帝国西部。異民族との国境線付近。
一面の荒野に広がる圧倒的な質量を誇る軍勢。地平線と見紛うほどの、金属鎧を纏った重装騎兵が列をなして襲い掛かってくる。雄叫びと怒号、悲鳴。大地を揺らす万の馬による突撃と鈍く鳴る鎧の金属音。
同じく正面から突撃を狙う味方の帝国軍の一団も、気合の声を上げて突き進む。周りに合わせて、彼も馬を走らせる。軍勢同士の衝突。
戦争真っ只中の西部戦線。あろうことかタツミは、その軍団の中にいた。帝国最精鋭を誇る、エスデス軍。士気は高く、苛烈を極めた訓練により、その練度は帝国随一。
馬の足元から感じる乾いた土の感触。頬を撫でる湿った大気と血の匂い。
「うおおおおっ!」
馬上からタツミは、帝具『エクスタス』を横薙ぎに振り払う。右側の騎兵を鎧ごと両断し、返す刀でその影に潜んでいた一騎の喉を突き刺した。直後、左前方からの斬り込みを受け止め、上体を反転し、大鋏で敵の胴を真っ二つにする。
「突撃!突撃!」
鼓膜を揺らす軍勢の怒号。全方位から発せられるエスデス軍の声。タツミも前に馬を走らせながら、同様に突き進む敵軍を斬り払う。相手はこれまで帝国軍を散々に打ち破ってきた精兵。士気も高く、実力も折り紙付き。放たれる一撃も重く、力強い。しかしそれでも、超一級の暗殺者との激戦を潜り抜けた、タツミの方が強い。
「コイツ……帝具使いかっ……!?」
異様な形状の武具を振るう少年の姿。驚愕の色を顔に浮かべた兵士の首が、大鋏によって斬り裂かれる。高硬度の素材で作られた刃は、敵兵の金属鎧を紙でも切るように易々と通過。
「くそっ……相手にできるか!」
「逃がすかよ……って、馬が動けねえか」
雨あられと降りかかる前方からの騎兵達。だが、帝具使いへの恐怖から、進路変更して逃げる者が出始めた。タツミは舌打ちする。逃がすまいと進路変更を試みるが、超重量の所持帝具のせいで、本人はともかく騎馬の方が小回りが利かなくなっている。狩れたはずの敵をいくらか仕留め損なった。
そして、十数名もの兵士と刃を交えながら、騎馬による交錯を終える。真っすぐに敵軍を突破すると、次は旋回して再突撃の陣形に移行。
「さすがエスデス将軍。いつの間にか横っ腹を食ってるぜ」
隣を並走する中年の兵士が、後ろに首を向けて口笛を吹いた。タツミも振り返ると、いつの間にか別動隊が敵軍の無防備に強襲を掛けている。これが帝国最強の軍と謳われるエスデス将軍の用兵術。
「敵軍は真っ二つに分断された上、混乱が生じてる。おっ、新たな指示が出たぜ」
この日、エスデス軍は西の異民族を蹂躙。連敗続きだった帝国軍が息を吹き返し、敵軍を徐々に後退させ始めた。
7日後の夜。人生初の従軍となるタツミも、戦争の空気に順応していた。疲労の蓄積はあるが、持ち前の適応力でこの戦場という空間に慣れたのだ。野営地のテントから這い出し、焼却部隊として参加するボルスと共に、食後のひと時を過ごす。覆面を纏った同僚と、久しぶりの再会を果たしていた。
「やあ、タツミくん。元気そうで安心したよ」
「ボルスさんこそ無事みたいですね」
「うん。これでも僕はベテランだからね。でも、君やセリューちゃんは初めてだろう?」
嬉しそうにボルスが口を開いた。エスデス軍として、今回戦争に参加したのは、イェーガーズの隊員から3名。実戦経験を積むためにタツミ。対軍帝具を所持するボルス。そして、現在側近としてエスデスの横に控えるセリューである。
「何度か見ましたけど……まあ、結構苦労してるみたいですね」
苦笑するタツミ。元帝都警備隊といえど、戦場ではあまりに環境が違う。エスデスがフォローする場面も何度かあったようだ。とはいえ、ワイルドハントが暴虐を働く現在。帝都に残しては、間違いなく問題を起こすだろうという判断である。正義感を暴発させ、彼らと殺し合いを始めるのは目に見えていた。
「まあ、ワイルドハントが帝国の害悪なのは間違いないけど、各地から一斉に攻め込まれてる今、内紛を起こしてる場合じゃないからね……」
ボルスが溜息を吐いた。タツミはむしろセリューに同調しており、微妙な表情で頷く。とはいえ、久しぶりの見知った仲間との邂逅である。リラックスした様子で篝火の照らす夜が過ぎていく。
「そういえば、キョロクで殺したナイトレイドの帝具。解析が済んだそうだよ」
「あのランに化けたヤツか……」
「名称は、「変幻自在『ガイアファンデーション』」――元々は帝国が保有していた帝具みたいね」
ナイトレイドを体現するかのような、暗殺専門の帝具。その恐ろしさはタツミも味わっている。本物と見分けのつかない完璧な変身能力。これまで数多の要人を暗殺してきただろうと、容易に想像させる。この悪辣な性能の帝具を、革命軍から奪還した功績は大きい。
「帝具って、やっぱり色々な種類があるんですね。ただの武具じゃない。常識を超えるっていうか」
「そうだね。だからこそ僕達は『奥の手』を隠すし、帝具の取り合いと同じく、情報の取り合いも重要なんだよ。今回の帝具は、相性の問題で死蔵されていたケース。だからこそ、僕達も性能を把握してなかったんだ」
「マジかよ……。じゃあせっかく帝具を奪い返したのに、こっちは使えない可能性もあるのか……」
「帝具次第だけどね。僕の帝具みたいに、性能が落ちるけど使えるのも多いよ」
恋人から聞いた話を思い出すタツミ。彼女の帝具『デモンズエキス』について、彼は聞いたことがあった。相性が合わなければ、発狂して死に至る。一方、彼の帝具『エクスタス』のように、超重量のため大して振り回せないが、一応は使える物もある。そのように理解した。
「ナイトレイドの残りの帝具って、何がありましたっけ」
「アカメちゃんの『村雨』、マインの『パンプキン』、レオーネの獣化する帝具。あと、隊長の話ではキョロクで戦った男は、おそらく生物型帝具だろうって」
「……だいぶ狩ったと思うけど、まだまだ多いですね」
「あっ!そうだ忘れてた。最近見てないけど、百人斬りのブラートの帝具「悪鬼纏身『インクルシオ』もあった……って、どうしたの?」
様子のおかしくなった少年に、ボルスが声を掛ける。目を瞑り、顎に手を当てて、何やら考え込むタツミ。
「何だろう……。その言葉を聞いた瞬間、何か思い出せそうな気がして」
「ええっ!?もしかして記憶が戻りそうなの?」
「……いや、やっぱり全然分からないや」
頭を横に振って、残念そうに深く息を吐いた。気持ちを切り替える。ボルスと視線を交わし、その場から立ち上がった。
「さて、行ってくるか」
「重大任務だね。気を付けて」
タツミは帝具を背負い、軽く頷いた。
数時間後。引き続き闇に包まれた新月の空の下。荒野の中に建設された巨大な要塞。広大な丘に聳え立つ一面の城壁は、まるで地平線のごとき。西部異民族の最大駐屯地である。
先日、エスデスの計略により、異民族の軍勢を火薬満載の火計で焼き尽くしたばかり。完全に侵略軍は押し返され、国境線にほど近い城へと籠城させられたのだ。兵士を殺戮され、この一週間で半数以下にされた異民族軍は士気も低く、援軍を待つだけの状態。自身の役目を果たしたエスデスは帝都に帰還しても良かったが、ここで相手の喉元を狙う一矢を放つ。
――それが帝具使いによる、司令官の暗殺である。
人目を忍び、タツミは石造りの城内を壁沿いに進む。灯りに照らされる姿は、異民族の装束に包まれていた。
「ふぅ……意外と見つからないもんだな」
空を舞う危険種エアマンタに搭乗しての、高高度からの降下作戦。彼らの国には生息せず、警戒が薄かったこともあり、闇夜に紛れた潜入は特に問題なく成功する。
「何だろうな。戦場にいるより、むしろこういう暗殺の方がしっくりくる」
つぶやきながら、足早に目的地へと向かう。敵兵を拷問に掛けて、司令官の居場所や城内の構造は吐かせてある。迷うことなく総司令の控える区画までやってきた。さすがにここからは巡回の兵も多い。目立つ背中の大鋏もあり、強行突破は避けられない。
「なあ、アンタ。ちょっといいか……がっ!?」
不審そうに近寄ってきた2名の衛兵の首を、瞬時に薙ぎ払う。同時に全速力で駆け出し、さらに擦れ違いざまに残りの数名を絶命させた。誰かが死体を見つけるよりも早く、タツミは目的の扉まで到着し、全力で蹴り飛ばす。
「ようこそ、暗殺者くん」
十メートル四方ほどの広めの空間。内部にはいくつかの机やい椅子があるだけ。
そこで待つのは、口髭を生やした壮年の男性である。手には豪奢な意匠の大剣。自信に満ちた表情で、ゆったりと声を発する。そして、周囲には5名の戦士が控えていた。口髭の男の左右に並ぶように、彼らは剣を抜き、陣取っている。
「完全に待ち構えられてたか」
「さっき、一瞬殺気を出しただろう?壁越しだろうと、そのくらいは読み取れるさ」
壮年の男性から漂う強者の気配。タツミは目の前の大剣使いこそが、西部異民族における最強。総司令官のゴウラだと悟る。纏う空気は最悪の暗殺者集団、ナイトレイドのラバックに匹敵する。
チラリと横目で他の面々に視線を向ける。短剣や刺突剣、曲刀に直刀。千差万別の剣を有する戦士たち。エスデスから聞いた話を思い出す。彼らこそが、『ソードマスターズ』――各流派の最強剣士を集めた近衛集団。帝国で言うところの『羅刹四鬼』であると。
一様に白装束を纏い、得物を手にした姿は完成された印象を感じさせる。放たれる鋭利な刃のごとき凄烈な剣気。彼らも只者ではないと、タツミは即座に直感した。
「と言っても、逃げるわけにはいかないか」
タツミは帝具を背中から抜き、両手で構える。外の死体が見つかれば、すぐに侵入者を排除するために兵士が駆けつけてくるはず。短期決戦で大将首を獲るしかない。
「その奇妙な形状。帝国に伝わる超越武具――『帝具』とやらか」
「さあ、どうだろうな?」
「帝具使いが単身で暗殺に来るとは、好都合だ。ここで確実に削っておこうか」
総司令ゴウラは上段に大剣を構え、じわりと距離を詰める。覇気による威圧は、もはや物理的な重さと錯覚するほど。帝具を握る手に、自然と力が籠る。互いに一足一刀の間合い。総司令の姿が一瞬、掻き消えた。
「キエエエエエエ!」
――神速の斬り下ろし
大剣とは思えない速度。タツミの目が大きく見開かれる。しかし、見事な反応速度で頭の上にエクスタスを構え、防御姿勢を取ることに成功。甲高い金属音が鳴り響く。しかし――
「何だよ……この重さはっ!?」
タツミの身体が大きく後方に跳ね飛ばされる。
石造りの壁に背中から叩きつけられ、苦悶の声が漏れた。刹那、意識を失ったのを感じ、戦慄で背筋を震わせる。幸い追撃は無かったが、相手の脅威は十二分に理解させられた。
「ほう、硬いな。まさか我が剣でへし折れぬとは」
剣を振り下ろした態勢のまま、ゴウラは薄く笑みを浮かべた。
数トン級の巨大危険種との正面衝突に匹敵する、埒外の膂力。技量や鍛錬でどうにかできるものではない。明らかに司令官ゴウラの持つ武具も、帝具と同様の何かを秘めていた。
「油断はできそうにないな。お前達も加われ。確実に斬り殺すぞ」
「了解」
司令官が目配せすると、白装束の剣士達が動き出す。各々が刀剣を構え、半包囲の陣形を取る。
未知の性能の大剣。達人級の剣士の群れ。そして何より――
――たった一合だけ交わした剣戟の凄まじいキレと重さ。
タツミの本能が最大限の警戒を促す。意識が深く沈み込む。知覚の肥大化と五体の鋭敏化。シュラとの戦闘のときと同じ、極限の集中状態へと意識が切り替わる。
――西の異民族との全面戦争。その趨勢が今夜、決定付けられる。