マインの帝具――「浪漫砲台『パンプキン』」
精神力を衝撃波に転換して、撃ち出す。つまり――
――ピンチになるほど威力が増す。
ゆえに相手を追い詰めず、初手の奇襲で終わらせるのが鉄則。鎧の帝具を身に纏い、ウェイブが選んだのは、高高度から急降下しての一撃。己の得意技である破壊力抜群の跳び蹴り――グランフォール
「チッ……しくじったか」
人間の死角となる頭上からの強襲。マインが避けられたのは、半ば偶然に近いものであった。目標を外した蹴りは、固い地面を粉々に破壊し、生まれた衝撃が彼女の身体を勢いよく吹き飛ばす。大口径の砲弾の直撃を超える威力。鼓膜を震わす轟音。
彼女にとってはさらに幸運なことに、余波を受けて吹き飛ばされ、ウェイブの追撃を避けていた。身の丈ほどの巨大な銃を握ったまま、爆風に乗って転げまわる。
「その鎧……まさかイェーガーズとワイルドハントの合同作戦だなんて」
素早く身を起こし、現れた襲撃者に銃口を向けるマイン。忌々しそうに舌打ちする。防御に特化した全身鎧の帝具。以前のナイトレイドとの交戦で、この帝具が『インクルシオ』と同系統であると彼女は知っている。
「ナイトレイドのマインだな。ここで狩らせてもらうぜ」
「最悪の相性ね。ガチガチに防御を固めた近接特化型。ピンチ、には違いないけど……」
とはいえ、初対面の相手である。頭では分かっていても、心までは危機感を認識できていない。出力は精々7割、と彼女は見積もった。
「まあ、やりようはあるけどね」
一方、襲撃を受けたワイルドハントだが、戦局はナイトレイド側に傾いていた。
3対3の状況だったが、すでに半分以上が死亡。イゾウはアカメに斬殺され、錬金術師に創造された怪物も、スサノオに叩き潰された。そして、唯一残っているのはドレスを纏った少女ドロテアであるが、彼女も敗北寸前。
獣化したレオーネによって、両脚を砕かれている。大岩を頭上に掲げ、今にも押し潰さんとする相手に命乞いをしていた。
「待ってくれ!妾はまだ死にたくないのじゃ!」
「お前に殺されたヤツらも、そう思っていただろうよ」
「永遠の命を……若さを謳歌したいのじゃ」
涙ながらに叫ぶが、レオーネは冷めた瞳を向けるだけ。交渉は決裂。ワイルドハント最後のひとりに、大岩を投げ落とそうとしたところで――
――ドロテアの心臓を刀が貫いた。
「何っ……うおっ!あっぶねえ……」
「残念。さすがに両方は無理だったね」
殺気を感じ取り、大きく後方に飛び退いたレオーネが、突如現れた少女を睨み付ける。そこには味方のはずのドロテアを刺殺する、クロメの姿があった。どろどろに濁った瞳で薄く笑う。
「ふふ……早い者勝ち。コレはもらうね」
「あっ!そうか……しまった」
レオーネが舌打ちする。息絶えたはずの錬金術師が、ゆらりと幽鬼のごとく立ち上がる。
――「死者行軍『八房』」
殺した相手を人形として操る、凶悪な帝具である。彼女のコレクションに、また一人帝具使いが加わった。
ナイトレイドの視線が彼女に集まった瞬間、第二陣の暗殺が試みられる。アカメの背後から迫る、大鋏を構えたタツミの奇襲。その肉体を両断せんと、一息の内に懐へと跳び込んだ。じゃきんと、両の刃が瞬時に閉じられる。
「タツミ……!?」
振り返ったと同時に、超反応で上半身を地面に傾けた。アカメの髪が一房、切り落とされる。大鋏の刃が頭上を通り過ぎた。タツミの『万物両断』は不発。さすがは歴戦の暗殺者。危機察知の精度は群を抜いている。
「くっ……葬る!」
攻撃を回避し、反撃の一刀を振るうアカメ。不安定な態勢のタツミへ向けた、妖刀による致死の一撃。カウンターとなる神速の斬り上げ。首元を狙ったそれは、しかしタツミが左逆手で抜刀した剣によって防がれる。耳をつんざく金属音。
そのままタツミは微妙な手首の動きで切っ先を操り、相手の刀身を抑え込む。初めて見せた剣技にアカメは目を見張る。同時に足先をは真っすぐに走っており、彼女の鳩尾へと前蹴りを叩き込む。
「チッ……やっぱりやるな」
――だが、わずかに届かない。
刀の柄から左手を離し、正確に防御されている。
意識を下に傾け、頭上から大鋏による唐竹割。そんなコンビネーションを狙っていたが、タツミは瞬時に方針変更。相手の冷静さを奪えていないと判断。前蹴りで伸ばした足を引きつつ、後方へとバックステップ。しかしここは相手の反応が速い。直後、アカメから放たれる必殺――
――無防備に伸びた脚への斬り払い
たった一筋でも刃が入れば即死。凶悪な帝具の性能を最大限に発揮してきた。
だが、寸前のタツミの反応が間一髪で命を繋ぐ。逃げを打っていたおかげで、アカメの刀が届く前に、一手だけ差し挟むチャンスが生まれていた。
後方へと跳びながら、タツミはエクスタスを振り払う。首を両断する超重量の刃。殺意を十全に乗せた一閃。その刃が届く前に彼の命は尽きるだろう。だが、それでも構わずに全霊で腕を振り抜く。
ここでアカメも厳しい判断を強いられる。
同じく致死の一撃。カウンター気味のそれに対して、彼女は防御することを選択。武器破壊されぬよう、衝撃を上手く殺して受け止め、彼女自身も威力に乗って後ろへと跳躍。彼我の距離を大きく開かせた。
両者生存。お互いに視線を交錯させ、一息を吐いた。
「さすが、と言うしかねえな」
見事と呼ぶ他ない、熟練の技量と判断。タツミは素直に称賛し、同時に苦汁を滲ませる。奇襲を仕掛けた側であるはずの、自分が斬殺される寸前だった。
この首が、自分でなくエスデスのものならば、間違いなく落とされていた。重要度の違い。相打ちの危険を冒す必要はない。あの一瞬で、そう判断されただけ。命を拾ったに過ぎないと理解した。
しかし一方、アカメの側も無表情の裏で驚いていた。初手こそ相手に奪われたものの、その後の斬り合いで本来ならば殺せているはずだった。かつてのタツミが相手ならば。
武器術、剣術、格闘術。それらを合成したオリジナル。よどみなく流れる一連の動作に、飛躍的に向上した技量を感じ取る。かつてとは別人とも思える、埒外の成長速度。剣技や経験においては、まだ自身が優っているが、命を賭ける必要がある。そう認識を改めた。
実際のところ、タツミの実力はいまだ彼女に及ばない。それを埋めたのはふたつ。事前にイゾウと戦うアカメを見ており、剣筋をある程度把握できたこと。そして、西の異民族総司令ゴウラ暗殺の死線を潜り抜けたことである。
一瞬の隙で命が消える、危険極まる剣の舞。様々な剣を操る達人集団『ソードマスターズ』との対戦で、剣士への順応力を身につけていた。
「大丈夫、タツミ?」
「ああ。そっちはどうだ?」
「うん、帝具は回収したよ」
クロメが頷いた。死亡したワイルドハントの連中から、貴重な帝具を回収する。今の奇襲によって周りの意識が離れた隙に、彼女は人形を動かしていた。シュラの『シャンバラ』とイゾウの『紅雪』、そしてドロテアの『アブゾディック』は死体ごと確保。これでイェーガーズの任務は完了した。
「うーん。お姉ちゃんは殺しておきたいけど、これ以上は危険なだけかな」
クロメが残念そうに頬を膨らませた。この場にいる、ナイトレイドのメンバーは3名。アカメ、レオーネ、スサノオ。
邪魔なワイルドハントが消え、さらにレオーネの『奥の手』を見れただけで十分。あとはウェイブがひとり削れば、結果は上々である。
「あと5分もあればいいかな」
クロメとタツミは、目的を時間稼ぎに移行する。
森の中を走り回りながら、マインは焦燥感に駆られていた。後方へと上体を反転させ、『パンプキン』による射撃を繰り出す。標的は高速で迫りくるひとりの男。漆黒の全身鎧を纏ったウェイブである。脳、心臓、膝。正確に急所を狙う銃撃を、彼は意にも介さず疾走する。
堅牢な防護により、放たれた衝撃波は甲高い金属音を響かせるだけ。容易に弾かれたことに、マインは顔を顰める。
「硬過ぎでしょ……」
「逃がすかよおっ!」
一秒も掛からず、正面に回り込んだウェイブ。振り下ろした右拳を、とっさに帝具を盾にして受ける。強烈な衝撃にマインは呻き声を漏らす。
「まだだっ!」
さらに一歩踏み込み、ウェイブが右脇腹を拳を放つ。速度、技術共に文句なし。まぎれもなく超一流の武術家である。彼女は左腕を防御に回すが、そんな脆い防御ごと柔らかい脇腹に拳が突き刺さった。
「ごぼっ……!」
飛躍的に強化された身体能力。人外の膂力により、左腕もろともに内臓を破壊される。大量の血を吐きながら、彼女は数メートルの距離を吹き飛んだ。ゴロゴロと地面を転がり、立ち上がろうとするが膝から崩れ落ちる。
追撃のチャンスではあるが、ウェイブは相手の決死の覚悟を決めた瞳に、攻めを躊躇してしまう。情報が頭をよぎったからだ。
――「浪漫砲台『パンプキン』」の特性
死が間近に迫った、この危機的状況。全精神力を込めて放たれる一撃に、脅威を感じたのだ。鉄壁を誇る鎧の帝具だろうと、下手に受ければ殺される可能性がある。
「さて、どうすっかな。リスクを冒すかどうか」
ウェイブは全身鎧の中で小さくつぶやいた。正面からの対決であれば、この少女を殺す自信はある。だが、相応の深手を負うリスクは拭いきれない。右足を後ろに引いた半身の構え。距離を空けたまま、彼は逡巡する。
「頼むわよ、パンプキン」
目の前の強敵を見据えながら、マインは帝具の銃口を正面に向ける。左腕の骨は粉々に砕かれ、だらりと垂れ下がったまま。内臓は破裂したらしく、足元はふらつき、口の中は逆流した血液が溜まっている。しかし、その瞳だけは敵を睨み付けたまま、鋭い光を放つ。
全ての精神力を消費して、極大の一撃を放つ。
「……ふふっ、ベストコンディションよね」
自分に言い聞かせるように、彼女は微笑した。全身全霊の一撃が直撃すれば、ウェイブだろうとただでは済まない。たとえ殺しきれなかったとしても、大きく距離を引き離すことができるし、遠距離にいる仲間達に異変が伝わるはず。アカメ達が援軍に駆けつけてくれれば、状況は逆転する。
互いに見つめ合う膠着状態。それを打破すべく、ウェイブがわずかに前傾姿勢を取った。マインも相手が前に出た瞬間を狙って、極光の一撃を発射するつもりだ。意を決してウェイブは足を踏み出し――
――二人の間に割り込む人影
刀を携えた黒装束の女――ナイトレイドのアカメである。
「なっ……アカメ!?援軍かよ」
「ナイス!助かったわ!」
突如現れた増援に、両者が対照的な反応を示す。安堵の声を上げるマイン。とっさにバックステップで距離を取るウェイブ。両者の間に割り込んだアカメを警戒する様子を見せた。
「ふぅ……ありがとね、殺されるところだったわ」
張り詰めた緊張感が解け、大きくマインは息を吐く。無言のまま、アカメは彼女の隣に歩み寄る。かすかな違和感を覚えるも、敵前で視線を外せる訳もない。意識だけを仲間に向けようとして――
「アカ……!?」
――その首を、長い針が貫いた。
驚愕に目を見開くマイン。振り返る彼女の瞳には、アカメではなく、しかし見知った顔が映った。死んだはずの仲間の姿だった。
「チェルシー……何で…?」
ヘアバンドをした少女、かつてのナイトレイドの仲間である。その瞳に光は映っておらず、快活さは全く見られない。変わり果てた様子に、マインは全てを悟る。脊髄を精確に抉られ、彼女の手足は動きが止まった。膝から崩れ落ちる。必死に銃を握る手に力を込めるが、わずかに銃口が震えるのみ。
「クロメの……死体人形……アンタら…!?」
死者の魂を冒涜する無情。かつての仲間を操り、同士討ちさせたのだ。死の間際に憤怒の表情を浮かべ、マインは地面に倒れ伏す。瞳から生気が消失する。無念と共に、彼女は息絶えた。
その場に立つのは、ひとりの男と一体の死人。
「悪く思うなよ。そっちがやったのと同じことだぜ」
ウェイブは軽く息を吐き、首を左右に振った。声音は悲しみに満ちていた。
――ナイトレイド残り4人。