この身はすべて愛の為に   作:SP

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推しの子の二次創作が流行っている様なので、書いてみました。


episode1

 

『人は自分自身を騙している限り、満たされる生涯を送る事はできない。』

 

マーク・トウェイン 1835年11月30日-1910年4月21日

 

 

午前7時30分。

目覚まし時計のピピピッと言う甲高いアラームが鳴る中、既に床から起きていた俺は、手早く時計のスイッチを押してアラームを切る。

 

 何時もと同じ時間に着替えを済ませ、何時もと同じ時間に朝食の摂る。毎朝目が覚める度にする俺の動作の一つ一つ、俗に言うルーティーンって奴だ。一人暮らしを始めてからこのルーティーンを欠かしたことは無い。もはや俺の中では当たり前になっている日課だ。

 

 そして家を出た後、スマートウォッチを腕に着け、徒歩で30分ほど時間を掛けて俺が通う大学へと向かう。

 

 城北大学―――偏差値72のそこそこ良い大学であり、国立と言う事もあって施設や設備も充実している学校、そこの文学部に俺は所属している。大学に入学してから彼是もう3年、最初は目新しい物ばかりだった大学生活も既に当たり前の日常となり、柄にも無くはしゃぎ回る様な事は無くなった。

 

 「今日は1限だけか……」

 

 俺はそう呟くと、教室の指定された席に着く。大学と言うのは高校よりも自由性が高い。高校では制服の着用が義務付けられていたが、大学では特に服装に規定がある訳でなく、私服で来るのが当たり前だ。だが入学した時何より自由性が高いと思ったのは、時間割の設定についてだ。

 

 大学では自分の取りたい科目を選択して勉強できる。それが1日1科目だけであろうと、高校と同じく1日6科目だろうと単位さえ取る事が出来れば問題ない為、昼過ぎに学校に来て夕方に帰る者も居れば、朝早くから来て昼前に帰宅する輩も居るし、朝から夕方までぶっ通しで授業を受ける者も少なからず存在する。今日の俺の時間割は朝の1科目だけの比較的早めに帰れる日程だ。

 

 思えば大学の勉強にも随分慣れた。入学したばかりの頃は割りと専門的なジャンルが多く、四苦八苦していた事もあったが、今となっては全く苦に感じずスラスラと答えが解るし、新しい事も直ぐに覚える事ができる様にもなった。

 

 すると扉が開き、一人の男が教室へ入ってくる。お、来たな来たな。俺は軽く彼に手を上げて挨拶すると、男はそれ見ると同じく手を上げて挨拶し、ひょっこりと隣の席へと座った。

 

「月島おはよう。」

 

「ああ、柴田かおはよう。」

 

彼の名前は柴田勝己、同じ文学部の3年で、昔からの腐れ縁だ。少しいけ好かない所も有るが、悪い奴じゃない。それに古くからこうして付き合っている中である以上、きっと彼は俺にとって親友と言うモノなのだろう。だが彼には大きな問題がある、それはーーー

 

「おい、見ろよ月島! ここ! ここのアイちゃんのダンス! クッソ可愛くね?!」

 

 俗に言うドルオタという奴なのだ、しかもかなり重度の。俺にスマホを押し付け、アイドルの事を熱弁する姿はある種の狂気を感じるレベルだ。

 

 別に俺はアイドル好きを悪く言っているつもりは無い。だが昔のこいつと今のコイツを比較すると無茶クソ残念な史上最低のビフォーアフターが完成してしまう。かつての冷静沈着でクールな彼は何処へやら、最早俗世に染まりすぎて別人にしか思えず、ドン引きしてしまうのだ。

 

 昔は知的で物事を常に見据えていた奴だったのだが、大学に入ってからアイドルを知った様で、今ではライブTシャツやアイドルのグッズを身に付けて大学に来てしまう程のアイドル熱狂症候群重症患者だ。

 

『B小町』確か柴田がハマっているアイドルグループはそんな名前だったか。その中でもセンターの子の『アイ』に柴田は夢中らしく、事ある事にマシンガントークをかまして来ては、曲を聴けとせがんで来る。

 

「あ、そうだ月島! 今日が何の日なのか忘れてないよな?」

 

 すると柴田は鞄から2枚分のチケットを取り出すと、俺に向けてバッと突き出してくる。あー、これまた同じ話だなコレ。

 

「安心しろ、ちゃんと覚えてる。B小町のドームライブだろ?」

 

「ああ! あー!もうじれったい!授業が無ければ夜明け前から入場待ちしてるのに、全く今日はサボるべきなのに。」

 

「駄目だ、お前今までライブだの何だのでサボりまくって単位足りて無いんだろ? 留年したくなければ我慢しろ。」

 

 不満そうに舌打ちをする柴田、すると予鈴が鳴り、教授が来ると同時に講義室に居る人々は静まる。もう授業が始まるようだ。

 

「それじゃ今日の夕方、ドーム前で現地集合。忘れんなよ。」

 

 此方に身を寄せて小さく内緒話をする柴田。安心しろ、アイドルにはあまり興味ないけど、折角のドームライブだ。こんな大規模なイベント滅多に行かないし、会場ではとことん付き合ってやる。

 

 

「それじゃ、夕方に。またな月島。」

 

「ああ、じゃあまた数時間後に。」

 

 そして授業が終わり、皆が荷物を整え次の授業に向かう者や、このまま帰宅する者が教室から離れる中、柴田は急ぎ足で学校を後にする。おそらく猛ダッシュで会場に行って入場待ちを狙うのだろう。

 

「さて、それじゃ俺も準備に帰りますか。」

 

 本当はこのまま柴田と共にドーム会場へと向かっても良い。だが遊びに行くのに勉強する道具を持って行けば、どうにも気が散ってしまう、アイドルにはあまり興味は無いが、この際しっかり楽しむ時は楽しみたいのだ。それに初めてアイドルのライブに参加するんだ。柴田から押し付けられたアイドルグッズは家に有るし、アイツへのちょっとしたサプライズがてら会場に持って行くのも良いかもしれない。

 

 しかしアイドルか……人間の心理とは不思議なモンだ。

 

 人間と言うのは『偶像』に心を惹かれる。何の欠点も無い完璧な女性と言う『偶像』にだ。だが悲しいかな、そんな女性は現実には居ない。そう、彼女達は必然的に嘘を吐いている。

 

 アイドルに惹かれる人間は嘘を吐いていると解った上で好きな者も居れば、嘘をホントの事を信じて好きになってしまう者も居る。昭和のアイドルは『トイレに行かない』何て嘘を吐く事もあったらしく、末恐ろしい。

 

「―――ッ!」

 

 だがマンションに着き、自分の部屋のカギを開けようとした瞬間、キーンと耳鳴りが響き、視線が勝手に自分の右方向へと向かう。そこに居たのは黒いフードを被った男性が一人、正直服装を見るに自然と不審者と言う考えが頭に浮かぶ、それに奇妙なのは何本もの白いバラの花束を抱えているのだ。

 

 あまり人の挙動を観察するのは悪趣味だと思うけど、コレが発動しちゃった以上警戒するべきだ。俺はドアを閉めるふりをして、小さくドアに隙間を創ると、そこからチラリと白薔薇の男を観察してみる。あの男から妙な違和感を感じる、この空間には無い変な感覚、これから何かしそうな挙動不審な態度、彼の存在を一言で片づけるなら『異物』この一言に尽きるだろう。

 

『はーい。』

 

 隣の部屋から女性の声が聞こえる。そしてドアノブが周り、ドアが開いた瞬間、男は薔薇の花束を落とし、隠していたナイフを取り出して切り先を女性へと向けた。

 

「ドームライブおめでとう。双子の子供は元気?」

 

 クソッ! やっぱりか!

 

 俺はドアから飛び出すと、全速力で隣の部屋まで駆け抜け、思いっきりナイフの男を突き飛ばす。男は俺の存在を予想していなかったらしく、体格も此方が勝っていた事もあってか簡単に吹き飛び、地面へと叩きつけられた。

 

「え……」

 

 目の前で急に俺が飛び出してきたことや、自分が男にナイフを突き立てられた事にショックを覚えているのか、その場で呆然自失となって固まっている女性。だがナイフの男は倒れた状態でも呻き声を上げながらゆっくりと立ち上がる。

 

「あ”あ”あ”あ”ぁぁ! 何だよお前ッ! 邪魔すんな! 俺はこの嘘吐きを殺すんだ!」

 

「下がって、早く!」

 

「で、でも……」

 

 立ち上がるとナイフを構える男、俺は距離を取らせる為に背中で女性を玄関まで押し込む。部屋には子供が二人いるらしく、女性は相当動揺しているのか、子供達を抱えてその場で震えている。無理矢理どかしても良いけど、こんな狭い場所で子供も居る以上下手に動けない。

 

「おい! 聞いてんのか!邪魔だ! 嘘吐きを出せ! 殺してやる!」

 

 ―――背後には3人。女性1人に、幼児2人、距離は40cm。徒手空拳による制圧が望ましいが、第三者が近距離に居る為に巻き添えを食らう可能性あり。男の持っているナイフは刃渡り6㎝―――

 

「邪魔するなら…テメェから殺してやるぅうううう”う”!!」

 

 怒髪天になりながらナイフを突き出しながら此方へ突っ込んで来る男、下手に捌いたり避けたりすれば、後ろの3人に当たる可能性がある、かと言って、このままではナイフは俺の喉元に命中し、致命傷になる。あまりやりたくないが、これしか無いようだ。

 

 ナイフが当たる数センチ手前、腹への致命傷を避けるために俺は左手をナイフの前に翳し、掌を盾にする。刃を握って押さえつける事も考えたが、勢いを殺しきれずに俺が後ろに下がれば、後ろの子供達と男の子距離が縮まってしまうリスクがある。やむ終えまい。

 

「痛ッたぁ……」

 

 直後鋭い痛みが手に広がり、血が流れる感触が掌から指先へと伝わって行く。額から脂汗がにじみ出ているのが解る。だがこのまま止まってはいられない。

 

立て続けに俺は空いていた右手で男の手首に拳を振り下ろし、握力が弱った所で男の手からナイフを離れさせる。後ろの彼女に男が近付かない様に鳩尾を蹴り飛ばすと、部屋の扉が開いているのも有ってか、男は玄関から廊下までの数メートルを勢いよく吹っ飛んでいった。

 

「がぁ”はっ”!クソッ! クソッ!」

 

 仰向けに倒れ、腹を抑えながらも男は立ち上がる。だが彼の眼はまだ諦めていない。眼は赤く血走り、俺と後ろの女性と子供たちに向けて凄まじい殺意を向けている。そして男はその殺意を全部ぶちまけるかのように声を荒らげ、喚き散らし始めた。

 

「…お前に…お前に何が解んだよ! こいつはアイドルのくせに子供なんて作って…! ファンの事ないがしろにして、裏ではずっと馬鹿にしてたんだ! 散々好き好きって釣っておいてよ! 全部何もかも裏切られた気持ちがお前に解るか!」

 

体をくの字に曲げ、涙を流しながらそう叫ぶ男。ぶっちゃけコイツに丁寧に返答できるほど俺に余裕はない。左手の麻痺が無くなってきて、更に痛んでくる。ダラダラと血が流れ出血も酷い。正直出血の所為で頭がクラクラする。だがこれだけは言わねばなるまい。

 

「ふざ……けんな。」

 

 ナイフで掌を貫かれながらも、俺は男の瞳を真っ直ぐに見つめ、口を開く。男は肩をビクッとさせ、後ずさりしている。

 

「どんな形であろうと、生まれた命は祝福されるべき尊い物だ。それを侮辱して、母親を殺そうとするお前の気持ちなんて、知らないし、知りたくもねぇよ。」

 

「は、はぁ?! どうせお前も馬鹿にしてんだろ? 騙される方が悪いって!こんな奴……こんな嘘吐きは死んで当然なんだよ! アイドルなのに…アイドルのくせに!」

 

「違う……! アイドルだって人間なんだよ。 妊娠もするし、子供も産む。 命を育む権利は誰にでも持っている! それを奪って良い奴なんて誰もいない!」

 

「黙れ……! 黙れ黙れぇ!」

 

 

 あー、駄目だ。何となく解るけど、こういう奴は話を聞かない。口でどれだけ言っても今のコイツには無意味だろう。というか今の俺にコイツを説得する程の余裕がない。ならば……やる事は一つ。全く悪い冗談にも程が有る。こっちは出血多量で頭がボーっとしているのに、何の罰ゲームだよ。

 

 でもこの状況をどうにかできるのは俺だけだ。靄が掛かって簿やける視界の中、頭をバンバンと叩いて無理矢理意識を正常に戻す。

 

「ったく……そうかい。そこまで言うなら、その歪んだ性根……叩き直してやるよ。」

 

 偶像に魅入られた男の末路…か。こいつだけと思いたいんだけど、世間は皆男の様に考える輩がウジャウジャいるのだろうな…あー、折角戻したのにまた意識が薄れて来た。だがもう四の五の言ってられない。

 

「歯を……食いしばれぇ!」

 

俺は右拳をギチギチと握ると、ふらつく足に力を入れて駆け出し、男の頬に思いっきり拳を叩きつける。殴られた男は地面に叩きつけられ、勢いよく倒れ込んだ。

 

「ぁぐぅ……」

 

だが意識朦朧の状態で殴っても、それほど威力は無かったのか、男はふらつきながらも地面に両手を付いて立ち上がり始めた。全く体格はこっちが有利なのに、変な所でタフだなコイツ……

 

正直もう動けそうにない、どうにかコッチは倒れずに済んだけど、あと一歩でも動けば眩暈が激しくてすっ転びそうだ。だがまだ目の前にコイツがいる以上倒れてなんて居られない。

 

「……失せろ!」

 

「あ……ああっ! うああああぁ!」

 

今できる最大の手段として、全身全霊で威嚇の意を視線に込める。手をナイフ貫かれて、血が大量に出ているのが俺の鬼気迫る表情を演出してくれたのか、それとも殴られた事にショックを受けたのか、幸いにも男は逃げ出してくれた。正直、助かったわ。もう戦えそうにないし。

 

 でも…あー、これ無理かも。足元グラグラするし、酒飲んでも無いのに、酔ったみたいに頭がぼーっとするし、俺だけ世界がグルグル回転している。足元がふらふらのまま何とか立った状態を維持しようと足に力を入れて悪あがきしてみるが、やはり無理らしく、壁に寄り掛かる様に足元から崩れ落ちた。

 

 左手の手の甲を見てみるけど、これ綺麗に貫通してるな……良くも見事に刺さったモンだ。下手したら神経逝ってんじゃね? これナイフ抜いたら絶対に失血死するよな…こんな事なら防刃ジャケット着とくんだった。

 

「い、いま! 救急車呼んだから! 大丈夫! すぐ来るから!」

 

 襲われていた女性がスマホ片手に駆け寄って来る。大丈夫、俺が勝手にやった事だ、君が責任を負う事は無い。それに死にはしないさ、多分。あ…でも止血だけでも……やっとくか。

 

「ゴメン……ハンカチとかって…ある?」

 

「待って! すぐ持ってくる!」

 

「ママ! コレ!」

 

 するとルビー色の瞳をした子供が手早く母親に広めのハンカチを手渡す。母親の方も俺の意図が分かっているのか、左手にハンカチを巻こうとするが、やはり経験が無い事が原因かどうしても手間取ってしまう。アレ? 色々緊張したりアドレナリン出ていたから解らなかったけど、このお母さんってB小町のアイじゃね? これ、柴田に言ったら……いや、今はそんな事言ってる場合じゃ無いな。って痛い痛い、ナイフ動かさないで。コレ固定しないと。

 

「アイ!変わって!」

 

 すると今度は蒼い瞳をした男の子がアイさんに変わって手にハンカチを巻いてくれた。手慣れているな……子供ができる動きじゃ無いぞ。まさかこの年で医学でも勉強してんのか?

 

「やるじゃん、ありがとう。流石男の子だ。」

 

 出血していない右手で男の子の頭を撫でてやる。あー…でもヤバイ。本格的に眠くなってきた。というかちょっと肌寒い。コレ結構ヤバイ感じ?

 

 あ、そうだ……メール送らないと……薄れゆく意識の中、ポケットからスマホを取り出し、LINEで『ゴメン、今日ドタキャンするわ。』と送る。よし、これで何時でも死ねる。

 

「ダ、ダメッ! しっかりして!」

 

 視界から光が消え、完全にブラックアウトした後、アイさんの叫び声が聞こえる中、俺は深い水の中の様な感覚に身を沈めて行った。

 

 

 

 

 

 




作者が洋画好きなので、もしかしたらそれっぽい展開かも知れませんが、どうかよろしくお願いします。

転生要素って欲しい?

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