西の異民族の軍を壊滅させ、エスデス軍は帝都へと帰還した。凱旋である。異民族の再侵攻に対抗するため、部隊の半数を国境線付近に残したが、残りが帝都防衛に回れる意義は大きい。無血開城を繰り返して進軍する革命軍よりも先んじて、帝国は最強部隊を手元に置いた。
だが、帰還したエスデスの元に届いたのは悲報だった。
帝都に残留したイェーガーズだが、シュラ率いる秘密警察ワイルドハントと抗争になり、隊員であるランが殺害された。クロメの口から報告された内容に、全員が言葉を失う。申し訳なさそうに、彼女は全ての経緯を説明した。
直後、エスデスが怒りの形相で机を叩きつける。ワイルドハントの命運が決まった瞬間だった。
――ワイルドハントの解散が決定する。
「ちっくしょう!あのクソ女め!」
シュラの怒鳴り声が荒野の真ん中に響く。屍がそこらに転がり、どす黒い肉片が撒き散らされている。気持ち悪くなるほど濃密な血の臭い。百を超える革命軍の兵士がいた野戦陣地で、彼は苛立ちと共に辺りの死体を蹴りつけた。
この場で生き残っているのは他に2名と1体。元ワイルドハントのメンバー、剣客イゾウとドレスを纏った幼女ドロテア。
「ぐふふ……また妾の作品が力をつけおったぞ」
錬金術師ドロテアが嬉しそうに笑う。横には多足型の巨大怪物。体長8メートルを超える甲殻類タイプの化物が、死体を食い荒らしている。瀕死の状態にあった仲間を改造したこの怪物は、敵を食べれば食べるほど強力になる。敵陣を強襲して虐殺するという、今回の任務は渡りに船だった。
「『紅雪』もこれだけ血を吸えて、喜んでおろう」
うっとりした様子で愛刀を眺めるイゾウも同様。むしろ好きなだけ殺しができる状況に喜んでいた。
現在、秘密裏にだが、ワイルドハントは解散させられている。原因はエスデス。生前、ランが捜査して集めたシュラの非道。それらの証拠をブドー大将軍に渡すと伝えたのだ。処刑確定の内容を手元で握りつぶす代わりに、エスデスが要求したのがコレだった。
ワイルドハントを即時解散し、彼女の配下にすること。
――狙いは敵戦力の削りとナイトレイドをおびき寄せる囮
革命軍の本隊は帝都周辺まで進軍するも、そこで停滞させられる。帝都に攻め入るための要衝、シスイカン。ブドー率いる近衛軍も守りについたため、まさに鉄壁の要塞と化したのだ。
防戦に徹した堅実な戦により、相手の足を止めることに成功。エスデス軍も帰還した今、彼女が部隊を再編成したときが、最終決戦となろう。
そんな状況下でワイルドハントが狙うのは、シスイカンに布陣する本隊に合流しようとする別動隊。帝国全土で勃発する一揆による、小規模な志願兵の軍勢である。いわば革命軍側の増援。小回りの良さを活かして、それらを撃滅するのが、元ワイルドハントの任務だった。命令に反すれば、即刻エスデスが処刑する。
翌日、シュラ達は野戦陣地に奇襲を掛ける。革命軍の兵士は数百名規模。本来ならば即座に押し潰される人数差である。だが、世界中から集めたワイルドハントのメンバーは、一騎当千の帝具使い。陣地の中央に特攻するのは、稀代の錬金術師の創造した凶悪極まる巨大生物。その戦力は超級危険種に迫るほどだ。
「なっ……なんだこの危険種は!?」
「慌てるな。一斉に撃ち殺すぞ」
強靭な生命力に加え、多種多様な範囲攻撃を有するソレは、敵の防衛線を容易に突破する。高硬度の甲殻が銃器から身を守り、鋭く尖った多足で兵士の鎧を突き破る。口元から放たれる毒液の雨や、拡散する衝撃波。
阿鼻叫喚の宴が開かれる。陣内で暴れ回る怪物。はぐれ危険種が紛れ込んだと思った革命軍は、背後の警戒がおろそかになる。この隙にワイルドハントの面々は殺戮を開始した。統制の取れていない烏合の衆など、彼らの敵ではない。
「チッ……ナイトレイドは来ねえのかよ」
舌打ちと共に、シュラは近づく兵士の顔面を殴り砕く。エスデスから言質は取ってある。革命軍の象徴、ナイトレイド。コレを壊滅させることで、今回の件は不問にすると。
シュラを本気で働かせるための餌なのは分かっている。だが、自身にとって、この状況を打破する方法は、おびき寄せたナイトレイドを殲滅する以外にない。派手に敵軍の削りを行う目的は、いずれ来るだろう本命を殺すため。宿敵の到着を彼は待ち望んでいた。
その望みはすぐに叶う。
虐殺現場から離れた小高い丘。森の木々に囲まれた中、黒髪の少女が双眼鏡をのぞき込んでいた。
「ふう……やっぱり来ないなぁ、お姉ちゃんたち」
ワイルドハントの監視として派遣されたのは、イェーガーズから3名。ナイトレイドとの交戦も有り得るだけに、戦闘経験も多いベテランのクロメ。対アカメの護衛として、相性の良いウェイブとタツミ。遥か遠方から、ナイトレイドが網に掛かるのを待つ。
「それにしても暇だよな……」
ウェイブが退屈した様子でぼやく。彼らはただ監視をしているだけ。タツミにとっては怪我を癒すのにちょうど良かったが、手持無沙汰なのは間違いない。
「だけど、そろそろ来る頃だろ。アイツらが見逃すとは思えない」
「まあ、そうだな。でも、ナイトレイドとワイルドハント。ぶつかったとして、どっちが勝つと思う?」
ウェイブの問いかけに、タツミとクロメは迷うことなく、同時に口を開いた。
「ナイトレイドだよ」
「ワイルドハントだな」
一拍の間が空いた後、驚いたように互いに視線を合わせた。
「へえ、意外だな。クロメがナイトレイドを推すのは、何となくわかるけどよ」
「うん。お姉ちゃんの強さは私が一番分かってるしね。ワイルドハントの中では、シュラの戦いを見たことあるけど、生身で勝てるとは思えないよ」
事実、タツミが西の異民族との戦争に行っている最中、ウェイブと決闘騒ぎを起こしたが、そこでは帝具無しの格闘戦で敗北している。純粋な戦闘力において、シュラが後塵を拝するのは間違いない。
ましてや、彼女の手には凶悪な帝具「一斬必殺『村雨』」がある。
「一撃必殺はシュラも同じだ」
タツミの見解は異なる。エスデスから、シュラの帝具――「次元方陣『シャンバラ』」の情報を得ている。その性能は極悪。「範囲内のモノを強制的に空間転移させる」というもの。事前にマーキングしていれば、活火山の火口に転移させることも可能であり、発動されれば抗う術はない。
「ナイトレイドは、『シャンバラ』の性能を知らない。両者ともに必殺なら、初見のシュラが有利」
迷いなくタツミは断じる。以前、決闘したときに、相手の強さを体験している。アカメの剣技は驚異的だが、シュラも世界の武術を修めた達人。帝具を発動する時間くらいは稼げるはず。
「ワイルドハントが無罪放免になっても困るから、本当は相打ちになって欲しいところだけどな」
タツミの言葉に二人も頷いた。ナイトレイド殲滅となれば大手柄である。シュラが復権すれば、また帝都で暴虐を行うのは目に見えていた。そのため、エスデスも監視の命令はしても、タツミ達に援護は求めていない。むしろ、彼らが殺害された後、帝具を回収することこそが任務なのだ。ひとりでも敵戦力を削ってくれれば良い。
「あっ……向こうも終わったみたい」
再度、双眼鏡を覗き込み、クロメが報告した。あれほどいた兵士達が、短期間で全滅。性格は最悪の外道だが、やはり戦闘力は尋常ではない。改めてイェーガーズの面々も認識した。虐殺を終えて、シュラは張り詰めていた集中を解き、大きく息を吐いて両手を上に伸ばす。その瞬間――
――シュラの胸に穴が開いた。
「狙撃!?まさかこれは……!」
驚きの表情を浮かべたまま、シュラの身体は地面に崩れ落ちる。ピクリとも動かない。流れ出す血液が赤く地面を濡らす。
「マズイ!警戒するのじゃ、イゾウ!」
「ナイトレイドのお出ましでござるな」
ドロテアの発する警戒の声。即座に物影へと隠れ、狙撃ポイントを察知する。距離は遥か遠方の崖の上。直線距離で1kmは超えるほど。ただの銃弾では不可能。この時点でナイトレイドの一味、マインの帝具『パンプキン』の仕業だと確信した。ドロテアは周囲に視線を向ける。
「シュラを殺したことに満足して、退却したらよいのじゃが……」
彼女の創造した怪物は、人間を喰えば喰うほど強くなる。できればあと数日は成長させておきたかった。だが、どうやら自分達を見逃す気はないと悟る。
「追撃に来たようじゃの。まあ、今の時点でも特級危険種以上の力はある。十分ヤツらを殺せるじゃろ」
近くの茂みから飛び出す複数の人影。武器を構え、疾風のごとく駆け寄る暗殺者達。
「ちょうど3対3でござる。拙者は同じ刀使いとして、アカメを頂こうか」
黒髪の少女、アカメに斬り掛かるイゾウ。受け太刀の甲高い金属音が耳に届く。
「っと、選んでいる余裕はなさそうじゃの」
金髪を風になびかせ、獣のごとき速度で跳びかかるレオーネ。空中で放たれた回し蹴りを受け止めるも、ドロテアの小柄な体躯は勢いよく弾かれる。
「グオオオオオオオッ」
「お前の相手は、俺だ」
巨大な怪物に向けて攻め込むのは、長物を手にした大男。
――生物型帝具『スサノオ』
鎌のような多足による切り払いを回避し、上半身に武具を叩きつける。反射速度、膂力、ともに強大。グラリと怪物の巨体が揺らぐ。
「どうやら『奥の手』は必要なさそうだ。安心したぞ」
挑発的に笑みを見せるスサノオ。だが、相手はただの危険種ではない。錬金術師ドロテアの搭載した多数のギミック。本能的に怪物は、それらの使用を解禁した。
――戦場は3方面に分かたれた。
複数の戦場を見渡しながら、クロメは静かに思考した。
「あの狙撃手、厄介だね。ここで殺しといた方がいいかも」
ポツリとつぶやいた。ウェイブが拳を突き合わせ、頷いた。
「だな。あんなのがいたら、安心して外も歩けないぜ」
「逃げたとしても、まだそう遠くには行っていないはず。ウェイブ、お願いできる?」
「当たり前だ。万が一があると困るからな。足も速いし、装甲の厚い俺が適任だろ。タツミはクロメの護衛を頼むな」
鎧の帝具『グランシャリオ』を纏い、彼は増大した身体能力で駆け出した。タツミも同種の帝具『インクルシオ』を所持するが、事情の説明が難しいため、エスデス以外にはまだ伝えていない。
「ピンチのときほど威力を上げるという特性だからね。私の『八房』の死体で囲むのは、むしろ危険。ウェイブが一対一でやった方が安全だよ」
不安げに表情を固くするタツミに、彼女は声を掛ける。帝具の刀に手を掛け、抜き放つ。おぞましい負の雰囲気が辺りに充満する。冥府の底から蘇る亡霊。一体の死体人形が土の中から這い出した。それに、と言葉を続ける。
「念のため、新入りを一緒に向かわせるしね」
無表情で佇む新入りの姿に、タツミは驚愕に目を見開いた後、勝利を確信して小さく笑みを浮かべた。