タツミ in イェーガーズ   作:蛇遣い座

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第6話 強化兵を狩るⅡ

居残りを命じられたタツミが、特訓を始めてから数日が経過した。連日連夜、剣戟の音が鳴り響く。Drスタイリッシュの強化兵と連戦に次ぐ連戦。実戦同様の濃厚な死線を幾度となく潜ることで、彼の実力は飛躍的に伸び始めていた。

 

「あの二人以外じゃ、もう相手にもならないわね」

 

Drスタイリッシュは、折りたたみのパイプ椅子に腰掛けながらつぶやく。早朝のだだっ広い練兵場には、数十人に及ぶ仮面を付けた強化兵達が倒れていた。刃引きした短剣で打たれ、ある者は昏倒し、ある者は骨を折られてうずくまる。Drスタイリッシュの帝具による治療があればこその、実戦形式でのタツミの打ち込み。その苛烈さは、数日前とは比べ物にならないほどだった。

 

「コイツらが将棋の『歩』だとしたら、トビーとカクサンは『飛車』と『角行』。どこまで戦えるかしらね」

 

強化兵の倒れ伏す死屍累々の広場に、2人の男が立っている。すらりとした痩身。フチの細い眼鏡を指先で直す。その男の名はトビー。全身を機械化した強化人間である。

 

そして、もう一人はカクサン。背丈がタツミの倍ほどもある、筋骨隆々の中年男である。投薬と鍛錬により、その筋力は常人を大幅に上回る。岩のように巨大な両拳を突き合わせながら、男はタツミの前へと歩き出した。

 

「さぁて、次は俺が相手をさせてもらうぜぇ」

 

「上等!誰が相手だろうがっ!」

 

疾風のごとく走り出すタツミ。一息でカクサンの懐へと潜り込み、眼下の死角から斬り上げる。胴を狙うタツミの一閃を、しかし相手は避けようともしなかった。勝利を確信する。そのとき、迫る攻撃に目もくれず、カクサンが大きく息を吸った。

 

「ぬうんっ!」

 

直後、目の前の巨体が膨張した。鈍い金属音が鳴り響く。タツミの剣は、硬質な筋肉の鎧によって弾き返された。まるで鋼鉄を叩いたような感触。もし刃引きされていなかったとしても、傷ひとつ付けられなかっただろう。そう確信できるほどの硬度であった。

 

「うっお、何だこの硬さ!?」

 

「戦闘中に驚いてる余裕なんかないだろぉ!」

 

反撃として繰り出される、巨大な拳による連撃。分厚い鋼鉄の手甲を装備した拳の威力は、想像に難くない。人体など卵を割るように破壊するだろう。間違いなく一撃で戦闘不能になる。それが恐ろしい回転数で襲ってくるのだ。いかにタツミといえど回避するだけで精一杯。

 

「このでかさで、……何て速さだよ!」

 

あまりの破壊力の前には、防御すら不可能。身体ごと避け、剣を当てて軌道をズラす。この猛攻をまがりなりにもしのげているのは、これまでの戦闘経験の賜物。並の武芸者であれば、初撃で即死しているはずだ。

 

「どうだい、俺の拳はよぉ!」

 

「チッ……覚悟を決めるか」

 

防戦一方で下がり続けていたタツミが前へ出た。意を決して、剣を肩に構えて勢い良く跳び込む。それを迎撃せんと迫り来るカクサンの拳。それを速度を落とさず、首を左に大きく傾けることで回避した。巨大な拳がタツミの目の前を通り過ぎる。唸り声を上げる風が頬を叩く。だが、これで終わりではない。この巨体からは想像できない俊敏な反応で、次撃が発射される。

 

「パワーもスピードも負けてるけど、身軽さならっ!」

 

アッパー気味の攻撃を、さらに深く沈みこむことで回避する。タツミが狙うは、筋肉の鎧が覆いきれない箇所。地面スレスレに屈んだ体勢。足の脛を斬るという選択肢もあったが、一撃で倒せなければ続く3撃目で押し潰されてしまう。確実に一撃で決着させるには――

 

「何ぃっ!」

 

 

――股の間を潜り抜け、反転して跳躍する

 

 

背後へと回ったタツミが、空中で旋回しながら狙うのは筋肉に覆われていない――無防備な後頭部。

 

「うおおおおっ!」

 

遠心力を十分に乗せた一撃。だがそれは、カクサンの丸太のような太い腕に弾き返された。タツミの顔が驚愕に固まる。なぜ、止められたのかと目を見開く。後ろを一瞥もしていない。だというのに――

 

「自分の弱点だぜぇ?どこを狙われるかぐらい、予想できるさぁ」

 

「頭部への攻撃を誘われたのか……!?」

 

「このあたりの駆け引きは、危険種の狩りじゃ掴めねえだろ。もうちょい対人戦の場数を踏まねえとな」

 

必殺の一撃が防がれ、逃げ場の無い空中で隙を晒すタツミ。そこに振り向き様に放たれた右ストレートが着弾する。甲高い金属音と共に、半ばから真っ二つに折れる剣。とっさに盾にした得物を貫通した破壊力に、タツミの身体は勢い良く弾き飛ばされた。ゴロゴロと地面を転がり、ついにその身体が土煙を上げながら停止する。大の字になって地に伏し、天を仰ぐ。

 

「くっそ……身体が動かねえや」

 

ゴホリと息を吐いて、タツミは降参の言葉を口にする。手足がピクリとも動かない。一撃喰らっただけで、これほどのダメージを受けるとは。剣を犠牲に威力を減衰していなければ、自分の腹には穴が開いていただろう。まだまだ実力差が大きい、と静かに納得した。

 

「では、体力が戻り次第、私との対戦にしましょう。ちなみに、彼と違って手加減は苦手ですので。死なないようにお願いしますよ」

 

「お、お手柔らかに」

 

全身を機械化した細身の男、トビーは両の手首から鋭利な刃を生やし、そう忠告した。これからの連戦を前に、タツミは冷や汗を流しながら、乾いた笑い声を上げるのだった。

 

帝具使いに対抗しうる、Drスタイリッシュの最高傑作の二人を相手にした戦闘訓練。それは、格上との戦い方をタツミの身体に覚えさせる。強敵を相手に生き延びる力。帝具を持たないタツミにとって、最も重要な力だった。

 

 

 

 

 

 

 

夕日が落ち、辺りが暗くなってきた頃。ようやく訓練を終えたタツミが練兵場を後にした。イェーガーズ本部の建物に入ると、そこには白衣を着たDrスタイリッシュが待ち構えていた。壁にもたれ掛かり、背中に体重を預けてタツミに視線を向ける。

 

「お疲れ様、タツミ。どうかしら、特訓の成果は?」

 

「いやあ、何度も死に掛けたよ。全然容赦無いんだもんな」

 

疲労困憊の様子で溜息を吐く。先ほどまでの実戦練習では幾度となく大怪我を負っており、すでに体力も尽き掛けている様子だった。ただし、それでも五体満足でいられるのは、Drスタイリッシュの帝具「神ノ御手『パーフェクター』」による治療のおかげである。

 

「ずいぶん強くなってきたじゃない。最後の方は、それなりに戦えてたみたいだし。本当、興味深いわね」

 

「げっ……勘弁してください」

 

舌なめずりをする中年男に、顔を引き攣らせるタツミ。両手を摺りながら、身体を寄せてくる。

 

「それで相談なんだけどね。どう?明日、帝都の郊外で賊を狩りに行かない?」

 

「え?でも、俺は本部から出るなってエスデスさんが……」

 

「ふふ、だから内緒よ。アナタも特訓の成果を試してみたいと思うでしょ」

 

難色を示すタツミに囁くDrスタイリッシュ。

 

「エスデス隊長だって、賊を倒してみせればきっと喜ぶわよ」

 

「うーん。まあ、いっか。俺も行くよ」

 

少し考えるタツミだったが、郊外での討伐をしたこともあり、特に警戒もなく頷いた。その返事を聞き、彼はポンと手を叩く。

 

「あら、よかったわ。じゃあ明日の昼頃に出ましょうか。今晩はゆっくり休んでおきなさい」

 

そう言い残すと、上機嫌で彼は去っていく。その眼はギラリと鋭く光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

Drスタイリッシュの人生の目的は、スタイリッシュの追求である。本人以外には理解しがたいものではあるが、独自の法則によって動く男なのだ。タツミの記憶を消した件も、そして今回の件もそうである。タツミを囮にしてナイトレイドを誘き寄せ、一網打尽にする。それによって卓越した潜在能力を持つであろうナイトレイドと複数の帝具を我が物にしようと画策していた。

 

「隊長の指示に逆らうおつもりですか」

 

 

――だが、それを看過するほどランという男は甘くない

 

 

到着した研究室の扉の前に、分厚い本を片手に抱えたランの姿があった。普段の柔和な面持ちとは違う、鋭い視線を彼に向けている。予想外の来客にDrスタイリッシュの顔に驚きが浮かぶ。

 

「あらあら。どうしたのぉ?そんな怖い顔しちゃって」

 

「先ほどのタツミ君との会話、聞かせてもらいました」

 

「盗み聞きとはひどいことするわね」

 

あごに手を当て、Drスタイリッシュが肩を竦めて見せる。

 

「そういえば言ってましたね。尾行者の狙いはタツミ君ではないかと。何か心当たりでもあるのですか?」

 

「んもう!深い意味はないって言ったでしょ。ただのオカマの勘よ」

 

「隊長に秘密でとは、ナイトレイドの帝具を着服でもするつもりでしたか?」

 

追及を緩めるつもりはなさそうだ。そう判断したDrスタイリッシュは諦めたように首を左右に振った。

 

「まったく……。これだから、察しの良い男は嫌いだわ」

 

「しかし、彼が狙われる理由なんてないでしょう」

 

「アタシはね。タツミが元ナイトレイドじゃないかって思ってるのよ。仲間の救出のために尾行していたんじゃないかってね」

 

その言葉に、ランの顔に驚きの色が浮かぶ。

 

「考えたこともありませんでした」

 

「色々キッカケはあったけど、結局は勘よ。別に証拠がある訳じゃないわ」

 

難しい顔でランが思案する。少しの間、俯いて黙り込んでいたが、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。

 

「まさか……タツミ君の記憶喪失は!」

 

「……本当に、察しの良い男は嫌いだわ」

 

額に手を当てて、Drスタイリッシュは溜息を吐いた。もはや言い逃れはできそうにない。治療の振りをして、タツミの記憶を奪ったことに思い至ったのだろう。

 

「隊長には報告させてもらいます。仲間に対するこの行為。何らかの処罰があるでしょう」

 

「エスデス隊長の処罰。心の底から遠慮したいわね……」

 

あのエスデスの拷問を想像したのか、彼のこめかみから冷や汗が一筋垂れる。大きく息を吐いて、降参するように両手を軽く上げて見せた。

 

「わかったわ。記憶を戻せばいいんでしょう?」

 

「戻せるのですか?」

 

「ええ、もちろん。だけどその前に。明日の囮計画をやってみてからでもいいんじゃない?」

 

不敵な笑みを浮かべて、Drスタイリッシュは提案した。

 

「明日の遠征で、もしもナイトレイドが釣れれば。アタシの懸念が正しかったってことになるわけじゃない。ナイトレイドの元メンバーかどうかも分かるし」

 

「そうなればアナタは、革命軍側にイェーガーズの情報が漏れるのを未然に防いだということになりますね。結果オーライ、という訳ですか」

 

ランとしても、ナイトレイドのスパイを本部に入れておくなど御免である。記憶を戻す前に確かめておきたい、というのも正直な気持ちだった。

 

「……ナイトレイドを殲滅するだけの戦力はあるのでしょうね?」

 

「もちろんよ。明日はアタシの強化兵を全て動員するわ。釣り上げた連中を狩る準備は万端よ」

 

「今夜、帰ってくる隊長には報告しておきます」

 

 

 

翌日、Drスタイリッシュの提案した作戦が実行される。しかし、元々のきっかけが彼の勘なのだ。報告を受けたエスデスとしては、失態を埋め合わせる機会を与えてやるという程度の軽い気持ちでしかなかった。あくまで念のため、ナイトレイドが釣れれば儲け物くらいの算段である。

 

そのため、作戦当日もエスデスは、賊の討伐のために帝都を離れてしまっていた。この判断を、翌日の遠征から戻った彼女は後悔することになる。

 

 

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