リコリス・リコイルが1クール12話で完結する話だったら   作:725404

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12話「Lycoris of Recoil」1/2

「大きく出たなァ。だが、口だけなら何とでも言えるぜ。まずは現実を直視しろよ」

 

 ソファにふんぞり返った真島は、正面に座ったたきなをせせら笑った。

 一方でたきなは至って真面目な様子だ。

 

「現実は見ているつもりです。わたしたちがルートを利用して継続的なメンテナンス環境を整えるには、DAを潰す以外に選択肢はありません」

「それを現実が見えてねえって言うんだよ、アホンダラ。そもそもここから出ることすら、叶わねえだろ」

 

 そう言って真島が顎をしゃくった先には、彼の仲間たちがAKMSを構えて、千束とたきなを取り囲んでいる。

 銃弾を避けられる千束はともかく、NIJ規格でタイプⅢAの防弾性能しかない制服を装備しているたきなでは、7.62x39mmの銃弾を発射するアサルトライフルであるAKMSは防げない。

 撃たれれば死ぬ。

 

「いいえ。お前は撃たない。これからも密輸ルートの管理者でいたいなら、もう二つしか選択肢はありません」

 

 真島は眉を潜めた。

 

「どういうことだ? 舐めてんのか、オイ」

 

 真島は二人の間に置かれたローテーブルに足を乗せ、横柄な態度を隠さず、たきなを睨みつけた。

 たきなは一切動じることなく、淡々と話を続ける。

 

「一つはDAがラジアータごと崩壊して、犯罪を隠滅する組織がなくなることです。密輸ルートがDAに見つかってなお維持され続けているのは現状を黙認されているだけに過ぎません。お前がDAと敵対する場合は、密輸ルートが破棄されるかどうかはともかく、管理者としての地位は維持できないでしょう」

 

 そして、とたきなは続けた。

 

「もう一つは、楠木司令の作戦を知る者が全員いなくなるか、全員司令と和解する場合です。こうなれば、DAと密輸ルートの管理者であるお前との関係を咎める者は誰もいなくなるので、現状の立場を維持できるでしょう。以上の二パターンしかもう残されていません」

 

 真島はたきなの話を最後まで口を挟まずに聞き終えると、即座に反論を繰り出した。

 

「それじゃ、俺が後者を選んだらテメエらは終わりだ。アイツは組織に必要なアラン・リコリスは殺さないだろうが、テメエもカバーの仕事でやってる喫茶店にいる連中も、全員皆殺しにすれば終わりだ」

「司令の許可を待たず、勝手に殺すんですか?」

「そんなに待つこともねえだろうよ、さっきのお前の宣言はどうせ聞かれてる。じきに喫茶店の連中全員の暗殺命令が降りるさ」

 

 何がそんなに面白いんだろうと思えるくらいニヤついた真島の態度に、千束は業を煮やして口を挟もうとするが、それより前にたきなが遮った。

 

「二つ目の方法を取るのは極めて難しいでしょう。わたしたちの仲間にはあのウォールナットがいますから。すでに状況を把握している以上、暗殺の危機に瀕する事態が発生すれば、真実をネットに公開する可能性もあります。世界中の人間全員を殺して回る必要が出てくるでしょうし、そうなればもう維持すべき密輸ルート自体が崩壊することは免れないでしょうね」

 

 たきなのカミングアウトに真島だけでなく、周りの人物もどよめいた。

 それどころか、別の人物まで現れる始末だった。

 

「おいおいおい! ウッソだろ!? 日本一のハッカーであるこの僕を差し置いて、まだあの薄汚いリス野郎が生きてるっていうのか?」

 

 事務スペースの奥にある簡易的な仕切りがされていたスペースから飛び出してきた小柄な男が、状況もわきまえずに真島たちの前で腕を振り回す。

 真島はぐるぐる回るその男の足をすくい上げるようにして転ばせると、ソファの端っこへ無理やり座らせた。

 首根っこを押さえて、声がでないように締め上げる。

 すぐにロボ太は大人しくなった。

 

「ダークネットでの噂や、このバカの話でウォールナットとかいうハッカーは死んだと聞いてる。ハッタリや嘘なら命令なんか待たず、今すぐ殺すぞオイ」

「他ならぬ楠木司令がその事実を知っています。何なら今すぐに確かめてみては?」

 

 たきなは至って平然とした調子で言葉を返した。

 楠木がウォールナットの生存を把握しているのは事実だ。

 ラジアータへのハッキングを通じ、クルミがまだ生存していることが漏れてしまっている。

 それを弱みとしてではなく、自分たちを守る盾としてたきなは見事に利用した。

 

 真島は不審げな目でたきなを見据えつつも、手元の携帯で連絡を取り始める。

 すぐに出たのであろう相手方の話に一切あいづちを打つ様子もなくただ確認徹した真島は、携帯を片付けるとソファから立ち上がった。

 ごろんとロボ太が投げ出される。

 

「お前が井ノ上たきなって言うんだよな?」

「ええ」

「DAから暗殺命令が発行された。お前と喫茶店にいる連中を皆殺しにしろとさ。喫茶店にはもうリコリスが向かってるらしい」

 

 そうは言うものの、真島は仲間たちに引き金をひくようには指示しなかった。

 

「一つ目の案、DAとラジアータを潰す方しか残っていませんね」

 

 たきなも立ち上がり、サッチェルバッグに拳銃をしまい込んだ。

 

「DAを潰すっていうのは具体的にはどういうつもりか確認させろ」

 

 たきなはサッチェルバッグを背負い、いつでも出発できる準備を整えた。

 千束はその素早さに全然ついていけず、固まっている。

 

「ラジアータを破壊し、楠木司令を殺します。現在のDAの目的である治安維持の大部分はラジアータの性能に依存しています。機能停止に追い込む必要があるでしょう。それに司令塔であり、権力の集中している楠木司令も殺す必要があります。逆に言えば、この二つの要素さえ排除できれば、DAは壊滅したと言える状況に追い込めます」

 

 真島はキアッパ・ライノを腰のホルスターに戻し、大きく頷いた。

 

「同意見だ。誰も殺す気がないなら、今すぐお前を殺してたぜ」

 

 真島がへらへらと笑い、たきなの肩を馴れ馴れしく叩いた。

 たきなが払いのけるより前にさっと離れ、AKMSを構えたままの仲間たちに戦闘準備を整えるよう声をかけた。

 一斉に周りの男達が動き出し、周囲のパレットラックに積まれた荷物を運び出し始めた。

 銃器をトラックへ積み込み、DA本部へ乗り込むつもりなのだ。

 

「どのトラックに乗ってるか隠さないと、アラン・リコリスの乗ってるトラック以外ぶっ飛ばされちまう。用意ができたら通信機器は全部置いて、乗り込め。準備が出来たら呼ぶ」

 

 真島は感情の波が激しい男だ。

 さっきまで笑ったり怒ったりしていたのに、あっという間に冷静さを取り戻し、必要なことだけ説明すると、仲間たちとともに積み込み作業を始めた。

 たきなも手伝おうと、男たちのトラックへ近づこうと一歩踏み出す。

 千束が肩を掴んで止めた。

 振り返ったたきなが見たのは、今までにないほど落ち着いた千束の顔だった。

 

「やめようよ、こんなこと」

 

 

 **

 

 

 たきなが驚いた様子で固まり、千束の表情から何かを読み取ろうと、じっと見つめている。

 千束はその視線を振り払うように首を振る。

 

「別に私の心臓のメンテさえ考えなければ、DAとケンカする必要なんてないじゃん」

「心臓のメンテナンスを考えないと、千束が死んでしまいます」

 

 そうだね、と千束は零した。

 

「でもさ、そのためにリコリスと戦ったり、楠木さんを殺すことはないんじゃない?」

「そうしないと千束が死んでしまうなら、わたしはDAと戦うべきだと思いますが」

 

 たきなは心底不思議そうにしている。

 今の千束の話を勘案すると、まるで死んでもいいと言っているようにしか聞こえないからだ。

 

「楠木さんを殺して生きても、それはもう私じゃない」

 

 千束はまっすぐ目を見て、たきなへ伝えた。

 どうやって説明すれば伝わるだろうか、と考えながら千束は言葉を重ねる。

 

「楠木さんの代わりに生きるのは私にはムリだよ。人を殺してまで生きたいと、私は思えない」

「なるほど。今の作戦のメリットを、千束は享受できないということですね」

 

 たきなは得心がいったとばかりに頷いた。

 しかし続くたきなの言動は、千束の求めるような反応ではなかった。

 

「別に千束が望んでいなかろうが、わたしはこのまま本部へ行きますし、司令を殺しますよ」

「……どうして。私はムリって言ってるじゃん」

「別に千束が無理だろうが、わたしには関係ありませんから」

「はァ? どうして!?」

「わたしが千束に生きていてほしいと思うことと、その手段について千束が否定的であることは矛盾しません。別に賛成してほしいとも思いませんし、手伝ってほしいと無理にお願いするつもりもありません。わたしの勝手なやり方で、千束はこれからも生き続けるんです」

 

 たきなは迷いなく言い切った。

 それはたきなの生来の気質に基づいた考え方だった。

 誰になんと言われようと、自分が正しいと思うことをやる。

 過去に銃取引の現場でPKMを乱射して密売人たちを皆殺しにしたときのように、たきなはいつだって自分の正しさを貫き通すつもりでいた。

 

「でも、そんなやり方じゃ、私は今まで通りには生きられないよ」

「変わらずに一生を過ごし続けるなんてことは、たとえ今回の件がなくても難しいと思います。わたしもそうでした」

 

 千束はうつむいた顔をあげ、たきなの方を見る。

 

「前のわたしにとってリコリスやDAが人生の全てでした。DAに貢献し、悪人を殺して回り、仲間とともに成果を上げる。そしてリコリスとしての評価を得て、さらにDAのために作戦へと邁進する。これしか頭にありませんでした。でも、今は違う。千束、あなたのおかげです」

 

 たきなは真っ直ぐに千束を見据え、一つひとつの言葉を丁寧に選び取るようにして告げる。

 

「これまでとは異なる生き方もあるのだと、教えてもらいました。DAとリコリスだけが世界ではないということも教えてもらいました。悪人を殺すのは、評価のためではなく、平和のためだということを、実感を持って知ることが出来ました」

「じゃあ、なんで今回はこんな……」

「千束は最初からわたしを受け入れてくれた。そして、今のわたしも受け入れてくれている。変わってしまったわたしを、変わらず信頼してくれています。わたしも千束の信頼に応えたいと思っています。たとえ他人の死をもって生き続けることに、千束が耐えられなくて、今の千束とは変わってしまったとしても、それでもわたしはあなたを信頼したい。それじゃあダメですか?」

 

 たきなは千束の震える手を取り、本部で彼女がやってくれたように、見様見真似で抱き寄せる。

 心臓の鼓動こそないが、千束の体温はしっかりと感じられた。

 

「ダメじゃないよ。でも、怖い」

 

 たきなは耳元でしっかりと語りかける。

 

「わたしも、リコリコのみなさんもついています。いきましょう」

 

 がちゃり、と金属の触れ合う音が二人の邪魔をした。

 準備を終えた真島が呆れた顔をして立っていた。

 

「青春してるとこ悪りぃが、準備が出来た。スマホ置いて出ろ。あとテメエら用に銃もある。好きに使え」

 

 千束が赤くなった顔を両腕で隠しながら、バッとたきなから離れ、真島に中指を立てる。

 

「うっせー! 邪魔すんな!」

「雰囲気ぶち壊してんのはお前自身じゃねえか」

 

 たきなはポケットからスマホを取り出すと、ローテーブルに投げ出した。

 

 

 **

 

 

 楠木と真島、そして千束とたきなたちの話をすべて聞いていたクルミは、大慌てで押し入れから飛び出してミカとミズキに事情を説明した。

 幸い店には常連しかおらず、今夜はボードゲーム大会だと浮かれていた漫画家の伊藤や作家の米岡をすぐさま外へ追い出し、絶対今日は店に近寄らないようにとミカが厳命した。

 いつになく真剣なミカの様子に気圧された常連たちは足早に店を後にした。

 

 同時に地下で一連の装備を用意したミズキが両手に収まりきらない銃器をどっさりカウンターに広げ、すぐさま店を飛び出した。

 店の近くにある月極駐車場まで社用車の赤いフォレスターを取ってきたミズキは、素早くレミントンM700の収納されたガンケースやクリスベクターSBRとその弾倉をトランクへ詰め込んだ。

 

「アンタも乗んなさい!」

 

 背中を押されたクルミは荷物のように後部座席へ放り込まれ、続いて助手席にミカが乗り込むと、ミズキも運転席へ滑り込んだ。

 そのまま何もかも放置して赤いフォレスターは喫茶リコリコを離れる。

 ミカは杖、クルミはノートPCだけ持っている。

 ミズキはアクセルをベタ踏みして路地を通り抜けた。

 

 曲がり角を折れて、喫茶リコリコが見えなくなった瞬間に、激しい轟音とともに、喫茶リコリコ方面で黒煙が吹き上がった。

 リコリスによる襲撃である。

 

「二人は本部へ行くのよね?」

「そのはずだ」

 

 クルミは振り回されることを想定してすぐさまシートベルトを装着すると、ノートPCを開いて、二人の状況を確認する。

 

「携帯は置いていくらしいから、いつ到着するかは不明だが、ボクたちも向かったほうがいいだろ」

「同感だな」

 

 フォレスターは錦糸町ICへ向かって走り出す。

 高速を使えば、DA本部までは二時間もかからない距離だ。

 

「なんでアンタ、アタシたちにまで声かけたのよ」

 

 運転しながらミズキが後部座席でノートPCにかじりつくクルミへ問いかけた。

 クルミは画面から目を離さない。

 

「千束たちのためだ。生き残っている仲間は多いに越したことはない。だろ?」

 

 ミカは助手席で頷いた。

 

「本当は、もっと自由に生きてほしかった。こんなことになる前に」

「まーいいじゃないの。前まではあのきっもい組織に頼んなきゃ、千束のメンテが不可能だったんだから」

「もう関係ないな」

「そ。DA潰して千束が助かるなら、こっちも気持ちよーく働けるわ」

 

 ミズキは晴れ晴れとした顔つきでハンドルを握っている。

 クルミは顔をあげて、ミラー越しににやりと笑った。

 

「じゃ、早速働いてもらうか」

 

 錦糸町ICの料金所を塞ぎこむような形で止まったトヨタの黒いヴォクシーから、ぞろぞろとリコリスたちが降りてくる。

 クリスベクターSBRを構えたその集団以外には、他の車両どころか料金所の職員すらいなかった。

 

「突っ切るわよー!」

 

 ハンドルにかじりつくような勢いのミズキが啖呵を切り、フォレスターが大型動物のように柔軟な動きを見せる。

 クルミはシートベルトをしていてよかったと安堵しながら、両手で頭を抱えて、背中を丸めた。

 アスファルトに盛大な痕を残しながら、車が回転する。

 ミズキは笑いながら、ハンドルを捌いていた。

 

 

 **

 

 

 真島と千束たちは合計七台の車に分乗して、DAの本部へ乗り込むこととした。

 もちろん千束とたきながどの車に乗ったのかというのは伏せた状態だ。

 アルミパネル製の箱を搭載したバンが四台、フルスモークのライトバンが三台の編成だ。

 千束とたきなは最初から倉庫内にあったバンのうちの一台に乗り込み、大量の銃器の隙間に身体を忍ばせて、揺られていた。

 

 アルミバンの中ではいまどこまで進んだのかが全くわからないが、場所は真島に伝えてあるので、あとは彼らを信頼する以外に二人としては手がなかった。

 もう携帯も倉庫に置きっぱなしのままで、クルミたちが無事かどうかも分からない。

 念の為出発直前にこれから本部へ向かうことを連絡したが、最後まで既読はつかなかった。

 

 もうリコリスが差し向けられて、銃火の中で携帯など触っている場合ではないのかも知れなかった。

 千束は楠木司令の中で、生きて捕まえるべき駒であると認識されているが、それ以外はもう暗殺命令が出ている。

 つまり、千束がいないことが分かっている喫茶リコリコは、派手に攻撃をしても問題がない。

 

「店長がいるから大丈夫でしょう」

「そうだといいんだけど……」

 

 二人は心配しつつも、自分たちの準備も進めた。

 拳銃のチェックだけではなく、真島から与えられた兵装も確認する。

 プロテクターやヘルメットはサイズが合わないため、着用を断念したが、AKMSやグレネードは十分実用に耐えるものだと思われた。

 千束はトカレフ、たきなはAKMSとグレネードを手にした。

 

「1000丁の銃を、いつの間にか使う側に回るとは思いませんでしたね」

「……そうだね」

 

 二人ともアルミバンの小さな明かりを頼りに慣れない武器を触って確かめた。

 普段から使っている拳銃や、訓練を受けているクリスベクターSBRほどには使いこなせないということは分かったので、一応用意しておくくらいの気持ちで、二人は用意された武器を持っておくことにした。

 そうして二人が準備を整えたころに、轟音とともに激しい振動が車を震わせた。

 続いてガタンと激しく揺れた衝撃が、二人の身体へ直に伝わった。

 

「着いたのかな?」

「入り口を抜けたのでは?」

 

 一番前を走るライトバンから身を乗り出した真島の仲間がRPG-7という無反動砲を使って、DA本部の入り口にある検問所を木っ端微塵に砕いたのだ。

 そして通行止めのバーをへし折って、そのまま敷地内に減速することなく、七台は突っ込んでいった。

 リコリスからの反撃はない。

 敷地内に踏み込まれることまでは、彼らにとって想定内だ。

 ヘタに真島たちを迎撃してしまえば、車内に潜んでいるかも知れない千束を殺してしまいかねない。

 

 千束の死を恐れた楠木司令が、真島たちを撃破するために、敷地内へ踏み込まれることまでを許容して作戦を組んでいた。

 そうして千束たちは自分たちの思い通りであり、楠木司令にとっても想定通りの形で、DA本部への侵入を果たした。

 すぐさま見えてくるのはリコリス本部の建物だ。

 奥にあるリコリス寮とは異なり、現代的な建物には広い入り口が備え付けられており、そこには本部で待機中だったリコリスたちが集結していた。

 もちろん銃を携え、真島たちの車を狙っていた。

 

 ギリギリまで全く減速する様子を見せない車両にも一切の動揺をせず、じっとリコリスたちは待っていた。

 そうして入り口の近くまで車両たちがやってきたタイミングで、再度ライトバンから身を乗り出してRPG-7を構えた真島の仲間に狙いを定める。

 

「今だ!」

 

 無線で指示を出す現場指揮官――春川フキの合図とともに、ベレッタARX160を構えたリコリスたちが一斉に射撃を始めた。

 火線が飛び交い、RPG-7を構えていた男は銃弾を頭に受けた。

 体ごと窓から転げ落ち、あっという間にライトバンの遥か後方でアスファルトに身体を打ちつけ、鈍い音ともに無反動砲を取り落した。

 一方で防弾仕様の車両たちはリコリスの銃撃にも耐えて、一気に建物へと接近を果たす。

 

「降りるぞ!」

 

 正面入口の粉々に砕けたガラスを踏みつけながら、真島は果敢に前進する。

 リコリスは逆に建物の中へ引いて、姿を消した。

 真島の仲間たちは次々に降車し、金属探知機の備え付けられたロビーの奥へと向かっていく。

 奥にはリコリスがいると分かっているから、真島の仲間たちは、人影が見える前から好戦的な様子を見せた。

 数人がRPG-7を取り出して、廊下の奥へ向かってとりあえずぶっ放した。

 

 盛大な爆発音とともに、鉄筋コンクリートの壁の表面が粉々に砕け散り、外装と天井パネルが崩落して粉塵があたりを舞った。

 それでもリコリスは辛抱強く、姿を隠し続ける。

 千束とたきなも出てきたが、AKMSは構えずに自前の拳銃を握った。

 

「ビビってんのか。出てこい、クソガキども!」

 

 真島は早速お得意の罵詈雑言を撒き散らしつつ、一方で冷静に仲間たちへ指揮を出した。

 天井の高いこの施設では、広壮としたエントランスホールには柱がいくつも建っている。

 仲間たちにクリアリングさせて、ゆっくりと前進し始めた。

 

「私たちは楠木さんのとこ行こっか」

「そうですね」

 

 本部の司令室はリコリス寮に近い方の二階にあった。

 窓からは、リコリス寮と本部棟のどちらからも入れる中庭が見える位置だ。

 ラジアータを狙うとたきなたちが言い始めた時点で、楠木司令がたとえ東京支部側にいたとしても、何としてでも先回りして本部へ戻ることは想定できた。

 楠木司令は千束を殺したがっていない。

 

 ラジアータを破壊される前に千束と話せば説得――丸め込むことができると判断しているはずだ。

 だからこそ道中でバンを直接攻撃するような手段は取らなかったし、高速道路を封鎖したりもしなかったのだ。

 

「アラン・リコリスが死んだらここを放棄してでも連中は総攻撃してくるだろ。お前を死なないように、動くから、勝手に暴れるなよ」

 

 真島は二人に近寄ると、千束を睨みつけて、言い放った。

 誰にであれ威圧的で、攻撃的なコミュニケーションを取るのが、真島の流儀だった。

 千束もたきなもまったく萎縮する様子を見せず、屹然と対応する。

 

「ラジアータが本部にあるのは分かっていますが、どこにあるのかは知りません。司令とわたしたちが話し終わるまで、全滅しないように」

「誰に向かって言ってんだテメエ」

「今はケンカしなーい。ホラ、行くよ」

 

 千束はかちゃりとデトニクスコンバットマスターの薬室にプラスチック・フランジブル弾を送り込むと、いつでも撃てるように構えた。

 たきなも頷いて、S&W M&P9Lを握り込む。

 真島もAKMSを抱え込んで、仲間たちの方へ戻った。

 ぼろぼろになった建材が舞い散るフロアで、真島の仲間たちは秩序や静けさを一顧だにしない様相で銃弾を撒き散らし、ひたすらに暴れまわっていた。

 

 しかしそれは真島の指揮によるものであり、実際はきちんと指揮下に置かれた武力だった。

 リコリスたちが隠れ潜むのは、自分たちの管理する建物内で戦闘を行う際の定石に乗っ取ったものだ。

 室内で銃撃戦を行うなら、コンクリートの壁や床を利用して身を隠しながら、徹底した伏撃を狙うのが正しいやり方だ。

 一対一になったり、逆に敵に囲まれないように多数で敵と相手取る状況を生み出すことも、自分たち側だけがフロアマップを理解していれば、容易となる。

 そのために、エントランスホールで正面切って銃撃戦を行うのは避けて、相手が狭い廊下や、一つしか扉がない部屋へ入るのを待っているのだった。

 

 逆に真島たちは、相手が罠を張っていることを理解していたとしても、前へ進むしかない。

 必殺の罠に注意し、待ち伏せによる掃射を警戒しながらだったとしても、前へと進まなければ楠木司令には会えないし、ラジアータを見つけることもできない。

 派手に破壊をもたらして、騒乱を巻き起こしていたとしても、現在有利なのはリコリス側だった。

 

 真島は一通り柱にも受付の裏にも誰かが隠れていたり、爆弾が用意されてはいないことを確認し、廊下を進んでいくよう仲間たちに指示を出した。

 AKMSのバナナマガジンを取り替えつつ、男たちは先へ進む。

 天井に取り付けられた照明は粉々に砕け散っており、すでに外は日が暮れているため、奥へ進むと暗がりが広がっていた。

 真島たちはAKMSのバレルの下部に取り付けたフラッシュライトで前を照らしながら、じりじりと進んでいく。

 突き当たりをクリアリングして、廊下曲がり角には誰もいないと確認する。

 しかし真島の仲間たちが二手に別れようとした途端、T字になったその通路の右手の暗がりに人影が出てくる。

 

 リコリスだ。

 二人のリコリスが曲がり角の壁を遮蔽物にしながら、5.56x45mmの弾丸をフルオートでバラ撒いた。

 暗がりに火線が乱れ飛び、真島の仲間たちは廊下に面した扉を開いて中の部屋へ飛び込む。

 間に合わなかった一人が、床に伏せて、腰から血をだらだらと垂れ流しながら、AKMSで果敢に撃ち返すも、するりと影のようにリコリスたちはまたもや廊下の影へ溶け込んで消えた。

 

 一方で部屋に入った真島の仲間は、悲鳴を上げる暇もなかった。

 ぽんと軽い爆発音とともに、開いた扉から白い煙と小さな鉄片が大量に撒き散らされる。

 扉を開けたら作動するIEDと呼ばれる、爆発物だ。

 音が小さいからといって、決して威力が弱いわけではない。

 室内に逃げた男は、ボディアーマーで守ることのできた部位以外がズタズタに鉄片で引き裂かれ、眼窩に斜め下から刺し込まれた金属によって、一瞬で絶命していた。

 リコリスたちはたくみに敵を誘導し、徐々に戦力を削り取ろうとしていた。

 

「司令室っていうのはどこだ?」

 

 仲間が死んでも冷静な態度を崩さない真島は、落ち着き払った様子で千束に声をかける。

 

「さっきリコリスが出てきたところを右に曲がったらすぐ階段がある。二階出て、廊下を突き当たりまで行ったら司令の部屋」

「じゃあ、そこまではエスコートする。終わったら、こっちはその部屋ん前から動かないから、さっさと終わらせてラジアータを探す。いいな」

「りょ――っ!」

 

 了解、という軽快な返事が最後まで言えないまま、千束は横っ飛びで床へ転がった。

 千束の頭が先ほどまであった位置に銃弾が叩き込まれる。

 先ほど真島の仲間が死んだ部屋の中から、リコリスが二人飛び出してきたのだ。

 二人はすでに退避済みの真島やその仲間たちではなく、一人残った千束だけをターゲットに、銃火を閃かせた。

 

 千束の回避力を見越した射撃をこなすセカンド・リコリスの二人は、細い廊下の中で逃げ道を塞ぐ形で、十字砲火のように銃弾を撃ちまくっている。

 いくらでも逃げ場所にある屋外であれば千束の回避力は十全に発揮できるが、狭い廊下では逃げ場が少ないというのを理解した戦術だった。

 

 しかし千束は床に伏せた状態から横へ転がるようにして勢いをつけると、瞬時に立ち上がって、壁へと身を寄せた。

 そのまま壁へと足をつけ、折りたたんだ膝をバネのように伸ばした。

 まるで重力を無視しているかのように、壁を走った。

 そうして一度に廊下を走り去った千束は、二人のリコリスの背面へと着地し、プラスチック・フランジブル弾を叩き込む。

 

 だが、そこまではリコリス側の現場指揮官にとっては想定済みだった。

 銃撃で割れた天井パネルからM84スタングレネードがこぼれ落ちる。

 千束の足元だ。

 等間隔の穴が空いたスチール製の筒が、おびただしい閃光を放とうとした瞬間、たきながそれを蹴り飛ばした。

 リコリスの出てきた部屋の中で爆発音が広がり、扉の隙間からは目が潰れかねない光が漏れた。

 

「フキぃ……!」

 

 千束はこの手法に敵が誰なのか思い至り、悔しげな声を漏らした。

 ゴキブリの異名を持つ春川フキの戦法だ。

 千束と同じファースト・リコリスであるフキは小柄な体型を生かした超低姿勢での高速移動を得意とすることから、リコリスの間でゴキブリと呼ばれている。

 しかしそれはゴキブリという異名の一つの側面でしかない。

 リコリスは未成年の女子を構成員とする組織なのだから、そもそもただ小柄なだけならいくらでもいる。

 突出した戦闘能力は確かにフキがその異名を冠するに十分な技能だったが、もう一つの特質もまた、彼女の異名を際立たせていた。

 

「隠れてばかりの弱虫は嫌われるよ~」

 

 千束は軽口を叩きながら、間断なく周囲の暗がりに目を走らせる。

 敵の現場指揮官である春川フキの伏撃戦法だ。

 敵にわずかな人員だけ姿を見せて注目させた上で、別の角度から本命の攻撃を加える。

 一匹見かけたら百匹いると思え、と言われるゴキブリの名を冠するに相応しい戦術だ。

 

 そうした戦い方を指揮するには現在敵がどれくらいの規模で、どこに向かっているかを把握しつつ、自分の指揮下にいるリコリスの練度と適応力を見極めて随時細かい指示が出せるという現場の掌握が必須だ。

 類まれなる記憶力と、立体的な空間の認識力なしでは成り立たないやり方だった。

 ファースト・リコリスともなれば、たとえアラン機関に才能を見いだされるほどではないにせよ、常人とは隔絶した技能を保有しているものだ。

 

 その技能を存分に奮って、フキは千束を追い込もうと罠を張っていた。

 言葉を交わす必要はもはやないと言わんばかりに、千束の言葉には返答がなかった。

 代わりに廊下にはリコリスたちが立ちはだかり、ベレッタARX160を構える。

 

「ねえ、もう私ひとりで行ったほうがいいかもね」

 

 千束は銃撃を身一つで躱しながら、たきなを倒れ伏せたリコリスたちのほうへ押し込む。

 気絶したリコリスを容赦なく盾にして、たきなは床へと這いつくばった。

 

「どういうことです?」

 

 リコリスに当たらないよう腰くらいの高さを維持して乱れ飛ぶ銃弾は、千束にとって予測可能な軌道でしかない。

 軽々と銃弾を避けた千束はまっすぐ走り抜けて、廊下の奥のリコリスたちをプラスチック・フランジブル弾で撃ち抜いた。

 

「一人なら多分、全部躱して楠木さんとこまで行けるよコレ」

 

 楠木司令が本部にいるのは、千束を止めるためだ。

 ラジアータだけあって楠木司令がいなければ、誰も千束を止めることができない。

 そのため、もう一つのターゲットである楠木司令自身が東京支部から本部へ舞い戻って、千束の説得をしようというわけだ。

 しかしその場に他の人間――真島やたきながいるのは好ましくない。

 なぜなら、話し合っている最中に、楠木を殺しかねないからだ。

 そもそも話し合いにすら応じない可能性が高い、と楠木は判断している。

 

 逆に言えば、千束だけで楠木司令の元へ行くことは、物理的にも可能だし、楠木側からしても望んでいる展開だ。

 DAで千束を保有することを諦めるなら、そもそも本部へ向かう途中にいくらでもやりようはあった。

 それを選ばなかったのは、この期に及んでも楠木がまだ千束と話し合いの余地があると思っているからだ。

 

「でもそれだと……」

 

 たきなが一瞬言いよどむが、千束は頭を振った。

 

「だいじょーぶ、心配なさんなっ。全部聞いて、片付けるよ」

 

 そういって千束は軽やかに銃弾の飛び交う階段を駆け上っていった。

 たきなは支援を必要としなかった千束の背中を見送り、背後の真島と顔を見合わせる。

 楠木が千束と話し合いが可能だと思っているのは、彼女が「いのちだいじに」という方針でいるからだ。

 十八歳の小娘なら、相手の方針を利用していくらでも丸め込める軽んじられているからこそ、こうして真島とたきな、千束はここに立っていられる。

 たきなは銃弾で手すりが木っ端微塵に砕け散った階段を見上げた。

 

 

 **

 

 

 千束が一人で楠木に会いに行ったということは、たきなと真島たちという殺しても構わない敵しか今はいないということを意味していた。

 廊下へ戻ったたきなは一気に攻勢を仕掛けてきたリコリスたちの火力に圧倒され、エントランスホールまで押し戻されていた。

 ベレッタARX160だけでなく、グレネードも使うリコリスの鬼気迫った様相には、流石の真島も後退を余儀なくされ、分厚いコンクリートで作られた柱に隠れ潜むほかなかった。

 

 しかしリコリスはさらなる規模の火力に手を出した。

 エントランスホールから廊下へ続く唯一の道へ、五人のリコリスが大荷物で現れた。

 そうしてその五人を守るようにして更に火線が乱れ飛び、どこからも顔を出せないような状況を作り出した。

 

 五人のリコリスは三脚架と弾帯、それにブローニングM2重機関銃を設置した。

 12.7x99mm弾という大口径を発射可能なマシンガンだ。

 

 身体を伏せたリコリスが、柱に隠れ潜む真島たちに、容赦なく引き金をひいた。

 大人が十人ほど集まってようやく取り囲めるくらいに分厚いコンクリートの柱が半壊した。

 真島たちの防弾装備では全く歯が立たない。

 それどころか出入り口に停めっぱなしだった、防弾パネルを装備したライトバンが、エンジンルームを突き破られて大きな火柱を上げていた。

 タングステンの弾芯でNATO弾よりも貫通力の高い徹甲弾が使用されているのだ。

 千束がおらず、殺すべき人間と殺してはならない人間を切り分ける必要がなくなれば、ここまで両者の立場には差があった。

 これらの装備は銃取引で得た1000丁の銃に含まれていたということだろう。

 圧倒的に不利な状況で、たきなは柱から顔を出すのは避けつつ、声を張り上げた。

 

「フキ! 話があります」

 

 無言。

 マシンガンのフルオートの射撃は一切止まることなく、エントランス中の柱を残らず砕く勢いだった。

 それでもたきなは諦めない。

 

「降伏してください、良い話があります!」




次でラストです。
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