リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら 作:725404
「なに寝ぼけたこと言ってるんだ?」
遠くから声がした。
春川フキだ。
やっと反応した、とたきなは安堵しつつ、真島に目配せした。
この状況であれば、真島の曲芸じみた射撃で射線を無理やり通すことは可能だ。
現場指揮官である春川フキを殺せば、ある程度戦況を持ち直すことは可能だと思われた。
それでもまだ撃つべきではない。
「千束が司令と接触します。もうリコリスが戦う理由はないんじゃないですか?」
「お前の暗殺命令が発行されている。抵抗するなら、そこのテロリスト諸共殺す以外ない」
たきなは会話をする気が相手にあるという状況をなるべく維持しようと、必死に言葉を選び取る。
フキが話せるうちに戦局を変えなければ、たとえフキを殺してもどちらかが全滅するまで殺し合いをするしかなくなるからだ。
「千束が司令を殺せば、DAに従う理由はなくなります。味方殺しはやめませんか?」
笑い声が響いた。
「あのアホが? 誰であれ殺せないあの女が、ましてや楠木司令を殺すなんて不可能だ」
「やりますよ、必ず」
それに、とたきなは続けた。
「もし千束が司令を殺せなくても、ここでわたしたちと殺し合いをするのは利益を生みません。一方で、もっと良い提案があります」
「利益のためにやってるんじゃねえよ。これが私たちの仕事だ」
軍用火器による嵐のような蹂躙は止まらない。
エントランスの窓どころかその枠すらへし折れて、外で炎上する車の煙が建物中にすら入り込んできていた。
「ラジアータの場所を教えて下さい。CDが密輸ルートの構築で得た財産がどこにあるか、確認できるのはラジアータしかいないでしょう」
金の話になると、途端にフキの反応が鈍った。
会話が途切れて銃撃の音だけが響く。
何とか対話を継続させようと、たきなは更に畳み掛けた。
「楠木司令が死んで、DAが壊滅したらリコリスは終わりです。戸籍のない不法入国者の子どもに、未来はありません」
もう柱はボロボロだ。
真島がじれったさを隠さずにたきなを睨みつける。
首を横に振ったたきなが、更に声をかけ続けた。
「フキだけならたとえ正規の身分証がなくても何とかなるかも知れません。しかし全国にいる孤児たちはどうですか? DAが壊滅後に、処分を免れたとして、ある程度の軍資金がなければ立ち行かなくなるでしょう。どうですか。これでもまだ、わたしを殺すのが正しいことに思いますか?」
責任感が人一倍強いフキにこそ効く言葉だった。
長い沈黙の後、ブローニングM2重機関銃の掃射が止んだ。
真島が頷いた。
フキが移動している。
そうしてマシンガンを設置している位置まで顔を出したフキが、苦々しい顔つきで声をあげた。
「場所は分かるが、操作権限はない。情報部員を連れてくるが、他にも援助があったほうが良い。詳しいやつはいないか?」
その言葉は、フキが楠木同様、ウォールナットの生存を知っていることを表していた。
しかしこの場にはクルミがまだ到着していない。
代わりに一人の男が名乗りを挙げた。
「おいおいおい、ついに日本一の天才ハッカーであるロボ太様の出番ってわけか」
大きく声を張り上げているが、全員の耳にほとんど届いていなかった。
それもそのはずで、ロボ太がいるのは防弾パネルを装備して、一番建物に遠い位置に停められているライトバンの後部座席だからだ。
一連の話をドローン経由で聞き取っていたが、ドローンに音声機能がないため、名乗りだけは地声に頼るしかなかったのだ。
真島だけはしっかりと聞き取り、フキの前に姿を現す。
リコリスたちが一斉に銃を向けようとするが、フキが手で制した。
「仲間にアテがある。いま連れくる」
そうしてたきなと真島たちはラジアータへの足がかりを得た。
**
DA本部の司令室はアール・デコ様式の内装で設えてある。
これは戦前の本部棟が外装から何まで全てアール・デコ様式だったことから、司令室だけでは改装されても同様の様式を保つことになったという経緯がある。
同じ時期にアール・デコ様式をふんだんに設計へ取り入れて建てられた現東京都庭園美術館は、朝香宮の邸宅として使用されていたが、戦後西武鉄道に払い下げられるまでの間は首相官邸として使用されていた。
幾何学的な直線と円を多用したそのデザインと、重厚な赤い絨毯、分厚い黒檀の机には質実剛健な歴史の重みがあった。
その部屋の窓際に、一人で楠木司令は待っていた。
重い扉を開いて現れたのは、赤い制服を着た、史上最強のファースト・リコリスであるアラン・チルドレン、錦木千束だ。
「遅かったな」
「楠木さんが早いんだよ、ヘリでも使ったんでしょ?」
へらりと笑った千束が、硝煙の臭いを払うように制服をはたき、来賓用のソファに腰掛ける。
ローテーブルを挟んで、楠木司令は立ったまま正対した。
ポケットに手を突っ込んだままだ。
「今なら支部職員への暗殺命令は取り下げる。もうやめろ」
楠木はいきなり本題へ切り込み、千束を見下ろした。
一方の千束は、ソファに身体を預けて、遠くを見た。
カーテンが開かれたままで、向かいのリコリス棟がよく見えた。
「なーんでこんなことになっちゃったんですー?」
「すべてDAのためだ。分かるだろう」
楠木司令の行動で、たしかにDAは全てを得た。
国内でのCDとの戦いを制し、国外での活動の足がかりを得た上に、密輸ルートまで掌握した。
今回の件で、DAは明確に勝者側だ。
「リコリスのことはどうでもいいわけ?」
「そうは言っていない。DAという組織が強靭になればなるほど、むしろリコリスの地位も安定する」
「そーかな? これまで以上の激務で、死人も大勢出るんじゃないの」
千束はゆっくりと視線を楠木へと移し、反応を見て取った。
「そうはならない。むしろ国外の情報も仕入れることが可能になったから、今後はより確実な作戦を立案することが出来るはずだ。そうなれば作戦従事中の死者の数は必ず減る」
極めて冷静に楠木司令は説明をした。
千束が何を聞いてくるか、すでに想定していたことが伺えた。
やはり楠木は千束を説得可能な相手だとみなしていたのだ。
ここで自分の行ったことの正当性と、これからの道筋、今までの対応への謝意を示すことができれば、千束は矛を収めると踏んでいる。
千束はそれを今の返答で察し、話を切り替えた。
「じゃあ、なんでリコリスを殺したの?」
いきなり核心へ話題を切り込む。
楠木は動じることなく、淡々と話した。
「井ノ上の予想外の行動がCDによる工作の可能性を拭えなかった。同様に裏切りを画策している人間がリコリス内にいれば、全体を危険に晒す可能性があった。そのため、北押上駅と四人のリコリスは犠牲になってもらうしかなかった」
そのまま楠木は矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「結果的に見ればDAは利益のすべてを収奪することができたが、綱渡りであったことは事実だ。アラン機関のエージェントはどちらが密輸ルートを管理してもいいという態度を最後まで崩さなかったし、手駒のテロリストはアラン機関とも組んでいた。一歩間違えれば全滅していたのは我々でもおかしくない作戦だったんだ。分かるだろう、錦木。必要な犠牲だったんだ」
それはDAの行動方針と一致したやり方だった。
まだ犯罪を犯していない相手を目標とし、リコリスによって排除するという治安維持方法。
同じように、それをリコリス自身にも適用しただけだというのが、楠木の言い分だった。
そしてそうしなければ、最悪DAが壊滅していたということを説明することで、最小限の犠牲で済ませたことを際立たせる。
しかし千束は今の楠木の話で、自分の行動指針を確信してしまった。
ソファから立ち上がり、ローテーブルを回り込んで、楠木に並び立つ。
「じゃあさ、なんで銃取引のときに、たきながあんなことをやらかすって事前に分からなかったの?」
「それは……」
「さっきの話もそうだけどさ、なんでラジアータは犯罪予測可能なAIなのに、リコリスの犯罪については予測できないの?」
楠木が黙りこくった。
それを幸いとばかりに、千束は畳み掛ける。
「できない、というかやらないんだよね、きっと。リコリスの犯罪について、ラジアータは予測しない。だから、銃取引のときにたきなの乱射は想定外の出来事になっちゃった」
銃取引に関わるほぼ全ての糸を引いていた楠木でさえ、たきなのイレギュラーな対応は想定し得ない事件だった。
「私はね、DAがおかしい組織だと思ってるよ。それでも育ててくれた恩があるし、リコリスとかは別に嫌いじゃないし、悪い人たちと戦うってのは映画みたいで好き」
でも、と重ねる。
「ラジアータの予測に基づいて犯罪者を殺すのとさ、トップの独断で殺すのを選ぶのは、全然別モンでしょ」
今度こそ楠木は何も答えられなかった。
千束はうつむき、なにか反論が来るのを待っていた。
きっと正しい理屈があって、楠木はそれを知っているのだと思いたかった。
正論でねじ伏せられ、間違っているのは千束の方だと言ってほしかった。
そうでなければ、もうやるべきことが一つしかなくなってしまう。
しかし、いくら待っても、楠木は何も言わなかった。
言えなかった。
千束が顔を上げると、楠木の諦めたような顔つきがあった。
「ねえ、なんか言ってよ」
「頼む。これからなんだ。DAはかつてない権力を得た。犯罪抑止のために国外での活動も認められる。国内へやってくるテロリストを対処療法的なやり方で潰すだけではない、もっと広い活動ができるようになる。平和な国を守れる。これが正義でなくてなんだ? 間違っているのは私なのか?」
懇願するような楠木の声音には、その言葉の正しさを微塵も信じていない様子がありありと写り込んでいた。
千束はDAに拾われた時点で、リコリスとして活動することを決定づけられていた。
治安維持機関としてのやり方は間違っているように思えたし、仲間のリコリスたちが損耗していくのは見ていられなかった。
それでもリコリスであることを辞めなかったのは、そんな組織でも、自分が思う正しいことを貫けるのではないかと希望を抱いていたからだ。
救世主に救われた命を使って、自分も同じように、誰かのために正義を成したかった。
それは千束の中にある、正しいことをしたいという欲求や、誰かのためになるようなことをしたい、後で振り返ったときに間違っていたとは思いたくない、といった色んな願いをひとまとめにした思いだった。
法治国家である日本で危険を事前に排除し、社会を乱すものの存在を許さないことも、それが正義だと思えるなら、許容できた。
そうして千束は自分の立場を弁えて生きてきた。
だからこそ、リコリスである千束にはやるべきことがある。
平和と安全を守り、社会を乱す存在を許してはならない――そこに例外はなかった。
それがDAの司令であっても。
「なあ、やめてくれ。平和を守る……それがお前のいう正義じゃないのか?」
千束はプラスチック・フランジブル弾の装填されたデトニクスコンバットマスターではなく、真島から受け取ったトカレフを抜き取った。
そうして薬室に弾を送り込むと、楠木司令へと銃口を向けた。
「本当に平和だったら、こうならなかったのかもね」
銃声が司令室に響き渡った。
**
ロボ太を迎えたたきなたちは本部の地下にあるラジアータにたどり着き、情報部職員を銃で脅して、協力を要請した。
ラジアータの持つ計算力を存分に活かし、CDが隠していた資金が瀬戸内海の無人島にあることを確認した。
かくして、ラジアータは最後の役目を終えて、地下ごと真島の持ってきたC4爆弾で破壊されることになった。
「やっぱり僕が今後も有効活用するとかは……痛ってえ!?」
真島にキアッパ・ライノで脇腹を小突かれたロボ太がその場呻く。
ロボ太を担ぎ上げた真島は、たきなの後に続いて地上へ戻り、いまだに銃を離さないフキに声をかけた。
「資産はお前らが使え。山分けの配分は勝手にしろ」
「そうさせてもらう。爆破は千束を待てよ」
フキは念を押すと、外からボロボロになったDA本部を眺めた。
月明かりで照らされ、砕け散った窓ガラスが光を反射する。
奥の暗がりから、赤い制服の少女がゆっくり歩いてきた。
「千束!」
まっさきに駆け寄ったのはたきなだ。
手にはデトニクスコンバットマスターではなく、トカレフを握っていることからも、何をしたのかは一目瞭然だった。
千束の泣きはらした目は腫れ上がっている。
屋外に出ていたリコリス全員と真島たちが何も言わず、ただ千束の成し遂げたことを悟った。
後はラジアータだけだった。
たきなが速やかに千束を外へと誘導し、真島へ向かって頷いた。
爆弾が起動した。
激しい地鳴りとともに土煙が吹き上がり、とてつもない振動が辺り一帯を襲った。
本部棟は完全に崩壊し、アール・デコ様式の司令室も楠木の死体も瓦礫に沈んだ。
リコリス棟も一部崩落し、崩れ落ちた壁が中庭へとなだれ込んだ。
むき出しになったリコリス棟の中央吹き抜けは、巨大な噴水が完全に機能を喪失し、溜まっていた水が流れ出していた。
全てが壊れたように見えた。
そこに別の音が混じった。
上空だ。
みなが顔をあげると、夜空にヘリが一台浮かんでいた。
テイルローターが夜風を切り裂く音とともに、ゆっくりと近づいてくる。
着地すると一人の男とが現れた。
アラン機関のエージェント、吉松シンジだ。
彼もまた滂沱の涙を流していた。
ただし、千束とは真逆の理由――嬉しさのあまりの涙だ。
吉松は呆気にとられた一行を無視し、千束だけが視界に入っている様子で、大きく腕を広げながら近寄った。
千束の肩を支えるたきなの射殺すような鋭い目つきすら全く気にしない様子で、ゆっくりと手を叩く。
拍手しているのだ。
「素晴らしい! 世界が授けた最高の才能が、花を開いた! これが私の見たかったものだ。これこそ、才能の使いみちに他ならない!」
満面の笑みで涙をこぼしながら吉松は千束を褒め称える。
「やっとだ、やっと、才能を使ってくれたね。殺しの才能――その優れた贈り物が、まさかこんなにも素晴らしい結果をもたらすなんて」
誰も口を挟めなかった。
絶句しており、吉松にかけるべき言葉が見当たらなかった。
吉松は楠木の言う通り、密輸ルートの構築を国外側から支援する人間の一人だった。
だが管理するのがCDになろうがDAになろうが、どちらでも構わないというスタンスで彼は行動を取っていた。
その代わり、吉松には別の目的があった。
アラン・チルドレンである千束の才能の発揮。
それが吉松にとって最も重要な事柄だった。
そのためには殺すべき人間を用意することも厭わなかったし、真島と姫蒲を用意して、「いのちだいじに」なんて言っていられないほど過酷な戦場を現出させることもためらわなかった。
それでも決して揺るぐことのなかった千束が、今こうして、彼の願い通りに人を殺した。
それを興奮せずにいられるだろうか。
「世界最古の治安維持機関でありながら、現代の法治国家である日本では決して看過できない悪徳を、たった一夜で滅ぼしてしまうなんて。常人がどんなに積み上げようとも、天才の一日には匹敵することなど決して無いということをこうまで明らかにしてくれるとは、あまりに素晴らしいよ。世界に貢献するというのはこういうことだ、と端的に示す盛大なる成果としか言いようがない! やっぱり私の見込んだ才能だ。これが天才と世界の関係性の最良の形だと、頭で理解するのではなく、心で実感したよ!」
吉松の視界にはもはや千束すら入っていない。
千束の才能だけを見ている。
吉松の言葉ひとつひとつに、鋭いナイフを差し込まれたような苦痛を感じている少女の姿は全く見ていない。
今にも千束がもう一度トカレフを抜きかねないことも、吉松は気づいていなかった。
しかし先に動いたのは千束でも、他の誰もなく、たきなだった。
千束からデトニクスコンバットマスターを奪い取り、一発だけ頭に撃ち込んだ。
戦闘訓練をしていない人間にはそれだけで十分だった。
倒れ伏せた男を蹴り飛ばしたたきなが、乱暴に意識を取り戻させる。
そうして朦朧とした吉松に向かって、冷然と言い放った。
「アラン機関は支援したアラン・チルドレンに接触することを禁じているそうですね。一連のあなたの行動は明らかに規則違反です。アラン機関内で裁かれてください」
「うぐ……やめろ、邪魔をするな」
吉松はプラスチック・フランジブル弾による打撃で腫れ上がった頬ではまともに開かない目を精一杯見開いて、たきなを睨みつける。
それを平然と受け止めるたきなが、吉松へ吐き捨てるように最後の言葉をかけた。
「お前は、お前の思う凡人に裁かれれば良い。天才だの何だのと言って誰も見ようとしない人間に、世界なんて見えていません」
吉松の見たもの全てを否定して、たきなはワイヤー射出器を向けた。
**
吉松の到着から数分が経過した後、最後の来訪者たちがやってきた。
赤いフォレスターだ。
「あー、もしかして全部終わった感じ?」
緊張感のないミズキの声に、千束が呆れた様子で笑いかける。
「もうぜーんぶ終わったよ。全部ね」
その一言に全てが込められていた。
「これからどうすっかなー」
リコリスたちは崩落した寮から私物を取りに行っていたが、フキだけが何も持たず、千束の横にいた。
「とりあえず戸籍作って、身分を保証できる状態にしないとね」
千束の軽口に、ロボ太が乗っかってきた。
ずい、と前のめりでフキへ近寄る。
「じゃあ、僕がやってやろうか? 免許証、住民票、保険証、パスポート、高校の卒業証明書。これをワンセットで一人百万。破格だろ?」
顔こそ被り物で隠れているが、欲望はダダ漏れだった。
そこにボストンバッグへ一通りの荷物を詰めたサクラが戻ってくる。
「金とるんすか?」
「たっぷりあるだろ、瀬戸内海に」
へらへらと笑うロボ太の態度に、フキやサクラはうんざりとした表情を浮かべた。
だがそこにフォレスターから降りてきたクルミが割って入ってきた。
「待て。そんな間抜けの言うことは聞かなくていい。ボクが全員分タダでやる」
「なんだクソチビ? この日本一の天才ハッカーに楯突こうってのか?」
自分と同じくらいの背丈だと見て取ったロボ太が、早速恫喝を始める。
しかしクルミは呆れた様子で取り合おうともしなかった。
「日本一の天才ハッカーが聞いて呆れる。技術の研鑽をおろそかにして、上を殺してのしがろうとする無法者に日本一なんて言う資格はない」
「あぁん? ……ってまさか、お前がウォールナット!?」
やっと気づいたロボ太を押しのけ、クルミはスマホを取り出して、フキへと声をかける。
「こいつはいいから、後でみんなの名簿を出せ。こっちで必要な身分を作る。金はいらない」
顔をほころばせたフキが口を開こうとしたが、それより先にロボ太が声を荒げる。
「おい、こっち向いて話をしろよ! 無視すんな……って痛え!?」
だが、話は長く続かなかった。
ロボ太の首根っこを掴んで後ろから持ち上げた真島が、フキたちからロボ太を引き離した。
「お前はこっちだ。DAの支援がなくなった以上、普通の犯罪者として今後はルートの維持をする。警察とも敵対することになる。お前の力がこっちで存分に発揮しろ」
「うぐぅ……そんなことより、俺は日本一になりてえんだ!」
足を宙に浮かせたロボ太がジタバタと暴れるが、真島は一切斟酌しなかった。
「じゃあ俺の下で力を蓄えろ。金にもなる」
「うわあ! 覚えてろウォールナット!」
**
二度の春が過ぎ、再建した喫茶リコリコは今日も営業をしていた。
日本は九年連続の治安世界一の国家となったが、十年目には転落した。
犯罪の認知件数は一気に数を増し、刑事である阿部も勤務中にボードゲーム大会に参加できるような暇は失われた。
そして千束は、今日も喫茶リコリコへの出勤をする。
「って、うわあ、遅刻!」
慌てて準備をする千束は、外の天気を見て、雨合羽の準備が必要だと気づく。
今週の頭に桜が満開になっていたが、この雨で今年の桜は終わるだろう。
花びらが散った後は、葉桜の季節に移る。
ビルの切れ間に降り注ぐ雨を黄色い合羽で受け止め、千束は愛用のベスパを走らせた。
――天気はともかく、私は元気!
これで終わりです。
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