リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら   作:725404

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6話までを踏まえた7話以降ifなのでサブタイも7話からです。


7話「Machine will not tell」

「ん~、髪色は完全一致だな」

 

 VR用ヘッドセットを被ったクルミが何もない居間でぐるぐると何かを中心に回る。

 まるでそこに銅像か彫刻でも置いてあるかのように、全方位から何もない場所を眺め回していた。

 

「何をしとるんじゃ……仕事せいっ!」

 

 汗みずくのミズキが店のほうからドスドスと足音を立てて向かってきた。

 そのまま人間ネズミ花火をやっているクルミに手刀を繰り出す。

 

「……何をする。仕事中だぞ」

「ゲームしてる場合じゃなーいっ! 全席埋まってるからフロアに手ェ貸しなさい!」

 

 裾を捲くりあげたミズキがクルミの脇を掴んで、強引に調理場のほうへ引きずり込んだ。

 クルミはヘッドセットを装着したまま、なすがままに脱力している。

 それでも一応の抵抗は見せた。

 

「昨日の真島サーン、のことをボクたちは前にも見ている。それを見つけた」

 

 そう言って引きずられるまま、遠ざかる居間の押し入れを顎でしゃくった。

 え、と驚いたミズキが手を離した。

 ずりずり落とされたクルミが尻もちをつき、忌々しげにミズキを睨みつけようとしたが、すでにミズキはいない。

 押し入れ内のモニターにかじりつき、クルミが気づいた事実を確認していた。

 

「うそっ、マジか。どれどれ……」

 

 ヘッドセットを外し、ミズキに顔を寄せる。日の差さない押し入れにモニターの光が充満している。

 

「昨日撮影できた襲撃現場での映像に映った男がこれで」

 

 真島サーン、と呼ばれた男。

 パーマのかかった緑髪に、長身痩躯。射殺すような鋭い眼光。そして軽薄な口元。

 躊躇なく千束に殴打をくわえる暴力性は、チンピラのようだった。

 しかしあの千束を相手に戦闘中に拳を当てられる、という事実はチンピラとはかけ離れた実力だ。

 

「そしてこっちが密売の時のカメラ映像だ」

 

 不運にも日常を切り取ったスナップショットに銃の密売の証拠画像が映った瞬間。

 そこにはぼやけた複数の人影が映っている。

 

「これを処理かけてある程度鮮明にしたものがこれで」

 

 メインだったツーショットがすうっと消え、ぼやけた背景が鮮明になる。

 

「それを立体映像に成形したのがこっち」

 

 といってミズキの頭にヘッドセットを被せる。

 

「うわっ、何これ」

「言ったとおりだ。これがさっきの画像をもとに作った現場」

 

 作業服姿の男達が複数人。

 その中に一人の男がいる。

 緑髪。長身痩躯。射殺すような鋭い眼光。そして軽薄な口元。

 ミズキが息を飲む。

 

「コイツ! 銃の密売現場にいたのかっ」

「そう、つまりこれを見つけたボクはちゃんと自分の仕事をしていたってわけさ」

 

 へへん、と得意げなクルミがぽんぽんとミズキの背中を叩いた。

 

 

 **

 

 

 閉店後にも喫茶リコリコの明かりは落とされていない。

 CLOSEの札が吊られている扉は内側が布で覆われ、外から見えないように塞がれている。

 その中に店で働くメンバー全員が揃い踏みしていた。

 みんな一様にノートPCの画面を見ている。

 喫茶リコリコのメンバーが次々にヘッドセットを被るのは非効率ということで、比較用に編集した画像をノートPCへ映し出していた。

 たきなが鋭い眼差しで射殺すように真島の顔を見る。

 

「完全にあの男ですね」

 

 千束も頷く。

 

「私が見たあいつだなー」

 

 そう言いつつ壁にかけていた似顔絵を持ち出し、PCの画面に寄せる。

 

「こりゃ似てねえわ。アンタらどっちもどっちね」

「いーや強いて言うなら私の方が似てるって。ね、先生?」

「……ラジアータのモンタージュは骨格等を再現しているな」

「ちょっ、絵の評価は!?」

 

 それより、とたきなが遮ってミズキの方を向いた。

 

「DAも同じ情報を持っていますよね? わたしたちに追撃の命令は出ていませんか?」

「メールは来てないわね。まだ向こうじゃここまで解析できてないんじゃない?」

 

 クルミが首を傾げる。ミカのほうも見るが、首を振るばかり。

 

「情報勝ちできるような状況じゃないはずだがな。ラジアータの能力なら昨日のデータを取得した途端に関連付けしてるはずだ」

「ほーう。世界一のハッカーでもそんなに褒めるんだ?」

 

 クルミはリスのように背を丸めて、頭を撫でようとした千束の腕をかわす。

 

「前にラジアータの情報を抜いたときあっただろ? あの時はラジアータなんてボクの敵じゃないと思ったんだが」

「あれから何かあったの?」

 

 ミズキの問いかけにクルミをため息とともに答えた。

 

「もうラジアータのハッキングは無理だ。完全にゲートが閉じた」

「えー! 便利だったのにどうしてなのよ?」

「ラジアータに常習的な不正アクセスをしていたんですか?」

 

 たきなが不穏な目つきでクルミを見る。

 まあまあと千束がたきなの肩を押さえた。

 

「常習的ってわけじゃない。この前のリコリス襲撃のときに一回だけだ。だが内通者がウォールナットの生死を確認するため、罠を張っていた」

「どゆこと? いまだにガラケー使ってる近所のおばあちゃんに説明するときみたいに優しく話してみなさいよ」

「ミズキ、わざわざこの場にいない例を出さなくてもいいぞ。お前に分かりやすくすればいいんだろ。おばあちゃん」

「誰が年増だ! 例えとして出しただけじゃい!」

 

 話が脱線してますよ、とたきなが割って入り、事情を確認する。

 

「銃の取引のときにラジアータへハッキングできたのは内通者の手引きによるものなんだ。さすがのボクもゲートなしじゃ存在が噂でさえ流れていないAIをハッキングするなんて芸当できっこない」

 

 ウォールナットはラジアータをハッキングし、銃の取引現場との通信を途絶させた。

 それは内通者の手引きだという。

 そしてその後ウォールナットがアラン機関に始末された後もハッキング用のゲートを開いたままにしておき、罠をかけていた。

 ウォールナットが生きていればまたラジアータにアクセスするはずだという確信を持っていたというわけだ。

 

 そしてクルミはまんまと嵌められた。

 

 何度も死の噂が流れるウォールナットだからこそ、内通者はそこまで警戒態勢を敷いていたということになる。

 

「そもそも最初にボクに接触してきたのはその内通者だ。ラジアータのせいで正体すら掴めていない」

「アンタ、アラン機関を調べるために動いてたんじゃないの?」

 

 ミズキの質問にクルミは頷いた。

 

「その通り。だけどきっかけがなかった。そこにDAの内通者が助け舟を出してきたってわけだ。ラジアータのハッキングの仕事を請けて、アラン機関に繋がる端緒を開けって」

 

 それでか、とミズキが得心の行った様子で何度もうんうん頷いた。

 

「どういうことです?」

 

 たきながミズキへ問いただす。

 何事も合理的に最短距離を突っ走るたきならしい単刀直入な質問だ。

 

「ウォールナットへの協力者の目的は銃取引の支援だったってことでしょ」

「それは分かります」

「んで、今回の真島は銃取引の現場にいた男。ということは内通者は真島と関わりがある可能性が高い。だからヘタに捜査内容をオープンにして動けないってこと」

「内通者の存在を楠木は把握している、ということだな」

 

 ミカがぴしりと要点を補完した。

 それでたきなも理解が追いついた。

 

「じゃあわたしたちに情報が降りてこないのも内通者対策というわけですね」

「実際のところもうラジアータなら内通者を炙り出しててもおかしくない。内部に銃取引に関わっていた者がいるというなら、全て片付くまで表沙汰にはならないだろう」

「楠木さんならもう内通者を利用して、1000丁の銃の方を追跡している可能性もありそー」

 

 千束がのんきに楽観的な推測を口に出すのと、オーブンの音が鳴るのは同時だった。

 

「ラザニア!」

 

 席を立った千束がオーブンを開けて、耐熱ガラスの容器を取り出す。

 上は溶けたパルミジャーノチーズ。

 ガラスのおかげでラザーニャとミートソースの層がはっきりと見て取れる。

 肉とチーズの旨味が混ざった湯気を満足気に吸い込んだ千束がキッチンで取り分け始めた。

 

「じゃあ私は先に帰るから、戸締まりを頼む」

 

 杖を手にしたミカが膝をかばいながら立ち上がり、帽子を手にとった。

 

「えー! 先生も食べていきなよ」

「うわっ、おいしそ。今日は日本酒よりワインがいいかしら」

「イタリアンパセリも載せたら見栄えもいいんじゃないか?」

「パセリはないですけど抹茶はありますよ」

「見栄えだけ気にしても仕方ないだろ。はよ取皿だせい」

 

 みんなが立ち上がって、チャカチャカと晩ご飯の準備をすることになった。

 しかし油断はできない。

 銃取引の事件を追っているDAはともかく、内通者の動きがウォールナットの生死を確認するものだったせいだ。

 事件後にウォールナットを後始末するだけでは飽き足らず、動きを追跡しようという意思があったということは、内通者の指揮を取っている者は銃取引だけが目的ではないということになる。

 事件は今現在も進行中ということだ。

 

 

 **

 

 

 食事と片付けが終わったあとも喫茶リコリコの明かりはついていた。

 最近はそれが普通のことになっている。

 常にクルミがいるからだ。

 

 区役所へ図面を届け出することなく、地下に射撃場を備える喫茶リコリコはウォールナットの隠れ家としての機能も有している。

 ミカやミズキのどちらかは必ずリコリコに残るようにしているし、いざとなれば射撃場の出入り口は防爆扉で封鎖できる。

 いわゆるパニックルームとして使用も可能な施設として、射撃場が作られているというわけだ。

 

 だが実際のところクルミは射撃場にはめったに足を運ばない。

 最初の施設案内のときに触れた程度だ。

 千束は義務として課せられているDA規定の訓練時間くらいしか施設を使わないし、ミカとミズキはその手の武力が必要になる仕事の直前だけ勘を戻すために使うくらいだ。

 

 そのため、最近一番射撃場を使っているのはたきなということになる。

 鋭い銃声が室内で響き、銃弾がターゲットを貫く。

 足を肩幅より少し大きく開き、腕を伸ばして拳銃を両手で保持している。

 

 アイソセレススタンスだ。

 

 上から見たときに両腕と体で二等辺三角形になっているのが特徴のスタンスで、現代では主流のスタンスだ。

 体が正面に向いており、どこかで体をひねったりしているわけでもないため、即座に銃口を左右に振り向けることができる。

 喫茶リコリコの仕事では現場での実働部隊が千束とたきなの二人に限られる状況で、複数の敵を相手取ることが多い。

 そのためターゲットをすぐにスイッチできるような体勢での訓練が有効だった。

 

 一つの弾倉をまるごと撃ち尽くした後に、手元のリモコンでレールを起動。

 遠くにあったターゲットがレールを滑り、手元に届く。

 ターゲットペーパーにはいくつもの穴が空いていた。

 しかし穴の位置は今までのように頭に集中していない。

 

 ターゲットペーパーには人の上半身のシルエットが描かれており、脇は閉じられており、腕はほとんど描かれていない。

 わずかに手のひらが描かれてはいるものの、あくまで人のような形として分かりやすくするための記号に過ぎない。

 たきなの撃った銃弾はその見せかけの手に集中していた。

 

 肩口や、二の腕には弾が散ることなく、完全に腕の一番先端である手のひらへ銃弾は吸い寄せられていた。

 腕の付け根は心臓に近く、体内で跳弾することで内蔵を傷つける可能性がある。

 二の腕では敵が銃を取り落とさず、逆の手に持ち替える可能性がある。

 実弾で相手を殺さないように無力化するということであれば、手か足の先を狙うのが効果的だ。

 そのためたきなはひたすら急所以外を狙う訓練に明け暮れていた。

 新しいターゲットペーパーを取り付け、レールに沿って遠ざかっていくのを確認しながら、新たな弾倉へ交換する。

 訓練のようなわざわざ必要がないときでも、視界を切らずに自然と弾倉を交換する。

 いつ実戦になってもいいように。

 

 そうしてまた銃口をターゲットへ向けたとき、背後で扉が開く音がした。

 負圧で空気が入り込んでシュー、と蛇の威嚇のような音が鳴る。

 杖が床を打つ響きで誰が入ってきたかたきなは分かった。

 

「店長、まだ帰っていなかったんですね」

「まあな。精が出るね」

 

 膝をかばいながら歩くミカがたきなの横に並ぶ。

 先程のターゲットペーパーを手に取り、たきなの意図を察した。

 

「千束と並ぶのは難しいだろうが、実戦で学べることもある」

 

 不殺のことだろう、とたきなは推測した。

 

「急所を狙ったほうが楽ですね。まだ止まっている敵なら問題ありませんが」

「人間の筋肉や関節は基本的に同じようにできているから、次の瞬間どこにいるかを予測して狙いをつけるんだ」

 

 ミカが銃に手を伸ばしかけ、膝の痛みに顔をしかめた。

 

「千束はそれで相手の動きを予測し、攻撃だけでなく防御にも転じているわけですね」

 

 人間の動きが予測可能なら、そこから発射される銃弾の軌道もまた予測可能というわけだ。

 だがミカは首を振った。

 

「目が良いというのは事実だが、常に分析しながら戦っているわけではないよ。千束のアレは勘によるものが大きい」

 

 たきなが目を見張る。

 

「勘、ですか?」

「千束には医療に携われるような身体への深い理解はない。相手の視線や体の動きを見て次の行動を予測できるのは才能だ」

 

 肩が大きく動いているから次に腕を振って、身体の位置を入れ替える。

 腰を捻っているから、次は足を半歩ずらして射撃体勢を整える。

 こうした予備動作が身体には存在する。

 千束はこれらの動きを感覚で理解し、相手の動きをなんとなくで予想できる、というのがミカの主張だった。

 生得的に他者の動きに対する予測が可能だというのだ。

 

「千束は訓練を施す前から十分に強かった」

「それはリコリスになる前から、という意味ですか?」

 

 ミカが頷き、遠い目をした。

 その目には千束の幼かった頃の姿が写っている。

 

「銃の使い方は後から学んだものだが、身体由来の回避動作や、屋内での立体的な動きは当初からすでに完成されていた」

 

 だから、とミカは続ける。

 

「無理に千束に追いつこうとはしなくていい。千束には千束のやり方があるように、たきなにはたきなのやり方があるはずだ」

 

 たきなは銃を置いて、ミカの目を真正面から見据えた。

 アイソセレススタンス。

 拳銃なしの。

 

「だけど時間は待ってくれません」

「それは、そうだが……。焦ってもできることは少ない」

「何もない、なんてことは無いはずです。自分のできる範囲でやれることは全てやりたいんです。そうじゃないと……」

 

 真島の襲撃でたきなは後手に回っていた。

 現地に着いたときすでに千束は囲まれており、ほんの少しでも到着が遅れていたらもっと悲惨な目にあっていた可能性だってあった。

 千束が今も無事なのはめぐり合わせの良さ、真島のほんの気まぐれによるものかもしれないのだ。

 

「二度とあんなことは起こさせません。そのためには、わたしも千束に匹敵するような力が必要です」

 

 たきなの目には燃え盛るような闘志が漲っていた。

 ファースト・リコリスであり、現役最強と呼ばれる千束にすら匹敵しようとする強い意志。

 たきなの中にある強い目的意識が、訓練へのモチベーションとなっていた。

 

「……そうか。じゃあせっかくだし、久々に指導させてもらおうか」

 

 ミカが保管庫に手をかけ、自分の銃を取り出す。

 たきなに合わせて拳銃だ。

 

「とりあえず動くターゲットの腕にも同じことができるようになるのが当面の目標だな」

「最終的な目標は?」

「車ですれ違い際に対向車線を走る運転手のハンドルを撃てるくらいだ」

 

 途方も無い高みを提示をされ、たきなは面食らう。

 しかし一呼吸置いて、深く頷いた。

 相方は天性の才能の持ち主だ。

 同じ土俵に立つならそれくらい高い目標を持っていないと話にならないということだろう。

 

「お願いします、店長!」

「良い返事だ」

 

 それからたきなとミカはしばらく射撃場での訓練に明け暮れた。

 耐爆扉で閉じられた射撃場の音はどこにも漏れなかった。

 

 

 **

 

 

 時計が零時を回った頃に二人は射撃場を出た。

 もしクルミがもう寝ていれば、明かりは消えているはずだった。

 しかし喫茶リコリコの明かりはまだ点いていた。

 残っているメンバーも多かった。

 ミズキはカウンターでPCを触りながら水を飲んでいる。

 クルミは千束と一緒にゲームをしていた。

 二人が地下から出てきたのに気づいた千束ががばっと振り返って、満面の笑みで手を広げる。

 

「おーっ、お疲れ様! 待ってたよ」

 

 千束は銃型のコントローラーをローテーブルに置いて、たきなの下に駆け寄る。

 たきなは事情を確認するべくクルミを一瞥した。

 クルミがヘッドセットを外し、眠たげな目を擦りながら口を開く。

 

「ミズキはボクの護衛、千束はたきなと一緒に帰るために待ってたんだ」

「忠犬千束だよ! どうですかい、安心感あるっしょー?」

「別に待ってもらわなくても良かったのに」

「照れるな照れるな」

「照れてないです」

 

 奇しくもこんな時間だというのに喫茶リコリコのフルメンバーが揃っていた。

 ミカが室内を見渡し、たきなの周りをぐるぐる回る千束とのじゃれ合いを眺めた。

 それから重い口を開く。

 

「話がある。少しだけ良いか」

 

 たきながぱっとミカの方へ向き直る。

 店長としての話ではなく、DA支部長としての話をする様子が見て取れたからだ。

 一方で千束はマイペースにカウンターの椅子に座り、足をぶらぶらさせた。

 ミズキがPCから目を離し、千束を一瞬見たあとにミカの方へ顔を向ける。

 ミズキにはもう何を言い出すか分かったようだった。

 

「喫茶リコリコは畳むべきだ。これから撤収作業をしたほうが良い」

「えぇ!? なんで!」

 

 真っ先に反発したのは当然千束だった。

 眉をひそめ、夜中にも関わらず大きな声で疑問を呈した。

 地下は防爆扉に防音壁で構築しているため、音はもれないが、店内は違う。

 普通の建築だから夜に大きい声を出せばそれなりに響くし、ここで騒げば外にも漏れる。

 自然と千束の二言目は押し殺したような声音になった。

 

「危険だから? そんなの大丈夫でしょ。今日一日は襲撃もなかったし」

「明日も明後日も無事な保証はない。なにより千束は敵に顔が割れている。おそらくはここもすでに把握されているだろう」

「ってことは昨日の始業前にでも本当なら襲えたってことっしょ。けどそんなことは起きなかった」

 

 起きなかったか、とクルミが呟いた。

 

「DAはおそらく我々と同様真島のことをすでに把握しているでしょう。それに四人のリコリスと千束が狙われた理由も」

「あのクソ組織ならやりかねないわね」

 

 喫茶リコリコに指令は来ていない、ということはDAが動いていないことを意味したりはしない。

 

「私をエサにDAが罠張ってるかもってこと? んな舐めた真似するかねー」

 

 得心の行った様子で千束が頷くが、ミカは苦い顔をしたままだ。

 

「すでに周辺でなにかの事件が処理されている可能性は大いにある。現状が平穏に見えるから、事件が終わっているとは限らない」

 

 顔の割れた千束を餌に真島を釣ろうとする可能性は十分にあるし、その釣りがすでに成功している可能性もある。

 その上でそれらの状況が一切リコリコの下には降りてきていない可能性も十分あった。

 危険に晒された状態をずっと保つのは危険だ。

 DAにとってはリコリコが通常営業するほうが都合が良いかもしれないが、中にいるリコリコ側はそうも言っていられない。

 本部から支部を維持し、待機しろという命令が出ていない以上、今のうちに閉店してすぐにでも個別のセーフハウスに逃げるなり、別の拠点を構えてより強固な防衛体制を敷くほうが、喫茶リコリコ側としては有利なのだ。

 だが千束にそういった理屈は通じない。

 

「でもさー、どうせ来たって追い返せばよくない? 真正面からなら負ける気しないし」

「そりゃあ千束はそうだろうが」

「常連さんたちどうすんのよ。肉の壁にでもする気?」

 

 思ってもいない過激な発言で千束に考え直しを迫るのはミズキの情報部時代の経験故だ。

 

「ハァっ!? 暴論すぎでしょ、それは。私が言いたいのはー! 別に殺されたりするようなことは起きないはずだからわざわざ大事にすることはないってこと!」

 

 咄嗟に反論したくなるような発言をすると、相手の主張の底が見えてくる。

 ミズキは千束の話を掘り下げるように質問を重ねていく。

 

「つまり、殺されないという何か根拠があんのね」

「そうそう、だって私、前回殺されてないじゃん」

 

 たきなが半目で反論する。

 

「それは真島が殺さなかった、ではなく、千束が殺されないよう抵抗しただけじゃありませんか?」

「いーや違うね」

「何が違うっていうんじゃ。アンタ以外なら死んでたわよ」

 

 それこそ最初の車で撥ねられたときに死んでいたとしてもおかしくない。

 次に頭を狙われたときも千束以外では避けられなかった。

 

「でもさー、おかしくない? 真島は目を潰した後にすぐ殺せたし、その後殴りまくってきたときも囲んでた連中使えば何回殺せたかって話じゃん」

「……それはたしかにそうだ」

 

 一番事件の映像を確認した回数の多いクルミが頷いた。

 

「血液で視界を奪って千束の特技を早々に潰す判断ができた男がなぜ即座に千束を射殺しなかったのかという点には疑義が残る」

 

 わざわざノートPCを引っ張り出したクルミはまたもや映像を確認した。

 遠景からのショット。

 周囲を真島の部下に囲まれた二人。

 真島が膝をついた千束を執拗に殴る。 

 周囲はがやがやと囃し立てている。

 見ていられないという風にミカが目をそらした。

 たきなは画面越しに睨み殺す勢いで真島を見つめていた。

 

「この映像はここから三〇秒ほど続くが、その間決して真島は銃を取り出したり、ナイフを手に取ろうとはしなかった」

 

 映像を止めたクルミが、つるりと綺麗な顎をヒゲでもなぞるかのように撫でる。

 

「だからね? そもそもこの時真島たちに私を殺そうなんて思惑は全くなかったんじゃないの」

 

 千束の理屈は通っているように見えるが、推測の域を出ない。

 

「しかし四人は殺されています。千束だけが殺されなかったのは何かあるんでしょうか」

 

 四人。

 サード・リコリスとして現場に出た少女たち。

 銃の密売現場でも搬入口を固めていた四人は、外からの撮影に映っており、真島たちに捕捉されることになった。

 千束との共通点は事件当時の記録に顔が残っているという点だった。

 逆に言えば相違点のほうが多い。

 ファーストとサード。

 本部と支部。

 凡人と天才。

 

「逆の考え方をすべきかもしれないな」

 

 クルミがぽつりと呟いた。

 視線は映像の中の真島たちに注がれている。

 

「どういうコト?」

「千束だけが殺されなかった理由、じゃない。四人が殺された理由のほうを考えるべきかもしれない」

「それって同じじゃないの? どういうことよ」

 

 ミズキが眉間にシワを寄せて訊く。

 今の流れは千束をやんわり説得して一時身を隠すことに同意をもたらすものだと思っていたからだ。

 味方だと思っていたクルミが突然千束側に肩入れを始めたので、不信感を抱く。

 そもそもクルミはフラットに話をしているだけだからどちらの味方でもないのだが、勢いづいた千束は嬉しそうに話を続けた。

 

「つーまーり! 私を狙ったのは撹乱目的じゃないかってことだよね?」

 

 千束の勘が理屈として言語化し始める。

 たきなも合点がいった様子だ。

 

「情報源である映像記録を下にリコリスを狙っていると思わせ、実際は特定のリコリスを殺すことが目的だったということですね。そして四人を殺し、千束を襲った。目的はすでに果たしているからこれ以上の襲撃はなく、今日も通常営業できていたということですか」

「そうだ。千束だけが殺されない特別な理由があった、というわけではなく、あの四人だけがターゲットになる特別な理由があったというセンだ」

「じゃあここを閉める理由もないじゃん! ね、先生?」

「それはあくまで推測だろう」

 

 ミカが苦々しい表情を浮かべる。

 こうなったらもうどうしようもないと分かっているのだ。

 千束は意地でも喫茶リコリコを離れることはないだろう。

 

「でも実際に襲われてないわけだし、襲われててもDAで対処できてるってことでしょ? 私たちにできることはここを離れず、私はまだ生きてんぞ! って宣言することっしょ」

 

 そういって千束は胸を張る。

 かかってこい! と宣言し、ミズキに「縁起でもない」と頭をチョップされた。

 たきなはクルミとともに映像の中にいる真島を覗き込む。

 

「四人の動向や身元、事件前後の動き等分かる範囲で追いかけてみましょう。気づけることがあるかもしれません」

「そうだな。ラジアータで守られているからそこらへんはミズキたちに任せたい。出てきた情報を元に枝を広げるのはボクがやる」

「んじゃアタシも情報部時代の知り合いに聞いてみようかしら」

「明日フキにでも電話しちゃお」

「わたしは同期の京都組に聞ける範囲で情報を確認してみます」

 

 各々やるべきことが決まった。

 何より明日以降の方針が確定した。

 喫茶リコリコ、通常営業。

 

 

 **

 

 

 モニターの明かりだけしかない薄暗い部屋に被り物をした男が座っている。

 その後ろには緑髪の男――真島が白いカップでコーヒーを啜っていた。

 湯気の立つカップをローテーブルに置いて、モニターへ向かう男――ロボ太の両肩をがっしりと掴んだ。

 

「うわっ、なんだお前っ。いま作業中なのが見て分からないのか?」

「なあオイ。アレ何だったと思う?」

 

 一方的な会話の押しつけ。

 相手のことを一顧だにしない態度にロボ太は怯えた。

 

「し、知らねえよ。わざわざ知る必要もなかっただろ、あの時お前が殺せてれば」

 

 ロボ太がモニターの一つを切り替える。

 襲撃時の映像が現れ、千束へと拳を振るう真島の姿が鮮明に映し出された。

 

「このときにお前が殺してれば、こんなことにはなってなかったんだ! なんで殺さなかった? 舐めプってやつか」

 

 せせら笑うロボ太。

 いますぐ頭をぶち抜かれて殺されるかもしれないという恐怖が裏返り、無根拠の強がりが全面に出る。

 死ぬ前くらい虚勢を張りたいという考え。

 殺されたとしても尊厳だけは守りたいという優先順位。

 世界一のハッカーとして死ぬなら本望だという意思。

 そんな態度が真島には通用しない。

 

「うるせえな」

 

 肘で被り物を押し込まれ、前につんのめった。

 ぐえ、とくぐもった声が出る。

 

「リベンジしねえとな。今のままじゃ負けっぱなしだ。それはバランスが悪い。お前もそう思うだろ?」

「せめて殴ってる暇があればガラでも拐っちまえば良かったんだ。何がバランスだ」

 

 さらに肘が押し込まれる。

 テーブルに突っ伏す形になり、ロボ太の肺の空気が残らず吐き出された。

 苦痛で咳き込むが、可動域が狭く、オフィスチェアがガタガタ揺れる。

 唾液がデスクに垂れた。

 

「コイツは明らかに弾を避けてやがる。目になにか入ってるのか? なあ、どう思う」

「知るか。もう一回目を潰してから殺せばいいだろ」

「次はコイツも対策するだろうが、バカかお前?」

 

 バカはてめえだ、と言いかけたところにモニターへ警告が表示される。

 ビープ音がスピーカーから流れ出した。

 

「なんだァ?」

「鍵が開けられたぞ、僕を守れよ!」

 

 ロボ太から身体を離した真島は拳銃を抜いて、部屋に繋がる唯一の廊下への扉の側面へ張り付いた。

 静かな足音が迷いなく近づいている。

 躊躇なくドアが開けられた。

 その影になって真島の姿が隠れる。

 ドア越しに真島は拳銃を向けている。

 ロボ太は入ってきた人物と真島を交互に見て、息を呑んだ。

 なにを言えばいいか咄嗟に判断できなかった。

 口火を切ったのは侵入者だ。

 

「銃を下ろしてください。敵ではありません」

 

 女性の声。

 物腰は柔らかで、相手を威嚇するような様子もない。

 単なる事実を淡々と述べるようにドア越しの真島へと語りかける。

 

「彼女の能力を探る手間は必要ありません。こちらで開示いたします」

「テメエ……」

 

 真島はこの女――姫蒲を知っている。

 ロボ太はそのことをこの短いやり取りで把握した。

 では次に危ないのは自分だ、と遅れて気づく。

 遅かった。

 真島の銃口が女ではなく、ロボ太へと向く。

 

「彼のことも撃たないでください。必要になる予定です」

「なんで黙ってた」

「ううう……撃つなって言われたのが聞こえなかったのか? 銃を下げてから話せよ!」

 

 姫蒲が確かな足取りで部屋へと入る。

 ドア越しではなく、正面から真島と向き合った。

 

「彼女はあなたと同じアラン・チルドレン。才能があります」

 

 真島は銃を下ろさない。

 

「ソイツに俺への協力を依頼してたんだな」

「彼女の名前は錦木千束。リコリスと呼ばれる日本国内のエージェントです」

「そして協力していることをソイツに伏せさせた」

「錦木は目が良い。あなたの耳と同じです。精細な行動予測が可能なほどに」

「テメエらはソイツに俺を操縦させようとしたな」

「錦木をターゲットにしたいと考えていることは知っています。その支援に来ました」

 

 噛み合わなかった会話が、真島が引き金を引き絞る寸前に合流した。

 姫蒲は淡々と話を続ける。

 

「彼をあなたに付けたのも支援のためです。不快に思われたのであれば謝罪します」

「俺を誘導しようとしてたことへの謝罪はナシか?」

「私がお膳立てしなくても、いずれあなたは錦木にたどり着いていたでしょう?」

「そうじゃねえ!」

 

 真島が躊躇なく、銃を撃った。

 激しい銃声が室内に響き渡り、モニターの一枚が粉々に砕け散った。

 ロボ太は声も出せない。

 

「俺の戦いのバランスを俺以外には取らせねえぞ。テメエらがやってることはバランスを崩してる」

 

 先程までの怒りとは様子が違うことに姫蒲は気づいた。

 

「バランスが大事なんだ。俺の参入する戦いにはバランスが必要だと言っている」

「申し訳ありません、意味が……」

 

 撃ったばかりの銃を姫蒲の喉元に突きつける。

 姫蒲は努めて冷静さを取り繕いながら、真島の目を見た。

 昏い目。

 深い穴のような闇が、とぐろを巻いている。

 その奥では怒りが充満し、過激な行動へ駆り立てていた。

 

「俺はお前らの仕事をちゃんとやっている。だが、勝手にテメエらで勝利条件を動かしたりするんじゃねえ。バランスってのは下で支えられてるものなんだ。上でゴチャゴチャと騒いでようが、下がどっしり構えてバランスを取る。俺こそが最下層だ。基礎だ。俺がバランスをもたらすんだ。俺こそがバランスそのものだ」

 

 意味不明。

 支離滅裂な妄言にしか思えない、と姫蒲は判断した。

 それでも言葉の端々から何とかニュアンスを受け取り、何を言うべきか決めなければならない。

 突きつけられた銃口を物ともせず、姫蒲は真島を見つめた。

 

「今度は私も出ます。錦木狩りの下準備と実戦。どちらも手伝います」

「何ができる?」

「錦木対策の装備を用意しています。あなたの望む戦場で、私も前に出て支援しましょう」

 

 真島がジロジロと姫蒲の身体を見る。

 スーツに隠れたしなやかな肉体には、筋肉がしっかりとついている。

 単なる支援に飽き足らず、前に出て戦えるというわけだ。

 

「そりゃ良い。バランスが大事だからな。俺を操作しようとしたお前は、俺の下で働くことでバランスを保てる」

 

 姫蒲は返事こそしなかったが、静かに頷いた。

 真島が何を言いたいかは分からなかったが、利害は一致した。

 震えを隠すロボ太は、二人に狙われることになった千束にかすかな同情を覚えた。

 二人とも明らかに殺し慣れしているのが分かる態度だったからだ。

 だが一歩もひいてはいけない。

 ここで二人相手に怯えた様子を見せれば、鴨になってしまう。

 便利に使われるだけの駒になるのはロボ太としても避けたかった。

 

「和解したってことだよな? じゃあ俺も支援するぜ。よろしくな」

 

 バシッと真島の肩を叩く。

 真島に胡乱げな目線を向けられるが、気にせず次は姫蒲にも肩を寄せる。

 ロボ太の脇へ姫蒲の肘鉄が入り、またもや唾液をこぼしながらロボ太は呻いた。

 

「な、なんでだよ……」

 

 三人をモニターの光が照らす。

 室内には殺意が充満していた。




本編の1~6話の中に自分が伏線だと思って観ていたけど、終わってみると別に伏線ではなかったという描写がいっぱいあります。
それらすべてが実際に伏線だったとしたら? と仮定してifの7~12話で回収する予定です。
そのためにキャラ解釈が変わったり、独自設定を生やしていきます。
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