タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第3話 盗人を狩る

悪いがタツミ、と寂しげな様子でエスデスは切り出した。

 

「残念だが、今日は面倒な書類仕事があってな。狩りには付き合えそうに無い」

 

タツミがイェーガーズに加入してから数日後。執務室で彼女はそう言った。山積みの書類は、ここ最近を彼に付きっきりにしていたツケであった。椅子に浅く腰掛け、うんざりした風に首を振る。この部屋にはタツミの他に、セリューとコロも呼ばれていた。いや、コロは彼女に連れてこられただけだが……。

 

「今日はセリューに付いて、色々教えてもらえ。元帝都警備隊だし、学ぶことも多いだろう。頼んだぞ」

 

「はいっ!隊長、了解しました!」

 

ビシッと敬礼をするセリューとコロ。なぜか犬(?)なのに二足歩行で、小さな手を曲げて敬礼していた。相変わらず正体不明の生物である。

 

「わかったよ、エスデスさん。仕事頑張ってください」

 

「タツミ……その言葉だけで今日一日頑張れるよ」

 

頬を赤く染めてはにかむエスデス。何となく恥ずかしくなって、タツミも照れ隠しに頭をかいた。

 

「じゃあ行きましょうか、タツミさん」

 

「ええっと、どこに?」

 

「正義のパトロールです。時間が無いのでさっさとゴーですよ」

 

そう言ってタツミの手を取った。そのまま扉の外へと猛ダッシュ。右手にタツミ、左手にコロのリードを握り締め、二人と一匹は帝都に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

街中へと繰り出し、セリューの案内で帝都周辺を歩き回る。イェーガーズへの配置転換により、彼女は帝都警備隊の任を解かれている。なので、パトロールといっても特に巡回経路が決まっているわけではない。今回はタツミの案内のため、有名な場所を主に回っていた。

 

「ここでちょっと休憩にしましょう。甘味処『甘えん坊』。結構、有名な店なんですよ」

 

「へえ、本当だ。凄く活気があるな」

 

立ち寄ったのは、帝都メインストリートにある甘味処である。特に女性客に人気で、帝都を訪れたら必ず立ち寄りたいと評判だ。和風に構えた店の軒先の長机に並んで座り、注文を頼んだ。すぐに名物の抹茶アイスクリームが届く。

 

「うっま!さすが帝都、メチャクチャうめえ!」

 

「ふふっ、そうでしょう。帝都でも大人気なんですよ」

 

タツミもセリューも顔を綻ばせて舌鼓を打つ。そのズボンの裾を引っ張る小動物。彼女の足元に控えるコロは、自分の分がないことに不満気な様子だ。それを見てセリューは慰めるように頭を撫でる。

 

「ごめんね、コロ。夜は死刑囚3人、食べさせてあげるからね」

 

「え、何この会話……」

 

キューと嬉しそうに鳴くコロだったが、タツミの顔を青ざめている。朗らかに話す内容に、完全に引いていた。

 

まあ、とはいえ。かわいい女の子と一緒に散歩するのは悪くないものだ。すぐにタツミの顔は楽しげなものに変わる。一息つくと、再び街のパトロールという名の観光に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

繁栄を謳歌する帝都だが、決して治安に不安が無いわけではない。帝都警備隊が管理しているのだが、人が集まる都心だけに揉め事も多い。少し前には、警備隊が暗殺されるという事件まで起こっており、とても人が足りない状況だった。だからこそ、特殊警察イェーガーズが結成された訳である。

 

「ふーむ。私の正義センサーによると、この辺りが怪しいですね」

 

「何それ?」

 

突如、タツミの手を引いて走り出した彼女が向かったのは、スラムと市街地の境目。先ほどのメインストリートとは毛色の違う、素朴な雰囲気の屋台が軒を連ねていた。スラムといえども、かなりの人混みで活況に湧いている通りである。その通りをセリューは左右に目を光らせながら歩いていた。

 

「引ったくりだ!捕まえてくれ!」

 

大きな怒号が通り中に響いた。人混みを掻き分けるように走る人影。それを追う店の主人らしき男。立派に見える帝都でもこんなことがあるんだな、とタツミが溜息を吐く。だが、隣に立つセリューの行動は素早かった。

 

「悪を発見。駆逐します」

 

「うおっ!早っ!」

 

逃げる盗人の前に立ちはだかるセリュー。前を塞がれ、驚いた顔をする男をその鋼鉄の右拳で殴りつける。顔面の陥没した鈍い音がタツミの耳に届いた。追いついた店主に盗まれた物品を返却し、特殊警察イェーガーズの印の入った手帳を見せる。

 

「イェーガーズです。悪を確保します」

 

礼を言う店主に一言告げると、盗人の襟を掴んで離れた場所へと引きずっていく。その鮮やかな手並みを見たタツミは、これが特殊警察の仕事かと感心していた。慌ててセリューの元に駆け寄り、気絶した盗人の移動を手伝うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、警備隊の詰所へ向かうと思っていたタツミの予想とは異なり、彼女が盗人を連れて行ったのは人気の無い路地裏だった。疑問に思った彼だったが、なぜか彼女は凄まじい殺気を撒き散らしており、とても話しかけられる状況ではない。男を地面に投げ捨てたセリューは、その脇腹を思い切り蹴りつける。硬い爪先を腹にめり込ませると、っていたが、ビクリと反射的に痙攣し、目を覚ました。恐ろしく鋭い目付きで、彼女は男を見下ろしている。

 

「さて、一応事情を聞かせてもらおうか」

 

硬い、というより冷たい声音でセリューは言い放つ。普段の明るい雰囲気とはまるで別人。有無を言わせぬ威圧感の前に、男は少し怯えた様子で釈明を始める。

 

「く、喰うに困って仕方なくやったんだ」

 

「そうか」

 

「も、もうやらねえよ。だから見逃しちゃくれないか?」

 

媚びるような瞳で彼女に懇願する。だが、それが何の効果も上げていないことは、端で見ているタツミには一目瞭然だった。まるで親の仇でも見るかのような絶対零度の視線である。

 

「なるほど。悪に染まりきっている、ということだな」

 

現行犯の上、言質まで取れたとなれば、自分達の仕事は終わりだ。ふぅ、とタツミは溜息を吐く。だが、彼は知らない。悪を憎悪する彼女の判決は、司法のものに比べて苛烈を極めるということを――

 

「悪に染まれば死あるのみ」

 

地の底から響くかのような黒々しい声。ハッとした様子でタツミは彼女に向き直る。

 

「コロ。捕食」

 

セリューのつぶやいた一言で、突如巨大化したコロが襲い掛かる。帝具としての本領を発揮した捕食行動。獰猛な肉食獣と化した怪物が男に喰らい付かんと跳び出した。

 

「なあっ……!」

 

数瞬後の死を呆然と見つめる盗人。刻一刻と迫る、全身を丸呑みせんとする巨大な口と、無数に生えた鋭利な牙。だが、それは――

 

 

――剣の腹でコロを叩き落したタツミによって止められた。

 

 

「ちょっと、いきなり何してんだよ!」

 

「……どういうつもりですか?まさか、悪を庇うつもりではないですよね」

 

俯きながら淡々とつぶやくセリューの姿に、タツミは空恐ろしい悪寒を感じた。彼女が顔を上げる。

 

「イェーガーズには、犯罪者を裁く特権が与えられています。悪を好きなだけ滅することができる。正義の光で、世界を照らすことができるんですよ」

 

邪悪にして凶悪な形相にタツミの息が詰まった。普段のかわいらしい表情から豹変し、悪魔もかくやという凶々しい様子で、口元を吊り上げる。高らかに謳い上げるその姿に、はっきり言ってタツミはドン引きしていた。

 

「やべえよ……これ、どうなってんだよ」

 

頬をヒクつかせ、強張った表情のまま心の中で涙を流す。事を荒立てずにスルーしたいのは山々だが、さすがにこんな軽犯罪で殺害されるのを見過ごすのは後味が悪い。何とか刺激せずに事態を収拾しようと頭をフル回転させた。下手なことを言えば、巻き込まれるのは確実である。

 

「そ、そうだ!パトロール。パトロールに行きたいなぁ!」

 

「パトロール、ですか?ちょっと待っててください。すぐに処断しますので」

 

「今!今すぐに行きたいんだよ。ほら、帝都の平和を守るにはセリューの力が必要なんだって」

 

わざとらしさは見え見えだが、乾いた声でタツミは語りかける。

 

「罪を裁くなんて誰でもできるけど、悪を捕まえるのは訓練を積んだ俺達しかできないだろ?コイツは警備隊でも呼んで詰所に連れて行かせればいいよ」

 

さらなる悪を捕らえるためという建前が功を奏したようだ。少し悩んだセリューは、元の天真爛漫な笑顔に戻って、タツミの手を取る。犯罪者を近くのヒモで縛りつけ、二人は雑踏の中へと帰っていった。

 

「タツミも正義の何たるかが分かってきたようですし。張り切ってパトロールを続けましょうか」

 

「はい……」

 

可愛らしい表情で自身の手を握るセリューの姿に、しかしタツミの心は完全に沈みきっていた。デート気分だった数十分前の自分に戻りたいと切に願う。あれほど幸せな気持ちでパトロールすることは、もはやできそうにない。セリューが犯罪者を見つけてしまわないようにと、それだけが今の望みだった。

 

「よーし!今日は夜まで、悪を裁いていきますよ!」

 

泣きそうな顔で手を引かれていく哀れな姿は、まるで捕まった罪人のようだった。

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