リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら   作:725404

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10話「Repay death with death」2/2

 警察署の隣にある雑居ビルの踊り場の窓を開けたたきなは、警察署の敷地内に飛び込んだ。

 それから警察職員も消防士も見ていないことを確認し、トイレの窓をサイレンサー付きのS&W M&P9Lから放たれる9mmパラベラム弾で割った。

 

 署内の火災によるバックドラフト現象は起きないどころか、煙すら確認することはできなかった。

 おそらく火災はフェイクで、警察署内から職員や市民を追い出すための口実に過ぎない、とたきなは結論づけ、迷いなく室内に踏み込んだ。

 

 署内は入り組んでおり、館内マップも見当たらない。

 それどころか、廊下やフロア内の照明はすべて落ちており、窓に面していない部分は日暮れのように薄暗かった。

 

 スマホで喫茶リコリコへ連絡を取る。

 ミズキが出るが事情を伝えてクルミに代わってもらった。

 

『物理的に電源が遮断されている、ボクでもどうしようもない』

「少し前の映像に遡ることもできませんか?」

『映像ログ保管用サーバーもまとめて落ちてる。周辺の監視カメラを確認する。現場の支援はムリだ』

「了解です」

 

 今度は電話が繋がったまま、ミカが話し始める。

 

『敵がどれくらいいるかも、戦力も分からない。戻ってきなさい』

「中に千束がいるのにですか?」

『たきなが死んだら千束が悲しむ』

 

 電話口のミカの口調は重たかった。

 緊迫した状況だからこそ、嘘はつけないということがよく分かる一言だった。

 セカンド・リコリスであるたきなでは情報部が用意したシチュエーションで現場指揮官に従って作戦行動を取ることはできても、独自に情報収集と戦闘行為を行わなければならない状況には対応できないと判断されている。

 逆に千束なら一人でも生存は可能だというのがミカの見立てだった。

 しかしたきなの意見は違う。

 

「千束からの連絡が途絶しています。署内は照明が落ちてますし、閉鎖環境では狭かったり障害物が多いせいで、千束の身体能力を存分に発揮できません」

『敵の目的は千束だと?』

「そのための準備をしていて誘い込まれている場合、たとえ千束でも支援が必要だと思います」

 

 なにより、とたきなは続けた。

 

「わたしは助けるべきだと思っていますから」

 

 そう言ってたきなは会話を終えた。

 通話は切らずにサッチェルバッグへしまい込み、代わりにマイク付きの片耳ヘッドセットを装着した。

 

 そのまま署内を探索した。

 ひとまずは検死室へ向かうつもりだったが、押上警察署署内の館内図は存在せず、どこへ向かえばいいか分からなかった。

 そのため音を頼りに、動きの有りそうな場所へ向かおうと耳をそばだてる。

 

 銃声。

 

 かなり近かった。

 たきなは音のした方向へ向かい、階段へたどり着く。

 さらなる銃声が響き渡るのを確認し、音が地下から鳴っていることをチェックした。

 片手に小型のライト、もう片方に拳銃を手にし、シュアファイアテクニックと呼ばれる構えで階下を照らす。

 

 左手の人差し指と中指でライトを保持し、残った両手で拳銃を両手持ちするこの握り方であれば、拳銃をしっかり持つことができる。

 手をクロスさせるようにライトと拳銃を構えるハリス・グリップは映画などでもよく見かける構え方だが、ライトを握る方の手を誤射する可能性があるため、リコリスの間ではシュアファイアテクニックで構えるのが一般的だ。

 

 ゆっくりと階段を降りるたきなは声を張り上げた。

 

「千束! どこにいますか!」

 

 危険は承知だった。

 視界内に敵の姿がないことと、いざとなればサッチェルバッグの防弾機能で一時的に退避することが可能だという安全弁を取った上での行動だ。

 もし敵がいれば、増援が来たことを察知し、千束への注意が逸れる可能性がある。

 千束ならその隙を存分に利用できるはずだという信頼が、たきなの挑発行動をもたらした。

 案の定、たきなの声に反応する敵の存在があった。

 

「おいおい、雑魚は呼んでねえぞ!」

 

 姿は見えないが口の悪さと声質で誰がいるのかすぐさま分かった。

 真島だ。

 地下は明かりが全くついていないせいで、真っ暗だった。

 闇の中から響きわたる声は反響してくぐもっており、すぐそばに真島がいるわけではないということが明確だ。

 たきなは階段を降りた先の廊下に見える突き当りの角を照らしながら、慎重に進み、姿が見えれば即座に撃てるように意識を集中していた。

 だから、たきなが何かを見逃したということはまったくない。

 

 銃声が響く。

 

 壁のパネルが砕けて床へ溢れるのと、たきなの左前腕に.38スペシャル弾が刺さるのはほぼ同時だった。

 

「ッ!?」

 

 横滑りするように肘の先である前腕に飛び込んだ銃弾は、尺側手根伸筋をわずかに逸れて皮膚を抉った。

 鮮血が飛び散って、ライトの指す光がぶれた。

 制服の袖を絞るために付いている、手首のベルトが千切れた。

 とっさにたきなは撃ち返すが、廊下に真島の姿はない。

 

「チッ、死んでねえのかよ! おい、後ろのは俺がやる。てめえはアラン・リコリスを引きつけとけ」

 

 聞こえるような距離で真島は仲間に指示を出すと、躊躇なくキアッパ・ライノの引き金に手をかける。

 だが、その前にたきなは通路を一気呵成に走り抜け、迷わず通路の右側へ銃口を向けた。

 それから通路の奥で銃を構える真島へ向かって迷いなく、銃弾を撃つ。

 

「っ!?」

「千束、返事はしなくていいので聞いてください!」

 

 真島は慌てて身を通路の奥へと隠していく。

 たきなはそれを逃そうとはしなかった。

 さらに前進していく。

 左前腕からは鮮血が滴り落ち、制服の裏側をぼたぼたと濡らしていたし、鋭い痛みが消えたりはしていなかった。

 

 それでもたきなは戦闘を避けようとはしなかった。

 それが最善手だと確信していたからだ。

 

 昨夜の真島は夜間での作戦行動中に、身を伏せて隠れていたたきなの姿を目視することなく、探り当てた。

 今日も電気が消えているのにライトも暗視ゴーグルも装着していない。

 その上明らかに射線が通っていないのに、なぜか正確にたきなに狙いをつけられていた。

 

 痛みと暗闇という二つの不測の事態に陥りつつも、たきなはそれらの情報を統合し、敵の正体を見極めるために、猛然と思考を巡らせた。

 暗闇の中で目を凝らすことができるわけでも、痛みを感じないわけでもない。

 ただ、たきなはどんな状況でも事態を見据えることができる冷静さを兼ね備えている。

 

 腕の痛みを堪えて、ライトを高く持ち上げ、顔を左腕で庇うように構え、真島を追う。

 

「真島は聴力が常人より遥かに優れています! 暗闇の中でも昼間のように見ることができるんです!」

 

 さらに、とたきなは続ける。

 

「聴力によって空間全体を把握することができる能力を活かし、銃弾の跳弾をある程度把握できています! 死角から銃弾が跳んでくる可能性があります、気をつけて!」

 

 それだけ言うと、そのまま手元の拳銃を通路の奥へ向け、銃弾を叩き込んだ。

 真島の背中だ。

 

「くそっ、てめえみたいなザコにネタバレされちゃあ、意味ねえだろうが!」

 

 悪態をつく真島が横っ飛びで通路へ消え、たきなの撃った銃弾は壁を穿った。

 たきなはとっさに顔を腕で庇い、横の扉のドアノブを回す。 

 外開きの扉が廊下へ飛び出るのと、その扉に銃弾が突き刺さるのは同時だった。

 

 跳弾による視覚外からの射撃。

 

 それは真島の特質である常人より優れた聴覚のもたらした能力だ。

 音の反響を耳で聞き取って、地下全体がどういう構造であり、どこに誰がいるのかが分かる。

 壁はどんな材質でできており、天井はどれくらいの高さがある。

 

 すべてが見えずとも脳内に組み上がるのが、真島の才能だった。

 そうした優れた聴覚から形成された構造の把握が、跳弾を利用した射撃へつながる。

 撃ち込んだ銃弾がどの壁に当たり、その後どんな方向へ飛び出していくのか、ということが建物の構造すべてを把握している真島には分かるのだ。

 

 特に9mmパラベラム弾よりも威力も弾速も遅い.38スペシャル弾の場合は、壁を貫通することが少なく、跳弾が起きやすい。

 そのため真島はあえてたきなと正対することなく、廊下に隠れても攻撃ができた。

 

 たきなは扉を利用してなんとか銃撃を凌いだ後、またもや駆け出して真島への接近を試みる。

 壁の奥まで走り、一瞬ライトが真島を照らし出す。

 先程までは背中を見せていた男が、今度はにやりと笑って真正面を向いている。

 致命的なミスを犯したことをたきなは自覚し、とっさに後ろへ戻ろうとしてから、自分の背中側でけたたましい銃声が響き渡るのを聞いた。

 

 

 **

 

 

 千束はまずショットガンを持つ姫蒲を排除するのが先決だと捉え、逃げた曲がり角で息を詰めた。

 片膝を立ててかがみ込み、肘を折りたたんでコンパクトな体勢で拳銃を構え、左腕でライトを逆手に持つ。

 ライトはもちろん消した状態だ。

 

 姫蒲の足音を聞きながら、いつ接敵するのか図りつつ、じっと待った。

 まっすぐ進んでいた足音が近づいた途端に、ゆっくりとした音へ切り替わった。

 クリアリングをしている。

 

 銃口を千束の隠れる側の通路へと向けたまま、円を描くようにして徐々に曲がり角をチェックしている。

 ゆっくりした動きだが、千束にとっては危険極まりない行為だった。

 

 このまま行けば数秒後には位置がバレる。

 

 相手が壁へと向けているショットガンの銃口が、千束へと切り替わるのは時間の問題だった。

 千束はなるべく姫蒲を引きつけてからショットガンの銃身よりも内側に潜り込む予定だったが、それは諦めて別の手段を選んだ。

 ライトを姫蒲の顔をへ向けて光を浴びせ、そのまま飛びかかるようにして姫蒲の背後へ飛び込む。

 

 強い光に応じてPVS-14は一時的に回路をカットし、機能が停止する。

 低照度下での視認性を高めるための暗視ゴーグルに強い光を受けた姫蒲は、一瞬視界を奪われた。

 

 とっさにショットガンの引き金を引くと、激しい銃声とともに先ほどまで千束のいた曲がり角一帯がバードショットで抉られ、ボロボロになった。

 しかしもう千束はそこにいない。

 

 背後だ。

 

 千束は手にしたデトニクスコンバットマスターを姫蒲の後頭部に向け、プラスチック・フランジブル弾を撃ち込んだ。

 

「これで一人……!?」

 

 確実に仕留めたと思った千束の目の前で驚愕の事態が起きた。

 ボディスーツを着込んだ姫蒲の身体が痙攣でもしたかのように跳ね上がり、数十センチしか離れていなかった千束の銃撃を避けた。

 それからぐるりと振り返った姫蒲は目の前でショットガンのスライドを引いて排莢をすると、そのまま次弾を千束へ撃ち込まんと狙いを定めた。

 

 千束はとっさの判断で姫蒲に接近し、銃ではなくライトの方で姫蒲を狙った。

 大量の鉄球が千束の背後にばらまかれるのと、暗視装置に向かってライトを振りかぶったのはほぼ同時だった。

 

 姫蒲は瞬時に身を引いて接近戦を避け、暗視装置を守る。

 それから千束が最初に隠れ潜んでいた曲がり角へ後退した。

 千束はそれを許そうとはしない。

 接近戦で分があるのは千束の方だ。

 

 そのまま決着に持ち込もうと、拳銃の銃口を姫蒲へ向ける。

 まだ次弾の装填が済んでいない姫蒲の隙を狙える絶好の機会。

 しかし、千束は引き金を引けなかった。

 

 銃声。

 

 そして頬に走る鋭い痛み。

 .38スペシャル弾だ。

 真島が千束に向かって狙いを定めている。

 ただし千束は背後にライトを向けるも、人はいない。

 どこから狙っているのかも分からない。

 その隙にするすると曲がり角に消えた姫蒲は千束の視界から消えてしまった。

 

 またもや銃声が響く。

 千束はとっさにサッチェルバッグを顔の前に構え、隠し紐を引っ張る。

 展開した防弾エアバックが真島の銃弾を受け止めた。

 

「千束! どこにいますか!」

 

 その時救いのような声が廊下へ降り注いだ。

 たきなの声だった。

 

「おいおい、雑魚は呼んでねえぞ!」

 

 姿の見えない真島が、悪態をついているのが聞こえた。

 やはりどこか射線が通るはずがない場所から射撃しているのだ。

 信じがたい行為だが、千束は自分の視力を信じている。

 どう考えてもおかしいとしか思えなかった。

 

「チッ、死んでねえのかよ! おい、後ろのは俺がやる。てめえはアラン・リコリスを引きつけとけ」

 

 真島は消えた姫蒲に大声で指示を出すと、それっきり千束への銃撃は止んだ。

 静まり返った暗い地下で、一人きりになる。

 しかしこの地下のどこかに同じように孤立しつつも、自分のために援助に来たたきなが奮闘しているというのが分かると、無性に闘志を掻き立てられた。

 

 何が何でも二人で生き残り、帰らねばならない。

 帰るという言葉で千束の脳裏に浮かんだのは、喫茶リコリコだった。

 

 だがそんな夢想を打ち砕くように、遠くで銃声が響いた。

 応酬するように続けざまに銃声が響き渡る。

 ショットガンの銃声ではないことから、真島とたきなが撃ち合っているのが分かった。

 さらに銃声が響いたと思うとほぼ同時に、たきなの叫びが聞こえる。

 

「千束、返事はしなくていいので聞いてください!」

 

 いつもどおりの淀みない調子の声だったが、わずかに震えているように聞こえた。

 地下という環境のせいで、反響が撓んでそうした声音に聞こえているのかとも考えたが、千束は先ほど聞いたたきなの声にはこうした震えはなかったことを思い出す。

 精神的な怯えから来る震えではなく、肉体的な苦痛を抑えた影響で筋肉が強張って発生する震えだと気づいた。

 

 たきなが真島の銃撃によって怪我を負ったのだと察し、千束の中で緊張感が燃え上がるようにして広がった。

 自分を助けるために、仲間が危険に飛び込んだ。

 仲間を危険にさらしている。

 

「真島は聴力が常人より遥かに優れています! 暗闇の中でも昼間のように見ることができるんです!」

 

 しかし千束のそんな思いなど一顧だにしない屹然とした調子で、たきなは声を張り上げ続けた。

 

「聴力によって空間全体を把握することができる能力を活かし、銃弾の跳弾をある程度把握できています! 死角から銃弾が跳んでくる可能性があります、気をつけて!」

 

 千束は最後までたきなの言葉を聞き、その瞠目すべき推察力に驚かされた。

 先ほど千束が受けた銃撃も、同じやり方で行われたというわけだ。

 銃声が響いて、戦闘が続いていることが伺えた。

 まだたきなも戦っているという事実が、千束に突き刺さる。

 

 真島は自分にとって有利な戦場で奇襲を仕掛ける卑怯者だが、たきなはそんな相手と戦っている最中も怒りに呑まれたり、絶望で戦うことを諦めたりはしていない。

 常に考えながら、状況を打破することを意識している。

 千束も同じように戦うべきだということが、直感で理解できた。

 

「くそっ、てめえみたいなザコにネタバレされちゃあ、意味ねえだろうが!」

 

 口汚くたきなを罵る声が通路の奥で響き、千束はそちらへと歩みを進めた。

 しかしそこで、一つの違和感を抱く。

 確かにいつも真島は公然と悪罵を放つ人間だった。

 それは最初に千束を襲撃してきたときもそうだったし、昨夜のリリベル襲撃でもそうだった。

 そして今日もそうだ。

 しかし今日に限って言えば、なにかおかしいところがある。

 

 ――てめえはアラン・リコリスを引きつけとけ。

 

 なぜあそこで肉声を使って指示を出したのだという疑問に、千束はぶつかった。

 真島の射撃で一度接近戦を回避して曲がり角に消えた姫蒲は、結局出てきていない。

 たきなと千束の合流を防いで分断するために、千束への攻撃を絶やさないことが役目のはずなのに、なぜか消えている。

 

「あっ!」

 

 千束は全てに思い至り、慌てて通路を駆け出した。

 とにかく真島側へ向かわなければならない。

 

 わざわざインカム等を使わずに指示を出したのは、千束とたきなに役割分担を勘違いさせるためだ。

 二人は決して千束とたきなの各個撃破は目指していない。

 むしろ逆だ。

 

 まず最初に、実弾を撃ってくるたきなを排除するために、二人してたきなを狙っているのだ。

 それを隠蔽するため、わざわざ真島は二人に聞こえるように声を出した。

 実際の姫蒲はとっくの前に千束から離れているはずだった。

 真島一人を相手にしているたきなが危ない、と思い至った千束は猛然と通路を駆け抜け、真島とたきなの姿を探す。

 

 通路の先に、姫蒲がいた。

 ライトで照らし出した獰猛な横顔に、肉食獣じみた笑みが貼り付いている。

 レミントンM870の銃口は曲がり角の奥へと向かっており、今にも獲物を打倒さんとするのが見て取れた。

 とっさに銃口を姫蒲へ向け、スライドストップするまで立て続けにプラスチック・フランジブル弾を撃ち込んだ。

 

 

 **

 

 

 たきなは自分の体に銃弾が叩き込まれることはなく、新たな銃創が刻み込まれるようなことが起きていないことを察した。

 すぐさま正面に意識を戻し、バードショットの有効射程を過信して三十メートルほど先で立っている真島をライトで照らし出した。

 真島は苦々しい顔で、たきなの背後で倒れた姫蒲を見ると、すぐさま視線をたきなへ移して、キアッパ・ライノを構える。

 

 しかしたきなのほうが早かった。

 正確極まりない射撃で真島のキアッパ・ライノを持っている手のひらを撃ち抜くと、そのまま走って近づき、サッチェルバッグから取り出したワイヤー射出器のレーザー照準を真島に向けた。

 

 ワイヤーの両端には金属製の爪が四つ備わった錘がついており、標的の服や皮膚にワイヤー絡んだ後、容易に拘束が緩まないようにしっかりと保持する役目がある。

 レーザー照準の通り綺麗に射出されたワイヤーは真島へと絡みつき、取り落したキアッパ・ライノを取る暇すらなく、拘束される。

 

 動きが止まったことを確認したたきなは、そのまま真島へと近づいて、服をまさぐった。

 ボタン付きの胸ポケットに、スピードローダーに収められたキアッパ・ライノの予備銃弾が用意されていた。

 他の拳銃やグレネードなどの武器は用意していない様子だった。

 

 案の定耳にはインカムが装着されていた。

 なにか聞こえるので、耳からむしり取って確認してみる。

 

『千束だよー! みんな大好きの!』

 

 ライトで照らすと、通路の奥で千束が手を振っている。

 千束は姫蒲のインカムを手に持っていた。

 

『とりあえずすぐに地上へ戻りましょう。敵の援軍がいたら厄介です』

『おっけ。こいつらどーする?』

『武器だけ取り上げてここに置いときましょう。地上でリコリスが待機してます』

『他にもいんの!?』

『司令が待機命令を出していたので支援はなかったみたいですね』

『そんなの無視してくれりゃいいのに』

 

 千束と違ってみんな簡単には楠木司令に逆らったりはできないのだ、とたきなは言いかけて口を噤んだ。

 自分は逆らった側だったからだ。

 

「おい、殺さねーのか」

 

 足元から声がしたので、たきなは見下ろした。

 手のひらからだらだらと血を流す真島がへらへらと口元を緩めている。

 

「あなたの処分はDAが決めますから」

 

 冷然と言い放つたきなは自分の拳銃をサッチェルバッグへ片付け、キアッパ・ライノと銃弾をかき集めて両手に抱えると、千束とともに地上へ戻った。

 

 

 **

 

 

 現場を注視していたフキたちがホンダのオデッセイに拘束した真島と姫蒲を詰め込んで、DAの東京支部へ移送した。

 消防による発表では、火元は老朽化していた給湯室でのガス漏れということになり、小火騒ぎは収束した。

 

「んで、なんでお前らまだいんだよ!」

 

 フキが語気を強めて詰問する先には、千束とたきながいる。

 

「いや~明るいとこで見るとやっぱり私のほうが似てるじゃん~写真かと思った!」

「そんなことありませんね。明らかにわたしのほうが特徴を捉えています」

 

 二人はクルミが真島が銃の密売で買受人側だったことが判明するまでの間に、千束の襲撃時の記憶を元に真島の絵を描いていたのだった。

 それは結局DAに提出を求められることもなかったので、喫茶リコリコ内で見せあって終わりになっていたが、二人は実物を見てどうしても確かめたいことがあった。

 

「何だそれ」

 

 二人の携帯に映っているのはその似顔絵の画像である。

 どちらも男性を描いているということは分かる絵だったが、逆に言うとそれは、

 

「これ真島か? 世も末だな。リコリスの必修に美術入れたほうがいいぞこれ」

 

 散々な評価に二人の怒りがフキへと向きかけたときに、背後の扉が開いた。

 

「ご苦労、二人とも」

 

 DA司令である楠木だ。

 後から入ってきた秘書に脱いだコートを預けると、窓の向こうに視線を向けた。

 窓枠にはマジックミラーが嵌っており、こちらからは相手の姿が見えるが、相手に司令たちの姿は見えない。

 マジックミラーを挟んだ向こう側に、灰色のトレーナー姿の真島がいる。

 椅子が床に固定された椅子に座らされ、両手が同じように床に固定されたテーブルに手錠で繋がれている。

 東京支部の取調室だ。

 

「あれが1000丁の銃の買受人だった男というわけだ」

 

 顎を片手で撫でた楠木司令は満足そうな目でマジックミラー越しに真島を見つめる。

 正対する真島には何も見えていないため、誰とも目が合っていない。

 

「隣の部屋には真島の仲間と見られる、姫蒲という名前の女を収容しています」

 

 そちらも同様にトレーナー姿に着替えているという。

 元々は二人の服を着替えさせる予定はなかったが、姫蒲のボディスーツに余計な機能がついていたため、着替えさせる必要に駆られたのだ。

 

 スーツには装着者の皮膚へ電気刺激を与える機能があった。

 TENSと呼ばれる、電気や超音波などの物理的刺激を利用する物理療法の一種の応用だ。

 スーツが不定期に装着者へ電気を流し、皮膚を通して神経を刺激することで意図的に筋肉を痙攣させるというものだ。

 ボディスーツを装着する前には、電気抵抗を下げるためにボディクリームまで塗っている。

 

 電気刺激は装着者が意図しないタイミングで流れるため、筋肉が痙攣する動き自体も、ボディスーツを装着する者の意図しない行動になる。

 普通であればこれはただの行動阻害機能でしかないが、唯一効果的な相手がいる。

 

 千束だ。

 

 尋常ならざる視覚という才能を持った千束でも、相手自身が意図していない不意の動きまでは予測できない。

 姫蒲が戦闘中に突然痙攣して射撃を避けたのはこの機能によるものだったということだ。

 

 こうした特殊な服装をされては何が起きるか予測できないため、念の為二人ともトレーナーに着替えさせている。

 

「おい、ここから出せ! 俺はバランスを失ってない! そもそもバランスを持ち合わせていない奴になんか負けてねえんだよ、クソが!」

 

 真島は拘束されていない足でテーブルを蹴った。

 それから窓を見透かすようにして睨みつける。

 

「これで全てを得たというわけだな」

 

 楠木司令はフキや千束、たきなを見ることなく、ただマジックミラー越しの真島を見つめた。

 まるで楠木と真島が互いに視線を交わしているかのようだった。

 

 

 **

 

 

「これでひと段落じゃん、やっと落ち着くわ」

 

 お猪口に注いだ日本酒の香りを深呼吸で吸い込んだミズキが恍惚とした表情で言った。

 早めに閉店した喫茶リコリコで千束とたきなに代わって一人で締め作業を終えたミズキがカウンターで息をついている。

 

 二人はDA東京支部で応急処置を受けた後に山岸先生の医院で正式に怪我の処置を受けて、薬も処方してもらった上で、当日中に帰宅を許された。

 そうして千束とたきなの二人は喫茶リコリコに戻ってきていた。

 千束は頬にあてたガーゼをテープで止めており、たきなは左腕の肘より先がテーピングされている。

 痛み止めも処方されており、一度飲んだら四時間は空けて連続服用は避けるようにと指示を受けている。

 二人とも致命傷はなく、喫茶リコリコへ帰ることができた。

 

「今日のは怪我の治療だから、千束は来週もちゃんと山岸先生の定期検診に行きなさい。覚えてるね」

「はーい、分かってる分かってるって」

 

 サッチェルバッグを片付けた千束が、セーフハウスへ帰る準備を整える。

 だが同様に帰り支度をしていたたきなは、お猪口の中身を飲み干したミズキの横へ座った。

 

「一段落? どういう意味ですか」

 

 うろんな目でミズキがたきなを見る。

 たきなは言葉を続けた。

 

「さっき司令も同じようなことを言っていたんです。全てを得た、と」

 

 うんうん頷いたミズキはたきなへと説き伏せるように話をする。

 いつの間にかクルミも近寄ってきていた。

 

「今回の発端って銃取引でしょ。銃を買った真島は逮捕、密売人側はたきなが殺して、密売人の支援をしていたCDは壊滅。これで密輸ルートをDAが抑えたから密輸ルートの構築で支援してたアラン機関の吉松とも協力可能ってわけ。本当に今回の事件で得るべきものを全部獲得したって感じじゃない?」

 

 滔々と今までのDAの成果を並べ立て、ミズキは深くため息をつく。

 

「吉松がCDと組んでたのはリリベルの話ぶりからも明らかだったけど、上手く行けばこれリコリコでもぎ取れたんじゃないの?」

「そんな話ありましたっけ」

 

 あったじゃない、と手元のノートPCから記録を引っ張り出す。

 千束がリリベルの倉庫に突入したときの会話に、ルート構築で世話になったという話が記録されていた。

 

「まあ、自分が支援してたアラン・チルドレンのためっていう建前があったからアラン機関そのものの支援もあったと思うけどねー」

「なるほど。これで関係者全員が逮捕や死亡したため、一段落ついたと?」

「そーそ。ま、それできっもい組織が存続するってんだからやってらんないわよ」

 

 ミズキの言う組織というのはDAを指すのだろういうのはたきなにも分かった。

 それでも納得できない点があり、口を挟む。

 

「今までの説だと、CDの密輸の関与は最初からDAにとって明らかだったわけですよね。それなら初動対応がおかしい気がします。わたしが密売人を殺してしまったのは想定外だとしても、その次に対応すべきは、1000丁の銃を受け取った買受人である真島ではないでしょうか?」

 

 なぜ真島を放置して1000丁の銃を追わなかったんでしょう、とたきなは言う。

 もっともな話だ。

 CDが銃器密売に関わっている証拠である密売人の証言を得られなくなったのが確定した時点で、DAは銃器密売自体を囮にする作戦は終了したはずだ。

 それならばすぐさま1000丁の銃を回収して、事件を収束させるのが先決だった。

 にも関わらず、真島はしばらく野放しになっていた。

 そうしてリコリスが襲撃され、北押上駅が倒壊し、千束も狙われることになった。

 

「それに真島の動きもおかしくないか?」

 

 続いて口を挟んだのはクルミだ。

 

「なにがよ?」

「リコリスやリリベルの足取りを掴んで積極的に襲撃し、千束もターゲットになっている。結局映像に映っていた四人のサード・リコリスが襲撃された理由も分からなかったし、今日千束が押上警察署に来るのが分かって罠を張ることができた理由も不明だ」

 

 銃取引に関わった中で真島だけが浮いた駒であることは間違いなかった。

 密売人はCDの構築した密輸ルートを使っていたという点で、CDとDAの対立に巻き込まれるだけの理由がある。

 しかし銃を買った真島は未だに関係性が分かっていない。

 単に日本で銃犯罪を起こして、騒乱を招きたかっただけのようにも見える。

 

「アンタねえ……アタシは真島じゃないんだからそんなの分かるわけないじゃない」

 

 そう言って日本酒をさらに注ぐ。

 しかし口はつけなかった。

 

「そもそも、結局のところDAの内通者っていうのは誰だったんだ? ボクにアラン機関と接触するよう指示を出した上で、ラジアータへのハッキングのためのルート構築に協力した奴が未だに捕まっていないじゃないか」

 

 銃取引がリコリスに補足されず、成功に終わったのはウォールナットによるラジアータへのハッキングが大きな要因だ。

 それを生み出すに至った最大の功労者といえば、ウォールナット自身を除けば間違いなく、DAの内通者だろう。

 しかし未だに喫茶リコリコにDA内でそういった人物が捕まったり、処分を受けたという情報は降りてきていない。

 

「真島に指示を出して不可解な作戦行動を取らせている人物、DA内部でラジアータのアクセス権限を有する内通者。いずれもまだ捕まっていませんし、事件はまだ終わっていないと考えたほうがいいと思います」

 

 たきなの言説にクルミは何度もうなずくと、ミズキに真剣な表情で向き合った。

 

「むしろこれでひと段落だと感じていること自体、内通者の思う壺だろう。手足ばかりが捕まって、頭には逃げられたようなものだ。真島が誰の味方で、どんな指揮系統に従っているのか解明しない限り、真相は永遠につかめないぞ」

 

 そういってクルミは結論づけ、鋭い目でカウンターをじっと見つめた。

 もうミズキはお猪口に注いだ日本酒を飲むタイミングを失ってしまっていた。




姫蒲のスーツに捏造設定を加えました。
吉松の用意したエージェントなので、千束と戦う必要が生じたときの対策も何かしらしているんじゃなかろうか、と考えての捏造です。
結局姫蒲が戦った相手はたきなだったので披露されなかっただけで、彼女にも何かしらの特技的なものがあるのかなと思っています。
さらに真島もちょっと強化するために捏造設定を加えました。
千束と同じアラン・チルドレンなのに、アニメだと千束が実弾使ってたら速攻死んでそうなくらい戦力差があったので、真島も強くしてみました。
次回の更新は5/5(金)を予定しています。
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