リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら   作:725404

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長くなったんで8話は2回に分けます。


8話「Another work, another boss」1/2

 数日経っても千束の言う通り襲撃はなかった。

 直感から後付けで理屈を立てた話だったので実際のところみんな半信半疑だったが、何日も襲撃が来ないと分かると徐々に警戒は薄れていき、日常が戻ってくる。

 頭の片隅にあって決して忘れることはないが、他の仕事にリソースを奪われて万全の構えとまではいかなくなった。

 そしてそれでも問題ないほどに、襲撃の影は落ちて来なかった。

 

「そちらはどうでした?」

 

 コーヒーカップとケーキの皿をバッシングしたたきながスマホと睨めっこしている千束の背後から声をかける。

 

「色々出てきた。フキはやっぱり優しーね」

 

 と言いつつ、スマホのログにはなぜかミカの写真が添付されている。

 

「たきなは? 転属組同士だと方言で話したりする?」

 

 たきなはかぶりを振った。

 

「いえ、支部ではみんな標準語ですし……。といいますか、今回は不首尾に終わりました」

「アレ? ……まあ、そっか。じゃあ仕方ないか」

 

 たきなと千束は殺された四人のリコリスの背景を探っていた。

 と言っても隠密にやるべきことでもないので各々知り合いに声をかけて知っていることを聞き回っている。

 転属組であるたきなは同じ京都からの先輩に話を聞こうとしていたが、話を聞くことができなかった。

 たきなが答えを濁しているため、千束は話を聞けなかった理由を察した。

 業務上での死だ。

 一方で千束の方はそれなりの答えを得た。

 

「四人は時期こそバラバラだけどみんな広島からの転属組なんだって。普段の仕事でも基本は一緒に組んでたらしいよー」

「では……」

 

 安易に答えに向かおうとするたきなを広げた手で制止し、千束はスマホをフリックする。

 

「ただし、普段組んでたのは四人じゃなくて八人。もう四人いて、仕事を受ける体制だった……ってことらしい。八人ってことはアレでしょ」

「アルファードなどのミニバンですね」

 

 リコリスは任務で現場に行くまでの間、公共交通機関であるバスや電車を使うことはあまりない。

 基本的には車で現地へ行き、そのまま車で帰る。

 人目の多い場所で長時間姿を晒すことを仕事の性質上嫌うためである。

 その上で、一度に複数人を運搬することを考慮すると、なるべく大きい車両が必要になる。

 

 普通自動車免許で運転できる大きい車両の中で、フルスモークでも怪しまれない車両となると、家庭用のミニバンが限界だ。

 社用車としてのハイエースは十人乗ることもできるが一般的にフルスモークであることが少ないし、学生が何人も乗っているのを見られると怪しまれる。

 フルスモークのアルファードやステップワゴンであれば一般の車両に紛れても違和感がない上に、一台で全員が乗れる。

 いざという時に近くに停めてある車両で現場のリコリスが撤退できるというのが、利便性に優れている。

 そのため、基本単位は二人ペアが四組の八人だ。

 

「だけど銃の密売に関しては大規模な仕事でしたからね」

「もう四人は搬入口じゃなくて幹線道路に出る手前のとこを抑えてた人員に配置されてたって。ここらへんはたきなの方が詳しい?」

「いえ、あの時は突入要員だったので全体の配置はともかく細かい人員まではちょっと…」

 

 現場指揮官はファースト・リコリスであるフキが担当していた。

 そのため当時の資料も覚えていて、千束に話すことができるのだろうとたきなは推測した。

 フキの現場指揮官としての能力は恐らく千束より上だ。

 

 数十人規模での作戦でも通信から全体を把握し、指示を出せる現場指揮官はそう多くない。

 その能力の一端として、今もあの作戦概要や当時のメンバーを把握しているのだろう。

 終了した作戦の資料は基本的にリコリスが閲覧できるものではなくなるため、覚えてない限りは解答などできないはずだからだ。

 

「ちょっとォ! これ四番呼んでるっ」

 

 カウンターごしに身を乗り出したミズキが、二人を呼んだ。

 気づけばテーブルはほとんど埋まっていた。

 

「うわっ、行く行く」

「たきなは上の座敷かたして、ほい」

 

 たきなはありがとうございます、と言いながらナプキンを受け取る。

 それからしばらくはワタワタとテーブル、階段、座敷と大忙しで注文を取って、配膳、バッシング、案内をクルミ以外のメンバーでこなした。

 ホールに出なかったのは常にコーヒーに張り付いているミカだけだ。

 ピークを乗り越えて客の波が引いた頃を見計らって、たきながミズキに声をかける。

 

「情報部の方はどうでした?」

 

 カウンターを猛然と拭き上げるミズキが顔をあげた。

 何を訊かれているかわからない様子で、本気で頭上にはてなマークを浮かべていた。

 しかしすぐに合点がいったのか、すっと手を止めて口元に指を当てる。

 

「あー……全然ダメ。アレもこれも守秘義務。彼氏できたかどうかすら守秘義務にしそうな勢いだったわよ」

「それはお前に本当のことを言うと何されるか分からないからだろ」

 

 店内が落ち着いたのを見て取ったクルミが部屋から出てきた。

 返す刀でミズキはクルミの頭をグリグリと締め上げた。

 

「まあでも別の方面から資料はゲット! ハイこれ」

 

 ミズキがバックヤードのさらに奥、普段クルミが居座っている部屋に放り出したノートPCを開く。

 流石に客がいないとはいえ、開店中の店内で話すのは気が引けたのだろう。

 千束とたきな、クルミもついていく。

 

「こっちが四人の最後の出撃データ。現場の事案内容とその時のメンバーがセットになってるけど、作戦立案チームとかのバックアップ側は流石にもらえなかったわ」

「うわ、どうやってこんなに!? 普通にアウトじゃん」

「ふっふ。司令の秘書、アタシの同期なのよ」

「絶対ダメなやつじゃん!」

「まあ長い付き合いになると色々引き出しってもんがあるのよ」

 

 不敵な笑みを浮かべるミズキにドン引きする千束を尻目にたきなは資料を眺めた。

 銃器関連、麻薬取引、営利誘拐、人身売買。

 四人ともバラバラの事案内容で動いていた。

 メンバーに若干のかぶりはあるが、四人がそれぞれ死んだタイミングでは、一緒の作戦へは参加していない。

 今まではよく一緒に仕事をしていたにもかかわらず。

 

「DAも彼女たちが狙われる可能性があることは承知してたんじゃないのか、これ」

 

 クルミも違和感に気づいて、真っ先に思いつくことを口に出す。

 

「それはありそうですね。わたしたちが持っている情報はいずれもラジアータだって把握しているでしょうし」

「それじゃ楠木さんが見殺しにしたようなもんじゃん、それはないでしょ」

 

 千束が当たり前のように言って、たきなを見る。

 たきなも頷いた。

 

「そうなると内通者を警戒しての配置だったと考えるべきでしょうか。銃取引の現場に出ていたメンバーをあまり一緒にしたくないのでしょう」

「その結果がこれか。普段リコリスは複数人で行動するわけだろ? 殺されていた時ほかのメンバーは反撃しなかったのか」

 

 ミズキがやれやれと肩をすくめた。

 

「リコリスは基本司令部で作戦立案チームを立てて、行動計画を策定してから動くから、現場が急変したら臨機応変な対応は難しいのよ」

「それに普段のリコリスの装備じゃ真島の装備には対抗できないっしょ」

 

 情報部で長年現場を見てきたミズキと現場で実際に敵と対峙した千束の所感に、クルミはそういうものかと納得した。

 

「じゃあコレでとりあえず出揃ったって感じか」

「これ以上はラジアータがブロックしてきますね」

「広島時代の情報は手に入らないかな?」

 

 千束の提案はクルミに向けたものだ。

 ウォールナットとしての能力を使ってほしいという期待でもある。

 だがクルミはかぶりを振った。

 

「お前らが普段着ているその制服が邪魔だ。ラジアータがネットに上がったその制服の画像や映像を消して回っている」

 

 リコリスの制服は都市迷彩としての機能を有しているが、制服単体で有名になってしまうと意味がなくなる。

 そのため、リコリスの制服がネット上で見つかると、ラジアータが運用しているクローラーが検知し、消しているのだ。

 広島時代に彼女たち四人がどこで何をしていたかというのは、広島支部の作戦資料を見せてもらうか、ラジアータの保管しているデータを閲覧する以外に、知るすべがない。

 

「とはいえ全部のデータがネットに上がっているわけじゃない。監視カメラの映像をビデオやDVDで記録しているタイプの場所を一つずつ訪ねて回れば少しは得られるものもあるかもしれない」

 

 監視カメラの映像を記録する場合、上書き保存して一定以上前の記録は残していないことが多いから、実際に足を運んでも無駄になる可能性が高い。

 あるかわからないデータを、もらえるかどうかも分からないのに探し回る。

 途方も無い仕事量になるのは目に見えていた。

 もし実施するとなれば長期間の出張になるだろう。

 たきなは肩を落として、気落ちしていた。

 しかし千束は目を輝かせて身を乗り出した。

 

「じゃあ広島出張するしか無いじゃん! うわっ、どんなホテル泊まろ~」

「……本気ですか?」

「だってそれしかないじゃん! お好み焼き食べたいな」

「アタシ牡蠣ね。日本酒飲みまくる!」

「観光するんじゃないんだぞ……」

「もし行くなら新幹線ですかね」

 

 各々広島に思いを馳せる。

 たきなが携帯で時刻表を見始めたタイミングで、バックヤードからミカが顔だけ出して三人に声をかけた。

 

「忙しいところすまないが、外勤の時間だ。千束とたきなは用意を頼む」

 

 店内のピークがすぎるタイミングでの外勤は、喫茶リコリコの基本営業スタイルだった。

 豆の販売や配達も行っているため、店内が閑散としていても仕事がないわけではない。

 千束とたきなが外へ出る準備を始めているうちに、店内にも客が入ってきた。

 ヘッドセットをつけて、押し入れに戻ろうとするクルミを脇に抱えたミズキがフロアに出る。

 

「あんたも配膳くらいしなさいっ」

「ぐうぅ、ボクにはボクしかできない仕事というのがあってだな……」

 

 もごもご言い訳しているうちに客がクルミに近づいてきて、接客せざるを得ない状況になった。

 喫茶リコリコの店内は平穏そのものだった。

 

 

 **

 

 

 コーヒー豆の配達はだいたい相手が決まっているので、たきなも何度か通えば覚えてしまった。

 二人とも地図も見ずに、入り組んだ生活道路を迷いなく進んでいく。

 日本語学校、暴力団事務所、児童館。

 ほかにも個人宅が何件か。

 

 ミカがたまに足の検査のため通院する病院で知り合った老人たちは、体調が優れないので長距離の遠出ができない。

 しかし喫茶リコリコの話を聞いて、コーヒーを飲んでみたいと考える方もいる。

 そういった来店の困難な客層に向けた商品でもある。

 千束は満点の笑顔で彼らに配達を行い、しばらく世間話に花を咲かせる。

 相手からすればこうした時間も貴重な贈り物ということになる。

 さらにコーヒー配達以外の仕事もあった。

 個人のためのリコリスとしての業務だ。

 

「この子? かわいーなあ。なんて名前なんですか?」

「フレアっていうの。先週金曜から帰ってこないのよ。もう心配で心配で」

「最後に見た場所はどこですか?」

 

 老女の持つ写真立てを、千束とたきなが覗き込む。

 背中が丸まってしまっている老女よりも大きいんじゃないかと思えるほど大型犬。

 白い毛並みが豊かなその犬は写真立ての中では悠然とカメラ目線だった。

 

「もちろん家の中よ。もう最近は出歩けないから、孫が来るときくらいしか散歩に連れ出せてなかったのがダメだったのかしら」

 

 見つかったら連絡しますね、と千束が胸を張って答え、犬の写真をスマホで撮影する。

 深々と頭を下げる相手に手を振って千束たちは帰路についた。

 クルミへと画像を送付し、ついでに時間を確認する。

 

「だいたい予定通り!」

「余裕をみて正解でしたね。店の方は大丈夫でしょうか」

 

 ミズキいるし、とクルミを戦力に数えない千束の言葉にたきなも特につっこまなかった。

 

 

 **

 

 

 二人が店に戻ると想像通り客はまばらだった。

 

「あー、ヨシさんさっき来てたのに」

「入れ違い!? レアエンカウント逃したー」

 

 開口一番ミズキが客の話をする。

 喫茶リコリコは常連と新規で区別する必要もないくらい、ほとんど常連客だ。

 そのためだいたいの客を把握してしまっている。

 吉松もその一人だが、千束がいるタイミングではあまり店に来ない。

 朝に弱い千束と対照的に、朝の時間によく来る。

 もしくはピークを過ぎたタイミング。

 出勤の時間や外勤の予定が重なり、常連にも関わらず、あまり千束とは顔を合わせることがないのだった。

 

「それより、新幹線の予約取りませんか? 明日の朝出れば午前中のうちに広島に行けるそうですよ」

 

 たきなは外勤中も合間を縫って携帯を触り、おおよその時刻表を確認していた。

 

「ボクはいけないから護衛に一人は残ってくれよ」

 

 クルミは身を隠している最中なのであまり遠出はできない。

 

「えー、逆にみんなで行けば護衛も万全じゃない?」

「アンタいないともらったデータをその場で解析できないじゃない」

 

 すわ再度のスーツケース入りか、という話になった。

 そこに暗い面持ちのミカが割って入った。

 

「申し訳ないが、ちょっと遠出は難しそうだ」

「うぇっ!? どうしてよ!?」

「いま大勢で出かけられると人手が足りなくなってまずい」

「じゃ、臨時休業でいいんじゃない。ねえ先生」

「そうよそうよ。別にココすごい繁盛してるわけでもないんだし」

「だからこそ問題なんだ」

 

 といってミカはノートPCの画面をみなに見せた。

 今年の収支表をグラフ化したものだ。

 

「これが一月時点。そこから収支が徐々に落ち込んで……」

 

 五月を境に赤字に転落し、そこからはズルズルと線グラフは右肩下がりで落ちている。

 喫茶リコリコは赤字経営だった。

 

「どうすんのよコレ!?」

「収支の内訳を見ると分かりやすいかもしれない」

 

 ミズキの悲鳴に応えたミカが今度は表を見せる。

 

「うちの収入源は概ね二種類に分けられる」

 

 一方は喫茶店としての仕事。

 店での収入が大きいのは当然だが、コーヒー豆の配達もかなりの割合を占めている。

 小規模な店なので、一度に入れる客が多くない。

 その上酒類提供等も行っていないので、客単価はそう大きくない。

 

 一方でコーヒー豆の配達は、配達の送料を含めた金額でも惜しみなく報酬を払う客が多いため、客単価が高い。

 その結果その二つでかなりの収入を占めていた。

 客からの頼まれごとは収入としての割合が大きくない。

 これはあまり同時に複数の仕事を抱え込めないのと、そもそもみんなが頼みやすいよう一件あたりの請求を抑えているからだ。

 

 千束の要望でもある。

 個人のためのリコリスとして活動するなら、個人が支払える額で助けるべきだという判断だ。

 本当は千束自身は無償で助けたいくらいなのだが、こうした依頼を無数に受け付けるような事態になった場合に喫茶リコリコの処理能力では対処できないため、ある程度の請求をしている。

 

 とはいえ、安価であることには変わりなく、収入としては大きくない。

 これら三つが喫茶店としての収入源だ。

 そしてもう一種類の収入源はDAの支部としてのものだ。

 こちらはDAからの支援金が収入として入ってくる。

 千束の能力がないとできない仕事や、少人数支部として小回りが効く故の依頼などがDA東京支部から降りてくる。

 こちらは掛かった経費を請求書としてまとめると必ずDAから補填されるため、まず損はない。

 ただしそもそも受注件数が低い上に、不定期な収入のため、喫茶リコリコとして頼り切りになれるような収入ではなかった。

 

「これだけ見ると割と金は入ってきてるじゃないか」

 

 クルミは月別収入を確認して、所感を述べる。

 

「まあ、収入だけ見ればな。こっちが支出だ」

 

 そう言って、ミカは支出の表を見せた。

 

「うわあ、マジで……?」

「ひっどいわね」

 

 千束とミズキが揃って絶句した。

 支出は四月以降右肩上がりで増加傾向を示している。

 原因は喫茶店でもDAでもなく、個人のリコリスとしての活動だ。

 

「DAから請ける仕事でない限り、依頼ごとの支援金は出ない。だが、リコリスの権限を使って銃装しているから、その分弾薬費の支出が多いんだ」

「でも今までだって仕事はしてたじゃん? 急にこんなに支出が増えるのはやっぱおかしいってー」

 

 千束は反論を繰り出すが、ミカは首を横に振った。

 

「春にたきなが来ただろう。それで依頼を請ける余裕が出てきた」

 

 それが悪い方向に作用しているというのが、喫茶リコリコの問題だった。

 

「個人のためのリコリスは活動すればするほど、負債を抱えることになるよう出来ているんですね」

「別に営利目的で始めたわけじゃないしねー。まさかこんなになるとは思ってなかったけど」

 

 クルミはなおも何かを確かめるように、ノートPCで収支表を眺めた。

 一方でミズキはもう店より別のことを心配し始める。

 

「アタシたちの給料はちゃんと払われるんでしょうね?」

「そこを削るつもりはない。ただ何事にも絶対というのはないが……」

「えぇ!? ちょっと、そこは確証を持って話しなさいよ!」

「まあまあ。先生、これどうするの? 対策しなきゃまずいよね?」

「もっと早い段階でこれは対策すべき問題だったのではありませんか? 例えば五月の時点ですでに傾向と原因は見て取れます。後回しにすべきだったとは到底思えませんが……」

「じゃあ今から対策するのが今この時点での最善ってことだよね?」

「そうなりますね。まずは支出を抑えるのが先決です。迷い犬探しのような弾薬消費のない依頼を積極的に請けていきましょう」

「もう請けてるじゃん!」

「同時に複数の動物を探すようになれば、探す場所に限りはありますし、効率も上がるんじゃないでしょうか」

「それは一理あるけど、そんなにポンポンイッヌがいなくなったら可哀想じゃん!」

「何もわたしたちがわざと消すわけじゃありませんから、積極的に広報する等の方法で上手く集客できそうじゃないですか?」

「クルミ、やれる?」

「うーん……」

 

 クルミは千束へ曖昧な返事を返したまま、ノートPCと睨めっこしていた。

 

「そんなに難しくないでしょ。広報よ、広報」

 

 ミズキがクルミの頭をがしりと掴んだところで、クルミが画面の中から意識を戻し、会話が進んでいたことに気づく。

 

「広報? 別にミズキがSNSでもやればいいじゃないか」

「天下のウォールナット様の力を拝借したほうが手っ取り早いじゃない。アンタもここに居候してるんだから、少しくらい役に立つところを見せなさいよ」

 

 そういってクルミの肩を強く揉む。

 クルミは嫌そうに顔をしかめつつもミズキにされるがまま。

 意外と肩もみが気持ちよさそうだった。

 

「SEO対策ならやれないこともないが、そんなに手を広げても仕方ないだろ。押上近辺の人たちに依頼してもらわないと始まらないんだから」

「やらない言い訳ばっかり考えて! 良いじゃない、このままじゃ世界中どころか半径五キロでもこの店知らない人の方が多いわよ」

「というかこの収支表は少し変じゃないか?」

 

 黙って様子を伺っていたミカの背中が跳ねる。

 

「なにか問題があったか?」

「収支以前にデータに違和感がある。ちょっと貸してくれ」

 

 そう言ってクルミがキーボードを叩き始めた。

 ミカがあっと慌てた様子で手を伸ばしたがもう遅い。

 ウォールナットとしての一流の手腕を見せるまでもなく、単なるシステムの復元で事態は明らかになった。

 

「あれ? 収支悪くないじゃん」

「どういうこと?」

「支出はともかく、収入はずっと安定していますね」

 

 改ざんされたデータがもとに戻り、赤字に見えていた経営状況が戻る。

 一定の収入を常に確保し、収支に動きがないものへ変貌した。

 

「たきなが来る前の一月から三月までのデータも見せたのは失敗だったな」

 

 経営状況が安定しているのはDAからの支援が手厚いからだった。

 先ほど言っていた状況と異なり、DAは千束が行う個人のためのリコリスも支援している。

 四月その活動件数が増大した結果、収支がマイナスへ転じたという話に合わせて表を改ざんしている。

 しかしそれに合わせて一月から三月までのデータも改ざんしてしまうと、たきなが来る前から収支がマイナスだったという話になってしまう。

 そのため公開したデータの一部のみ――四月以降のDAからの支援額だけ下げたのが、クルミの感じた違和感の正体だった。

 

「なんでこんな真似した?」

 

 項垂れるミカにクルミが鋭い舌鋒で問い詰める。

 庇うようにして千束が間に入った。

 

「まーまー、いいじゃん! 結果的に何も問題ないことが分かったわけだから」

「よくない。よく分からない振り回され方をしたんだから、理由が気になるのは当然だろ」

「その通りだな」

「先生!?」

 

 ミカは観念したように、クルミへと視線を向けた。

 

「今やってるリコリスへの調査をやめてほしかったんだ。経営改善のために動くようになれば、自然と調査の方は後回しになると思った」

「探られて困る腹でも抱えてるのか?」

「そういうわけじゃない。危険だと思っているから、やめてほしいんだ」

 

 クルミが眉をひそめる。

 

「危険? それは今も抱えているリスクだろ」

「真島じゃない。DAだよ」

 

 たきなの表情が硬くなる。

 二人の押し問答に口を挟む。

 

「どういうことですか? DAは味方でしょう」

「リコリスを調べるということはDAの内部調査をするのと変わらない。そんなことをDAとラジアータが許容すると思っているのか」

「協働して調べればいいのでは? むしろDA側にとっても好都合でしょう」

 

 内部の人間が調査するよりも、喫茶リコリコのような小さい支部が動いたほうが、ヘイトコントロールをしやすい。

 監査のように内部の人間を調べる行為は嫌われやすい。

 

「今の状況で楠木がこちらに調査を依頼していないということは、我々の協力は不要ということだ」

 

 ミカの断言に、たきなは押し黙った。

 実際ミカの言っていることは理にかなっている。

 DAは現在内通者がいる状況だ。

 全ての情報を支部へ公開することは不可能だろう。

 その状況で、DAが望んでいない行動を取るのは、リスクが大きいと考えるのは正しい。

 調べろと言われない限り、無駄に詮索しないほうが、DAへの利益になる可能性が高いというわけだ。

 

「DAは喫茶リコリコのために仕事してるわけじゃないんだから、DAの利益を考えて行動を控える理由は無いと思うけどな」

 

 一方でクルミとしては、DA支部としての喫茶リコリコではなく、千束を擁し、ウォールナットを抱え込む喫茶リコリコとしての利益を考えている。

 DAは内通者の存在を考えて、支部へ情報を出し渋っている。

 これはあくまでDAを守るための行動だ。

 その行動に同調するのは、DAのためになる。

 しかし喫茶リコリコとしては少しでも情報をかき集め、誰がどんな目的で動いているのかを早急に突き止める方が利益になる。

 千束が一度襲われている以上、なるべく早くいまの状況を確認できたほうが、次の襲撃に備えやすいからだ。

 

「喫茶リコリコはあくまでDAの支部だ。この事実は変えられない。DAの不利益になる行動を取って、敵を増やすほうがまずい」

「あまり納得できませんね。DAもこちらの行動の意図は把握してくれるでしょう」

 

 たきなはDAへの信頼を滲ませる。

 しかしミカの意見は違った。

 

「DAはおそらくラジアータでの調査内容を他にも隠しているはずだ。今の我々では情報負けしている。ヘタに動いたら、トカゲの尻尾切りに遇う」

「司令はそんなことはしませんよ」

「東京支部全体と天秤にかけられてから、そんなことを言っても後戻りはできない。今は慎重になったほうが良い」

 

 ミカの言葉はDAや楠木司令への警戒心を含んでいた。

 いざとなれば、便利な駒として使い捨ての道具にされかねないことを警戒しているのだ。

 

「楠木司令がそこまで強硬姿勢を見せるかはともかく、DAを敵に回したくないってのは同意ね」

 

 ミズキもDAを信用していない。

 だからこそミカの話に同調した。

 

「納得はできませんが、そういう方針で動くというなら、わたしも調査は控えます」

「ボクとしても敵は増やしたくない。ただでさえ内通者にまだ生きていることがバレてるんだから、リスクは減らしたい。でも調査を控えるのはあくまで一時的なものだからな。このまま知らないことばかりでいるのは性に合わない」

 

 今はそれでいい、とミカがうなずいてひとまず死んだ四人への調査は打ち切られることになった。

 

 

 **

 

 

「怪しい! 絶対怪しい」

 

 終業後、ミカが帰ったのを見計らってクルミは不満をミズキへぶちまけた。

 酒を飲みながら婚活サイトを眺めるミズキが話半分で相槌をうつ。

 

「何か知ってるわよね、あの態度は」

「お前も怪しいぞ」

 

 クルミはカウンターの椅子に座って、足をぶらぶらと揺らす。

 不満げな目つきがミズキを射抜いていた。

 

「ハァ? アタシは別になんにも隠し事なんてしてないわよ」

「お前最後誘導してないとは言わせないぞ」

 

 話が泥沼にはまりそうなタイミングでミカに真っ先に同調を示したのは他ならぬミズキである。

 

「アンタねえ……」

 

 否定も同意もしない相槌にクルミは確信を深めた。

 

「そもそもミカのあのバレバレ工作からして話を逸らすためのものだろう」

 

 最初からミカが本題を切り出していれば、話の焦点は広島に行くか行かないかという点になっていただろう。

 しかし一度偽の収支表を挟むことで、自然とミカが話の主導権を握ることになった。

 そうして切り出された話題は、調査の是非だったから、自然と広島行きの話は遠ざかった。

 結局広島に行かなくなったのも、調査を打ち切ったのもミカの話がきっかけだ。

 見事にリコリコの方針を誘導されている。

 

「やっぱり調べたいと思ってる?」

 

 ミズキは日本酒の入ったグラス越しにクルミを見つめた。

 酔ってとろんとした瞳だが、奥にある光は鋭い。

 

「いいや、あそこまでやるならミカにも考えがあるということだろ」

「安心した。アンタが独断専行するならどうやって庇おうか考えてたところだったから」

 

 ホッと息を吐いて、そのままグラスを煽る。

 クルミはヘッドセットを被って、畳へ移動した。

 ごろんと寝転がって、天井を仰ぎ見る。

 ヘッドセットをつけている状態だと一番首に負荷がかからない姿勢だ。

 

「やめるのは広島行きだけだ。調査はするぞ」

 

 一瞬で酔いが吹き飛んだミズキがグラスをどかりとテーブルへ置いて立ち上がった。

 

「本気!? あんなに言われてまだやりたいの?」

「リコリスの方も調査はやめる。DA……というかラジアータを敵には回したくない」

「なんだ……。じゃあ何を調べるっていうのよ」

「ミカだ」

「へ?」

「なんの話をしているんです?」

 

 キョトンした様子のたきなが、更衣室から出てくる。

 固まったミズキを放置し、クルミが宣言した。

 

「ミカの動向を調査する。DAにも喧嘩を売らず済むし、ラジアータにも目をつけられない。その上ボクたちより情報を持ってるらしいから、何か掴める目算が立つ。低リスクでリターンが見込めるぞ」

「どうしたんです?」

 

 たきなはクルミではなく、ミズキの方を見て問いかける。

 急な宣言の意図が掴みきれないので、ある程度事情を把握しているであろうミズキに確認を取ったのだ。

 しかしミズキもクルミの恐れ知らずな宣言に驚くばかりで、言葉が出なかった。

 クルミは満足したように足を組んで、仰向けのままワイヤレスのキーボードを叩き始めた。

 

 もう話はこれでおしまい、と言わんばかりの態度。

 慌ててミズキが言い募った。

 

「どういうことよ!? 裏切るつもり?」

「そうじゃない。ただ自分にはミカを調べる必要があると思っているだけだ」

「店長が何か企んでると考えているんですか」

「いいや。むしろそうじゃないということを確かめたいんだ。隠し事をしているのは事実だろ。それがボクにとって不都合じゃないことを確認したい」

「それは、ウォールナットはDA所属じゃないから、いざとなった時自分だけ不都合を被る可能性がある、という話ですかね」

「話が早いな」

 

 クルミは身体を起こしてたきなを見る。

 たきなはいつの間にか話を聞く体勢をこしらえており、ちゃっかり空いたグラスに麦茶を注いでいた。

 

「ミカはここの支部長だ。それに千束とはかなり信頼が厚い。ミカのやることがリコリコや千束の不利益になるとは思えないし、隠し事も千束のためにならないものではないだろ」

「でもウォールナットにとっては不都合かもしれない?」

「その可能性はある。ボクはここで唯一の非DA職員だし、この建物以外で日本で安心できる場所はない」

 

 DAの内通者に存命であることはすでにバレている。

 クルミが日本で安心して生活できる環境はあまり少なかった。

 

「今のボクはここが安全であるという大前提で生活をしている。その前提を確かめたいというのは自然な欲求に思えないか?」

 

 ミズキが黙りこくった。

 たきなは静かにうなずいた。

 

「わたしも乗りましょう。店長が隠している何かをわたしも知りたいですし」

「とりあえずもう尾けている。自家用車はレクサスみたいだな」

 

 さっきからヘッドセットでクルミが見ていたのはミカの動向だったのだ。

 驚いたミズキが弾かれるようにしてヘッドセットに飛びつく。

 

「うわっ、これマジじゃない。ダメでしょ」

 

 マンションの並ぶ細道を徐行するレクサスが空撮されている。

 クルミのドローンの撮影する動画だった。

 

「ちなみに中も見えるぞ」

 

 クルミがキーボードを触るとヘッドセットに映る映像が切り替わり、車内の映像になった。

 レクサスの車内でハンドルを握るミカの映像。

 

「どうなってんのよコレ」

「ドライブレコーダーにアクセスしてる。デュアルカメラ使ってるから内部も撮られてるんだ」

 

 たきなも見れるように同様の映像をノートPCにも出力した。

 

「安全運転ですね」

「そりゃ事故ったら車内にあるものが見られることになるから慎重にもなるだろ」

「店長は普段銃を持ち歩いてませんよ」

 

 淡々と感想を述べるたきなは、空撮された車の映像を元に現在の位置を調べようと携帯を取り出す。

 首を振ったクルミが更にキーボードを叩いた。

 

「今回のでナンバーが割れたからもう位置情報は常に取れるようにしておいた」

 

 そういって地図に画面が切り替わる。

 青い点滅が一粒。

 

「これが現在位置。ドローンが追跡している間はこれですぐ分かる」

「便利ですね。これリコリコ全員分やったほうが安全じゃありませんか?」

「アンタねえ……これ立派なストーカーよ? バレたら普通にまずいから」

 

 ミズキが非難の目でクルミを見た。

 

「バレたらボクが怒られるだけだ。ミカなら大事にはしないだろ」

「ルールを決めたら良いんじゃないですか」

「どんなよ」

「例えば、家に帰ったら中は覗かないとか。プライベートで誰かに会っているだけだと判断できた場合はその間は録画を切るとか。疑いとは関係ない部分は見ないようにした方が良いと思います」

 

 たきなは折衷案を提示し、双方の顔を伺った。

 ミズキは苦い顔をしているが、クルミも同様に少し嫌そうな顔をしている。

 

「お互い多少嫌なこと、ということならちょうど良さそうですね。今のルールでいきましょう」

「ちょっと!? 今の流れでアンタが仕切んの?」

「ボクは一言も同意してないんだが……」

「このままじゃいつまで経っても結論出ませんよ。お互い妥協しましょう」

 

 強引なたきなの手腕に押し切られる形で結局ミカの監視は始まった。

 

 

 **

 

 

 それから数日は結局何も出てこなかった。

 進展といえば一つだけある。

 

「なーにしてんのっ?」

 

 千束がべたりとクルミの背中に伸し掛かり、ヘッドセットを取り上げるという事態があったのだ。

 ミカ擁護派筆頭になるであろう千束には隠して進行していた作戦だっただけに、その時ばかりはクルミも慌てた。

 すぐさま画面を切り替えたが、ばっちりと監視映像が見つかり、結局状況を説明することになった。

 これでこの監視作戦は終了するというのがクルミたちの予想だったが、意外な方向へと話は進んだ。

 

「面白そうじゃん! ねえ、今までのデータとかないの?」

 

 千束が乗り気だったのだ。

 理由はクルミの動機にあった。

 

「安心して暮らせないって辛いよね。よっしゃ、一肌脱ぎますか!」

 

 別に千束は何をするわけでもないが、クルミの行動を黙認した。

 そうして数週間の間監視は継続され、その間におおよそのミカの行動がパターン化できた。

 喫茶リコリコの営業日は朝からまっすぐ店に来る。

 仕事の帰りは数パターンあるが、夕食は家で済ませることが多い。

 外で食べるときは大抵誰か店の常連と一緒にいる。

 営業日以外は病院へ行くか、喫茶店へ行くことが多い。

 いずれの行動にも怪しい点はなく、滅多なことがない限りDAや楠木司令とは連絡を取り合っていないというが分かった。

 

「これ、もう安心していいやつじゃない?」

「なにかがある証明はできても、何もないことを証明するのって難しいですね」

 

 ミズキとたきなの所感にクルミは無言で頷いた。

 

「月末まででやめて、全部ミカに白状するか」

「謝るなら菓子折りかなにか用意したほうが良いんじゃない?」

「他人事みたいに言うなよ。お前も映像見てたんだから同罪だぞ。一緒に謝るんだ」

「ハァっ!? アタシはちゃんと止めたでしょ!」

「でも結局見てるじゃないか」

 

 何なら雰囲気が良さそうなカフェやバーは後でメモを取って、婚活の時の相手と会う時の店選びに使おうとストックしている。

 慌ててミズキが言い訳しようとしているのを遮って、たきなが画面を指差した。

 

「なにか変です。これはいつもとルートが違いませんか?」

 

 画面に映っているのは車の走行ルートだ。

 いつもならここで住宅地に入り、速度が落ちる。

 徐行で入り組んだ道を進み、マンションの地下駐車場に停める流れだ。

 そこでいつも追跡をやめるのが規則になっている。

 しかし車はいつもなら曲がるはずの道を真っ直ぐ進んだ。

 このまま南下を続けると錦糸町駅にたどり着くことになる。

 どこへ向かっているのか分からないドライブが始まっていた。

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