リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら 作:725404
慌てて外出の準備を整えるミズキとクルミがたきなの運転でミカの追跡をすることになった。
本来であればミズキが運転をするべきところだが、飲酒運転になるため、たきなが運転をせざるを得ない状況だ。
「先クルマ取りに行くねー」
たきなと千束はすでに帰るために制服を来ていたところだったのですぐ外へ出られる。
ミズキからフォレスターの鍵を受け取ったたきなは車を店の前に横付けして停車し、ようやく着替えた二人を迎え入れた。
「首都高入ったぞ」
小松川線の錦糸町ICから首都高へ入ったレクサスは、両国方面へ進んでいる。
追いかけるフォレスターは、同じようにまず南下して首都高に乗った。
「もしかしてたきな首都高初めて?」
「運転はそうですね」
二一時過ぎとはいえ、夜の首都高はまだまだ車通りが激しい。
にも関わらず、たきなは何度も車線を変えながら、車を飛ばしている。
「どうせ追いかけるのはクルミがやってるんだから、もう少し落ち着いてもいいんじゃないかなー」
「何言ってるんです。兵は拙速を尊ぶんですよ」
そう言ってたきなはギュッとハンドリング。
揺られる車内でクルミがごろんとミズキの膝に乗っかり、ヘッドセットがシートに落ちた。
「言わんこっちゃない。たきな、流れに合わせなよ」
「後部座席の二人もシートベルトしてください」
体勢を整えたクルミとミズキをミラーで確認したたきなは再度車に勢いをつける。
「コレは港らへんか?」
ノートPCの画面でミカの動向を確かめるクルミは、複数のJCTを通り越して大井南ICで下道に降りたレクサスをチェックしている。
車内ではジャズが流れるなか、無言で運転をするミカの姿しか映っておらず、誰かと通話している様子も見られなかった。
大井南ICは大井コンテナ埠頭の近くで、東京の物流の中心の一つでもある。
多数の倉庫群が立ち並び、トラックの出入りも多いエリアだ。
夕食を誰かと共にするために降りる場所とは思えなかった。
「車が止まったら、ドローンでは追いきれないんじゃない?」
ミズキが懸念を口にする。
ドローンは複数のプロペラをモーターで駆動させて動いているため、人が少ない夜に追尾をさせていると、音ですぐにバレてしまう。
車を追いかけるときは音を気にする必要がないが、歩きでの移動に切り替わったら尾行は慎重にしないといけない。
「近くの監視カメラたちを制圧して、目として使う。だがおそらくそこまで大きな問題にはならないはずだ」
四人が乗るフォレスターも追って大井南ICで降りた。
コンテナを積載したトラックの波がフォレスターを囲んでいる。
周囲には大きな倉庫が並び、夜でも煌々と明るかった。
すぐそばが海ということもあり、強い風が吹いている。
ミカのレクサスが、地図にある名前のない倉庫で止まった。
「ミカは足が悪い。目的地のなるべく近くで車を停めるはずだ」
映像が地図から夜の倉庫に切り替わる。
監視カメラの映像だ。
シャッターの閉まった倉庫には、コンテナが余裕で積める高さがあり、遠くにはガントリークレーンの影が見えた。
コンテナターミナルのすぐそばであり、税関を通った後のコンテナを保管しておくための倉庫であることが伺えた。
「何の用かしら」
「コーヒー豆かな?」
楽観的な千束がミカの足取りを眺める。
確かにクルミの言う通り、目的地はすぐそばだったらしい。
まさにすぐ目の前の倉庫へとミカは入っていった。
「どこかに車を停めて、徒歩で見に行ってください。わたしはいざという時のために車に残ります」
すぐに車を出せる状態にしておかないと、問題が発生した時に出遅れる。
たきなの判断に任せ、三人は車を出て、ノートPCの指し示す倉庫へと向かった。
いくつも同じような倉庫が並び、この時間でもまだトラックは休みなく走っていた。
三人は他の倉庫の影に隠れ、ミカの入った倉庫を覗く。
入り口に人影があった。
「何だあれ? 銃か」
「うわ、めちゃくちゃじゃん」
「マジで? え、ホントだ」
視線の先には銃を持った警備が二人いた。
二人の男たちは両手でアサルトライフルを保持している。
間断なく周囲を確認しており、うかつに顔を出しているクルミはミズキに引っ張られててギリギリ見つからずに済んだ。
「というかアレ千束たちと同じくらいの歳じゃないか?」
二人の姿は遠いため、背格好の正確な部分までは見て取れない。
しかし遠目でも若く見えるのは間違いなかった。
持っている銃はベレッタARX160。
イタリア陸軍なども使用する立派な軍用火器だった。
どう考えても日本では非合法の品である。
「黒孩子かしら」
「日本で?」
黒孩子とは中国の一人っ子政策に反して生まれ、戸籍を持たず生まれた子供たちのことだ。
未成年で非合法な仕事に就き、異国の地で銃を握っている。
ありえない話ではないと言い切れないのが、DAで情報部員として過ごした経験のあるミズキの所感だった。
しかし千束が首を振って否定した。
「アイツ……見たことがある」
三人の中で、千束だけはしっかりと彼らの表情まで見ていた。
目が良いからこそ、真っ先に気づくことがある。
「リリベルだよ、アレ。昔襲撃に来てた奴らの一人がいる。奥の方」
「奥?」
「ダメ。今コッチ向いてるから顔出さないで」
「リリベルってなんだ?」
クルミの率直な疑問に、声を落とした千束が答える。
「男の子版のリコリスみたいなやつ」
「お前らの仲間か」
「いんや、そういうわけでもない」
指揮系統が違うしね、と千束が言った。
「ミズキも知っているのか?」
「アタシはそんなに。リコリスがDAの兵隊だけど、リリベルはDA所属じゃないし」
DirectAttack。
身も蓋もない直截的な名前を関するリコリスの上部組織。
それとリリベルの組織は異なる。
「リリベルはCD所属だから基本的に国内での活動はしてないはずなんだけどな」
「なんだそれ。詳しく教えてくれ」
目と鼻の先に銃を持った人間がいるというのに、クルミの興味はあっさりリリベルへ持っていかれた。
リコリス最強の存在、千束がそばにいるという安心感がよほど大きいらしかった。
「ComprehensiveDefense。包括的防御って意味で、略してCD。リリベルを擁する組織だよ」
CDはDAと活動範囲が異なる。
基本的に国外事案を担当する組織であり、DAとは異なる指揮系統で動いている。
リリベルも活動範囲は国外であり、日本国内では特殊な事情が無い限り基本的に動かない。
「なんだその包括的防御って言うのは」
「さあ。名前の由来までは私も知らない。でも国外で活動してるってのは前来たリリベルに聞いたな」
活動実態はDAと同様に非合法なものだ。
それも国外で活動しているため、活動している現地の法律を盛大に破っている。
現地の反政府組織の支援をしたり、少数民族の居住区にある油田を奪うための虐殺の支援をする。
日本が外交上で有利に立つための飛び道具として運用されていた。
CIAが反政府ゲリラを育成したりすることがあるが、それらも基本的には介入にあたって建前というのが用意される。
しかしリリベルは違う。
国内での正規な立場が存在しないCDが、日本国籍を持たない未成年を利用して、介入するのだから、日本とは無関係なのだ。
秘密裏に軍事介入するための道具としてリリベルは機能している。
DAも法治国家としては異常な組織だが、CDは国際社会の規範を真っ向から否定するような組織だ。
どちらも独立しており、お互いに干渉することはほとんどない。
それらの説明を聞いたクルミが、ふむふむと相槌を打った。
「そのはずが、今回はなぜか国内にいるってことか」
「それも先生と接触してるなんて」
「ミカは元訓練教官だろ。CDとも繋がりがあるのは自然だったりしないのか?」
「それはない。先生は楠木さんが引っ張ってきた人材だし」
じゃあ、と仮説を思いつく端から言おうとしたクルミがパッと口を閉じた。
動きがあった。
倉庫から人が出てくる。
最初は杖をつく男性――ミカだ。
その後に五人の男たちが出てきた。
アルミ製のカーゴを一台押している。
中には複数のアタッシュケースが積んであり、ベタベタとシールが貼られている。
三人の距離からはシールに何が書いてあるかまでは読み取れなかったが、おそらく似通ったケースを区別するために、中身に関して記載されたものであろうということは想像できた。
ミカは乗ってきたレクサスのトランクを開けると、後部シートを倒して、収納スペースを確保する。
そこへ慎重な手つきで男たちがケースを載せ替えた。
貴重品を扱う丁寧さであることは、傍目からも伺えた。
全てのアタッシュケースを積み終えると、男たちはカーゴを倉庫へと戻し、中へ入っていく。
入れ違いに別の男も倉庫から出てきた。
スーツ姿の男だ。
金髪の白人。
長身だが首はそこまで太くない。
スラリとした立ち姿には、余裕が滲んでいた。
銃を持つ子どもが目の前にいても、平然とできる男。
今度は千束以外の二人もすぐに正体に気づいた。
「ヨシさん!?」
吉松シンジ。
喫茶リコリコの常連だ。
手ぶらの吉松は親しげにミカへ話しかけている。
ミカの方は何度か頷いた後、静かに車内へ戻った。
『とりあえずすぐ車に戻ってください。このまま元来た道をUターンしてくる場合、わたしたちの車を見られる恐れがあります』
ずっと無言で状況を伺っていたたきなが、携帯越しに三人へ指示を出す。
慌てて三人は車へ戻った。
吉松は倉庫内に戻り、銃を持ったリリベル二人だけが残った。
**
「すんごいまずいものを見たということだけは分かってるわね」
「同感だな」
なぜか国内で武装していたリリベル。
リリベルの警備する倉庫。
その倉庫から積荷を受け取るミカ。
そしてそこに居合わせた常連客――吉松シンジ。
いずれも喫茶リコリコの他のメンバーは知らない情報だ。
ミカが何かを隠しているとすれば、明らかに今回の事案に絡んだ事柄であることは想像に難くない。
倉庫の監視カメラに対して電子的な制圧を行い、映像を奪取したクルミは、一連のやり取りを全て記録に残している。
翌日、クルミはそれらの記録を改めてみんなの前で開示するとともに、夜なべで調べた吉松シンジの情報を話した。
「店で言ってる経歴とほぼ相違ない。貿易商で、仕事のため日本に来ている。出身はアメリカだが、仕事のため世界中を飛び回っているようだ。日本でも滞在中には仕事のため、医療機器メーカーや、商社のビルを訪れていることが確認できる」
そう言いつつクルミが見せるモニターの画面には、監視カメラの映像がいくつも表示されている。
「五月の連休明けに来日してからは精力的に活動しているのが伺える。この映像は全部五月からのものだ。国内のあちこちで吉松の姿を捉えることができる。ただし、いずれの場合も数日以内に東京に戻っているから、拠点は東京に据えて活動しているようだ」
「どこにも怪しい動きはないと?」
クルミはたきなの質問に頷いた。
「昨夜を除けばな。普段は常に秘書がついている。仕事以外の時は別行動が多いが、仕事ではずっと一緒だ」
モニターには秘書のほうも映る。
薄い桃色の髪に、鋭い目つき。
隙のない立ち姿だ。
クルミは違和感を抱いていないようだが、DA所属の三人はすぐさまこの女の異常性に気づいた。
長い髪を頭の上で結んでいるように見えるが、前髪と比べるとまとめられた髪の毛部分は毛先が少し違う色に見える。
服装はフォーマルな襟付きのシャツだが、ところどころに生地が分厚い。
靴もヒールではない。
何より視線の動きが、秘書とは思えない。
明らかに護衛としての仕事をするもの特有の、警戒を常に怠らない目つきだった。
髪の毛はおそらくウィッグで、服には防刃・防弾機能があるはずだ。
靴はもちろん突発的な戦闘が起きた場合に備えているのだろう。
ただの秘書ではない。
「秘書をこの店に連れてきたことがないのは、隠し事が不可能だからでしょうね」
「アタシたちどころか阿部さんとかでも変に感じそう」
「そういうものか。詳しくないと分からないこともあるんだな」
三人の意外な視点に感心するクルミは、ひとまずモニターから視線を外した。
千束を見た。
「どうする? ボクとしてはミカに直接問いただすのが一番穏便だと思うが」
「そんなの答えるわけないじゃない。ムダよムダ」
ミズキはかぶりを振った。
一方でたきなはミズキを見ることはない。
ずっと黙っている千束を見ていた。
千束はうつむき、何も話さない。
「店長ならたとえ隠し事をしていたとしても、悪いことは考えていないでしょう。だから訊いても問題ないはずです」
たきなはずっと千束に向かって話していた。
ミズキは一方で喋らない千束の代わりをするかのように、饒舌に反論する。
「そんなの分からないじゃない。どうする、すっごいワルモンで問いただした途端急に高笑いはじめ――痛った! 何すんのよ!」
たきながぐいとミズキを押しのけた。
強引なやり口にむっとしたミズキが対抗しようとするが、普段から鍛えているたきなに力ではかなわない。
たきなは強引に千束へ向き直り、肩を揺すった。
「店長は常に千束の味方なはずです。隠し事も、千束のことを考えてのことでしょう。だから心配するような事は起きないはずです」
たきなは千束の心配事を見抜いていた。
ミカは何か隠している。
それはもしかすると千束のことを第一に考えたものではないかもしれない。
DAの支部長として、優先すべきものがあると考えているかもしれない。
その懸念を払拭するには、ミカに真実を話してもらう他無い。
たきなは不安げな千束の肩をしっかりと握った。
千束は真正面からぶつかってくるたきなに思わず苦笑する。
合理的で、率直。
常に進むべき道を最短経路で走ろうとする猪突猛進なたきなの態度には、怯えなど微塵もない。
あまりに明瞭な態度だ。
分からなかったら訊けば良い。
「へへっ、たきなも色々考えてんね」
少し照れくさそうにたきなを見据える千束には、一握りの勇気が育まれていた。
「ねえ、先生。ちょっといい?」
千束がバックヤードから顔をのぞかせ、コーヒーの落ちる様子を眺めていたミカと目を合わせる。
ミカはコーヒーから顔を上げた。
「なんだ?」
「昨日の話なんだけどさ」
千束の妙な歯切れの悪さと、縮こまらせた身体にミカはすぐ気がついた。
「……見ていたのか」
非難するような口調では決してない。
ミカはむしろ千束以上に狼狽していた。
二人とも正常な態度は保てず、いつもの二人とは全然違う様子で対峙していた。
その沈黙を打ち破るように、外と繋がる扉が開いた。
場違いなまでに軽やかな鈴の音が鳴る。
開店前でまだ外にはCLOSEの札が掛かっているはずだが、いつもの開店時間はもう過ぎていた。
「今日は臨時閉店かい……お邪魔だったかな」
顔を出したのは吉松だった。
驚いて声のでない千束の代わりに、諦念に近い感情を顔に浮かべたミカが声を絞り出した。
「いや、丁度良い。お前の話をしていた」
吉松はいつものように品の良い態度を崩すことなく、カウンターへ座る。
ミカが注文を待たずに、いつものブレンドを用意した。
すぐに口をつけた吉松が、ミカと千束を等しく見てから、何が起きたかを推測して、話を切り出した。
「アランの話かな」
千束は想像していなかった話の展開に思わず、大声が出た。
「えっ!? どういうことですか!」
吉松はすっと口の端から笑みを消した。
ミカの表情がこわばる。
「……ミカ、もしかして誘導したのか?」
「そうじゃない! 今のは不可抗力だ。わざとじゃない」
ミカの話術。
巧みな誘導で相手に言うべきではなかったことを引き出させる技術をミカは備えていた。
しかし今のは単なる偶然だ。
ミカは決して吉松に口を割らせるつもりはなかった。
秘密を守ることが、千束にとっては都合が良いと思っていたからだ。
それでももう遅かった。
千束は昨日の件と今の話を統合し、ある程度の状況を推測できるまでに情報を揃えてしまった。
「どういうことなんです? 教えてください! 先生も、アランってアラン機関のことだよね」
アラン機関。
千束の心臓を用意した組織であり、全世界で才能ある者を支援する謎の機関。
今の話は明らかに吉松がその一員であることを確信させるに足る内容だった。
「決まりがあって、認めることは出来ないんだ」
それでも表面上は否定する。
千束は食い下がって、吉松の前に躍り出た。
「でも、なんで!? あ、いや違う。まずはお礼を……ありがとうございます。手術の後、ずっとお礼を言えてなかったから」
探していた救世主が目の前にいるという突然の事態に、千束は全然対応できなかった。
色々と言葉を探し、何かを言おうとするが、その前に遮るようにして吉松は話をした。
「知っているよ。しかし君はリコリスだろう。君の才能はリコリスとしての働きでこそ活かされるはずだ」
短い言葉の中には千束の現状を否定する意図がたっぷりと含まれていた。
鋭い視線が千束を射抜く。
吉松は、その才能の根源たる瞳そのものを見ている様子だった。
まるで千束ではなく、才能だけを見ている様子だ。
それからすくっとカウンターから立ち上がり、残りのコーヒーを飲み干した。
黙りこくった二人を背に、吉松は万札を取り出してカウンターへ置いた。
そのまま扉を開けて出ていこうとする姿に追いすがるようにして、千束が震える声で声をかける。
「あのヨシさん」
しかし吉松は一切振り返ることなく、扉を開けた。
「アラン・チルドレンには役割がある。ミカとよく話せ」
軽やかな鈴の音。
「あの、お店で待ってますから。待ってます……」
スーツが翻り、朝の日差しに溶けて消えた。
もはや影も見えない。
車のエンジンが遠ざかる音が聞こえた。
**
「つまりメンテナンス用の機材を今回融通してもらったっていうことか」
昨日のミカの行動は千束の心臓に関係するものだったということだ。
アラン機関の支援した人工心臓は、世代を二つは跨ぐような高機能な医療機器だ。
千束と同じくアラン機関の支援を受けた才能の持ち主が開発した。
人工心臓にはいくつもの高度な技術が使われている。
それらを論文上のものではなく、現実に使用可能な機器として成立させたのは、高度な工作機械の存在があってこそだ。
次世代の人工心臓を作成するために、次世代の技術を編みだす才能とそれらを作る次世代の工作機械が必要ということだ。
現代には存在しない多くのものが揃ってこその人工心臓ということになる。
「そしてその高機能な人工心臓をメンテナンスするための機材もまた、現代には存在しないものというわけだな」
クルミがミカの説明を反芻しながら、ネットで確認をする。
当然ミカの話の根拠になるようなものは見つからない。
しかしミカが聞いたという現代では不可能な技術のいくつかが、本当に現在不可能であることは理解できた。
脳に血栓を発生させないための特殊合金素材。
それらを加工するための精密工作機械。
千束の心臓は無拍動で血液を循環させるために、スクリューポンプで血液流量を制御している。
ポンプ部分には潜水艦のスクリュー並みに高精度な加工技術が求められる。
それを実現するために、次世代の工作機械は必要不可欠だった。
「そしてそれらは正規ルートでは輸入や輸出が不可能なものだったというわけだな」
高度な工作機械の多くは基本的に特定の国以外への輸出規制が行われており、税関で止められることが多い。
日本でもキャッチオール規制と呼ばれる輸出制限が行われおり、工作機械には厳しい規制が敷かれている。
大きな理由としては、それらの工作機械が大規模破壊兵器の開発に使われる可能性があるためだ。
兵器開発には工作機械が欠かせない。
それも高精度で高機能であればあるほど言うことはない。
そのため、今回のように千束の人工心臓のメンテナンス用品を揃えるためには正規のルートが使えなかった。
密輸に頼るしか術はなかったのだ。
「千束の心臓のため、密輸ルートを使って、メンテナンス用品を揃えたというわけですね。それを千束に隠すため、一人で吉松氏と取引したと」
たきなは確かめるように呟いた。
ミカは頷き、沈痛な面持ちで千束を見る。
「別に、気にしてないよ。それより気になるのはなんでリリベルが居たのかってことだけど」
ミカは心臓のメンテナンス用品のために密輸の現場に居た。
吉松はそれらの受け渡しの手伝いのため現場に居た。
だがリリベルがあの場で警備のような真似をしていたのか、という点には疑問が残る。
ミカはその事情も把握していた。
「リリベルは国内への密輸ルートの監視を行っている。どうせどんなに潰しても雨後の筍のように海運での密輸ルートは構築されるから、端から管理しようというのがCDの方針だ」
そして大井コンテナ埠頭のうち、あの倉庫が密輸ルートの終着点の一つだった。
リリベルも管理のために警備に就き、積荷を守っている。
そうして密輸ルートの管理に食い込むことで、本当に危険な密輸品については予め抜いたり、販売元を洗い出すことが可能だというのが、CDのやり口だった。
吉松はそのルートに乗ることで、アラン機関としての仕事を果たしたというわけだ。
「今回は心配をかけて済まない。こんな風になるなら、先に言っておくべきだった」
「いーから、気にしないでって」
心底後悔しているといった様子のミカに、千束は慰めるようにして肩を叩く。
隠し事が結果的に最悪の形での救世主との接触という結果を招いてしまったのは、もう変えることの出来ない事実だった。
**
その日の営業を何とか終えた喫茶リコリコでは、ミカも千束も流石に夕食は共にしなかった。
早々と帰宅する二人に合わせてたきなも帰宅し、待機要員のミズキとクルミが残される。
飲まずにはいられないミズキが日本酒を煽ったところで、クルミはぽつりと零した。
「なあ、吉松の秘書、変だって話だよな」
「アァン? そうね、そういう話だったわよ」
ミズキはもうその話はしたくないとあからさまに態度で示すが、クルミは一向に構うことのない様子で続けた。
「それに今日の吉松の主張、サイレント・ジンの時にいた松下の話に似てなかったか?」
東京観光と警護を同時に行う仕事。
その途中で現れたサイレント・ジンを仇だと断じて殺すよう促した松下。
真っ赤な嘘で塗り固められた主張だったが、千束にサイレント・ジンを殺させたがっているという部分だけは真実だった。
何のために行われたのか分からないあの事件は、未解決のまま終わっている。
今日の吉松の主張はあの時の松下に酷似していた。
「あの時は誰があんなことをしたのか分からなかったが、もしかしてあの時松下の影に隠れて二人と東京観光を楽しんだのは、アイツじゃないのか?」
「どうやって裏取るのよ」
「ジンに訊く」
「何を?」
「アイツ、女から依頼を受けたと言っていたじゃないか。もしかしてその女っていうのは」
こいつのことじゃないか、とクルミは言った。
今日の朝クルミが報告した、吉松の秘書だった。
クルミはサイレント・ジンに連絡を取り、監視カメラに映った吉松の秘書の画像を送る。
しばらく待っていると、通知が出た。
サイレント・ジンからの返答だ。
『そうだ、この女が俺に依頼をしてきた。なぜ知っている?』
クルミはこの返事をミズキへ見せた。
こうして松下=吉松の線がつながった。
だが、なぜそんなことをしたのか、という点については疑問が残ったままとなる。
アニメだけ見るとDAの下にリコリスとリリベルという二つの武装組織が連なっているように思えます。
しかしノベライズ版である「Ordinary Days」ではDAという名前が具体的な役割を指し示す単語であることから、同様の理念を持つ姉妹組織のような存在があるのではないかとたきなが推測する記載がありました。
ここから、リコリスを擁するDAとは別組織である、リリベルを擁する組織の存在を捏造しました。
こんな感じで今後もどんどん捏造描写が出てきます。