リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら   作:725404

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10話「Repay death with death」1/2

 男たちに当時課せられた任務は、電波塔内に建造されているラジアータと呼ばれる、AIを破壊せよというものだった。

 

 リリベル。

 

 CDの司令である虎杖は、DAが今後国内任務で使用すると目されるラジアータの性能を忌避していた。

 DAとCDは国内と国外という異なる地域で活動しており、互いにほとんど接することのない機関だった。

 元になった八咫烏という古い組織はともかく、現在は仕事内容によってお互いがほぼ独立しており、情報の共有も最小限となっている。

 

 だからこそ起きた対立と呼べたかも知れない。

 

 DAはラジアータを利用し、今後あらゆる犯罪を事前に察知し、今まで以上の戦果を上げると予想されていた。

 それはCDの成果が相対的に過小評価されかねないことを意味していた。

 ラジアータの権限を国外に拡大されてしまえば、DA一つで組織としては事足りると判断され、CDがDA傘下となってしまうかもしれないと恐れていた。

 そうした危機感から立案され、実行へ移されることになった作戦に、CDの兵隊であるリリベル――真島は参加していた。

 

 CDの調査によると、ラジアータは大電力と電波の送信性能を利用し、電波塔の地下で稼働するとのことだった。

 電波塔の地下にラジアータがあるというわけだ。

 破壊工作はCDによるDAへの攻撃という側面を隠蔽するため、作戦に参加するリリベルの身分を偽るところから始まった。

 真島たちは東南アジア方面作戦から一度離脱し、香港経由の海路で神戸港へ到着。

 そこから阪神高速、東名高速道路、東京湾アクアラインを経由して完成間近の電波塔へ向かった。

 

 不法入国者として。

 

 真島たちはパスポートを持たず、高出力のエンジンに換装したプレジャーボートを使って、沿岸警備隊の目を出し抜いた。

 国内潜伏後は、盗難車を買い上げて天ぷらナンバーのミニバン複数台に分乗した。

 天ぷらナンバーとは、盗難車や廃車済みの車から取り外したナンバープレートを取り付けた偽造ナンバープレートのことだ。

 交通事故や犯罪を追跡する際に車とその持ち主が一致しない等の捜査撹乱を目的としたものである。

 真島たちがラジアータを破壊後に追跡の手から免れるための手段として、選んだものだった。

 

 こうしてリリベルとしての身分を半ば放棄するような格好で、真島たちは国内へ潜伏した。

 まるでテロリストのようなものだった。

 

 潜伏は成功し、電波塔までの道のりを真島たちは着実に歩んだ。

 そして電波塔に潜入し――地獄を見ることになる。

 歴代最強のファースト・リコリス、千束との戦闘を。

 

「本部、本部! リコリスがいる。作戦を察知されていた可能性大だ! 今すぐ作戦変更を! 撤退を命じてくれ!」

「ダメだ、通信が通じない! DAの妨害工作か!?」

 

 地下へ降りようとした真島たちはエレベーターを操作され、逆に第一展望台へ誘い込まれていた。

 そこには一人の少女――ファースト・リコリスである千束がいた。

 最初は単なる警備の一人が突っ立っているだけだと軽んじていたが、そうではなかった。

 問題なく対応可能な人員として、彼女はそこにいた。

 

 一方的に蹂躙され、地下に爆弾を設置する暇さえ与えられなかった。

 仲間たちはあっという間に撃ち倒され、CDとの連絡も途絶した。

 

 虎杖司令はDAの罠にかかっていたのだ。

 ラジアータはすでに完成していたし、電波塔の地下になど設置されていなかった。

 DAはCDの攻撃を察知し、逆に一網打尽にする腹づもりだった。

 

 それが電波塔事件の真相だ。

 それでも虎杖司令は、対応策を取っていたため、CDの地位低下には至らなかった。

 

 リリベルの身分隠蔽。

 これらはDAとCDの対立が表沙汰にならないようにするという配慮以上に、虎杖司令の保身として機能した。

 

 リリベルは電波塔にはいなかった。

 CDはラジアータを破壊しようとしていなかった。

 電波塔の爆破はテロリストが行ったことだった。

 事件は事故になった。

 誰も死んでいなかった。

 

 そういうことになった。

 

 真島たちはテロリスト扱いされ、CDからは切り捨てられることになった。

 そうして電波塔事件は一人の英雄を残し、全て壊された。

 真島には作戦が立案される段階の時点で、すでに勝ち目がなかったのだ。

 

 その経験が真島をバランス思想へ目覚めさせる契機となった。

 バランス――それは戦いにおいて必要となる力だった。

 末端の兵士にバランスを左右する力はない。 

 盤上の駒には戦いの勝ち負けを左右する判断を行う権限は与えられない。

 否応なしに戦いの場へ引きずり込まれ、勝利条件は戦いの場にいない者が左右する。

 バランスという力を握っているのは戦いの場におらず、勝敗というバランスは戦いそのものから遠い場所で決まってしまう。

 

 それが真島には我慢ならなかった。

 自身の選択――自身の戦いこそがバランスを左右し、勝敗を決し、力そのものにならなければならない。

 真島こそがバランスそのものにならなければならない。

 

 それが彼の至った答えであり、いつしかその答えが真島を突き動かす原動力になった。

 真島は末端で戦い続けるし、自分が戦いの場を離れたりはしない。

 それでもその戦いの場こそが勝敗を握るものであるべきだと考えているし、バランスそのものであるべきだと考えている。

 真島は戦いから離れてバランスだけを握る者にはなろうとしなかった。

 盤面の外で勝敗を勝手に決め、勝利条件を押し付ける存在は唾棄すべき悪徳だと考えていた。

 

 今なお真島は戦いの最中に自分の居場所があると思っている。

 そして、その中にこそバランスがあるべきだと考えていた。

 誰も理解し得ないそうした想念が、真島を戦いに駆り立てていた。

 

 

 **

 

 

 破壊の限りを尽くされた旧電波塔の中で、虎杖司令の死体を尻目に真島は電話をかけた。

 三コールで出る。

 

「おい、戦場の準備が整った。お前も来い」

『時間と場所をお願いします』

 

 電話の先には姫蒲がいる。

 明瞭な理解を示す彼女に、それが当然だとばかりに真島は冷たい声を放つ。

 

「押上警察署、正午ちょうどに来い」

 

 それだけ言って真島は通話を切る。

 昏い目には、死んだ虎杖司令が映っていた。

 

 

 **

 

 

 連絡を受けた姫蒲は小さく頷いて、視線の先を見た。

 吉松シンジ。

 二人はホテルのレストランでやっている朝食ビュッフェの最中だった。

 吉松は紅茶と半分に切られた食パン、それにほうれん草入りのオムレツをもそもそと食べていた。

 連絡を受けて食事を中断した姫蒲は、朝から親子丼を食べている。

 二人は常に行動を共にすることで、襲撃されても対策できるよう備えていた。

 しかし今回ばかりは別行動になる。

 それを理解している吉松は、姫蒲の報告を受けて大きく頷いた。

 

「今日は出ないほうがいいね。良い報告を待っている」

 

 姫蒲は食事の手を止めて頷いた。

 口元には獰猛な肉食動物のように挑発的な笑みが浮かんでいる。

 

 

 **

 

 

 喫茶リコリコは比較的空いている時間だった。

 モーニングの時間を過ぎた後はしばらく客の入りが落ち着くのが普通だ。

 それは喫茶リコリコも例に漏れない。

 その空いた時間を利用し、余剰人員で配達業務を回すのが喫茶リコリコの営業スタイルである。

 今はたきなが配達に出ており、店内にはコーヒーが落ちるのを見ているミカとカウンターでぐったり寝ているミズキ、裏の押し入れでPCをいじっているクルミだけがいた。

 千束は外に客の影がないか出ていたが、店の前どころか喫茶リコリコの面する道路にすら人影がないことを確認し、店内へすごすごと戻ってきた。

 

「こんなことならたきなについてけば良かった~」

「アンタいなくなったら客来たときどうすんのよ」

 

 自分も店員であるという自覚が抜け落ちたミズキの眠たげな反論に、千束は特に言い返すこともなく、自分もごろりと畳に寝転ぶ。

 同時に、ミズキのノートPCにメールが届いたことを通知するポップ音が鳴った。

 

「も~こんなときに仕事? 絶対受けたくないわ」

 

 深夜まで任務だった上にそのまま朝の営業から通常通り実施しているため、ミズキの体力はほぼゼロだ。

 それでも喫緊の問題を抱えて困っている依頼人の可能性を排除できないため、メールをチェックする。

 大きなため息をついた。

 

「楠木司令からよ、千束」

「楠木さん~? なんて?」

 

 寝転がったまま千束は話を聞く。

 

「昨日のリリベルとの戦闘での死体の大半が身元不明みたい。それで知ってる顔がいないか見てほしいって」

 

 リリベルもリコリスと同じで戸籍がない孤児で構成された部隊だ。

 そのため、身元の確認をするにはリリベルの資料を当たるしかない。

 しかし今はまだ戦闘が終わったばかりで、リリベルの資料がどこにあるのか確認する時間がないのだろう。

 そのため、過去リリベルと戦闘経験もある千束にお鉢が回ってきた、というわけだ。

 千束はがばりと起き上がる。

 

「どこ行けばいいの? 本部?」

「いんや、近場も近場。押上警察署だって」

 

 警察署には長期間にわたって死体を保管できる設備はない。

 しかし検死室はあり、数日間から十日程度であれば死体を保管できるような簡易的な設備はある。

 今回の事件で出た死者に関しても膨大な数の保管場所を確保するため、押上警察署の検死室を間借りしているという状況らしかった。

 そこに行って、死体の顔を確認するというのが千束に対する命令だ。

 

 千束に確認してもらうため、頭部の損傷が少ない死体を押上警察署の検死室には集めている。

 DAからの指示は依頼ではなく、命令に該当した。

 そのため千束に行かない、という選択肢はなかった。

 

「んじゃ、行ってきますかあ。店番よろしくね」

「だーれに物言っとんじゃい。よゆーよよゆー」

 

 でもなるべく早く帰って帰さないよね、とミズキは念押しした。

 千束はエプロンをロッカールームに片付け、念の為デトニクスコンバットマスターをサッチェルバッグの中へ突っ込む。

 

 署内でなにかがあるとは思わないが、楠木司令の指示には不可解な点があったからだ。

 わざわざ死体の顔を確認するために、直接見ないといけない理由がなかった。

 輸送時に清掃班にでも顔を撮影させ、画像を送ってもらえれば事足りたはずだ。

 撮影できない理由があるのか、はたまたミズキやミカには隠したい何かを千束にだけ伝えようとしている可能性がある。

 それなら最低限の装備を整えて向かったほうがいいと千束は判断した。

 

「帰りは昼を過ぎるだろう。ちょうどいいからたきなと合流したらいい」

 

 コーヒーから目を離したミカがそう言って千束に万札を握らせる。

 

「全部いいの?」

「二人でランチするくらいで全部使い切らないだろう。おつりは返しなさい」

「えー? カニとか食べたらアシ出るかもよ」

 

 カニだけに、とチョキにした両手をチャキチャキと開閉しながら千束は喫茶リコリコを後にし、押上警察署へ向かった。

 

 

 **

 

 

 錦糸町通りに面する押上警察署は、最寄り駅がついこの間襲撃された北押上駅だ。

 今も復旧工事の真っ最中のため、駅には電車が止まらないようになっている。

 年明けには駅の機能が一部復旧し、本数を減らしたうえで再開する見込みだと言われているが、今はまだ工事のため封鎖されていた。

 そのため、その周辺である錦糸町通りの人通りも去年の同時期よりは少なく、少しだけ閑散としているように見える。

 

 ただ完全に人通りがなくなってしまったわけではない。

 都営バスや東武バス、京成バスが電車の代替として本数を増やして運営しており、そちらの利用者はむしろ以前よりも多い。

 臨時で何本か今までにない路線も組み上げられており、北押上駅のバス停はいつも混み合っていた。

 

 千束はそうした人通りをするすると抜けて、押上警察署へ向かう。

 東京メトロの目黒半蔵門線に沿った四つ目通りを南下していく。

 最後に一本だけ道路を東に曲がるとすぐに押上警察署が見えた。

 正面には長い木製の警杖を持った若い警察官が立っていた。

 中に入ると、すぐにスーツ姿の壮年の男が千束へ近づく。

 

「どうぞ、こちらです」

 

 受付と待合室をスルーして、職員以外立入禁止の張り紙と記載された扉を抜ける。

 内勤中の警察職員を尻目に、勤務室や証拠保管室を通り過ぎ、廊下の奥へ向かった。

 階段を降りて何度か廊下を曲がると、物品庫の反対側に検死室があった。

 その奥は配電盤やボイラーがあるようだった。

 水道、冷暖房、通信を管理するための設備が設置されており、二人以外に人はいなかった。

 検死室の鍵を開けた男はそのまま鍵を千束へ渡し、終わったら受付に返してもらえればいいとだけ説明した。

 このようにDAへ協力している公共施設は多い。

 

 千束はサムターン錠に鍵を差し込んで扉を開ける。

 ひんやりとした冷気が部屋に充満している。

 死体の防腐目的で温度も湿度も低く抑えられているのだ。

 唸るような冷房の音が響いている。

 解剖台には誰も横たわっていない。

 

 温度計、血圧計、心電図なども使用されていた形跡はあるものの、今はどこにも繋がれておらず、電源も落とされていた。

 二槽式洗濯機の親玉みたいに見えるガスクロマトグラフ質量分析装置も置いてある。

 壁には納棺のための設備にも見える人がまるごと収まる保冷庫が並んでいた。

 

 千束は検死用の消毒器具を勝手に拝借してアルコールスプレーを手に吹きかけ、新品のマスクの封を切った。

 手袋や防護メガネ、ガウンにキャップもあるものを借りた。

 靴を覆うためのシューカバーは見当たらなかったので省略し、保冷庫に手をかける。

 

 横開きの扉を開くとローラー付きのストレッチャーが手前にスライドできるようになっており、両手をかけて引き出すとバットの上に裸の男が載っていた。

 リリベルの死体だ。

 千束は無言で手を合わせ、それから顔を覗き込む。

 目があった。

 息をのみ、それから眉間に皺を寄せる。

 誰もいないので無言のまま、千束はそっとまぶたに触れた。

 すでに死後硬直で固まっており、見開いた目を閉じることはできなかった。

 

 保冷庫から漏れる冷気を閉じ込めるようにして、千束は死体をもとに戻し、扉を閉じた。

 そうして四人入る保冷庫が四つ並ぶ検死室で十六人分の遺体を確認した千束は、最後にもう一度両手を合わせ、検死室を後にしようとした。

 

 その時だった。

 

 ばつん、と大きな音とともに室内のライトが落ちた。

 それから保冷庫と冷房が沈み込むような音とともに機能を停止する。

 慌てて千束は扉の外へ出るが、廊下も先程ついていた明かりが完全に消え、真っ暗闇になっていた。

 

 停電だ。

 慌てて千束はスマホを取り出すが、地下のため電波が入らず、連絡は取れなかった。

 一階に戻ろうと、サッチェルバッグからライトを取り出す。

 ボタンを押している間だけ明かりがつく、警棒代わりにも使えるゴツいライトだ。

 先ほどの案内の逆をたどりながら階段へ向かおうとする。

 しかしそこで、暗がりから物音が聞こえた。

 

 誰かが歩いてくるような音だ。

 こつこつと靴音が響くが、千束と違ってライトを持っている様子はない。

 千束の持つライトの光源以外、見当たらないからだ。

 

「誰かいますか~」

 

 千束は明るく声をかける。

 警察署、検死室、地下。

 いずれの場所でも場違いに思えるほど明るい声は、持ち前の視力という利点を奪われたからこその防御反応だったかも知れない。

 足音の主はもうかなり近くにいるように思えるが返事はない。

 

「あの~、停電ですかあコレ」

 

 千束は相手となんとか会話をしようと質問形式に切り替えた。

 しかし返ってきたのは、笑い声だった。

 

「ふはは、なんだてめえ。暗いのが怖いのか?」

 

 その声はちょうど廊下の先から聞こえた。

 聞き覚えのある声だった。

 ライトが一瞬相手の存在を照らし出した。

 

 パーマのかかった緑髪に、長身痩躯。射殺すような鋭い眼光。そして軽薄な口元。

 真島だ。

 キアッパ・ライノを片手で構え、千束に狙いを定めていた。

 

 引き金が引かれる。

 千束は辛うじて一瞬だけ照らし出された真島の姿から射線を見切って、半身になって.38スペシャル弾を躱した。

 

 金髪寄りの白髪がわずかに銃弾を掠め、ひと束ちぎれる。

 すぐさま反撃のため、千束もデトニクスコンバットマスターを抜きとり、廊下をまっすぐ駆け抜けようと一歩目を踏み出す。

 しかし真島は一発だけ撃つとすぐさま廊下の角に姿を消した。

 それから同時に今度は別の人影が現れる。

 

「!?」

 

 それは千束も見たことのある相手だった。

 吉松に付き従って仕事をともにする女。

 決して喫茶リコリコには同行しない女――姫蒲だ。

 

 ライトで一瞬だけ照らし出されたその姿は明らかに警察署には似つかわしくなかった。

 全身のラインが浮き出るようなボディスーツに身を固め、髪の毛は括ってまとめ、ヘルメットを装着している。

 そしてそのヘルメットには暗視ゴーグルであるPVS-14がマウントされており、ゴーグル越しに千束を見据えていた。

 

 その上、手にはレミントンM870が握られている。

 気づいた瞬間に千束は横っ飛びで廊下の曲がり角に飛び込み、姿を隠した。

 12ゲージのショットガンから放たれるけたたましい銃声とともに、壁や床に細かいヒビがいくつも走り、廊下はずたずたになった。

 

 バードショットだ。

 小さな鉛球が何百個も入った装弾で、一つ一つは小さいが、当たりどころが悪ければ致命傷になりうる。

 なにより、千束の能力に応じた武器だった。

 いくら目が良かろうと、高速で飛んでくる二百以上の鉛球をすべて見切って避けるなんて芸当は物理的に不可能だ。

 

 とっさに撃たれる前に射線から逃れることができたため、当たらなかったが、たとえ千束でもショットガンを真正面から撃ち込まれたらただでは済まない。

 停電による視界の遮断と、ショットガンという銃弾避けの対策。

 明らかに敵は千束の特性を理解し、対策を打っている様子だった。

 

 

 **

 

 

 たきなはミカからの連絡を受け、川沿いの交差点であたりを見渡した。

 千束はDAからの命令で押上警察署に向かったらしい。

 仕事が終われば、そのまま外で昼を食べてから戻っていいとのことでたきなも途中で合流するよう連絡を受けた。

 千束にもその旨を連絡したところ、待ち合わせ場所の位置情報と、どこで食べるかを訊ねられた。

 

『手早く食べて戻ったほうがいいでしょう。そばは提供が早いと聞きます』

 

 たきなは京都時代も本部時代も任務絡み以外で外食した経験がない。

 又聞きの知識だが、それなりに合理性はあるんじゃないかと思ったが、千束の反応は鈍かった。

 

『そゆんじゃなくて』

 

 スタンプ。

 呆れた表情を浮かべる犬。

 

『食べたいもの考えといて』

 

 そうやってわざわざ二回の投稿に分けられた連絡が来たきり、以降の既読は確認できなくなった。

 おそらく警察署に着いたのだろう、とたきなは判断する。

 

 念の為、『パンケーキは美味しかったです』と送った自分のメッセージを千束が確認したか何度かチェックしたが、しばらくたっても既読はつかなかった。

 

 千束が来るまでの間に何も思いつかなかったでは示しがつかないので、スマホで周辺のランチ営業をしている飲食店を探し、候補をいくつか選んでおく。

 配達や任務で周辺を歩くことは多いが、こうして地図上で確認してみると想像していたよりもずっと飲食店は多い。

 

 その中で昼営業しているイタリアンと、創作和食の店をピックアップ。

 歩いていける距離であることを確認して周囲を見渡した。

 まだ千束は来なかった。

 もう十三時過ぎだ。

 

 昨日は深夜まで仕事だったが、開店準備はミカがやるということで、ぎりぎりまで休ませてもらっていた。

 今日のリコリコはメニューも下準備が大変なものはいくつか制限され、団子やケーキは提供を取りやめていた。

 営業時間についても、夜の客入りによっては早く閉めるかもしれないとミカが言っていた。

 だから戻りが少し遅くなっても問題はないとのことだった。

 

 しかし少しだけなにか不安を感じる。

 たきな自身なんでそんな風に感じるのか分からなかったが、焦燥感に駆られるまま、喫茶リコリコへ連絡した。

 

『こちら喫茶リコリコです』

 

 電話に出たのはミズキだった。

 よそ行きの愛想いい声にぎょっとする。

 

「井ノ上です。待ち合わせに千束が来ないんですが。何かそちらに連絡は来ていますか?」

『あーん、たきなかよ。こっちにゃ特に来てないけど、どうしたよ』

 

 電話越しのミズキが軽い調子のいつもの声のトーンに戻る。 

 

「いえ、もう正午過ぎて一時間くらいたってますし」

 

 たきな自身が合流予定の交差点に着いたのは十五分ほど前だが、千束が警察署に着いたのは正午だと聞いている。

 それから一時間経っても待ち合わせにやってこないどころか連絡すら来ないのはなにかおかしい気がした。

 

『あー、仕事長引いてるんじゃない? 現場で司令と連絡取り合ってるとか』

「じゃあ迎えに行きます。いいですよね」

『暇だし、いいよー……って客来たから切るかんね。忙しくなったらヘルプ連絡すっから、通知見ときなさいよ』

 

 そういって最後は慌ただしく電話は切れた。

 たきなは、スマホの画面を見てまだ千束の既読がつかないのを確認すると、駆け足で押上警察署へと向かうのだった。

 

 

 **

 

 

「現在、押上警察署では火の手は直接見て取ることはできません。しかし火災が発生したのは事実のようです。消防署の車両が駆け付け、消火活動を行っております。現場ではまだ煙が立ち込め、周辺住民の方々が集まっています。警察官は外で待機中のようです。これから周辺を封鎖するとのことです。目撃者によると、火元は警察署二階とのことですが、詳しい情報はまだ入手できていません。周辺の交通にも影響が出ているため、通行には十分お気をつけください」

 

 現地レポーターがカメラに向かってそうまくし立てているのを、たきなは警察署の前で確認した。

 乗用車同士ですれ違うのがやっとの道路には消防車が待機しており、制服とスーツで入り混じった警察官たちが道路には溢れていた。

 さらに野次馬も大勢集っており、まるで祭りかなにかのような有様だ。

 しかしその中にたきなの目を惹く存在が幾人かいた。

 

 見覚えのある制服――リコリスだ。

 その中でも小柄な少女、春川フキにたきなは近づく。

 フキもたきなが近寄ってきたのを見て取り、インカムになにか一言零してから、向き直る。

 

「なんでお前がここにいる」

 

 鋭い眼光は以前と変わらない。

 下から睨みつけるようにしてたきなへ問いただすその姿は、威圧感にあふれている。

 漲った緊張感と背負ったサッチェルバッグから、明らかに任務中であることが伺えた。

 

「中でなにかあったんですか」

 

 フキが口を開きかけたとき、横から別の少女が割り込んできた。

 乙女サクラだ。

 

「もう本部じゃないお前に話せることなんてねーんすよ。仕事のジャマなんでどっか行ってくれますぅ?」

 

 挑発的な態度でへらへらとたきなに絡む。

 しかしたきなが反論する前に、フキの肘鉄が飛んだ。

 

「うぐっ。何するんスか!?」

「こんなとこで騒ぐなバカ。持ち場に戻って待機、いいな?」

 

 サクラは大げさに肘鉄の入った脇腹を抑えると、りょーかいでーすと明らかに不満たらたらの様子で去る。

 フキはサクラが持ち場へ戻ったのを確認してから、たきなへ耳打ちする。

 

「昨日の件は聞いてるな?」

 

 リリベルのことだ。

 たきなは無言で頷いた。

 

「リリベルは潰せたが、協力していた輸出側の提供していた海外の傭兵連中が生き残ってたらしい。警察署に何の用があるのかは知らないが、中を占拠してて今は司令の突入命令待ちだ」

 

 たきなは息を呑んだ。

 

「昨夜レベルのドンパチにはならないと思うが、相当荒れるはずだ。お前はたまたま来ただけだろ? リコリコに戻れよ、いいな」

 

 フキは言い含めるようにたきなへ説明すると、そのまま踵を返した。

 しかしたきなが肩を掴んで止める。

 強引な引き止めに思わずフキが振り返ったとき、冷たい表情を浮かべたたきなと目が合った。

 

「中に千束がいます。本部の指示は出ないようですが、今は支部所属なので、わたしは独自判断で動きます。支援を期待してますからね」

「お、おい待ってって」

 

 フキもたきなの腕を掴んで止めようとしたが、たきなは振り払って、隣のビルへ向かう。

 ビルの窓から警察署の敷地へ入り、消防と警察に包囲された警察署の中へ入ろうとしているのは明らかだった。

 

「止めなくていいんすかー?」

 

 サクラがいつの間にかフキの隣に近寄ってきていた。

 フキはかぶりを振る。

 

「司令からの突入命令が出てない以上私達は待機だ。別にあいつはいま私の指揮下にいないから関係ない」

「死んじゃったらどーすんです?」

「仇は討ってやるよ」

 

 フキは警察署を見上げた。

 黒い煙が風に吹き流され、警察署の上階を覆っていた。




真島の過去を改変しました。その影響でバランス思想も異なる形を取っています。
アニメだと真島がラスボス的なポジションですが、今作では別キャラをラスボスにするために改変を加えた形になります。
延空木は爆破と見せかけて電波ジャックするのが主目的だと明かされていましたが、旧電波塔のほうはなんで爆破されることになっていたのかはアニメで描かれていなかったので、電波塔事件の真相も捏造しました。
次回は5/4(木)更新です。
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