王宮の中庭で勃発した、タツミとシュラの決闘。
一方的に敗北の道を辿るタツミだったが、彼は構えを変更すると、弾かれたように突撃を開始した。互いに徒手空拳。その場で佇むシュラに対して、タツミは両腕を大きく後方に振り被り、左右から挟み込むようにな手刀を放つ。大振りだというのに、それは先ほどの拳撃よりも速かった。予想外の速度に、シュラの顔色がわずかに変わる。
「うおおおおっ!」
裂帛の気合と共に放たれた、左右から首元を刈る手刀。しかし、正面からの一撃が容易に当たる相手ではない。寸前で身を屈め、斬首の一閃を回避。シュラの頭上を凶刃が通過する。しかし直後、眼前に迫る靴の爪先。流れるような連携で、タツミの前蹴りが襲う。
「くっお……!?」
とっさに両腕を顔の前に出し、ギリギリで防御するシュラ。蹴られた反動で、後方に身体がのけぞる。追撃のためにタツミはさらに踏み込み、槍の切っ先が放たれる。指先を固め、真っすぐに突き出される貫手。
「チッ……さっきまでと全然動きが違うじゃねえか」
心臓を狙う貫手。肩を入れることで長く伸ばされたソレは、あくまで素手。しかし、込められた濃密な殺意に反応して、強制的に回避を選択させられる。後方に一歩跳び退いた。まるで、実際に必殺の武器を相手にしているかのような。ここでシュラは相手の武術の根幹を理解した。そして思い出した。かつての戦闘で、タツミの所持していた帝具を――
――万物両断『エクスタス』
これは、帝具の運用を前提としたオリジナル。あの巨大な大鋏を利用した、特異な武器術なのだ。世界を回ったシュラですら初見なのも当然。しかし、それをただの数合で見抜いた眼力は、彼の武術に対する非凡さを示していた。
タツミの二連突き。大鋏の刃が幻視される。徒手空拳とは思えない圧力。それを跳ね除け、シュラは相手の右側へと一歩、這入り込む。
「おらあっ!」
長く伸ばした右手が仇になり、生じた無防備。右側の死角からシュラは全力の右ストレートを顔面に見舞う。しかしタツミもクルリと肘を回し、迫る拳を受け止めた。エクスタスの握りの部分を利用した防御法。その応用である。
反撃はタツミの正拳突き→袈裟斬りの流れるようなコンボ。回避しきれず、いよいよシュラの頬を白刃が掠めた。堪らず大きく距離を取り、仕切り直す。互いに5メートル以上の間合い。シュラの背にどっと、珠のような大粒の汗が噴き出した。
「あの小僧、ここまでの実力者だったか……」
立会人のブドーが腕を組んだ姿勢のまま、深く息を吐いた。同じく隣で観戦するエスデスは顔を赤く火照らせ、身体を震わせる。
エスデス将軍の秘蔵っ子、本人は恋人と公言しているが、の噂は軍内部に浸透している。実際にブドーが目にしたのはこれが初めてだが。目の前の光景から推し量れる実力は、両者ともに近衛軍でも最高峰の域。
「戦闘スタイルもそうだが、何より集中力が素晴らしい。技量で勝るシュラを相手に、今や私にも勝敗は見えぬ」
「フフ……そうだろう。とはいえ、この姿を見るのは初めてだがな」
自慢気に微笑むエスデス。視線は激闘を繰り広げる二人から離さない。
タツミとシュラが正面から視線をぶつけ合う。両者ともに集中力は最大。全戦力を次の交錯に費やす覚悟を決めている。互いに不退転。
――二人は同時に地を駆けた。
「うおおおおおおっ!」
「死にやがれ!」
タツミは自身の刃を、シュラは己の拳を、最速で相手に突き入れる。先に相手に届くのは、意外にも、小柄なタツミの方。巨大鋏の振りを再現するために、全身を使ってリーチを伸ばしている。右脇腹を斬り裂く一閃。
「巧い!あれを避けるか!」
エスデスが声を上げる。幻惑する足捌きで、姿勢の変わらぬままにシュラは一瞬減速した。必殺の一閃は、相手の服を掠めるのみに終わる。残るは右腕を振り切り、無防備となったタツミ。シュラの殺意を込めた掌底が放たれる。
――鈍い打撃音と共に、二人の動きが止まった。
停止した世界。決着はついた。シュラの掌底は相手の鳩尾に、そしていつの間にか――
――タツミの左の手刀が、シュラの首筋に添えられていた。
そう、決着はついた。直後、タツミの口元から血が零れだし、地面に倒れ込んだ。その場に立っているのは、褐色の青年シュラ。彼は倒れた少年を複雑そうな表情で眺め、自身の首元に手をやった。
――これが武器有りの実戦ならば
最後の一閃、あれは剣術であると彼は見抜いていた。帝具+格闘術。それに加えて、片手剣による剣術。今の交錯が武器有りであれば、抜き打ちの一閃で首を獲られていた。その想定に、シュラはざわりと背筋を冷やす。
むろん、彼とて帝具戦であれば思い通りにさせるつもりはない。だが、必ず勝てると楽観はできなかった。無言のまま、シュラは背を向けて場をあとにした。
気絶した恋人を抱き、医務室へ向かおうとするエスデスに声を掛ける。観戦しているだけで、久しぶりにブドーは血が滾っていた。
「良い勝負だった。お前もそうだが、下の世代が力を付けているのは頼もしいことだな」
珍しく、彼は口元に好戦的な笑みを浮かべた。
「だが、シュラはともかく、この小僧はまだ成長途上。期待できそうな逸材だな」
宮殿内の医務室。カーテンで区切られた真っ白なベッドの上で、タツミは目を覚ました。直後、勢いよく上体を起こし、左右に視線を回す。隣には恋人のエスデスの姿があった。椅子に腰掛けたまま、意識を取り戻した彼を見て安堵の息を吐く。
「……ええと。あっ!アイツとの試合は……!」
飛んでいた記憶を取り戻し、声を上げるタツミだったが、すぐに結果を理解した。悔しげに唇を噛み締め、視線を下に向ける。
「そうか、負けたのか……」
「ああ、お前の負けだ」
エスデスは静かに告げた。弱肉強食の野生で育った彼女である。敗北はイコールで死という環境。恋人に対してだろうと、慰めやごまかしは無い。
「前半蓄積されたダメージ。純粋な技量の差。敗因はいくつかあるが、今後の課題としてはやはり『分析力』だな」
タツミの戦闘スタイルを、シュラはたったの数合で見抜いた。世界を旅して多種多様な戦士を屠ってきた、彼の戦闘経験の賜物である。初見の相手の能力を探る。それは、奇想天外の性能を有する帝具戦においてこそ重要となる。
「……頭を使うのは苦手なんだけどなぁ」
タツミは嫌そうに溜息を吐いた。
「高度な駆け引きをする必要はない。罠を張る必要も。お前の持ち味が消えてしまうからな」
エスデスは足を組み替える。
「だが、罠を見破る眼力は必要だ。相手の意図を察する直感も」
しかし、それは一朝一夕で身に着くものではない。良質かつ膨大な戦闘経験。それらの摂取なしに、直感の域にまで達する分析は不可能。対人の殺し合いの経験が足りていないのだ。歴戦の暗殺者ナイトレイドとの違いはそこだ。
「フフ、ちょうどいい。タツミ、私と一緒に来い」
しかし、不足する経験を埋められる戦場がある。エスデスは嬉しそうに微笑した。おあつらえ向きの状況に、彼女は天の配剤を感じる。最高のデートコースを思い付いていた。
タツミは西方の異民族との戦場に投げ込まれることになる。
闇に包まれた夜中。ワイルドハント詰所。街の周囲から光が消えて静まり返る中、唯一楽しげな声がそこから漏れている。元はバーであった店を接収した詰所には、様々な種類の酒類が並び、そこではワイルドハントのメンバーが思い思いにそれらを味わっていた。
「珍しいな、シュラ。今日はやんねえのかよ」
黒髪の青年、エンシンが捕まえてきた女性を裸に剥きながら、興奮した様子で声を掛ける。それに対してシュラは、ソファに腰掛け、物思いに耽った風に首を左右に振り、グラスを静かに傾ける。ゆっくりと透明な中身を飲み干していく。
「まあいいや。じゃ、好きに遊んどくわ」
「……見苦しいから、上の階でやってこいよ」
「わかってるって」
悲鳴を上げようとする女性の首を掴み、エンシンは階段へと引きずっていく。他のメンバーはというと、肥満体形の道化師チャンプは上機嫌で酒を呷りながら、大声で自慢話をしており、対面する侍は聞いているのか分からぬ様子でちびちびと喉に通していた。
「不純物のない天使はたまらねえ。目星つけてる場所があるんだ。明日はそこで小さい子をペロペロしてくるぜ」
「それはそれは。喜ばしいことですね」
――彼らを接待するのは、ランであった。
柔和な表情を浮かべ、空になったグラスに酒を注ぐ。チャンプの自慢話に、先を促すように丁寧に相槌を打つ。たびたび彼らの前に現れ、貢物を送ったりするのだ。イェーガーズの隊員が媚びを売りに来ている。彼らはそう解釈した。
「ねえねえ、ランちゃん。そんなことより私と遊びましょうよお」
メガネを掛けた若い女性コスミナが腕組みをして、胸を押し付ける。上目遣いで甘えるような声を出した。
「これから一晩、上の階で楽しもうよ」
「ワイルドハントに入れて下さるなら、必ず……」
笑顔を見せるランに、彼女はぷくりと頬を膨らませた。
「では、私はそろそろお暇させていただきます」
残念そうに声を出すコスミナを残し、詰所を後にする。扉を閉め、外に出た瞬間、ランの表情が豹変する。殺意に満ちた眼差し。目的を達成するための準備が、ようやく整った。ワイルドハントから、ある程度の信用を勝ち取れた。あとは――
――復讐の相手を暗殺するだけ
濃密な殺意を込めて、彼は微笑した。