タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第32話 レオーネを狩るⅢ

 

 

陽の光の降り注ぐ、宮殿内部の広場。灼け焦げた臭いと燃えて黒ずんだ残滓が風に舞って充満する。芝生は全て焼き払われ、地面は焦げ跡のみが残り、かつての壮麗な景色は微塵もない。

 

本日の革命軍の襲撃を帝国側は予測しており、準備は万端に整えていた。帝都郊外のシスイカンでの最終決戦。そこに戦力を向けたために、宮殿警護を司る近衛兵が不在とはいえ。

 

代わりに、一騎当千の特等戦力。イェーガーズの帝具使いを警備に回している。総戦力はむしろ、平時以上と言える。数多の暗殺者を磨り潰してきた宮殿。だというのに、その厳重な警備をあざ笑うかのように――

 

――ただひとりの男によって、正門から突破されつつあった。

 

背中に光輪を纏った、長身の青年。その正体は、人間ではなく帝具。性能はまぎれもなく人外の領域。名称は「電光石化『スサノオ』」。

 

所有者の命を吸いつくし、極限まで強化された性能は、いまや超級危険種を超える。

 

「コロ!捕食!」

 

殺意の籠った凶悪な形相で、緑の軍服を纏った少女、セリューが叫ぶ。所持するのは同じく生物型帝具。彼女はコロと呼んでいる。かわいらしい外見とは裏腹に、本性は凶暴そのもの。鋭く牙を剥き出し、巨大化した体躯で敵を噛み砕かんと迫る。さらに彼女は、背後に回した右腕を大きく振るう。

 

「正義秦広球!」

 

彼女の義手として取り付けられた、鎖と鉄球。モーニングスター。真っすぐに襲い掛かるコロ。それを追うように、棘付きの金属球が風を斬り裂き、飛んでいく。数多の賊を狩ってきた、抜群の連携。しかしそれを――

 

「そんな……!?」

 

――たった2撃で弾き返す

 

初撃で鉄球を砕き、次撃の強烈な手刀でコロを真横に跳ね飛ばした。先端の消失した鎖が地面に当たり、カラリと音を立てる。愕然とした表情を浮かべ、息を呑むセリュー。

 

 

「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」

 

 

スサノオの姿がその場から消える。超高速の移動術。狙いは武器を失ったセリュー。その速度は、瞬間移動に思えるほど。彼女の反応は間に合わない。突進の勢いのまま、無抵抗の左胸に差し込む硬質な拳。

 

「させっかよ!」

 

寸前に割り込んだウェイブが、両腕で受け止める。堅固な装甲を誇る鎧の帝具『グランシャリオ』――その防具を、衝撃が貫く。

 

「ぐうっ……!なんて重さだよ……!」

 

あまりの威力に飛ばされそうな身体を、必死に堪える。さらに打ち込まれる拳が、内臓をシェイク。彼の口から苦悶の声が漏れる。奥歯を噛み締め、連撃の隙間に回し蹴りを挟み込む。

 

手ごたえは十分。だが、スサノオの動きは鈍らない。

 

「さすがは帝具。核を潰さない限り、倒せないのかよ」

 

ウェイブが悔しげに歯噛みする。防御に徹するその耳に、セリューの声が届く。その右腕には、『十王の裁き』2番――小型ミサイル発射装置。

 

「下がってください!」

 

反射的にバックステップ。強大な怪物へ向けて、多数のミサイルが撃ち込まれる。雨あられと降り注ぐ爆撃。その弾幕を視界に留め、スサノオは両手を前に突き出す。正面に発生する円形の盾。

 

 

「八咫鏡(やたのかがみ)」

 

 

ミサイルの軌道が反転。全ての飛び道具が、術者に跳ね返される。セリューの顔が驚愕に染まる。自身の放った攻撃がそのまま爆撃として戻ってきた。この弾幕の厚さで回避は困難。

 

「セリューちゃん。危ない!」

 

彼女の視界を炎が覆う。揺らめくオレンジの渦。多数のミサイルが次々に誘爆する。鼓膜を激しく揺さぶる爆発音。

 

覆面の男、ボルスが火炎放射器を横に大きく振り、焼き払ったのだ。肌を照らす熱と火薬の焦げた臭い。引金を緩めると炎が消えていく。

 

「ありがとうございます、ボルスさん。……コロ、5番」

 

礼を言いながら、セリューは残弾を撃ち尽くした義手を付け替える。装着した武器は巨大ドリル。その眼は炎の向こうの怪物を睨み付けている。普段は彼女の隣にちょこんと佇むだけのコロも、獰猛な唸り声を上げた。仲間達もそれぞれに構えを取った厳戒態勢。

 

かつてないほどに、強敵の全身から迸る莫大なエネルギー。右の掌に凝縮されていく。無形のエネルギーが、大剣の姿に変わる。

 

 

「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」

 

 

十数メートルに及ぶ、超巨大な大剣を振りかぶる。辺り一帯を吹き飛ばすことすら可能な大威力を、超級危険種の咆哮を超える破壊力を、予感させた。

 

ウェイブはごくりと唾を呑む。もはやアカメを探し、狩るという余裕はない。目の前の怪物を倒すことに全戦力を傾けなければ、宮殿まで真っすぐに押し入られる。

 

「お前はここで倒すぜ」

 

燃えるように精神が昂り、神経が研ぎ澄まされる感覚。敵の撃滅に専心することで、ウェイブの完成された技量が発揮されようとしている。右脚を大きく引き、半身の構えを取った。周りの仲間達も、それぞれに奥の手の解禁を決意。

 

 

最強の敵を相手にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

宮殿内部の隠し通路。外の喧騒からも隔離された戦場。静寂を破るように、風を切る音、床を蹴る足音、そして硬質な金属音が、断続的に鳴り続ける。超高速で駆け回る二つの人影。常人では視認すら困難。目まぐるしく位置が入れ替わる。斬り合い、打ち合うのは、イェーガーズのタツミとナイトレイドのレオーネ。

 

「ははっ!さっすが、やるねえ」

 

瞬時に背後に回り込んだ、レオーネの跳び回し蹴り。野性の本能を全開にした荒々しい一撃。序盤に放っていたものよりも、数段速く、重い。タツミは冷静に、上体をわずかに反らすことで、やり過ごす。

 

レオーネの攻撃は続く。着地と同時に身を屈め、強烈な足払い。相手の視界から姿を消し、素早く足先を走らせる。しかし、それもタツミは小さく跳ぶことで回避。

 

今の彼の集中状態は、敵の初動を察知し、先読みできるほどの域にある。地に伏した相手の喉に、大鋏の切っ先をするりと滑り込ませる。カウンターの一閃。

 

「うおっと……危ない危ない」

 

本能を全開にした彼女の動体視力、瞬発力は、まさに人外の領域。コンパクトに差し込まれたタツミの白刃を、彼女は見てからかわす。正確に軌道を見切り、低い態勢のまま、後方へと跳び退いた。

 

――互いに数メートルの距離を空け、軽く息を吐いた。

 

これほどの高速戦闘にも関らず、いまだに決定打は無し。信じがたい回避能力である。視線を交錯させる両者。内心で相手の性能に舌を巻いていた。レオーネの野性の身体能力に、タツミの戦士としての完成度に。とはいえ、状況はわずかにタツミが不利。

 

理由のひとつは、蓄積するダメージ。『ライオネル』の奥の手は、軽微な損傷など即座に完治させる。

 

もうひとつはスタミナ。引き上げられた身体能力は、野性の獣のごとき体力を同時に付与している。馬と人間が走り比べるようなもの。長期戦は避けるべき。

 

つまりこの勝負は、レオーネが逃げ切るか、その前に逆転の一撃『万物両断』を喰らわせるか。互いにそれを理解していた。

 

 

 

次はタツミの方から仕掛ける。足を踏み出し、抜刀術のごとく大鋏を横に振り抜いた。宮殿内を駆けながら、擦れ違いざまの斬撃。それを凄まじい瞬発力で、彼女は身体ごと視界から消え失せる。

 

背後に回り込み、無防備な後頭部を狙って拳を振り下ろす。正面からの攻撃で倒せる相手ではない。避けられるのは想定済みで、タツミは左手で剣を抜いていた。予測と勘を頼りに、何も見ないままに後方へと振り回す。

 

「はあっ!」

 

一瞬、驚きの色を浮かべるレオーネだが、対処が遅れることもなく。紙一重で見切り、首元をわずかに掠らせる程度でやり過ごす。その間に、タツミも反転して足元を薙ぐようなエクスタスでの一閃。だがそれも軽く跳躍することで彼女は回避する。無防備な顔面へと、空中で蹴りを叩き込む。鈍い打撃音が、タツミの頭の中を反響する。明滅する視界。

 

「ぐうっ……!?」

 

足元に力を入れて踏ん張り、後ろに弾かれそうな身体を食い止めるタツミ。跳び蹴りの状態から、地に足を着けるタイミング。着地に意識を向ける一瞬を狙い澄まして、前蹴りを放つ。

 

「って、それはさっき見せただろーが」

 

レオーネが口元を吊り上げる。野性の獣の有する学習能力。一度見せた技は、この猛獣に通用しない。着地際を狙った前蹴りを、逆に掴もうと手を伸ばした。

 

「俺だって、アンタを舐めちゃいないさ」

 

蹴りだした前足の動きを停止。軌道を変化させ、重力を利用して下方向へ。レオーネの足の甲を踏み砕く。

 

急所を踏み抜かれ、激痛で動きが硬直。さらにタツミは全体重を片足に乗せ、両手でエクスタスを握り、鋭く刃を煌かせる。

 

――胴体を両断してやる

 

じゃきん、と金属音が鳴る。踏み抜いた足を地面に縫い止め、後退を許さない。大鋏の開いた両の咢が閉じられる。

 

必殺の意志を込めた一撃。

 

「……これを避けるのかよ」

 

 

軽く舌打ちをした後に、タツミは呆れた風につぶやいた。あの一瞬の間に、退避困難と判断した彼女は、深く地面に伏せ、胴体を斬り裂く必殺から逃れる。その態勢から、さらに腿を蹴り飛ばし、拘束を解いたのだ。

 

「エクスタスの万物両断だけは、警戒されてるか」

 

右膝を襲う痺れるような痛み。口の中に広がる血の味。それらを感じながら、タツミは思考する。猶予はそれほどない。次に同じダメージを負えば、戦闘に支障が出る可能性が高い。

 

――次で決める

 

獣化した女を観察する。骨を折った感触はあったが、すでに回復済みらしい。ぴんぴんした様子で、肩を回して笑みを浮かべている。

 

 

タツミは最後の策を使うことに決めた。

 

 

互いに最深の集中状態、潜在能力を解放している。性能はすでに双方が理解している。あとはここからどう崩すか。決死の表情を浮かべるタツミから、彼女も最後の交錯だと直感。不退転の覚悟で攻めてくるはず。

 

だからこそ彼女は、自分から仕掛ける。

 

「いくぜ、タツミ!」

 

肉食獣を彷彿とさせる俊足。即座に距離を潰し、相手の目の前に現出する。まるで時を吹き飛ばしたかのような。まぎれもなく本日最速。背後に回り込んだり、フェイントを交えず、純粋なスピードを以って勝負に出た。

 

相手の剣技を学習したように、こちらの攻めにタツミも順応している。状況はそこまで自分に有利な訳でもない。帝具を用いた武器術、剣術、さらに皇拳寺の拳法をミックスさせた彼の固有武術。それらの技に比べて、自身の攻めはパターンが明らかに少ない。自由な動きと言えば聞こえは良いが、実際には動きやすい動きをしているだけ。技量において、タツミに劣っていると自覚していた。

 

――鋭く尖った爪を伸ばす。

 

これも隠していた切り札のひとつ。拳ではなく、五指の爪を突き立てる貫手。最速で駆け、最短の一刺しで心臓を抉る。初めて見せる彼女の暗殺術。イェーガーズとの戦闘を見越して伏せた、殺し屋としての奥の手。

 

鋭利に煌く五指の爪。これまでの、回避に向けていた意識から、攻撃に専心。最速最短の殺人動作。身体機能の上昇に全神経を集中。それは、人間の反応限界を超えた。彼女の全てを推進力にしての、最速。だからこそ気付けない。その右手に、タツミの手の甲が添えられたことに――

 

 

――彼女の視界が上下反転する

 

 

「これは、投げ技……!?」

 

宙を舞う身体。このとき、ようやく気付く。相手も隠し札を切ってきたのだ、ということに。ここまでは準備段階。不安定な空中で、彼女は続く必殺を悟る。首だけを相手の側に向け、最優先で視界を確保。その眼に飛び込んできたのは、ギラリと光る金属の刃。本来ならば瞬きの間に、問答無用で両断される。しかし、彼女の反応速度と身のこなしは人外の領域。

 

「終わりだ!ナイトレイド!」

 

裂帛の気合と共に、両手で取っ手を握り込むタツミ。万物両断の一撃。首を刈り取られる一瞬先の未来を、彼女は幻視した。

 

眼を見開き、動体視力を最大限に発揮。死神の刃の軌道を、正確に見切る。全意識をこの一手を避けることに集中。レオーネは空中で身体を捻り、獣の瞬発力で必殺の刃から逃げ延びた。

 

後方へと大鋏が過ぎ去っていく。相手の突撃をかわした。死地を突破したかに思えたが――

 

目を疑った。必殺はまだ続いていた。

 

鎧の帝具『インクルシオ』を纏った、イェーガーズの戦士。上段に振りかぶる槍状の武器、ノインテーター。

 

 

――タツミが振り下ろす必殺の一撃

 

 

後ろに通り過ぎたのは、エクスタスだけ。

 

あろうことか、唯一無二の、最強の攻撃力を誇る帝具を放り投げたのだ。ただ一瞬、彼女の態勢を崩すために。そして、鎧を纏う際の隙を覆い隠すために。

 

「うおおおおおっ!」

 

奥底から湧き上がる力を、全て両腕に込める。インクルシオの剛腕。最悪のタイミングで振り下ろされるそれに、耐える術などなかった。走馬灯が駆け巡り、刻が止まったような錯覚。諦念を滲ませつつ、彼女は嘆息する。

 

「とんでもない狩人になりやがって……」

 

 

 

 

 

――ナイトレイド残り2名

 

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