タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第35話 アカメを狩るⅢ

 

 

 

帝国軍と革命軍が死力を尽くした決戦を行う中、宮殿地下では人知れず、両軍屈指の戦士と暗殺者が激突していた。

 

直径十数メートルの地下通路。わずかな灯りのみが漆黒の闇を照らす。

 

一方は黒髪の暗殺者アカメ。刀の帝具を手に、鉄壁の相手に攻め掛かる。その速度は神の域。瞬きの間に姿を消し、刃を振るい、即座にまた姿を消す。常人がこの場にいたとして、認識できるのは刃と鎧が打ち鳴らす金属音くらいだろう。それほどに彼女の速度は群を抜いている。

 

もう一方は純白の鎧を纏う戦士タツミ。身の丈程もある大鋏を背負い、強固な鎧に身を包む。数々の強敵との戦闘経験の中で、この鎧の鉄壁を抜かれたことは一度も無い。迎撃のために長槍ノインテーターを握る指に力を込める。

 

「ぐうっ……!?」

 

袈裟懸けに敵の刃が振るわれ、タツミの鎧から甲高い金属音が響く。瞬時にさらに三閃。胴、小手、膝へと神速で叩きつけられる。あまりの衝撃で体軸がぶれるが、構わずタツミは長槍による横薙ぎを仕掛けた。強化された筋力で振るう豪快な一撃。だが、動き出しの時点ですでにアカメは攻撃範囲内から退避している。大幅に遅れて、彼女の元いた場所を長槍が通り過ぎた。

 

 

 

 

 

数十メートル離れて石造りの床に座る、唯一の観戦者クロメが戦慄を込めてつぶやいた。

 

「……信じられない。薬物強化したさっきよりも、明らかにお姉ちゃんの性能が上がってる」

 

肩より先を斬り落とされ、手持ちの包帯で止血をしながらも、視線は自身の姉へと向かっていた。腕力、脚力、反応速度。その全てが圧倒的に強化されている。タツミの鎧の帝具を以ってして、守り切れない。相性が良いはずの両者の帝具。にもかかわらず、アカメの一撃一撃で目に見えるほどの刀傷が刻まれてしまっている。長くは保たない。

 

「この強さ……まさか、エスデス隊長に匹敵する?」

 

背筋が凍るほどに、研ぎ澄まされた抜き身の刀。そこに何やら怨念染みた重厚さが加わったようだ。おそらく『村雨』の奥の手だろう。彼女の全身に浮き出た斑点模様、呪印から、怖気の走るほどに濃い死の匂いが溢れている。帝国最強エスデスを自然の猛威と例えるならば、さしずめアカメは積み重ねられた人間の業そのもの。ぬめりとまとわりつく怨霊の類か。禍々しい雰囲気を全身から漂わせる。

 

 

アカメの帝具『村雨』には唯一つの奥の手がある。担い手だと刀から認められることで、全ての性能を軒並み向上させる。それがこの奥の手――『役小角』である。

 

 

互いの間に5メートルほど距離が開く。一息吐きながらタツミは背負っていた大鋏、帝具『エクスタス』を床に突き立てた。

 

超重量の高密度金属体であるエクスタスは、筋力を増強する帝具『インクルシオ』の膂力を以ってしてもかなりの負担であった。使い手ならばその重量を軽減することができるが、すでに鎧の帝具を装着中。帝具の同時使用は、エスデスすら避ける禁忌中の禁忌である。ゆえに、重りを外すことで身軽にし、インクルシオの能力を十全に発揮できるようにした。

 

「さあて、これならどうだ?」

 

床に突き刺さった大鋏。そして手元の長槍ノインテーターを消して、徒手空拳の構えを取った。アカメを油断なく見据え、軽く前後に足を開く。リーチの優位は無くなるが、ただでさえ鎧で鈍重な出足を少しでも早くすることを優先。防御を鎧の硬度に頼り、相討ち狙いのカウンター。相手の目を見据え、動き出しに合わせられるよう手足を脱力させる。

 

対するアカメは、禍々しい重圧を心理的に与えつつも、動きは自然体。ゆったりと刀を左脇に構える。数秒ほどの空白が生まれた。直後、爆発的な加速。しかも曲線的な動きで、弧を描くようにタツミの背後に回り込む。

 

「チッ……らあっ!」

 

「遅いぞ」

 

 

――アカメの一斬が、ついに強固な鎧を打ち砕く

 

 

気付いた頃には、すでにアカメに一振りされていた。腹部の鎧が割られた衝撃。刀を振り抜いた姿が視界に入り、サッと彼の頭から血の気が引く。破損した腹部を隠すように片手を動かし、同時にもう片方の拳で殴りつけようとする。だが振りかぶった時点で、敵はすでに退避済み。見事なヒット&アウェイを達成していた。

 

再び距離が開き、思考する時間が戻るとタツミの心臓の鼓動が一気に早まった。ぶるりと背筋が震える。

 

 

――あと一歩で殺されていた。

 

 

鎧を割られるだけで済んだのは、単なる幸運の産物。皮膚を一筋でも傷付けられていたら、即死だった。凄まじい戦力だと戦慄する。初回の交錯で一撃受けた箇所とはいえ、こうも容易く鎧を砕く膂力。さらにタツミの反応すら許さぬ、尋常の域を超えた神速。もはや鎧を纏う意味は無い。

 

死中に活を求める。

 

即死刀の前に生身を晒し、背後の大鋏エクスタスを床から引き抜いた。覚悟を決める。この戦いに自身の全てを懸けると決めた。タツミの精神が深く澄み渡っていく。波一つ立たない水面がごとき、雑念の消えた集中状態。明鏡止水の領域。鋭敏な感覚を維持したまま、タツミは半身になり腰を落とす。大鋏を左脇に置いた抜刀術の構え。

 

「インクルシオからエクスタスに変えたか……。状況に応じて、複数の帝具を切り替える。そんな帝具使いは私でも初めて見るな」

 

一定の距離を保ったまま、珍しく彼女は口を開く。タツミの集中力の高まりに気づいている。これが最後の交錯になると悟ったのか。

 

「この短期間で2種の帝具を使いこなす順応性、成長性。そして何より、変わらない真っ直ぐな瞳。本当に残念だ」

 

その表情に浮かぶのは敵意だけではない。タツミは微妙な感情の変化を読み取り、しかしそれを頭から追い出した。一意専心。死神の鎌が振り下ろされる一瞬のみに全神経を集中させる。

 

「革命を実現させるため、お前であろうとも容赦はしない。――葬る」

 

意識を切り替えるワード。アカメの殺意が爆発的に高まる。その身体が一瞬ブレた。

 

 

――来る。

 

 

タツミは直感した。まともにぶつかれば、こちらが殺されることも。

 

ここで彼は賭けに出る。アカメの姿が消失し、まるでコマ送りした映像のごとく、上段に刀を振り上げた状態で目の前に出現した。白刃が脳天に向けて振り下ろされる。反射的にエクスタスを上方に掲げようとして――

 

――初手はフェイク。

 

タツミは根拠なくそう断じた。直感に身を委ねる。自身の命を賭け金にした博打。次の一手に全神経を集中。上段からの一斬、と見せかけてアカメの姿が再び消える。タツミの右側へと高速でステップ。防御に右腕を上げたために、隙が生じている。疾風のごとく、回り込んで抜き放たれる胴への一閃。

 

「あっぶねえ……」

 

「なっ……?」

 

右脇腹へと迫る刃を、タツミは左で抜いた短刀で受け止めていた。ギィンと鈍い金属音が響く。アカメの驚く気配を感じる。

 

この死合、初めて歴戦の暗殺者の読みを超えた。千載一遇の好機。ここを逃せば次はない。

 

相手の即死刀をインクルシオの短刀で抑えつつ、掲げた右のエクスタスを振り下ろす。超重量かつ高硬度の斬撃による万物両断を狙う。さらに寸前に仕掛ける右足の甲への踏み砕き。アカメの意識を上に向けつつ、下段への攻撃と足の甲を地面に縫い付けることで攻撃範囲から逃れることを防止する。仮に防御に帝具を回そうとも、帝具ごと人体を真っ二つにできる。事前に練っていた必殺のコンビネーション。

 

ダンッと右足を踏み下ろすも、しかしそれは空を切る。

 

避けられた!?

 

2段目の必殺、上段からの振り下ろしも同様に空を切る。後方への俊敏なステップで、余裕をもって回避されてしまう。体術を交えた連携をあっさりと抜けるとは……。

 

さすがに年季の差か、やはり技量では相手が勝る。忸怩たる思いだが、後悔の時間はない。エクスタスが空振りしてできた大きな隙。すでに態勢を整えたアカメは、再度突撃の構えを見せている。ここでまた賭けに出るしかない。最後の、そして最大の。タツミは決心する。実戦初披露の奥の手――

 

 

――大鋏の刃が強烈に発光する。

 

 

「クッ……これはエクスタスの…!?」

 

左手で反射的に目を抑え、呻き声を漏らすアカメ。人間の生理的反応として、その場にうずくまりそうになるが、そこは歴戦の暗殺者。また、タツミにとっては初披露でも、元はナイトレイドの帝具。使われる場面としては最悪だが、既知であるゆえに理解は早い。冷静な対処を図る。

 

視力の利かないこの状況、まずは距離を取って逃げるのが定石である。全力で後方へ跳び退こうとして、彼女の耳にかすかな金属音が届いた。

 

大鋏を開くときの擦過音。アカメの生存本能が危険信号を発する。

 

 

「万物両断『エクスタス』」が最大の威力を発揮する、あの突撃の前段階であると――

 

 

緊急避難としてのバックステップを狙われている。

 

ならば、逆に意表を突く。瞬時に判断したアカメは、眩む視界の中で上体を地面スレスレまで低くして刀を振るう。両断を狙う大鋏の届きづらい足元へと飛び込んだ。タツミの気配が移動する様子はない。最速で切っ先を伸ばし、狙いは脛斬り。

 

一筋の傷を作り、帝具『村雨』の一斬必殺で決める!

 

「さよならだ、タツミ。……え?」

 

斬りつけたはずの刀に受ける、硬質な感触。鼓膜を揺らす甲高い金属音。アカメの脳内に疑問符が浮かぶ。

 

何かしらで防がれた?エクスタスか?ならばタツミは攻撃ではなく、防御をしていたのか?だとすれば仕切り直しだ。一度距離を置いて、戦闘を再開しよう。

 

 

ざくり

 

 

逃げようと跳んだはずが、足元の感触が無い。視界がゆっくりと下に動いていき、なぜか肩から地面へと崩れ落ちてしまう。思わず自分の足元に視線を向けると、そこに下半身はなかった。だんだんと赤く染まる石造りの床。今度は、戦っていた相手に目を向ける。

 

全身に純白の鎧を纏い、両手で巨大な大鋏を握る男の姿があった。

 

「ああ、そうか……」

 

全てを理解したアカメは敗北を認めて、深く息を吐いた。

 

 

鎧の帝具「悪鬼纏身『インクルシオ』」

 

大鋏の帝具「万物両断『エクスタス』」

 

 

――禁忌と呼ばれた帝具の同時使用。

 

 

何人たりとも成し得なかった、前人未到の戦術を実行したのだ。攻撃と防御にそれぞれ特化した帝具のハイブリッド。もちろん、タツミも試みたのは初めて。命を削っての賭けだが、さらに肉体と精神に掛かる負担も過大だが、それでも土壇場で彼は成し遂げた。

 

「シェーレ……ブラート…。お前達が守ったのか……?」

 

本人の技量や素質もそうだが、アカメはそこから別の意味を見出した。革命の道半ばで倒れることは無念だが、昔の仲間と最愛の妹を殺さなくて済んだことにだけは、少しだけ安堵していた。

 

血が流れすぎた。命が間もなく終わる。霞む視界、薄れゆく意識の中でアカメは、かつての仲間と少し離れた妹を見つめた。二人ともその心根はまっすぐなままだ。こんな世界でもちゃんと生きていける。穏やかな表情が浮かぶ。

 

革命もきっと成る。人々がそれを望む限り――

 

ナイトレイド最強の暗殺者は息を引き取った。薄暗い帝国の地下通路で、しかし彼女のよく知る二人に看取られて。帝具の発動を解除し、タツミは神妙に目を閉じた。おそらく記憶を失う前の自分と近しかっただろう彼女に向けて。

 

 

「ナイトレイドのアカメ――討ち取ったぜ」

 

 

 

 

 

――ナイトレイド全滅

 

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