紅蓮の男   作:人間花火

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アクセスいただきありがとうございます。 作者のユーザ名を形にしたような作品です。
始まる前になんですが、感想等投げて頂ければ嬉しく思います。 おやすみ。



うえだキンブリーモデル なので、触角はありません


紅蓮の炎
1発目 聖絶の夜


「私はただ、また―――を見たいだけです」

 

その男は、異常者だった。

 

「人間はちょっと作り変えるだけでただの――――になる」

 

人間だが、人間とは違う考えを常に持ち続ける異端者。 場合によっては人間一人分では何の価値も出ないものと吐き捨てる塵屑。 自覚もある異端。

 

この世界で、自分はヒトの理を外れた外道なり。

 

そして、自覚あるその男は答えを求めた。 あるいは神器所有者、あるいは異能者、あるいは超能力者、あるいは……錬金術師、その他多種。

 

「異端、外道に落ちた人種(わたし)がこの世界でどこまでやれるか。 人の身でどれほどの物を『理解』して爆発させられるのかを、私は知りたい」

 

――――芸術は爆発なり。 爆発も芸術なり。 いつの日か、神をも芸術に染め上げたいと渇望する。

 

その男は、錬金術師で――――現在受刑中の犯罪者だった。

 

MADNESS BOMBER DELUSION.

 

 

 

薄暗い場所に、錆びた鉄格子。

その一帯に帯びる匂いも、錆びた鉄の匂いで充満していた。

鉄格子の向こう側は、用を足すために置かれた拙い造りの便器とベッドのみ。

娯楽など何一つ無いブタ箱、否、それよりなお酷い。

 

ローマカトリック。 ヴァチカン法王庁が密かに管理する地下牢。

異端や、教会内で神への不義を起こした犯罪者を詰め込む場。

 

「まぁ、昔に比べたらだいぶ贅沢な作りになったとは聞きましたがね」

 

低い声に笑みすら含めて、この地下牢を評価している男がいた。

髪は背中の中間あたりまで伸び、無精髭を蓄えていて、灰色の囚人服に身を包んでいる。 こんな薄暗い場所に一年も詰め込まれていれば、尋常な人間ならばどんな犯罪者でも瞳は虚ろになり、死んだ魚のような目をするようになってしまうだろう。

 

それほど、この地下牢の待遇は最悪だった。

看守も居るには居るが、この地下牢の唯一の出口一つ――――つまり地上でその看守たちは任を果たしている。 最低限の食事だけを囚人には届けるだけで、誰も地下に降りようとしない。

 

しかしこの男の瞳は、丸一年経ってもいま尚輝きを衰えさせず。 冷たく、鋭い目つきで――――変態のようににやけながら地下牢生活を満喫していた。

 

思い出していた、あのときの感触を。 自分が地下牢(ここ)に入る原因となった事件を何度も、何度も。

同じ教会所属の錬金術師たちが、――――にされて弾ける様を。 ――――になって跡形も無く消し飛ぶ様を。

 

おそらく丸一年もの間、この何もできない地下牢で、その脳内妄想を繰り返し絶頂に浸っていたのだ。 これを狂人と言わずしてなんだという。

 

そんな狂人のもとに訪ねてくる者などいないだろう。 いたとしたら、その者も何かに狂っている人間だ。

 

「気分はどうかね、ナイン・ジルハード」

 

正装。 胸には十字架。 薄くなった髪と、肥満した体からして相当に肥えた生活を送っている者だと解る。

 

「……あなたは……ああ、覚えていますよ。 バルパー大司教殿ですよねぇ?」

「その通り、キミたちの大司教、バルパー・ガリレイだ」

 

ニッコリと微笑むさまは、そこはさすが教会の人間。 優しい印象が取れ得る笑みだ。

初老の神父服。 この者の名は、バルパー・ガリレイ。 教会での階級は大司教。

 

「こんな、何もかも寂れて錆びれたところに、大司教ともあろう方が一体何の用で」

 

ジャラリと、冷たい目の男が両手を動かすと、鉄製の大きい手錠が小さく鳴った。

両掌にはなんらかの紋様のようなものが刻まれているのが見えるが、閉じたり開いたりすることしかできない。

 

「キミはなぜ捕まったか解るかね?」

「そりゃ、錬金術師のえら~い人たち殺しちゃったからでしょう?」

 

いまさらその質問ですか、と肩を竦める男。

 

「かの戦争で砕け散った聖剣の破片を合わせ錬成する。 聖剣復活のために結成された錬金術師を、キミは皆殺しにした。 幸い当初予定していた聖剣七本の錬成はすでに完了していたがね。 だが、未だに続く聖剣の研究で、彼らは必要だった」

「はぁ」

 

気の無い返事で欠伸を堪えた。 男は、このバルパーという男のした所業の数々を知っている。 そして、だからこそこの男の聖剣話には辟易せざるを得なかった。

 

「それで?」

「…………やれやれ、キミは聖剣に関わる仕事をしていたくせに、聖剣への関心が皆無に等しいな」

「回りくどいですよ大司教殿。 私に、何を言いたいので?」

 

笑みから出たのは、男を侮蔑するような言葉である。

そのバルパーの様子に、あからさまに溜息を吐く男。 その大きな態度にバルパーは目元を引きつらせるが、気を取り直した。

まるで彼の機嫌に合わせるように。

 

「キミも知っての通りだろうが、私は聖剣計画を実行した。 聖剣に適応できる者を人工的に作り出す計画を」

「知っています。 一年前からね。 聞きましたよ、被験者何人も出しといて、その方たちをまるでゴミみたいに殺しているんでしょう?」

「そうだ、そしておそらく、私も大司教でいられるのも長くない」

 

バルパーの表情が真剣味を帯びたものとなる。 男もその変化に目を細めた。

 

「大司教でいられるのはいまだけだ。 そう、いまだけ、この権力と金を使えるのだ」

 

手を。 片手を鉄格子の向こうに居る男に向けた。 徐々に、悪魔のような不気味な笑みに変わる。

 

「私と共に来ないか、”紅蓮の錬金術師”」

 

男も、それを見て笑った。

 

 

 

 

「ということがあってですねぇ。 それから、本当にすぐにバルパーさんは大司教の階級を剥がされて、さらに異端扱いで追放されて……本当にすぐでしたね、ハハハ」

 

未だに薄暗い鉄格子の枠の中に収まっている男―――ナイン・ジルハード。 あの衝撃的なスカウトから再び一年が経つ。 つまり、投獄されてから二年が経つ。

 

「あれ、かなり大騒ぎになったよなぁ。 異端者として追放されたバルパー・ガリレイが、この仲間殺しの爆弾魔―――ナイン・ジルハードを牢屋から引き抜こうとしたんだもんよ」

「でもよ、ジルハード、お前よくそれ受けなかったな? 地下牢生活にうんざりしてたろ? 本音は」

 

看守二人とナインが鉄格子を挟んで会話をしている。 あの話が公になった途端、ナインに当時の話を聞こうとする者が増え始めていた。

 

「私はどちらでも構わなかったんですけどね。 単に、人間性が気に食わなかったというか……あそこで受けたら、私、いまごろあの人の聖剣話で過労死してるかもしれません」

「そりゃ違いねェぜ、俺も聞いた事あるが、あれは病的なまでに聖剣を愛してる――――聖剣渡したら振るより先に白いモンで汚しそうだもんな!」

 

どっと、ナインを除いた看守二人が笑い転げた。

つい一年前とは思えない賑やかさの地下牢。 しかし、地下牢の雰囲気が変わろうと、ナインの雰囲気は投獄から全く変わっていなかった。

 

「アッハハハハハ…………はー、ん?」

「どした?」

 

無線機を取る。 地上で番をしている看守仲間からの連絡だった。

対応した看守は、数回の相槌を打ったあと、ナインに向いた。

 

「また面会だってよ。 ジルハード、受けるか?」

「どなたですか?」

「秘密だ、会ってみりゃ解る。 しっかし犯罪者に面会なんてよくやるぜ……あんな美少女がねぇ」

 

疑問符を浮かべるナインだったが、最近は面会など珍しいことでもないので気にしなかった。

また動物園の珍獣のように見に来る物好きが来るのかと、それだけ思っている。

 

しかし、そんな地下牢生活のナインに、転機が訪れる。

 

『面会時間は30分。 会話内容は全部記録する――――って、は!? 上からの命令で面会……わ、解りました。 ゆ、ゆっくりと……』

 

地上の出口で何やら聞こえるさっきの看守の声。 歯切れの悪い口調を聞き、ナインは訝しむ。

そう耳を立てていると、やがてその来訪者の気配が近づいてきた。

 

コツコツと錆びた階段を降りてくる人影。

 

その人物には、ナインには少しだけ見覚えがあった。 いや、カトリック教会に属している者ならば大半の者が知っている。

足音が止まった。 鉄格子を挟んだ目の前で止まった人物は、低い椅子に座るナインを見下ろすように立つ。

 

その様相を、恰好を見て、そして白い布に包まれる長物を見てナインは目を瞑る。 くつくつと笑みを漏らして口角を上げた。

 

「…………上からの命令とはそのことでしたか。 一年前は大司教でしたが……まさか聖剣使い殿まで私を訪ねてくるなんてねー」

「初めて話すが、ナイン・ジルハード。 お互い、自己紹介は必要か?」

 

真っ白く大きいローブに身を包んだ女性二人。 一人は青髪にメッシュがかかった目つきが鋭い少女。

もう一人は、栗毛を両サイドに束ねたツインテールの少女だった。

 

「とりあえず、そこの栗毛の可愛い女の子は知らないんですけどねぇ……ゼノヴィアさん」

「……っ」

 

いま思えば、犯罪者に好き好んで会いに行く女性などいないだろう。 栗毛の少女は口をつぐんでナインを正面から見た。

 

「ホントに、同い年……? ウソでしょ?」

「第一声がそれですか……って、同い年ってことは……あなた、16ですか。 いや~、投獄からもう二年経つんですねぇ、くっくく、早い早い」

 

おどけて肩を揺らすナイン。 栗毛の少女はその態度に嫌な表情を浮かべるも口を開いた。

 

「私の名前は紫藤イリナよ」

「…………」

「なによ」

「それだけですか。 つまらない人だ」

「な――――」

 

ローブの下で拳を握る―――イリナはこの会話だけでこの男とは相容れないと悟った。

 

「で、こんな寂れて錆びれたところに何の用で……って、これ、バルパー大司教のときと同じ挨拶だったんですが。 どんな感じですかね? 私としては気の利いた挨拶だと思うんですが……」

「いやどんな感じって言われても、なぁイリナ」

「知らない」

 

フンッとツインテールを揺らしてそっぽを向くイリナ。 とことん嫌われたようだこの男。

 

「これは用と言うよりも、上から、お前への命令を伝えに来た」

「私に? この囚人の私に? ヴァチカン法王庁のお偉方からの命令? ふっふふ、はハハッハハッ! それは面白い」

 

低い声で激しく笑うナイン。 錠をジャラジャラと大きく響かせるほど体を仰け反らせた。

 

「上から曰く。 お前は聖剣研究チームの中で、唯一称号を与えられた優秀な錬金術師だから……また、働いて欲しい、と……」

「フハハハハ!! 受刑中の犯罪者を仕事という名目で出所させる職場はそうはないでしょう……くっくく、ふははぁ、笑いが止まりませんね」

 

「いつから教会はマフィアになったのですか」と不気味な哄笑で地下牢を響かせた。 終始それを黙って聞いていたゼノヴィアとイリナは、笑いが収まるのを見るとすかさず割り込んだ。

 

「聖剣が三本、各本部から盗まれた。 プロテスタント、正教会、そしてここローマカトリック教会から一本ずつだ。 目下捜索中だが、すでに海外に逃げたと報せがあった」

「犯人は大方、バルパーさんでしょう?」

「…………なぜ知っている」

 

訝しげな視線をナインに浴びせるゼノヴィア。 イリナも毅然とした態度で見えぬ圧力をかける。

 

「不思議ではないでしょう? 私、追放前のバルパーさんにスカウト貰っちゃってるんですから」

「…………確かに、ではお前は―――」

「言っておきますが、私はスカウトされただけです。 目的、目論見なんて知りませんよ――――ただ、あの人が重度の聖剣マニアというのは解っていましたから、なんとなくね」

「なるほど……」

 

腕を組んだゼノヴィアだったが、すぐに解いてナインに視線を向けた。

 

「今回の聖剣強奪……事態を重く見た教会は、聖剣研究に携わり、且つ戦闘にも役に立つ者を私たちに同行させることとした」

「それが私ですか」

「そうだ。 遺憾であると言っていたが、生憎あの研究者の錬金術師の中では、武闘派として名を馳せているのは、ナイン・ジルハード、お前しかいない」

 

教会の錬金術師の試験には、二通りあった。

一つは、知のみを一点特化させた頭脳派錬金術師。 これには、実技試験は錬成のみの試験。

もう一つは、知の他に武も備えていなければ与えられることのない武闘派錬金術師の試験。 これは筆記と実技は頭脳派と被っているが、もう一つ「体術」の試験も実技として組み込まれていた。

 

しかし最近では、「悪魔祓い(エクソシスト)」という人外専門のプロフェッショナルの枠が存在している。

そのため、科学者である錬金術師が殴り合いをする必要性が無くなってきていた。

 

「上はお前に、考えるのではなく、戦えと言っているということだ」

 

ナインは、現段階で絶滅危惧種と称される程の武闘派錬金術師。

聖剣に関することを知っていることと、体術を嗜んでいたことで、ナインをゼノヴィアたち聖剣奪還のメンバーに加えることを上は決定した。

 

「それに、お前にもメリットはある」

「メリット?」

 

ピクリと反応するナインに、ゼノヴィアは少しだけ不敵に笑んだ。

 

「今回、任務達成の暁には、教会の錬金術師としてまた籍を戻してやると、上は言っていた」

 

しばらくの沈黙が地下牢を包む。 ナインにとって、いまは正直どうでもいい職だった。

自分の「趣味」を存分に探究、研究できないあの職場では、彼の飢えを満たす事は到底できないだろう。

この爆弾魔は、あらゆる物を弾けさせたいという理由で教会の錬金術師として就いていたから当然だった。

 

しかし、もう一度働けと、戦えと上は言っている。 戦場はあらゆる行為が黙認される特殊な場であり、ナインにとっては研究所に等しい場所。 爆発への造詣を、美学を、脳内ではなく今度は実戦で試せればなんと幸せなことか。

 

「……………了承しましたよ」

 

ゆえに、これは二つ返事だった。 ナインは喜んで血戦場に出ることを志願したのだ。

 

「そうか、ではすぐに準備しろ。 飛行機の予約はすでに取ってあり、明日、ここを発つことになっている―――場所は、和の国、日本―――駒王町だ」

 

その言葉に、ナインは首を傾げて眉をひそめた。

 

「いますぐに? この地下牢は歴史にも刻まれる牢屋………いくら特命でも、そぉんな………」

 

ひそめていた眉が戻っていくと、笑い始めた。 肩の揺れで手錠がガチャガチャと鳴る。

 

「道理が通らないのでは? 私が言うのもおかしな話ですけどねぇ、ふ、フハハッ……くッくッ」

「特命の、特例だ。 すでに手続きは済ましてある。 無駄口を叩いてないでさっさと出ろジルハード」

「は~いはいっと」

 

(最初から私を従わせる気満々だったんじゃないですか)

 

くたびれた体に鞭打ち、長い黒髪を揺らしながらナインは重い腰を上げた。 ジャラリ、ジャラリという錠の音が不気味に地下牢に反響する。 男は、ナインは……喜悦を覚え浸っていた。

 

――――また花火が見れるなぁ。

 

すでに目の前の少女たち―――ゼノヴィア、イリナを手にかけたい衝動を全力で抑え、男は牢の外に踏み出した。

 

そもそも、この男を牢に閉じ込めたのは間違いだったのかもしれない。 この牢の中で、自身の趣味の造詣を更に脳内で深めさせてしまった。

閉じ込めたのなら、一生表には出さない方が良かった。

 

ゼノヴィアに手枷を、イリナに足枷を外されながら、地下牢を見回す。 住み慣れたところだったが釈放となったいま、まるで初めて見る場所だったように思えた。 それが可笑しかったのか、ナインは声も無く肩を揺らす。

実に二年。 齢14歳で投獄されていた若き囚人が、隠し笑いを止めてその場で深く呼吸をした。

 

「すぐそこにあったのに、この二年もの間踏めなかった牢の外側――――いやぁ、感慨深いですね、ホント」

 

ヴァチカン法王庁地下牢から、一人の犯罪者が解き放たれる。

手足を縛っていた枷も外れ、剥がされた称号もいま再びこの男の名を彩った。 

 

――――”紅蓮の錬金術師”ナイン・ジルハード―――――

 

もう一度言う、彼は現在16歳で……サイコパスである。

 

「とりあえずお前は体を清めろ、臭くてかなわん」

「やぁ、これは失礼」

 

囚人ゆえに……という言い訳を一切せず、ナインは二人の後を付いて行った。

 

 

 

 

 

 

地下牢から地上に出たナイン。 地下牢でした深呼吸を再び夜空の下でする。 ホーホーとフクロウの鳴き声が幽かにする中で、ナインは小さく息を吐いた。

歩きながら腰に手を当てて首をコキコキと鳴らすナインを見て、ゼノヴィアは背後から言葉をかける。

 

「言っておくが、調整期間は無い。 二年間の地下牢生活でナマっているだろうが、そのままの状態で今日は眠れ」

「了解しましたよ」

 

そう言う彼女を横目で一瞥する様も、いちいちにやけていた。

深夜の二時を回る。 明日、というよりも、今日の朝に飛行機で発つことになる。 さらにナインはこの後体を清めたり、色々と発つために準備が必要だった。

 

歩いていると、ヴァチカンの施設に到着する。

非常に清潔感があり、豪華な更衣室にナインは思わず感嘆の声を上げた。 教会の錬金術師として働いていた頃なら珍しくもないが、牢獄生活で感覚がおかしくなっていたのだろう。

 

「…………ここまで来てなんですが、どうしてここまで付いて来たんですか?」

 

男性用更衣室。 イリナは何かに耐えるように顔を赤くしているが、ゼノヴィアはキツメの釣り目をさらに厳しい視線にしてナインに言い放った。

 

「釈放直後の元犯罪者―――しかも終身刑だったところを特例で出所したお前に、一人の監視も付かないとでも思ったか?」

「え~」

 

ナインは固まる。 そして、意味が解らないという風に振り向いて文句を垂れた。

 

「…………それも上からの?」

「そうだ。 分かったらさっさと浴びてこい、私たちはここで待つ」

「…………」

 

そうはいかないだろう。 如何に仲間殺しの犯罪者で人でなしのナインとて、女性の目の前で脱衣をするほど変態ではない。

いや、別に自分の裸体を晒すのは頓着しない。 が、ナイン・ジルハードという人間は自分がこの世界で異端であることを自覚している。 だから、無意味な敬語を使うし、物腰も柔らかい。

 

―――そして、この世界の常識も知っている。 要は、形だけ常識人でいようというのが彼の生き方だった。

 

白々しくも少し困った表情で長い黒髪を掻くナインは、二人に近づいて目の前で止まった。

 

「な、なんだ…………」

「は~い回れ右ぃ」

「む」

「でこっちも回れ右」

「え、ちょ―――」

 

ゼノヴィア、イリナの両肩を掴んで後ろを向かせる。

かったるそうに溜息を吐くナインは、後ろ向きの彼女らに言った。

 

「そういった耐性も無いのに、」

 

二人の肩が僅かに跳ねる。

 

「無理するからそうなるんですよ―――ホントはここから逃げ出したいくらい恥ずかしいのでしょう?」

「うぐ」

「う」

 

まったく、と言いながら上を脱ぎ始めた。

その姿を、背筋を不自然な程伸ばしてチラチラと見ているゼノヴィアが、複雑な表情を作ってイリナを小突く。

 

「あ、あれは……す、すごいな」

「…………意外よね、うん」

 

何がすごいのか、なにが意外なのか。 それは、ナイン・ジルハードの身体付きを指している。

腹筋は割れ、肩幅と胸板も予想以上に広いし厚いのだ。

 

とても二年間獄生活を強いられていたくたびれた男の体とは思えない。

 

「牢屋の中で筋トレでもしてたんじゃないのか?」

「ま、まさか……そんな努力家に見える?」

 

そーっと二人して着替えるナインを見る。 秒間二つくらい観察したあと、頭を戻して首を横に振った。

 

「「見えない見えない」」

「だが、偽造筋肉でもない」

「偽造筋肉てゼノヴィア……」

 

そうしている間にも、ナインはシャワー室に消えていた。 この後、視線に気づいていたナインにさりげなくそのことを指摘されて唖然とする二人だった。




このキンブリーは、一期のワイルドな方です。 水島版の。
信念を持っていてかっこよかったのは二期の吉野キンブリーでしたが、私としてはうえだ金鰤も捨てがたいと思うのです。 うえだキンブリーで二期の性格だったらもっと人気出たと思う(偏見)

二人を足して二で割ったのが、今作の主人公ナイン・ジルハード。
おっぱいラノベの主人公とは思えない鬱展開スタートです。 囚人から始まるキンブリーに似たオリジナル主人公の物語。

尚、原作には入ったり脱線したり前後する可能性があります。

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