リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら 作:725404
「うー……終わったら絶対パフェだかんね」
「了解です。お気をつけて」
病院前まで千束を連行したたきなは、山岸先生へ引き継ぎが完了したのを扉が閉まるまでの間しっかりと目視で確認してから踵を返した。
今日の千束は終日検診だ。
人工心臓のメンテナンス前に行われる身体検査はリコリスの通常日程で行われる身体検査よりも詳細に身体をチェックしている。
腰椎穿刺による髄液検査や血管造影検査までやる。
局所麻酔を行う検査のため、時間も手間もかかり、今日の千束はリコリコの仕事を一日休む必要があった。
腰椎に穿刺針を刺したり、血管にカテーテルを入れて造影剤を投与したりと、麻酔なしではできない検査のため、千束は検診を極端に嫌っていた。
銃撃戦のほうがマシという主張には流石のたきなも同意できなかったが、苦痛の伴う検査であることは理解できたので、検診後のご褒美に付き合う約束もした。
ちゃんと二人分の食費がミカから出ている。
たきなはひとまず千束を送り届けたことを喫茶リコリコのグループチャットに報告した上で、今日の予定を再確認する。
現場の再調査だ。
『電波塔は監視が多い、どうする?』
「ルートは決めていますから、支援をお願いします」
たきなは片耳ヘッドセットを装着してクルミと通話しながら、電波塔へ向かった。
電波塔の足元は現在封鎖されており、警備の人員が常駐している。
事故――CD壊滅時の影響で倒壊寸前になったのが原因だ。
そもそも周囲百メートルほどは最初の電波塔事件以後封鎖されており、補強工事の跡が残る状態だ。
しかし先日の事故以来危険性は増しており、安全のため封鎖された場所に警備員が配置されている。
都議会ではこれ以上倒壊しかねない高層建築物を放置しておけないという議論も出ており、近々解体する可能性すらあった。
トラス構造の一部が事故で歪み、補強した鉄骨がもたらす水平荷重への耐久力が弱まっている点が危険視されており、早急に追加工事を行うべきであると専門家からは意見が出ていると連日ニュースで報道されている。
たきなは東側の商業施設側ではなく、過去に千束ともに訪れたことのある水族館側の方から侵入することとした。
現在水族館は安全を考慮して無期限の閉園となっているが、電波塔の解体が始まって安全が確保されるまでは再開しないだろうと言われている。
そうした商業施設側には警備員も少なく、隠れる場所も多いとたきなは判断した。
敷地内に入っていくたきなをドローンで追いながら、クルミは周囲に人影がないか確認している。
『階段を南側に降りている警備員がいる。迂回したほうが良い』
無言でたきなは経路を変え、柱に身を潜めながら電波塔へ向かっていく。
水族館のある施設と地続きで繋がった電波塔の足元には大量の建設用機材が積まれており、すでに瓦礫は撤去されていた。
事故が事件であった証拠は見当たらない。
入り口はガラス窓が嵌められていたであろう部分にブルーシートが被せてある。
本来は広く開かれているであろう入り口前の広場は、補強用の鉄骨の基礎を建てるためにスペースが取られ、不格好に斜めに傾いだ柱が電波塔に絡みつくようにしてそびえている。
青い制服を着た警備員が時折入り口前に来るのは事前調査の時点でわかっていたが、隙は十分ある。
誰もいなくなったタイミングをドローンで確認して、クルミはたきなへ合図を出す。
たきながブルーシートの中へ飛び込んだ。
「無事入れました」
『よし、次はドローンだ』
ブルーシートをめくり上げたたきなの支援でドローンが電波塔内に入り込む。
そこで一度ドローンは地面は着地し、たきなも背負っていたリュックサックを降ろした。
リュックサックから工事用のヘルメットと防塵マスク、懐中電灯とポータブルガス検知器を取り出す。
たきなはしっかりとヘルメットのアゴ紐を止めてマスクを装着すると、ポータブルガス検知器を持った。
アタッチメントの吸気口部分から空気を取り込んで、周囲に可燃性ガスや毒性ガスがないことを確認した。
そうして懐中電灯を手に周囲を照らし出す。
地面で大人しくしていたドローンが明かりを追いかけるように飛び始めた。
『肉眼では何か見えるか?』
「壊れているものは見えますが、これと言ったものは見当たらないですね」
懐中電灯で照らすだけでなく、たきな自身も壁や柱に近づいてじっと破壊の跡を眺めてみるが、事故によって崩壊したものなのか銃痕なのかは判別できなかった。
銃弾が一つも落ちていないのだ。
『補強だけじゃなくて定期的なメンテナンスもされているな。コンクリートが腐食している様子は見えない』
「壊れて出来た意味、ですからね」
『何だそれ?』
「さあ、千束が言っていました」
そうして二人はしばらくの間電波塔内のヒビ割れた床や壁、割れて落ちている天井パネルを確認した。
いずれも事故や経年劣化に伴う痕跡に見えた。
天井に吸い付くお椀のような形をした監視カメラの映像もクルミがドローンで確認した。
『電源自体失われている。電波塔の完成当時には存在していない型だから、恐らくはCDが使っていたものだろう』
「データは残っていますかね」
『裏側が見たい。いけるか』
天井は高いが、近くの使われていないテーブルを移動させたたきなは、よじ登って天井パネルを外す。
カメラには複数のケーブルが繋がっていた。
大きなビルの場合は配線が複雑にならないように電源供給と映像伝送を一つのLANケーブルで行うPoE給電対応と呼ばれる仕様のものが使われることが多い。
しかしCDはそうした対応の機種は選んでいない様子だった。
PoE給電はデータを圧縮してから送信するため、遅延がある。
それを避けるために、たとえ配線が複雑になっても電源ケーブルと映像ケーブルを分けているのだろう。
たきなはケーブルを辿るため、パネルを外した天井を懐中電灯で照らした。
意外と広い空間が取られており、照らし出せば方向は確認できた。
ドローンでクルミもケーブルをチェックし、映像ケーブルを辿った。
広々とした部屋は、アートミュージアムとして使われる予定だった場所だ。
『元々はここに機材があったようだな』
「何もないですね」
衝立や柱が極端に少ない広壮としたフロアには、銃弾どころかテーブル一つなかった。
元々は様々な機材が置かれていてもおかしくない大きさだ。
しかしそうした痕跡はことごとく失われ、手がかりと呼べるものは何もなかった。
当然監視カメラが接続されていたであろう映像保管用の機材も存在しない。
電波塔の調査は不首尾に終わった。
**
続いては周囲の店の調査だ。
当然この時間も喫茶リコリコは営業中だし、ミカやミズキはたきなが配達をしていると思っている。
もちろんたきながクルミと協力して作った空白の時間である。
ストーカー被害を訴え、刑事である阿部さん経由で千束とたきなが知り合った篠原さんに依頼をしたのだ。
理由は言えないが、配達業務を依頼したということにしてくれとたきなが頼むと、すんなりと受け入れられた。
「息抜きは必要だよね」
そう言ってたきなへコーヒー豆の配達を依頼したことにしてくれた。
千束が日暮れには病院から帰宅するので、それまでの間の時間を丸々調査に充てることができるようになっている。
クルミは千束とたきなというリコリス二人組がいない状況で店に顔を出すのは危険だとミズキを言いくるめて、押し入れに籠もっている。
そうして二人ともたっぷりと調査に没頭できる余裕を確保しているので、電波塔の調査が不発でも次へ向かう余裕があった。
各種の道具をリュックサックへ片付けたたきなは、電波塔西側にある東武橋に隣接した公園のベンチへ座った。
もちろんただの休憩ではない。
『周辺の防犯カメラのうち、ネットに接続されている分のデータは収集できたぞ』
「ありがとうございます」
防犯カメラの中には撮影した動画をクラウド上に保存するタイプのものもある。
ネットワークカメラと呼ばれる形式の防犯カメラは、レコーダーと有線で繋がっているものよりも導入コストが低いため、近年増加傾向にある。
ただしウォールナットにかかればそうした流行りの形態は、格好の獲物でしかなかった。
周囲のコンビニや飲食店に設置された防犯カメラのうち、有線でビデオレコーダー等に保存する古い形式のものを除いた、ネットワークカメラタイプがまずターゲットとなり、ウォールナットはあっという間にリストアップと収集を完了した。
続いて保存媒体側であるレコーダーがネットワークに繋がっているものをターゲットとし、収集を行った。
「店のwi-fiに繋がっているものが多いんですね」
『大方、防犯カメラの保存のために専用で用意した端末じゃなくて、物品の管理や帳簿とかをつけたり、店のSNSアカウントを運用する時とかにも使ってるんだろ』
「合理的ですね」
『そんなにいっぱいパソコン導入したってコストが嵩むだけさ』
「確かに」
そうして完全にオフライン環境下で動画の撮影から保存までを行っている防犯カメラ以外の情報を収集し終えたクルミは、旧電波塔で事故が起きた日のデータをチェックし始めた。
二人はそれぞれ別の映像を確認し、たきなは気になる部分があればピックアップしていく。
クルミはたきなが挙げた部分と自分自身が気になる部分を統合し、調査対象を選んでいった。
防犯カメラに映る複数のトレーラートラックが明らかに重量物を搭載している。
恐らくリリベルかDA側の輸送用車両だと思われた。
「この車の情報って取れますか?」
たきなが指差したのは、車両のナンバープレートだ。
『陸運局のデータベースで確認してみるか』
普通自動車の車検証に記載された情報は自動車検査登録事務所で管理しており、閲覧申請をして利用料を払えば、誰でも確認することができる。
ただし通常はナンバープレートに書かれた自動車登録番号と呼ばれる情報だけでは検索できず、車検証に記載された車台番号も同時に必要となる。
つまり防犯カメラの情報だけで使用者等の情報にたどり着くことは出来ない。
「できるんですか」
『ボクを誰だと思ってる』
だがウォールナットにかかれば、陸運局のデータベース程度問題にはならなかった。
登録事項等証明書に記載される所有者、使用者の情報を吸い出した。
『所有者は東雲信販株式会社、使用者は佐藤秀樹か』
トラックで使用者がリース会社ではないというのは珍しかった。
多くの場合、わざわざ個人でトラックを所有することはなく、法人名義で取得するか、リース会社で借りることが多い。
更に言うなら、個人でトラックを買うために、ローン会社が所有者として登録されているというのも珍しかった。
「所有者の方は商業登記簿、使用者の方は住民票が欲しいですね」
車検証にも住所は書いてあるが、住所変更後に更新していない可能性もある。
法務局に行って手数料を払えば商業登記簿は取れるが、住民票の方は難しかった。
しかしウォールナットには個人情報保護法など何の制限にもならない。
『商業登記簿のほうはネットですぐ登記情報を確認できるサイトがある。それこそ国税庁のサイトでも法人番号や所在地を確認できる』
「住民票のほうはどうですか?」
『住基ネットに侵入すればいいだけだからこっちで確認してみる』
住民票の記載情報は住民基本台帳ネットワークシステム――通称住基ネットで取り扱われている。
行政機関への本人確認情報の提供、市町村の区域を越えた住民基本台帳に関する事務処理のためのシステムとして、住民基本台帳のネットワーク化を行ったのが起源だ。
個人情報の塊であるデータを取り扱うため、日本でも最高水準のセキュリティを誇るが、それすらウォールナットの敵ではなかった。
たきなは所有者の法人名で検索し、信販会社の一つであるという情報を得た。
「すぐ近くの会社ですね。こっちはあまり関係ないと考えたほうが良さそうです」
ただ犯罪者と自動車ローンを組んでいるだけの可能性が高く、無関係で何も知らないと考えたほうが良さそうだった。
一方でクルミの方は、リリベルの情報につながる可能性が高い。
『佐藤秀樹。32歳。現在の住所は練馬だな』
たきなのスマホにもそのデータが表示される。
マンション名と号室まで記載されており、すぐにでも行ける距離だった。
「行く前に地図を確認しますね」
練馬までなら一時間程度で行ける。
そう考えて地図を開くたきなに、クルミがストップをかけた。
『ちょっと待て。外観を見てくれ』
そう言われて、たきなはマップからストリートビューへ遷移した。
「エスポアハイム806号室ですよね?」
生活道路に面するそのマンションは、西側にエントランスホールがあり、一階部分は住民用の駐車場になっているタイプだった。
『よく見ろ。これおかしくないか』
「どういうことです……ああ、なるほど」
エスポアハイムは7階建てのマンションだった。
『7階建て、一階層に6部屋で全42室のマンションだ。ここに806号室は存在しない』
「それはどうでしょうか。4や13の一般的不吉だと考えられる数字を避けて数えるようなこともありますし」
『それはホテルとかであるやつだろ?』
「マンションとかでもたまにありませんか?」
たきなは自分が作戦行動として目標地点を通告されたときの注意事項でたまに聞いていたことを思い出しながら話す。
一方でクルミは懐疑的だ。
『マンションで多いのは、4号室が飛ばされるパターンだろう。階が丸ごと消えるのはあまり見ないな』
ちょっと確かめてみる、とクルミが言ってしばらくすると、
『やっぱりこのマンションには8階はない。他の住人の住所表記を確認してみたが、8階に住んでいる住人は一人もいなかった』
「じゃあこれはフェイクだと?」
『偽装されているな。この人物自体存在しない情報の可能性もある』
「もしくは既に死んでいる可能性もあります」
それから二人は複数のトラックについて調べたものの、結局有用な情報を収集することは叶わなかった。
全ての車両情報が同様の手段で偽装されており、本来の持ち主が誰であったかという情報にたどり着くことは出来なかった。
誰が乗っていたのかという点でも、全く分からなかった。
フルスモークの車で運転手の顔はほとんど見えず、フロントガラスからわずかに確認できる顔に見たことのある者は誰ひとりとしていなかった。
『実はこれと同じ状況だった時がある』
「いつです?」
唐突なクルミの述懐に、たきなはキョトンとして聞き返した。
『千束が殴られたときだ』
「公園のときですか」
真島との初遭遇の事件だ。
あのときはなぜか真島たちは千束を殺さず、殴打によって痛めつけるだけに留めていた。
その直前には千束を自動車で撥ねたり、公園まで追いかけていた。
『あのときの車両から真島の潜伏先が分からないかと思って調べたが同じように空振りに終わったんだ』
「偽装手段として汎用的なんですね」
『どうだろう。天ぷらナンバーで車両を偽装するやり方のほうが、一般的な気もする』
天ぷらナンバーとは、盗難車やナンバープレートを返却せずに抹消登記した車両から、ナンバープレートだけを拝借し、別の車両に付け替えるというやり方だ。
「ただ、今回ののように背乗り用の住民票を利用して偽装に使えば、NシステムやTシステムに怯えることなく、長期間車両を利用可能ですからね。長期の作戦行動になることを見越して、今回のような偽装を使ってるんじゃありませんか」
高速道路にはNシステム、一般の信号機等にはTシステムと呼ばれる路上全体を撮影する装置がある。
Nシステムは犯罪捜査のために利用され、Tシステムは交通流速を計測している。
これらのシステムがナンバープレートを撮影し、車検証の情報と照合したときに、天ぷらナンバーを利用している場合は、ナンバーと実際の車両のデータが合致していないことまで判明してしまう。
そうした危険性を避けるために、住民票側を偽装したデータにしてしまうというのは捜査撹乱という観点で見れば、理にかなっている。
『今回調べたトラックがDAの車両なら住基ネットを偽装した情報にすることも容易いだろう。ただし真島も同じようなやり口をしている点で考えると、分からなくなってくるな』
「ラジアータが先回りして情報収集をしてから、真島の情報を置き換えたという可能性もあります」
クルミが苦々しい呻き声をあげた。
『それが一番ありそうだな。銃器密売の買受人をCDと接触させないためにそうしたなら、あり得ないとも言い切れない』
真島が誰に指示を受けているのかも、どんな目的があるのかも不明な現状では、CDと組む可能性があったのかどうかというのは分からないが、少なくともDAがあり得たかも知れないそのタッグを警戒すること自体はありそうな話だった。
「最初の銃取引の現場にも車両はありましたよね。そこも調べ直してみましょう」
空振りの続く再調査だったが、たきなは全く焦ることなく次の調査へ移っていくこととした。
当時の情報を倉庫内の監視カメラや道路を挟んだ反対側にあるカフェの防犯カメラ、クルミ自身が使っていたドローンの撮影したデータをもとに調べていく。
『取引前後の時間なら密売人だけでなく、真島の車両も映っているな。千束を撥ねた車と同じだ』
「密売人の方はどうです?」
『数台のトラックだな。1000丁の銃器をコンテナに積んでいたが、3時間前にはコンテナごと引き渡しが済んでいて、セミトレーラの部分だけが残っている』
もちろんその部分にナンバープレートはついているから、調査は可能だ。
16輪の30t以上積載可能なトレーラーだった。
「どうです? 同じやり口で消されていましたかね」
事件を事故に変えてしまうDAなら、自分たちが関わった事件に関する情報を全て同様のやり口で情報改ざんし、真実を覆い隠している可能性は高かった。
しかしクルミの返答は異なった。
『トレーラーについているのは車検切れの保冷車に使われていたナンバープレートだ』
「どういうことです?」
『いわゆる天ぷらナンバーだよ』
保冷車の抹消登録を行った際に、ナンバープレートを紛失しているということにして、手続きを済ませている。
その場合、車の登録自体は抹消されるものの、手元にはナンバープレートが残る。
密売人はトレーラーにその抹消されたはずの保冷車のナンバープレートを付け替えていたというわけだ。
『この車両だけは今までの車両と同様の処理を施されていないようだな』
「密売人だけ、というわけですね」
旧電波塔、千束襲撃、銃取引に関係したはずの車両のうち密売人の利用した車両だけは偽装方法が異なっていたということになる。
たきなは東屋でできた影の落ちるベンチでじっと座り込み、川の流れも人の往来も気にすることなく、じっと思考を巡らせると、クルミが他の調査に乗り出そうとする前に、口を開いた。
「次は他の場所の調査もしてほしいんですが、お願いできますか」
『どこを調べる気だ?』
「銃取引と同日に、別の事件が複数起きているはずなんです」
大規模な作戦行動が予定されている日だからといって、他の事件を起こす犯罪者たちが、犯行を控えようと考えるわけではない。
別の事件も全く無関係に発生しており、それらに対応していたメンバーもいたのだ。
『どこで起きた事件だ?』
「それが……」
リコリスだからといって、DA内の情報全てをチェックできるわけではない。
むしろ終了した作戦の情報を閲覧するのは、極めて難しく、たとえフキや千束のようなファースト・リコリスであっても、機密情報としてアクセスを拒否される。
そのため、仲間内での雑談を思い出す以外の手段はなかった。
「たしか三つあって、一つは駅だったんですけど」
『国内に駅なんてめちゃくちゃあるぞ』
「関東です。東京じゃなかったはずなんです……帰りは車じゃなくて電車のほうが早いのになって愚痴ってたリコリスがいました」
『私鉄じゃなくてJRか? 全然情報絞れないな』
たきなは髭のないつるりとした顎に手を当ててしばし沈黙する。
しばらく考え込んだ末に、何とか記憶の渦から当時の記憶を引っ張り出した。
「栃木県の自治医大駅です」
愚痴は作戦の終了後の話だった。
JRに沿って日光街道があるので車で移動すること自体は問題ないが、西側には高速道路である東北自動車道が走っている。
行き帰りをその東北自動車道に頼ったリコリスが、ICを降りて下道で駅まで行くまでの混雑状況を愚痴っていたのだ。
それが本部にいたころのほとんど最終盤の記憶だったから、当時はよく覚えていた。
しかし最近は思い出すことも少なくなっており、たきなの記憶から消えつつあった。
『他の二つは?』
「都内での事件だったはずです。自然公園とバス停だったのは覚えています。ちょっと待ってくださいね」
地図を確認して、当時の記憶と格闘した。
『碑文内公園と東京都現代美術館前のバス停ですね』
目黒区にある碑文内公園は南北に道路で分断されており、南側には池がある自然豊かな公園だ。
南側は夜間も閉鎖されていないが、北側は21時以降閉鎖される。
開場は朝の6時だが、それから人を増える時間までを狙って、爆弾テロを起こそうとした者がいたため、リコリスが出動したのだった。
東京都現代美術館前のバス停には、バスジャックを狙って刃物を持ち込もうとする者がいたため、直前でリコリスが制圧している。
どちらも銃取引と同日に起きた事件だ。
「この三つに関係する車両があれば、同じように調査をしてみてほしいんです」
『分かった。とはいえ実際に事件が起きた時刻が分からないし、ラジアータのクローラーがネットと繋がった端末に記録されているリコリスの姿を消しているはずだから、ほとんど情報は残っていないと思うぞ』
「時間もかかりそうですかね」
『今日中には終わらせる』
千束が病院から帰ってくるまでには、ということだ。
「じゃあわたしは念のため、さっき調べたマンションの方を確認してみますね」
空振りだったというのは十中八九事実だが、単なる勘違いである可能性を排除するために、たきなは駅へ向かった。
北押上駅が通常営業されていれば、東京メトロの半蔵門線を利用して何度か乗り換えれば、一時間以内に練馬へと向かうことができた。
しかし現在は臨時運行のバスに乗るしか手段はなかった。
港区の大門駅まで行くバスに乗り、そこからは電車に乗って練馬駅へ到着した。
そこからは歩いて7階建てのエスポアハイムへ向かった。
外観はストリートビューで見たとおりだ。
エントランスホールはあるが、オートロックではないので、そのままエレベーターに乗り込む。
当然のようにエレベーター内には7階までの表示しかなかった。
念の為7階へ行き、706の扉を確認するも、表札には佐藤の名前はなかった。
練馬駅まで戻ったたきなは、クルミに状況を報告すると、クルミ側からも進捗を聞くことができた。
『三つの事件のうち、犯人が車に乗っていた事件は一つだけだった』
自治医大駅の構内で起きる予定だった、自爆テロだ。
犯人は自分の車であるekワゴンを駅のすぐそばにあるコインパーキングへ停めていた。
もちろん当時のリコリスの乗った車両や、リコリスが映った防犯カメラの映像などはラジアータによって削除されているが、その合間を縫うようにして残っている犯人の姿を辿ると、当該パーキングが見つかったとのことだった。
「どうでした?」
『こいつは何も偽装されていなかった。所有者も使用者も同じだ』
住基ネットで辿った住所は同じ宇都宮市内だという。
世帯は別だが同住所には医師である本人の両親が住んでいる。
「……クルミと千束に会って話すべきことがあります。今からそちらへ戻りますね」
たきなはクルミの報告を黙って聞いた上で、何か重要なことに気づいた様子で黙りこくって唇を噛んだ。
『いまは言えないことか?』
「できれば盗聴の可能性がない場所で、三人だけで話したいです」
『分かった。準備する』
クルミも短く応答し、ふすまを少しだけ開いた。
近くにはミカもミズキもいなかった。
**
たきなはレンタカーで小回りの効く白いアクアを借り、半年ぶりの外出となるクルミをキャリーバッグに詰めて、千束を迎えに行った。
「えぇっ! どっか行くの!?」
病院から出てきた千束は、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねながら車に近寄ってきた。
豪華な夕食が待っていると勘違いした千束をひとまず助手席に乗せたたきなは、そのまま付近のコインパーキングへ車を停める。
「どうしたの急に、先生たちは?」
「クルミ、車はエンジンを切ったほうが良いですかね」
『そうだな。念の為だ』
まだ外食に行くと思っている千束をよそにたきなは素早くエンジンを切り、話がしやすいようにシートを倒して、空間を作った。
たきなは運転席に正座して、クルミが詰め込まれたキャリーバッグへ正対する。
「話すべきことがあります」
「焼き肉? しゃぶしゃぶ?」
食べ放題? と見当違いな話をする千束を手で制したたきなは本題へ切り込んだ。
「結論から言います。真島はDAの指揮下で動いているでしょう」
「は?」
『なるほど。だから車両の偽装のために住基ネットを改ざんする事ができたというわけか』
「ちょま、え? 何の話してるの二人とも」
慌てた千束がようやく二人の様子がおかしいことを見て取った。
たきなとクルミは今日の調査について説明をし、喫茶リコリコの業務をサボっていたことを伝えた。
「何をしてたかは分かったけどさあ……さっきのどういうコト?」
「たきな、ボクも知りたい。どうしてそう思ったんだ」
神妙に頷いたたきなは、正座を崩すことなく説明を始めた。
「千束を襲撃したときの車両は偽装されていました。銃取引のときの車両もです。一方で、密売人や他の事件の車両はDAが証拠隠滅のために偽装を施したりはしていませんでした。つまり、全ての事件の情報を隠蔽するために、あらゆる情報を改ざんしたりする手法をDAやラジアータは取らないということです」
にも関わらず、真島の車両は偽装が施されていた。
「ということは、車両偽装はDAが支援のために行う作戦行動の一貫に含まれているということです。真島はラジアータの支援を受けているんです。そしてそれが事実なら、1000丁の銃器密売事案の見方が大幅に変わります」
従来の喫茶リコリコの見解では、銃器密売はCDがDAを出し抜いて密輸ルートを作り、内通者を利用して隠蔽を図った事件だった。
密売人はCDの作った密輸ルートを利用して国内に大量の銃器を持ち込んでおり、それらを嗅ぎつけたDAへ対抗するためにアラン機関経由で指示を受けたウォールナットがラジアータへのクラッキングを実行した。
そうして三時間前に終えた取引を隠蔽し、DAに銃取引の実態を掴ませないための事件だったというわけだ。
しかし銃器の買受人である真島がDAと繋がっていたとなると、話は変わってくる。
「買受人である真島の後ろにはDAがいて、三時間前に取引は終えていました。その後CDと組んでいる密売人はDAに補足され、リコリスに襲撃を受けています。密売人はラジアータのクラッキングによる混乱に乗じて逃げ切れる可能性がありましたが、わたしが殺しました。この現場にはなぜか最初から喫茶リコリコが呼ばれています。密売人以外の全員がDAとかかわり合いがあり、イレギュラーであったわたしの密売人殺害がなければ、別の結果がもたらされていたでしょう」
ラジアータの支援が途切れた現場は硬直状態に陥り、予め呼ばれていた喫茶リコリコのファースト・リコリスである千束の手で密売人は無事生きたまま確保可能だったという結果だ。
「銃取引自体は成功しないとだめだったんです。その上で、CDと繋がりがある密売人は生きたまま確保する必要がありました。なぜなら、取引で真島が受け取った1000丁の銃は、対リリベル戦で必要となるからです」
いきなり飛躍した話に、千束とクルミは面食らう。
しかしたきなの話は止まらない。
「DAが真島の利用に成功し、わたしが密売人を殺さず、千束の手で生きたまま確保できれば、この時点でCDとの繋がりも立証可能でした。そうなってもまだDAは足りない部分があります。それが武力でした。国外で紛争に介入するリリベルの主要兵装は、アサルトライフルです。わたしたち都市内犯罪者を制圧するリコリスの主要兵装であるサイレンサー付きの拳銃では歯が立ちません。そのため、今回の事件を企んだ内通者は、CDの密輸ルート構築を暴くのと同時に、CDに対抗できる戦力を用意する作戦を立てたというわけです」
そしてそれが1000丁の銃だというわけだ。
「そう考えると真島を捕捉しなかったDAの対応にも妥当性があります。最初から繋がっていたのだから、捕らえる理由もないです。更にCDが壊滅した日がなぜあの日だったのかというのも説明がつきます。千束を監視していた真島は、わたしたちが店長の後をつけた翌日にリリベルの倉庫を襲撃しています。そしてリリベルがトラックで逃げた後、追尾を諦めてもラジアータが追跡をするから何の問題もなかったんです」
ミカの追跡をすることでリリベルの国内活動拠点がバレた。
そしてその倉庫を襲撃することで、トラックをあぶり出した。
ラジアータからトラックの行方についての情報を受け取った真島は、人数を揃えてその日のうちにCDのいる旧電波塔を襲撃した。
真島にDAの支援があったと考えれば、納得できる機序だった。
「CDが国内で密輸ルートを構築し、不正を企んでいたこと自体は以前からの推測どおりですが、DAはもっと狡猾だったというわけです。テロリストを味方につけ、支援を施してCDの壊滅を狙っていました。一連の事件はCDによるDAへの攻撃ではありません。DA対CDの対立の結果生まれた攻撃合戦だったんです」
たきなはそう言い切った。
この推論が正しければ、DA内で活動していた内通者は自ずと一人に定まる。
DAを守るために独断行動を取り、ラジアータにアクセス権限のある人物。
「真島と楠木さんが組んでるってことになるんだ」
「……そうですね」
クルミは訝しげに口を挟んだ。
「とはいえ今の話は全部推論だろ? それになんでDAと仲間のはずの真島が北押上駅での作戦や、サード・リコリスの襲撃を行ったんだ」
北押上駅の爆破とサード・リコリスへの襲撃で、いずれも大量のリコリスが死んでいる。
これらもたきなには一定の推論が立っていた。
「殺されたサード・リコリスはいずれも広島支部出身でした。それに北押上駅の作戦従事者の中にはわたしと同期である京都からの転属組もいました」
これは確かめていませんが、と前置きした上でたきなは説明を続ける。
「恐らく北押上駅は作戦当時、出入り口を固める部隊と、中で真島を迎え撃つ部隊がいましたが、構内にいた方のリコリスはみんな転属組だったんじゃないでしょうか?」
その切り出し方に、クルミは眉を潜めた。
「銃取引で楠木が唯一誤算だったのは、たきなの暴走だ。それが、CDによる工作だったんじゃないかと疑ったというわけか?」
「そうです。そしてわたしを喫茶リコリコへ転属させ、CDと連絡を取り合うか監視した。そして裏切る可能性のある要素として、転属組全員を処分しました。そのために、真島を利用したんでしょう」
あまりにも無茶苦茶な作戦だった。
しかしクルミにも反論がある。
「そもそも真島は昨日二人が吉松の仲間と一緒に捕まえたじゃないか。仲間ならそうはならないんじゃないか?」
千束がこくこくとうなずく。
「結局真島は捕まってるじゃん。どういうこと?」
たきなは車のエンジンをかけた。
「今の推論が合っているかどうか確かめる方法があります」
たきなは車を降りて料金を払うと、パーキングから出て、一旦クルミを喫茶リコリコへと降ろして、千束と二人で車を走らせた。
**
二人が着いたのは、大井埠頭にあるリリベルの倉庫だった。
「今さらここなの?」
ここにはもうリリベルはいない。
しかし真島たちと戦った痕跡は倉庫に残されておらず、通常通り営業が再開されている様子だった。
ばらまかれたはずの銃弾の跡もなければ、破壊されたシャッターも元通りになっている。
トラックドックにも複数の車両が止まっており、中では作業をしているツナギ姿の職員らしき人物たちが複数確認できた。
明らかにおかしかった。
「中に入ります」
乗用車であるアクアには大きすぎる出入り口を通り抜けて、人間用の出入り口の前に停めたたきなは、車を降りて倉庫の中へ入った。
千束も後に続く。
「勝手に入っていいの?」
「ダメですよ、きっと」
だが周りにいる作業員は誰も止めようとせず、二人を無視していた。
たきなはずんずんと奥へ進み、事務机などが置かれている区画までたどり着いた。
そこには搬入された荷物用のラックはなく、事務作業が出来るように書類棚やパソコンデスクが用意されたスペースだった。
千束はあたりを見渡すようにキョロキョロと首を動かしていたが、一人の男に目を留めて絶句した。
男は事務作業用のスペースに一つだけ置かれた長いソファに陣取っており、ローテーブルに置かれたノートPCの画面を見ながらだらけた様子で、ふんぞり返っていた。
パーマのかかった緑髪に、長身痩躯。射殺すような鋭い眼光。そして軽薄な口元。
真島だった。
「よォ、アラン・リコリス。どうしたこんなところで」
ぶらりと垂らした右手の先は包帯で巻かれている。
たきなが撃った傷がまだ治っていない。
そんな状況にも関わらず、なぜか拘束されることもなく、こんなところで堂々とだらけている。
異常事態にしか見えなかった。
一方で、たきなはこれが当然の帰結のように見えていた。
DAに従う真島が、見返りを欲さないわけがないのだ。
報酬があったからこそ、真島はDAの指示に従っていた。
「楠木司令からの報酬は、密輸ルートの管理者というわけですね」
「バランスを持ってない奴はどんなに強かろうが、絶対に勝てない。お前らは俺に勝ったつもりだっただろうが、俺はあの戦いの前からすでに勝ってたってわけだ」
そう言って立ち上がった真島は、絶対に楠木との繋がりを話したりはしない。
当然だ。
楠木は今やDA司令としての権限を持ちつつ、国外への強い影響力があるCDを壊滅させ、国内で唯一実戦経験のある武装組織を従える存在となった。
力だけで言えば、真島など相手にもならない。
全てが終わった今、物理的に切り捨てること自体は可能だ。
しかしそうはなっていない。
真島が楠木から受けた数々の指揮について知っているからだ。
楠木司令の企んだことの全てを、真島だけが証拠付きで握っている。
事件の真相と証拠を握った真島は、楠木司令から報酬を受け取ることと引き換えに、事件について黙っている。
だから決して真島が二人に種明かしすることはない。
「ふっざけんな!」
しかし千束がそれを考慮して、手出しをしないということにはならなかった。
何の目的があったかはともかく、真島はリコリスを殺した人間だ。
そんな奴がのうのうと悪事に邁進しているのを許容できるような性格ではなかった。
クルミを喫茶リコリコへ置いてきたときに持ち出したサッチェルバッグから、愛用のデトニクスコンバットマスターを引き抜き、真島へ向ける。
一発目は腹に。
それからスライドストップするまで、全弾を真島に叩き込んだ。
真島の身体はたやすく吹っ飛び、ソファに倒れ込んだ。
それでも気絶することなく、真島はゲラゲラと笑っていた。
「バランスがない奴はいくら撃っても無駄だァ。何の意味もねえ!」
「じゃあこれは?」
続いてたきながサイレンサー付きのS&W M&P9Lをサッチェルバッグから取り出し、真島の胸に向かって正確に狙いをつけた。
引き金に指がかかっていることを真島に見えるよう構え、無言で睨みつける。
真島の顔から笑みが拭い去られ、たきなを咎めるように睨みつけた。
周囲のつなぎ姿の作業員たちが一斉に三人のやり取りに注目し、手にAKMSを持って取り囲む。
だが誰かが引き金をひく前に、ばつんと倉庫内に音が響いた。
スピーカーからの音だ。
『井ノ上、銃を下ろせ』
楠木司令の声だった。
ラジアータが優先権を発揮し、倉庫内のネットワークを制圧してスピーカーを乗っ取った。
たきなは銃を下ろさず、まっすぐ真島を見た。
「聞こえてねえのか? 降ろせよクソザコ。てめえが死ななかったのは、アラン・リコリスが助けたからだ。てめえ自体はザコなんだよ」
銃を向けられた上で平然と文句を垂れ流す真島に、たきなは一切の動揺をせず、じっと銃口を向け続けた。
「仲間に銃を下ろすよう伝えなさい」
『まずはお前が下ろせ、井ノ上』
「ちょっとォ……なんで楠木さんが出てくんの!」
千束はたとえ理由は分かっていても、聞かずにはいられなかった。
『CDの密輸ルートは犯罪捜査のためにも潰さず残したほうが良い。しかし管理できる者が今のDAにはいない。だからそいつを使っているだけだ』
「犯罪者でしょ? テロリストじゃん」
『だからいつでも切り捨てられるし、使い捨てに丁度いい存在だ。汚いものは、汚い存在に管理させたほうが良い』
楠木の通り一遍の回答は、予め用意していた言い訳にしか聞こえなかった。
使い捨てだと言われたはずの真島も一切動揺していなかった。
千束はサッチェルバッグから替えの弾倉を取り出してリロードすると、深い溜め息をついた。
それからたきなの肩をたたき、首を振る。
たきなは拳銃を降ろした。
周りの男たちも同様に銃を降ろしたが、仕事には戻らず、三人を取り囲んだままだ。
そんな中で頭を掻いた千束は、スピーカーに向かって、笑いかける。
「もういいや」
『……どういうことだ?』
意図をつかみそこねた楠木が、問いかけた。
「やめたやめた。もういいでーす」
そう言って千束は踵を返そうとしたところを、たきなが肩を掴んで止めた。
振り払おうとする千束をよそに、たきなも力強くスピーカーへ向かって声を放つ。
「わたしもリコリスの立場は返上します。DAも辞めます」
楠木はようやく千束が何を言いたいのか理解した。
『ダメだ。錦木も井ノ上もリコリスでないと生きてはいけないはずだ。辞めるという選択肢はない』
きっぱりと断言する楠木に千束はベロを出して挑発する。
スピーカーではなく、監視カメラの方へ向かってぎろりと睨んだ。
「私は心臓があるからともかく、たきなは関係ないじゃん」
『リコリスには戸籍がない。いざとなれば不法入国者扱いして収容施設へ入れることができる。他にも合法的に拘禁する手段はいくらでもある。千束もメンテナンスが必要だ。二人とも間違った選択肢を選ぶべきではない。もう敵はいない』
あからさまな脅し文句に千束がブチ切れた。
「ハァ!? じゃあいいし、もう海外とかに逃げるから!」
『パスポートのないお前らがどうやって国外に出るんだ?』
冷然と言い放つ楠木に、千束の言葉が詰まる。
言葉が出なくなったら後は行動しかない。
千束はたきなの手を取った。
「もーいいよ、これ以上話してもムダだし帰ろ。これからどう逃げようかなー」
踵を返そうとした千束をたきなは再度押し留め、スピーカーが何か音を発する前に、拳銃で撃ち抜いた。
バツンと大きな音が響いて、沈黙が降りる。
周囲にいる真島の仲間たちが、一斉に銃を構えた。
「テメエ、何してんだ?」
たきなは銃を降ろして、サッチェルバッグへ片付けた。
今度は周囲の男たちは銃を下ろさなかった。
大量の銃口に周囲を取り囲まれたまま、たきなは真島の向かいにあるパイプ椅子を広げて座る。
そうして腰を落ち着けたたきなは、話を始めた。
「このままだと千束は心臓のメンテナンスを受けることが困難になります。DAを離職した上で、継続したメンテナンスを受ける方法はもう一つしかありません」
「は? 何言ってるの。もうムリでしょ」
千束はからりと言い放った。
まるで死を受け入れているかのような態度だった。
しかしたきなは一顧だにせず、真島を見据えた。
「たった一つの方法……それはDAを潰すことです」
大真面目な表情でそう言い切ったたきなに、一切の迷いはなかった。
次回更新は5/6(土)です。