帝都のとある練兵場。何も無い広場の片隅で、新入りであるタツミの腕試しが行われようとしていた。彼がスカウトされた経緯は、闘技大会でその技量がエスデスの目に留まったからである。しかし、記憶を失ったことで、現在どれだけ戦えるのか分からなくなった。それを見定めるための腕試しである。
「よっしゃ!じゃあ俺が相手だ、タツミ!」
「気合が入っているのは何よりだが、あくまで訓練なのでな。得物はこれを使え」
ウェイブとタツミに木刀が投げ渡された。実戦形式での訓練である。数メートルの距離を空けて対峙する。互いに下段に剣を下ろした自然体の構え。ウェイブはともかく、タツミの構えは意外にも堂に入ったものだった。二人の間に陣取ったエスデスが、その様子を愉しげに観察している。
「行くぜ、ウェイブ」
宣言すると同時に、一足で懐に跳び込むタツミ。予想以上の瞬発力。相対するウェイブの顔が驚きに染まる。気付いたときには、すでに目の前の少年は木刀を右後方に振りかぶっている。
「うおっ……速っ!?」
胴を狙った一撃を、間一髪でウェイブが防御する。ガツリと、木刀同士の鈍い衝突音。想定以上の剣速に、彼の頬に冷や汗が垂れる。
「うおおおっ!」
そこで終わりではない。続けてタツミは上下左右から剣戟を加えていく。風切音を鳴らして二度三度と振り回す。だが、相手は歴戦の雄。初撃以降は落ち着いた様子でいなしていた。迫り来る連撃の隙を突き、下段から切り上げる、ウェイブのカウンターの一閃。
「って、これを避けるか」
獣染みた反応速度で首を反らし、強烈な切り上げを回避する。風圧でタツミの髪が揺れた。だが、互角に斬り合えているという事実に自信を深め、タツミは攻撃を返してくる。
「……なるほどな。だいぶ、分かってきたぜ」
振り下ろされる一撃を、ウェイブは力任せに打ち合わせ、反動で強引に互いの距離を空ける。崩れた体勢を立て直し、二人とも小さく一息ついた。
「今度はこっちから行くぜ!」
待ち構えるタツミに向かい、正面から斬り掛かる。気合一閃。裂帛の雄叫びと共に振り下ろされる剣戟は、あまりに強烈。弾き返そうとタツミは、反射的に刀の腹で迎え撃つ。だが、力を込めて押し返そうとした瞬間、ウェイブの木刀から重さが消える。
「え?……うわっ!?」
急激な重心の変化に体勢を崩すタツミ。身体が前方に流れる。何とか踏みとどまろうと足を地面に着けたところを――ウェイブはその足元を払って転倒させた。
倒れたタツミの首筋に木刀を突きつける。
「そこまで!勝負ありだ」
エスデスの試合終了の宣言と共に、二人の間から緊張感が消失する。
「ふぅ~。記憶無いとは思えない戦いぶりじゃねえか、タツミ」
「ああ。凄いぜ。自分でも分からないんだけど、身体が勝手に動く感じでさ」
自分の掌を見つめながら、タツミが興奮した様子でまくしたてる。嬉しそう語る彼を、愛しげにエスデスが抱き締める。
「技を身体が覚えているのだ。これまでの修練の賜物だな、すごいぞ」
「ちょ、ちょっと……」
顔を真っ赤にするタツミと、何ともいえない表情で立ち尽くすウェイブ。羨ましいような、羨ましくないような、複雑な気持ちだった。
「あの~。俺、もう帰っていいですか?」
軽く手を上げて伺いを立てるウェイブに、エスデスはチラリと視線を向ける。名残惜しそうにタツミから身体を離した。
「まあ待て。戦ってみての感想を聞きたい」
「……一つひとつの型は見事でした。俺と比べても遜色ないくらいに。ただ、その組み立てが拙すぎます。純粋に戦闘経験が足りていないんでしょう」
「そうだな。防御も反射神経に頼りきりだ」
「ええ。だからこそ、あんな簡単な揺さぶりに引っ掛かる」
彼の言葉にエスデスも頷いた。刻一刻と変わる戦況に合わせた戦術の組み立て。相手の心理を予測し、最適な攻め方を構築する。それは身体に覚えさせる型や反射とは別のものだ。こればかりは、戦闘経験が丸々抜けているタツミにはどうしようもない。
「うっ……やっぱり、俺弱いのか?」
「フフ、そう気を落とすな。基礎ができているだけ上等だ」
少し落胆した様子で肩を落とすタツミに、彼女は楽しげにそう言った。
「戦闘経験が抜けたというなら、話は簡単だ。改めて経験を積み直せばいい」
明日はデートだ、と彼女は楽しげに言い放った。
翌日、危険種の巣窟ともいえる岩山『フェイクマウンテン』にエスデスとタツミは来ていた。帝都付近では最も危険な場所である。周囲は霧に包まれ、まばらに生える枯れ木と道端に転がっている岩石以外は見当たらない。
こんな場所をデートスポットに選ぶのは彼女くらいだろう。幸いなことにタツミはデートというのを言葉の綾と受け取っていた。強くなるための特訓と思っており、デートと思っているのは彼女だけであった。
「この辺りは擬態が得意な危険種がワラワラいるぞ。とにかく多くの敵と戦って、勘を掴め」
「了解。このままじゃ足手まといになっちまうからな」
気合を入れてエスデスに返事をした。愛用の剣を鞘から抜き、周囲に目を配りながら歩き出す。記憶にはないが、その剣は彼が以前から所有していたものであるそうだ。タツミ自身も握った瞬間に感じるものがあり、引き続き愛剣として使用していた。
「……敵の姿なんて見当たりませんね」
「ほう、そう見えるか」
「……どういうことですか?」
タツミが疑問の声を上げた直後、視界の端に動くものの姿を捉えた。かなり近い。彼の全身から冷や汗が吹き出す。直後、すぐ後ろでエスデスの声が耳に届いた。
「集中しろ。今ので1度死んでいたぞ」
「なっ……いつの間に!?」
慌てて横を向くと、氷漬けにされる木獣がそこにあった。
すでに枝を伸ばした攻撃態勢で固まっている。彼は気付いていなかったが、槍のように尖った木の枝が突き出されていた。その距離は10センチもない。自身の頭部を正確に刺し貫かんとする針に、タツミの全身から血の気が引く。ただの樹木と思いきや、それは危険種の擬態だったのだ。
「もっと周囲を観察しろ。この山はこんな奴らばかりだ」
話の最中に襲い掛かってきた岩石型の危険種が、瞬時に氷漬けにされる。エスデスの帝具『デモンズエキス』の凍結攻撃である。背後を見ることすらなく迎撃した彼女の感知能力に驚嘆する。今の襲撃もタツミはまるで気付かなかった。
「はい。今度こそは……!」
「まずは後方は私が受け持とう。それ以外に注意して進んでいくぞ」
五感をフルに活用して、注意深く足を進めていく。張り詰めた緊張感のまま、戦闘態勢を維持。視線を上下左右に目まぐるしく動かし、怪しげな物体を見極めようと注視する。
「って、うおっ!これも擬態かよ!」
盾にした剣で、反射的に木の槍を弾く。真っ直ぐに伸びてきた穂先を、何とか防御することに成功。ここからはタツミのターン。
「ああああああっ!」
気勢を上げて木獣へと突撃する。再び突き出される鋭く尖った枝を、タツミは全力で疾走しながら掻い潜る。二度三度と迫るそれを、避け、弾き、本体まで一足一刀の間合いまで接近した。
裂帛の気合とともに、胴を両断する渾身の一閃。
研ぎ澄まされた一撃が、木獣を真っ二つに切り裂いた。
「よっしゃあ!やったぜ!」
歓喜に笑うタツミ。そんな嬉しげな様子をエスデスは、蕩けきった表情を晒していていた。恋する乙女といった風に頬を染め、自分でも気付かずに言葉が漏れる。
「カッコいい……」
ハッとした表情で、すぐに頭を振って彼女は顔を引き締めた。自分の強くて格好良いところをアピールしようと画策していたのを思い出したのだ。タツミを守って惚れさせようという目論見は、この調子では叶いそうにない。だが、それもいいと彼女は口元を緩ませた。
「この調子でどんどん行くぞ」
こうして2人は、日が暮れるまで特訓(デート)に励むのだった。