスをハサミとしてではなく、刀として扱っていることを悟る。

 

鋏型の帝具「万物両断『エクスタス』」

 

ハサミ型といえども、全く通常のハサミと同型という訳ではない。その形状は、両刃の大剣を二つ重ねたようなものである。つまり、エクスタスに外側の峰の部分は存在しないと言うことだ。

 

超重量+万物を両断する切れ味の横薙ぎ。命中すれば、完全に致死の一撃である。死の恐怖を捻じ伏せ、雄叫びを上げながら全力で退避するラバック。2度に渡る斬撃を生き延び、わずかに距離を空けることに成功する。

 

「はあっ……はっ…ナジェンダさんの恐れてた通りに。エクスタスを使いこなしてやがる」

 

肩で息を吐きながら、ラバックは戦慄と共に一人ごちた。改めて目の前の少年の姿を視界に捉えなおす。両手で帝具を構える姿がやけにサマになっている。ここに来て彼は認識が甘かったことを悟った。自分よりも年下の少年が、いつの間にか戦士のオーラを纏っていた。

 

明確な殺意と共に、それでいて油断無く、再び疾走するタツミ。

 

「チッ……逃げる間も与えてくれねぇか」

 

やれやれと溜息を吐く。ハサミを開き、左右から両の刃で挟み斬らんと迫り来る。それを迎え撃つラバック。糸を束ね、武器は引き続き槍を選択。片手にそれを握り、同じくタツミへ向けて疾走した。2人の距離が急速に縮まっていく。互いに必殺の一撃をもって交錯する。

 

「うおおおおおっ!」

 

「……なんてなっ」

 

激突直前にラバックは後方へと跳躍。タツミの両刃は空を切る。エクスタスの攻撃範囲外にギリギリに下がったラバックには絶好のチャンス。両刃を閉じてしまい、次なる攻撃の態勢になっていない。さらに糸を束ね、槍の長さを増すと、全力でタツミの胸へと突き出した。

 

その一撃がタツミの胸を刺し貫く寸前、彼の腹にエクスタスの切っ先がめり込むのを感じた。

 

「なっ……突き……お前もかよ」

 

閉じたハサミを、そのまま片手でタツミは押し込んだのだ。槍の長さを伸ばし、振りかぶって突くのに比べ、走りこむ勢いをそのままに身体を捻り、肩から押し出すだけ。動きのロスの大きさが勝敗を分けた。エクスタスは両刃だということは、先ほどの攻防で思い知ったはずなのに。ハサミは閉じてしまえば無力。ラバックの固定観念が警戒を削いでしまった形である。

 

「くそっ……しくじった」

 

だが、以外にもタツミの顔には悔しげな表情が浮かんでいる。カウンターとして入った一撃だが、それは相手の脇腹を浅く裂くだけに留まった。超重量で鋭利な刃による突き。しかし、彼の胴体に当たった瞬間、わずかにその軌道が逸れてしまったのだ。おかげで必殺の覚悟で放った突きが軽傷に終わる。

 

「糸の使い道は武器だけじゃないんだぜ。とはいえ、力の逃げ場のない両断だったら死んでただろうが」

 

後方へ全力で跳躍しつつ、ラバックは安堵の溜息を吐く。彼の胴体は帝具『クローステール』によって編み込まれた防具が守っていた。いや、とラバックは静かに認める。守ったというほどに、積極的な効果を発揮したわけではない。常識外の強度を誇るとはいえ、糸は糸。あっさりと切り裂かれ、その際にわずかに表面を切っ先が滑ったというだけだ。両側から挟み込まれれば一貫の終わりだし、そもそも次も同じミスを期待できるような甘い相手ではない。

 

「……甘かったのは俺の方か。死ぬ前に気付けてよかったぜ」

 

ここに至り、彼は頭を完全に切り替える。殺さずに捕縛するという意識から、手段を選ばず殺害するというものへと。警戒度を最大限に引き上げる。大木の陰に隠れ、吊り下げる糸を利用して、無音でその場を移動する。

 

「認めるぜ。正面対決ならお前が上だ。けどよ、俺の本領は変幻自在の搦め手にあるんだぜ」

 

タツミに聞こえないよう、小声でつぶやきを漏らす。血の流れる脇腹を押さえ、痛みに顔をしかめながらも、その瞳はこれまでになくギラついている。もはやタツミはナイトレイドの脅威である。捕縛に最も向いた自分でこれならば、他の仲間達にはさらに困難と判断。敵としてナイトレイドに牙を剥くならば、この場での暗殺を決断した。

 

「悪いな、タツミ。お前はここで死ね」

 

こうして森の中の戦闘は、凄絶な死闘へと色合いを変える。

 

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