リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら   作:725404

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9話「Happening that shouldn't happen」1/2

『おいおい、何してんだ!』

 

 定例報告の通信を繋いだロボ太が画面越しに見た真島は、なぜか戦闘準備をしていた。

 7.62x39mmの弾を詰めたAKMSのマガジンをいくつも用意し、仲間たちも各々自分たちの銃を手に持っている。

 十数人の人種も国籍もバラバラで統一感のない集団だが、真島同様戦闘経験が豊富であることは、ひと目見ただけで明らかだ。

 そんな彼らがなぜかもうすぐ仕事があるかのように振る舞っているか、ロボ太には理解できなかった。

 まだ仕事が始まるとは姫蒲から聞いていないからだ。

 

「うるせぇな、仕事の準備だよ」

 

 つまらなそうにロボ太へ答える真島は画面を見ていない。

 

『なんでだよ、姫蒲からの指示はまだ来てないだろ!』

 

 画面外で殴られる心配のないロボ太は今日も強気だ。

 

「連中以外の仕事もあんだよ。バランスを取るには、いろんな選択肢が必要だ。なあオイ」

『おまっ、そういうことは僕にも言えよ! お前らがひどい損失を受けて仕事を完遂できなくなったら、僕だって困るんだからな』

 

 ロボ太が驚いて、真島を糾弾する。

 姫蒲の仕事はもともと真島、ロボ太が双方個別に受けた上で、ロボ太側のみ真島も同じクライアントの指示を受けていることを知らされていた。

 仕事外の興味の誘導も任されていたロボ太だったが、真島はそれを看破し、結局姫蒲が場を収めて二人は改めて協同で仕事をすることになっていたはずだったのだ。

 今度はロボ太のほうが真島から聞いていない話を受けて、驚く番だった。

 しかし真島は平然としており、仲間の報告を受けている。

 もうトラックの準備もできており、仕事の準備は万全のようだった。

 当然悪びれる様子もない。

 

「んなヘマしねえよ。それより、アラン・リコリスの動きはどうだ?」

 

 隠し事などしているつもりもないといった様子の真島に、ロボ太は呆れ返って、姫蒲との仕事における報告をする。

 

『ずっとおんなじだよ。カバーの仕事を続けてる』

 

 赤い服のリコリス。

 金髪寄りの白髪の少女。

 瞠目すべき身体能力と、類まれなる戦闘技能。

 その相手を狙った仕事。

 ロボ太はいまもそのリコリスの動向を監視していた。

 セーフハウスの襲撃も、夜間の単独行動を狙った襲撃も撃退されたが、真島の仲間は多い。

 連日狙い続ければ相手の疲弊を狙うことはできるはずだったが、真島と姫蒲はその策を選ばなかった。

 

「じゃあ戦場さえ用意が整えばすぐ取りかかれるな」

 

 リコリスにとって不利な戦場であり、真島と姫蒲にとって有利な戦場。

 その用意を進め、襲撃タイミングを図っている状態だった。

 その間に別のセーフハウスに逃げたり、カバーである喫茶店を放棄する可能性を考慮し、ロボ太は監視をしている。

 準備さえ整えば、すぐにでも仕事が始まってもおかしくない。

 

『そうだよ、だから連絡待ちなんだろ。ムダに損耗率を高めるんじゃないぞ、後の仕事に響くんだからな』

「テメエ誰にモノ言ってんだ、オイ!」

 

 真島はロボ太を画面越しに恫喝すると、モニターを思い切り殴りつけた。

 ロボ太はまるで自分自身が蹴られたように大げさにのけぞる。

 

『ヒィ! うっせえ、正論言って何が悪いんだバーカバーカっ!』

 

 それでも強気な態度を崩さず、言い返せるだけの言葉を投げつけて、返事を待たずに通話を切った。

 真島も言い返そうとしたが、すでに通話が切られたことに気づくと何事もなかったかのように、立ち上がる。

 トラックにはすでに仲間たちが乗っていた。

 

 

 **

 

 

 DA東京支部はリコリスの第二の本拠地と言っても過言ではない。

 基本的にDAの司令官である楠木が詰めているのは、東京支部の司令室だからだ。

 関東一円のリコリスが定期検診できる施設やラジアータの本体こそDA本部にあるが、情報部員が三交代で二十四時間張り付いているのは、東京支部である。

 作戦立案や全体指揮は情報部とその上司である楠木司令が行うが、そのために必要な情報は常に東京支部へ集約されるし、事件の兆候などを見逃さないようラジアータの集める情報を精査するのも東京支部で二十四時間在籍する情報部の務めだ。

 

 それらを監督するための司令室が東京支部には用意されており、楠木司令はそこにいるのが基本である。

 それが東京支部の司令室だ。

 大量のモニターには東京の地図が表示されており、あらゆるデータから推測するラジアータの脅威度判定に応じて、表示は刻一刻と変化する。

 集約されるデータは多すぎるため、元データを人間が見ることは殆どない。

 例えば税関から集約する輸入品目を統合し、あらゆる部品の組み合わせから武器や毒物の可能性を勘案する。

 民間の物流業界のシステムにも侵入し、特定の組み合わせが一箇所に集まっていないかをラジアータは観測している。

 登記簿上のデータを収集し、たとえ違う住所であれ特定の人物に複数の品目が集まっていないか等のチェックもしている。

 人間では処理しきれない物量のデータを収集し、分析を続けているのがラジアータの仕事だ。

 

 そうした生データから危険度が一定の閾値に達したら、ラジアータは警告を発する。

 危険な人物や会社を特定し、具体的にどういった事情から危険性があると判断したのかを提出するのだ。

 それらを情報部員は目を通し、必要であればリコリスを派遣するための作戦を立案する。

 誰をターゲットとし、どんな状態へ導くことが作戦の成功だと定義付けるかを決めるのが情報部だ。

 そうして作られた作戦を実行し、脅威を排除して日本を平和へと近づける。

 それがDAの仕事だ。

 

 そのため、東京支部は二十四時間絶え間なく情報を収集し、脅威度を更新し続けるラジアータに対応するため、二十四時間ずっと情報部がラジアータに付き合わなければならない。

 ラジアータの脅威度判定はたとえ深夜でも更新され続けているからだ。

 地図上に脅威がポップアップするたび、情報部員はラジアータの脅威に関する報告文書を確認して、作戦を考案する必要に駆られる。

 それらを確認し、リコリコの出撃を監視、場合によっては指揮まで行うのが司令の仕事だった。

 楠木は情報部が仕事をしているのを司令室の窓越しに確認すると、自分の端末でもラジアータをチェックする。

 モニターに文京区目白台の住宅街が表示され、ぽつんと赤い点が瞬いた。

 

 営利誘拐の警告。

 ラジアータの報告によると、赤く表示されているマンションにはエアコン工事等の内装屋を営む個人事業主だった男性が住んでいた。

 しかし仕事にはそぐわないロープや包丁等の購入履歴、最近ではスマホで過去の誘拐事件の記事を複数閲覧していることが確認できている。

 なお、男性は四半世紀前に高校時代、地元である兵庫県で同じ高校に通う同級生と窃盗事件を起こして、補導された記録があるとのことだった。

 大量の情報をラジアータは収集し、骨格の判定による直近の監視カメラデータまで用意している。

 

 それらが流れきった後、しばらくして楠木の眼下で同じように仕事をしている情報部にも同じデータがポップした。

 複数人の情報部員がデータに反応し、作戦の立案が必要あるかどうか検討を始めた。

 楠木司令はそれらを満足そうに眺め、手元のコーヒーを啜る。

 

 さらにデータが更新され、楠木のモニターに別の事案が現れた。

 楠木はその事案の場所と内容を確認すると、慣れた手付きで自身のキーボードを素早く操作した。

 次のデータは下にいる情報部には表示されなかった。

 その日、司令室には楠木の秘書は居なかった。

 明るい光で照らされた司令室に、楠木は一人で詰めている。

 眼下では情報部員たちが働いていた。

 

 

 **

 

 

 喫茶店としての営業が終わったリコリコにはまだ全員が残っていた。

 レジ締め業務をするたきなはノートPCでメールチェックの作業をするミズキが、皿洗いをさり気なくサボろうとしていることに感づいていたが、どうせ時間はあるので自分で肩代わりしようと考えていた。

 水が冷たくなってくる季節だ。

 肌年齢的にひびやあかぎれが気になるのだろう、とたきなは勝手に気を遣う。

 

「うわ、何これ。……えっ、高っ!」

 

 そんな風にたきなに扱われていることに一切気づいていないミズキが、突如ノートPCにかじりつくような前のめりの体勢を取った。

 

「なんだ、見せてみなさい」

 

 コーヒー用のドリップポットを丁寧に磨いていたミカが、興奮するミズキを嗜めるように声をかける。

 だが慌てた様子のミズキはノートPCを身体で覆い隠し、抱えるようにしてノートPCを持つと、そそくさと奥の部屋へ引っ込みかけた。

 珍しくヘッドセットをしていなかったクルミが、ミズキの奇妙な振る舞いに目ざとく気づいた。

 

「なに隠してるんだ? ボクにも見せろよ」

「わっ、ダメよこんなの……ってハッキングはズルよズル!」

「なにがズルなもんか。隠してる方が悪い」

 

 依然逃亡を図ろうとするミズキへ物理的に追いすがらなかったクルミだが、奥のPCと繋がっている自前のヘッドセットを被ると、マシンパワーにモノを言わせてあっという間に、ミズキが隠した情報を引きずり出す。

 ヘッドセットにミズキの見ていた画面が、開示される。

 

「どうしました?」

 

 手早くレジ締めと食器洗いを済ませたたきなが、ヘッドセットを被って神妙な面持ちのクルミの肩を叩いた。

 重要な情報を確認している場合、勝手にヘッドセットを取るタイミングを誤ると、致命的な問題が生じる可能性がある。

 そのためたきなは決してクルミのヘッドセットを無断で外すような真似はしないように心がけていた。

 喫茶リコリコでそうした配慮をしているのはたきなとミカだけだったが。

 

「なんかミズキが隠してたんだ。仕事か?」

 

 ヘッドセットを外したクルミが、たきなに表示されている画面を見るよう促し、たきなもヘッドセットを被ってみる。

 リコリコの仕事用メールの受信欄の画面だった。

 一通のメールが表示されており、差出人と件名、本文が記載されている。

 届いたのはほんの数分前だった。

 緊急を要することが本文に記載されていること、依頼内容がリコリコはDAの支部であることを前提としたものであること。

 それだけではミズキが隠したがるメールになるとは思えなかったが、差出人の名前を見るとたきなでもミズキが隠したがる理由は分かった。

 

「そのようですね……吉松ですか」

「えっ、ヨシさんからメール!? 見せて見せて」

 

 見せ前のブラックボードを中へ片付けていた千束が店内に戻ってきた。

 騒動を目ざとく発見し、ノートPCの方を見た。

 ミズキが身体で覆うようにしてノートPCを隠し、手を振る。

 

「だ、ダメよ! DA支部の喫茶リコリス情報部はアタシなんだから、情報の管理権限はアタシのもんなの!」

 

 頑なな様子のミズキだったが、クルミは一切斟酌することなく、事実を告げた。

 

「なに寝ぼけたこと言ってんだ。ホラ、これが吉松からの依頼だ」

 

 そうしてノートPCを誰にも見せようとしないミズキに代わり、たきながヘッドセットを千束へ手渡す。

 千束はおずおずとヘッドセットを被り、画面を確認する。

 

「……リリベル!?」

 

 依頼内容はリリベルの援護というものだった。

 大井コンテナ埠頭付近にある倉庫の一つにいるリリベルの一団が、現在真島一行の襲撃を受けている真っ最中とのこと。

 真島に対抗するための武装はあるが、現在戦闘が拮抗状態にあり、脱出の隙がない。

 外部から戦力の支援を行い、リリベルたちが逃げる時間を稼ぐのが目的の依頼だった。

 

「密輸ルートを狙われているんでしょうか。かなり問題ですね」

 

 メールに記載されている住所は、前回ミカを目撃した倉庫だ。

 車で急げば二十分。

 今からすぐさま駆けつければ十分支援可能な仕事だった。

 

「でも、吉松の依頼だろう? 罠の可能性が高いぞ」

 

 ミズキが無言で睨むのはたきなでも千束でもなく、クルミだ。

 クルミは二人に見せたのが完全に失敗だったというように顔をしかめた。

 ミズキは意外と長い足で、クルミのふくらはぎをキックする。

 クルミは甘んじて受け入れつつ、たきなと千束の言動に注視した。

 案の定たきなはもう臨戦態勢に突入している。

 

「とはいえ、これを受けないという選択肢はないでしょう。放置したら千束のメンテができなくなります」

「私のって言い方するとなんかロボみたいだね。ウィーン、チサトロボデス、給仕シマス」

 

 へらへらと笑う千束は、脇を締めて直角に曲げた腕を前に伸ばしつつ、そのままくるりとロッカールームへ向かっていった。

 たきなも後を追いかけ、エプロンの紐を緩める。

 クルミは慌てて二人に声をかける。

 

「おい、お前ら本当に行くのか?」

 

 たきなは頷きだけでするりと着替えに行ってしまう。

 千束はクルミの方へ振り返って、いつものようにカラッとした笑みを向けた。

 

「もちろん、罠かどうかはともかく、リリベルが困ってんでしょ。助けなきゃ」

「リリベルって殺しに来たこともあるんだろう?」

 

 そう言いつつももう千束の意思は固まってしまっていると、クルミは確信している。

 千束の――喫茶リコリコの方針は「命大事に」である。

 そこには敵も味方も関係はない。

 

「でもピンピンしてまーす! 元気、やる気、フキ!」

「千束でしょう」

 

 たきなが冷静につっこみつつ、ロッカールームへと姿を消した。

 

 

 **

 

 

 結果的に吉松からの仕事を請け負うことになった喫茶リコリコだが、危険性を鑑みてミカは条件をつけた。

 作戦中に誰か一人でも撤退すべきだと判断した時点で、作戦は中止すること。

 これは現場で最前線に立つ千束、たきなの両名だけでなく、後方で支援をするミカ、クルミ、ミズキの三人の誰かであっても同様であり、五人のうち誰か一人でも違和感を察知した時点で作戦は終了する。

 この条件でリコリコは作戦を開始した。

 

 場所は品川方面にある物流倉庫の一角だ。

 品川コンテナ埠頭の近くであり、大井JCTと目の鼻の先にある倉庫だった。

 物流の中心であり、リリベルとしての職場の前線基地でもある。

 周囲には複数の倉庫があるが、トラック用の大きい駐車場がそれぞれの倉庫には備え付けられているため、隣り合う倉庫同士は密接していない。

 それでも倉庫や大手物流会社の営業所が多く立ち並ぶため、見通しは悪い。

 出入口は一箇所で、道路に面した門はトラック用の大きさだ。

 商品の受け入れ、保管、出荷、配送のプロセスを管理するためには大型トラックの受け入れ体制が必須であり、道路に面した出入口は大型の車両が出入りしやすいようにスペースが広く、曲がりやすよう設計されているのだ。

 

 さらにトラックドックというトラックが直に倉庫そのものと繋がることができて、貨物の積み下ろし作業がスムーズにできるような設備もある。

 周囲には別の物流倉庫や貨物取扱業者のオフィスがあり、それらを隔てるフェンスがある。

 ほかを確認するような暇が喫茶リコリコにはなかったため、実際にリリベルの施設だからこその特徴なのかは不明だったが、フェンスは上部が有刺鉄線になっているものだった。

 容易に侵入させないための設備に見えたが、今はそれが逆に逃走手段を限定する檻として機能してしまっている。

 

 道路に面した駐車場、広い出入口、側面には合計七つのトラックドック、周囲を囲うフェンス、シャッターを降ろした正面出入口。

 倉庫から内部の車両を使って脱出するには、正面の道路へ繋がる出入口を使うしかなかった。

 ミカはいくつかの倉庫やビルから一つの狙撃地点を見つけると、そこで伏射姿勢を取って、クルミが繋いだ通信に報告と今後の指示を出す。

 

『ビルに着いた。二人はどうだ?』

「もうすぐ着くよ! ちょい待ちー」

「北の倉庫の植え込みを通り過ぎました。目的地まで五○メートルです。敵はいません」

 

 二人は現在トラックドック側にある、隣の倉庫の敷地に潜伏していた。

 正面出入口には真島たちの車両が陣取っているためだ。

 更に言うなら、そこは銃撃戦の真っ最中である。

 もう二人とも銃声を耳にしている。

 真島たちは三台のトラックに分乗し、倉庫を抑えている。

 二台は倉庫に面した道路に停められ、トラック一台につき二人の男たちが道路を見張っている。

 倉庫内に残ったリリベルの数ならともかく、襲撃に参加している真島の部隊の数では、増援が来た時対処が難しくなる。

 そのため追加の部隊が来ないかどうかを四人の男たちが見張っていた。

 もちろん武装しており、AKMSを堂々と携行していた。

 

 ボディアーマーには弾倉を入れるポケットもついており、もし増援が来ても応戦し、逃げ切るための時間を作ることが可能な装備を整えていた。

 残る一台のトラックは倉庫に出入り口のすぐそばに停められている。

 トラックは防弾板が装備されており、リリベルのベレッタARX160で使用する5.56x45mmの弾丸では貫けない。

 あらかじめ真島たちはそうなることを想定していたかのように、トラックを出入口を塞ぐためだけではなく、銃弾に対する遮蔽物としても扱っていた。

 

 真島を含めた十七人の部隊は、トラックの影に隠れたり、荷台の上で伏せつつ、正面の出入口に銃を向けていた。

 そして少しでもリリベルが顔を出すたびに、一斉に銃弾を浴びせるのだった。

 散発的な銃声が途絶えると、倉庫のシャッターが見るも無残な様子で残されている。

 真島たちが持っているAKMSの7.62x39mmの銃弾相手では、倉庫の壁もシャッターも遮蔽物としては機能しない。

 中にいるリリベルの数は分からないが、少なくとも数にモノを言わせて真島たちの包囲を突破できるほど揃っているわけではないのは明らかだ。

 ずたずたになったシャッターの隙間からはわずかに血液が垂れているが、中でどの程度のリリベルが倒れているのかはまだ真島たちも把握していなかった。

 

 一向に出てくる様子のないリリベルたちに真島は次の手を打つべく、仲間に声をかけ、トラックドック側に数人を向かわせた。

 さらに正面の大きい出入口の横に備え付けられている人間用の扉に近づく人員も出す。

 真島は依然トラックの影に隠れ、三つに分けた部隊をそれぞれ見渡せる位置で、油断することなくリリベルたちに動きがないか確認していた。

 そしてそれら一連の流れをずっと狙撃地点から見ていたミカが、三つに別れた部隊の一つがトラックドックのシャッターに向かって銃口を向けたのを確認し、千束とたきなへ通信を入れる。

 

『……今だ!』

「おっけっ」

「了解です」

 

 千束が小声でミカへ返答した。

 たきなも頷き、トラックの影から顔を出し、手にもったクリスベクターSBRを構えた。

 二人はリリベルが使っている倉庫の隣のフェンスの方で待機している。

 有刺鉄線がフェンスの上部に張り巡らせてある状況のため、リリベルが外へ出るには不向きな位置取りだったが、外から中へ入るには絶好の場所だった。

 二人はトラックを用意してもらい、埠頭付近の常時倉庫が稼働している環境を利用して、堂々と隣の倉庫の敷地へ入った。

 外で監視している真島の部下たちも普通のトラックを襲撃に巻き込む予定はないのか、トラックの中をちらりと確認したきりスルーして、隣の敷地へ入るのを見過ごした。

 

 そもそも大井埠頭周辺は昼夜問わずトラックの出入りが常にあり、倉庫や事務所の明かりは常についている。

 そのため、不審だと思われる車両を除いて放置する以外に、真島たちは対処方法がなかった。

 もしそうしたトラック全てを返り討ちにしようとすれば今の人員の何倍もの人手が必要になる上に、DAどころか自衛隊が出動するような事態を招きかねない。

 更に言うなら、大井埠頭のある東京湾には横須賀海軍基地もある。

 そこにはアメリカ海軍もいる。

 車なら三十分もかからない目と鼻の先でそんな銃撃が騒ぎを起こしてしまえば、何がやってくるか知れたものではなかった。

 そうした環境を利用して、二人は無事リリベルたちのいる倉庫の付近まで接近することができた。

 

 たきなは普段とは違い、セカンドリコリスとしての制服の他に、白いヘルメットを被っていた。

 一見すると自転車通学用のヘルメットだが、この状況で被っている以上、もちろん違う。

 制服と同じくわざと通学用のヘルメットに見えるようにしているだけであり、実際はOps-Coreの防弾ヘルメットを元にDAの技術部門が独自開発した未成年向けの防弾ヘルメットだ。

 

 子供の頭のサイズに合わせて、Ops-Coreの小さめのサイズをさらに小型化した上で、白く塗装されて、通学用のヘルメットに見えるように偽装されている。

 これを現場のリコリスたちは白帽と呼んで、見た目のダサさから嫌っていることが多い。

 しかし今回は見た目でどうこう言っていられる状況ではなかった。

 敵は素人の爆弾犯や、銃による反撃を想定していない犯罪者ではない。

 銃撃戦を想定し、実際に銃で撃ち合う経験も積んでいる純然たるテロリストだ。

 少なくとも真島たちは、リコリスに対抗しうる銃火器を保持している。

 そのためたきなは対策を取る必要があった。

 

 一方で千束はいつもどおりのスタイルだ。

 白帽は被っていないし、プロテクターを装備したりもしていない。

 サッチェルバッグを背負ったまま、手にはいつものコンペンセイターが取り付けられたデトニクスコンバットマスターを持っている。

 銃弾を避けることができる千束にとって、プロテクターやネックガード、ヘルメット等の動きを制限したり、視界が狭まるような装備はむしろ邪魔になってしまう。

 そのため、いつも通りの装備がもっとも信頼できた。

 

 エンジンを切らないまま待機しているトラックの影に隠れていた二人は、ミカの合図で予定通りの行動を開始する。

 同時に動き出した二人のうち、まずたきなが戦端を開いた。

 ストックを頬付けし、身体を極力トラックの陰に隠したまま、.45ACP弾を真島の兵隊たちに撃ち込んだ。

 弾速が9mmパラベラム弾と比べて遅く、最初から亜音速のため、サプレッサーを装着した状態であればほとんど音はしない。

 成人男性と比べて小柄な上に、暗めの服を着ているたきなの姿は夜の暗闇に溶け込み、全く見通せなかった。

 

「うっ!」

「伏兵だ……!」

 

 NIJ規格でタイプⅢAのボディアーマーを装備した真島の仲間たちは幸いにもたきなの銃撃を受け止めることはできたものの、貫通して出血することがなかったというだけであり、銃弾の持つ運動エネルギーは魔法のように消え去ったりはしなかった。

 喫茶リコリコの基本方針である「命大事に」を守るため、たきなはわざとボディアーマーの装着部位を狙っていた。

 その中でも衝撃が伝われば痛みを感じやすい腎臓を標的としていた。

 背中側の腰部を狙い、ボディアーマーを叩くようにして二点バーストで撃ち込んだ。

 

 続いてボルトニッパーでフェンスを切った隙間から、千束がリリベルのいる倉庫のトラックドック方面へ躍り出た。

 真島の仲間たちは痛みに呻きつつも、AKMSを構え、千束へ狙いをつけようと腕を上げた。

 しかしその腕とAKMSで出来てしまったわずかな死角に、千束が身体を折りたたむようにして潜り込む。

 至近距離の接敵。

 

「くそっ!」

「遅いおそーい!」

 

 男はAKMSから手を離してすぐさまボディアーマーのポケットに装備していたマカロフに持ち替えたが、間に合わなかった。

 千束の銃が男の脇腹に押し付けられ、非殺傷弾である赤い粉末状のゴムと金属が織り交ぜられたプラスチック・フランジブル弾が撃ち込まれる。

 今度こそ痛みで気絶し、男はアスファルトに倒れ込んだ。

 しかし真島の仲間たちはまだ多い。

 千束に狙いをつけた男たちがAKMSを構えて銃火を閃かせた。

 フルオートでアサルトライフルを撃ちまくるせいで、あたり一帯に激しい銃声が響き渡る。

 

 それでも千束は一顧だにすることなく、最小限の動きで銃弾をよけて、あっという間に一人の男まで接近した。

 仲間に銃弾を浴びせかねない状況に後ろにいた男たちが撃つのをやめ、それを今度はたきなに狙われる。

 見えない敵と見えているのに全く倒せない敵。

 男たちは千束たちのコンビネーションの為せる技にまたたく間に優先順位を見失い、ひとまず目の前の千束を狙おうとするも、たきなはすかさず千束の支援を繰り出した。

 

 手持ちの銃で最初と同じようにボディアーマーを狙う。

 呻き声を上げる男たちが一瞬意識を銃弾の方へ逸らした瞬間を狙い、千束は一番近くに居た男の顎を狙って引き金を引いた。

 真っ赤な花弁が暗がりに咲く。

 あっという間にトラックドック側に移動した六人の男たちが地面に伏せることになった。

 

「側面に敵がいる!」

 

 正面出入口に近づこうとした六人が側面部隊の支援へ回ろうとするも、それを防ぐべく、たきなは銃を正面出入口側に向け、今度はフルオートで銃弾をバラ撒いた。

 三十発のマガジンを使い切ると、すぐにサッチェルバッグに入れていた替えのマガジンを三つ取り出し、素早く交換した。

 そのまま更にフルオートで銃弾を文字通りバラ撒きまくる。

 

 狙いは、皆殺しでもなんでも無い。

 単に真島の仲間たちをトラックドックへ近づけさせないことだった。

 銃弾の飛び交う倉庫側面へ足を踏み込もうものならたきなのフルオートの餌食になってしまうと思わせることが大事だった。

 たきなの狙いをつけない射撃は面攻撃として機能し、真島は側面への支援を増やせなかった。

 一気に飛び込んできた千束とは別に影でこそこそと銃を振り回している敵を見つけ、倒さねばならないと思わせることがたきなの狙いであり、まさにその通りの対応を真島たちは選んだ。

 

「まずは撃ってきてる奴を狙え! ぶっ殺してやれ!」

 

 大声で威圧的な命令を繰り出す真島を尻目に、千束は一番正面出入口から遠いトラックドックの横に据え付けられた通用口の扉を蹴り開けた。

 蝶番が弾け飛び、千束は蹴った勢いのままに倉庫の中へ飛び込んだ。

 

 

 **

 

 

「ちょま、待って待って、うぇーいと!」

 

 倉庫に飛び込んだ千束は、すぐさま横っ飛びに再度飛び上がった。

 一瞬前に身体のあった場所を、リリベルの銃弾が通過する。

 

「てめえら何なんだよ!?」

「こんなガキまで敵にいんのか!」

 

 二人のリリベルが、ベレッタARX160を振り回して千束へ狙いをつけていた。

 それを両手を大きく振った千束が近づきながら、なだめる。

 

「だから待ってって言ってんじゃん! 聞こえてる?」

「待たねえよ、死ねクソボケ」

「ンだとオイ、撃ってから止めたっていーよこっちは」

 

 あっという間に売り言葉に買い言葉となってしまい、千束もリリベルに向けて銃口を向けたが、すんでのところで一人のリリベルがもう一人を制止した。

 

「……この女、知ってるぞ」

「んだよ、有名な傭兵なのか?」

「違う、俺らと同業だよ」

「殺し屋?」

「日本に雇われてる殺し屋だな。リコリスって言うんだ」

「は? 殺しなんてしませーん! 殺し屋でもありませーん!」

 

 下から顎を突き出すようにして煽り倒す千束に、気づいた方のリリベルは銃口を降ろした。

 

「前にコイツの襲撃をしたことがある。作戦は失敗して、中止されることになった」

「……あのときのリリベルぅ!?」

 

 千束もやっと気づいて銃口を降ろした。

 そこにいた二人のうち片方の男、金髪にオールバックの少年は過去に千束のセーフハウスを襲撃したリリベルの一人だった。

 電波塔事件後のある一時期、千束は毎回手を変え品を変えて襲いかかってくるリリベルたちに頭を悩ませた過去があった。

 その時は楠木司令が上層部に掛け合い、CDとの間を取り持ってもらうことで襲撃は止んだ。

 千束もオールバック男も話しているうちに、やっとそのことを思い出した。

 

「俺ら以外にもCD傘下の武力組織があんのかよ!?」

 

 もうひとりのほうはそもそもリコリスやDAという組織が存在していることすら知らない様子だ。

 ほとんどのリコリスがリリベルを知らないのと同じだった。

 本当であればオールバック男も千束も知っている情報をある程度共有するくらいはやってもいいのかもしれないが、今は銃撃戦の真っ最中である。

 時間はなかった。

 

「あーもう……色々言いたいが、いまそんな場合じゃねえよな?」

 

 てめえはなんで来たんだ、と口調こそ荒いものの、話をする気になった様子のリリベルに千束は説明をした。

 

「あのおっさんか。ルート構築のための支援をしてくれていたが、こんな伝手まであるとはな」

 

 感心するオールバック男をよそに、千束はずんずんと倉庫内に足を踏み入れた。

 

「ちょ、待てよ。話の途中だろ」

「急いでんの。仲間はどれだけ残ってるー?」

 

 慌てて駆け寄るオールバック男を尻目に、千束は中へと進んでいく。

 トラックドックの内側にはトラックと倉庫の高低差を埋めるための機械式ドックレベラーや、倉庫との隙間を埋めるためのドッグシェルターが設置されていた。

 緑色の外装だが、可動部は黒色と黄色のトラ模様で警告色を塗られている。

 そのすぐそばにはパレットラックと呼ばれる、荷物を重ねて保管するための金属製ラックが立ち並び、無数の段ボールが積み上げられていた。

 ラックの端にはフォークリフト用の速度制限の注意喚起が吊るされている。

 通路の幅は三メートルほどあり、正面出入口の方には銃弾で穴だらけになったフォークリフトがあった。

 

 そしてそのパレットラックの立ち並ぶ中の中心に、一部だけパレットラックも積荷もなければ、コンテナのような大型貨物すら存在しない区画がぽかりと空いており、そこには中型のトレーラートラックが一台鎮座していた。

 

「誰、そいつ」

「救援だ。敵じゃない」

 

 オールバック男に声をかけたのは、トレーラーに積荷を運び入れている最中だったリリベルの男だ。

 トレーラーはすでにエンジンはかかっており、タイヤ止めがされている。

 運転席には誰もいないが、トレーラーの周りには積荷を運ぶ複数のリリベルがいた。

 

「これで全部?」

「後は出入口に五人いる」

 

 そう言ってリリベルが顎をしゃくった。

 穴だらけの正面シャッターの前に、物陰に隠れたリリベルたちがいる。

 そして、その周囲には数人のリリベルたちが倒れていた。

 いずれも血を流して倒れている。

 千束が咄嗟に近づこうとしたが、オールバック男は首を横に振った。

 

「生きているのはこれで全員だ。何としてでもこいつを外へ出して、連中を振り切る必要がある」

 

 そういってトレーラーを指差した。

 千束はがっくりと肩を落とす。

 

「んなのムリに決まってんじゃん。外見た?」

 

 正面出入口の前には真島のトラックが横付けされており、封鎖されていると言っても良かった。

 軽自動車一台ならともかく、真島たちのトラックは防弾板が装備されており、車両重量もそれなりにある。

 押し出して無理やり外へ出るといった手段は取れなかった。

 

「俺らの任務はこのトラックの輸送だ。これは捨てておくことは出来ない」

「そんなんムリだって。ここで死ぬ気?」

「任務が達成できるなら死んでも構わない」

 

 冷然と言い放つオールバック男の態度に千束は背を向けて、インカムに手を当てる。

 

「ちょーっち問題発生。中にトラックがあって、それを脱出させないといけないみたい。どうする?」

『……こっちでもトラブル発生です。なぜか居場所が割れました』

「えっ!? 大丈夫、ねえ! たきな!?」

 

 無線越しに状況の悪化が伝えられ、千束も想定外の依頼に頭を悩ませている場合なのか判断がつかなくなった。

 リリベルの支援を放棄してたきなの救援に行っても、数の上では勝る真島たちがその間に倉庫内へ突入してリリベルたちと交戦しかねない。

 そうなればもうトラックは出せないし、この場にいる生存者も死にかねない。

 とはいえたきなを助けないという選択肢はなかった。

 踵を返して倉庫から出ようとする千束に、別の無線が入った。

 

『たきなはこっちで支援すっから、状況教えなさい』

 

 ミズキだ。




後半の更新は4/28(金)の同じ時間くらいを予定しています。
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