身体を揺さぶられる感覚に、タツミは目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
まぶたを開くと、美形の青年の顔が飛び込んできた、イェーガーズの仲間であるランが心配そうに声を掛ける。意識のはっきりしないまま、タツミは上体を起こして周囲を見回した。背の高い木々に囲まれ、自分の寝転んでいた周辺だけは何かが衝突したように陥没している。少しの間、呆然と視線をさまよわせていたが、すぐに飛んでいた記憶を取り戻した。ハッと目を見開く。
「そうだ、ナイトレイドは……!?」
先ほどの金髪の女の前に手も足も出せず、戦場から殴り飛ばされたのを思い出した。思わず叫んだその言葉に、ランが不安げな顔を見せる。
「やはり交戦中でしたか。Drスタイリッシュはどうされてますか?」
「あっ、しまった。早く助けに行かないと……ぐっ!」
立ち上がろうとした瞬間、タツミは痛みに顔をしかめた。腹を手で押さえて怪我の具合をチェックする。しかし、意外にも骨折はおろか、内臓の損傷もない。ただの打撲程度であろうと推察された。無防備であの驚異的な一撃を受けながら、この少なすぎる損害。まるで自分に手心を加えたようだ、とタツミは訝しむが、すぐに思考を切り替える。
「あちらの方向ですね。急ぎましょう」
タツミの手を引いて立ち上がらせると、ランは背負っていた大型のケースを下ろした。人間大の縦長の箱は、ランでさえ両手で抱えるほど重量感のようだ。落とさないように、ゆっくりとケースを地面に下ろす。相当、負担があったようで、ドサリと置くやいなや、大きく息を吐いた。
「タツミ君、これはエスデス隊長からです」
「エスデスさんからの……?」
真剣な表情でエスデスからの言葉を伝える。
「本日をもって、貴方をイェーガーズの隊員に昇格します。そのケースを開けてみてください」
タツミが人間大の重厚なケースの蓋を開ける。そこには異様な物体が収納されていた。タツミの口から困惑の声が漏れる。
「これは……?」
「それが貴方の帝具です」
その中身をタツミは、片手で軽々と持ち上げた。手にした瞬間に身体の中から湧き上がる。彼の眼が興奮と歓喜で鋭く細められる。それを確認して、ランは満足気な笑みを浮かべた。
一方、時間は少しだけ遡る。タツミが彼方へと殴り飛ばされた後のことである。ナイトレイドの2人とチームスタイリッシュが向かい合う。Drスタイリッシュは白衣をたなびかせ、周囲の様子を探る。この場には最高傑作のカクサンを含め、数十名もの強化兵が終結しているが、いまだ戦闘が行われているようだ。耳に届く複数の音源から、ナイトレイドの援軍も来ていることがわかる。だが、こちらも援軍が到着するはず。時間を稼ぐべきかいなかを、Drスタイリッシュは冷静に思案する。
「イェーガーズのメンバーよね」
マインの問い掛けに、彼は薄笑いを浮かべて頷いた。
「ええそうよ。そういうアナタ達はナイトレイドよね。うふふ……やっぱりタツミは革命軍側だったみたいね」
「っ……アンタ!タツミに一体何したのよ!」
「初めから、何か怪しかったのよねぇ」
「答えなさい!」
凄い剣幕で食って掛かる彼女に向けて、いかにも愉しげに口にする。これまでの経緯を薄く笑みを浮かべて説明してやった。
「だからね。事故に見せかけて記憶……消しちゃった」
てへっとお茶目な仕草で舌を出すDrスタイリッシュ。まったくかわいくない。気持ち悪さしか感じさせない返事だった。ナイトレイドの二人の表情が憤怒の色に染まる。そして、これで話は終わりだった。
「レオーネ、ちょっと下がってて」
護衛のレオーネの背後から、マインが前方へと歩み出る。もはや交わす言葉はない、と身に纏う殺意が語っていた。
「あら……怒っちゃった?」
とぼけたことを言いながらも、彼は冷静に戦術を構築していた。マインの持つ帝具「浪漫砲台『パンプキン』」について、Drスタイリッシュは知っていた。数年前までは帝国が保有しており、その性能も理解している。
射手の精神エネルギーを衝撃波として放つ。すなわち、その特性は――ピンチになればなるほど強くなる、ということ。
ただし、相性や射手の精神力によって威力は変わる。だからこそ、初手の奇襲を回避して、彼女の射撃を一度見られたことは大きい。
あれはDrスタイリッシュが援軍を呼んだ場面、すなわちピンチであった。その射撃は、背後の大木を薙ぎ倒すほどの威力を発揮した。そのときの威力から、多数の強化兵を相手にした現在の状況について予測する。
「多少の攻撃力アップってとこかしら?カクサンの鋼の筋肉ならば、十分に耐え切れるわね」
相手に聞こえないよう、静かに一人ごちた。四方から攻めれば、マインを倒すことは可能だろう。かつて交戦した際、彼女は護衛とペアで行動していたことを、セリューから聞いていた。つまり、近接戦闘能力に難があるということ。もちろん、それなりに戦うことはできるだろうが、複数の強化兵に囲まれて突破することはできないだろう。
「チームスタイリッシュ、行きなさい」
すでに作戦はハンドサインで伝えてある。最大の戦闘力を誇る筋骨隆々の大男、カクサンがレオーネの足止め。他の強化兵達でマインを囲んで仕留める。
いくら最高傑作のカクサンであろうと、身体能力強化の帝具持ちと正面戦闘で勝てる見込みは薄い。タツミと二人掛かりならば可能性もあるが、下手に時間を稼いでナイトレイドの援軍が現れたら目も当てられない。この場の戦力だけで勝負を挑むことに決めた。合図と共に強化兵達が一斉に動き出す。
「パンプキン……」
一言つぶやいて、マインが銃口を向けた。Drスタイリッシュは射線上にカクサンが入るように位置を移動する。筋肉の盾が帝具の射撃を防いでくれる。だが、彼はひとつ思い違いをしていた。パンプキンは精神エネルギーを打ち出すもの。ゆえに、ピンチに限らず、感情の昂ぶりが威力を増幅させるのだ。
Drスタイリッシュは知らない。先ほどのレオーネとタツミの戦い。マインが援護射撃をしなかった理由はなぜなのか?それは、イェーガーズの仲間として戦わされているタツミがいたからだ。そんな状況にタツミが陥れられた怒りがあったからだ。撃ってしまえば取り返しのつかないことになることを、分かっていたからだ。つまり、手加減が効かない程に彼女の心は昂ぶりきっている。
――直後、盾となったカクサンもろとも、Drスタイリッシュはこの世から消滅した。
数分後、2人の周囲には強化兵の死体の山だけがあった。辺りの木々は薙ぎ倒され、戦闘の跡が色濃く残る。
「アイツの言葉が本当なら、タツミの記憶を消されたって……」
「まあ、とりあえず確保して。それからだな。革命軍の医療班の連中に任せるしかないね」
気落ちした様子のマインに、明るく声を掛けるレオーネ。彼女達は白衣の男の消滅跡に向かう。そこには、マインの砲撃を受けて唯一原型を保っている手袋状の物体があった。
「私のあれで壊れないってことは、帝具よね?」
「そうだな。イェーガーズの帝具を奪えるなんて、戦果としては上々だろ。拾ったらさっさとタツミの確保に行くとするか」
そう言って地面に落ちた帝具を取ろうとして――
――その瞬間、横から飛んできた何かに奪い去られた。
「せめて帝具だけでも返してもらいます」
ランの所有する帝具「万里飛翔『マスティマ』」の飛行能力である。ひらひらした白い服を風になびかせ、横合いからサッとDrスタイリッシュの帝具を回収する。
驚きの表情を浮かべるナイトレイドの2人を横目で確認し、そのままの速度でこの場を離脱する。上空へ飛翔すれば追ってくることはできないはず。だが、残念ながら相手が悪かった。
「逃がさないわよっ!」
ナイトレイドで唯一、対空攻撃可能な帝具パンプキンの射撃。振り向いたときには、ランの目前に迫っていた。
「ぐうっ……しまった」
とっさに翼を集めて防御するが、完全には相殺しきれず地面へと落下する。何とか体勢を立て直して着地するも、ダメージで思わず膝を着いてしまう。攻撃を受けた脇腹を押さえ、荒い息を吐くラン。そこへ、再び戦闘態勢に入ったナイトレイドの2人が駆け寄ってくる。
「帝具使い……イェーガーズの増援か」
「ラッキーね。各個撃破できるなんて」
「まったく、帝具大量GETできそうだな」
逃がさないよう注意を払いながら、少しずつ距離を詰める。損傷を受けたせいで、ランの方も離脱するのは困難。回復までに少し時間が必要だったが、その余裕はなさそうだ。マインが彼の頭に銃口を向ける。引き金を引こうとしたところで、それを遮る声が響いた。
「待てよ、ナイトレイド」
「タツミの声……?」
ランから注意を外さず、その方向へと振り向いた。
予想通り、タツミがいた。林の奥からゆっくりと歩み出てくる。しかし、彼が片手で軽々と構えるあるモノを見た瞬間、2人の顔が驚愕に引き攣った。目を見開き、口元をわななかせる。
「それは……シェーレの…!?」
「何でお前が……」
それは、とても戦場で見掛けるモノではなかった。日用品であって、とても武具としての用途で使用されるものではない。文房具であった。
――鋏(ハサミ)
タツミが手にしているのは、鋏だった。ただし、ただの鋏ではない。特筆すべきは、そのあまりの巨大さ。普段使用されるものとは別物。小柄な彼の身の丈ほどの大きさだった。そんな巨大鋏を、彼は片手で水平方向に振ってみせる。
これは、かつてナイトレイドの一員であった女を殺害し、帝国が強奪した帝具である。彼女達にとっては強い思い入れのある帝具なのだ。それを仲間であるはずのタツミが、敵として使用する。呆然とした様子で小さく言葉を漏らす。恐るべき、この帝具の名を――
「……万物両断…」
レオーネが驚きを隠せないままに。
「…エクスタス……」
マインがかつての相棒の最期を思い出しながら、つぶやいた。
――大型鋏の帝具「万物両断『エクスタス』」
この世の全てのモノを切断できる、強力な帝具である。
「うおおおおおおっ!」
裂帛の気合と共にタツミが走り出した。一息で彼我の距離を潰す。その速度に標的となったレオーネの顔が歪む。巨大鋏を手にしているというのに、先ほどよりも速い。
エクスタスの最大の特徴は、万物を切り裂ける高硬度の材質にこそある。数人掛かりでなければ持ち上げることすらできない、超高密度の金属素材。鍛えているランですら、ここまで運ぶのが精一杯だったそれを、タツミは軽々と扱っている。その理由こそが、帝具との相性による体感重力の軽減である。
「さ、さっきより全然速……!?」
レオーネの顔から余裕が完全に消え去る。タツミが両手で鋏の刃を開き、最短距離で死の顎を閉じる。ジャキン、と金属音が響き、直後に跳び上がろうとした彼女の両脚から血が噴き出した。
レオーネの両足首から先が、切り落とされた。
両断された左右の足首が地面に落ちる。それに遅れて、彼女の喉から絶叫が溢れ出した。
「なっ!レオーネ!」
レオーネの失策は二つあった。ひとつは、エクスタスに動揺して攻撃への対処が遅れたこと。そして、もうひとつは両側から挟みこむ刃を、とっさに防御しようとしてしまったたことである。万物を両断するエクスタスに対し、防御は一切の意味を為さない。慌てて跳躍での回避に変更したが、間に合わなかったのだ。
両足を失い、呻き声を上げて地面に倒れ伏すレオーネ。最も厄介な相手を行動不能にし、タツミは続いて残るナイトレイドへと刃を向ける。だが、マインに襲い掛かろうとしたとき、少し離れた茂みの向こうにアカメの姿を見つけてしまった。いつの間にか、周囲からは戦闘の気配が消えている。こちらの強化兵は全滅したのだろう、とタツミとランは予感した。
「くそっ、あと一歩だったのに……!」
「タツミ君、引きますよ。掴まってください」
タツミの腕を掴むと、ランは全速力で上空へと飛翔する。マインの狙撃に注意を割きながら、帝都へ向けての帰還。これ以上の援軍が到着する前に、2人はこの戦場を離脱を果たす。
今回の作戦で、Drスタイリッシュと強化兵の大半を失った。相手のナイトレイドに対しても、息の根を止めるには至っていない。
ナイトレイドとの第一次衝突は、イェーガーズの敗北に終わった。
――イェーガーズ、残り7人。