この身はすべて愛の為に 作:SP
もしかしたら4000文字くらいのボリュームになるかも。
翌日
大学終わり、敷地内の武道場にて。今日は特に柔道部や剣道部の練習も無く、ここは二人しかいない。俺達の足元には少々薄めのマットが敷かれており、俺の前には黒い覆面を被った男が一人、彼の手にナイフが一本。
「大人しく投降しろ、手荒い真似はしたくない。」
「うるせぇ! 貴様‥‥ぶっ殺してやるぅ!」
男は叫び声を上げると、ナイフを片手に俺の腹部めがけて突進して来る。背後には壁が有って逃げられない。だがもう自分の手を盾にするようなリスキーな真似はしない。俺は軽く体を捻ってナイフの直撃を回避すると、両腕で男の腕を掴み、関節を極めて合気道の『腕絡み投げ』の要領で地面へと押し倒す。そして男にトドメを刺して完全に無力化する為に拳を握り、大きく振りかぶる。だが俺は男の顔面目掛けてそれを振り下ろす事は無く、彼の数センチ手前に拳をピタリと止めた。
「はーい、ここまで。」
下から気の抜けた男の声が聞こえる。俺はそれを聞くと全身の緊張を抜き取り、男から体を離した。そう、覆面を着ていたのは同じ大学の同級生、柴田勝己。今日はコイツに頼んでちょっとした訓練に付き合って貰ったのだ。
「全く、ちょっとは手加減しろって。」
「ははは、ごめん。相手がお前だと加減が出来なくて。」
文句を吐きながら身を起こして覆面を顔から取る柴田。やはりコレを着けている状態で動き回るのは流石にキツイらしく、何かに解放されたかのように大きな息を付く柴田。
「全く、コレ付ける意味あるか? 結構暑いし息苦しいんだが。」
「え? でも犯人役だし、必要じゃん。ノリとかで。」
「俺はノリでこんなキツイ思いしてんのかよ……」
呆れたように溜息を吐く柴田。オイどうした、何でそんな目で俺を見る。こういう訓練とかにノリって重要だよ。イメージ補強の為にもなるし、実戦を想定できるし。そんな事を考えていたら、柴田は持っているゴム製のナイフを弄りながら聞いていた。
「……で? なんで急に護身術の練習何て言い出したんだ? 刃物を想定した技術が多かったけど、やっぱり……前のアイさんの事でもあるのか?」
「ああ……まぁね。」
前にアイさんを守る為に手にナイフを貫かせたあの行動、実は少し反省している。やはりブランクが有ってか、勘が鈍っているらしく、数年前の俺なら無傷で制圧できただろうに、いざ実戦となったらあのザマだ。アイさんには言えない事だけど、彼女が人気アイドルとして名が知れてており、一度でも既に犯人に住所が割れている以上、何時また同じことが起きるか解らない。その時こそ彼女の隣人として守れるように、訓練しておくべきと考え、今に至るのだ。
しかし……やはり妙だ。大学生が売れっ子アイドルのアイさんの住所をドンピシャで特定するなんて。探偵を雇ったとしても有名人である程報酬は高くなるだろうからその線もないだろうし、もし仮に誰かが裏で糸を引いているとしたら……まさかな……
すると考え事をしている俺に柴田は汗を拭きながら呆れた顔で話して来た。
「あのなぁ…過程はどうあれ、結果としてアイさんは無傷で済んだんだ。お前も無事に退院できたし、そんなに思い悩む事なんて無いって。」
「……だと良いけどね。」
「でも、大したものだよな。普通なら腹だの胸を刺されているってのに、手を盾にするとは。お前ってやっぱり結構喧嘩慣れしてるのか? それともお前も何か武術やってたとか?」
「言ったろ? 柔道とか合気道とか家の都合で色々習っていたんだよ。」
そう言いながら俺は30分ほど前に購入したペットボトルのお茶を口に含む。柴田は表面上は納得した様な顔をしているが、コイツは勘が良い。下手に油断して口を滑らせる訳には行かない。
「で? ニュース見るに、お前、アイのお隣さんなんだろ?」
すると柴田は何処からかスマホを出して、俺の前に押し付けてきた。そこに写されているのは、ネットニュースで先日、俺がアイさんをあのナイフを持った輩から助けたという話だ。何やら世間上では俺が身を挺してアイを助けたという美談になっているらしい。お陰で大学に復帰してからはアイのファンに寄ってたかって俺に質問攻めだ。
何より厄介な事に大学で俺の住所がアイさんと同じマンションで隣の部屋と言うのがバレているらしく、質の悪いファン達が俺の住所を聞いてはアイさんに会おうとしたり、サインを代わりに書いてもらう様にねだって来る。最初は柴田は分別のある男だと信じていたし、あいつ等とは同類ではないと思っていた。だが……
「なー、月島ぁ。俺今日もお前の練習に付き合ったよなー。それどころか今のお前が大学で動けるように露払いしてやってるよねー。……報酬、くれないか?」
俺の信用は一瞬にして打ち砕かれた。どうやらコイツも同類だった様だ。
「報酬って何だよ。金か?」
「いやいや、惚けんなって。アイちゃんのサイン色紙に決まっているだろ? てかいい加減お前の住所教えろよ。3年間ずっとお前に聞いて来たけど『秘密』の一転張りじゃねーか。」
「ダメだ、お前アイさんのプライベートの邪魔するつもりだろ? 迷惑かけるだろうし、教えないよ。」
何やかんや心配な事を言っているが、コイツは別に悪い奴じゃない。恩着せがましい態度はムカつくが、色々世話になってるのは事実だ。流石にアイさんの住所を教える訳にはいかないが、近い内にアイさんに頼んでサイン色紙でもプレゼントしてやろうか。
因みに柴田はアイさんの子供云々について知らない。ぶっちゃけ知らない方が、アイさんにとってもコイツにとっても良いのだろう。純粋にアイさんの許しも無く内緒を話すのは流石に悪趣味だろうし、何より彼女のアイドル生命に支障をきたす。それにこいつも色々ショックを受けるだろうし、お互いに良いことなど何一つ無いしな。
◇
その後、柴田と別れ、俺は家までの帰路を歩く。今日一日でかなりアイさんの事について詰め寄られたような気がする。一応柴田のお陰で殆どの輩は追っ払えたが、やはりほとぼりが冷めるまでコレが続くとなると、やはりキツく感じる。
はぁ……何だか疲れた。今日は飲みたい気分だ。時刻は現在夜の7時、もう帰宅時間は過ぎており、街中で見える物は残業から帰る者達や、仕事仲間とこれから適当な居酒屋へ向かうだろうサラリーマンが殆どだ。
そんな雑踏の中を歩いて行くと、『Peter pan』と書かれた看板が見えて来た。俺はそれを見るなり真っ直ぐに店に入っていく。
「大山、久しぶり。」
「おっ、コウ! よく来たな!」
するとカウンターから一人の男性が顔を出し、景気のよい挨拶をしてくる。コイツの名前は大山猛。この大衆酒場『Peter pan』の店主であり、俺が大学に入学する前からの知り合いだ。
「お前が店に来るなんて、珍しいな。」
「え? そう? まぁ今日は飲みたい気分だったから。」
店の中は俺が入ってからチラホラと来客が増えている様で、客愛車これからピークになる時間帯の様だ。数年前前までは閑古鳥が鳴いていたのに、やはりSNSで拡散された人気の力は凄い物だ。
その後大山に酒を注文し、ボトルで渡されたそれをグラスに注いで、一息に飲み干す。旨い、やはり酒はバーボンに限る。適当なつまみを食べながら、酒を飲む。表はゆっくり味わいたい、少し遅いペースにしよう。酒の手を休めて、スマホを弄り始める。そこにはネットニュースで未だにとりあげられているB小町のドームライブの事に着いてだ。どうやらドームと言う事も有ってか相当盛り上がったらしく、未だにトレンドに乗っている位だ。
B小町がここまで人気なのもきっと彼女達の実力のお陰だと思うが、やはりアイさんが無事だったことも大きいのだろう。そう考えると、あの時の行動はやはり正しかったのだろう。こんな俺でも誰かの役に立てるというのは、やはり嬉しい。すると隣のカウンター席に一人の男性が座って来た。
「あれ?斎藤社長?」
「お前は……月島輝星!」
そこに居たのは俺が入院していた時によく病室に見舞いに来てくれた斎藤壱護社長だった。斎藤社長は少し驚いたような表情をしつつも、慣れた様子でビールと枝豆を注文し、ジョッキを一息に煽る。
「おや、二人とも知り合いかい?」
「ああ、大将。コイツは……恩人でね。」
大山の質問に対して上手く誤魔化しながら答えてくれる斎藤社長。正直こうして関係を他人に暈して説明してくれるのは、結構助かる。只でさえ大学で例の件を知った奴のお陰で面倒な目に遭っているのに。この大衆の店で不特定多数の人間に知られるとなると、面倒なんて騒ぎじゃなくなるし、たまったものじゃない。
でも斎藤社長、随分大山と仲良いな。やっぱり酒場の常連なのだろうか。
「しっかし、まさかこんな所で縁があるなんてな、ここには良く来るのか?」
「いえ、ちょっと今日は久しぶりに飲みたい気分でして。斎藤社長は仕事終わりですか?」
「ああ、色々てんてこ舞いで漸く今日の仕事が終わった所だ。」
やはり売れっ子アイドルグループが所属している事務所の社長と言うのは大変らしい。やはりドームライブ直後という時期に俺の面倒という仕事を抱えている身なら、普通にオーバーワークなのだろう。寝不足や疲れが溜まっているのか斎藤社長の顔色は余り良いとは言えない。
「やっぱりB小町の事務所の社長ってなると、大忙しですかね。」
「当たり前だ。今日もレコーディング会社との打ち合わせにドームライブのスポンサーへの礼状、明日もてんやわんやだ。……っと、悪い。つい愚痴っちまった。お前にこんな言っても意味ねぇか。」
「いえ、俺に出来るんなら、愚痴でも酒でも付き合いますよ。」
「ふっ、悪いな。じゃあ一人で呑むのも寂しいしよ、ちょっと頼むわ。」
小さく笑うとビールを再び口に含む斎藤社長。やはり社会人でそれを束ねる社長である以上、彼の気苦労は人一倍強いだろう。それに入院している間に話して解った事だが、彼は責任感が強い、そんな性格の人間がトップの役職に就く以上、やはり強いストレスは避けられないだろう。
ならば、そのストレスやら気苦労を少しでもマシにしてあげたい。自分が出来るのは些細な事だが少しでも人の役に立てるなら、愚痴の相手でも喜んで引き受けよう。
―――数分後。
「でな? バラエティー番組のプロデューサーが妙に俺に当たりきつくてよ。ただでさえピリついているのにアイの奴が……」
予想外だ。まさかここまでストレスが溜まっていたとは。もうかれこれ5分間ずっと話してるぞ、斎藤社長の口から出て来るのは殆どが現場での柵などについて、そして二言目には必ずアイさんの事を話していた。でも話聞いているだけでもアイさんって結構自由奔放なタイプなんだな。でもそんな好き勝手周りを振り回しても、干されたりしていないし、やっぱりスタッフさんからも、この社長さんからもアイさんは愛されているのだろう。
「ああ、そうだ。アイから聞いたぞ。俺から貰った金、あいつに養育費としてプレゼントしたみたいだな。」
「え?はい、まぁ……折角もらった大金を申し訳ない。」
「いや、別に責めている訳じゃねぇよ。あの金はお前が貰った物。どう使おうが自由だ。ただ随分変わりモンだと思ってな。普通なら自分の為に使うだろうに、まさかアイの為に使うとは。」
勿論、一度は普通に貯金しようとか、良い車や飯を買おうと考えた事も有った。だがあの金は斎藤社長の誠意と言っていた。アイさんに金を渡したのはそれを一番無下にせず済む方法を考えた結果だ。それにアレは俺なりの今までやってきた事への贖罪なのだから。
「そういえば、お前確か今大学3年って言ってたな。来年から4年生だろ? もう就活とかやってるのか?」
「いや、まだ何をするかとかパッとしなくて……」
「まぁ、そうだよな。でも来年は嫌でも決めなきゃ行けないんだ。ある程度目星はつけとけ。」
正直そんな事を言われてもいまいち思い付かない。大学に進学したのも『取り敢えず』って考えだったし、卒業したら船旅で世界一周でもしようかな。いや学校で経済学ならってるし店でも開こうか、それともこの能力を使って探偵でも始めるか。……色々自分の将来を考える事自体が珍しかった事が原因なのか、色々やってみたい事が多すぎて、良い意味で決まらない。
「今バイトとかやってんのか?」
「いえ、特には。」
「そうか……」
斎藤社長はそう呟くと、ビールを喉に流し込む。そして空になったジョッキをテーブルに置くと静かに口を開いた。
「実はな、前までB小町のマネージャーやってた奴が、ドームライブ終わった後に寿退社してな。いまはミヤコが上手くやってるが、やっぱり人手が足りない。」
深刻そうにそう告げる斎藤社長。ミヤコさんは確か社長のご婦人。あくまでも彼女は社長代理としての仕事をする立場だが、マネージャーの仕事をしている以上、やはり調べた通り苺プロダクションは大手と違い、資金と人手が不足しているのだろう。
でもまさかこのタイミングでそれを言うなんて、まさか……頭の中に一抹の不安が過る。
「お前には恩もあるし、アテが無いなら……ちょっとウチで働いてみないか?」
………リアリィ?
結構無理がある展開だと思いますが、どうにか月島君を芸能界入りさせたいので。
あ、一応マネージャー就任は確定です。
もちろん斎藤社長が月島君をスカウトしたのにもある程度打算的理由があります。
ご感想お待ちしています。
主人公を芸能界入りさせる?
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させる
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せんでよい