ナイトレイドとの死闘にもひとまずの幕が閉じ、タツミ達はロマリーの街へと戻った。南に向かったエスデス達と合流するためである。彼女達も異変を察知して、ほぼ同じタイミングでイェーガーズは再集結を果たす。
休息もそこそこに帝都から伝令が届く。内ロマリーの街から東にある宗教都市キョロクでの護衛任務をせよ、とのものだった。エスデスの指揮の元、今度はイェーガーズ全員で馬を出す。
先ほど待ち伏せをされたのが、そのキョロクへの道である。ナイトレイドはそこへ向かう道中のついでにイェーガーズを狙ったのだろう。護衛対象の要人はナイトレイドの標的と推測した。次なる激闘の予感に身を引き締めながら、キョロクへと到着する。
宗教都市キョロク。帝都の遥か東に位置するこの街は、豊富な地下資源により急激な発展を遂げる。近年は『安寧道』と呼ばれる宗教の施設が数多く建設され、独自の文化を形成する巨大都市と化していた。
ちなみに安寧道とは、帝国全土に広く流行している宗教である。圧倒的なカリスマを誇る教主によって、ここ10年で信者数は増大。帝国の東で巨大な勢力を形成していた。
そして、現在の腐敗しきった国の状況に民の怒りは暴発寸前。帝国側も近々安寧道が武装蜂起するのでは、と危険視する。それを防ぐため、大臣は事前にスパイを送り込んでおり、いまや副教主として確固たる地位を築いている。それが、今回の護衛対象、ボリックである。
「そんなわけで、武装蜂起をさせたい革命軍は、穏健派のボリックを消しておきたいのだ」
エスデスの説明に、タツミとウェイブは納得した様子で頷いた。なるほど、と感嘆の声を上げる2人。それを横目にクロメが茶化すように笑う。
「これって一般常識だよ。記憶喪失のタツミはともかく、ウェイブが知らないって世間知らずすぎない?」
「う、うっせぇ。タツミに合わせてたんだよ」
図星を突かれ、焦った様子で声を上げるウェイブ。彼は辺境の地で仕事をしていたため、世界情勢には疎い。
現在、彼らはボリックの屋敷で行われているパーティに参加していた。女性陣はドレスを身に纏い、男性陣はスーツで決める。タツミやウェイブ、セリューなどは落ち着かずない様子で上体を揺らす。対照的に、エスデスやランなどは慣れた様子で振舞いも上品に仕上げていた。
エスデスの華麗なドレス姿と、タツミの凛々しいスーツ姿に、それぞれ見蕩れ、頬を染めて褒め合うという一幕もあった。
広大な敷地に建てられた豪華な屋敷。その大広間には数十人の参加者が集まっていた。ゆったりとした白の制服に身を包んだ、安寧道の者たちである。ここには教主補佐ボリックの手の者のみ。信者から巻き上げた金による、贅を尽くした宴であった。
「いやぁ。最近身の危険を感じて、大臣に戦力の補強を要請しましたが……。まさか帝国最強と謳われるエスデス将軍が来てくださるとは。心強いことこの上ありませんぞ」
美女に囲まれる中年の男、ボリックが豪奢な椅子に腰掛けて笑う。
「私が受けた指令は、お前の護衛だ。いくつか部屋を借りるぞ」
「もちろん。フフ……私の屋敷は退屈しませんぞ」
周りにはべらせた美女や、給仕をしている美貌の男達を視線で示す。だが、エスデスは興味ないと言った風に左右に首を振った。
「そいつらにはまるで興味ない。だが……天井裏から私達を覗いてるやつらとは会ってみたいな」
「さすが。お気づきでしたか」
ボリックが自慢げに指を鳴らす。それを合図に、天井から4つの人影が現れる。
「こやつらこそ、教団を牛耳るために帝国から預かった暴力の化身――皇拳寺羅刹四鬼」
皇拳寺の道着に身を包む四人の男女。誰も彼もが一級の戦闘者である、とタツミは即座に判断した。着地の際の身体の使い方、周囲に対する鋭敏な感知能力、そして身に纏う闘気が常人とはまるで別物。それ以上は戦闘態勢に入らなければ読み取れないが。仰々しい名前に負けないほどの戦士であることを理解した。
「将軍様が来てくださったおかげで、護衛に専念させていたこの鬼達を攻撃に使うことができます」
「ほぅ。帝国にいないと思えば、ここにいたのか」
エスデスは意外そうな顔を見せる。タツミも彼女から羅刹四鬼の話を聞いたことがあった。
曰く、大臣お抱えの処刑人。その戦闘力は絶大で、帝具使いを相手にすでに複数個の帝具を回収しているという帝具「クローステール」を回収したタツミであるが、それ以上の修羅場を彼らも体験しているということだ。4人を順番に注視し、観察し、力量を推し量る。
「待ってください!この街には悪の組織、ナイトレイドが潜入している可能性があります。そいつらと戦うのに帝具無しでは……!」
食って掛かるセリューに、羅刹四鬼が自己紹介がてらに力を見せてくれた。突如、彼女の背後に現れて首元に尖った爪を突きつける。
「心配はいらねぇよぉ。俺達は生身で帝具使いを倒したこともあるんだぜぇ。こんな風にさぁ」
セリューの反応速度を超え、瞬時に背後に立つ姿は身体能力、隠密力ともに超一級。目を血走らせた男の名はイバラ。格闘家であると同時に暗殺者でもあると、その動きだけで理解させた。
「私達が回収し、帝都に送り届けた帝具は実に5つ」
顔の中央に一筋の傷をつけた黒髪の女性、スズカが5本の指を開いて見せた。
「いくら帝具が強力とて、使う者は生身の人間」
筋骨隆々の大男、シュテンが重々しく口を開く。
「なら、勝ちようはいくらでもあるってことだよね」
褐色の肌の少女、メズは楽しげに笑う。
彼らを見回して、タツミは思考する。誰にすべきなのか。
宴の幕が閉じ、イェーガーズは解散となる。夜も深くなっており、各々が滞在用の自室へと戻っていく。その中で、タツミだけは別の目的を持って邸内を徘徊する。帝国最強と謳われる流派、皇拳寺の羅刹四鬼の捜索である。
パーティーが終わり、目的の人物が向かった方向へと足を運ぶ。屋敷から出てすぐの広場に、彼女はいた。褐色の肌をした少女が、はだけた道着を腕に掛けて、ベンチに座っている。
「こんばんは」
「あれ?さっきの……アタシに何か用?」
少し驚いた風にメズと呼ばれる少女は顔を上げた。
「ちょっとお願いがあって」
「へえ、なになに?」
彼女は面白がるように聞き返す。タツミは単刀直入に切り出した。
「俺と戦って欲しい。帝国最大流派、皇拳寺の最強のひとりとして――」
少女の瞳が鋭く細められた。口元が薄く吊り上がる。しかし、彼女の表情はすぐに元に戻り、左右に首を振る。
「うーん。私としてもやりたいのは山々なんだけどさ。基本、私らってそういうの禁止されてるんだよね」
「そんな……!」
「一応ほら、暗殺拳だしさ。人には見せちゃダメ、的なやつが」
頭の後ろで手を組み、残念そうに息を吐く少女。その返事にタツミは落胆の表情を見せる。
「どうしてもダメか?今は一戦でも多く経験を積みたいのに……」
シュンと顔を伏せるタツミの様子に、少女の心が少し動く。寂しげな表情に母性がくすぐられたのか。視線をそらし、言葉を濁す。
タツミが対戦相手に彼女を選んだことに、大した理由はない。残虐性を全身からあらん限りに発するイバラは論外だし、巨漢で威圧感たっぷりのシュテンも避けた。本当に殺されそうな雰囲気があったからだ。そうして選んだのが女性陣であるが、それはタツミにとっては好都合だった。ナイトレイド時代、ナジェンダは彼をこう評したことがある。
――年上キラーと。
羅刹四鬼で最年少の彼女であるが、年齢はタツミよりいくつか上であり、さらに結構好みのタイプでもあった。
「そ、そこまで言われちゃあ、しょうがないなぁ。まあ、内緒でちょっとなら……」
「やった!ありがとう、メズさん!」
「ま、まぁ仕方なくだからね」
少女の手を握って喜ぶタツミに、わずかに頬を染めて答える。正面から目を見据えられ、照れ隠しで少女は顔を横にそむけた。この場にエスデスがいなかったのは幸いだっただろう。もしもいたならば、冷徹な瞳で射すくめられ、背筋を震え上がらせたはずだ。
夜も深まる闇の中、照らし出す屋敷の光が届く広場の一角で、2人は向き合った。先ほどの会話が終わるやいなや、彼らは戦闘態勢に入る。雑草ひとつ生えていない平地。夜中ではあるが、視界はそれなりに良好。あまりにも殺傷力が強いため、タツミは帝具の使用は控えて、持参した木刀を下段に構える。対する少女は自然体の構え。はだけた、というよりも腕を通しただけの道着が風に揺れる。
「それじゃ、やろっか」
無邪気な顔で、少女はそう口にする。全神経を集中させ、無言でうなずくタツミ。帝具無しの純粋な体術勝負。軽い口調と脱力した姿勢だが、油断は一切感じ取れない。警戒と共に様子を窺うタツミ。
「あれ?来ないの?だったら……」
右手の5本の指をタツミに向けた瞬間、少女の爪が凄まじい勢いで伸び始める。5本もの鋭利な槍が迫ってくるかのよう。驚愕に顔を歪め、タツミは右へと飛び退く。続いて突き込まれる左の5本の槍。さらに右へ転がるようにして、間一髪で避ける。
「な、何だよこれは……」
「あははっ!アタシら、羅刹四鬼はこういう身体操作を極めてるんだよね」
「クッ……遠距離はこっちが一方的に不利か」
諦めて突っ込むタツミ。伸縮自在の鋭い爪を、木刀で弾き、左右に跳び、体を捻り、かわしていく。この辺りの対応力は、数々の激戦を潜り抜けてきた経験のたまものであろう。
だが、彼自身はその動きにかすかな不安を覚えていた。ラバックとの極限の戦闘に比べて、手足の反応が鈍い。感知力や先読みも茫洋としている。ほんのわずかな違いだが、五感と五体が研ぎ澄まされたあの感覚との差異に苛立ちを覚えた。
「うおおおおっ!」
雑念を振り払うように、掛け声と共に少女の間合いまで接近する。一歩踏み出せば斬りつけられる距離。一足一刀の間合いに迫られ、少女は感嘆した風に笑みを浮かべた。
「さっすがイェーガーズ。やるじゃん」
「そんな余裕そうな顔を!」
一息のうちに木刀を上段に構え、少女の右肩へと振り下ろす。木刀といえど、打ち所が悪ければ死に至る。そんな配慮をした一撃だったが、結果を言えばまるで杞憂だった。
「えっ……?」
高速で振り下ろされる木刀の剣先に片手を添えたかと思えば、次の瞬間にはタツミの身体が宙を舞っていた。投げ飛ばされたことも分からないほどの、滑らかな動き。天地を逆にした体勢で、呆気にとられた顔をする。予想外の出来事に思考停止したまま、頭から地面に衝突した。
「勝負あり、だよね?ダメだよ、忘れちゃ。暗殺者であろうと、アタシは拳法家。近接戦闘の技術で負ける気はないよ」
「……まいった。俺の負けだぜ」
仰向けに倒れたまま、タツミは大きく息を吐いた。
「思った以上に強いなぁ。ちょっと技とか教えてくれないか?」
「いや、だから暗殺拳は他人には……まぁ、皇拳寺の一般的なやつならいいか」
少女は溜息を吐き、笑いながら肩を竦めた。
「よぉし、私の修業は厳しいぞ!」
拳を突き上げて無邪気に笑う少女に、タツミは「はい!師匠!」と答えるのだった。